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五山の送り火

お盆には、地元の山で「大文字」が焼かれるという方も各地におられるでしょう。

でも、一般に「大文字焼き」といえば、やっぱり五山の送り火がおこなわれる京都です。

 お精霊(しょらい)さんと呼ばれるご先祖の魂を、お送りする行事ですよね。

「東大文字」「妙法」「舟形」「西大文字」「鳥居」の順で、東から西へと点火されます。
そのうち、「舟形」と「西大文字」は一緒に点火されると良います。

一つ一つの言葉に意味があるので仏教研究家もそれなりの解釈は、やっていると思います。

 はじめの四つまでは、まずまず理解可能でしょうねえ。

たいてい、つまづくのが鳥居でしょ。

 神仏混交の信仰とはいえ、鳥居はやはり神道でしょう。

私は向きに注目したいですね。

神道にかかわりの深い陰陽五行では、五行の木火土金水でも、十二支の子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥でも、時計回りなのです。

それが、反時計回りとなると、陽に対する陰が意識されているのでしょう。

 つまり、現われに対する隠れ、誕生に対する死、ということですか。

送り火ということは、ご先祖の魂がこの世からあの世にお帰りなので、「死」の方向に対応するように見えます。

「大の字」が「人」をさすというのは一致した意見です。

そこで、こう解釈しても良いのでしょう。

「この世」「成仏」「三途の川渡り」「あの世」

なお、「東大文字」は「この世」、「妙法」は「成仏」、「舟形」と「西大文字」はひとつに数えて「三途の川渡り」、「鳥居」は「あの世」と見たです。

これは、生きている自分たちにも言い聞かせているのかも。

「成仏があるべき死出の道」

ここで、ふと思うのが似た言葉があるってこと。

「悔い改めて福音を信ぜよ」

京都五山の送り火で気になるのは、かつては、鳴滝の「一」や市原の「い」など、送り火を行う山は十山あったとされることです。

十といえば、陰陽で言えば十干にあたるです。
ほかの文字は、なにだったのでしょうか。

それと、「大文字」が一文字の場合が何を意味するでしょうか。
山を天とみなし、天に間違えなくお戻りいただく道しるべということでしょうか。

 文字の意味の気をとられていて、向き(時計回り・反時計回り)のことは考えもしなかったです。
 これはすごく面白いですね。
 向きを意識すれば他にも、説明が付くものがあるのかも知れませんね。

 大阪にいながら、大文字の送り火を一度も見ていない私です。
 松明を焚いて点火する様子を、画像でしかしらないですが。
 やっぱり感動的!

 これらの言葉は、とてもありがたく心に響きます。
 五つの言葉が一つになることで、来世と現世の世界全体を表している気がします。
 来世(あの世)も現世(この世)も同じ道の先と先にあると…。
 私はいつの頃からか、思うようになりました。

ま、陰陽五行を知らなくても、日の出から日没を、太陽の誕生と死になぞらえた古代の感性に気がつけば、向きに意味ありと思う研究者がいても良いはずですよね。

ただ、やはり、鳥居がつまづきになります。

「鳥居」は「通りい」に通じると感じられれば、あと一歩なのですけど。

鳥居は、通って神の国へ行きます。
死後、神の国へ行くと、なぜ思いつかなかったのでしょうか。

 陰陽五行の木火土金水と、空海が説いた六大の中の木火土金水は同じものですかね。

 神仏習合をやった人達は、神と仏が絶対神である事を知っていたのかもしれません。
 日本中にその影響が残っていると思います。
 名前は神社に見えても、寺だったとかそんな感じです。
 豊川稲荷は確かそうじゃないかと思います。
 
 この間、NHKで、中継してました。
 そして、感動しました。

陰陽の五行「木」「火」「土」「金」「水」と、空海が説いた六大は似ているようで微妙に違いますよ。

弘法大師・空海の教え - 高野山真言宗 那須波切不動尊 金乗院
http://www8.plala.or.jp/konjouin/oshie.html

ここに、このようにありました。

 弘法大師は、「六大」すなわち「地大」「水大」「火大」「風大」「空大」「識大」という、六つの根源的なものが宇宙の万物を構成しており、仏も人間も本質的な差はないと説いています。
 また私たちが眼にしている現実の世界は、法身である大日如来の現れであるから、現実はそのまま絶対であるとも説いています。
 つまり、仏も人間も根源的なものは同じであり分かちがたいものであるから、大日如来の慈悲を固く信じ、悟りを求める心をもって仏と一体化できるよう努力をすれば、迷いから脱して真理を知ることができると教えています。

でも、神が自らに似せて人を作ったという聖書に通じる思想が見えるのは、やはり大乗仏教がキリスト教に触発されて生まれたからでしょうか。

 この世の摂理、成り立ちを知る人たちは言葉や表現の違いこそあれ、 本質は同じことを説き、自分の信じる教えに固執してしまう人は、視野が狭くなってしまい、無意味や論争や戦乱を生み出してしまうでしょうね。

 ところで、大文字焼きは、これまで延焼したことないのかなあ?

延焼の話は、聞いたことないですよ。
よっぽど、気をつけているのでしょ。

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