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“悪魔(akuma)”は“サタン”か

いま、わたしには少々困ったことがあります。

海外の方々も、訪問してくださるのは大変うれしいのです。

しかし、翻訳すると伝わりにくいのが、原語のもつ意味合いです。
なかには、適切な訳語がないこともあります。
人や物事や場所の名前など、固有の文化に関わる言葉は、翻訳不能です。

特に、翻訳されると区別がつかなくなる場合、大変苦労します。

わたしの話には、“悪魔(akuma)”がしばしば登場します。

ところが、機械によって文字通り機械的に翻訳されると“悪魔(akuma)”は“サタン”になってしまうのです。

“サタン”は、“神の敵対者”であり“神の妨害者”とされてきました。

わたしも、“サタン”については、“神の敵対者”であり“神の妨害者”として扱ってきましたし、これからも扱うつもりです。

しかし、日本語に翻訳すると“悪魔(akuma)”としか言い表しようのない存在がさまざまな国や地域の民俗のなかにあります。
この“悪魔(akuma)”は、くどいようですが“サタン”と翻訳されては非常に迷惑なのです。

本来地域の神々であった彼らは、西洋キリスト教徒によって、“サタン”と同列に扱われてしまいました。
聖書の神を広げる意味では、キリスト教布教以前の神々を退ける必要は確かにあったでしょう。
その意味では、“サタン”と同列に置くことが最も簡単な手段でありました。

けれども、異教の神々についての民俗を調べる上で、この“サタン”と同列扱いされたことは非常に邪魔なのです。

これら、異教の神々の多くは異形であったり、人身御供を求めたり、しているので醜悪にみられてもしかない部分は、正直言ってあります。
でも、だからといって“サタン”と翻訳されたら困るのです。

それなら、ほかの言い方はどうでしょう。
デビルや、デーモン、エビルなどです。

結果から言えば、わたしの議論では採用できません。
西洋文化の中で、あまりにも“サタン”と結び付けて語られてきたからです。
西洋といっても、それぞれの地域では、“サタン”と区別されて使われているのでしょうけれど。

“悪魔(akuma)”もまた、“サタン”の翻訳語として使われてきたのは事実です。
しかし、もともと異教の神々であった存在の訳語としても使われてきました。

いまでは日本では、“サタン”は翻訳なしで通用することばとなったのです。
少なくても日本では、“悪魔(akuma)”は“サタン”をさす言葉ではなくなりつつあるといって、いいかもしれません。

もともと、“悪魔(akuma)”とは“サタン”と別の存在でした。

“サタン”に当たる適当な言葉がないので、仕方なく、“悪魔(akuma)”が翻訳で当てられたに過ぎないのです。
わたしは、“サタン”と混同される以前の、本来の意味で“悪魔(akuma)”を使いたいのです。

今回は、主に外国の方に向けて話させていただきました。

ポチッとよろしく!

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コメント

言葉って難しいですよね。聖書も翻訳を重ねる内に、意味やニュアンスがどうしても変わってしまう部分がありますからね。

投稿: コテツ | 2008年3月16日 (日) 17時57分

でも、なんでもかんでも原文であたるわけにもいきませんね。

読めなきゃ、話になりませんから。

でも、原文と対照できる仕様のあるわけですから、対照ぐらいしてほしいです。

投稿: cova | 2008年3月20日 (木) 10時15分

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