「父の栄光」とクレオパトラ?

ギリシャ語で、「父の栄光」を意味するクレオパトラ(ギリシャ語で Κλεοπάτραローマ字だとKleopatra,英語ではCleopatra)は、クレオパトラーとも読まれます。

 ギリシャ語で Κλεο(ローマ字だとKleo,英語ではCleo)が、栄光でしょ。

 それは良いですよ。

 ギリシャ語で πάτρα(ローマ字だとpatra,英語ではpatra)は、父でしょ。

 ギリシャでは、父親はそんなに尊敬されているの。

 だって、クレオパトラは今でもギリシャで人気のある名前でしょう。

ええ、女性の名前として人気はあるようです。

美人で名高いクレオパトラ7世にあやかって、美しく育って欲しいという親心かも知れないですよ。

 そう来ましたか。

 でも、「父の栄光」でしょ。

 この父とは、誰を指すのでしょう。

 父親だとすれば、当人はうれしいでしょうけど。

 父親ばかり持ち上げられて、母親はよく黙ってますね。

どこかの国とは、大違いと言いたそうですね。

「父の栄光」の「父」は、神様を指すと見たらどうです。

 ギリシャ神話で、王ならゼウスよ。

 ギリシャ神話で、父といって特定の神を思い起こせと言われてもちょっと困りますねえ。

じゃあ、栄光をたたえられる父とは、どなた。

 どなたかって…。

 神様は数々いらっしゃるけれど、父で思い起こすのは聖書の「御父」しかいらっしゃいませんね。

現在のギリシャはキリスト教国だから、「父の栄光」の「父」は聖書の「御父」で良いかも。

 そうだけど…。
 プトレマイオス朝は、紀元前306年から紀元前30年の、古代エジプトのヘレニズム王朝でしょ。

 プトレマイオス朝時代の、エジプトもギリシャも、聖書の神を祀ってはいませんよ。

モーセを中心にしてエジプトを脱出したイスラエル人たちは、カナンに向かいます。
これを出エジプトと呼びます。

出エジプトは時期については諸説があるけど、紀元前1230年頃とも言われます。

 出エジプトの時期については、さらに遡る可能性もありますね。

ミノア文明とも呼ばれる、クレタ文明の崩壊した時期と言う人もいますね。

 高度な古代文化を誇ったクレタ文明が、紀元前1400年頃滅んでいますね。
 サントリニ島の名で知られるテラ島の火山が大爆発を起こした際に、巨大津波が発生して、壊滅してしまった。

出エジプトの一連の奇跡は、サントリニ島噴火に伴って起きた出来事だと主張する人もいますよ。

出エジプトよりはるか後のプトレマイオス朝の時代には、ユダヤ教は成立しているのです。
 
 プトレマイオス朝時代のエジプトやギリシャで、聖書の神が崇拝されていたとすれば大変なことになりますよ。

 プトレマイオス朝時代も、今も、旧約は古代イスラエルとユダヤ人の民族宗教の経典なはずでしょう。

 いいですか。
 
 聖書の神が崇拝されていたとすれば、こうなるでしょ。

 プトレマイオス朝時代のエジプトやギリシャは、古代イスラエル人の支配下にあったと言っているのに等しいですよ。

 さらにいえば、当時のエジプトやギリシャはヘブル人の国と言っているに等しいですよ。 

 聖書はヘブルの民族宗教の、経典でしょ。
 
じゃあ、「父の栄光」の「父」は、いったいどなたとみます。

 出エジプトの後、イスラエル人の一部がギリシャに向かったとしましょう。

 エーゲ文明は、古代ギリシアにおける最古の文明よね。
 有名なトロイア、ミケーネ、クレタの三文明、さらに古い段階のキクラデス文明やヘラディック期ギリシア本土の文化などがある。

 エーゲ文明衰退後、イスラエル人の一部がやってきて文明を再建。

出エジプトをした古代イスラエル人の一派を、想定しますか。

 だって、ほかに想定しようがありますか。

 自由になったイスラエル人が大勢いるのは、出エジプト後でしょう。

 さらにイスラエル人たちは、ギリシャへと勢力を広げたとしましょう。

 イスラエル人率いるギリシャは、さらにエジプトに進出してプトレマイオス朝を立てた。

可能性としては、ここまではありえるかも。

でも、父と子と聖霊を明らかにしたのは、イエスのはず。

ギリシャや、エジプトに向かったイスラエル人の一派は、イエス以前に父と子と聖霊を知っていたと見なければならないですよ。

そうでなければ、「父の栄光」の「父」が新約の御父であるという説は、成り立たないでしょうか。
 
 ギリシャに向かった一派は、父と子と聖霊を知っていた人たちだったのでしょうか。

古代エジプトは三神構造です。

 御父と御母と御子の構図ならば、知っていたのかしら。

違うとは、言い切れないのでは。

さらに、ラーはアッラーであり、アッラーは御父エロヒムと同一視できる神ですよね。

 ラーを御父とみる、三神構造の宗教が古代エジプトにあった。

 古代のエジプトとギリシャの宗教は、類似を指摘されますね。

 じゃあ、ラーに対応するギリシャの神が、「父の栄光」の「父」なのでしょうか。

 太陽神ヘーリオス(古典ギリシア語でἭλιος 、Helios)が、御父とみたてる。

 本来は予言と牧畜、竪琴を得意とする音楽、弓矢の神であるアポロンが、実は御子だったりして。

太陽神の性格も与えられたアポローン(古典ギリシア語でΑΠΟΛΛΩΝ, Ἀπόλλων, Apollōn)は、ヘーリオスと同一視されます。

でも、ヘーリオスとアポローンを同一視するなら、ギリシア神話の主神ゼウス(古典ギリシア語でΖεύς, Zeus)を御父にみても面白いですね。

 「父の栄光」の「父」は、やはり神であった。

そうかも。

 ギリシャ神話で「父の栄光」の「父」は、ゼウスで良いでしょう。

 エジプトでは「父の栄光」の「父」は、ラー神と一体化したとされる本来は天空神であるアメンのほうがあってませんか。

 あるいは、アクエンアテンと改名したアメンホテプ4世が崇拝したアテンが、実は古代エジプトでは「父の栄光」の「父」だったとか。

古代エジプトでは「父の栄光」の「父」は、ラーであったと見ておいたほうが無難かも。

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神社に鳥はいるか。

神輿は、英語で"portable Shinto shrine(携帯神道寺院)"と説明されます。

 wikiのフランス語版では"shintoïstes une châsse portable(神道の移動聖地)"とか、" palanquin divin(神の駕籠)"とか、説明してますけど。

ところで、神輿の上に鳳凰と呼ばれる神聖な鳥が乗ってますよね。

 鳳凰(Fènghuáng)の鳳は雄、凰は雌を指し、羽ある生物の王であるとされますね。

 孔雀に似ている中国の伝説の鳥でしょ。
 霊泉を飲み、竹の実を食物とし、梧桐の木にしか止まらないという。

 背丈が4~5尺、前は麟、後は鹿、頸は蛇、背は亀、頷は燕、嘴は鶏だとされますね。
 五色絢爛な色彩で、声は五音を発するとされる。
 
聖天子の出現を待ってこの世に現れるといわれる、瑞獣の一つですね。
鳥なので瑞鳥といわれるけど、『礼記』では麒麟・霊亀・応龍とともに「四霊」と総称されています。

 古くは風を司るとされたでしょ。
 後には五行説の流行により、四神のひとつ朱雀と同一視されるでしょ。
 
四神は、東の青竜・南の朱雀・西の白虎・北の玄武で、五行説では中央に黄竜を加えます。
 
 漢代の緯書には、陰陽では南が火に配当されるので鳳凰を火精としているものがあるでしょ。
 ちなみに北は水、東は木、西は金にそれぞれ配当されますよね。

 今度は何が気になるの。

神輿が、移動神道寺院とか、神道の移動聖地とか、説明されるとしたら神職に当たる存在があってもおかしくないのです。

 神社のミニチュアが神輿としたら、そうですねえ。

そこで気になるのは、神道の神職が裾に房のついた衣を着ていることです。

 そういえば、ユダヤ教の神職も裾に房のついた衣を着ているでしょ。

民数記第15章37節から41節に、こうあります。

15章37節 主はモーセに言われた。

15章38節 イスラエルの人々に告げてこう言いなさい。代々にわたって、衣服の四隅に房を縫い付け、その房に青いひもを付けさせなさい。

15章39節 それはあなたたちの房となり、あなたたちがそれを見るとき、主のすべての命令を思い起こして守り、あなたたちが自分の心と目の欲に従って、みだらな行いをしないためである。

15章40節 あなたたちは、わたしのすべての命令を思い起こして守り、あなたたちの神に属する聖なる者となりなさい。

15章41節 わたしは、あなたたちの神となるために、あなたたちをエジプトの国から導き出したあなたたちの神、主である。わたしはあなたたちの神、主である。

 神職の裾に房のついた衣を着ているのが、共通。
 日ユ同祖論では、口実の一つにもなってますよね。

なんで、房がついていると思いますか。

 さあ。

鳥を意識している可能性は、ないでしょうか。

 そういえば、鳥をあしらった衣装で行われる祭りは意外とありますね。

神社にも鳥居が、ありますよね。

 元は、二本の柱を立てただけでしょ。

もしも、天と地をつなぐ存在が柱に象徴されたならどうです。

 鳥も、天と地を行き来しますね。

 天使も翼を持った姿で表されるけど、聖書を見ると翼はないですよ。

翼は天使の象徴のように扱われるのは、飛ぶからだけではないと思えないですか。

 天と地を結ぶ存在としての天使が、鳥に見立てられたので翼を持った姿で表されたのでしょうか。

神道では、神主も巫女も、衣の裾に房がありますよね。

 これは、天と地を結ぶ存在としての鳥を意識しているのでしょうか。

鳥居といいながら、神社の中に鳥は、いるでしょうか。

 住み着いている鳥はいても、意識して飼われている鳥はいませんね。

 神道で鳥といえば、八咫烏(yatagarasu)ぐらいしか思いつきません。
 単なる烏ではなく、太陽の化身と考えられる存在でしょ。

 最高神とされる太陽神の場所である神社だけど、旗印として八咫烏を描くのは熊野の神社くらい…。

 そうなると、神社にいる鳥は、神職ですか。

伊勢神宮では祭主を最上位にして、その下に大宮司、小宮司、禰宜、権禰宜、宮掌と続きます。
比較的大きな神社では、宮司、権宮司、禰宜、権禰宜の四者か、宮司、禰宜、権禰宜の三者となります。
小規模な神社では、宮司もしくは禰宜だけの場合も多数あるようです。

なお、「舞女、巫女」は、意外かもしれないけど、正式には神職ではないです。

 そういえば、アルバイトでやっている巫女の話題みたことありますね。

 神主とか、禰宜で、アルバイトは聞いたことない。

ただ、彼らの衣装には裾に房をつける共通点はあります。

神職や巫女が、鳥に見立てられている可能性はあります。

 神と人、天と地を繋ぐ存在としての鳥ですか。

 そういえば、神職や巫女は袖が長い衣装を意識して身につけていますね。

 神社は、鳥に見立てられた神職や巫女のいる場所なんでしょうか。
 それを示す印として、鳥居を立てるのでしょうかね。

そうかも。

 エジプトの神殿に立っていたオベリスク、古代イスラエルの神殿に立っていたヤキンとポアズ、神社の鳥居。

 これ皆、神職が鳥に見立てられていたことの証かしら。

それぞれの宗教で、鳥は結構重要な位置を占めているのです。

古代エジプトのホルス、聖書では聖霊の象徴、という具合ですね。

 となると、神輿の鳳凰は神職と巫女の代わりに乗ってる。

そう見ても面白いですね。

 じゃ、神輿が連想できるアークにも翼のあるケルビムが向かい合ってるでしょ。

 あれも、神職と関係ありますかね。

考えてみるのも、面白いですね。

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くさやとカマンベール?

ある人は、くさやの印象は、チーズ和えした干物と言っていますね。

 別の人は、くさや汁に数日つけておくと、まるで肉がまるでカマンベールチーズの様な柔らかさだったと感想を述べてますね。

 臭いチーズは、ちょっとニガテなのですよ。

 以前、冒険して山羊の乳のチーズを買って、家で開けたときのニオイといったら…。

 食べてみたら大丈夫なのかもって、口に放り込んだら、そのままゴミ箱にダッシュしちゃった。

 くさやはまだ未体験だけど、怖いモノ見たさで挑戦してみたいかも。

ようは、くさやの干物とチーズは風味が意外と似ているわけですね。

 くさやの干物、においにさえなれてしまえば確かに味は良いですよね。

 問題は、あのにおいですよ。

 あのにおいさえ、なんとかなればねえ。

風味が強いくさやを、におい抜きで味わいたいと言うのは無理かも。

 チーズのにおいを凝縮した感じが、くさやのにおいなのかしら。

そうかも、知れないですね。

 チーズ大好きなんですけれど、くさやはちょっと・・・っていうかとっても・・・苦手です。

 でもチーズと似てるって思えば、食べられるかも。

でも、チーズの風味で干物を味わうだけならやり方はあります。

 どうするのですか。

干物はたいてい、焼くでしょ。

チーズと焼けば、良いわけですね。

チーズと焼いた干物は、けっこう美味しいというのでレシピもいろいろ出てます。

試してみてくださいな。

 ある人は、ウォッシュチーズ(Washed Cheese)と似ていると思ったそうね。

ウォッシュチーズは、外皮を、塩水やマール、ワインやブランデーなどさまざまな液体で洗いながら熟成させるチーズなのですね。
ちなみにマール(marc)とは、ワインの醸造にもちいた葡萄の搾りかすを再発酵させ蒸留した酒です。

ウォッシュチーズは、チーズの表面についている菌で、熟成させているわけですね。

 だから、ウォッシュタイプと言うのね。

実際は、さまざまな液体を定期的に吹き付けられて熟成するチーズなので、浸しながら洗うのではないですけど。

ウォッシュチーズは、中は非常にマイルドなチーズなのです。
匂いが強いものが多いため、通向きのチーズと言えるかも。

 くさやって、塩で漬けるのでしたよね。

 イカの塩辛も塩でつけるけど、くさやほどにおいましたかねえ。

でも、塩で発酵させたにおう食品という共通点はありますよね。

 魚とチーズといえば、なれ鮨でゴルゴンゾーラチーズに味がそっくりって話もありましたね。

あのお、鰹節のときにもチーズに似てるって話をしてるのですけど。

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神武と弥生と徐福はむすびつくか。

神武(jinmu)は実在したと、思いますか。

 神武(jinmu)天皇が日本建国したのは、古事記や日本書記が主張するところによると、今から二千年以上前、つまり弥生時代。

神武(jinmu)即位は弥生時代、架空ではないかといわれてきましたよね。

 神武(jinmu)天皇、つまりカムヤマトイワレヒコの誕生日は庚午年1月1日と推定されますよね。
 西暦でいえば、紀元前711年2月13日にあたるでしょ。

『日本書紀』の日本神話の神武(jinmu)東征によれば、イワレヒコは西国の日向から東方へ遠征したとされるのです。

 確か、弥生人も九州から東方に向かったと見られるでしょ。
 弥生人が日本に着てからたどった道筋は、神武(jinmu)東征を連想させます。

そして数多の苦闘の末に大和・橿原の地に到達、即位し初代天皇の神武(jinmu)天皇となったとされるのです。

 即位の時は辛酉年春正月庚辰朔と記されているので、西暦紀元前660年2月11日と推定されているでしょ。

神武(jinmu)即位が弥生時代というのは、縄文も弥生も見直しが必要になってきた今、馬鹿話とばかりもいえない気がするのです。

 日本の稲作も、縄文からあったでしょ。

狩猟採集が中心だったとも見られるけど、稲作があったのは事実ですね。

 でも、熱帯ジャポニカだったでしょ。

 今は、温帯ジャポニカね。

弥生から始まったのは、温帯ジャポニカの栽培ですね。

 そういえば、弥生の農耕文化は長江の南、江南と呼ばれる地域に近いといわれるの。

弥生時代の遺跡吉野ヶ里から出土した人骨が江南の人骨に似ている、というから文化も来たと見ていいかも。

 佐賀平野の弥生人は、貝紫や茜で染められた薄絹をまとっていたと見られているの。

 佐賀にも、徐福伝説があるのね。

徐福は、紀元前3世紀頃、中国の秦の時代に方士をしてたでしょ。

 でも、日本各地に徐福伝説はあるでしょ。

 徐福の出航地については、現在の山東省から浙江省にかけて諸説あるの。
 中でも江南の浙江省寧波市慈渓市は、有力とされます。

1982年、一人の中国人学者が偶然、現在の中国江蘇州にある徐阜村がかつて、徐福村と呼ばれていたことを知るのです。

 江蘇州は、長江の河口域ね。

ええ、日本との関連が指摘される長江文明に繋がる地域ですね。

 徐福を先祖とする徐姓一門が、名乗り出てるの。
 さらに、2000年の由緒正しい系図を持つ徐氏一門が、今日なお中国全土に健在である事も判明したのね。

学者は重要性に鑑み、研究室の中にプロジェクト・チームを結成して本格的な調査に乗り出したのでしたね。

 勇み足にならないよう、注意したのでしょうね。
 そして、まさしくここが「徐福」の居た村である、という結論を最終的に導き出したのね。

調査結果論文は、日本外務省・国際交流基金の資金援助によって1985年11月北京で出版されました。
「説徐福到黄遵先」として、中日関係史研究会編『中日関係史論文集(第一輯)』の冒頭に報告されたのです。

 徐福は、多くの技能者を率いて出航してるの。

吉野ヶ里と、徐福の技能者集団を結び付けたいのですか。
縄文の三内丸山だって、かなりの水準だったでしょ。

 徐福と神武、微妙に似ているような、似ていないような。

年代は、徐福は紀元前300年から紀元前201年までの間、神武は紀元前660年とされているでしょ。

 300年以上、差がありますね。

年代など、いろいろな点で似ていれば、もっと早くに指摘されていたはずでしょ。

 でも、縄文と弥生は細かい差はありながらも、文化的な連続性はある。

神武即位の年代も、なんらかの思想に基づいて設定された可能性は指摘されてきましたね。

 讖緯(しんい)と呼ばれる、古代中国で行なわれた予言のことでしょ。
 讖緯の説、讖緯思想などと呼ばれていますよね。

讖緯説は、中国の前漢から後漢に流行した思想ですね。

讖と緯とは、元来は別のものでした。

予言書のことを「讖記」などと呼んでいるように、讖とは、未来を予言することを意味しています。

緯とは、儒教の経典に対応する「緯書」と呼ばれる書物群を指しました。

後に 讖と緯は、ともに予言を指す言葉と、それを記した書物として、併せて用いられるようになったようです。

そして、「讖緯」という用語が予言を指すようになったといいます。

 つまり即位の年は、記録にあるからと絶対視できない。

さらに、即位の年代も弥生にかかるので、なおさら架空の天皇とされたのでしたね。

 弥生の文化は、縄文より進んでいたといっても、古墳時代より遅れていたと見られていましたね。

縄文文化の水準が見直されている今では、弥生文化も相当進んでいたと考えるほうがいいでしょうね。

 神武には、神話的な話も多いですよね。

金鵄がやってきたとか、ですよね。

 縄文に古代イスラエルとの類似が、あるでしょ。

 弥生にも、古代イスラエルとの類似が、あるのでは。

江南地方の長江文明に、生命の樹が連想できる出土品があるのです。

長江文明の地で営まれた蜀の名は、火を灯す前の燭台を連想できます。

 メノラーということでしょ。

そうですね。

 弥生も古代イスラエルに、繋がりそうね。

 弥生と関連ありそうな徐福も、古代イスラエル文化を持って出港したのかしら。

 そもそも、徐福は村の名前にさえなっている。

 これって、村は徐福一族ということでしょ。

 「ユダヤ」を指す「ジュウ」と、神を指す「ヘー」で「ジョフク」だったりしませんか。

周辺の情報と絡めて、もっと見ていく必要はあるでしょうね。

 弥生人の王が、神武である可能性はあるでしょ。

そうですね。

 弥生人の王が、徐福である可能性はあるでしょ。

そうですね。

 徐福が、神武である可能性はあるでしょ。

そうきましたか。
否定はできないですね。

 そうなると、縄文と、弥生と、徐福と、神武は、古代イスラエルが共通項なのかしら。

そうきましたか。
否定はできないですね。

 慎重ですねえ。

さらに、情報を集める必要はありますからね。

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神と誓いとしかりと否と。

マタイによる福音書5章37節の、有名な言葉知っているでしょ。

 あなたがたの言葉は、ただ、しかり、しかり、否、否、であるべきだ。
 それ以上に出ることは、悪から来るのである。

この言葉は、こういう文脈の一節です。

 マタイによる福音書の全文を、言うの。
 まさか、ねえ。

さっきの言葉の、直前からですよ。

5章33節 また昔の人々に『いつわり誓うな、誓ったことは、すべて主に対して果せ』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。

5章34節 しかし、わたしはあなたがたに言う。いっさい誓ってはならない。天をさして誓うな。そこは神の御座であるから。

5章35節 また地をさして誓うな。そこは神の足台であるから。またエルサレムをさして誓うな。それは『大王の都』であるから。

5章36節 また自分の頭をさして誓うな。あなたは髪の毛一すじさえ、白くも黒くもすることができない。

5章37節 あなたがたの言葉は、ただ、しかり、しかり、否、否、であるべきだ。それ以上に出ることは、悪から来るのである。

つまり、神の前では出来ると自信もっていえることは「しかり、しかり」と応えなさいという意味かも。

 承知いたしましたと、言うわけね。

一方で、神の前では出来ると自信もっていえないことは「否、否」と応えなさいという意味かも。

 わたしには出来ません、と言うわけね。

実際には、神はその人の実践や理解の能力を超えて、するべきことを求めたりはなさらないかも。

 そうねえ。

 ヤコブのように勝負を挑まれたら、わたしなんか絶対負ける。

その前に、勝負しろなどと神は仰らないのではないでしょうか。

私だって、もし言われたら神に勘弁して欲しいと命乞いしますよ。

 その前に、勝負しろなどと神は仰いませんよ。

そうですねえ。

 「わたしはあなたがたに言う。いっさい誓ってはならない。」

 誓えという言葉には、「否、否」と応えなさいとイエスはおっしゃるのかしら。

マタイによる福音書5章33節と34説には、こうあるです。

昔の人々に『いつわり誓うな、誓ったことは、すべて主に対して果せ』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
しかし、わたしはあなたがたに言う。いっさい誓ってはならない。

 つまり、こう言いたいの。

 どうせ誓ったって、神の御心に忠実であろうと無理をしたって、完璧に出来ない。
 すべての言葉と行いを神の御言葉に沿うように出来るくらいなら、とっくの昔に神の下で働いているはず。

 それが出来ないから、少しでも出来るように人となって修行しているのだから。

ええ、この世のすべては神のものであるから、それを自分のものであるかのように扱って誓うなど越権行為以外の何者でもないですね。

また、出来もしなければその気も無いことをかけて誓うのは、まさに神を欺く反逆行為以外の何者でもないですね。

 旧約にも、神に誓おうとするあまりに最愛の我が子を捧げ物に差し出すと言って、後悔する男の話があるね。

 まさに、出来もしなければその気も無いことをかけて、誓ってしまった。

そうですね。

子どもは親を神に背いた者としないため、親の誓いどおりに捧げ物に我が身を差し出す。

 改めて悔やんだときは、もう手遅れ…。

誓うと言うことは、程度の差はあってもこういうことになりやすいでしょうね。

 人に対しても、誓うなと。

出来もしなければその気も無いことをかけて誓うのは、まさにその人を欺く反逆行為以外の何者でもないでしょうね。

 約束という名の契約はしても、誓いはするなと。

実際、旧約も新約もコーランも、神との契約について語っていても、神との誓いについて語ってはいないはずですよ。

 「あなたがたの言葉は、ただ、しかり、しかり、否、否、であるべきだ。」

 神と交わすことに対して、契約には「しかり」、誓いには「否」と言えとイエスは仰るのかしら。

そうかも。

 でも、あなたは神ではないから、あなたとの契約なら「否」があっても良い?

しかり、ですねえ。

 あなたとの契約にも、「しかり」と言えと?

私となら、「しかり」も「否」も、あるに決まってるでしょ。
私は、神や仏ではないですよ。

 今回の話し、わかったかと言う問いに、「否」と言っても良いのね。

しかり、ですねえ。

クリスチャンでは無いから、なにそれって感じでしょうか。

 誓う、ってこと自体、奢りなのかしら。

誓うことで負う責任の重さを軽々しく考えてはいけないという、戒めでもあるかも。

一番失いたくないものをかけるのでないと、誓えないのでしょうかね。

 それに見合う相手と場合でなければ、馬鹿らしい。

かといって、神はすべてを持っておられるので、神にとっては右から左へ移るだけ程度のことで。

 つまり、誓うのは馬鹿馬鹿しいからやらないで良いのかな。

神は、逆らう者は最後の審判で退ければ良いし、意にかなう者は報いてやりたい、と思っておられるのでしょうかねえ。

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