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ヤマタノオロチ

どう考えても、ヤマタノオロチの“ヤマタ”って、八つに分かれたと言う意味しょうね。

分かれるとこが八つだから、本当は胴体から伸びてるのは九つだ、なんて解釈は歴史上ほとんど現れたことはないのではないでしょうか。

最近では、マタは分かれるところをさすはずで、分かれるとこが八つだから、本当は胴体から伸びてるのは九つだ、という主張をする人もいるようですがね。
九尾の狐などがいるから、それと関連を見たいのかもしれません。

だけど、二股をかけるといえば、間の離れた別々のところに左右それぞれ足をかけることを言うのじゃありませんか。
人の体で3本目の足って、見たことありますか。
電球が2個つけられる二股ソケットというのもありますが、2個のソケットが1つの本体についているのです。

そうなるとです、一つの胴から八つの分岐がある生物がいるかといえば、いるのです。

タコ!

え?スサノオのタコ退治!?

わたしゃ、おそらく天孫一族が西日本のタコ好きな人々を配下に収め、島根界隈の製鉄を手に入れたことを、ヤマタノオロチ退治といってたのではと見ます。

おもしろいことに、このオロチ退治伝承のある島根を含む西日本には道通様信仰という蛇神崇拝があるのです。

道通様とは、首の回りに黄白色の輪のある“トウビョウ”と呼ばれる小さなヘビなのです。

人に憑いたり、祟ったりするものとして恐れられ、これを鎮めるため祀られます。
この道通信仰は、中国・四国の瀬戸内海地方にみられる蛇神信仰で、西日本全体に崇拝者がいます。

中国・四国地方の瀬戸内海を中心に社が広がる道通様は、ほとんどが岡山の横島の道通島からの分社だそうです。

岡山の道通神社の建立は、永禄年間、西暦で言うと1560年頃のことだそうです。
この時期、笠岡城主であった毛利元就の家臣陶晴賢が、現在富岡地区に属する笠岡道通谷に建てたと伝えられるそうです。

道通神社は、表向きは猿田彦命と応神天皇を祀ることからみて起源そのものはかなり古いようです。
なお、現在の横島にある社は、笠岡道通谷にあったものが戦国時代に荒廃したため当時から信仰のあったこの地に移されたものです。

わたしがこの道通神社を疑うのは、祭神とされる猿田彦命は天孫光臨の際、ヤチマタ(道がいくつにも分岐した交差点)に立って道を照らして道案内をした神といわれるからです。
今日では、交通安全・開運授福・船玉の神として崇拝されるとのことです。 

蛇神を祀り、ヤチマタとくれば、ヤマタノオロチまで後もう一歩です。

でも、このトウビョウって、なにを意味するのでしょうか。
闘猫(トウビョウ)ってことでしょうか。
古代エジプトじゃあるまいし。
古代エジプトには、蛇と戦う猫の絵も結構あるのですよ。
日本じゃ、見たことないですね。

それと、神武でなくって応神?
なんで?

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コメント

私も八岐大蛇って言うと8つの頭を想像してしまいます。

投稿: コテツ | 2008年4月 2日 (水) 08時37分

蛇で、八(や)とくりゃ、メノラーか?
なんてことも考えましたが、ちょっと飛びすぎかと、今回は見送りました。

投稿: cova | 2008年4月 2日 (水) 15時52分

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