« かっちゃく、かっちゃぐとヨーロッパが見える? | トップページ | 出雲と関東 »

三徳山三仏寺投入堂

鳥取県東伯郡三朝町三徳にある三徳山三仏寺投入堂は、おそらく平安時代までさかのぼれるそうです。

2007年1月、テレビで偶然、この投入堂を取り上げているのをみて、興味深いところがあったのです。
投入堂は創建当時の色彩を再現してみると、白壁に弁柄の赤い柱と屋根、金色の金具という彩り鮮やかな姿であったと推定できるというのです。
ここには極楽浄土を拝みたいという、末法とされた世に生きる人々の思いは確かにあるのでしょうね。

不動尊とも呼ばれる不動明王が祀られる投入堂の向かって左には愛染堂が、小さく添えられているのです。
愛染堂とは、愛染明王が祀られるお堂です。
不動明王も愛染明王も、密教特有の尊格である明王の一つです。

ふと思ったのですよ。

「何か変」

そう、神仏の像は単独か三尊、もしくはそれ以上というのが古代になればなるほど、一般的なはずなのです。
不動明王と愛染明王のみの配置は、創建当時としては、少なくとも私にとっては、どう見ても不自然なのです。

不動明王は、大日如来の使者とされるのです。
一般的には、激しく燃えさかる「迦楼羅炎」(かるらえん)を背に、大きく開いた眼で天地を見据え、右手に降魔(ごうま)の宝剣、左手には羂索を持って岩の上に立っている姿で、表されるのです。

愛染明王は、その名が示すとおり「恋愛・縁結び・家庭円満」などをつかさどる仏としてあがめられてきたのです。
また、「愛染」が、「藍染」に通じるとして染物・織物職人の守護神としても信仰されているのです。
日輪を背負うことが多く、一面六臂(いちめんろっぴ)の身体で、怒りの形相、頭にはどのような苦難にも挫折しない強さを象徴する獅子の冠をかぶり、叡知を収めた宝瓶(宝の壺)の上に咲いた蓮の華の上に結跏趺坐(けっかふざ)で座るという姿で、表されるのです
しかし藍染明王は、手放しで愛欲を受け入れるわけではないわけです。
人間の本能である煩悩と愛欲を抑えるのではなく、むしろ向上心の元とすべしと戒めるお方です。

こうみると、太陽神である大日如来の御使いが並んでいることが感じられるのです。

となると、不動明王の向かって右にも大日如来の使いが祀られていいはずです。

陰陽で見ると、左は西に、右は東に配当され、西は日没で死を、東は日の出で生を、表すとされるのです。
つまりは投入堂は、もう一人が現れて太陽神の御使いが揃い、救いが成就することを願う場所であるのかもしれないです。

これは、彩りに同じく陰陽五行を当てはめても見ることはできるようです。

白壁に弁柄の赤い柱と屋根、金色の金具ということは、白と赤と黄がそろっているのです。
白は西、赤は南、黄は中央、となって黒の北と青の東がないのです。

陰陽五行では北に天、南に地を配するので、天と東が抜けていることになるです。

やはり、もう一人の太陽神の御使いを待望する心情が見て取れるのです。

しかし、周りに目をやってほしいのです。

山には緑があるのです。

緑には、「緑の黒髪」というみずみずしさを表現する言い方があるように“黒”が隠れているのです。
これで、天は揃います。

さらに、“緑”はみずみずしさを表すことからか、“青”と混同されることも多いので、“青”も隠れていることになるかも。
これで、東も揃いますね。

そうなると、天の神も、もう一人の太陽神の御使いも、すでにおられることに気がつくようにとの伝言も、見て取れるのかもしれないのです。

なんか、似ていないでしょうか。

「悔い改めて福音を信ぜよ。神の国は近づいた。」
「悔い改めて福音を信ぜよ。神の国はあなたがたのうちにある。」

どう思われますか。

ついでにいえば、明治の神仏分離令まで日本は神仏混交で、神道ではしばしば森そのものが神とされます。

修験は神仏混交信仰の最たるもの、つまり神に抱かれたお堂という見方は、的外れではないと見るのですけれど。。。

 あなたの推測はいつも突飛そうだけど、話を聴いて行くうちになるほど!って思います。

 宗教ができた大元を考えれば、「自然を畏れる」ってことでしょうね。
 陰陽五行の色もすべて自然のものの象徴としているのだから、なるほどなんですね。

世の中に存在するもの、そして生活するということ、それらは色を抜きにしては成り立ってはいないということでしょうね。

 色の一つ一つに、意味と力があるんですものね。
 神代の昔からそれはきちんと証明されているんですね。

そういえば、仏教にこうあったです。

「空即是色」
「色即是空」

陰陽五行と、みごとに対応して見えますね。

 そういえば、こういう話し聴いたことありますね。
 「宗教の真理は共通。それが人の目に見えないのは悪魔のしわざ」

 こちらは仏教<空海>とキリスト教<イエス>の話でしたが…。
 言葉が違うだけであって。

面白いですね。

ポチッとよろしく!

|

« かっちゃく、かっちゃぐとヨーロッパが見える? | トップページ | 出雲と関東 »

民俗」カテゴリの記事

仏教」カテゴリの記事

陰陽・弁証法」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 三徳山三仏寺投入堂:

« かっちゃく、かっちゃぐとヨーロッパが見える? | トップページ | 出雲と関東 »