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2008年12月

答えと問題

こういうことはよく言われます。

「問題が立てられれば、答えは半分でたようなもの」

 なんで?

どうしていいかわからないというのは、どこからどう手をつけていいのか見当がつかないということ。

そんな状態でどうして、問題の整理が出来るといえます。

問題が立てられるというのは、どこから手をつけていいのか当たりがつけられたということ。

どこからはじめたらよいか見えてくれば、その次はどっちにいくかとなります。

ここまで来れればあとは、繰り返せば先に進めるということ。

やがて、すっきりとして見通しがよくなります。

答えのありかに、ほぼたどり着いたということ。

問題と答えは、等号でむすべます。

問題は答えの展開であり、答えは問題のまとめであるということ。

つまり、こうなります。

「問題が立てられれば、答えは半分でたようなもの」

でも、答えが絞れない問題もあります。

答えにたどり着く道筋が、複数あるということ。

生きてると、こんなことはよくあります。

何が大切と思うかはっきりさせるのが、大切ということ。

それがなかなか見つからないのが、普通であります。

「問題が立てられれば、答えは半分でたようなもの」

って、これが答えで良いでしょうか。

 我が家の猫も、悩んでますけど。

寝るべきか、遊ぶべきか、それが問題か、ですか。

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音の変化から歴史を探れるか。

アミシャブの報告書、今読んでます。

『失われたイスラエル10支族―知られざるユダヤの特務機関「アミシャーブ」の調査報告』
ラビ・エリヤフ アビハイル,Rabbi Eliyahu Avichail,鵬 一輝,久保 有政

え?
アフガンってそうゆう国!
なのになんで、日本とユダヤ?
途中はそんなつっこみが出そうな展開ですね。

でも逆に、そんな国が間にあるくらいだから、日本もありかもってなるわけですね。

 へえ、その報告書、面白そうですね!

 確かに、日本もありかもって感じしますよ。
 現代人のちゃちな思考を超えてますものね。
 歴史は。

「あ」の音は、あいまいに発生すると「は」に聞こえやすいのですよ。
ただ、ハ行の音で子音の“H”が消えちゃうことが起こりがちな言語があるのですよ。
フランス語やイタリア語など、ラテン系の言語なのです。

なぜ、ラテン系の言語だとハ行でH音が消えやすいかというと、巻き舌音のせいなのです。
そのため、ラテン系に人にかかると「ハヤシさん」は「アヤシさん」に、「ヒタチ」は「イタチ」になっちゃうのです。

面白いことに、神を柱であらわすのは日本とイスラエルくらいのものです。
古代イスラエルには、「アシラ」という女神が信仰されていました。
このアシラ神は、枝を切り落とした木の柱がシンボルとして信仰されていたです。
諏訪大社の御柱祭りで、「柱」は「アシラ」の転化との説もあるです。

「アシラ」が「ハシラ」に転化したという説は、アシラ女神が神の姿も音も御柱の柱と似ているのでもっともらしいです。

巻き舌音といえば、江戸っ子は「ひ」と「し」の区別が苦手なのです。
さらにいえば、ひどい巻き舌のために「べらんめえ調」というあまりきれいな言葉とはいえない方言になっちゃうのです。

ここで面白いのは巻き舌音が強いイタリアでも、発音が汚いと評判なのがローマだそうです。
ローマっ子の吹き替えは、ひょっとすると江戸っ子のべらんめえ調が似合うのかもです。
ローマっ子と江戸っ子は、うなぎの焼き方まで好みが似てるそうです。
どっちも腹開きのうなぎを、こってりしたたれで付け焼きするのが好きなのですと。

あ、そうそう、今はなきシャンソン歌手淡谷のり子がある番組でこういってたそうです。
「東北の言葉はフランス語に発音が似ている」

 ローマが江戸っ子、フランス語が東北の言葉とかおもしろいですね。
 「てやんでぇー!」とか「わしぃらわぁ」とか。
 アシラがハシラに転化した可能性は、高いですね。
 ヘブライ語やアラム語なんかを徹底的に日本語と照らし合わせたら、どれだけの共通語が出てくるかわかりません。

 わたくしの母は東北人ですが、「し」と「ひ」の区別ができません。
 湿布をヒップと言います・・・

 h音は、一番発音するのにストレスがかからないとも効いたことがあります。
 脱落するのも、追加されるのも、よく分かります。
 ヘブライはヘブライ語でイヴリットですが、ギリシャ語に転じたとき、h音が追加された話も聞いたことがあります。

となるとです。
「アーク」も怪しいです。
巻き舌音をくぐると化けるです。
「ハーク」
「ク」も無事ではいられない可能性大です。
「クァ」とか、「コ」に化けやすいのです。
で、こうなる場合も想定されるです。
「ハーコ」
音が詰まる。
「ハコ」

いかがですか。

 hの音に関しての、特に語頭についての考察は、的をはずしてないと思います。

 世界の言語って、もともとは一つだったんじゃないかって、思ってしまいます。
 東北弁とフランス語、江戸とローマ、日本とイスラエル。
 もっと、他にもありそうな気がしてなりませんが…。

日本と中東、アジアルートばかりじゃなくってほかのルートも大いにありそうです。

 言葉の発音からひも解いていくと、すごく面白いね。

 日本が古代文字および古代文明の発祥地だった、という説もあります。
 本当かどうか眉に唾つけたくなりますが、数年まえにあった書家はそれを信じて研究していました。

言葉からみていくと、面白いことが見えてきますね。

日本は、古代文字や古代文明を生み出した民族の末裔か、という点から言えば、日本スメル渡来説論者はそのとおりと答えるでしょうね。

日本列島が、古代文字や古代文明の生まれた土地か、と言えば竹内文書研究者など一部を除けば、立場の違いを超えて大半の研究者は違うと答えるでしょう。

わたしゃ、日本民族のルーツは中東にありと見ています。
その意味では、スメル渡来説や日ユ同祖論は大いに参考になります。

ただ、アジアルートよりもっとさかのぼる地中海とアメリカを経由したルートが怪しいと推測しています。

もちろん、アジアルートも可能性あり、とは思うけど。

日本の祖先と、スメルや古代イスラエルとの関係は、かなり濃い可能性はあります。

古代日本は、丸唇音的発声法の傾向が強かったようですね。

そこで私は最初、ワ行母音系発声法と呼んでいました。
古文はワ行母音で読むと、発音しやすいからなのです。

丸唇音的な発声をすると、こんな傾向が出やすいようです。
巻き舌音になる、巻き舌が強いと音がにごる。
発音があいまいになる、言葉が柔らかい感じになる。
H音が脱落する、混同しやすい音ができる。

それが時代を下ると、平唇音化が進んでくるのです。
発音は同じ丸唇音的発声でも、ワ行母音系からア行母音系にかわり、発音は明瞭になってきます。

これは生活の場が、熱帯や亜熱帯の気候から、温帯や亜寒帯の気候へと、変化してきたことに対応してます。

実際、魏志倭人伝や考古資料は、かつて日本が今より平均気温が高かったことを示しているのです。

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ドバイと日本-ケーススタディをして見ると。

ドバイって、いろいるな話し聞きますよね。

 ドバイは、何で景気良いんですか?

ドバイは、税金や社会保障費がほとんど引かれないでしょうね。

 原油価格の高騰の恩恵で、経済成長著しかったけどねえ。
 でも、このところ原油の価格下がってるでしょ。

国土の大半が砂漠で、産業も皆無。

そこで、税金がほとんど掛からないタックスヘイブン政策を行ってきたのです。

タックスヘイブンは、日本語で「租税回避地」と訳されます。

 でも、多国籍企業の課税を議論する場合、しばしば問題視される地域でもありますよね。

外国資本&外貨獲得の為に、意図的に無税かそれに近い税率にするなど税金を優遇して、企業や大富豪の資産を誘致している国や地域のことです。
ヘイヴン(haven)は、「避難所」の意味です。
タックス・ヘブン(heaven「税金天国」)ではないけど、フランス語では、paradis(天国、極楽)という言葉が用いられるようですね。

タックス・ヘイブンの多くは、ドバイのように自前の産業の乏しい国です。
もともとは小さな島国など産業が発達しない国が、国際物流の拠点となることを促進するために作った制度です。

 世界中の大企業を誘致して、石油以外見るべきものがなかったドバイを、世界の一大金融都市にしようと考えているのですね。

しかし、逆を言えば外資頼みの経済政策。
一歩間違えば、世界経済の動向に最も振り回される可能性がある国の一つでもあります。

実際、不動産バブルの深刻な影響を懸念する声もあります。

にもかかわらず、ドバイに楽観論が出るのは、足元は意外としっかり固めているとみられているから。

 ドバイバブル崩壊が、さかんに言われていますけどね。
 妬みからの願望が、含まれているような感じも・・・。

ドバイのフリー・ゾーンと呼ばれる自由貿易地域は、世界の最先端の技術を取り込むことを目的として設立されたのです。

 外国資本を、導入することだけでないと言うの。

ドバイの急速な経済成長には、フリー・ゾーンによる外国企業誘致の功績が関係しています。

 シンガポールや中国が、経済特区を設置することによって大きく発展したようにですか。

世界最大の人口港であるジュベル・アリ港を中心とするジュベル・アリ・フリー・ゾーンは、中東初のフリー・ゾーンでもあります。

現在では世界100カ国以上から、大企業を含む6,000社以上もの企業が進出しています。

 外国企業に対し、様々な優遇措置を講じて誘致を進めた結果ね。

ジュベル・アリ・フリー・ゾーンには、ブリヂストンやホンダ、シチズン、ケンウッドなどの日本企業も数多く進出しています。

この様な政策の背景には、ドバイが2010年までに石油依存度を0%にするという目標を掲げていることがあります。

 日本で言えば、外需頼み経済からの脱却を掲げるようなものね。

日本は日本の実情と実力に見合った、外需頼み経済からの脱却戦略を、中長期的視野で立てておくべきだったかも。

 ドバイは、中長期的戦略をたててやってきていますからねえ。
 そこが、日本と違うところかなあ。

日本が、ドバイと同じことをやる必要もないし、出来ないと思うけど、余りにも足元を見ていない気がします。

 政局あって政策なし、ここから脱却できないと展望はないでしょうね。
 こんな水準でどんぐりの背比べの二大政党、もう投げ捨てるしかないでしょうね。

政策で、政治家と政党を選ぶ、ここから出発するしかないかもしれないですね。

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会社はそもそも?その二。どうなる?スターバックス。

2008年10月21日から、「スターバックス」ブランドの缶コーヒーが、1都10県のコンビニエンスストアで販売を開始していますね。
 
 「スターバックス ダブルショット」でしょ。 
 味には、スタバらしいって評判もあれば、苦味を抑えた缶コーヒーの甘ったるい味に辟易したという不評もあるね。

まあ、店舗で飲んでも好き嫌いは出るからしょうがないけど。

通常の缶コーヒーよりも容量の少ない140g、それでいて170円という高級缶コーヒーなのです。

 自動販売機自体にも買取の波が押し寄せ、モデルチェンジの売れ残りなどが100円や50円で売られるこのご時世に?

「高価格帯の商品を世に問うてみたい」と生み出された、スタバ缶コーヒーではあります。

この缶コーヒー、2009年1月13日から、全国販売されると言います。

 あそこには、不思議な力があるって言う人もいるよね。
 緊張がすっと、解けていくって言うか。
 いつもだったら喋れない深い話も、出来ちゃう雰囲気がある。
 あそこでコーヒーを目の前にしたら、ぽろぽろと話せる。

確かに、最近増えてきたお手軽なお休み処風な喫茶にはない落ち着いた雰囲気ありますよね。

 そうそう、昔ながらの喫茶の良さ、みたいな。

スターバックスの店舗の特徴として、挙げられるのがこれです。

 フレンドリーな接客。
 
 ソファ、落ち着いた照明など長居したくなるようなインテリア。
 スターバックスのソファは人気で、どこで売っているのか店に問い合わせる人も多いらしいです。
 
 通りに面したオープンテラス。
 テラスは店舗によっては不可の場合もあるが、原則として喫煙可。
 但し店内は全面禁煙。
 
いずれも、その当時の日本の喫茶店と一線を画した目新しいものでした。
そのため、日本ではスターバックスの特徴として挙げられることがあります。

実は、これらは、欧米ではスターバックス以前にも比較的広く見られたものです。
日本進出のときにも、提携したサザビー (SAZABY) によってほぼそのまま導入されたと言います。

これらの特徴の中には、タリーズコーヒーやシアトルズベストコーヒーなど他のシアトル系コーヒー店や、世界各国で後続した類似のコーヒー店にも共通して見られるものがあります。

この缶コーヒー販売の影には、株式公開し常に成長を求める株主からの圧力が、かかってるようにも思えるです。
成長圧力に屈し本来、スタバが出店すべきではない立地にも店を出さざるを得なくなった一環と見えなくも無いからです。

 スターバックスは、「スタバ」の愛称で親しまれ日本のカフェブームの火付け役とも言われたよね。

しかし、本国アメリカでの不振が言われるようになって来たと言いますよ。
日本国内でも、徐々にそのブランド的な位置づけに変化が現れているという声が出てきたらしいです。

「昔のスタバは良かった」という声も上がっていることを見ると、スターバックスの企業体質に変質がおきてきた可能性があります。

 最近、ケーキとか、一部の店舗にしか出さなくなってますよ。
 品揃えも、悪くなっているんですよね。
 銀座に、第一号店ができたときはねえ。
 嬉しくて、通い詰めましたけど・・・。
 やっぱり、他にはない良さがありましたねえ。

他にない良さが強みだったはずなのに、そこを目先の収益だけを見て削っていけば、結局墓穴を掘るだけと思うけど。

 やっぱり、現代アメリカを蝕んでいる株主至上主義の弊害かしら。

恐慌入り口かもしれないと言われるこの時期に、コーヒーに出せる支出が減っただけと言う声もあるけど。
 
 私も、最近スタバに行かなくなりました・・・。
 まあ、経済的理由が主ですが。

もしも、なんですけど。
株主の圧力がスターバックスを、主役であるお客と従業員をないがしろにした方向に向かわせているとしたら、憂えるべき事態ですねえ。

 素敵なお店が、投機で潰されるなんて、もしそうなったら悲しすぎる。

まったくですよね。

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オシラサマ

オシラサマは、おしらさま、おしら様、お白様、オシラ様、とも表記される、日本の東北地方で信仰されている家の神です。
一般には蚕の神、農業の神、馬の神とされます。

オシラサマは、おもに旧家に祭られている屋内の神です。
ご神体は、約30cmほどの大きさです。
頭を布で包んだ包頭型と頭を布から出した貫頭型とがあり、貫頭型の頭部には男神と女神あるいは馬と娘などの彫刻が施されたり描かれたりしています。

芯木となっている棒の材質の多くは、桑の木です。
なかには、杉や竹のものもあります。

 学生時代に、遠野でオシラサマを見せてもらったことがあるけど。
 木の棒に着物を着せただけのような、素朴なものだったなあ。

呼び名は、祭っている家によってさまざまです。
オシラサマ、オコナイサマ、オクナイサマ、オシラボトケ、カノキジゾウなどと呼ばれています。

一般的には、養蚕神して祭られているようです。
家によっては目の神様とか家神様として拝んでおり、守り神とかお知らせする神、たたりのある神ともいわれています。

四つ足などを食すると、直ちに罰せられると伝えられます。
いまだに、それを堅く守っている家もあります。

「オシラサマ」という呼び名は、明治27年(1894)遠野の人・伊能嘉矩が初めて人類学会で「オシラ神に就きて」を発表してから、広く知られるようになったのです。

宝暦12年(1762)に著された「遠野古事記」には、「しあらというものを小箱からとりだし祈祷云々」と記録されています。
オシラサマに年号が記されているもののうち、遠野で最も古いものは、小友町の及川義志氏所有の文禄3年(1594)のものです。

 むがすあったずもな
 おどうど娘ど馬っこどしてながよぐいだずもな
 娘っこはそれは まんずめげがったずもな
 馬っこも白くて良く動いだずもな
 娘ど馬っこはとっても仲いがったど

 晩げになるど いっつも娘っこは馬っこと一緒に寝でらったど
 とうとう娘っこと馬っこは夫婦になたんだど 
 おどうは怒って馬っこを古くて太い桑の木につるして殺したんだど
 夜になって娘は馬のことを探したんだど 

 おどうにきいだっけ『桑の木につるした』って言ったんだど行ってみだっけ馬っこ死んでらたど 
 娘っこは泣いで泣いで離れねがったど 
 おどうはまだおごって馬っこの首を切ったずもな

 したっけば馬っこと一緒に娘っこも空さ上がってたずもな 
 おどうは泣いだど
 ある夜娘っこが夢枕に出だずもな
 『春になったら飼葉桶のなかに馬の顔をした虫がいるからその虫に桑の葉っぱを食べさせて大きくして繭を作らせなさい その繭で糸を作って下さい』

 おどうは云われる通り飼葉桶を見ると馬の顔をした虫がいだたど
 この虫を大切に育てて糸を作り幸せにくらしたんだど 
 おどうは娘と馬の代わりに人形を作り祭ったんだど 
 これがおしらさまのはじまりなんだどさ
 どんどはれ

『遠野物語』には、こう収録されます。

 昔ある処(ところ)に貧しき百姓あり。妻はなくて美しく娘あり。
 また一匹の馬を養ふ。
 娘此馬を愛して夜になれば厩舎に行きて寝(い)ね、終(つひ)に馬と夫婦に成れり。
 或夜父は此事を知りて、其次の日に娘には知らせず、馬を連れだして桑の木につり下げて殺したり。
 その夜娘は馬の居らぬより父に尋ねて此事を知り、驚き悲しみて桑の木の下に行き死したる馬の首に縋(すがり)りて泣きゐたりしを、父はこれを悪(にく)みて斧を以て後より馬の首を切り落とせしに、忽(たちまち)ち娘は其首に乗りたるまま天に昇り去れり。
 オシラサマといふは此時より成りたる神なり。

こういう話です。

 オシラサマ伝説のある遠野の伝統家屋は、南部曲がり屋といってね。
 母屋と馬小屋がL字型につながっているの。
 これは馬は単なる家畜ではなく家族同様なほど大事に扱っている証拠と、聞いた覚えがあります。
 娘と馬が夫婦になるという話も、こういった風土なら自然と出てきますね。

 ほかにも、バリエーションがあるのかなあ。

例えば、馬は逆剥きにされて殺され、娘はその馬の皮に包まって昇天するとするものなど。
どことなく、スサノオが逆剥けの馬を機織に投げこんだら驚いた機織の女が陰所を飛び樋で、突いて死んだ話を連想するパターンもあります。

岩手では、桑の木の船に老人が乗ってくるという、まったく別の物語になっているです。

 刎ねられた馬の首に、しがみついた娘が昇天する…。

私はここに、タントラのある女神の話をどことなくダブらせてしまうです。
この女神は、自分に付き従う二人の娘を養う為、なんと自分の首を撥ねほとばしる血を、この娘達に与える女神なのです。
馬と女神が違うし、娘も一人ではなく二人ですが…。

オシラサマの祭日を、「命日(めいにち)」と言います。

 馬と一緒に娘も昇天、だからかな。

そうかも。
 
”東北のオシラ祀り”では、次のようなあらすじの祭文がイタコたちのによって読まれるそうです。

 長者夫婦は、観音様に祈願して、美しい娘を授かった。
 ところが、長者の飼っていた馬が娘に情を寄せたので、怒って長者は馬を殺して皮を剥いでしまった。
 すると、はがれた馬の皮は娘に抱きついて飛びさってしまった。
 代りにそこへ馬頭観音が現れた。そして桑の木には白い虫が現れ、蚕になった。

オシラサマの祭日である命日は、旧暦1月・3月・9月の16日に行われるです。

命日には、神棚などからおしら様を出して神饌を供え、新しい衣を重ね着させます。
これを「オセンダク」といいます。
 
 お洗濯?

たぶん、そうかも。
 
盲目の巫女であるイタコがオシラサマに向かって神寄せの経文を唱え、オシラサマを手に持って祭文を唱えながら踊らせるです。
この行事を、「オシラアソバセ」「オシラ遊び」というそうです。

 オシラサマを踊らせるから、祭ることを遊ばせるというのかなあ。

踊るというあたりが、どことなくタントラっぽいですねえ。

 女神、あるいは娘を表す像を踊らすから?
 馬や、男神となんだけどねえ。

細かい差は、あるけど。

さらに、桑は生命の樹を思い起こします。
 
 それと、機織と繰ればやはり秦氏ね。

おしらさまは、かなりローカルな神様のようなのです。

娘を伴って昇天した馬の首から連想して、馬頭観音と養蚕の関係を探ってみたです。
すると、養蚕の行われている所では、かなりの確率で馬頭観音が祀られているのです。
ただ、養蚕の神としてかならずしも祀られているわけではなかったです。

とはいえ、いくつかの地域では養蚕の神とされています。
かと思うと、馬鳴(めみょう)菩薩なる神が養蚕の神として登場しています。

 なんで、養蚕と馬?

どうも、蚕の顔を馬面に見立てているらしいのですけどね。

西上ハルオ著「マンダラ博物館」に、中国の記録として挿神記・太古蚕馬記・神女記・山海経からとしてこんな記事があるという情報を得ました。

 昔、父が旅に出たので、一人娘が留守をしていた。
 娘は寂しさのあまり、『もしお父さんを連れ戻してくれたなら、お前のお嫁さんになってあげる』と、馬に話しかけた。
 それを聞いた馬は、駆け続けに駆けて父のところへ行った。
 父は馬を見て驚き、家に変事があったと思ってその馬に乗り、急いで家に帰った。

 こうして娘の希望はかなえられたが、娘は馬に嫁がなかった。
 馬は娘を見るたびにとても興奮した。
 それを見て父は不審に思い、娘に問いつめた。
 そして、事情を知った父は、やはり娘を馬の嫁にするのに忍びず、その馬を弓矢で射殺し、皮をはいで庭に干した。
 娘はその皮を足にからませながら、『畜生の分際でわたしをお嫁に欲しがるなんて』と言ってあざ笑った。
 そのとたん、馬の皮はガバッと起き上がって娘を包みこみ、そのまま舞い上がって桑の木に止まった。
 皮に包みこまれた娘は、間もなく虫になってしまった。
 その虫は、桑の葉を食べ、銀色の糸を吐き出すようになった。
 そこで人々は、彼女を馬頭娘(ばとうじょう)と呼び、養蚕の神として祀った。

仏教が伝えられると、この養蚕神の由来と習合して馬鳴菩薩が誕生したようですね。

 本当に、娘の性格が全然違いますねえ・・・・。
 それにしても、娘と馬がって。
 なるほど、そういう風土からでてくる発想ですか。
 ぎょっとしちゃいますが。

国民性の違いでしょうかねえ。

 中国にも日本にも同じような言い伝えがあるなんて、不思議ですね・・・。

養蚕とともに、文化も入ってきたってことですかね。

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スピリチュアルに想う。

好奇心が大事ですね。

 猫が面白がれるのは、好奇心たっぷりだからでしょうか。

 猫は好奇心旺盛で、しかも人間をよく見ていますよね。
 女性に通じるものがあるなあと、思います。

 出雲で会った野良猫には、無視されました。
 いきなり馴れ馴れしくしたからダメなんだと、地元の人たちに笑われました。

 猫に一目惚れされるには、どうしたら良いのでしょうか。

興味があっても知らんふり、傍にいても気づかないそぶり、出したい手もしっかり引っ込め、黙って近くにそっといる、それが猫から寄らせるこつとはよく言われますね。
 
 私がやっていることは全く正反対でした。
 今度野良猫に出会ったら、そのように振る舞ってみたいと思います。

その方が良いかも。

わたしゃ、神秘には興味あるけど、スピリチュアルブームには危うさを感じて憂えているです。

悪魔とは何かを、繰り返し取り上げるのも、ひとつにはそれがあるです。

 わたしも、スピリチュアルブームには疑問を感じるほうです・・。
 まあ、信じてよい方向にいけば、それもありだろうけど・・。

 私はスピリチュアルについては、興味を持っていますよ。
 ただ、きちんと理解出来てはいないと思います。
 本物の人にきちんと話を聞いてみたいという気持ちは、ありますね。

 私は、否定的ではないんですね。
 ただ、何も見えませんから、さも見たかのように語ることは出来ません。
 本来は、自分がどう生きるのかということが主題ですから自分と対峙しなければならないのに。

 前世や因縁のせいにして、自分を省みない人には否定的ですね。
 私は、そういう勘違いをしている人が多いのが非常に気になっています。
 今の自分を見つめられなかったら、どんな宗教に入信したとしても成長出来ないんじゃないかと思っています。

 見えていないのに本で読んだ知識だけで、すべてわかったかなように語るだけの人を見掛けます。
 自分を省みて実際に行動に移せなければ、どんな考えも意味の無いものになってしまうと思います。
 依存しないように、自分をしっかり持っていれば大丈夫だと思います。

神や悪魔を、想いを巡らしあれこれ考えながらいたときです。
ある日突如として、なにやら得体の知れない存在感の強烈な何者かをすぐ傍に何度も感じ、怖くなって必死に祈ったことを思い出します。

背筋に走ったのは、言いようのない不安と寒さが入り混じった感覚だったです。
今思い出しても、ぞっとしますね。

今、安易にスピリチュアルにはまる人が多いことに危うさを感じるのは、こんな体験からです。

 なるほど、そのような御体験が・・・。。
 実は大変なことを安易にやっているのかも知れないのですね・・・。 
 畏れを持たないといけないのかも知れません。
 何とも言えないですね。

spiritには、精神や気分なんて意味もあるけど、辞書で上位に来るのはこれらのものです。

心、精神
生気、(生命の)いぶき
霊、霊魂(soul).
精霊、幽霊、亡霊には類語としてGHOSTも。
妖精、天使、悪魔、神霊(the Holy Spirit)

spiritualとなると、こうなります。

精神の、精神的な、霊的な、魂の
霊魂[精霊, 幽霊]の、心霊の
宗教上の、宗教的な、教会の、神聖な
〈考えなどが〉気高い、超俗的な

つまり、神や悪魔を考えることがspiritualってことなのです。

霊感の強い人など、安易にやると強烈な恐怖体験になるってこともありえるのです。

 霊的な能力などない方が、楽だとその道の方の中には仰る方がいらっしゃいますね。
 折り合いをつけるのが大変なのだと、聞きます。

そうでしょうね。
どう付き合ったら良いか、人でさえ難しい。
まして、霊的となれば、なおさらでしょ。

 私には霊的な能力はそなわっていませんが、あとから考えるとひょっとしたらという体験は数多く持っています。
 「見えないけれど存在するのかな」と感じている、そのような状態です。
 自分の都合の良いように切り貼りしたり、作り上げたりして語るべきものではないとは常に感じているところです。

ええ、この種の事柄には、慎重になりたいですね。

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虚数と確率と重力と?

虚数(imaginary number)とは、実数ではない複素数のことです。
複素数(complex number)とは、実数 a, b と虚数単位 i を用いて a + bi の形で表すことのできる数のことです。

ついでに言うと、実数(real number)とは、様々な量の連続的な変化を表す数のこと。
長さや体積や数量の表記に使われるのは、もちろん実数です。

i または j で表わされる虚数単位は、代表的な虚数の例です。

ただし、しばしば「虚数」 は、「2乗した値がゼロを超えない実数になる複素数」として定義される場合があります。

 でも、なんで虚数って必要なの?

信号処理、制御理論、電磁気学、量子力学、地図学等の分野を記述するには虚数が必要となるようですね。

 だから、なんでよ!

使ってる本人たちも知らないわけだから、聞いても無駄でしょうね。

 それを、あんたがやるの?
 無謀にも!

仮説なら、言っても良いでしょうね。

 ええ、まあ。

問題を解く鍵は、「2乗した値がゼロを超えない実数になる複素数」として定義される場合にあると見ます。

要は絶対に「ゼロを超えない実数」とは、マイナスでしか表現できない数ということです。

 マイナスでしか、ねえ。
 確かに、そうね。

マイナスが付くってどういうことって、思いますか。

 どういうって、反対でしょ。

そう、反対です。
反対向きの変化が、マイナス。

 じゃあ、作用と反作用みたいじゃん。

その通り。
作用があれば、必ず反作用があります。

 じゃあ、複素数って作用と反作用の対を、表してるの?!

そう思うのが自然でしょうね。

 あっけないなあ。
 
 じゃ、確率論はどうよ。

エネルギーは、なんで速度の二乗かわかりますか。

 とぼけて、ごまかす気?
 てゆうか、話戻してない?

光の速さのことである光速や光速度は、一般的に記号cで表わされるけど、ラテン語で速さを意味するceleritasの頭文字です。

 真空中における光速の値は、おおざっぱには30万キロメートル毎秒といわれるけど。

正しくは、299,792,458メートル毎秒ですよね。

ついでにいうと、現代の国際単位系ではメートルが光速により定義されているのですって。

速度は距離を時間で割って、得られます。

 光は、一秒に約30万キロメートル進むとも言えるし、約30万キロメートル進むと一秒たったとも言えるわけねえ。

光のエネルギーは、cの二乗で表されます。

 これ、正方形の面積の式と同じ。

ただし、それぞれの辺が表す意味が違うと見ます。
ある一辺が一秒に約30万キロメートル進むことに対応すると見たら、もう一辺は約30万キロメートル進むと一秒たったことに対応すると見えます。

つまり、光には一秒後に約30万キロメートル進む潜在的能力があると言ってるわけですよ。

 あ、速さや速度って、位置エネルギーと運動エネルギーの関係がひとつの式になってる。
 
位置エネルギーは、潜在(ポテンシャル)エネルギーとも言います。
言い換えれば、可能性ですね。
それに対し、運動エネルギーは現実性と言えるのでしょうね。

 全体のエネルギーは、位置エネルギーと運動エネルギーの総和で得られるってことね。

もっと普遍化すると、全ての事柄は可能性と現実性の総和からなるってわけです。

 全ての事柄は可能性と現実性の総和、これって、確率論?

ええ、確率論と複素数は一つの事象の二つの側面かも。

 じゃあ、虚数が可能性で、実数が現実性。

そう見ても、良いでしょうね。

 てことは、虚数は、逆方向や反作用とか可能性に対応し、実数は正方向や作用とか現実性に対応する。
 そう見ると、虚数の現実世界で果たす役割が理解できる…。

そう思ってみたけど、どうでしょう。

難しかったでしょうか。

 いや、久しぶりに数学を思い出しました。
 味気ない数学も、こんな風に考えると面白いですねえ・・・。
 ブルーバックスシリーズが大好きだったのを、思い出しました。
 また、読み返してもいいなあ。

こう考えてみると、空間と時間の4次元も実は複素数ではなかったのかと思えます。

 時間とは変化であり、変化とは可能性が現実性を生み続ける過程の連続である、ですか。

因果関係とは、原因に秘められた可能性が限りなく十割に近い現実性を持っている関係、そう見ても良いのでしょうね。

時空の4次元とは、エネルギーに満たされた空間であり、二乗によって虚数単位が取れた姿で描かれた時間が足し合わされた空間である、そう思えるのです。

空間を、作用と反作用に満ちた存在と見ると考えたくなる事があります。

 重力ですか。

アインシュタインは、時空の歪みによって重力が生じると見ます。

最近の物理学では、ホーキングがアインシュタインの一般相対性理論の成り立たなくなる特異点問題で、虚の時間を言ってます。

ここで言う特異点とは、時空が極限まで縮むと一般相対性理論が破綻する点です。

 ビックバン理論ではどうしても出る難問が、この特異点だったのですよね。

ええ。

虚の時間を越えると時間が反転する、と言うのがホーキングの主張です。

時間反転後の引力は、反発力となって時空を特異点から押し戻すと言うのです。

 引力を反転するとは、反作用としての斥力が働く事に他ならないでしょ。

2008年のサイエンスに、ビックバウンド理論が登場しました。

もっと積極的に、時空の反発力を認める理論です。

宇宙は、膨張と収縮を繰り返し、その原動力が引力と反発力と言うのです。

ここまできたら、重力が引力と斥力からなるという解釈まで、もう一歩です。

 で、ひょっとしてこれも陰陽から見てるの?
 虚数は陰、実数は陽、なんて?

それも、面白いですね。

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御父

絶対三神は、御父と御子と聖霊からなると、イエスは明かされました。

 旧約聖書ではヤハウエ、新約聖書ではイエスと名乗っているよ。
 それだけ見ると、別の神のようね。

でも、ヤハウエもイエスも、同じ「わたしはある」と名乗っておられるのですよ。

 聖書の神は、基本的にはイエスであるといって良いってこと?

ユダヤ教徒やイスラム教徒からは、ヤハウエであるとかアッラーであるとか、言う声も出るかも。

 アラーはコーランでしょ?

コーランの神、アッラーの啓示を説いたムハンマドの手元にあったのは、旧約と新約の聖書だけだったはずです。

 ムハンマドは、聖書の解説者だったと?

そういう見方もできるかも。

ところで、こんなこと考えたことないですか。
神は、御自分が完全な神であり続けるために贖いや憐れみの計画を行うのかって。

なぜ、御父自身が贖いをしないで長兄であるイエスに行わせたのか?
罪を背負う事が、完全な神を不完全にしてしまうからか?

 御父が全ての始まりであり自分の行った様々な奇跡によって起きた結果に対して、子であるイエスに罪を背負わせて贖わせるのはなぜ。
 まるで、責任を父親が子に押し付けているみたいな感じがします。

イエスそしてアダムとイブが、御父のために選択の自由を捨ててまで御父の望む行為をしたことは謎です。

 御父というお方は、直接自分の手を汚さないが、思うがまま全てを操り事を運ぶの。

それは無言の強制にも、受取れますか。

 御父の、自己満足と思えます。

イエスそしてアダムとイブが、御父のために選択の自由を捨てていたのは確かかも。

 そのような選択をしない自由も、神は与えておられたと。

御父は信仰心の優れた者には、極まれに姿を現すみたいですね。

 出来が悪い者にこそ積極的に姿を現して叱ったり導いたりする方が、御父の求めるように成長する者が増えるように思うけどねえ。

選択の自由を侵害する可能性があるので、特別な信仰を持つ選ばれた人間にしか姿を現さないと言うのかも。
それとも、特別な相手にか姿をあらわされないのなら、テスト期間の人間に対して一切の接触を持つべきかも。

贖いとは、命をもって罪を償う事なのかも。

 そのとおりかもねえ。

それとともに、死をも知るものとならねば、神の智慧、智識に近づけないからでもありえるのです。

それは、神の似姿とされたアダムとイブがなぜに死に至る知識の樹になる実を食べねばならなかったかとも、重なるのです。

すでに復活体を持ち、不死不滅の状態である御父には出来ない事なのかもしれないですね。
だからその使命を、自分と同じ栄光と力を授けた長子イエス・キリストに委ねたのかも。

 何かまだ納得しきれませんねえ。
 なるほどと思っても。

 知識の樹の実を食す必然性があったのに、それが罪になり贖われないと助からないとは矛盾だと思います。

確かに、おっしゃるとおり、矛盾であることは認めるのです。

神はアダムとイブに、生命の樹と知識の樹の実を食べてはならぬ、と命じておられるのです。

 でも、アダムとイブは食べてしまいましたよ。

神の命にそむいたのですから、大罪を犯したといえるのですね。

その大罪の償いとして、アダムとイブに匹敵する人物が命を持って償う必要があったのでしょう。

それで、御父はイエスを遣わしてみたのかも知れないですね。

いつまでも、原罪を引きずらせるわけにはいかなかったからでしょう。

 それは、イエスの十字架の一側面でしかないということなの?

旧約と新約を比べてみて。

ヤハウエ時代と、イエス時代、イエスがいかに成長されておられるか、感じ取れるかも。

 そのイエスといえども、知らないものがあったと。

それが、死なのだと思えるです。

たぶん、アダムやイブもまた、エデンの園にいる以上、死を経験することはなかったでしょう。

しかし、御父もまた死を経験してこの世のすべてに関する智慧と智識を得られたお方なのかも。

御父の智慧と智識に近づくには、死をも知らないといけなかったのかも。

アダムとイブは、サタンに堕落したルシファーにそそのかされたのは確かでしょう。

しかし、御父の意思を受けて自分たちを創造されたイエスがなぜ、ルシファーを阻止しないかを、二人は悟ったのかも。

 御父は、死を知ることを求めておられると。

子を得て、子孫を増やすことは神の導きで可能であったとしても、アダムとイブを守る必要のある御父とイエスに、二人に落ち度もないのに死を求められないのかも。

それで、神の言いつけにそむき、死を命ぜられる立場を選ばなければならなかったのかも。

イエスもまた、アダムとイブ同様、死ねない運命だったのかも。

 だから、あえて冤罪を着て十字架に臨み、死ななければならなかったのかなあ。

まず、神は正義そのものであるので人々の塵ほどの罪を許すことは出来ないかも。
もしそれを許すことになれば、神は絶対的な正義の立法を犯すことになるかもね。
それは、神を神ではなくしてしまうことかも。

「アダムとイヴが実を食べる必要があったのに、神が食べるな、と命じておられた、とは矛盾では?」に関してですが、そうだとしたら矛盾かも。
実はそもそもそういう意味ではなく、“死にたくなければ”食べたらあかんよ、という意味かも。

 同じやんか。

それなら、別の言い方して見たいです。
「レモンを食べたら酸っぱい思いをしますよ、酸っぱい思いをしたくなければ、食べないでおきなさい」という意味で、レモンを食べること自体が絶対悪である、とは言ってないということかも。

 奥が深いのでしょうね。
 聖典に分かり易い例え話や解説があれば、もっと読み易くて神を信じる人も増えるかもね。

結局のところ、イエスもアダムもイブも御父のような完全な神を目指すために死を選んだのかも。

 食べること自体が絶対悪である、とは言ってないと。

アダムとイブが神の警告を聞かなかったのは、確かかも。

 神は完全すぎて人間に近くないから、イエスの体を借りたのだと思います。
 神は死なないので、死を持つ肉体が必要だったのでしょう。
 「死」という概念を通さないと、人間が理解しないからでしょう。
 神には「死」がないので、神自身がその役割を果たすことは不可能でしょう。
 人間に分からせようと思ったら、そのレベルに近い位置に降りて来なくては、ならないでしょうね。

 それはどのようなレベルにおいても、そうでしょう。
 上の者が下に降りて分かる言葉で、表現せねばなならないのでしょうね。

神を、御父御子聖霊の、御父と言う意味で見れば、仰るとおりと言えるかも。

つまり、御父は完全すぎて人間に近くないから、御子に受肉させるためイエスの体を借りた、という見方も可能ということです。

私が、御父御子聖霊の三者を別々の存在と見た方が、いろいろな想像の可能性が広がる分、面白いと感じてるのです。

高みに居過ぎる御父が、まだまだ未熟で発展途上な人間に、身近な導き手として御子をお送りくださったという方が、自然に見えますね。

 新約のイエスは、生まれながらに人格があまりに完成されて見えるけど。

それに対し、旧約のヤハウエは姿こそ見えないけど、もっと人間くさい存在に見えますよね。

特に、モーセがいる時のヤハウエときたら、振り上げたこぶしの下ろし方に困ってはモーセにきっかけを作ってもらって体面を保っているようにさえ感じられます。

それ以外にも、人間の扱い方や自分の力の使い方を試行錯誤で学習していってる風にみなした方が自然な展開があっちこっちに見受けられます。

 もしもヤハウエがもっと早く受肉していたら、ギリシャ神話の神々のように人間くささがはっきりと見えたでしょうね。

威厳よりも親しみのある神の印象が強かったのではないかと、考えたくもなるのです。

 御父は、御子の体面を考慮して受肉を遅らせたのかな。

ヤハウエは姿が見えないことで、体面と威厳を保ちながら人々とともに成長できたのかも。

 御子ヤハウエが十分経験をつみ、学習も出来たと判断した御父は、満を持して受肉させ人として光臨させたのでしょうかね。

御子に、旧約では伝え切れなかったメッセージを人々に伝えさせるとともに、裁かれる者や処罰される者の気持ちを体験させようとなさったのでしょうか。
神の言葉さえ受け入れれば復活は可能であると言うことを、事実で人々に知らせる意図もあった。

そんな解釈も、御父御子聖霊の三者を別々の存在と見れば可能になりますね。

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会社はそもそも?

会社は誰のものか?

 この手の疑問は、そもそも、会社はどのように始まったかを考えない愚論でしょ。

生産活動は、自分の必要を満たすことから始まったですよねえ。

 その後、効率を上げるために分業が始まったわけでしょ。

規模拡大に伴い、資金が自力調達の範囲を超える範囲で必要になったので、株式会社が出来たわけですね。

つまり、会社はまず創業者のものです。

そして、後継者のものです。

後継者は、創業者の家族だったり、会社の従業員から出たりするが、家族であっても業務内容に知識を得てから継承することを思えば、大きく見て社内から出ることが多かったです。

社外から呼ぶのはよっぽどの場合であり、大抵は社業に理解のあるものから選ばれたです。

つまり、会社は創業者とその後継者のものであり、後継者候補の集団である従業員のものです。

株主は、その会社を応援するものが出資したのが始まりであるです。

株そのものが、投機の対象となるのはもっと後です。

つまり、株主とはその会社が気に入れば投資し、気に入らなければ投資しないです。

今のように会社が株主に振り回されることになったのは、設備や開発の費用があまりに膨大で巨額になってきたからです。

株の売れる経営をしないと、資金が集まらなくなり会社は株主のものと言う議論が出る下地ができていったです。

 それで、良いのでしょうかね。

個々の企業が、目先の利益を追って労働者を奴隷扱いする事態を放置すれば、時代は一気に実質的に奴隷制に逆行するでしょうね。

それは、市場の大半を占める労働者を貧者に貶め、結果として市場の縮小と壊滅に向かうでしょう。

 「搾取」という言葉が・・・・。

 景気が悪くなったがための正社員の首切りは…。
 会社という名ばかりの生き残り?

株主至上主義は、資本主義の自滅行為と同意義ではないのでしょうか。

 正規社員、非正規社員の大量解雇・・・・憤りを感じます。

 外資系法律事務所、大半がアメリカですが大挙して日本に進出してきていますよ。
 彼らは、株主原理主義の後押しをしています。
 まさにアメリカの思うつぼですね・・・・ 。
 アメリカだって、従業員を大切にする企業もあるんですけどねえ。
 原理主義者たちは、そういうことは無視しますからねえ。

マルクスの亡霊、今頃、予言的中の方向に向かう資本主義に、祝杯を上げたい気分かも。

 行き着く先は、すでに滅んだはずの貴族社会の偽者ですよね。

 家族経営の象徴だった松下電器が、中村邦夫氏が社長になって以来、幸之助精神を捨ててしまいました。
 みんなが幸せになるように、経営者は考えていたのに。
 アメリカの新自由主義が入って、来てからおかしくなってしまいました。
 人員削減なんて、最後の最後にやむを得ずやるものです。
 以前は、業績を回復させた会社は、いち早く呼び戻していました。
 人間をもの扱いし、労働力を投入財としか見ないシステムでは、決して人間を幸せに出来ないと思います。

この事態を放置すれば、マルクスの亡霊が、革命の牙をとぎ決起の赤旗を嬉々として掲げる日々を手薬煉引いて待つ、彼らの悪夢を自ら呼ぶ愚挙以外何者でもないように思いますね。

 竹中平蔵氏は、「改革が足りない」と言ってますが。
 あと何をするつもりだったのでしょうか・・・。
 自然発生的に新しい産業が、民間の力で発生するのではなかったのですかね。

「改革が足りない」といったって、誰のための、何のための、どこを目指した、「改革」なのかが問題ですよね。

アメリカ型株主至上主義に右へならへするのが、竹中平蔵の求める「改革」ならそんなのはまっぴら御免ですね。

 今さらながら、フリードマンの『資本主義と自由』を食らいついて読み始めました。
 何がわかるか期待をしています。

労働者のおかれた現状をどう改善すべきかの議論は、そもそもことのなり染めは何かをきちんと議論し、認識を共有できるかどうかにかかっているのかも。

 会社は何のためにあるか、あるべきか、まずここから議論をした方が良い現状は余りに情けないの一言です

ええ、そうですねえ。

さて、皆さんはどう思いますか。

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秋田美人とヨーロッパ?

「衣通姫」の血をひくと言われる小野小町。
ぬけるような白い肌の美人で、大評判ですね。

衣通姫は、そとおりひめとか、そとおしひめと呼ばれた、記紀に絶世の美女と伝承される人物。
衣通郎姫(そとおしのいらつめ)・衣通郎女・衣通王、などと言われました。
大変に美しい女性であったため、その美しさが衣を通して輝くことからこの名があります。

紀伊の国で信仰されていた玉津島姫と同一視され、和歌三神の一柱であるとされます。
現在では和歌山県和歌山市にある玉津島神社に稚日女尊(わかひるめのみこと)、神功皇后と共に合祀されています。

本朝三美人の一人とも称されます。

右大将藤原道綱母、衣通姫、光明皇后

ちなみに、江戸の三美人はこの人たち。

明和の三美人
笠森 お仙、.柳屋のお藤、蔦屋(つたや)のお好

寛政の三美人
難波屋おきた、高島屋おひさ、富本豊雛

衣通姫の御先祖は、昔から美人地帯と呼ばれている秋田県南部の湯沢・横手・大曲を中心とした雄物川流域の傍に住んでいたらしいです。

秋田大学の新野直吉名誉教授は、「秋田の女性は色が白く、桜色という白い色素を秘めた、透き通るような肌の色合いをしてる。」と説明しています。

どういうことかと言うと、色白の肌は、皮膚中のメラニンが少なく、表皮膚の透明度が高く、血液の影響が強く現れ、感じられる色がピンク色になるのだそうです。

 雪でピンクに光り、太陽で青光りするんですよね。

それは、見たいですねえ。

1966年に行われた皮膚の白色度の調査では、日本人の平均が22.0%に対し、秋田県南地方では30.5%であったそうです。

 秋田は日照時間が、年平均で1600時間と全国で、最も少ないのでしょ。
 でも、紫外線を受ける時間が少ないのでメラニン顆粒の合成が少ないためとしても、白いねえ。

化粧品会社が実施したL値と呼ばれる肌の白さの明度の調査でも、全国で一番だったと言いますよ。

肌だけでなく、髪の毛や瞳にも含まれているメラニン色素は、人の皮膚の色を決定する最も大きな因子となるです。

このメラニン色素をつくる色素細胞メラノサイトの機能により、皮膚に自分固有の色をもつことになると言われています。

秋田美人は、生まれたときから、このメラニンを生成する細胞であるメラニン顆粒、つまりメラノサイトが少ないなど、数値での結果も、実証済みなのですね。

 秋田美人は格段に美白、と言うのは本当なのね。
 数字でもはっきり出てるし、遺伝子的に違うのね!
 あら、それじゃあ、私が太刀打ちできないのも納得しちゃうわ。
 …なんてね、話がそれちゃった。

秋田犬や北海道犬のルーツに、謎を解く鍵があるようです。

犬の赤血球糖脂質には、Nアセチルノイラミン酸を持つA型と、Nグリコルノイラミン酸を持つG型があるそうです。

和犬、アジア犬はA・G型の血液型を持つのにたいして、ヨーロッパ犬はA型の血液型しか持たないとのこと。

なんと、秋田犬や北海道犬はA型の血液であり、ヨーロッパ型だというのです。

 ヨーロッパ人が連れて来たと、言うのでしょうか?

犬は動物の中でも、最も人間の生活に密着してきたのですよ。

 じゃ、猫の立場は?

猫は、人のそばで気ままに生きてきたってことかも。

東京大学・山川民夫名誉教授は、こう語るです。

「秋田犬がヨーロッパ犬と同じ血液型を持つということは、遥か昔犬と同時にヨーロッパ系民族が、東北地方にやって来た可能性がある。」

人の体内にあるLCV(ヒトポリオーマウイルス)は、通常は腎臓で繁殖し、尿中に出るのです。

感染しても、数十万人に一人とまれにしか発症しないです。

このように、ほとんど害はないが、エイズなどで免疫力が弱まると脳に病気を起こし死に至ることがあります。

日本人では成人の七~八割が、血清抗体陽性とされているのだそうです。

このウイルスについて世界34ケ国で行われた調査では、EU型はヨーロッパに多い筈なのですけど。

東大の余郷嘉明医科学研究所助教授、北村唯一医科学部助教授らの研究グループが、LCVの分布を調べてこういうことが明らかになっています。

このウィルスはほとんど無害で、主に家庭内で親から子へ感染していくと考えられています。

同グループは、人類の移動や起源を知る手がかりになるとみて、国内十四ケ所でそれぞれ約五十人の尿を採取、中に含まれている同ウィルスを調べたです。

その結果、遺伝子の塩基配列の違いから三種類に分類できたと言います。

種類は沖縄から広島、焼津(静岡県)など太平洋岸に多く分布するCY型。
もう一種類は仙台、秋田、弘前(青森県)、金沢、熊本と全国的に広がるMY型。
両方とも、世界的に有色人種に多いB型に属する亜型。

分布を見ると、日本ではCY型は縄文文化圏の東日本に、MY型は弥生文化圏の西日本に多いのだそうです。

秋田中心になんとEU型が見つかり、東北地方日本海側の秋田中心に広がっていたのです。

弘前、秋田、仙台など北日本の一部では、一~二割の人から、B型とは全くタイプの異なる"第三の種類"が見つかったのです。

これは塩基配列の特徴から、A型に分類される新たな亜型と分かったらしいです。

A型はほとんど欧米の白人にしかみられないことから、白人と共通の集団から持ち込まれた可能性があると言います。

余郷助教授は、こう話しているとのことです。
「ポリオーマ・ウィルスは、ウィルス自体の変異が少なく、宿主であるヒトの祖先から子孫にそのまま受け継がれるから、ウィルス型の分布は人種の分岐・移動・混合を反映し得る」

秋田犬は、やっぱ、ヨーロッパからきたって事ですねえ…。
 
 美人もだろ!

遺伝子からみると、コーカソイドの血が入ってるって事になるのかです。

 でも、アイヌはどうなってるのかねえ…。

アイヌに似ている“Kennewick Man”の骨の中からでてきた矢じりのかけらが、2万年前のフランスやスペインで作られていた矢じりの工法と似ていたそうですね。

 そして、“Kennewick Man”はコーカソイドにも、近いんでしたよね。

モンゴロイド、ニグロイド、コーカソイドは、中近東で分かれたと言うのが最近の定説だそうです。
つまり、ヨーロッパ経由の可能性があるんですよ。

ちなみにJCVは、大きく三種類に分類されA,B,Cと名づけられると言います。

分布には、こういう傾向が見られるそうです。

Aは、ヨーロッパ人、日本人、アイヌ、東シベリア先住民、アメリカ先住民、アフリカ人が保有
Bは、広範にアフリカ人、ヨーロッパ人、アジア人、日本人、アメリカ先住民、韓国人、太平洋諸島民、アイヌに分布
Cは、アフリカ人のみ

私は日本とヨーロッパに奇妙な類似を指摘してきたけれど、アメリカや太平洋諸島を経由して繋がっていた可能性が見えてきたです。

 こんな繋がりがあるの?!

それに、日本神話とギリシャ神話の類似性も、有名ですね。

 単に太陽光線とか水、食べ物など環境の影響でそういう傾向がみられるだけ、或いは、なんの根拠もなくそういう印象なだけなのかと思っていたの。

 ここまで明確に分析されているのを見たのは、初めてです。

あ、そうですか。

 私、秋田県で7年間仕事をしていました。
 秋田美人のルーツは、地元でも諸説あってみんな言うことがバラバラでした。
 「良い酒っこさ飲んでるからだべ」という人も、多々居ました。
 「佐竹の殿様が水戸の美女さみな連れて来たんだべ」とか、珍説もちらほら(笑)

 ヨーロッパ人混血説は、やはりありました。
 極たまにですが、「ハーフなんですか?」と尋ねる事もありましたよ。
 
今でも、そういう事がありますか。

 目とか骨格が白人のようなのに、純血なんですね。
 間違いなく大陸の血が混じっているだろうと、言われています。

こういう情報、ありがたいですよ。

 秋田県民は全国平均を見ても、体格は日本で1、2です。
 他県に比べて、お酒も強い人が多いです。
 実感として、ヨーロッパ起源説はありうることだと思っています。

 しかし、犬まで分析を見たのは初めてでした。
 説得力がありますね。

そう言っていただけると、うれしいですよ。

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タントラと神代七代と天地創造の七日と。

古事記に記載されている、日本最古の有名な和歌があります。

 八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を 

この「妻籠み」を、もし夫婦と見たら、陰陽和合を取り巻いて幾重にも垣根、つまり層ができたさまを想像できるです。

 出雲立つ・・・の歌が詠まれたという、須我神社に行きました。
 やはり、須佐之男がキーマンですね。
 出雲ではくにびきという形で、朝鮮半島との関わりが神話として残っています。
 その先の大陸とはどうなのでしょうか・・・。

須佐之男、謎が深いですね。

  謎は、深まるばかりです。

出雲立つ・・・の歌で思い起こせるものが、インドのシュリーヤントラと以前言ったことがあります。

 出雲大社の、七つしか描かないのに八雲と言われる絵のことですね。
 八雲の絵は、イザナギを主祭神にしている『神魂神社』の御本殿の天井にも描かれていました。
 実物は見れませんけど。

シュリーヤントラの表現法には、平面と立体があります。
立体は、ヒンズーの寺院に似てるです。

ヒンズーの寺院の形は、立体化したシュリーヤントラと言えるです。

そうは言っても、どういうものかをお話してなかったです。

ほんとは、かなりややこしいのです。
 
 なんとか、簡単に説明して見て。

え?
なんか、おっしゃいました?

タントラの中心には、世界の森羅万象を生み出す男性神と女性神がすえられます。
男性神の代表的な存在がシヴァ神、女性神の代表的存在がカーリー神で、シンボルとしてはそれぞれ、リンガとヨーニとして表現されます。

タントラでは、原初の神が黒点で表わされたタントラの視覚化したものであるヤントラがあります。

この黒点で表された原初の神が、下向きの二等辺三角形で表される女性原理をまず生んで男性神となります。

そして、この女性原理と男性原理から、下向きの二等辺三角形で表される女性原理と、上向きの二等辺三角形で表される男性原理の組合せが四組、生まれます。

 これを視覚化したものが、シュリ―ヤントラですか。

私が注目してるのは、中央に縦に描かれた九つの三角形です。

シュリーヤントラでは、真中にある下向き三角形のなかに、神が見えるです。
原初の神です。

この神が、下向き三角形で表される女性原理―真中の下向き三角形―をまず生み、男性神となります。

中心の女性原理と男性原理から、四段階の女性原理と男性原理が、生み出されるのです。

この女性原理と男性原理はそれぞれが一対となって四段階となり、生命の樹を表現しています。

女性原理と男性原理の統一から生ずる段階的展開という、弁証法的構造なのです。

さらに、周囲にも三角形が見えるです。それぞれの中にも神々が、踊っています。

これらの神々で、森羅万象の誕生と展開が、表されています。

このヤントラは、高エネルギー物理の素粒子の飛跡に、似ていると言う指摘もあります。
私もそう思えるです。

ちなみに、この、原初の神を絶対三神とすると、日本の神代七代にそっくりになります。

始めに生まれる三柱の独り神は、すぐに隠れてしまうのです。
 
 どこに隠れたかは、沈黙されていますね。

これを、女性神が生まれてヨーニに隠れた男性神の象徴のリンガとみなせるでしょうね。

それから、四組の女性原理と男性原理は、四代の女性神と男性神にあたるかも。

 古事記の始まりに出てくる3神が、いらっしゃいますよね。
 すぐに隠れてしまうっていうけど。
 前から、不思議に思っていたんですよね。

古事記の国造りの記述は、聖書の創世記の天地創造の七日とそっくりですよね。

 古事記、聖書、タントラとつながるのか・・・。
 ユングの集合的無意識のことを、思い出しました。
 曼荼羅の絵とかもいろいろなところで、つながっていたりするし・・・。

聖書の創造の記述も、タントラと見ても良いのかも知れないですね。

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どこへ向かうか、恐竜研究。

カナダ、アメリカ、南アフリカの研究グループが、アメリカの科学誌『サイエンス』2005年07月の29日号に、今までの中でもっとも下の地層から赤ちゃん恐竜の化石を見つけたと発表していました。

これまでの1億4400万年から6500万年前(白亜紀)を上回る、1億9000万年前(ジュラ紀前期)の地層だとか。

 ほんとかよって、感じですね。
 わたしゃ、眉に唾つけます。

 ノアの洪水による全地球水没による恐竜全滅説のほうが、もっともらしいと思ってますので。

この化石は卵に入っていて、卵は6個、最大のものは6cm。

ほとんどの骨格が残っているのもあり、草食恐竜「マッソスポンディルス」の特徴があるらしいですよ。

マッソスポンディルスの大人は体長5m、長い首と小さな頭で、二本足だったらしいのに対し、赤ちゃんは四足歩行つまりハイハイに適してたもよう。
研究グループは、歯の痕跡もほとんどないと言うから、ハイハイからヨチヨチをへて、たっちしたのかもしれない、孵化後しばらくは親が世話したかもって見てるのです。

 恐竜と鳥は、近縁だそうですね。

 鳩みたいに、ミルクもらってたのでしょうかね。

 ヨチヨチ歩く恐竜の赤ちゃんっていうのは、可愛いかもしれない。

鳥と恐竜近縁説からすると、ヒヨコみたいだったかも。

 大きな頭、小さな前足、発達した後足、大きな尻尾…。

ん?

 なんだか、ここまでいったら、袋があったらまるでカンガルーって思えてきた。

体長は約11~15m、重量は5~6トンと推測され、見上げるように大きなティラノサウルス・レックスですか。
これまで長い間、野蛮な殺し屋と考えられてきましたけどね。

ロンドンにある自然史博物館で現地時間の2003年8月1日から開催の『ティラノサウルス・レックス殺し屋説の疑問』展は、この巨大な肉食動物が腐りかけた死骸を食べて生きる動作の鈍い暴れ者だったかもれしないという説を提起していましたね。

古生物学者のジャック・ホーナー氏は、映画『ジュラシック・パーク』でサム・ニールが演じた古生物学者、アラン・グラント博士のモデルとなった人物です。 
彼は、すべての特徴が、この恐竜が死肉を食べて生きていたことを示し、疑問の余地なく清掃動物だったと考えているです。

ホーナー氏は、ティラノサウルス・レックスは体の構造からみて、早く走ったり、長距離を走ったりはできなかったとみているです。
図体の大きいティラノサウルス・レックスは、動作が遅く、腕は小さく、視力は弱く、動いているものを捕獲できる条件ではなかった。
これに対して嗅覚を司る脳の部分は非常に大きく、また顎が巨大なのは肉を噛み切るためではなく、ハゲタカと同じく骨を砕くため。

 それにたいし、動きの遅い獲物を捕えて殺すことは可能だったと考える研究者もいる。

ティラノサウルスが走っている最中に転ぶと、致命的になる危険があることを示唆する研究もあるようです。

ロイター通信は、英マンチェスター大などの研究チームの2007年8月22日の英王立協会の論文集に発表をこう伝えたそうです。

 研究チームは、化石の骨格から推定される筋肉の付き方に基づき、肉食恐竜の走行速度をコンピューターで計算した。

 その結果、最小級の肉食恐竜コンプソグナトス(体重3・3キロ)の最高速度は時速64キロに達し、同様の方法で計算したダチョウの速度を上回った。

 体重約6トンの場合、ティラノサウルスは、時速29キロで走ることが分かった。

この時速29キロは、同じ計算手法で得られたプロサッカー選手のような体格の人間の最高速度でもわずかに及ばなかったわけです。

100メートル走などの陸上の短距離選手の速度は約40キロに達するが、もし恐竜が現存していれば、ほとんどの人間は肉食恐竜から逃げ切れなかったことになります。

 小型恐竜の一部は、時速64キロという驚異的なスピードで走ることができるのでしょ。
 最強とされる肉食恐竜ティラノサウルスも、人間が逃げ切れないほどの高速の持ち主だったと。

 この計算が示す速さは、恐竜は変温ではなく恒温、冷血ではなく温血であったと物語っている。

 てことは、もし猫が追いかけられたら、速やかに茂みなどにかけこみ、身を隠さないとならない。

猫は瞬発力が高く、ジャンプ力、ダッシュ力に長けていますけどねえ。
ジャンプ力は、概ね体高の5倍程度つまり約1.5m程度のところに飛び上がることができますよ。
走るスピードは、おおよそ50km/h程度と言われ、瞬間的に最高速に達します。
そのかわり持久力には欠けており、長時間追いかけるような狩りはしませんがね。

 これらの議論から見るとティラノサウルスは、走れば速いかもしれないが動作は鈍く、上手に隠れられたなら逃げることは足の遅い人でも不可能ではなかったかも?

 恐竜については、鳥との関連がしきりに考察されていますよね。

もし研究者たちが、恐竜の基本的に爬虫類に分類されることにこだわるなら、この問題に直面するかもです。
爬虫類の中には、哺乳類型爬虫類、獣型爬虫類あるいは非哺乳類単弓類とも呼ばれてきたグループが存在するのです。

しかし、このグループは最近の分類では「爬虫類」には含まれないため、現在この呼称は便宜的に用いられるのみとなりつつあります。

 これに代わるものとして、爬虫類型哺乳類、爬獣類といった呼称も提案されていますよね。

恐竜を鳥と爬虫類の中間とみなし続ける限り、この哺乳類と爬虫類の中間種との関連にもぶつかる可能性はある・・・かも。

 ティラノサウルスと同じ時代に、生きてなくてよかったです。
 私なんか50m走れば、足はガクガクして倒れこんで。
 すっかり追いつかれてしまってますから!

しかし、どんどん説が変わっていくのが古生物研究ですよね。

 走っている最中に転ぶと致命的。
 走ると速いが動作は鈍い。

 突如絶滅の歴史も合わせると、なんとも物悲しい気がするの。
 こんな感想、私だけかしら?

おそろしいのか、どんくさいのか、まだまだ、話題の事欠かないティラノサウルス・レックスですねえ。

 そんなに速く走れるなんて、意外ですねえ!
 動きが鈍いのはわかるけど。

 それにしても、恐竜研究の日進月歩には驚きますね。
 次々とかつての常識が覆されていて。

まだまだ、これからも、もっと変わるでしょうね。
恐竜の定説。。。。

 子供のころ、ゴジラって本当にいるんだと思ってたです

こどものころは、いると思ってたもの、あると思ってたもの、みんなけっこうあるのでは。

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税金は今のままで良いか。

で、今までいくら国民が払ってきたと思ってますか。
3%で消費税導入が1989年4月。
5%に引き上げられたのが1997年4月。
少々古い数字ですが、2007年9月現在の累積・・・。
おおよそ188兆円だそうです。

政府は、基礎年金の国庫負担割合を、3分の1から2分の1に引き上げるとしています。
必要な額は、約2兆5000億円と言います。

この累積額からみれば微々たる額、楽勝と思うでしょ。

ところが政府は、消費税増税がいると言います。

 なんで?

ここにひとつの数字があります。
160兆円。

これ、法人三税、つまり、法人税、法人事業税、法人住民税が同じ時期に、これだけ減税されたそうです。

消費税を、こどもから高齢者まで、失業者から高額所得者まで、ひろくとって、法人減税にまわしたといわれても仕方ない金額です。

しかし、それでも28兆は残ってる勘定です。
少なくとも、単純に見れば数年は基礎年金の国庫負担2分の1を、まかなえる数字ではないのかです。

さらに、もっと、あれれという数字があります。
たとえばトヨタ。
バブルピーク時の2倍も利益をあげた2006年度、納税額はバブルピーク時の4782億円にたいし、4746億円だそうです。

そして、共産を除くほとんどの党は政党助成金ともいわれる政党交付金を受け取りながら、自民や公明、民主までもが額こそ違え企業団体献金受け取ってるのです。

 不思議なことはね。
 メディアも、この点については、深く追求しないんですよね。

「ここつつくと共産だけがこの構図から外れる。」
この一言で答えは尽きるようです。

はずれる共産がえらいのではない、どっぷりつかりこんだほかの党が問題なのです。
企業減税分は、めぐりめぐって、企業団体献金になって政治に還流していると皮肉られても仕方ないです。

ここにメスが入ってこそ、年金の財源問題に納得のいく議論ができるスタートラインに本当に立てる気がするです。

ま、ここをいじくると財政難にほとんどの党がおちいるから、無理は言わんけど。

せめて、国民の理解が得られる証拠を示しながら審議してほしいです。

数字を表面的に眺めた議論なので、実態から見れば突っ込みどころ満載かも。

 法人税分が従業員に殆ど回って来ないのが、笑えます。
 だからと言って、回して消費が拡大し、物価が上がったら、老人には辛くなるだろうし、痛し痒しですね。

それで国や自治体に入った消費税額が、最初のうたい文句どおり福祉に十分回ってくれるなら、話は違ってくるかもです。

 福祉の話なら、介護保険もどうでしょう?
 わが母などは、年々悪くなっていき介護認定があがってしかるべきなのに、何故か認定が厳しくなってきていて、十分なサービスを全く受けていません。

 消費税に話を戻せば、一律税率という考え方、正すつもりはないのかしら?

税金の集め方と使い方を見直すべきですね。

ただ、消費税に複数税率の導入するのは、最高税率の二桁化につながる可能性もあり、慎重な検討が必要かもです。

 UKは、消費税に複数税率を導入してますが。
 最高税率は17.5%!
 生鮮食料品はゼロ%ですが。
 結構、こたえますよ。

共産が伸びれば、対アメリカ自主独立路線を日本がとる方向で、すべての党が競い合って、共産を抑えないとならなくなる、アメリカに気を使っている人々はそれを恐れている可能性は否定できないです。

 どうして低所得者の私たちばかりに負担が増えるのでしょうか。
 企業の減税=企業献金。
 そう言われても、しかたない縮図です。
 父親なんかは年金生活者なのに、2007年から住民税が8倍にもなったり。
 歳と取るにつれて、生活が困難になる日本の税の仕組みは、おかしいですよね。

結局、国民が誰を選べば自分のためになるのかを、本気で考えて選んでこなかった付けが、回ってきてるってことです。

知名度、地域ボス、地縁血縁のしがらみ、地盤鞄看板の三バン、そんなこんなで投票を決めてきてしまった多くの地方、地域どうなったです。

いま格差のなかで切り捨てられて来た人々は、裏切られて来た人々でもあるのではないでしょうか。

いま、政治で地殻変動を引き起こしつつあるのは、まさにその人々であり、彼らの選択が今後のこの国を左右するでしょうね。

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肥田氏と諏訪氏と賀茂?

祭司としての肥田氏は、表の歴史には聞いたことはないと以前お話しました。

ところが、直接肥田氏という形ではないものの、面白い話を見つけたです。

諏訪神社といっても、岐阜県美濃加茂市下米田町山本の神社に関するもの。
元々は美濃国賀茂郡下飯田村中山、現・加茂郡川辺町下飯田に鎮座していたと言います。

主祭神は、建御名方神。
社格は式内社、旧郷社です。

式内社(しきないしゃ)は、また式社(しきしゃ)とも、言います。
正式には延喜式内社で、「延喜式の内に記載された神社」の意味です。

『延喜式』は延長5年(927年)にまとめられ、そのうち巻九・十は、延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)と呼ばれるです。
延喜式神名帳は、当時「官社」とされていた全国の神社一覧です。

加茂市の諏訪神社の創建時期は、不明とのことです。
一説には、郷社として延喜5年(905)に創建され中山社と呼ばれていたと言います。

永禄年間に兵火で焼失したが、永禄12(1569)年に米田城城主肥田玄蕃の命で肥田長寿丸により現在地に再建されました。
肥田長寿丸は、肥田玄蕃と親子です。
ちなみに当時の神主は山田左近右衛門。
再建の際、信濃国諏訪大社、つまり諏訪明神を祀り、諏訪神社に改称しました。

諏訪明神は、米田城主であった肥田一族の守り神となります。

なぜ、主祭神は建御名方神なのに諏訪神社としたか、ここに面白い史実があると言います。
米田城主であった肥田氏の本当の姓は諏訪氏であり、諏訪大明神に仕える家柄だったことによると言うのです。

諏訪氏は代々、諏訪大社の大祝を務めてきた一族です。
大祝は祭神の神託により、身体に神が宿るとされ代々、正一位の神階を継承しています。
その血筋は神氏といい、出雲神話の神、建御中主尊(タテノミナカタヌシ)に始まると言います。
異説には桓武天皇を祖とするとも、清和源氏の源満快を祖とするとも称します。

肥田玄蕃助軌休より4代前は、木曽義仲に仕えていたそうです。

諏訪氏は、神官であると同時に武士としても活躍していたです。
木曽義仲の先祖である源義家(八幡太郎義家)が出羽の清原氏討伐のため、後三年の役に介入すると、源氏軍に加わったと言います。

木曽義仲といえば、清和源氏の一人であったです。
清和源氏は清和天皇の第六皇子貞純親王の子、経基王を祖としています。

肥田姓を歴史をさかのぼってみると、肥田宿禰なる人物が登場、清和源氏土岐氏の流れや、藤原氏などが祖先候補としてあがってきます。
藤原氏は天皇家と姻戚関係が深いので、ほぼ、肥田宿禰は清和源氏土岐氏の流れとみていいのかもしれないです。

清和源氏土岐氏は、源満快の兄弟である満仲からでていると言います。
肥田氏には満仲だけでなく、満快の流れもある可能性があるということになるが、いずれにしても天皇の一族からでた可能性は高いと言えます。

そして天皇家と言えば、神官の最高位でもあります。

その上、肥田氏に祭神の神託により、身体に神が宿るとされる大祝であった諏訪氏との関わりが見えます。
そうなれば、肥田氏自体も神職を出していた、それもかなり高位の神職がいたと見てもおかしくないことになってきます。

そして、肥田氏の昔からいた関東は秦氏の一大勢力があった土地、一方、諏訪大社は聖書のアブラハムとイサクのモリヤ山での物語とそっくりな祭があります。

ますます、肥田氏は秦氏の一族で、秦氏はユダヤの一族、つまり肥田氏もユダヤの一族であったと思えるようになって来たです。

 おお、肥田氏と秦氏がつながっているんですか!
 秦氏って興味がつきないんですよね。
 ユダヤつながりですか・・・・・。

はたと思ったけど、岐阜県の諏訪神社は今は美濃加茂市でかつては賀茂郡、つまり昔も今も加茂の付く土地にあります。

ここで思い出すのは、賀茂別雷神社(上賀茂神社)と賀茂御祖神社(下鴨神社)の2つの神社の総称の賀茂神社です。

賀茂別雷神社は、京都府京都市北区上賀茂本山。
賀茂御祖神社は、京都府京都市左京区下鴨泉川。

加茂神社は加茂氏の氏神だけど、加茂氏は秦氏の一族です。

加茂にこだわって鎮座の場所を定めたあたり、やはり諏訪氏は加茂氏との繋がりが疑え、秦氏につながる可能性がありますね。

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タミル語と日本語

学習院大学名誉教授であった国語学者で文学博士の大野晋は、日本語と南部インドの特にタミルの言葉が似ているとしているです。

 タミル語は、ドラヴィダ語族の中で書かれた言語としては最も古いそうね。

現在残る文献の最も古いものの起源は、紀元前後までさかのぼるといわれるです。

ドラヴィダ人(Dravidian)は、アーリア人の侵入以前にインド北部を支配していたと考えられる民族群です。
 
 インダス文明は、ドラヴィダ人によるものだとされているのでしょ。

同文明の遺跡から発見された未解読のインダス文字により記された言語が、ドラヴィダ語族の言語である可能性が高いためです。

日本語の起源を古代タミル語にあるとした、クレオールタミル語説です。

クレオール言語とは、異なる言語を話す商人などの間で自然に作り上げられた言語が、その言語の使い手達の子供によって母語として話されるようになった言語を指すです。

大野晋は、インド南方やスリランカで用いられているタミル語と日本語との基礎語彙を比較し、タミル語が日本語の起源であるとするです。
 
 大野はタミル語との関係で系統論を放棄し、日本語はクレオールタミル語であるとする説を唱えたのでしょ。

弥生時代に稲作・金属器の使用、機織りという文明が南インドから渡来し、それらは日本人の生活の基礎になり、またその時に、日本語の基礎文法もタミル語からとりいれられたと主張してたのです。

  ところで、ロマってインド北部から出たって説あるけど、もとはタミル語が属するドラビダ語族も北部だったなら、関係あるのかなあ。

さあ、注目してる研究者ほとんどいないのじゃないかです。
情報が少ないから、断定は避けたいけどです。

 でも、ロマも気になる人々ですね。

そうですね。

タミル語との日本語とを比較すると、ただ単に言葉の対応だけでも、重要な単語約500に渡る例があげられているのですね。

tambo(田んぼ)→タミル語のtampal、 naru(成る)→naru、fatake(畑)→pat-ukar、fa(歯)→palなどで、ほかにも、眉、切るなども音と意味が似ているのです。

加えて語順(文法)が非常に似ていたり、日本的心情をあらわす「アハレ」(af-are)という言葉にも、対応する語があり、タミル語のav-alam(アヴァラム)は、日本語の語感に非常に近いですね。

日本の和歌と同じ57577の形式が、タミルの古い歌集「サンガム」にも数多くあったりするらしいです。

インド北部とは服装や建築、食べ物や人種も異なる南インドの文化はドラビダ文化と呼ばれ、言葉の他にも、なぜか日本とそっくりの物が使われています。

甕棺、ドルメン、子持壺、小正月の習慣、弥生土器とよく似た模様のある土器、米が主食(北部はナン)、南インドの寺院の祭りのクライマックスに日本とそっくりに登場する御祭の山車…etc。

 例えば小正月だと、日本では、1月14日夕方、ドンド焼きをする。

 注連縄をはり、それに紙を垂らす。

 門松を立てる。

 15日、若水を汲む。

 三河万歳、大和万歳が家々を回り、めでたい言葉を述べ小銭をもらう。

 南インドでは、1月14日に古いものを集めて焼く。

 15日、縄にマンゴーの葉を吊るす。

 バナナの木を切って門に立てる。 

 新しい壷で水を汲む。

 神の使者という少年が家々を回り、寿詞を述べ、鐘を鳴らし太鼓をたたき、歌を歌って小銭をもらう。    
      
こうみてくると、この説は、もっと注目されて良いですよね。

 ところで以前、「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」って歌にタントラを連想するって言ってたでしょ。
 
 インドと日本、なにかあるのかな。

 ほかには、日本語の起源に関係ありそうな言葉あるの?

関係がありそうとされる言語は、いくつかあるです。

アルタイ起源説、高句麗語同系説や朝鮮語同系説、オーストロネシア語起源説、アルタイ系言語と南島語の混合言語説、さらには、ラテン語やギリシャ語などと同系なんてものまでです。

 日本人の先祖って、いろんなとこから来てる可能性がありそうね。
 縄文・弥生時代はかなりの長さ。
 その間にどんな交易があったのかは想像の域をでませんが、色々と想像できて楽しいですね。

いろいろ説が出ていても、絞れないって事はそうですね。

だから面白いのですね。
「島国根性」なんていえないですよね。

日本人の顔だって、多民族国家と思えるくらい変化に富んでますし。

最近半世紀間に中国、日本、南インド・タミル、チベット、チャガタイ・トルコ、ペルシャなどの各文明における古典学が、相当に進展してるそうですから。
特に、「原典」の校訂・注解・翻訳・研究・方法論など、進んでいるらしいです。

まだまだ、日本人の起源にはさまざまな議論が出そうですね。

 日本語の語源って、本当になぞですね・・・・。
 タミル語ですか。
 タミル文化なんて、本当に久しぶりに聞いたなあ。
 世界史を思い出して懐かしいです。
 まさか日本語とつながりがあるとは思いませんでした。
 研究が進むほど謎が深まったりして。

ここに、トンデモ扱いされがちなヘブル語説やスメル説までいれたら、本当にぎやかです。

でも、これだけ説が出てくるってことは、起源説に登場する地域の間にもなんか関係あるのじゃないか、なんて議論立てることも面白いかも。

だってそうでしょう。

日本にどこか似ているという、共通点を持っているわけですもん。

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樽神輿

神社に似た神輿が担がれる中で、考えてみれば“何で?”って思うものがあるのです。
それは、みればみるほどユーモラスなのです。

大人が懸命に担げば担ぐほど、おかしみがでるものです。

それは、樽神輿です。
では、樽神輿はいつ頃からあったのかです。

昔は壷(つぼ)や甕(かめ)に蓄えていたから、重いわ壊れやすいわで担げるわけないです。
もし壷や甕が担がれていれば、壷神輿、甕神輿という言葉がどこかにあってもいいけど、ないことからいっても担がれたわけないです。

実は樽はいつ頃からあったというと、樽や桶は平安時代にはできていたようです。
でも、樽は今と似たものかどうかはわからんです。
酒樽と呼ばれるもののなかには、タガのなくって下げ手のある四角いものもあるのです。

桶と樽は、どこが違うか知ってますか。
桶は桶側、タガ、底板からなっており、細長い板を円筒形に並べあわせ、底をつけてタガで締めたものです。
蓋を使用する場合も多いけれど、桶には固定した蓋がないです。
樽は固定した鏡とよばれる蓋があり、これが最も桶と異なる点です。

ただ、振動の多い移動にむいた樽は、ぶつかり防止に薦(こも)をまいたものが江戸時代の檜垣回船や樽回船に積まれるまでなかったようです。
薦とは、マコモやわらで織った筵(むしろ)のことです。
江戸初期はただまいただけ、いまのようなしっかりまかれた薦被りは、江戸中期から後期にかけてでてきたようです。

つまり、樽神輿はどんなに古くっても江戸中期よりさかのぼることはないだろうってことです。

 じゃ、樽神輿はなんなのでしょうね。

祭りに酒はつきもの、でも、だからといって重い壷や甕を担ぐのは大変です。
それに、わざわざ担がんでも神仏の御下がりをいたたけばいいだけの話です。

となると、酒が神輿に参加するのはなぜ?ってことからみた方がいいようです。

 そういや、味噌や醤油の樽、担がないですね。

酒の部首は、つくりの酉(とり)なのです。

 ん?じゃ~?さけって、“さんとり”ってことですか?

 “さんとり”を“さんとりい”とみれば、“三鳥居”となりますね。
 で、“サントリー”は、お酒の会社…。

社長が鳥井信治郎だったので“とりいさん”引っくり返して“さんとりー”としたという説も広まっているが、これは誤りだそうです。

1899年に鳥井商店の名で鳥井信治郎が創業、1921年に壽屋(寿屋)を設立。
サントリーの社名は、1963年から。

「サントリー」の名前は、1929年4月、初めて発売したウイスキーに創業者鳥井信治郎が名付けたことからだそうです。
当時発売していた赤玉ポートワインの「赤玉」を太陽に見立ててサン(SUN)とし、これに鳥井の姓をつけて「SUN」「鳥井」、「サントリー」とした、ということになっています。

いまじゃ、洋酒、ビール、清涼飲料水の総合企業ですよ。

 あ、そうですか。

昔は神社の神様は三神一組が一般的だったようです。
 
 で、神様一柱ごとに一鳥居として三鳥居になって、“三鳥(さんとり)”?

それとも、樽という丸い中に“三鳥(さんとり)”となれば、丸を太陽に見立てると、昔から太陽には三本足の鳥がいるという伝承があるので、“三鳥(さんとり)”は太陽の三本足の鳥なのでしょうか。

もしそうなら、樽神輿とは、神輿の中に太陽神がいることになりますねえ。

 え?あの樽神輿が太陽神の巡行?まさか…。

三種の神器とされる鏡、剣、勾玉にも、何か通じるところがあるのでしょうか。

 三本の矢、三鳥居…。
 神や皇族文献に、三という数字がよく出てくることにいわれがあるのかな。

酒は神の水、それを守るのは太陽神。
樽神輿はやはり酒をお守りする太陽神の巡行。

当然、この三と酒の三はなんらかの関連はあるのかもです。

方位としての酉は西です。
陰陽の、陽のある意味の極みが東とすれば、西は陰の極みといえます。

陰陽で言う、もう一つの陽の極みは南、陰の極みは北ですけど。

陽の極みには“生”の東と陰の直前の南、陰の極みには“死”の西と陽の直前の北、があるのです。

つまり、これらは陰として三種の神器である鏡、剣、勾玉や、三本の矢、三鳥居、太陽神などとのつながりは、封印されてきたとも、言えるかも。

その意味では、陰陽の裏の名前が封印された智恵であるユダヤ神秘主義“かっばーら”とそっくりな“かんばら”というのは奇妙な気分なのです。

疑問に対する答えになってないとは、思うのですけれど。。。

 確か、神輿は英語でね。
 portable shrineと言ったような・・・。
 携帯 神社・・・ 。
 なんか的を獲てるような、そうじゃないような。
 でも、そう訳した人の気持ちもわからなくもない。

 でも、神様を動かそうとする日本人もすごいですよね。
 私の地元では、進んでいく神輿の下を往復するとねえ。
 いいことがあるとかで、皆やってたんですが。
 変な風習ですよね。。

携帯神社。
そうなのです。

どうみても、あの形態は携帯神社なのですね。

 携帯神社・・・なるほどねえ。

でも、いくら携帯でもバッグやポシェットには、入らんのですよ。

日本の神域には本来社殿はなく、神社は一説には秦氏が大陸のどっかからもちこんだ形式であるらしいのです。

神輿はほんらい御輿で、神域からの神の乗り物だった。
そうみれば、携帯神社でいいわけですね。

 樽熟成・・・。
 神様って、美味いもの聞こし召してらっしゃる。

神には、よきものを供えるのが慣わしですものね。

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青空に想う。

空といえば青。
アッラー、青と来るとイスラムのタイル。
彩りは「黄・白・青・赤・緑」とあっても、青のイメージが強いです。

この色眺めてふと思ったのですが、陰陽五行の五色に似てるですね。
陰陽五行の五色は「赤、青、黄、白、黒」ですが、緑が黒に変われば、もろ、そのまんまです。

でも、違うのは違うだろうってですか。

こういう例もあります。
能舞台には必ず五色の幕が掛けられていて、幕の向こうは「あちらの世界」をあらわします。
シテの「おま~く」という掛け声によって、この世との境界が開かれるのです。

当然五色は、陰陽五行の五色を表すのです。
揚げ幕の五色は「紫、白、赤、黄、緑」なのです。
紫が青に変われば、イスラムのタイルの配色にそっくりです。

また、青というと鳩摩羅什のふるさと西域のオアシス都市「亀茲(きじ)」、つまりクチャの方では空が神としてあがめられ、青が象徴とされています。

鳩摩羅什の有名な言葉に、「色即是空・空即是色」があります。

「色即是空・空即是色」で、この「色」というのは、もとのサンスクリット語ではルーパ。
サンスクリット語のルーパとは、目に見えるもの、形づくられたものという意味とされています。
木も草も犬も猫も人間もすべて「色」です。

そして、この「色」は、釈迦の発言「諸法無我」「諸行無常」にあるように、実体としてあるものではなく時々刻々と変化している実態の定まらないものだとみられています。

そして「空」とは、もとを正せば、宇宙に存在するものはすべて目に見えないエネルギーのさまざまな表現形態であり、そのエネルギーのことだとされます。

その「空」から生み出され、形に表れたものが「色」です。
そして、「色」は「空」にもどり、無限に繰り返されると言うのです。

ここまでややこしく言わなくっても、「色」は空を表す青、「空」は神とみて、「空は神、神は空」という鳩摩羅什のふるさとの思想をさしていると思ったらいけないのでしょうか。

取り留めない話です。

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鯨を捕るとは、どういうこと。生態系を考える その1

今回も、反捕鯨について考えてみたいです。

 今、特に騒がれていませんけど。

でも、またいつ話題になるかわかりませんよ。

捕鯨に関して、世界は「捕鯨国と非捕鯨国」ではなくて、「捕鯨国と反捕鯨国」が現実ですから。

本格的な捕鯨は、欧州のほうが先輩らしいです。

ノルウェー、フランス、スペインが9世紀に、捕鯨開始していますね。
日本で手銛による捕鯨が始まるのは、欧州に300年も送れた12世紀です。

もっとも、日本やノルウエーの捕鯨は先史時代にまでさかのぼれます。

 ノルウェーでは、紀元前3000年以降と見られるイルカまたは鯨を描いた洞窟壁画が発見されていますね。

このうち鯨は、いずれも小型のハクジラ類であるとみられますよ。
周期的にフィヨルド内へと回遊していた個体を捕獲していたと、考えられていますね。

日本は、縄文時代までさかのぼります。
能登半島の富山湾に面した地域、北海道などにおいて、イルカなどの小型のハクジラ類の骨が大量に出土していますね。

 いまでは、捕鯨の話を聞かない国であるフランスやスペインもかつては獲っていたわけでしょ。

現在これらの国の食文化で聞かないのは、たぶん燃やす材料としての脂のために獲っていたからかも。
 
 効率よい代用品が手に入ったから、捕鯨をやめた。

石油が見つかったので、油を採るには効率の悪い捕鯨から手を引いたと見られても仕方がないですね。

 タイミングが合いすぎですもの。
 かわいそうだからじゃないって、可能性がありますね。

「哺乳類である鯨を殺す行為を残虐」とする反捕鯨団体の訴えは、いったいなにでしょう。
かしこいとか、かわいいとか、形容してるけど中国や韓国の食文化など、かしこくってかわいいはずの犬を食べていますね。

 なんで、これには捕鯨ほど厳しく言わないのでしょう。

 反捕鯨には、暴力沙汰も辞さない過激派が出るのにね。

 自国のことには目をつぶって、他国だけ悪者に仕立てるのね。
 都合がよろしいですね。
 自分の身を振り返って、自分自身を磨いていただきたい。
 こっちはこっちでするから・・・。

さらに、同じ捕鯨国でも妨害の執拗さは日本など非欧州の国に対するほうがひどいとも聞くです。

 しかも、同じ哺乳類の牛、豚、羊なら平気で殺していますね。

血の滴るビフテキを食べた口で説く動物愛護に、こういうです。

「血の滴るビフテキを食べているからこそ、いう。」

だったら、日本だって鯨を食べているからこそ鯨の保護を説くのです。

さらに、生態系に与える影響も考えてみたいです。

10世紀以上の間、つまり1000年を超える期間、人間は鯨を獲ってきました。

小型の鯨を細々獲っていた時代を含めると、もっと長いです。

 これが、何を意味するかですよね。

人間が、海の生態系に参加してきたということです。

 オキアミや小魚の大量消費者である鯨が、人間によって間引きされてきたということですね。

これは、人間が海の生態系の文字通り頂点に立っていたことを意味しますよね。

いまも人は漁業をしているけど、捕鯨をやめるというのは、人は生態系の頂点から鯨のライバルに後退したことになります。

頂点を失った生態系は、どうなるかです。

日本では、日本狼が絶滅していますね。

人間は、そのつけを鹿やイノシシの食害に悩やむことで払っていますね。

大人の鯨には、子鯨と違って天敵がほとんどいないでしょう。

 その数少ない天敵が、人だった。

しかも、絶滅の危機が叫ばれるほどの乱獲の後、確実に数は増えているはずです。

極端に減ったので、捕鯨は大幅に制限されたからです。

 鯨の減った事態に対応していた生態系は一転、鯨過剰になっている心配もありますよね。

鯨を適正な数に制御しないと、海の生態系が破壊されないと誰が保障するのでしょう。

鯨がかわいそう、だけではすまない現実です。

 アジア人=野蛮。
 文明国の食文化は正しくて、野蛮国の食文化は野蛮で下品。
 本来食べるものじゃないものを食べてる。
 ほら、鯨だって、犬だって。
 牛はもともと食べ物だからいい。

 そういう根本の考え方があるから、こうなるのだろうね。

 「人を裁くな。おのれが裁かれないためである。」

 聖書には、こうあるのにね。

反捕鯨を感情的に叫ぶのは、簡単ですよね。

現実を見てから言って欲しいです。

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拍子と締め

三三七拍子を文字で書くと、「チャンチャンチャン、チャンチャンチャン、チャンチャンチャンチャン・チャンチャンチャン」となりますね。

 応援で使う場合が、多いですよね。

似ていて間違えやすいのが、手締めですね。

 こちらは、祝いの席が多い。

はじめと間に「イヨー」「ヨッ」「もう一丁」などと掛け声をかけ、最後に拍手するのが一般的です。

三本締めは、「よーぉっ」というかけ声の後に「シャシャシャン、シャシャシャン、シャシャシャンシャン」という手拍子を3回繰り返すやり方です。

一本締めは三本締めの3分の1ということになり、「シャシャシャン、シャシャシャン、シャシャシャンシャン」を1回だけやるです。

一丁締めは、「よーぉっ、ポン」と手拍子一発で終わるやり方です。

地方によっても、違いがありますよ。

関東一本締めといって、関東では一丁締めを一本締めと呼び、「一本締めでお手を拝借」と言われると「よーぉっ、ポン」とたたくところが多いです。

関東にも、独自の手締めが行われる地域がありますね。

東日本のほかの地域でも、“伊達の一本締め”のような独自の手締めがあるのですよ。

西日本でも、大阪締めといわれるやり方が広く行われるほか、博多など独自の手締めが行われる地域があるです。

 締めにも地域によって色々あるんですねえ。
 知りませんでした。

 ちょっと、気になるんですけど。
 「よーぉっ」という最初の発声は、単なるかけ声だけではないでしょ。

「祝おう」からきているとされますね。

来賓に音頭取りをしてもらうのは、大変に失礼なことでしたよね。

手締めの音頭取りは、主催者側が行うべきものです。

 来賓に締めを頼むのは失礼なんですか!
 確か呼ばれた宴会でね。
 主催者が来賓に締めをお願いしているのを、よく見かけましたが…。
 あれは常識に欠けることだったんですね。

 ひとつお勉強になりました。
 気をつけよう。

複数の来賓をお呼びしても、どういう基準で締めを誰にお願いするか、ややこしいことになります。

それなら、主催者側の責任者が仕切る方が来客に差を付けずにすみます。

無事終わったことに感謝するのが締めであるなら、主催者側が仕切るのが筋ともいえます。

三三七拍子では一拍の基本が4分音符になっているのに対し、手締めの場合は一拍の基本単位が8分音符になるです。

三三七拍子が応援であって祝いではないのは、拍子をとる、つまりみんなで息を合わせることに目的があるからです。

一見平板に聞こえる三三七拍子です。
実は、拍子のとり方も「強弱」が基本です。
強弱のとり方は、「4231・4231・4231・4231」となるです。

三番目の「4231」の一番弱い拍子の「1」だけ音が聞こえ、ほかの三回では無音となるので結果として聞こえる音がこうなるです。
「チャンチャンチャン、チャンチャンチャン、チャンチャンチャンチャン・チャンチャンチャン」

 入る声も、掛け声と言うより合いの手に近いってことね。

つまり、三三七拍子は音楽なのですね。

日本の民謡に共通する拍子を、三三七拍子も共有しているというわけかもしれないですね。

それに対し、手締めは神社など神前の拍手に通じる呪術と言えるです。

三本締めは造化三神、一本締めは最高神、それぞれ相手となる対象が異なるのかも。

締めの最初の発声「よーぉっ」は、神に対する呼び掛けであるのかも。

 料理業界では3本締めするときに、こんなふうに言ってするのだけど…。
 1本目は食物を作ってくれたお百姓さんに
 2本目はそれを料理する調理人に
 3本目はそれを食べるお客様にささげます
 締める本数や捧げる対象も、あるのかなあ?

締めは、基本的に感謝の表現と思いますね。

料理業界の三本締めは、お百姓さんや漁師さん、料理人、お客様、この人たちの協力に感謝するとともに、この人たちの協力を得られたことを神に感謝したいという気持ちもあるのかも。

 一本締めと一丁締めが、大納得です。
 日本人は三拍子ができないのは、このリズム感があるからだなぁと改めて思いました。
 どうしても、三拍子のときに無音の一拍入ってしまうのが日本人なんですよ。

タクトを振るまねをしてみるとわかるけど、一拍目と二拍目の間に隠れた一拍がありますね。

この無音の一拍を、最後に入れたくなっちゃうのが日本人なのかも。
だから、リズムに乗り損ねるのでしょうね。

 近所の人、三三七拍子を呼び出し音にしてますよ~・・・
 あ、鳴っていると他人にまで分かりやすい。。。

呼び出しっていうか、携帯の着信音にですか。
いろいろあるですね。

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白猫タロット、知ってましたか。

白猫のタロットカード、“The Tarot of the White Cats”というのがあるって、知ってましたか。

 白猫のタロットですか。
 知りませんでした。

白猫タロット、猫と魔は関わりが深いので、あっても不思議ではないのです。

“The Tarot of the White Cats”は、騎士の描かれたタロットのなかでも、とても伝統があるというのです。

青い目の白猫が描かれているほか、象徴の表現はまったく標準に従っているので、タロット初心者でも問題なく使用できるとされているのです。

アイルランドあたりに、白猫が関係する伝説があったはず。
 
 色はともかく、猫にまつわる伝承はあってもおかしくない地域ではあるのね。

アイルランドの古い民間伝承では、白猫は「死の知らせ」の象徴なのですね。

白猫を見ると死期が近い、と言われていたようですね。
それも、その人にだけ見えるというのですよ。
白は「死と再生」の色だから、むべなるかなですよね。

ちなみに白は陰陽では、西と死に配当される、言い換えれば復活の秘儀に関わる色ですよ。

 白猫が、死の知らせですか・・・。
 よく黒猫が不吉だなんていうけど、違ったんですね。
 
黒猫が不吉と言うのは、悪魔(akuma)や魔女との関わりが濃いからですよ。

 英国にいた猫、日本の猫となぜか似ていて親しみがあったな。
 三毛猫は、いませんでしたが。

ヨーロッパあたりの猫、確かに日本と似てるようですね。

 わたしも、白猫が「死の知らせ」の象徴っていうのも知りませんでしたわ。

 ウチの白猫は・・・死の知らせではなさそうです。

 白猫は、金目銀目、つまりオッドアイがおおいの。
 余計神秘的なんだろうね。

 白と黒は色彩の両極端、色ではないと言ってもいいかもしれない。
 「色のない世界」というと、黒白モノクロームのことを言うもん。
 白と黒は、むしろ光と闇ですよね。
 白と黒の色彩としての概念、調べると面白いかもね。

 白猫・・・白子みたいな扱いでしょうか?

確かに、白い動物はその希少性や見た目の美しさから、古くから神の使いや吉凶の前ぶれなどとして畏れられてきました。

白子も例外ではなく、古くから信仰の対象として地元の人たちに大切にされてきた例があります。

でも、白猫は白子とは、ちょっと違うです。

白子、つまりアルビノとは、メラニンの生合成に係わる遺伝情報の欠損により 先天的にメラニンが欠乏する遺伝子疾患、ならびにその症状を伴う個体のことです。
アルビノの場合には、目の瞳孔は毛細血管の透過により赤色に見えます。

 確かに~・・・
 実家での飼っていた十姉妹、真っ白で赤目だったなあ。
 後に失明しました。

ええ、白子の失明は可能性が高いそうですね。

体色と同じように目の色もまた、それなりに意味を持って見られたと思えます。

普通とは違う赤目は、ある種の異能の証と見られていたようなのです。

 眼の色が青だと違うのかな?。。。と思いましたが。

タロットの白猫は青目、白子とは区別して考える方が無難かも。
 
白猫は死の知らせの伝承があるアイルランドは、ケルトの多い土地ですね。
ケルトには、意外と陰陽を連想できる文化があるようです。

日本に清明桔梗で知られる五芒星があるように、ケルトにもCeltic Pentagramと呼ばれる五芒星があるのです。
一筆書きの五芒星などは、ケルト文化を象徴するデザインのひとつです。
芽吹いた若葉と組み合わさったと思えるものなど、いろいろなものがあります。

 このケルトの五芒星は、人体になぞらえられているの。
 常若の象徴の若葉が見えるものもあることから、飛鳥昭雄と三神たけるは生命の樹と言うかもしれないね。

あの二人なら、言うかも。

ケルトにも五色があるのですよね。
この五色だったと思うけど。

 赤・緑・青・黒・茶

知ってる方、教えて欲しいです。

普通の五色はこれ。

 赤・l黄・青・黒・白

これなら、誰が見たって陰陽がケルトにあるって言うでしょうね。

 そうね、確かにケルト五色はあるけど陰陽に似てると言う声がない。
 色が違うことは、確かでしょ。

ケルトにも、闇と光の対立という考えもあるそうですね。
 
 これなんか、まさに陰陽みたい。
 
アメリカのケネウィックで見つかったアイヌに近いと思われる古人骨は、イギリスでケルトが多い地域の男性に似ていて驚かれましたよね。

 日本には、イギリス人に似た顔がいると欧州人からも言われていたし、妖怪と妖精、緑茶と紅茶、などの類似も指摘されますよね。

日本で神聖視される白蛇、タロットの白猫、面白いですね。

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相撲

相撲は、神前奉納された呪術的祭礼です。

土俵は、屋根と併せて神社の社殿を構成します。

飛鳥昭雄と三神たけるは、土俵と屋根と勝負俵を合わせてピラミッドアイをなすという説を展開してます。

 三角屋根と四角い土俵の間から、“蛇の目”と呼ばれる勝負俵が覗く構図ですね。
 確かに、ピラミッドアイに見えなくもないけどね。
 いかにも、あの二人が言い出しそうなことですね。

“蛇の目”と呼ばれる土俵の勝負俵ですが、回しも蛇の目ですよ。
陰陽で民俗を研究した吉野裕子氏の指摘によれば、蛇は祖霊とされるのです。
 
 相撲とは、祖霊の目の中で行われる呪術なのですか。

祖霊である蛇神の象徴が、神前に奉納されている事になりますね。

 蛇神は、神のシンボルでしょ。
 神と蛇って言えば、出エジプトでモーゼが掲げた杖に絡まる青銅の蛇は十字架のイエスの予形、つまり予言した形って言う話もありますね。

蛇と神なら、ミトラス神にはしばしば蛇が絡んだ青年の姿で表されることがあるし、弁才天だって蛇を伴っている場合が多いですよ。

「四房(しぶさ)」は、吊り屋根の四隅を飾る四色の房のことで、それぞれの色が四季と天の四神獣を表わし五穀豊穰を祈念しているともいわれてます。
◯正面東側(東北)青房 ◯向正面東側(東南)赤房 ◯向正面西側(西南)白房 ◯正面西側(西北)黒房

 四房が下げられる前は、四本柱といって土俵の四隅に柱が立ち、その上に屋根が置かれていたのでしょ。
 ○青柱○赤柱◯白柱◯黒柱と呼ばれた柱には、四色の布がそれぞれ巻いてあったけど、その色の意味は四房と同じよね。

 吊り屋根は、昭和27年、つまり1952年9月の場所からね。
 取り組みが、周りからよく見えるようにって…。

天の四神獣は、奈良県明日香村で発掘された飛鳥時代の高松塚古墳の壁画にも描かれてますが、土俵を守る意味で四隅に祀られてます。
○東方の守護神 青龍神(青い龍) 春○南方の守護神 朱雀神(赤い鳥) 夏○西方の守護神 白虎神(白い虎)秋 ○北方の守護神 玄武神(黒い亀)冬

見ていただくとわかるけど、陰陽五行が下敷きにされてます。
○五行 木 火 土 金 水 ○五色 青 赤 黄 白 黒 ○五方 東 南 中央 西 北 ○五時 春 夏 土用 秋 冬

 土気だけが、見えないようですけど。

土俵が、土気です。
土気は滅びと生成を司り、西=陰=滅び、東=陽=生成に対応します。
さらに、吉野氏は、人は土気に当たると指摘してます。

 さらに日本人力士は、肌の色からも中央の黄を表すのかもしれませんね。

人々はここに、種まきと実りを重ね合わせ五穀豊穰を祈念したのでしょうか。

 司る神は豊受大神であったのでしょうか。

天照大神が太陽なら、豊受大神は月であるのかも。

月は食糧生産に関わる神だったです。

土俵は、北を正面とします。
 
 天の中心として北極星太一であり、陰陽合一の太極でもある太陽に表を向けマナを献げる豊受大神を指すのかな。

太陽神であるオス猫の光を反射した目で太陽神お隠れの時代を見つめる月神のメス猫の目でもあるのかも。
 
 そしてこのメス猫が、女神アマテラスに対応するのでしょうか。

どうでしょうね。

土俵は北が正面、天とともに水を表します。

 脱線しちゃうけど、水と天っていえば、水天宮(すいてんぐう)ってありますよね。

水天宮は、日本全国にあるのです。
久留米水天宮っていうのが、福岡県久留米市にあって総本社ですね。

「水天」は、もともとは古代のイラン・インドのヴァルナという最高神。
バラモン教の聖典「ヴェーダ」の神話にも登場し、ゾロアスター教ではこの神をアフラマズダとして称えます。

「水天」は、仏教の神のうち天部に属し、神仏習合時代には「水」の字つながりで「天之水分神・国之水分神」(あめのみくまりのかみ・くにのみくまりのかみ)と習合していたのです。
神仏分離以後は、ヴァルナ神は記紀神話でいえば天御中主神にあたると解釈されたのです。

ミクマリノカミは、本来は子供とは関係なかったようです。
「みくまり」の発音が「みこもり」(御子守り)に通じるというので、「子育て」の神、子供の守り神として信仰されるようになったようですね。

天御中主神、安徳天皇、高倉平中宮であった建礼門院と平徳子、二位の尼であった平時子を祀るが、これとは異なる祭神の水天宮もあるようです。

そろそろ、話戻しましょうか。

 ええ、そうね。
 ところで、水は、禊の水でありましょうか。

向う正面は南で、火を表します。

 来るべき聖霊による清めを示唆するのでしょうか。

聖書にこだわますね。

 ノアの洪水の清めの次は、神とサタンのハルマゲドンで火の清めになるのかってね。

江戸時代の土俵の直径は、13尺つまり3メートル94センチだったです。
昭和6年、西暦の1931年4月29日の天覧相撲から、現在の15尺、センチで言えば4メートル55センチとなったです。

 十三は、十二使徒とイエスを表したのでしょうか。

確かに十一なら観音って思うけど、十三じゃそういう連想になるでしょうか。
  
 あ、そうか。
 普通は、十三って言えば金曜日か…。

 でも、それじゃ雰囲気合わないでしょ。
 
 十五に変えたのは、九星(きゅうせい)図を暗示するためでしょうか。

九星は、古代中国から伝わる民間信仰で、一白・二黒・三碧・四緑・五黄・六白・七赤・八白・九紫の9つですね。

 一から九までを縦横斜め、どう足しても十五になるように配した魔法陣が基本ですよ。

「九星」は、一から九に白・黒・碧・緑・黄・赤・紫の7色と木・火・土・金・水の五行、十干・十二支、易の八卦を配当し、この数字が順次場所を変えた場合を考え、それに解釈を加えたものです。

陰陽がらみという点からは、今の十五尺の方があってるかも。

あげ俵は四隅を欠く四角、勝負俵は東西南北に徳俵のある円ですよね。

 あげ俵と勝負俵を四角と丸とみなすと、日の丸に見えますね。
 あげ俵を八角、勝負俵を丸と十字を合わした形と見たらどうでしょう。

八は“や”で、ヤハウエとヤソともいわれるイエス、丸と十字はアンク十字であると共にこれだけでコンパスと定規を表し、日の丸とでしょうか。
  
 それも、面白いでしょ。

想像するだけなら、どうとでも言えますけどねえ。
どうなのでしょうか。

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