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円了(Enryou)と妖怪

後に東洋大学となる哲学館は、哲学専修の専門学校として明治20年(1887年)9月設立されました。
創設者の井上円了(いのうええんりょう)は、仏教哲学者で教育家です。

東洋大学のHPには、多様な視点を育てる学問としての哲学に着目した井上円了が創設前に述べた言葉がのっています。
「哲学はあらゆる事物の原理を定める学問であります。政治、法律はもとより科学や芸術まで、その根底には哲学がなくてはなりません」

本郷区龍岡町の本郷麟祥院(現在の東京都文京区湯島4-1-8)に設立された哲学館は、明治37年(1904年)4月には私立哲学館大学、明治39年(1906年)には私立東洋大学と改称されます。

仏教哲学者と紹介される井上円了、その彼が創設した哲学館を母体に生まれた東洋大学はなぜか、当時の日本に創設されていた私立大学としては珍しく無宗教の学校となりました。
当時創設された大学の多くは、キリスト教系や仏教系だったのです。

井上円了の墓は、日蓮宗に属する星光山蓮華寺(せいこうさんれんげじ)(東京都中野区江古田1-6-4)にあります。
墓の形が井の字の上に円形の石を乗っけて、井上円了の名前の代わりというのですから茶目っ気のある人ですね。

井上円了は、安政5年2月4日(1858年3月18日)に、越後国長岡藩(現在の新潟県長岡市、合併前の新潟県三島郡越路町)にある真宗大谷派の慈光寺に生まれ、大正8年(1919年)6月6日、60歳で没します。

真宗の寺に生まれた井上円了の墓が、なんで日蓮宗の寺にあるかって?
当時の星光山蓮華寺の住職と、宗派を超えて仲良くなっちゃったから。

それで、蓮華寺のすぐそばに、哲学館の敷地にする案もあった哲学堂があるわけです。
結局、世界にもまれな哲学を主題とする特異な公園に計画変更され、現在も当時のままの建築物が公園内に存在しています。
哲学堂には、哲理門、六賢台、三学亭、四聖堂、百科叢など77の建築物が、明治42年(1909年)から、大正元年(1912年)にかけて、逐次整備されました。
普段は外観しか見られませんが、毎年4月と10月には、建築物の内部も一般に公開されます。

明治14年、設立間もない東京大学文学部哲学科にただひとりの1年生として入学した井上円了は、「洋の東西を問わず、真理は哲学にあり」と確信したといいます。
井上円了は哲学とは、観念的演繹的な哲学ではなく、「万物の原理を探り、その原理を定める学問」であり、事実と実証にもとづく哲学であると強調したそうです。

井上円了、熱心な教育者でした。
統計の残っているだけでも明治39年から大正7年までの13年間、全国60市、2198町村において5291回の講演を行い、通学できない者にも勉学に機会を与えようと学校開設の翌年から「哲学館講義録」を発行したといいます。
これまた、当時としては画期的な取り組みで、通信教育の走りですね。

ところが、井上円了、日本の近代的な妖怪研究の創始者ともいわれます。
近代化を推進するには迷信を打破する必要があるとする立場から妖怪を研究し、『妖怪学』『妖怪学講義』『霊魂不滅論』などを著したからですね。
こうした研究から、井上は「お化け博士」「妖怪博士」などと呼ばれたそうです。

そのため、哲学堂は、そこかしこに幽霊だの妖怪だのがいるという、なんとも不思議な場所となっています。

井上円了は、このように妖怪を分類しました。

 「真怪」現在の科学では解明できない妖怪
 「仮怪」自然現象によって実際に発生する妖怪
 「誤怪」誤認や恐怖感など心理的要因によって生まれてくる妖怪
 「偽怪」人が人為的に引き起こした妖怪

井上円了は、仮怪を研究することは自然科学を解明することであるとし、人類の科学の発展に寄与するものとして妖怪研究をすべしと考えるようになったのです。
「こっくりさん」の解明などの成果も、その一環でした。
しかし、井上円了は「妖怪変化のほとんどすべては迷信なり」とオカルティズムを廃した科学的見地から研究を行ったため、「真怪」には手も足も出ないという限界もさらけ出すこととなります。
もっとも、妖怪など迷信とする井上円了のこと、遠慮なく切って捨てちゃったのです。

井上円了の始めた体系的な妖怪研究は、後に江馬務、柳田國男に引き継がれていきます。

井上円了が迷信と切って捨てた「真怪」は、日本の古代思想や宗教、民俗を研究する人々によって新たな光が当てられました。
零落した古代の神々として正体探しが行われたり、いにしえの世界観を探る手段として分析されるようになりました。

いにしえの世界観を探る手段として分析する人の中には、陰陽で民俗を研究する吉野裕子のような研究者もいます。

さらに、陰陽こそカッバーラに他ならないと主張する飛鳥昭雄や三神たけるまで参戦、妖怪研究も にぎやかになってきました。

井上円了、この妖怪研究の今の姿、草葉の陰で覗きながらどう思っているでしょう。

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