« すっぽん | トップページ | 鏡餅 その二 »

鏡餅

正月飾りとして、門松と並んで代表的なのが、鏡餅(かがみもち)です。

近年は、家庭内に飾ることの利便性と、後で食べる際の衛生さを考えて、鏡餅が重なった姿を型取ったプラスチックの容器に充填した餅や、同様の容器に小さな餅を多数入れ、プラスチック製の橙などとセットにした商品に人気が集まっています。
うちもそうだけど、便利といってもちょっと味気ないです。

本来、鏡餅とは、正月などの祝い事のときに神仏に供える円くて平たい餅のことなのです。
お供え、おかがみ、ともよばれます。

鏡餅という名称は、昔の鏡の形に似ていることによります。
現代の鏡の多くは四角だけど、昔の鏡は青銅製の丸形で祭具として用いられ、特別な霊力を持つと考えられています。
三種の神器の一つ、八咫鏡を形取ったものとも言われます。

歴史をひもといてみると、そもそも鏡餅とは、神様と人を仲介するものです。
神と人の仲介って、まるで祭司や預言者です。

1年間の幸せを願う正月などの「晴れの日」に、神前に捧げた餅をみんなで分け合って食べるのです。
神様からの祝福をみんなで受けようという、信仰・文化の名残りなのです。

象徴とはいっても、みんなに食べられちゃう神と人の間の存在ってことです。
この条件を最も満たした人物、歴史上に一人います。
最後の晩餐で知られる、イエス、です。
コーランはイエスを聖霊を伴って使わされた特別な預言者といっています。

つまり、鏡餅は神様にお供えしてからいただく尊い餅です。
イエスは、一生を神にささげて生きることを運命つけられて生まれた人の一人であると、聖書は言っています。
のっけから、えらいことになってます。

「お供え」が鏡餅の別名となっているのは、こうしたことに由来しています。

なぜ重ねた餅を、鏡餅と呼ぶようになったのかです。

ひとつには、丸い餅の形が昔の銅鏡に似ていることからです。
古来から、鏡は神様が宿るところとされています。
現在でも、神社の御神体として、円形の鏡が祭られています。
鏡はしばしば、神、特に太陽神の依り代として用いられてきました。
また、陰陽では円は天を表す象徴、白は光にも配当されるので、鏡餅は天の太陽神の依り代となるのにふさわしいです。

また、鏡餅の「鏡」は「鑑みる(かんがみる)」に音が通じます。
つまり良い手本や規範に照らして考えるという意味の言葉にあやかったのです。
そして、「かんがみもち」とよぶ音がしだいに変化して鏡餅になったのだとも言われています。
聖書では、人々に悔い改めを求めています。
その際の手本として、自らが似姿として作られた神が、聖書には示されています。
「悔い改めて福音を信じよ。神の国はあなた方の内にある。」

さらに、鏡餅の丸い形は家庭円満を表し、重ねた姿には1年をめでたく重ねるという意味もあるそうです。
鏡餅は、祈りと1年無事であったことを感謝する気持ちを込めた非常に歴史のある日本人固有の文化なのだそうです。
無事であったことに感謝、聖書にある過ぎ越しの祭りも、同じ意味があるというから、日本特有とは言いがたいです。
もっといえば、過ぎ越しの祭りでも、種入れぬパンといわれるマツオを積み重ねて飾るらしいです。

そこで、鏡餅を見たユダヤ人に、日本人も過ぎ越しの祭りをやってると、思い込む人は多いそうです。

鏡餅は、大小2つの餅を重ねて供えるのが一般的と思ってるそこのあなた、甘いです。
地域によって、様々なバリエーションが存在します。
一部あげても、これだけあります。

餅を三枚重ねたもの。
二段の片方を紅く着色して、縁起が良いとされる紅白としたもの。
餅の替わりに砂糖で形作ったもの。
細長く伸ばしたものを渦巻状に丸め、とぐろを巻いた白蛇に見立てたもの。

室町時代、武家では正月に鎧や兜の前に鏡餅を供えたです。
このことから、鎧や兜を意味する「具足(ぐそく)」の餅で「具足餅(ぐそくもち)」と呼ばれました。
なお、具足の前に鏡餅を供えたのは男子で、女子は鏡台の前に供えています。

新年を迎える際に鏡餅を飾る風習は、紀元前の垂仁天皇の時代にさかのぼるとされます。
大物主神の娘である大田田根子に、大国主命がこのように教えたことに由来するといわれます。
「元日、荒魂の大神に紅白の餅を祭れば幸福が訪れる」

ただし、垂仁天皇の時代の話は全般に忠実性に欠けると見られており、鏡餅の風習についても断定されるものではないです。

鏡餅が現在のような形で供えられるようになったのは、意外と新しいのです。
家に床の間が作られるようになった、室町時代以降のことなのです。

武家では、床の間に具足(甲冑)を飾り、その前に鏡餅を供えました。

鏡餅には、譲葉・熨斗鮑・海老・昆布・橙などを載せるのが通例となり、これは具足餅(武家餅)と呼ばれました。
今日では、三方に半紙を敷き、その上に裏白(うらじろ、羊歯)を載せ、大小2つの餅を重ね、その上に串柿・干しするめ・橙・昆布を飾るようになっています。

四角い台なのに三方、そういえば三方に穴があるのが一般ですね。
竹の門松が竹を三本束ねたり、古代出雲大社の柱が三本束ねたり、してたのと関連ありでしょうかね。

鏡餅に関する風習としては、飾り始める時期は鏡餅を飾るのは12月28日が最適とされます。
「八」が末広がりで日本では良い数字とされているからです。

逆に12月29日は、日本では「九」が苦しむにつながるので避けるべきとされます。
逆に29を『福』と読み替えて、この日に餅を搗く地域もあります。
12月30日はきりの良い数字なので悪くないと考えられています。
ただし、旧暦では12月は30日までしかなかった為、旧暦通りならば『一夜餅』の扱いです。
12月31日に飾るのは「一夜飾り」「一夜餅」として忌避されます。

鏡開きの日は、地方によって違いはあるけど、一般的には1月11日とされます。
それまでは、飾り続けた状態でよいと考えられます。
供え終わったときに木槌などで砕き割り、汁粉などに加工して食べる風習があります。
11といえば、十一面観音がいらっしゃるけど、関係ありかです?

神様に供えたものであるので、包丁などで「切る」行為は礼を欠き、縁起が悪いとされます。

陰陽の相克では、火克金(火は金を克する)、金克木(金は木を克する)、木克土(木は土を克する)、土克水(土は水を克する)、水克火(水は火を克する)、とあります。
克するの意味は、やっつけるとか勝つとか、されるけれど、中庸の観点からみると制約とか制御のほうが適切なようです。

鏡餅にかかわる神の使いはしばしば蛇とされ、蛇は木気に配当されます。
神様の使いに金気である包丁は、まずいだろってことかもです。

鏡開きは、旧年の無事を神様に感謝しながら、神様に供えた鏡餅をお下がりとしていただく儀式です。
餅を食べる者には、力を授けられるといわれています。
もともとは武家の間で行なわれていた習慣だったのです。
その後、縁起を大切にする商人の間に広がり、一般化したといわれています。
つまり、飾るだけでなく食べてこそ、鏡餅の意味があるということです。

やっぱ、最後の晩餐のイエスが、どうしても連想に浮かんじゃうです。
てことは、おとそは、イエスキリストの血ってかです。

ポチッとよろしく!

|

« すっぽん | トップページ | 鏡餅 その二 »

民俗」カテゴリの記事

食文化」カテゴリの記事

聖書・コーラン」カテゴリの記事

イスラエル・ユダヤ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 鏡餅:

« すっぽん | トップページ | 鏡餅 その二 »