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毘沙門天 その一

毘沙門天の起源はヒンズー教やバラモン教の中に見いだすことができ、極めて古いものです。
1000年間の苦しい修行を、積んだとされてるのです。

毘沙門天は、梵名のバイシュラマナ(Vaisravana)を訳したもので、仏の教えをよく聞くという意味で、多聞・普聞・遍聞などとも訳されるのです。
また中国で、吠室羅末拏(べいしらまぬ)・毘舎羅門などと音写され、それが変化し毘沙門となるのです。

今では、七福神の一神として有名です。
もともとはインドの神から、仏教の神に採り入れられた神です。
日本では吉祥天が毘沙門天の奥様ということになっているのです。

インド古代叙事詩「マハーバーラタ」では、宇宙の創造主プラチャーバティの孫とされるのです。
全世界の富と不老不死の命を与えられ、スリランカにあるランカーの宮殿に住み、空飛ぶ乗り物プシュパカを走らせる暗黒界の悪霊の長だったのです。

ヒンドゥー教では、ヒマラヤから産出された富を自在に扱う神となり、クーベラと呼ばれ、財宝福徳を司る神となるのです。
さらに、後には夜叉・羅刹を支配して国土を守護する武神とされたのです。
だから、正確に言えば、インドの神ではなく、スリランカつまりセイロン島の神ということなのです。

インドとスリランカは、宗教上仲が悪く、大概は、インドの善神はスリランカで悪神となり、スリランカの善神はインドで悪神ということです。
このクーベラは、どういう訳か、善神となるのです。
仏教の神となるに当たっては、その前に、同じくインドの鬼神ヤクシャの神格も付加されたという説もあります。

毘沙門天は、仏教では四天王、または十二天の最強の神となるのです。
その経緯はこうです。
毘沙門天は、大宇宙の創造主の孫で、全世界のすべての富と不死の命を授けられて、世界の王として君臨していたです。
それを強く嫉妬した異母弟のラクシャーサとも呼ばれる羅刹の王であるラーヴァナに追い出されるのです。

けれども、追われる途中で、宝の山であリ世界の中心であるとてつもない大きな山、須弥山(しゅみせん)を見つけたのです。

そして山の中腹の北側7300キロメートルのところに、七重の荘厳と七宝で飾られた絢爛豪華な大きな城を、3つ建てたのです。

財力によって大軍をそろえ、須弥山中腹の北側に住し、夜叉を率いて、憤怒の姿で岩座に立ち、須弥山第4層の水精宮に住む、北方を守護する神となるのです。
像によっては、岩座の代りに、足元に悪業煩悩の鬼を押さえつけていることもあります。

また十二天の一神ともなりました。
財宝富貴を掌り、仏法護持の善神としてです。

四天王は次のとおり。

持国天 - 東勝身洲を守護する。乾闥婆、毘舎遮を眷属とする。
増長天 - 南瞻部洲を守護する。鳩槃茶、薜茘多を眷属とする。
広目天 - 西牛貨洲を守護する。龍神、毘舎闍を眷属とする。
多聞天 - 北倶廬洲を守護する。音訳が毘沙門天。原語の意訳が多聞天、夜叉、羅刹を眷属とする。

十二天の十二尊は次のとおり。

方位の八尊
伊舎那天(東北) (Isana)
帝釈天(東) (Indra)
火天(東南) (Agni)
焔魔天(南) (Yama)
羅刹天(西南) (Raksasa、あるいは、Nirrti)
水天(西) (Varuna)
風天(西北) (Vayu)
毘沙門天(北) (Vaisravana)

天地の二尊
梵天(天) (Brahman)
地天(地) (Prithivi)

日月の二尊
日天(Surya、あるいは、Aditya)
月天(Candra)

『法華義疏』第12に、「毘沙門は、是れ北方の天王なり。此に多聞と云ふ。恒に仏の道場を護り、常に説法を聞くが故に多聞と云ふ」とあります。
その姿は冷静沈着を示し、悪を挫く勇気、清く正しく強く生きることをさとしてもいるというのです。

また率いている夜叉には、八大薬叉大将、二十八使者という眷属と説明のものもあります。

願うところに随ってその名前を呼ぶと所願ことごとく成就する、と言われているのです。

毘沙門天の二十八使者とは、つぎのとおりです。

読誦、論義、聴明多智、伏蔵、説法、龍宮、隠形、禁呪、奇方、博識、勝方、興生利、田望利、高官、右司命、左司令、北斗、五官、太山、金剛、神通、坐禅、多魅、神山、香王、自在、大力、持斉門

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コメント

>もともとはインドの神から、仏教の神に採り入れられた神

釈迦は仏教を起こす前にバラモン教徒だったので、彼が取り入れたんでしょうか。

投稿: コテツ | 2008年5月11日 (日) 16時27分

釈迦の思想に、受け入れる素地があったのは確かでしょうね。

投稿: cova | 2008年5月13日 (火) 14時33分

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