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徳島になにが?

偶然見かけた興味深い情報です。

徳島新聞社や徳島放送によると、2005年11月15日と2007年01月10日、イスラエル大使が徳島を訪問していたといいます。
大使は空手の黒帯五段で、日本文化への造けいも深いです。
著書には、日本とユダヤの文明の類似性について論じた、2006年出版の「大使が書いた日本人とユダヤ人」があります。

目次を見るとこういう内容だそうです。
第1章 武士道精神とユダヤの人生哲学
第2章 自害、切腹の考え方には深い理由がある
第3章 神道とユダヤ教
第4章 男系男子を貫く皇室と祭司の家系
第5章 日本における古代イスラエルの伝承
第6章 民族を結ぶ三つの糸をたぐる
第7章 日本人とユダヤ人―その過去と現在の暮らしを見る

イスラエルのエリ・コーヘン駐日大使夫妻が訪問した先は美馬市です。
目的は、古代人がしるしたとされるペトログラフが見つかった遺跡などの視察です。
「ぺトログラフ」とは岩石に刻まれた古代の文様です。

美馬市で見つかったペトログラフが、古代シュメール文字に似ていることからイスラエル民族とのつながりがあったのではないかいうのがその理由です。
同市穴吹町口山にある指定文化財の石積型神殿「磐境(いわさか)神明神社」が、問題のぺトログラフの見つかった場所です。

磐境神明神社の遺跡は数千年前に建てられたといわれる積石の祭祀遺跡で、高さ1・2mほどの長方形の石垣で囲まれています。 
大使は、神社を管理している武田大三郎さんや神主の南郷源一さんらの話を聞きながら、遺跡や岩に刻まれた文様をじっくりと見てまわったそうです。

大使は社殿を囲む石積みを見た感想を、こう述べたといいます。
「ピラミッドなど、きれいに加工した石を積み上げるのが普通。自然の石を積み上げた祭壇は、ユダヤ教の神殿とこの神社以外で見られない」

なお、大使の訪問先には剣山もあります。
この山には一時、発掘隊が組織された時期もありました。

なぜ剣山かというと、知ってる人はなるほど!って思うかもしれないです。
剣山の頂上には宝蔵石、鶴石、亀石という3つの大巨岩があります。
ま、なぞの磐倉のある山なぞ、あっちこっちにあるという突っ込みも可でありますけど。

この剣山では毎年「神輿祭り」が行なわれるが、その日は「祇園(ぎおん)祭り」と同じ7月17日であります。
ところが7月17日は、『旧約聖書』でノアの大洪水が終わった日とされます。
ユダヤの「Zion(シオン)祭り」の日でもあります。
ユダヤの「シオン祭り」は、ノア一家が大洪水を無事乗り越えたことを祝う祭りです。
そこで、“ギオン”は“ジオン”の転聲だと指摘する研究家がいます。

日本の祇園祭りといえば真っ先に思い出すのが、数多くの「山車(だし)」です。
この山車を、“ノアの箱舟”を象徴しているのではないかと推測する研究家もいます。

実際、祇園祭りに登場する数多くの山車の中には、古代ヘブライで用いられた織様と同じ文様を付けたものが存在しています。
なんと、京都市下京区四条鳥丸西入の山鉾「函谷鉾」の前掛けは『旧約聖書』の創世記の一場面を描いた16世紀末のタペストリーなのです。
さらに、中京区室町通六角下ルの山鉾「鯉山」の見送りは、古代ヘブライのダビデ王を描いた有名な図です。
更に、この祇園祭りでは「モーセ山」という言葉が用いられ、祇園祭りと古代ヘブライとの関係に、ただならぬものがあることを感じさせます。

それに、四国徳島県の修験道の聖地にして霊山である剣山には、ソロモンの秘宝が隠されているという根強い噂があります。
エルサレムから忽然と消えた失われた聖櫃「アーク」の、あるかも知れないとの説が立てられた場所のひとつでもあります。

聖櫃「アーク」とはモーセが神から授かった「十戒石板」を保管するための箱で、全体に黄金が貼られています。
『旧約聖書』の「出エジプト記」には、そのアークの作り方が克明に記されていて、それをみると全体が金で飾られる日本の神輿にそっくりです。

アークの上部には2つの天使(ケルビム)の像が羽を広げて向かいあっているが、神輿の上には鳳凰(ほうおう)と言われる鳥が作られており、大きく羽を広げています。
鳳凰とは、鳳は雄、凰は雌を指し、羽ある生物の王であるとされように一羽に見えて実は二羽いるのと同じとされるのです。
また、アークの下部には2本の棒が貫通しており、移動するときにはレビ族が肩にかつぎ、鐘や太鼓をならして騒ぎ立てたことが聖書にしるされています。
ダビデの衣装は、あまりの激しさに大きくはだけたとあるところも、衣装が乱れるほど荒々しく担がれることの多い神輿を思わせます。
しかも、担ぐための2本の棒は絶対にアークから抜いてはならなかったように、神輿の棒も抜かれることはないです。
祭りが終わった後も、棒を差し込んだまま保管されています。
ま、最近は収納の関係ではずされちゃう場合もあるようですけど。。。
このように、日本の神輿と聖櫃「アーク」との類似性は偶然では済まされないものがあります。

日本と古代イスラエル、類似はまだまだいわれるけど、長くなるので今回はここまでです。

追記

「大使が書いた日本人とユダヤ人」は、「驚くほど似ている日本人とユダヤ人 」と改題され文庫本になってます。

ポチッとよろしく!

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コメント

剣山って言えば、飛鳥先生がムーで、かつての邪馬台国の宗教的な聖地だったって書いてましたね。そして、後に日本列島を支配した大和民族が契約の箱アークを使って、剣山を封印したそうです。

投稿: コテツ | 2008年3月29日 (土) 10時07分

みのもんたの番組でも、徳島に邪馬台国があったという説を扱っていましたね。

飛鳥情報に、どんどん近づいてきます。

投稿: cova | 2008年3月29日 (土) 12時19分

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