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2009年1月

猫の薬師小路

猫と地名の関わりを、調べていたのです。
すると、鹿児島市立山下小学校のサイトに学区紹介があり、そこでこんなネタ見つけました。

「猫の薬師小路」と呼ばれた通りが、あると言うのです。

それで、情報を集めてみました。

場所は、鹿児島市内の山之口町中通りです。

この通りは、明治以降は花尾通と改められたそうです。

もっとも、現地では「ねこんくそしゅっ」と読んで「猫の糞小路」とあだ名されていたようですね。

今でも病院薬局が多いからか、猫、犬の病気を治す獣医が住んでいたので「猫の薬師小路」の名が付いたのではという通説があります。
そして、治療をしてもらう人々の猫や犬が道路の両側に糞や尿をしていたので、「猫の糞小路」つまり「ねこんくそしゅっ」とあだ名されたのではと言うのです。
 
 でも、何で農耕に関わる牛や馬ではなくって、猫かという声はないのかなあ。

不思議と、ないようですね。

養蚕でも、盛んだったのでしょうか。

 鹿児島県庁での平成17年6月6日定例知事記者会見の中に、質疑事項として「鹿児島県の養蚕業の終了について」がありますよ。
 6月8日の姶良地区での養蚕の春繭の出荷が、県内の養蚕業が最後という形になりそうと記者が聞いてます。

そこで気になるのは、これらの地名です。
これらも、猫の薬師小路とともに、鹿児島市立山下小学校の学区内の地名です。

 南泉院馬場
 天神馬場
 高見馬場
 二本松馬場
 馬乗馬場

馬を乗り回せるほど広い場所・道路だから馬場、とは言います。
けれどかつて周辺で馬が飼育されていたかどうか、調査は必要かも。

 高見馬場はこの周辺の通称で、江戸時代付近に馬場があったことから次第に呼ばれるようになったと言いますよ。
 他の馬場も、同様と見られます。

だとしたら、これだけ馬と付く地名が近くに残りながら、猫や犬の獣医と見られる「猫の薬師小路」と言うのは、なおさら変でしょ。

 そう言えば…「猫の薬師」で「馬の薬師」ではないですねえ。

鹿児島の種子島には、方言では「かぁーごまぁー」と呼ばれる蚕舞があります。

 小正月にあたる1月14・15日頃の夜に行われる、正月の行事ですね。
 
蚕舞が合わせるのは、蚕の成長過程を述べた歌と、太鼓や鉦などの鳴り物です。

島主が養蚕を奨励して行わせたものだったけど、今では家内繁栄や豊作を祝う行事として舞われています。
島主が奨励したのは、養蚕の仕事は当時の重要な生活技術であったので、人々にわかりやすく伝える目的があったのです。

蚕舞は、鹿児島県の指定文化財に、昭和43年3月31日に指定されているそうです。

 鹿児島県のサイトには、写真が載ってますよ。

青年男子が白頭巾に着物姿で女装し、集落の各家々を舞ってまわります。
この女装した舞手は、「ヨメジョウ」と呼ばれ、座敷の隅にさしている団子を担い、扇子を持って優雅に舞います。
「ヨメジョウ」は、「嫁女」か「嫁嬢」かも。

 養蚕と深く関わるオシラサマの中に、馬に見立てられた蚕の嫁となる娘の話が出てきますね。
 そういえば、蚕の俗称に「嫁」ってあったような…。

団子は、柳の木に餅をさしたもので、蚕の繭に似せて作ったものです。
地方によっては、繭玉と呼ばれます。

 さらに「ゲーマ」と呼ばれる道化役も加わって、踊りを盛り上げると言うけど。

「ゲーマ」は「芸舞」とも想像できるけれど、正体は不明ですねえ。

ただ、養蚕の盛んだった地域は馬頭観音や馬鳴菩薩が祀られる場合が多いので、ここで言う馬は養蚕との関わりを疑っても良いかも。

 気になるのは、猫の医者が儲かって「猫の薬師小路」が出来るほど、猫がこの地域にいたのかってこと。
 
猫の代わりに、猫絵や猫石を求める人の話は各地にあるし、鹿児島に猫専門医が儲かるほど猫がいたとは思えないです。

 日本にいる尾曲がり猫は、全国の中で九州が最も多いって…。

それでも、「猫の薬師小路」の「猫の薬師」が、猫の診察で十分儲かるわけじゃないでしょ。

それより、「猫」が「薬師(くすし)」だったと見たらどうです。
「ねこんくそしゅっ」とは、「ねこのくすし」が訛ったと見ると意味がすっきりするのです。

 この「猫」の正体は「禰子」、つまり「禰宜の一族」であったと…。
 そう言えば、「僕の家」「私の家」を「ぼくんち」「わたしんち」って言いますね。

 「ねこのくすし」から「ねこんくすし」、「ねこんくそしゅっ」と訛ったと。

「猫の薬師小路」は、「禰子の薬師小路」が本来の意味であったと見たほうが良いのではないでしょうか。

やはり、禰子医、禰子薬師(くすし)はいたと見たほうが自然と言う情報でしょうね。

 猫の薬師、と聞いて、先ず最初に浮かんだのが猫=薬師でした。
 「の」は所有もあらわすけど「=」ととらえた方が自然ですよ。
 「犬のおまわりさん」のように。

 だから、禰子医、禰子薬師の方が自然だと思います。

禰子を知ってるから、猫の医者を自然と見るってのはあるかも。

「猫の医者」すなわち「猫が医者」と見ると、一般にはこうなるのでは。

地元の民話に「猫が医者」をしていた話なんてあったかな、聞いた事ないから「猫の医者」って獣医なんじゃないか。

それに、「猫の薬師小路」と書いて「ねこんくそしゅっ」と読まれてきたので、「猫の糞小路」と勘違いされてきた経緯もありますから。

 あ、そうそう、千葉に猫実(ねこざね)という地名がありますね。

「猫 地名」で調べると、北海道小樽市の猫泊(ねこどまり)から鹿児島県曽於市の猫入(ねこづか)までたくさん出てきますよね。

おそらく、この「猫」は「禰子」と思えますね。

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猫は何をかぶっている?

“猫かぶり”の「かぶり」は、もともとは頭から被る事です。

 「かぶる」とはどういう様子をする事を、指すかというと。

何物かをかぶる事によって、別のものを装いあたかもそのものであるように振舞うのですね。

そこで、“猫かぶり”には先ず、まるで別の猫をかぶってるかのようにおとなしい振りをするという意味が出来きたのです。
転じて、本性を隠していかにもおとなしく、やさしそうに見せかける事、また、知っているくせに、まるで知らない振りをする事の意味に使われるのです。

“猫をかぶる”“猫っかぶり”とも言うのです。

“借りてきた猫”は、飼われている家では鼠を捕ったりして気ままに振舞っている猫が、鼠を捕らせようと借りられていった家ではおとなしく小さくなっている事から来た言葉です。
普段と違っておとなしく、小さくなっている態度のたとえに使われるのです。

 これらの言葉は、猫の習性をうまく言い表しているので、誰もが文字通り受け取っていますよ。

けど、本当にそれだけなのかです。
 
 かぶる猫は、他の猫でないといけないでしょ。
 借りてこないと、いけないのでは。

そこで、猫に猫を被せるとこうなるでしょうね。

 “借りてきた猫かぶり”

この猫、どこから借りてきたのかです。

飛鳥昭雄と三神たけるは、“鴨が葱を背負ってやってくる”は、“賀茂が禰宜背負ってやってくる”だと言うのです。

 おおー・・・!
 このような説は、初めて聞きました。

そして、この賀茂氏は日本の神社建築に大きく関わった秦氏の一族なのです。

 秦氏って、前から気になっているんですが。

余談ですが、秦氏は薩摩の島津氏の祖先である惟宗氏の先祖という話もありますね。
秦氏=惟宗氏=島津氏・・・。
伏見稲荷や松尾大社は、秦氏ですね。

 “猫も杓子も”は、“禰子も釈子も”という説もありますよね。

 そうなると、飛鳥昭雄と三神たけるは“鴨にされる”も、“賀茂にされる”と解釈しろと言うつもりなのかな。

“鴨が葱背負ってやってくると猫も杓子も鴨にされる”と続けるとこうなるのです。
“賀茂が禰宜背負ってやってくると禰子も釈子も賀茂にされる”

 思わずなるほどと手を打ってしまいました。

禰子は禰宜の子孫であり、古代においては禰宜の有資格者であったはずです。

 そこで、禰子を借りてきて神妙な顔をしてやり過ごした…。
 貸していただいた先は当然、賀茂氏…!
 辻褄は合いますよね…。

 上賀茂神社で、何か秘密がわからないかな・・・。

 なかなか猫はあなどれないですね・・・。
 奥深いです。

 賀茂と猫と秦氏の関係って、複雑怪奇。

 面白いですね。
 まだあるのかなあ?

この猫、まだまだ、猫かぶってるような気がしますね…。

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ムハンマドは何教徒?

イスラエルとハマスの争いの舞台となったガザの写真など見ると、神様は能無しや!としか思えないという感想を持つ人は少なくありません。

日本の報道などでは、「ハマス」と呼ばれる事が多いです。
原語に近い発音はحماس(ハマース)で、アラビア語で「熱情」という意味です。

ハマース(حماس、Ḥamās)は、パレスチナのイスラーム主義団体です。
正式名称は、イスラーム抵抗運動(حركة المقاومة الاسلامية、Harakat al-Muqāwama al-Islāmīya)と言います。
各単語のアラビア文字の頭文字ح(Ḥ)、م(M)、ا(Ā)、س(S)を取ってحماس(ハマース)と通称されます。

ハマースは、パレスチナ解放運動の諸派のうち、いわゆるイスラーム原理主義の代表的な組織で、政党でもあります。
パレスチナの野党ですが、ガザでは実権を握っています。

ハマースはイスラエルや欧米側からは、自爆テロばかりやる過激な連中であるという印象が広まっています。

けれど、パレスチナ住民にとっては、機能不全に陥っている自治政府にかわって、機能しているのです。
貧困層のために病院、孤児院、学校などの経営を行うといった医療・教育等福祉をおこなっている、自助組織の意味合いが強いのは報道されている通りです。
そういったこともあって、ハマースは、2004年12月から行われたパレスチナ地方議会選挙においては過半数の議席を獲得しました。

ハマースは1987年12月14日、ムスリム同胞団とイスラム・ジハードのパレスチナ支部に基づき、アフマド・ヤースィーンによって創設されました。
文化・啓蒙組織として、イスラエルにより公式登録されています。

 ガザはいったん停戦したけど、どこまで続くか不安視されていますね。

神は、真に自らの道を歩む者は救いたもう、はずですよね。

悲しいかな武力解決をしようとした彼らは、神の言葉より、神の理解者とか解説者と名乗る者の言葉を選び、神の御力より手元の武器に頼る道を選んだのではないでしょうか。

 聖書でも戦いは記されていますし、コーランも戦いを呼びかける記述は多いですよ。

戦うときは、神に伺いを立ててないと、たいてい負けてますよ。

コーランでも、ムハンマドが神に命じられた場合のみ戦っていたはず。
 
 ムハンマドと言えども、信者が求めただけでは戦いを指示していなかったと。

ムハンマドが預言者であれば、なおさらでしょ。

 神を騙って戦うことがあれば、神はムハンマドを即座に罰したでしょうね。
 
 聖書にも、神の指示通りしなかった預言者や、預言者を降りようとした者は、生命の危機を避けられていないですね。

ええ、預言者として全うしていたなら避けられたはずの危機で、命を落としています。

神を求めて偶像を選んだ者に、神は告げられるのではないでしょうか。

主よ主よと、これ見よがしに私を呼ぶ者がいる。

私は言う、あなた方を知らぬ。

神の言葉より自分を上に置き、御力より武器に頼る、ここを離れ神に懺悔せぬ限り神は彼らを敵の手に渡し続け、滅びさせることも辞さぬでしょう。
 
 ガザが、そこに気づいて欲しいですね。

憎しみで、判断を鈍らせないことを願いたいです。
 
 では、イスラエルはなぜに安寧を得られないか、ですが。

同じ理由でしょうね。

神に伺いを立てず、民衆の声に振り回される為政者、神の御力より武器とアメリカに頼る国と国民、彼らもまた神を求めると言いつつ、偶像に縋る者でしょう。

ここを離れ、神の御前に心からの懺悔をせぬ限り、イスラエルに安寧はないでしょうね。

 ガザ・イスラエルについては、仰る通りかとも思えます。
 かといって、自分の責任がないとまでは言わないのですが・・・。

悲しい現実ですよね。

ところで、ムハンマドは何教徒だったと思いますか。

 イエスは、ユダヤ教の改革者として自らを位置づける、ユダヤ教徒ですよね。

 ムハンマドも、イエス同様、ユダヤ教徒であると。

半分は、当たってるでしょうね。

しかし、ユダヤ教徒はイエスを基本的に認めてません。

新約で、ユダヤ教徒が無視できないと見るのは、黙示録くらいではないかと言うひともいるくらいです。

イエスを認めたがらないユダヤ教に対し、ムハンマドは預言者としてのイエスを認めています。

 キリスト教徒までも含めて、啓典の民としていますね。

旧約と新約だけを指して、聖典という場合もありますよ。

 旧約と新約を聖典、コーランも含めると啓典、ですか。

コーランを聖典に対する啓典と、位置づけていたと見ることも出来ますね。

 そうですね。

コーランを聖典に対する啓典と位置づけていたとすると、面白いことになります。

聖典の解説書と、ムハンマドがコーランを見ていたことになるからです。

コーランを啓示の書、つまり聖典の解説書と見たなら、こうなるでしょう。

コーランの目的は、聖典によって神が教え示した人の力では知り得ない内容について、その真意を明らかに表し示す事であった。

 ええ!

 それって、ムハンマドはイエスを聖霊と共に使わされた特別な預言者と認めてるから…。

 ムハンマドの真意とは、キリスト教の改革!

意外かも知れませんが、そうなりますね。

もちろん、キリスト教にユダヤ教改革の原点に回帰を求めること、つまりユダヤ教の改革者でもあるわけですよ。

 実際、ユダヤ教とキリスト教の変質に怒るアッラーの言葉は、コーランにいくつもありますね。

一方で、ユダヤ教徒とキリスト教徒がコーランに従うものとの共存を受け入れれば、敵視しない柔軟さも示しています。

実際イスラム圏で、キリスト教徒とイスラム教徒が仲良く暮らした歴史は良く知られています。

今でも、その光景が見られる地域はテレビに登場したりしますよ。

 ムハンマドは、キリスト教徒だった…。

イスラム教徒は認めたくないでしょうが、実質はそうなりますね。
 
 十字軍への、悲しみと怒りの過去がありますものねえ。

 それ以外にも、対立と抗争の長い歴史…。

ムハンマドが活動を始めた時代、あったのは聖典だけです。

 コーランは、影も形もなかったのですね。
 ムハンマドの受けた預言から、コーランは始まった。

この事実は、ムスリムに受け止めて欲しいものですね。

そもそも、イスラエル建国の前までは、アラブ人もユダヤ人も仲良く、今パレスチナと呼ばれている地で暮らしていたのです。

元々の兄弟部族ですしねえ。

ムハンマドも、ユダヤのもとで学んでいた時期があったそうですよ。

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改めて、日本とエジプトを比べてみる。

高畑の犬の宮と猫の宮の縁起は、こうでした。

都から来たと言う「年貢の代わりに子どもを差し出せ」と要求した役人が実は古狸が化けていた物を、下位の国の三毛犬と四毛犬が命がけで退治したのです。
そうしたら、この狸達の血を舐めた大蛇が仕返ししようと狙っているのを、70年後に信心深い庄屋が観音菩薩から授かった三毛猫に見つけられてしまうのです。
この蛇もまた、三毛猫の命がけの活躍で退治されてしまうのです。

この縁起は、娘を生贄に差し出せとヤマタノオロチに言われたのを聞いたスサノオが、見事に大蛇を退治する話に似ているのです。

犬の宮縁起では文殊堂帰りの座頭、猫の宮縁起では観音菩薩が出て来るのに対し、スサノオは神の国を追い出されてきたとちょっとずっこけているのですが…。

 でも、スサノオはアマテラスと兄弟だったですよね。

エジプト神話では、夜な夜な地下を通る太陽神が、飲み込もうと待ち構える大蛇を、猫に変身して成敗するのです。

 九州には、太陽の船そっくりの壁画のある墳墓があったと思うけど。

関連は確認する必要があるけど、神武天皇も秦氏も九州に縁があるのです。

ここまで来ると気になるのが、浦島子です。
彼に玉手箱を渡すのは、乙姫様ですねえ…。

 この姫、本当はオッタ姫だったりしませんかね?

オッタとは、エジプト語で猫の事です。
何時頃から言われていたのか、気にはなりますけど…。

 エジプト語では、猫を指す言葉にマウもあったでしょ。
 なんで、今は使わないのかしら。

なんででしょ。

 そう言えば、玉手箱って玉のように美しい手に乗る大きさの箱とも取れるけど。
 玉と箱といえば、丸い頭で香箱を組む猫で、手は香箱猫の前足だったりして。

 スフィンクスを見るたびに、香箱を組む猫を連想していました。

 玉手箱は、スフィンクスだった!
 なんてね。

面白い連想ですねえ。
この香箱猫、もとい玉手箱、太陽神の巫女オッタ姫と看做せる乙姫から渡される相手が浦島子ですね。

 ウラ・島子とみると、“アラー”島子かも知れないですか。

 島は、縄張りを意味する俗語に使われるね。
 領土や領地と言う意味でも、あったのかなあ。

川崎真治著
「世界最古の文字と日本の神々―全アジア共通の数詞トーテムによる解明 」

本書の中に、「シマ」の語源はスメルだという説が展開されているのですよ。

ウ・ニル(シュメール語)人口築造・丘状の神殿台閣
ダガル(シュメール語)大きく膨張した。方言ダマル。ダバル

つまり、出っ張った状態が、「ダガル」あるいは「ダマル」や「ダバル」というのです。

川崎氏は、議論をここからさらに展開します。

ウ・ニル・ダバル(インダス語)島
  ニル・デムマ(ドラヴィダ語)島
     デムマ(ドラヴィダ語)島。丘状の土地も含む  
     ル・マ(沖縄の波照間)島
     ロ・マ(沖縄の加計呂間)島
     ラ・マ(沖縄の慶良間)島
     シ・マ(倭人語・日本語)島

浦島子とは、アッラーの領地の君子と見て良いのですかね。

 アラー神の正体は、エジプトの太陽神ラーだとするとですよ。

ラー神の祭司として、太陽神の巫女を通して神権を授かるアラ・島子は、いったい誰でしょうか。

古代エジプトでは王様だから、日本でも王様級でないと釣り合いがとれないのです。

 この玉手箱、スフインクスの象徴かも知れないですねえ。

ちなみに邪馬台国では、太陽神の巫女に補佐される男性の執政者がいました。

 女王卑弥呼と補佐する男性とは、言うけどね。
 太陽神の巫女に補佐される男性の執政者と見ることも、できるかも。
 
 そう思ってみるとエジプトに、そっくりね。

神武天皇の手引きをしたのが、猿田彦です。
 
 これも、古代エジプトでは猿は太陽神の崇拝者とされているから、そっくりですよね。

となると、オオタタネコさんはオオタノネコさんと見たくなります。
確かオオタタさんの家系ではなくって、オオタさんの家系…。

 これもオッタさんが本当?

やはり、オオタタネコさんはオッタのネコさんですか。

 ネコは、禰子ですか。

たぶんそうです。

 あらためて、日本ってエジプト…。

そうですねえ。

琉球大学木村政昭教授は、沖縄海底にエジプトのサッカラにあるピラミッドコンプレックスにそっくりな形が沈むと主張するのです。

偶然と思いますか。
似てるだけと笑いますか。

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黙示録とメルカバーと双六?

黙示録6章の巻物を解く子羊に、このような記述が出てきます。

第一:白い馬
反キリスト、勝利のために戦い出て行く。
第二:赤い馬
殺し合い。戦争
第三:黒い馬
一日に最低限の食料しか得られない。値段は大麦が小麦の三分の一。小麦が高騰、さらには食糧難。
オリーブ、ぶどう酒には害が与えられない。
第四:青い馬
剣、飢饉、疫病→死

どう思われますか。

 巻物を解く子羊は、イエスなのでしょうか。

恐らく、そうではないかと思えますね。

第一から第四は、まさに陰陽であるとともに、五行の正体がメルカバーであるといってるのでしょうか。

天の車であるメルカバーは、聖なる神の玉座であるとともに、神の戦車ともされます。

男性、ライオン、雄牛、およびワシの4つの顔が、メルカバーの条件と言われます。
けれど、ヘブル密教であるユダヤ神秘主義カッバーラでは、四つの面を持てばメルカバーを表す象徴とみなされるのです。

 ええと、五行の正体がメルカバーですか。
 もっと詳しくお願いします。

 五行は、色々な色が配されるパターンがあるようですね。

しかし、基本は中央と東西南北ですよ。

第一:白い馬
第二:赤い馬
第三:黒い馬
第四:青い馬

この場合で言えば、白い馬は西、赤い馬は南、黒い馬は北、青い馬は東。

省かれる中央、あるいは中心に来るのは黄です。

黄は、陰陽では人に配されます。

 しかし、メルカバーと言ったでしょ。

イエスは自らを「人の子」と、しきりに言っています。

それに、黄は太陽の道である黄道にも見え、義の太陽とされるイエスにこれまた、対応していると見えます。
また黄帝であり皇帝、皇帝の皇は白き王のイエスと解釈できるかも。
黄は、音が樹にも通じ、生命の樹にも重なるのでしょうか。

そして、四つの面は、メルカバーですねえ。

 なるほど、さすが。
 まさに四つの面のメルカバーに乗られる、イエス。

 またひとつ、勉強になりました。
 おお!ものごっつぅ解釈が的を得ているのではないか!と感心してしまいました。
 最近は、そんなことを考える余裕もなくてねぇ・・・。

 ゼカリヤ書1章にも、似たような記述があるのですね。
 黙示録とは、馬の色が少々違いますけれど。

 赤馬、栗毛、白馬。
 三色に見えるけど、4頭いるの。
 赤馬が2頭なんですよ。
 これも、五行で解釈できるのですか?

色には、多少の差は出ます。

問題は、構図です。

 五行の解釈で、差し支えないのでしょうか。

基本的に四つの面に囲まれた構図・構造は、メルカバーです。

つまり、何色が配されようと、五行で解釈できるのですよ。

栗毛は、黒鹿毛、青鹿毛、青毛に比べればそれほど黒くないです。
 
 てゆうか、茶色ですよ。

でも、「brown」と「black」は、日本語や五行思想では、「黒砂糖」「黒パン」というように混同される事があるのですよ。
黙示録の栗毛も、黒と見て良いのでしょうね。

 ゼカリヤ書1章では、赤馬、赤馬、栗毛、白馬で4体ありますよ。

色としては、赤・赤・黒・白と見てもいいのでしょうか。

 問題は、二体いる赤馬ですよ。

栗毛=黒=北、白馬=白=西、赤馬=赤=南、赤馬=赤=東、で良いのでしょうか。

赤馬=赤=東、これが意味するのは赤い衣に身を包み再臨するイエスに思えるです。

 となると、赤馬=赤=南、これは火の清めに対応するのでしょうか。

いかがです。

黙示録と違いありますか?

その先の展開は、こうなります。

長いので、さわりだけ要約で紹介したいです。

五番目、六番目の封印を解くことで、起こること。
第五:殉教者の魂の叫び
白い衣:義認、殉教者の数が満ちるまで、休む。
第六:天変地異
13節までか?14-17節は大患難
黙示録7章:改めて再び天を見ることを許されるヨハネ

「白い衣を着た人々」は他の人々と何が異なっていると、ヨハネは見る。
7:4印を押されたイスラエルの子孫
第二の過ぎ越しと言える。
7:14 子羊の血で白くされた。異邦人で、救われた人々

黙示録8・9章:第七の封印と七つのラッパの音

こう見ると黙示録全体が、一種の双六といって良いのでしょうか。

怖い双六!って言われちゃいそう。

 でも、双六と言えば、サイコロですよね。

サイコロはどこだ?ですか。

メルカバーが、サイコロなのでしょうか。

赤色の1が赤い衣の再臨イエスと2~5の四面、ここまでで、すでにメルカバーなのでしょうか。

残りの6は、人を表す数とされます。

 イエスは、自らを「人の子」としきりに言ってますよね。

 関連あるのかなあ。

それもあるのでしょうか。

私が思うに、犯罪や人災とも言いえる災害の被害者が悪への怒りに燃えて、再臨イエスとやってくるのだったりして。

 イザヤ書63章には、このようにありますよ。
 長いので、ちょっと端折るけど。

 「真紅の衣を着て…大いなる力をもって進み来る者はだれか…何ゆえあなたの装いは赤く、あなたのは酒ぶねを踏む者のように赤いのか。『わたしはひとりで酒ぶねを踏んだもろもろの民の中に、わたしと事を共にする者はなかった。』」

 恐らく人災含めたもろもろの復讐は、イエス一人でおやりになるような。
 怖いね。

どうなのでしょ。
わたしも、その点は気になりますね。

 神殿の至聖所は、列王記上 6章の記述が興味深いですね。
 内壁を彫刻の施された杉の板で覆われ、天井から床に至るまで金がかぶせられた、一辺を20キュビトとする立方体でした。

なるほど、立方体というあたり、サイコロに見えますねえ。

 アインシュタインは、神はサイコロを振らないといったけど。

黙示録には、サイコロと双六が見えるように思えるのは面白いですね。

 立方体といえば、「カアバ神殿」の「カアバ(カーバ)(كعبة Ka’baまたはKa’aba)」とはアラビア語で「立方体」を意味しますよ。
 縦にやや長いとはいえ、形状はその名の通り立方体に近いです。

カアバは、メッカとも発音されるマッカの、マスジド・ハラームの中心部にある建造物です。
イスラーム教における、最高の聖地とみなされている聖殿ですね。

 もとは、イスラーム以前のジャーヒリーヤにおける、アラブ人の宗教都市であったマッカの中心をなす神殿であったとされますよね。
 
こう見ると、啓典とされる聖書とコーランが立方体で繋がるように感じるのも妙な気分です。

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博多美人

博多美人は、秋田美人・京美人とともに日本三大美人と並び賞されます。

 福岡県福岡市とその近辺の地域の美女を指す言葉で、明確な定義はないそうですね。
 美人の定義も含め、人の主観に拠るところが大きいからなのね。

 ちなみに私は、福岡生まれです。
 でも父親の転勤でたまたま福岡にいただけだから、博多美人は名乗れないなあ。
 ははは。

でも、両親の出身地によっては、博多美人の血を引いてる可能性はありますよ。

自分の顔、鏡で見てどうですか。

博多部や福岡市あるいは福岡都市圏の出身女性とは、限らないのです。

 そう言えば、「博多を始め福岡には美人が多い」と言いますね。

博多部や福岡市あるいは福岡都市圏の地域に在住する女性なども、博多美人と呼ばれたからですよ。
 
美人が多い理由の一つに、ユーラシア大陸に発する渡来人や貿易商人などとの混血が要因であるとする遺伝子説があります。

 九州地方は、他地域より渡来系の因子を多く受け継いでいるとされますね。

成人T細胞白血病(ATL)キャリア因子の分布や、B型肝炎HB抗原の分布、アセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)の分布などからですよ。

 この遺伝子説は、博多・福岡という限られた地域に美人が偏在していることを説明するに充分とは言えないという人もいますよね。

福岡内外各地から美人が集結する産業構造が、存在するからです。
明治から現代まで続く歓楽街の中洲があり、スナックやバー、高級クラブ、或いは中洲に隣接する南新地などには風俗店が多く集まっているそうです。
 
 福岡は、九州第一の都市ですよ。
 江戸時代以前から博多には遊郭があり、近松門左衛門の人形浄瑠璃「博多小女郎浪枕」の舞台ともなったでしょ。
 人形浄瑠璃「博多小女郎浪枕」は、歌舞伎の外題としては、「恋湊博多諷」として演じられますね。

 博多に芸妓が登場したのは江戸時代中期頃からで、明治期から大正にかけて活躍、一時は2000人を擁したのでしょ。

博多の芸妓は太平洋戦争後になると、大幅に減ったようですね。
現在でも、「博多券番」の名は残り、博多の芸妓を取りまとめているそうです。
「博多券番」とは、検番つまり芸妓の取り次ぎなどを行う事務所です。

 歓楽街として繁栄していた歴史から、「美人が多い」というイメージが醸成されたとも考えられるわけですね。

もちろん、九州の中でも北部は発展を遂げていた地域ではあります。

でも、美人が多いから、歓楽街として繁栄していた歴史があったと見た方が自然ではあるようにみえます
なぜか、日本海側に美人が多いとされる地域が偏ってるというのです。

秋田美人には、ヨーロッパとの関連を考えた方が納得しやすい事がいっぱいあります。
そして、秋田美人は平安美人の典型でもあります。

 京美人は、秋田美人と同じ基準で、美しいとされてますよね。

 博多美人、いつ頃から評判になったのでしょ。

いつ頃か、ですか。
でも、博多美人の美しさの特徴は、肌の白さと目元の麗しさにあり、柳腰で涼しげな表情なのが一般的な特徴であるとされますよ。

 博多人形の「美人もの」に描写される、あの特徴ですよね。

多少丸っこい感じなので、瓜実顔とまでいかないです。
でも、ややほっそりした顔、ふっくらした頬、涼しげな目元は秋田美人の特徴に似てるのです。

 ユーラシア大陸に発する渡来人や貿易商人、つまり西方であり、ヨーロッパに近いと。

柳腰で涼しげな表情なのが一般的な特徴、モジリアーニの描く女性像もそんな感じでしょ。
博多人形と比べてみてくださいね。

 奇妙なほど、雰囲気が重なっているような…。

でしょう。

西日本と地中海地方、食文化も似てるし、古事記や日本書記などに残る神話はギリシャに似てます。

 降雪地域と関係はあるのかなあ。
 まあ、紫外線や湿度で簡単に説明はできそうだけど。
 それじゃ、つまんないよね。

博多は秋田より低緯度、つまり多少日差しは強くメラニン色素で守られる必要は秋田より強いのでは。

にもかかわらず、博多美人は色白が特徴なのは、紫外線や湿度で簡単に説明することが秋田美人以上に、難しいようにみえます。

つまり、色白の理由が西方にあるという説明は、秋田美人以上に博多美人の方が説得力を持つ気がします。

 ところで、美人の定義は時代によって大きく異なると思うのだけど
 そのあたりはどうなんでしょう?

美人の定義は、好みと紙一重と思います。

人類共通の美の基準はあると思うけど、美の好みは国により時代により違ってくるのは確かにあるようです。

ただ、秋田美人のときにも見たけど。

平安美人の好みを洗いなおしてみると、意外なことにギリシャ風美人顔が浮かび上がってきたのです。

「秋田美人」は、肌は白人並みに白く艶があり、長身でスタイルが良いので有名です。
典型的な秋田美人の顔は、その輪郭・目鼻立が、なんとミロのビーナスに瓜二つと言うのです。

つまり、ミロのビーナスは現代の私たちも平安の人々も美しいと思うという可能性が見えてきたのです。

日本の美人は、ヨーロッパに遡れるのでしょうかねえ。

 やっぱり日本の美人は、ヨーロッパにつながるんですか・・・。

西日本先住民の子孫と見られる琉球人、アイヌと共通する祖先がいると見られています。

そのアイヌは、ヨーロッパに繋がって見えるとすれば、琉球人もまたヨーロッパに繋がって見えても当然ですね。

 アイヌや琉球人と共通の血が、博多人の謎を解く鍵でしょうか。

そうかも。

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かたくなっちゃいましたか。

固い頭は、柔らかくした方が良いです。

筋肉も同じでしょ。

堅い筋肉は、解せば良いのです。

そっと産毛をなでるくらいの筋肉マッサージ、これで意外と筋肉はほぐれてくると思うのです。

前屈、後屈、体側、そっと筋肉マッサージした後でやってみてください。

やる前と後、曲がり具合が違うはずです。

どんなことでも、上達にはレッスンも要るけれど、出来るだけ早く姿勢を作ることですよ。

背筋をきれいにすることは、体の自由度を増す上で必要です。

バッグを小脇に抱え、ついつい背骨はどちらかに歪み勝ちなはずです。

ここを直すだけでも、どんなレッスンでも始めの段階ではずいぶんと上達したと見えると思うのです。

肩の力を抜いて、思いっきり伸びをしてみてください。
伸びと言うより、精一杯体をそらし思いっきり大きな口を開けて、あくびしてみてください。

大きく口が開かないときは、こめかみのあたりをそっとなでると開くようになるのです。
なかなか体がそらないときは、わき腹や背中をそっとなでてみてください。
首の後ろも、なでると効果があるようです。

つまり、ここが硬いと思えたところをそっとなでてみてください。

表情も和らぎ、背筋も伸びてくるのが繰り返しているうちに実感できると思うのです。

猫が猫背に見えて、案外背筋がきれいに伸びているのも、小さく見える口が大きく開くのも、同じ理屈です。

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出雲の童歌「ネコにゃんにゃん」と「バステトの大祭」?

猫が踊るといえば、出雲の童歌「ネコにゃんにゃん」があります。

 猫が神様の前で踊って、神様が大いに喜ぶという歌ですね。

 そう思うと、「ネコにゃんにゃん」が、「バステトの大祭」に似て見えてきますね。

エジプトでは、おそらく紀元前4世紀にさかのぼれる、ブバスティスで豊饒の祭りとして催された、バステトの大祭というのがあります。

バステトの祭りの間は、ファラオ達の好んだスポーツである獅子狩りをするのは、不信心な事とされました。
バステトの祭りでは、女神にささげられた陽気な船の行列がくりだして、酒神祭のような儀式で祝われました。

バステト女神は、たいていはこんな姿です。
猫の頭部に太陽を表す円盤と王権を示す蛇、左手に四大元素を象徴する杖、右手にアンク十字という名の生命の象徴である輪のついた十字架を持っているのです。
ほかにも、両手に持つものについては、いろいろな説があります。
たとえば、シストルムという楽器とアイギスと呼ばれる盾を持つとか、ですね。

バステト女神は、古代エジプトのネコの頭部と、女性の身体をしたエジプト神話の、喜びと、豊穣、性愛、音楽とダンスを好む踊りの陽気な女神です。
バステトという名前そのものは、「軟膏壷の婦人」という意味だそうです。
人間を病気や邪悪な霊から守る、慈愛に満ちた女神でもあります。
となると、壷の軟膏は、薬であったと考えられます。

 なんだか、薬師如来みたいですねえ。

またたびでも、持ってましたかね。

 それは、ないでしょ。

猫と踊りと太陽と愛の神様でもあるので、ワインやビールを飲み交わし、飲んで歌って騒いで大騒ぎをします。

バステトはセクメト、テフヌトなどの女神と混同されることもありました。
雌ライオンの頭を持つセクメト女神は、攻撃的なイメージです。
女神テフヌトは、テフヌウト、テフェネトなどともいわれ、古代エジプト神話の湿気の女神で、雌ライオンもしくはライオンの頭を持った女神として描かれるです。
対照的に、どちらかといえばバステトは、守護神、母なる女神として親しまれ、普段は猫姿のやさしい表情の守護の女神で思い描かれました。
けれども、戦場で王を守るために、牝ライオンの頭をして現れることもありました。

バステトが、アペプに対してラーを守ったように、蛇にさえ戦いを挑む小さいとはいえ勇敢な猫は、その精力と力と敏捷さのゆえに賛美されました。
大蛇アペプは、オシリスの弟であり、大敵であるセトの化身であり、夜明けに向かう太陽の妨害者でありました。
バステトは、エジプト神話の太陽神の助力者としてアペプと戦う者で、太陽の帆船での役目は、太陽の帆船の出現と新しい日の夜明けを確かにする事でした。

ただし、彼女が守るのは猫と「自分を崇拝するもの」だけというのです。
猫のミイラを手厚く葬って、バステト女神にお願いすると、死後の幸福な生活が保障されると信じられていたと言います。

また、彼女は太陽神アトゥム、もしくはラーの妻・妹・娘でもあるといわれ、「妻であり、且つ娘」という表記もあります。
さずがのエジプト人も、そりゃ、ちょっとやばくないかって、考えたのか、おもに「娘」として扱われるようになり、後になってプタハの妻となったと言います。
太陽神の娘ということで、後には太陽の恵みも表すようになりました。
とくに猫は夜の闇の中でも光る目をもっているので、それが太陽を連想させたようです。

時には、月の化身であると言われました。
それにエジプトでは猫の事を“マウ”と呼び、マウとは“見る”という意味をもっています。

 エジプシャン・マウっていう呼び名の猫が、いますよね。 
 彼らの細面のお顔の目は、確かにすごく印象的! 
 あの目で、何を見つめ何を考えているのかなあ…。

猫のしぐさの中で、見つめる行為ってよほど印象に残るのでしょうか。

それで、猫をあらわす“マウ”が“見る”の意味を持ったでしょうか。
ここから、“何でも見通すラー神の片目”であるバステトと関係があるようです。
セクメトの祭司が、バステトとセクメトを融合しようと試みたのは、同じ猫科であるばかりか、“ラーの片目”と言う共通点があるからでしょうか。

バステトの像には猫の四肢であったり、猫のしっぽを持っていたり、半神半猫であったり、もちろん猫自体であったりと様々な種類がありました。
エジプトの神殿の中で、こんなに変化に富んでいたのは、バステト像だけなのです。

そのエジプトと、太陽神を中心に動物をふくむ八百万の神々を崇拝することが似ている日本は、太陽神も元は男神だったから、さらにそっくりとなっちゃうのです。
女神である天照大神は、男神である天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日尊が、古事記や日本書記の編纂されたときすりかえられたという説もあるようですね。

天皇は倭根子、あるいは、大和根子とされ、天照の子孫に位置づけられるから、天照も根子、出雲大社の大国主大神も天照の子孫ならやはり根子、でも間違えないでしょうねえ。

出雲の童歌「ネコにゃんにゃん」で、神様が大国主大神だったら、だけど。

てことは、ネコ神様の前で踊る、やっぱ似てるのでしょうか。

 踊る事は、神様を喜ばせる事かな。

 まあ、バステトって、素敵な神様だわ

 猫以外に踊る話がある動物っているのかしら・・・。

 そういえば、「吾輩は猫である」にもね。
 猫が踊っている絵の葉書が、出てきたし。

 猫と踊りは、切っても切れない縁なのね。

 以前美術館で、猫のミイラを見た事があったけどね。
 人と同じようにきちんと作られていて、感激した事がありました。

 エジプト人は、猫が大好き!
 猫神様は皆に親しまれたんですね!

もともと、芸能は奉納であったのではないでしょうか。

 歌にしても踊りにしても、元々は神にささげる「祈り」だったのでしょうね。
 現代でも、それを感じさせるような踊り手や歌い手がたまにいますよね。
 感じ方は、人それぞれかもしれませんが。

 日本では猫って年をとると、化け猫になり、尻尾が二股になって手ぬぐいを被って踊ると言うじゃないですか。

 昔は10歳以上とか言ったようですが、最近は10歳になる猫ちゃんはザラですね。

 私は、ウチの猫が踊るようになるのが今から楽しみなんですよ。

踊るようになったら、一緒に踊りたいですか。

伝承された振り付けや衣装には、むしろ猫以外の方が多いかもです。

でも、話としての踊る伝承となると、圧倒的に猫、かも。
その起源はエジプト、なのでしょうか…。

エジプトは、ほんと、猫好きって感じです。

 スフィンクスの身体は、ライオンではなくて、猫なのかも。
 ライオンはもともと、猫科ですし…ね。

あ、そうか!

猫は体つきもしぐさも、あまりに人っぽいから、振付けても、猫らしさがなかなかでないのかも。

つまり、猫は振り付けの題材よりも、振り付けを踊る側ってわけなのでしょうか。

そういえば、猫のしぐさは、踊りそのものって感じです。

 だから、「ネコにゃんにゃん」なのね。

ライオンとしたら、王を守るメスライオンとしてのバステト、なのでしょうかね。

 猫って、くつろいでいる時でさえ、絵になるというか。
 
 何にも考えてないだろうに、意味深な動きをするというか。
 呪術的なムードが、ありますからねぇ。

 犬じゃ、こうはいかない。
 いや、差別しているのではありませんが。

猫ってなにしてても、絵になりますね。

猫はその不思議のイメージで、神であがめられたり、魔物でおそれられたり、振り回されてますよね。

 そうそう! 猫の動きってとってもしなやかで、どんなポーズでも絵になる感じがしますよね。 

 猫がえらい国・・すごく平和な気がします!

平和であって、ほしいですねえ。。。。

追記

出雲の童歌「ネコにゃんにゃん」の歌詞はここに収録しています。

この歌についての情報募集中です
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_78ef.html

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原理主義と付き合えるか。

原理主義者の集団は、取り扱いが非常に難しいです。

 その手の人たちを、相手にしたことがありますが。
 
どうでした。

 会話が、できないんですよね。

 自分たちがどれだけ独善的か、彼らに自覚はまったく見られないのです。

 ある程度、同情せざるを得ませんね。

誰にですか。

 一方的な妥協を迫る原理主義者相手に、交渉せざるを得ない立場になった人たちにですよ。

 原理主義者は、相手が自粛すれば付け上がり、非難や攻撃を始めたが最後相手が言いなりにならない限り引く気がないのです。

 交渉のしようがないのです。

一人一人を引き離し解散させる以外ない相手だけに、彼らとともに歩む選択をした者は自ら悲劇を招くとんでもない選択をしてしまったと言えるではないのでしょうか。

 原理主義は、あれこれの一つに過ぎない事柄の一つを過大に評価して選択の基本にしてしまうのです。

 そして、その選択肢以外を排除してしまうのです。

 これがあれば、必ずこうならねばならないという論理なので、他の道は全て間違いとなってしまうのです。

 自分だけなら、まだ良いです。

 やっかいなのは、他人を巻き込もうとすることです。

そして、巻き込んだ仲間と共に、周りにこう迫るのですよね。

「我々に従うものは正しく、我々に逆らうものは正しくない」

しかし、これを人に過ぎない存在が言って良いのでしょうか。

言うことが出来るのは、神だけではないでしょうか。

神でないものが、絶対言ってはならない言葉ではないでしょうか。

言った瞬間、その者は自らを神と同等におくことになるではないのでしょうか。

 原理主義者。
 神という概念の捉え方が、もう既に違っている。
 神の概念が、狭すぎる。

 自分たちが絶対的に正しい、だからあなた方は絶対的に間違いだ、悪だ、ですからね。
 こういう人たちと共存していくことは、不可能じゃないかと思います
 それなのに、原理主義が席巻していることに恐怖を感じます。

自分の判断を絶対化し、事実上自分自身を神と同等かそれ以上に置きながら、その自覚がないのが、原理主義者の困った点でしょうね。

あなたの神は、他の神を認めるのでしょうか。

それとも、認めないのでしょうか。

ちなみに啓典の神は、こう言うのです。

私以外の何者も神としてはならない。

私はねたみ深い神である。

あなたの神は、どういうお方ですか。

 私は、一神教ではなく八百万の神ですね。
 多様性があるからこそ、地球は成り立っていると思っています。

 理想論かも知れませんが、お互いを尊重しあうということが基本にないといけないのではないでしょうか。

宗教に限らず様々な分野で原理主義的とも言える言動に走る人は、案外といませんか。
自分がそうならないよう、そう見られないよう、気をつけたいものですね。

 展開が速く、とっさの判断が求められるのが現代でしょ。
 答えの出し方を単純化して、すばやく対応しないと、ついて行きにくくなってるのも確かですよ。

それだけに、原理原則をしっかり立てることと共に、柔軟な展開や修正がすみやかに出来る柔軟さと余裕を持ちたいですね。

原理主義は誰もが陥る危険があるだけに、注意したいものですね。

追記

一神教とされるユダヤ教、キリスト教、イスラム教だが、熱心な信徒で他教徒や異教徒と仲良くしている交流している人はたくさんいます。

逆に、多神教を是とする人が一神教や異教徒や他教徒に対して排他的とか敵対的に仮になったなら、それもまたある意味、原理主義と言えるかもしれません。

原理原則に忠実であることと、原理原則を踏まえつつ柔軟に対応することは、矛盾しません。

こだわる人は柔軟に対応して貫こうとするが、とらわれた人は一つのやり方以外を排除し柔軟性を失います。

原理を使いこなせるのはこだわる人、原理を押し付けるのはとらわれた人。

原理主義とは、とらわれの別の側面と言えるでしょう。

こだわりととらわれを、取り違えて原理主義に陥らないようにしたいものです。

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児童ポルノとどう向き合う?

児童ポルノに対する規制に対して少しでも疑問を投げかける発言をするだけで、倫理や道徳に反する行為に甘すぎるとつるし上げられそうな感じがありましたよねえ。

私も、児童ポルノを良いとは言いたくないです。

 そもそも、ポルノって何でしょ。

英語の辞書では、“pornography”の略で、猥褻文書や好色あるいはエロ文学、春画、エロ写真と説明されるのです。

国語の辞書では、性行為の描写を売り物にした読み物や絵画や写真や映画などと出てきます。

じゃあ、猥褻ってどういうことかです。

 辞書では、こうでしょう。

 いやらしいこと。
 みだらなこと。
 また、そのさま。

 法律ではこうですね。

 いたずらに性欲を興奮・刺激させ、普通人の正常な羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反すること。
 また、そのようなさま。

問題は、どういうのが猥褻なのかですよ。

 猥褻の概念自体があいまい。

ええ。

 そう言えば、基準も短期間にずいぶん変わったような…。

かつて、陰毛が写ったヌードはだめだった頃があったでしょ。

 それ以前は、ヌードを表現すること自体がスキャンダル扱いになったことさえありましたね。

ところが、ヌードの表現も芸術として認められるようになった。

さらに、陰毛が表現されても、倫理や道徳、公序良俗を振りかざして攻撃されなくなったのです。

今や陰毛で性器を隠蔽すれば、見えちゃうはずのポーズも事実上可能なところまで来たようです。

 それって、アジアの中では、かなり表現の自由が許されてる方でしょ。
 国によっては、乳首にぼかしが入ってますけど。

 その点、欧米はもっと先行ってますよ。

文学でも、比ゆやほのめかしを駆使して大人の想像力を刺激していれば、大半の作品は一般書店で販売が出来るです。

 子どもにあっさりわかる表現でさえなければ、良い訳ですから。
 
 子どもにわかったところで、性とは麗しきこと、あるいは、奥深いことと思ってもらえば差し支えない。
 性に対して、マイナスイメージさえ持たれなければ良い。

そういうことかも。

現在では多くの国で、性教育で性器の差を性差の一つとして教えたり、受精がどうして起きるかを教えているのです。

説明には、図解や場合によっては人形さえ利用されているのです。

 江戸時代なら、春画で密やかに伝えられていたことではありませんか。

 春画の生々しさを取り除いたものが、性教育でしょう。

ワクチンみたいな言い方ですね。

 そうそう、性教育はある意味ワクチンに似ていませんか。

ワクチンは、感染しても症状を軽くすることが目的。

性教育は、異性間の関係や同性間の関係での失敗を軽い程度に抑えることが目的。

そう思えば、確かに似ているといえるかも。

 ある程度文化や文明のあった国や地域では、似たような事情だった…。
 春画に似たものだって、それぞれの国になかったわけじゃないでしょ。

そうですね。
性教育とは、倫理や道徳を、性もタブーにしないで論じることと思えば良いかも。

 こうなると、ポルノって本当にあいまいねえ。

 性行為の描写を売り物にした、読み物や絵画や写真や映画ってことだから。

 性教育教材の中には、限りなく近い物が含まれませんか。

だから、性教育が始まるとき、ものすごい議論になりました。
性道徳の乱れを正すために、性教育は実施すべきとなりましたけど。

 性描写の是非よりも、性に関する倫理のあり方こそ問うべきということねえ。

ええ。
臭いものに蓋では、禁酒法時代のアメリカと同様な事態になるだけと、懸念したいです。

 それに辞書には「性行為とは、性欲を満たすための行為で、普通、性交をいう」とありますよ。

そして性交は、男女が性的交わりをすること、とあるから同意語の繰り返しです。
他にも、交接や交合や房事やセックスとあるけど、ようは言い換えてるだけです。

でも、世の中って、男と女、女と男、しかいないです。

 つまり、全ての行為は性的交わりを中心に回ってる。

ポルノ問題は、倫理や道徳とどう向き合うかを避けたら永遠に解決しないのかも。

 性教育ってそもそも、性も含めた表現の健全化も目指したのでは。

形式的な児童ポルノ取締りでは、我が子のビニールプール遊びを写真に残すことさえ自粛に追い込まれるかも。

 知的障碍者(しょうがいしゃ)の性教育の必然性が、言われているようです。
 知的障碍者は、性の被害者になることが多い。
 しかも被害届を出さないことが多いので、犯罪として成り立ちにくい。
 また、その被害を受けたことによって次は加害者になる可能性もあるといいます。
 性教育は、弱者を守るという目的も持っているのですね。

知的障碍者の性教育には、理解力の関係で具体的に教える必要があるだけに、教材には強烈な批判をする声もありました。

 それは、実態を知らない人の言い分と言えるでしょうね。

 禁止するだけでは解決にならない。
 教育の問題ですかね~・・・

家庭と地域と学校とが連携して、倫理と道徳のあり方を真剣に考える必要はあるでしょう。

 それとともに、行政がすべきことも多いかも。
 文化やスポーツ、リクリエーションなどで、ストレス発散がしやすい環境をきちんと整備することね。
 それ以外にも、公園など手軽に気分転換や暇つぶしができる場を充実させることとか…。

性は最も手っ取り早い快感と快楽の手段や対象になりやすいだけに、口実を潰していく相当きめ細かい対策が要るのではないでしょうか。

もちろん、健全な出会いと交流が出来る状況を整えるのが、目下の課題でしょうね。

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ザビエルはなぜ、大日と言う訳にあわてたのか?

フランシスコ・ザビエル(Francisco de Xavier または Francisco de Gassu y Javier)は、1506年4月7日に生まれ1552年12月2日に46歳で没します。

 日本では、1549年に初めてキリスト教を伝えたことで知られてますね。
 カトリック教会の宣教師で、イエズス会の創設メンバーの1人でしょ。

ザビエルは、彼の生家である城の名でもあったのです。
出身は現在のナバラ州、当時はバスク語ではナファロア王国と呼ばれたナバラ王国です。

 ザビエルって、バスク語で「新しい家」の意味であるEtxebarriaのイベロ・ロマンス風訛りでしょ。
 ちなみに、家 (etxe)と新しい (barria)を合わせた言葉ですよね。
 ラテン語にありがちな、形容語句が後に来るパターンですね。

フランシスコ・ザビエルは、日本だけでなくインドなどでも宣教を行っています。

 インドって言えば、タミル語と日本語の関連を大野晋が指摘してますね。
 そんな事、ザビエルが知ってるとは思えないから、偶然でしょうけど。  
 
 多くの人々をキリスト教信仰に導き、その数は聖パウロを超えるほどと言われますね。

ザビエルが日本に来たきっかけは、こうです。
インドからマラッカに渡って宣教を行いながら、信徒たちの世話を行っていたとき鹿児島出身のアンジローとも伝えられるヤジロウに出会ったから。

 ヤジロウはヤジロー、アンジローまたはアンジェロとも呼ばれ、1511年(永正8年)頃 から 1550年(天文19年)頃の人と見られていますね。
 資料上確かな日本人最初のキリスト教徒の一人で、ザビエルとの出会いは1547年12月。

 ヤジロウの話を聞いて、ザビエルの日本行きが決まるのでしょ。

余談だけれど、バスク人に逢った日本人はたいてい、気質が近いとか、親近感を覚えるとか、言うようですね。
バスク語は、日本語との親族関係も指摘された事があるくらいだから、その点からも日本を見たくなったのかも。

 で、今回は何を言いたいの。

ヤジロウは最初、キリスト教の神を「大日」と訳して「大日を信じなさい」と説いたのです。
それで仏教の一派と勘違いされ、僧侶に歓待されたこともあったのです。

 「大日」の語をやめたのはザビエルが誤りに気づいたからで、「デウス」というラテン語をそのまま用いるようになりますよね。
 「大日」と訳したのは通訳を務めたヤジロウのキリスト教知識のなさから、と言われますね。

ええ、それ以後、キリシタンの間でキリスト教の神は「デウス」と呼ばれることになります。

でも、「大日」と訳して何が誤りだったのか、研究者達も首を傾げるようです。

 「大日」とは、「大日如来」でしょ。

大日如来は、梵名を マハー・ヴァイローチャナ (महावैरोचन [mahaavairocana])と言います。
密教の一派である空海の開いた真言宗では、究極的には修行者自身と一体化すべきものとされた最も重要な仏陀です。
その光明が遍く照らすところから遍照、または大日とも呼ばれます。

密教において、宇宙そのものと一体と考えられる汎神論的な如来、つまり法身仏の一尊です。

大日如来は、大日経とも呼ばれる大毘盧遮那成仏神変加持経の教主です。
大日経の説く、胎蔵曼荼羅中台八葉院九尊の主です。
また、金剛頂経の説く金剛界曼荼羅五智如来の中心ともされました。

密教の根本尊である大日如来の化身とされる不動明王は、内心の決意つまり内証を表現したものとされます。

 大日如来は、その名から想像される通り太陽神と見て良いでしょうね。
 
「大いなる日の如く来られる」と解釈すれば、太陽にもたとえられる存在です。
太陽神と思っても良いかも知れないけど、厳密に言えば太陽の如き神です。

 聖書の神も「義の太陽」と呼ばれる「太陽の如き神」、その意味では「大日」と訳されても良いように思えますけど。
 それに、ヨーロッパ布教ではキリスト教伝来以前の太陽神信仰と習合させたでしょ。

そう思えば、ヤジロウが大日と訳したのは間違えではないように見えませんか。

 でも、ザビエルは必死になって打ち消そうとしていますよ。

私には、日本の仏教が抱えていた事情が原因にあるように思えますね。

 神仏混交、本地垂迹ですか。
 東南アジアでも、仏教と現地宗教との習合はありますよ。

本地垂迹の本地とは、諸々の神の本来の姿・本体が仏や菩薩であると言うこと。

本地垂迹の垂迹とは、仏や菩薩が救済する衆生の能力に見合った姿の神様になってこの世に垂迹つまり出現すると言うこと。

そう、理解できないでしょうか。

 衆生の能力に見合った姿、能力別ですね。
 理解できる姿で、現れるということね。

そう思っても、良いかも。
言い換えてみますね。

本地とは、仏が相手に合わせて姿を変えられて数々の菩薩や観音となること。

垂迹とは、菩薩や観音が自分が救うべきものに見合った神となられて現世に来られると言うこと。

 そう解釈すると、筋が通る気はするね。
 でも、何が問題なの。

大日如来を本地とすれば、垂迹となる神は何かです。

 太陽繋がりと言えば、天照大神でしょうね。

女性神の天照大神は、男性神の天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊(あまてるくにてるひこあめのほあかりくしたまにぎはやのみこと)が、元とされます。

天照国照彦は、『古事記』に天火明命、『日本書紀』に火明命、または天照国照彦火明命とも記される神です。

天皇に率いられた天孫一族の祖先神として、崇められます。

 大日如来は、天皇に率いられた天孫一族の祖先神として崇められた、天照大神と同じ神ですよね。
 そうか、それはザビエルも弱ったでしょうね。

聖書の神を大日と訳すと、天皇に率いられた天孫一族の祖先神として崇められた、天照大神と同じ神になってしまうのですよ。

 つまり、天孫一族は聖書の神の末裔となってしまうのですね。

 まさに、釈迦に説法になってしまいますね。
 それに、バチカンの立場なくなってしまうでしょうねえ。

それだけじゃないですよ。

聖書の神を本地とすると、どうなるかです。

 イエスを本地としたら、垂迹は預言者でしょうか。
 ちょっと変ですよね。

 ヤハウエを本地とすれば、垂迹はイエス。

でも、正統派を名乗るキリスト教会は、ヤハウエを御父でイエスを御子としますよ。

つまり、正統派の主張する「御父はヤハウエ、御子はイエス、聖霊はルーハの三位一体」が通用しないってことでしょう。

 ところで三位一体というの、どうなのでしょ。
 どうもよく、理解できないんですよね・・・。

 原始キリスト教には、確かこのような考え方はなかったと思うのですが。

三位一体なんて考え、原始キリスト教には当然なかったはずです。

イエスの洗礼では、御父の祝福が天から聞こえ、聖霊は頭上に舞い降りたのです。

それを目撃した人々の記憶が生々しい時代の原始キリスト教に、三位一体説が興りようがないです。

それに、聖書には「主なる神は言われる」とあり、コーランには「アッラーはこういうお方」とあります。

イエス自身、「イスラエルよ聞け。われわれの主なる神は唯一である」と言われてますね。

 ここで言う「われわれ」の中には、イエスも含まれるはずでしょ。

つまり「主なる神」はイエスではなく、御父ということです。
 
 コーランは、聖霊とともに地上に使わされた特別な預言者と指摘してましたね。

聖書でもコーランでも、語りかけておられるお方は預言者であるイエスであり、聖書で言う主なる神や、コーランのアッラーは御父と見る方が、すっきりするのです。

 唯一神は、絶対三神が構成するユニット名と見る方が良さそうですね。

 絶対三神を、「御父はエロヒム、御子はヤハウエ=イエス、聖霊はルーハの唯一神会」と見れば適用出来るってわけね。

通説を投げ捨てて、無理に唯一神会説に転向して大日と訳してもザビエルは窮地に陥るだけなのです。

 でも、聖書の神の末裔は変でしょう。

だったら、エルサレム教団の末裔ですか。

 どっちにしても、血の繋がらない教皇の立場ないでしょ!

大日と言う訳を、必死になって打ち消しに回ったザビエルの困りきった顔が目に浮かぶようですね。

 原罪とかも訳、変なんじゃないですか。

原罪の訳そのものに、変なところはないですよ。

それよりも、原罪に対する教会内部の認識に、断固とした統一見解はないと言うのが実態のようです。

 原罪の理解は、キリスト教の教派によって大きな差があるというのですか。

なかには、原罪という概念自体を持たない教派も存在しますから。

 正統派とされる解釈から、原罪そのものを否定することは異端の烙印を押されていますけど。

歴史的に見れば、例えばローマの修道士であったと伝えられるペラギウスによって唱えられたペラギウス主義が原罪否定派でした。

 ペラギウスは、5世紀頃の人と言いますね。
 初期キリスト教の教説を説いた人物の一人でしょ。
 当時は、かなり支持をあつめた教説なようですね。

ペラギウスの一派は極めて真剣なキリスト教徒であったので、時の教皇も異端と断じることはできなかったと言います。
寧ろ当時の教会内部での派閥争いに敗れて、異端の烙印が押されたのが真相のようですね。

原罪とは、結局のところ失楽園やイエスの磔刑をどう捉えるかの問題と言えるかも。

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ひき目鉤鼻とギリシャ?

「日本海沿岸は一県おきに美人がいる」という、通説があります。

秋田・新潟・石川・京都・島根の各県です。

 一県おき、ってなんか気になるなあ。

 島根の美人ルーツも、気になるところ。

特に、秋田美人が有名ですけどね。

 秋田美人は、京美人、博多美人と並び、日本三大美人といわれます。
 みんな、日本海側ですよ。
 太平洋側にはいないんですかね、美人。

東北六県、それぞれに全国に誇れる美人はいます。

ただ、なぜか美白などの点で他県を群を抜いて比率が高いようです。

 東北には、いわゆる瓜実顔と言われる顔の美人が目立ちますよね。

瓜実形の特徴は、面長で奥二重、頬から顎にかけてすんなりした優しい線です。
鼻筋が通っており、目は一般にすがすがしいと言われるすっと横長に伸びた形です。

ことに「秋田美人」は、肌は白人並みに白く艶があり、長身でスタイルが良いので有名です。
典型的な秋田美人の顔は、その輪郭・目鼻立が、なんとミロのビーナスに瓜二つと言います。

 或化粧品メーカーが、県南部、つまり大曲・角館・横手・湯沢周辺の平均的な女性を選んで調べた結果だそうね。

大陸・白人系の血を引いているからではないか、と言う調査結果もあります。
今でも「先祖がえり」というか、青い眼の子供が生まれると聞きます。

世界で言う三大美人は、クレオパトラ7世、ヘレネ、楊貴妃です。

 ヘレネは、ギリシア神話に登場する女性ですよね。

ちなみに、ミロのビーナスもまた、古代ギリシャが生んだ世界が認める美の傑作です。

そして、典型的秋田美人がミロのビーナスとその輪郭・目鼻立が瓜二つと言います。

 日本で言う世界三大美人ではヘレネの位置に小野小町が、きますけどね。
 小野小町は、クレオパトラ7世、ヘレネ、楊貴妃で、ヘレネと並ぶ美女となっても良い位の世界的美女だった可能性がありますね。

ここで気になるのは、平安美人の条件であった「瓜実顔」と「ひき目」と「かぎ鼻」です。
 
 目や鼻の形を絵巻などで見ると、すっとひかれた目、漢文の返り点のような鼻、ですよね。

秋田美人の顔の特徴を、誇張したらどうかです。

 あ、「ひき目」と「かぎ鼻」で描けませんか。
 しかも「瓜実顔」ですよ。

当然でしょうね。

平安美人の条件であった「瓜実顔」と「ひき目」と「かぎ鼻」、これの典型が秋田美人ですよ。

 けれど、平安美人の条件はこれだったのではないですか。

 色白
 やや太り気味
 ひき目
 しもぶくれ
 額が広い
 おちょぼ口
 かぎ鼻
 
 どう思いますか。

気になるのは、これでしょ。

やや太り気味
しもぶくれ
額が広い
おちょぼ口

やや太り気味は、ふくよかとみれば、今ならさしずめグラマーと言って良いかも。
しもぶくれは、ふっくらした頬と言うことで、ヨーロッパでも「リンゴのような頬」などの表現があります。
額が広いと言っても、知的と言われる程度ですよ。
おちょぼ口と言っても、大口じゃないと言う位の意味です。

今、誤解されているような平安美人の基準から言ったら、秋田美人の代表とされる小野小町が平安時代を代表する美人と呼ばれなかったはずでは。

 オカメとヒョットコは、誇張に過ぎないのでしょうね。
 紫の上は、どんな顔だったのか、興味ありますね。

紫の上は、紫式部の古典『源氏物語』のヒロインですけど、架空の人物。
どんな顔を、想定してたのでしょうね。

白塗りの顔も、レフ版の原理で、暗がりの中で揺れる炎の照れされ彫りの深い顔がより誇張されるのを、防ぐ狙いが感じ取れます。

日本の強い日差しから肌を守る、今で言うUVカットの目的もあったかも。

 平安貴族の中心には皇族があり、皇族を中心とした天孫一族には、北方騎馬民族説がありますね。

騎馬民族かどうかは、さておき。
天孫一族が、日本から見て北方の民族であった可能性は見ても良いのかも。

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日本の猫はいつからいたか。

2007年8月31日、兵庫県姫路市の市埋蔵文化財センターがこんな発表をしていました。

兵庫県姫路市四郷町の「見野(みの)古墳群6号墳」から、猫ではないかとみられる小動物の足跡がついた6世紀末~7世紀初頭の珍しい須恵器が発掘されていたのです。

杯身(つきみ)と呼ばれる直径15センチの食器の内側に、直径約3センチほどのツメのない5つの肉球と掌球とみられる形が五つ並んでいるのを、共同調査する立命館大の学生が発掘後に洗浄作業をしていて発見したというのです。

副葬品に動物の足跡が残るのは極めて珍しく、猫の足跡とすれば、渡来は8世紀の奈良時代という通説を覆し、古墳時代にすでに猫が渡来していたことになると言います。

わたしは、もっと前、弥生時代までさかのぼる可能性があると見ています。

 縄文はどう。

それも、ありえますね。

イギリス沖のマン島出身の有名な尻尾がないことで知られるマンクスという猫は、起源そのものは未だに明らかではないです。
そのなかで興味深いのが二千年以上前にオリエントからの貿易船に乗ってマン島にやってきたという伝説です。

その言い伝えの中には、日本起源説があるのです。
フェニキア人がマンクスを買い入れてきた先には二つのパターンがあり、一つがインド、もう一つが日本なのです。

弥生時代の日本に猫が来ていた可能性は、日本のジャポニカ農耕文化が中国の江南に近いことからも、考えられるのです。
もっと南下すると、日本同様、尾曲がり猫の多い地域が控えているのです。

日本とアジアの古代で気になるのは、インドシナたとえばベトナムにエジプトで太陽神の乗ったとされる船の絵があることです。
エジプトといえば、猫が人々から大事にされていたことであまりに有名な国です。

さて、この須恵器に足跡を残したのはどんな猫でしょうか。
わたしゃ、彼らの色や柄以上に、尻尾が気になります。

日本の猫のルーツは、ヨーロッパが6割、ペルシャが3割と以前話題にしました。

 じゃ、残った1割は古典にも載ってる唐猫でしょうか。

多分。
少なくても一部は、そうでしょうね。

 明治32年、ペストが神戸で発生してるのですね。
 その時北里柴三郎は、「伝染病予防法」に基づき、患者の隔離や全住民の検診を実施する陣頭指揮を執りました。
 ネズミによる感染拡大を防ぐため、猫を一家に一匹飼う事も推奨したのです。
 それ以来日本に衛生思想が根付き、以後ペストの発生は一度もないと言います。
 
 日本の猫の6割を占めるヨーロッパの猫の多くは、この時来たのでしょ。

それにしたって、それで日本の猫の6割になるでしょうか。

奇妙なことに、アイヌの起源もヨーロッパに遡れます。
そればかりか、アイヌ語の猫「chap(チャペ)」とフランス語の猫「chat(シャ)」は音が似てるのです。
 
 アイヌって言えば、日本の先住民である縄文人の子孫。

 縄文時代は、文化どころか文明と呼べるくらいの水準があったようですね。

ええ。
縄文尺は、広く東北で使用されていたのです。
それに、東北全域で交易が行われた証拠も、出土してるのです。
 
 それは、度量衡の統一を意味してると言えますね。
 秦の始皇帝が、古代中国でやったことが古代東北でもあったと言えるでしょ。

つまり、日本の猫はヨーロッパから文明とともに来た可能性もあると。

 これを言いたかったのでしょ。

正直言って、そうですね。

 問題は、証拠が出土してないことでしょ。

図星です。

だけど、猫の骨が遺跡から出ないことと、日本古代にいなかったことは、別。

だって、そうでしょ。

 私たちの周りに、鳩も烏も雀も生きてる姿たくさん見てる。

 私たちはそれなのに、彼らの死体をほとんど見てない。
 
その通りですね。

 猫も、そうですよねえ。
 生きてる姿いっぱい見てるけど、目撃してる死んだ姿は事故死だけ。

 小動物の骨って・・消えてなくなるのかしら?

 猫の骨・・・・・確かに小動物の死体ってほとんど見ないですね。
 不思議。

古代日本の文化水準から言って、ネズミの害には相当苦しんでいたと見る方が自然でしょうねえ。

 ネズミあるところ猫あり、ですね。

猫が彼らの周囲で、ネズミ食べ放題を満喫していたと思っても良いでしょうね。

 鼠を食べた猫はペストに感染しないのでしょうか?
 ちょっと心配・・・。

ペスト菌は猫に入り込んでも、猫のリンパ腺で壊滅されてしまうのです。

ペストの流行が、インドや東南アジアなどの猫が多く人と住んでいた地域では、押えられたと伝えられています。

逆に悲惨だったのは、中世の魔女狩りで猫が大虐殺されたヨーロッパなのです。

14世紀後半期から15世紀、16世紀、17世紀に掛けてヨーロッパは各地でペストに悩まされることになったと言います。

追記

教えていただいた新聞記事は時期が来るとサイトから削除されるので、ここに掲載しておく事にしました。

イエネコ弥生時代から? 通説より800年古い骨、壱岐で出土

カラカミ遺跡から出土した弥生時代のイエネコの骨

 野生ではなく、人に飼われたネコ(イエネコ)の骨が、長崎県壱岐市(壱岐島)のカラカミ遺跡から見つかり、奈良文化財研究所などの鑑定の結果、紀元前1世紀ごろの弥生時代中期のもので、出土したイエネコの骨としては最古であることがわかった。
文献などからイエネコの伝来は8世紀に、経典などをネズミの害から防ぐため遣唐使が大陸から持ち帰ったと考えられていたが、約800年さかのぼる。
穀物を守るため大陸から運ばれて来たとみられ、家畜史研究の貴重な資料となる。

 カラカミ遺跡は弥生時代中期以降の環濠(かんごう)集落。
九州大学が2004~07年度にイノシシ、魚、イヌなどの骨と一緒にゴミ捨て場から発掘した動物骨を同研究所埋蔵文化財センターの松井章・環境考古学研究室長らが鑑定した。

 見つかったネコの骨は1歳半~2歳で脛(けい)骨、大腿(だいたい)骨など12点。
野生のヤマネコより骨や関節が小さく、形状が現在のイエネコと酷似し、当時、壱岐島にヤマネコがいた形跡がないことからイエネコと断定。
脛骨を放射性炭素年代測定などで調べた結果、約2100~2200年前とわかった。

 文献では、平安時代の「日本霊異(りょうい)記」に死者がネコになってよみがえる8世紀の話があり、同時代の「源氏物語」「枕草子」にもかわいがられたネコが登場するなど、ペットとして飼われるようになっていた。

 しかし、これまでイエネコの骨の最古の出土例は、神奈川県鎌倉市の千葉地東遺跡など鎌倉時代(13世紀)の遺跡2か所で確認されているだけだった。

(2008年6月22日  読売新聞)

追記2

縄文の猫についても、情報が得られたので追加の記事を書きました。

オオヤマネコとアメリカとヨーロッパと古代日本。日本の猫はいつからいたか。その2

http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-9494.html

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秘仏と神社と神殿と?

汝、 われを見しによりて信ず。見ずして信ずる者はさいわいなり

 ヨハネ伝、あるいはヨハネによる福音書の第20章ですね。

ええ、なにか日本に似た言葉があると思うのでは。

 秘すれば花なり秘せずは花なるべからず

 能の大成者と言われる世阿弥の「風姿花伝」にある言葉です。

 ひょっとして、秘仏を思いながら話してるのですか。

ええ。

この構図、何かに似てるのですよね。

 崇拝されなければならないのに、秘せられる存在。

 あ!

 聖所と至聖所からなる、構図に似通ってますね。

そう、似通った構図は神社にもある、ユダヤ教の神殿ですよ。

 わたしゃ、古代エジプトにも似たものがあったなと。

確かにあるでしょうね。

 どこかで、古代エジプトと、ユダヤ教とキリスト教と、日本の仏教は繋がってるのでしょうか。

何言って良いか、困りますか。

 いや、古代の文化の繋がりは感じますよ。
 私たちの想像を超えるものが、あると思います。

ほかには、どうですか。 

 繋がりとみるより、人間が考える共通のところのような気もするのですが。

人間が考える共通のところ、そう見えるのは聖書が言う「セムの天幕にヤフェトが住む」に由来する可能性はどうでしょ。

 えーと、私はクリスチャンなんですけれどね。
 他の宗教との繋がりって、時々感じます。
 思うに・・・神というか、全能の存在というのはねえ。 
 ただひとつで、宗教はそれぞれその「信じ方」が違うのかなぁ・・・と。

 宗教はその土地に合った説明なのでは、ないのかなぁと。

さあ、みなさんは、どうですか。

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おんぶ?抱っこ?

最近、背中におんぶされる子どもってあまり見ないですよね。

出かけた先で、遊びつかれたり、歩きつかれたり、そんなときくらいしか、おんぶされることってないのじゃないでしょうか。

 ええ、このごろ街中で見かけるのは、ほとんど、だっこですね。

このごろは、だっこ用にあの手この手で作られた用品までありますよね。

 いまや、背中は荷物用、おなかは子供用って感じですね。

たしかに、子ども連れは荷物が多いです。

 そうそう、自分用と子ども用でいっぱい!

 そりゃ、ディバッグを背負って、子どもを前に抱っこしたくなる気分もわからんではないですよねよ。

あなたは、子どもの顔がいつも見ていられて満足でしょう。

じゃ、子どもの立場はどうでしょうか。

え?

おっぱいに顔が埋もれて、気分が良いだろってですか?

あの抱っこされた角度からあなたがどう見えてるか、想像したことありますか。

 あの高さから見えるっていうと。
 前を向いた顔、それはあごと、ほおと、鼻ばかりの顔ですよねえ。
 それに気が付いたのか、さすがに、縦に抱っこするものは減って、腕に抱く感じに近いものが増えてきたようですが。

表情を作る最も大きな要素の目は、ほとんど見えてないといって良いでしょうね。

 しかも、見下ろした顔は覆いかぶさるように迫ってくる。

いくらやさしく微笑まれても、ほぼ真上から見下ろされるのでは。

 せめて、斜めに覗き込む位にして欲しいですねえ。

ええ、斜めに抱く人の増えてきたことは、それなりに良い傾向ですね。

それにくらべておんぶは、どうですか。

 子どもの視線は大体、子守してくれる人と同じですねえ。

そして、横顔をとおしておんぶしてくれる人と同じ高さで、同じものを見、同じ音を聞くのです。

何を見たか、何を聞いたか、小さくってわからんだろってですか?

でも、おんぶしてくれた人と同じ雰囲気を共有した喜びは大きいです。

体を横にしてもらえば、大体同じように見たり聞いたりできるです。

これはいまはやりのだっこの姿勢では、かなり難しいです。

それになんといっても、子どもの視線からやさしく微笑む横顔がよく見えるのです!

もっと、おんぶはみなおされて良い、わたしゃそう思うのですけど?

 そうですよね。
 いろんな意味で背中って大きな役割があるんだなって思います。
 体温を感じることも、眠る角度も、後ろを見たときの子供の目線も、
 幸せを感じる背中ですよね♪

だっこの問題は、他にもあるです。

普通、ころんだとき、どっちに倒れるです?

 確かに抱っこしてて転んだら、怖いですね。

 子供は、おんぶでしょう。

だっこでもおんぶでも、紐のようなもの使えば両手はあくです。

 両手がふさがってると、良い事ありませんもん。

こけるときは、すべったりしてバランスを崩したとき以外は、たいてい前の方に倒れるでしょうねえ。

 猫の場合は・・・きっとおんぶでも抱っこでも、どっちでも良い。

 大事なのは、イザって時にちゃんと離してやる事で。
 人間よか、ずっとアヤツラは運動神経が発達してるから。
 自分でなんとかする。
 抱きしめられたまま人間にコケられたら、目も当てられませんよ。

それだけでも、抱っこはあやすためぐらいしか、やっちゃいかんのはあきらですかね。

 ほんと最近は、おんぶしてるお母さん見かけなくなりましたよね。
 駅の階段を、両手に荷物持って前抱っこして降りてるのを見ると、こっちがヒヤヒヤしますわ。
 確実に、自分の足元見えてませんもんね。

自分の元気や体力やカンを、過信しすぎと思えますね。

 自分が赤ちゃんの頃、母親におんぶ紐で背負われ、ねんねこ着て幸せそうな顔で写ってる写真があるのを思い出しました。

 子供ができた時には、絶対おんぶしますね!

抱っこも良いけど、やっぱおんぶの良さ、もっと見直されて欲しいのです。

 でもねえ、おんぶ用品、もっとおしゃれにならんのですかね。

そうですねえ…。

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聖書にとってイエスとは?

「キリスト教を信仰してる」そういう人の中には、「新約だけ読めばキリストの教えがわかるから、わざわざあの分厚い旧約読まないでも良いよね」って思ってる傾向が相当あるようで、新約と旧約が分けて売られていますね。

 聖書は読み物としても、おもしろいですよね。
 柔らかく翻訳されていれば、ですけど。

 どちらかというと神道、仏教贔屓の私ですが、高校のころ買った聖書は、まだ本棚に居座ってます。

 一度、世界に散らばる創世記を掻き集めて、その世界観に埋もれてみたいですね・・・。
 ある意味新境地かも・・・。

 それはさておき、新約しか知らないキリスト信仰者も、多いのでないでしょうか。

 しかしですねえ、イエスって、実在だったのですか。

イエスが何教徒だったか知ってますか。

 キリスト教の教祖でしょ。

そんな考え、あまいですよ。

イエスは、ゴリゴリこってこてのユダヤ教徒ですよ。

啓典である聖書より解釈書であるタルムードが幅を利かせていたユダヤ教に、渇を入れた人だったわけですね。

本来の姿に戻そうとした宗教改革者、誤解を恐れずに言えばユダヤ教のプロティスタントってところです。

「信仰のみ聖書のみ!」

「解釈者としてのパリサイ人の言葉には耳を傾けてもいいが、パリサイ人の真似はするな!」

解釈者に過ぎないパリサイ人に乗っ取られていたユダヤ教を、本来の姿に戻そうとしたのがイエスなのです。

つまり、イエスはキリスト教を立ち上げようとしてはいなかったのです。

神との直接の契約者こそ、真のユダヤ、真のイスラエル。

イエスは啓典についての真の解釈を神に託された預言者。

よって、イエスに従うものこそ、真のユダヤ、真のイスラエル。

それが、イエスの立場、イエスに従うもののとるべき立場ということになるようです。

新約しか読まないものは、イエス読みのイエス知らずというわけです。

旧約をちゃんと読んでこそ、真のイエスがわかるというものでしょうね。

考えても見てくださいね。

イエスの時代、聖書といえば今で言う旧約だけだったのです。

 私はプロテスタントの高校で、旧約聖書は勉強したことなかったです。
 それって、考えれば変だったわけですねえ。
 どちらにしても真面目に聞いていなかったから、同じかなあ。

イエスをキリスト、すなわち救世主と見ることは間違いではないでしょう。

でも、それはイエスを一面しか見てないことなのでしょうね。

 結局”キリスト教”は、使徒達が立ち上げたものだしねえ。
 
 しかし、彼の人々はどうしてあんなにも、流派が分かれていかなければならなかったんでしょうか。
 人間の原罪が、宗教本来の目的を歪めていくから?

 ”偉大なる意思の存在”を、漠然と信じてはいますがねえ。

”偉大なる意思の存在”って言ったら、いわゆる啓典、すなわち旧約、新約、コーランの神は一人の神「わたしはある=やはうえ」を崇める一神教です。

どうしてあんなにも、流派が分かれたかってかですよね。
それいったら、仏教も宗派が分かれたし、イスラムも分かれたし、教派神道も分かれたし。

 神の智恵は一つでも、人の智恵はそれぞれに解釈して分派しちゃうって訳でしょうか。

ま、神社神道は分派をつくろうにも、教義らしい教義ないですけどねえ。

 キリスト教やユダヤ教のいう神は、それとは違うみたいであんまり馴染めない・・・。
 ・・・なんて、不勉強なヤツの戯言でした。
 お許しあれ。

直系の弟子たちのエルサレム教団はちゃんとイエスの意向をくんで、正統派ユダヤ教をめざしていたのです。

ローマンカソリックなどは、エルサレム教団を引き継いだといってるけれど、イスラムやキリスト教東方諸宗派に比べたらヘブライ色が薄まってるです。

教義優先のプロティスタントにいたっては、異民族の風習に染まったあとでキリストの教えに改宗したユダヤ人のために民族色を抜いたアンティオキア教団さながらといえます。

なお、エルサレム教団については、カソリックなどに引き継がれるどころか、消息不明になってるはずという主張をいう人もいますね。

 聖書に限らず経典というのは、抽象的で難しくてねえ。
 いろんな解釈が出来るから、いろいろ分かれちゃうのかなあ。

 新約と旧約、両方知って初めて、ほんとのことが見えてくるんですね。

聖書を読み、思いをはせることに遅すぎると言うことはないです。

イエスを知りたければ、旧約でも新約でも素直な心で読むことです。

むりに答えを求めず、答えを得られるまで気楽に、気長に、祈りながら過ごすことです。

人智学だの、神智学だの、神学だの、神秘学だの、言う発想は結局人の狭い知識や経験に、神の智恵や教えを狭めてしまうことにしかならないでしょうね。

解釈しようとするから、異論が出て分派が出来るのでしょう。

素直な心、おかげさまの心、そういう心に導かれながら、感じながら読むことでしょうね。

イエスは復活するというのは、十字架の後すでに復活し、肉体を持って昇天してます。

イエスが今度来るのは、救世主として再臨されるとき。
どのタイミングになるかは、御父の心次第。
御子であるイエスは、御父の指示に従われるのであって、ご存知ではないのです。

そしてまた、イエスは御父の預言者。
つまり、イエスは御父のメッセージを伝えられるお方。

 素直な心は、大切ですね。

イエスでさえお知りにならないことを、人がわかると主張するのは、僭越であり、傲慢というものでしょうね。

追記

関連のある面白い記事を見つけました。

新約聖書は誤訳 - 原典聖書研究
http://blogs.yahoo.co.jp/semidalion/28543982.html

(前略)当然の事として新約聖書に権威を持って引用されている聖書はすべて(当時=新約聖書は現在生成途上でした)旧約聖書ナノです。もし、旧約聖書なんて言う言い方を使徒や教父達が聞いたら腰を抜かすほど驚いてそれは「背教者だ!!」と決別を宣言した事でしょう。

(中略)

本当は新約聖書も 旧約聖書も 
 ★「καινη+διαθηκη =新鮮+契約=両者共現在有効な最新の契約」★
と言う事です。

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十字きりと、教会

クリスチャンといえば、十字架、そして、十字切りを連想なさる方は多いでしょうね。

礼拝の十字を切るのは、プロテスタントでは一般的ではないけれど、カソリックでは宗派を問わず行われるようです。

カソリック信者は、聖堂に入るとき、また、お祈りするときによく、十字架のしるしをします。
十字架のしるしとしておこなうのは、十字を切ることです。

十字のしるしは、典礼では三位一体の名が唱えられるとき、秘跡や祝福を授けたり受けたりするときにするのです。
また、司祭が祝福を与えるときにも、個人や会衆に向けて十字を切るのです。

十字は右手でこのように切られ、祈りのことばを、口頭で、また心の中で唱えるのです。

額 → 胸 → 左肩 → 右肩 → 手を合わせる。
父と  子と   聖霊の  み名によって。 アーメン。

これは、「アーメン」とともに、いちばん簡単な信仰告白だと言われています。

初代教会の時代から、キリスト信者たちは、十字架にかけられ、死んで、葬られ、復活されたイエスを救い主として信じています。
「信じています」ということを表すために、十字架のしるしをしていたです。

しかし、迫害時代には、人目につかないよう、額や口、胸などに、そっと小さな十字架のしるしをしていたです。
日本の隠れキリシタンも、観音様にマリアを重ねるいわゆる“マリア観音”など、あの手この手で信仰を守り通したのはご存知のとおりです。
そして、信者同士、互いに信仰を確かめ合い、励まし合っていたのです。

キリスト教が公認されるにしたがって、今日信者たちによる教会での祈りなどに見られるようにように、大きく堂々と十字架のしるしを公にすることができるようになったのです。

今でも信仰深い家庭では、よい事とされている慣習として、床についた子どもたちの額に、親が十字架のしるしをし、子どもたちは眠りにつく、ということがあるそうです。

そのほかの違いについても、触れないといけないでしょうね。

プロテスタントが牧師で礼拝、カソリックが神父でミサなのは知っているでしょ。

どちらもやってることの内容は、祈りや讃美歌、聖書朗読、説教などで似たようなものです。
しかし、プロテスタントでは教会ごとにやり方は様々なのにたいし、カソリックのミサではその順序がしっかり決められています。
説教中心のプロテスタント、儀式中心のカソリックということですね。

プロテスタント系教会が、いかに説教中心かという例をあげて見ます。
ある教会では、賛美歌を歌っていないそうです。
現代的な歌を、ボーカル数人がギター、ベース、ドラムの伴奏で歌っていると聞いて驚いたです。

 えらい賑やかな教会ですね。

世の中、色んな教会があるものですね。

なお、カソリックはカトリックといわれることもあります。
ここでは、カソリックのほうをとったです。

 ロシア正教だと、十字を切る時右肩が先になるけれど。
 どうして違うのでしょうか?

正教会と西方のローマ=カトリック教会は、様々な要因により徐々に亀裂が入っていき、約千年前に分かれてしまったです。
その結果、十字の切る順も左右が変わってしまったのかもしれないです。

「正教会」は、「正しく神を讃栄する教会」という意味です。
正教会は聖使徒の時代から「足すこともなく、引くこともなく」を旨として、その正統を守り続けてきたと主張しています。

正教会では、女性は頭をスカーフのようなもの等で覆う習慣がある教会もあり、これはイスラムに似ています。

イスラムは古くからのヘブル人の風習を多く残していることは、東方に広まったキリスト教諸宗派と共通している、つまり、主に東方に広まった正教会の方がよりキリスト教の原型に近いといえるです。

十字の切り方についても、正教会の方が古い可能性はあります。

ちなみに、正教会は国ごとに独立した組織を具えるのが基本です。

例えばロシアには「ロシア正教会」、セルビアには「セルビア正教会」、ルーマニアには「ルーマニア正教会」、日本には 「日本ハリストス正教会」があります。

これらは国ごとの正教会の組織名であって、宗派の名前では無いです。
つまり、日本の正教徒が、ロシア正教の教会で正教徒として祈っても問題ないわけです。

 普段はキリスト教になじみのない私ですが。
 会社の社長があろうことか、クリスチャンです。
 以前仕事も含めてですが、教会建築の見学に五島列島まで行っちゃいました。

 そこは「沈黙」で有名な、隠れキリシタンの島です。
 社長のご先祖様が隠れだったかどうかは定かではありませんが…。

五島列島の教会、見た感想はどうですか。

 教会様式という特殊な建築物を数多く見ましたが、とても素敵でした。
 
 日本なら、神社仏閣等ということになるのでしょうね。
 
 建物の中に入るとはっきりとした意味は、わからないのですけど。
 なにかを浴びた、受け止めたような不思議と神聖な気持ちになります。

で、社長は良い方でしょうか。

 社長は、ローマ・カトリック教会派の信者さんでした。

 福音自由教会というのも、その派の流れですよね。

 ところで、「アーメン」は、「確かに」でしたよね。

アーメンとは、ヘブル語で「アレフ」「メム」「ヌン」אמןと書かれ「真実である」「本当に」「まことにそうです」「堅く立っている」「然り」という意味、原意は「安定」です。
ということは、「確かに」の意味は確かにあるといえるです。

 意味深いですね・・・。
 「誓います」じゃないのが・・・。
 その一言の選択がまさに当たっているなーと思いました。
 「信じます」よりスゴイ言葉だなと思います。
 本当を言っている。
 神様の「全ての肯定」を表しているのではないか、そう思えます。

古代ユダヤ教会では、ラビが聖書の一句を読み、続けて会衆が復唱することで、聖書を丸暗記する教育を施したそうです。
特にモーセ五書は、暗記すべきものだったようで、いまでもモーセ五書だけを聖書と認め暗誦する人々もいるようですね。

けれど、次第に復唱がめんどうになり、会衆は「アメン!」(そのとおり!)とだけ言うようになったそうです。
誰です?
あ~めんどう!そのとおり!そのとおり!なんて茶々入れるのは。

 なーんだ!省略かっ!
 でも、東方に広まったキリスト教が原型に近いのは面白いですね!

でも、礼拝用語では省略でも、聖書ではそれなりに意味のある使われ方をしてる言葉でもあるのですよ。

それに、旧約・新約・コーラン、いずれも書いたのはセムの血統です。
ヤフェトの血統が多数の西洋より、セムの血統の多い東洋が、原型をより伝えやすいのは自然ともいえるです。

これがユダヤ教から派生したキリスト教にそのまま受け継がれ、神父が祈りの言葉を言った後会衆が「アーメン」と言うようになったのですと。

キリスト教において、一般に祈りや賛美歌の終わりに置く言葉として使われているけど、日本など多くの正教会では「アミン」と言われるです。
ここでも、東方にひろまったキリスト教が原型に近いことが現れています。
英語圏に於ける発音は、「エーメン」もしくは「エィメン」に近いからです。

 十字を切るという動作一つにしても、ほんとに奥深いんですね…!
 アーメンっていう単語一つにもいろいろな意味が含まれていて…。
 知らないことを知るのは、楽しいですね。

 極端に言うと、西洋のほうが亜流で東洋が本流?

西洋が亜流というか、ヘブル色は薄まってるといえるのでないでしょうか。

 私は高校・大学が、プロテスタント系ミッションスクールでした。
 特に高校のときは毎日礼拝堂で礼拝の時間がありました。
 
 賛美歌斉唱・聖書朗読・先生や聖書研究クラブの学生達の説教・お祈り・賛美歌斉唱の順だったかな。
 昔すぎて忘れましたが。
 聖書は殆どが新約聖書で、旧約聖書のほうは読まなかったです。
 
 それと、十字を切ることもしなかったです。

 私の担任の先生は、貧しい地域の教会の牧師さんでもありました。
 どんなに悪さをしても怒ることのない、優しい先生でした。

やっぱ十字きりは、カソリックが多いのでしょうか。

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猫とコーキシン

前に新聞で読んで、 「コーキシン」っていうのが妙に頭に残ってたのです。

そうしたら、独立行政法人理化学研究所と国立大学法人岩手大学が、2006年10月21日に面白いプレスリリースをだしているのを見つけました。

そのなんとも好奇心をそそるタイトルというのが、これです。

ネコの尿臭の原因となる化合物を生産するメカニズムを解明
- タンパク質「コーキシン」が臭いのもと「フェリニン」の生産を酵素として制御 -

理研フロンティア研究システム(玉尾皓平システム長)生体超分子システム研究グループの鈴木明身グループディレクター、宮崎雅雄基礎科学特別研究員と岩手大学農学部の平秀晴教授、山下哲郎助教授のグループによる研究成果です。

匂いは動物の様々な生命現象に関わっています。
たとえば、動物が食物を探すとき、仲間や敵を識別するときの重要な指標となっています。
匂いってのは、繁殖能力や生殖行動を制御する機能も持っているってことです。

その仲間や敵を見分けたり、繁殖を制御している匂い物質を、フェロモンと言います。
フェロモンとは、動物や微生物が生産して体の外に分泌する化合物で、同じ種の他の個体の行動や生育に影響を与える生理活性物質の総称です。
フェロモンと見られている物質のほとんどは空気中に散らばりやすい揮発性で、極めて低い濃度で活性、つまり効き目を示す場合が多いです。

動物の生活や繁殖に欠かせない嗅覚コミュニケーションがどんな分子メカニズムを持ってるか、生命科学者も興味津々ってわけです。 

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)と国立大学法人岩手大学(平山健一学長)は共同で、ネコの尿中に大量に存在している「コーキシン」というタンパク質が、ネコ特有な尿臭の生産メカニズムに重要な役割を果たしていることを解明しました。

たいていの場合、腎臓は、血液をろ過することにより、生命活動によって生じた老廃物を尿中に排出させるという非常に重要な生理機能を担っています。
一方、血液中のタンパク質は、老廃物とともにいったんは腎臓でろ過されるけど、ふたたび腎臓内に吸収されて再利用されるため、健康な動物の尿にはほとんど排泄されないです。
哺乳動物の尿に大量のタンパク質が排泄されるタンパク尿という症状は、腎臓の異常を示す兆候として考えられています。
  
しかし健康なネコやその近縁のネコ科動物の尿に中には生理的に大量のタンパク質が含まれているという、珍しい現象があります。

研究グループは、このネコの仲間に特有なタンパク質の多い尿に着目し、その原因を調べる研究を行ってきました。

そうしたら、ネコの仲間の尿に特有なイオウを含むアミノ酸の一種である「フェリニン」という化合物が作られるときに、ネコの腎臓で合成され尿中に大量に放出されるタンパク質に大事な役割を果たしているものがあると突き止めました。

フェリニンは約50年前に発見されたアミノ酸の一種で、ネコやその近縁のネコ科動物の尿に独特の臭いの原因になり、ネコのなわばりを示す臭い物質や、異性を引き付けるフェロモンの前駆体にもなっていると考えられています。

前駆体とは、『前の段階の物質』ということで、『原料』とほぼ同じ意味で使われている科学用語です。

ネコの尿に含まれる揮発性の臭い成分の分析を、ガスクロマトグラフ質量分析計でやって見たそうです。
ガスクロマトグラフ質量分析計とは、わずかな量でも揮発性の有機化合物を細かく分けられて、分けられたあとの試料とよばれる有機化合物の質量を調べる装置で、多くの成分のまざったわずかな試料から個々の分子の種類と含まれる量を調べることができるです。

分析するとネコの尿に約100種類もの揮発性物質が検出され、その中にフェリニンが分解されて生じる3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノールとその類似物質が含まれていることが明らかになったのですと。
ネコの尿に特有の臭いは、3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノールなど、いわゆるブタンのなかまのしわざだったってわけです。

なんでネコの尿にタンパク尿が出ちゃうのか興味を持っていた研究グループは、ネコの尿に分子量が約7万のみなれないタンパク質が大量に存在していることを2003年に発見しました。

分子量とは、分子の大きさってこと、大きな数字の分子はそれだけ大きいってわけです。

このフェリニンを作る仕事をしているタンパク質は、「カルボキシルエステラーゼ」という酵素によく似た構造をしてるので、「コーキシン(Cauxin)」と命名しました。
酵素(こうそ)とは、生化学反応すなわち生き物の体の中でおきている化学反応で触媒の役をする物質のことです。。
コーキシンは、腎臓の尿細管という組織の細胞で合成され尿に分泌されるということが明らかになったのです。

コーキシンというネーミングは、このタンパク質の構造と腎臓という泌尿器で作られる特徴をあらわしたCarboxylesterase like urinary excreted proteinの略語と、日本語の「好奇心」という言葉に引っ掛けたものです。

腎臓では、血液中の不要物が水分とともにろ過されて原尿という液体が生じるです。
コーキシンを合成している尿細管とは、原尿中の水分やブドウ糖、アミノ酸、塩分等を再吸収するための組織がチューブ状の構造をしたものです。
原尿は尿細管を通った後、不要物が濃縮された状態となり尿として排泄されるです。

一般に生体内で不要になったり、古くなったりしたタンパク質は、そのまま体外に排泄されるのではないのですよ。
細胞の中でタンパク質の構成単位であるアミノ酸まで分解され、新たなタンパク質を合成するための材料として生体内で再利用されています。

こうした常識を覆すコーキシンは、腎臓の尿細管の細胞で作られた後、直ちに尿の中に分泌されていることから、尿中でなんらかの生理機能を果たしていることが考えられたのです。

調べてみると、性成熟しているネコの尿に含まれるコーキシンとフェリニンの量は、未去勢のオスネコで著しく高く、去勢したオスネコやメスネコで低いことが明らかになっました。
次に、生後約5ヶ月間、仔ネコの尿の中に排泄されるコーキシンおよびフェリニンと前駆体、つまり原料となる3-MBCGの量が成長に伴ってどのように変化していくか調べました。

するとこのような結果が出たそうです。
(1)コーキシンが尿に検出されない生後3ヶ月未満のネコの尿には、フェリニンの前駆体である3-MBCGが存在するにもかかわらずフェリニンが認められない
(2)生後3ヶ月後以降のネコの尿にはコーキシンとフェリニンがほぼ同時期に尿の中に現れる
(3)月齢とともに非常によく似たパターンで両者が徐々に増加している

これらの実験結果により、コーキシンはフェリニンの前駆体である3-MBCGを尿中で分解してフェリニンを生じさせる酵素として働くことがはっきりしたのです。
 
今回の理化学研究所と岩手大学による研究は、尿中タンパク質が、ほ乳動物の種特有な臭い物質の生産に関わっているということを解き明かした世界で初めての報告となり、匂いを介した動物の嗅覚コミュニケーションの分子メカニズムを解明するための新たな知見が得られたのです。

少子化・核家族化が進みストレスの多い現代社会でペットに安らぎを求める人が多くなり、家族として迎えられるネコは年々増加しています。

しかしネコ独特の強い尿臭は、共に生活する上で大きな障害になっています。

この研究が元となって、コーキシンの合成を抑制させることや、コーキシンの生理活性の阻害剤、ようするにコーキシンが匂いのもとのフェリニンを作れないようにする薬を開発することにより、飼い主や近隣の人を悩ませているネコの尿臭問題を解決できると期待されるのです。

今回も長いです。
わかりますか。

 最初と最後しかわかりませんでした。
 中盤はさっぱり。
 
 要するに、 こういうことでしょうか。

 猫やその近辺の動物は、他の動物と違って、健康であっても蛋白を多量に含む尿を出す。
 これを調べていった結果、たんぱく質の分解・再合成における常識が覆された。
 同時に、動物の嗅覚コミュニケーションに対する、新たな知見が得られた。

 あるいは、これですか。
 新たに見つかった、猫の尿から検出された、たんぱく質の名前に、一部の科学者が面白がって、好奇心という単語に引っ掛けて「コーキシン」と名づけた。

最後がわかってくれれば十分です。

中盤は要するに、そういうことです。
ネコの仲間の尿に含まれるタンパク質に、これはいったいなにかという好奇心がわいたから調べたのですから。

ネコのトラブルのなかで、あの匂いはどうにもならんですもの。

この研究がきっかけになって、なにか手が打たれることになって欲しいです。

 猫のおしっこ臭を消すには、現在販売されている既成の製品ではムリなようです。

 コーキシンが匂いのもとのフェリニンを生成できなくする薬の開発を、期待します。

 現時点では、生成されてしまった尿臭を消臭するしかないわけです。

いつころ開発できるかも、好奇心がそそられますねえ。

 名前がコーキシンとは!!!
 いやあ、ユーモアがわかる人なんですねえ。

 確かに猫砂とか、色々開発されているけれどね。
 
 元がわかったからには、元から断つ!という製品が出てきそうですね。

出来れば日本が、作ってほしいです。

遊び心のネーミングってことでは、一般にはあまりなじみがないと思うけど、日本でも高エネルギー物理の研究施設にトリスタンなんて名前をつけてます。

日本で作った小さな粒子同士をぶつけておきる現象を調べる施設ということでTransposable Ring Intersecting Storange Accelerators in Nipponの略とこじつけて、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の、トリスタンと名づけたらしいです。

物理屋さんには、比率が作り出す美の感覚が感性にあうのか音楽好きが多いようですね。

 へえ、それは面白い!
 ワーグナーなんか、特に物理屋さん、好みそうだし。

 今、二匹の猫とすんでいます。
 以前一匹だけの時は、ほとんど匂いがなかったのですが。
 もう一匹がやってきてから、少しですが匂いを感じるのです。
 
 これって、もしかすると「コーキシン」の含有量が多いってことになるんでしょうか。
 
 猫同士でも、匂いを敏感にキャッチしているようです。

 猫って、体臭はほとんどないのに、排泄物はキョーレツに臭かったりするもんね。

 子供の頃一時飼っていたシャムの雄が、何故かテレビの裏に集中的にマーキングしてねえ。
 あの独特のイガイガ臭にはマイッタ記憶が・・・。
 
 何でも研究されているんだなぁ~と、感心。
 
 でも猫飼いとしては、同じ尿の研究でも猫に多い腎臓病を解決する方向の成果を望んだりも致します…。

腎臓病ですねえ。
対策や治療法、難しいとは思うけど研究進んで欲しいです。

猫の匂いって、関心高いですね。

コーキシンは、匂い物質ができるとき働く酵素なので、匂いに含まれるとか言うことはもちろんないです。

ただ、働きの活発さには猫によっても差はありそうですねえ…。

 わからんけど、だしてるんやねえ、猫。

 うむ、面白く聞きました。

これでも、説明が長くなってしまわんよう、プレスリリースの内容から関心を持ってもらえると思える範囲に絞ったのです…。

 カルボキシル基だった。

そのようです…。
わからんなりに、こんなこともあるか程度に感じ取ってもらえたでしょうか。

 うちの猫は、まだ去勢していないので、 
 難しいけど興味深く聞かせていただきましたよ。
 
 早く開発されることを、心より願っております…。

猫の匂いって、悩ましいのですねえ。

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「ある」問題について思うこと。

“アル・ラー”の“ラー”は、古代エジプトの地上における太陽神のことなのです。

さて、この“アル”が、一般に定冠詞とされるのです。
定冠詞は冠詞の一つで、名詞に冠して、特定、既知などの意を表すとされるのです。

ところがヘブル語では、“アル・ラー”の“アル”は、“エル”と転化して「神」を意味するのです。
ご丁寧に “エロヒム”という複数形まであるのです。

神である“エル”は「わたしはある」と名乗られたのです。
これは言い換えれば、「わたしの名は“存在”である」となるでしょうね。
つまり、神の名は“存在”となるのです。

そうなると、“アル・ラー”は、「ラーという存在」と訳してもかまわないことになるです。
“アル”はどういう訳であるか、今まで苦労して来たのがうそのようにすっきりするのです。

聖書には、いたるところで不思議な言い回しが登場しますね。

「神は生きておられる」

たいていは契りを交わす場面です。

ヘブル語原文にあたってないので、憶測に過ぎないのは承知で訳しなおしてみますね。

「神がここに存在しておられる」

訳としてこなれていないので、意訳してみますね。

「神は立ち会っておられる」

こう解釈すると、すんなり意味が通りませんか。

“アル”が“存在”をさす言葉であったことが、その後の運命を決めたといっていいでしょうね。
「何々という存在」という風に存在をさす枕詞と化し、定冠詞となってしまったのではないかとわたしは想像しています。

フランス語の定冠詞“ル”“ラ”“レ”、英語の“ザ”、ドイツ語の“デス”などなどなど、すべての定冠詞は、この“アル”から転化して展開していったのでしょう。

 ん?

まさか、日本語の「ある」は、この“アル”がその意味のまんま来ちゃったのでしょうか。

 イタリア語で言うところの神は、「Dio」です。
 若しくは、定冠詞を付けて「Iddio(=il dio)」ですが。
 essereという動詞(英語でいうところのbe)に定冠詞を付けて、「l'Essere」という風にも表すことがあるようです。
 まさに「存在」ですねぇ。

イタリア語での興味深い現象の紹介、感謝します。
まさに、まさに「存在」ですねぇ。

 そういえば、私の大好きなイタリア映画「CINEMA PARADISO」の中でこんな場面がありました。
 神父さんが急な上り坂を歩きながら、 こんな台詞をはあはあ言いながら呟くシーンが印象に残っております。
 かなり意訳というかウロ覚えですが。
「神さまは下り道、後押ししてくださる。登り道は・・・見守っていて下さるだけだが。」

 定冠詞アルが「存在」を意味するなら
 まさしく日本語の「ある」は存在そのものですよね。
 まさか、でもやっぱりつながってるのでしょうか。

いろいろと中東と日本の文化的つながりは指摘されるけど、おやっと思うものは探せばまだまだあるかも。

 Eli,Eli, lama sabachthani?

言われちゃったですね。
「我が神、我が神、どうして私をお見捨てになったのですか」
と訳されるあまりに有名なイエスの言葉ですね。

 ご丁寧に、 “エロヒム”という複数形まであると、言いますか。
 
 複数形の形を取るが、単数扱いですよ。
 意味は、唯一神ですね。
 エルの複数形は、男性名詞の複数語尾イムをつけて、エリムですかね。
 だからといって、複数形のとき、神の意味を持つかどうかは謎です。
 エルは神のほかに力・能力という意味もあるので。

 エル:אל
 エロヒム:אלהים
 複数語尾(男性):ים
 エルの複数:אלים

エロヒムは複数形の形を取るが単数扱いという、突っ込みどうも感謝します。
エルは神のほかに力・能力という意味もあるという、補足の説明ありがとうです。

ここでは、定冠詞“アル”の転化と思えるにもかかわらず、“エル”には単数形ばかりではなく、複数形もある、つまり完璧に名詞扱いであると言いたかったのです。

ヘブル語ではたいていの名詞に へー ה をつけて女性名詞になるのでなかったかです?
エロヘ:אלה
エロヒム:אלהים
ところがエロヒムは女性名詞の複数形になるにもかかわらず、しばしば御父エロヒムとして扱われているはずですね。

このエロヒムの解釈問題は、あつかいが非常にやっかいなのです。
それで、そこまで言うと話がややこしくなるので突っ込まなかったのです。

 生き物には、つきますけれど。
 本とか平安とか文法とか女性に出来ない名詞にはありえないので、仰る、たいていの名詞、ってほどじゃないですよ。

 因みに、一般的な女性形の複数語尾はיםじゃなくてותです。
 やはり、エロヒムを女性名詞の複数形と仰る意味が、ちょっと分かりかねますね。
 もちろん、宗教的な特殊な事情は排除し切れませんが。
 
 なお、双数形のיםは、その直前に「あ」の音を伴うので、除外して考えてみました。

エル אל の複数なら、エルムもしくはエラム אלים のはずですね。
ところが複数を表すエロヒム אלהים と言う形があるです。

アッラーのもともとはアルラー、それがなまればエロハー、あるいは、エロヘーとなるです。
この、エロハー、あるいは、エロヘー、ヘブル語表記にすれば אלה となるのでないかです?
ところが、へー ה を語尾につけると、ヘブル語では名刺は女性名詞となるのではないかです。
特に生物を指す名詞はです。
でも、実際はエロヒム אלהים は男性名詞の複数形扱いなのは仰るとおりです。

言語によっては、名詞なら何でもかんでも男性名詞、女性名詞があったり、中性名詞があったりするから厄介なのです。

エロヒムと女性名詞のややこしい関係というのは、神の姿に関する考察に関して出てくるのです。
とりあげると、長くもなり、私自身も詳しくつかみきれていない問題に踏み込んでしまうのでここでは省かせていただきたいです。

 いやいや、エロヒムは男性単数あつかいですよ。

 アッラーのもともとはアルラー、それがなまればエロハー、あるいは、エロヘーとなりますよ。
 
 因みに、女神はאלהですが、エロハーでもエロヘーでもなく、エラーとしか発音しません。
 というか、このスペルでエロはーとかエロヘーと発音する・させる・あてはめるってのは、ヘブライ語っぽくないような気がします。

 根拠は、私がこれまで見てきた単語からの類推でしかありませんが。

しつれい、エロヒムאלהיםは複数形なのは形ですね。
聖書では確かに、単数であるかのごとく振舞っておられます。

アラブもイスラエルも、神は同じはずです。
アラブの祖はアブラハムの子イシュマエル、イスラエルの祖はイサクの子、アブラハムの孫であるヤコブ。
イサクとイシュマエルは異母兄弟ですけど。

ところがアラーは奇妙なことに、自らを単数で語ったり、複数で語ったりいらっしゃいます。

 これは、三位一体神としての単数と複数なのか、エロヒムとしての単数と複数なのでしょうか。

三位一体では、混乱します。

三神で唯一神会を構成していると、見た方がすっきりしますね。

אלהはアレフ・ラメッド・ヘー、綴りどおりなら“アラヘー”、もしくは“アラー”ではないでしょうか。
ヘブル風に読めば、仰るとおり“エラー”。
エロハーやエロヘーは、アラーや、アルラーの対比として出させていただいたけれど、言葉が足りなかったですね。

 ふむふむ、なるほど。
 西洋の言語が全く解らない私は、一生懸命聞いていました。

 全然外れちゃうことになるかも、知れないけど。
 「ある」という動詞について、中国語のことを話してみたいです。

 中国語では「ある」は、そのものずばり「在」という動詞を使います。
 この場合の主語は、人や物で「誰々(何々)は何処々々にある・いる」となります。

 もう1つ、「ある」と訳せる動詞があるのです。
 「有」です。
 この場合、主語は場所を表す言葉になるのです。

 国語では、人や物を表す名詞の後に場所を表す接尾語をつければ、全て場所を表す言葉になるのです。

 この「有」という動詞、もし主語が人やものなら、所有。
 つまり「持っている」と訳すのです。
 
 でも元は同じです。

 だから、場所に人・物がいる・あるということは、場所が人・物を持っていると言っているのです。

 どちらを主体に考えるかによって、使う動詞が全く違ってくるんですな。

 中国語では「ここに神がいる」のと、「神がここにいる」のとでは、動詞が違うんです。
 
 ニュアンスも大きく変わってきます。

いえいえ、日本語でも「だれかがいる」「なにかがある」のように、存在の表記で「いる」「ある」の区別を持っていますよね。

それは、まさしく中国語の「在」「有」に対応するでしょうね。

途中で、どのような変化をしたのか、あるいは、どのような変化をしなかったのか、まだまだ探求の余地はたっぷりあるのです。

 日本語にも「有る」「在る」の区別はあるし、「いる」「ある」の区別もあります。

 でも、どちらも物や人が主語です。

 場所は主語にはならないです。
 
 中国語は場所が主語になるんです。

 「どこどこはなに(だれ)をもっている(=有)」ってです。

 基本的に中国語と日本語では語順が違うから、とか日本語は膠着語だから、というのと関係しているから、仕方がないことなんですけれど。

 場所が主語になるのが、面白いと思いますね。

「この会社は、いい技術者がいる」
「この牧場は、大きなサイロがある」
たいていはこう言いますね。

「この会社は、いい技術者を持っている」
「この牧場は、大きなサイロを持っている」
欧米語の直訳っぽいです。

確かに日本語では、場所は所有の主体にはなりにくいです。
少なくても場所は、生物、特に人に対する所有の主体にはあまりならないです。
所有するのは、一般に生物、特に人。
所有されるのは、一般に無生物、物や場所のような。
これが日本的な感覚だからでしょうか。

その意味では、厳密な対応関係とは言えないのは事実ですね。

この問題、奥が深いですねえ。

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