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会社はそもそも?

会社は誰のものか?

 この手の疑問は、そもそも、会社はどのように始まったかを考えない愚論でしょ。

生産活動は、自分の必要を満たすことから始まったですよねえ。

 その後、効率を上げるために分業が始まったわけでしょ。

規模拡大に伴い、資金が自力調達の範囲を超える範囲で必要になったので、株式会社が出来たわけですね。

つまり、会社はまず創業者のものです。

そして、後継者のものです。

後継者は、創業者の家族だったり、会社の従業員から出たりするが、家族であっても業務内容に知識を得てから継承することを思えば、大きく見て社内から出ることが多かったです。

社外から呼ぶのはよっぽどの場合であり、大抵は社業に理解のあるものから選ばれたです。

つまり、会社は創業者とその後継者のものであり、後継者候補の集団である従業員のものです。

株主は、その会社を応援するものが出資したのが始まりであるです。

株そのものが、投機の対象となるのはもっと後です。

つまり、株主とはその会社が気に入れば投資し、気に入らなければ投資しないです。

今のように会社が株主に振り回されることになったのは、設備や開発の費用があまりに膨大で巨額になってきたからです。

株の売れる経営をしないと、資金が集まらなくなり会社は株主のものと言う議論が出る下地ができていったです。

 それで、良いのでしょうかね。

個々の企業が、目先の利益を追って労働者を奴隷扱いする事態を放置すれば、時代は一気に実質的に奴隷制に逆行するでしょうね。

それは、市場の大半を占める労働者を貧者に貶め、結果として市場の縮小と壊滅に向かうでしょう。

 「搾取」という言葉が・・・・。

 景気が悪くなったがための正社員の首切りは…。
 会社という名ばかりの生き残り?

株主至上主義は、資本主義の自滅行為と同意義ではないのでしょうか。

 正規社員、非正規社員の大量解雇・・・・憤りを感じます。

 外資系法律事務所、大半がアメリカですが大挙して日本に進出してきていますよ。
 彼らは、株主原理主義の後押しをしています。
 まさにアメリカの思うつぼですね・・・・ 。
 アメリカだって、従業員を大切にする企業もあるんですけどねえ。
 原理主義者たちは、そういうことは無視しますからねえ。

マルクスの亡霊、今頃、予言的中の方向に向かう資本主義に、祝杯を上げたい気分かも。

 行き着く先は、すでに滅んだはずの貴族社会の偽者ですよね。

 家族経営の象徴だった松下電器が、中村邦夫氏が社長になって以来、幸之助精神を捨ててしまいました。
 みんなが幸せになるように、経営者は考えていたのに。
 アメリカの新自由主義が入って、来てからおかしくなってしまいました。
 人員削減なんて、最後の最後にやむを得ずやるものです。
 以前は、業績を回復させた会社は、いち早く呼び戻していました。
 人間をもの扱いし、労働力を投入財としか見ないシステムでは、決して人間を幸せに出来ないと思います。

この事態を放置すれば、マルクスの亡霊が、革命の牙をとぎ決起の赤旗を嬉々として掲げる日々を手薬煉引いて待つ、彼らの悪夢を自ら呼ぶ愚挙以外何者でもないように思いますね。

 竹中平蔵氏は、「改革が足りない」と言ってますが。
 あと何をするつもりだったのでしょうか・・・。
 自然発生的に新しい産業が、民間の力で発生するのではなかったのですかね。

「改革が足りない」といったって、誰のための、何のための、どこを目指した、「改革」なのかが問題ですよね。

アメリカ型株主至上主義に右へならへするのが、竹中平蔵の求める「改革」ならそんなのはまっぴら御免ですね。

 今さらながら、フリードマンの『資本主義と自由』を食らいついて読み始めました。
 何がわかるか期待をしています。

労働者のおかれた現状をどう改善すべきかの議論は、そもそもことのなり染めは何かをきちんと議論し、認識を共有できるかどうかにかかっているのかも。

 会社は何のためにあるか、あるべきか、まずここから議論をした方が良い現状は余りに情けないの一言です

ええ、そうですねえ。

さて、皆さんはどう思いますか。

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