« かたくなっちゃいましたか。 | トップページ | 黙示録とメルカバーと双六? »

博多美人

博多美人は、秋田美人・京美人とともに日本三大美人と並び賞されます。

 福岡県福岡市とその近辺の地域の美女を指す言葉で、明確な定義はないそうですね。
 美人の定義も含め、人の主観に拠るところが大きいからなのね。

 ちなみに私は、福岡生まれです。
 でも父親の転勤でたまたま福岡にいただけだから、博多美人は名乗れないなあ。
 ははは。

でも、両親の出身地によっては、博多美人の血を引いてる可能性はありますよ。

自分の顔、鏡で見てどうですか。

博多部や福岡市あるいは福岡都市圏の出身女性とは、限らないのです。

 そう言えば、「博多を始め福岡には美人が多い」と言いますね。

博多部や福岡市あるいは福岡都市圏の地域に在住する女性なども、博多美人と呼ばれたからですよ。
 
美人が多い理由の一つに、ユーラシア大陸に発する渡来人や貿易商人などとの混血が要因であるとする遺伝子説があります。

 九州地方は、他地域より渡来系の因子を多く受け継いでいるとされますね。

成人T細胞白血病(ATL)キャリア因子の分布や、B型肝炎HB抗原の分布、アセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)の分布などからですよ。

 この遺伝子説は、博多・福岡という限られた地域に美人が偏在していることを説明するに充分とは言えないという人もいますよね。

福岡内外各地から美人が集結する産業構造が、存在するからです。
明治から現代まで続く歓楽街の中洲があり、スナックやバー、高級クラブ、或いは中洲に隣接する南新地などには風俗店が多く集まっているそうです。
 
 福岡は、九州第一の都市ですよ。
 江戸時代以前から博多には遊郭があり、近松門左衛門の人形浄瑠璃「博多小女郎浪枕」の舞台ともなったでしょ。
 人形浄瑠璃「博多小女郎浪枕」は、歌舞伎の外題としては、「恋湊博多諷」として演じられますね。

 博多に芸妓が登場したのは江戸時代中期頃からで、明治期から大正にかけて活躍、一時は2000人を擁したのでしょ。

博多の芸妓は太平洋戦争後になると、大幅に減ったようですね。
現在でも、「博多券番」の名は残り、博多の芸妓を取りまとめているそうです。
「博多券番」とは、検番つまり芸妓の取り次ぎなどを行う事務所です。

 歓楽街として繁栄していた歴史から、「美人が多い」というイメージが醸成されたとも考えられるわけですね。

もちろん、九州の中でも北部は発展を遂げていた地域ではあります。

でも、美人が多いから、歓楽街として繁栄していた歴史があったと見た方が自然ではあるようにみえます
なぜか、日本海側に美人が多いとされる地域が偏ってるというのです。

秋田美人には、ヨーロッパとの関連を考えた方が納得しやすい事がいっぱいあります。
そして、秋田美人は平安美人の典型でもあります。

 京美人は、秋田美人と同じ基準で、美しいとされてますよね。

 博多美人、いつ頃から評判になったのでしょ。

いつ頃か、ですか。
でも、博多美人の美しさの特徴は、肌の白さと目元の麗しさにあり、柳腰で涼しげな表情なのが一般的な特徴であるとされますよ。

 博多人形の「美人もの」に描写される、あの特徴ですよね。

多少丸っこい感じなので、瓜実顔とまでいかないです。
でも、ややほっそりした顔、ふっくらした頬、涼しげな目元は秋田美人の特徴に似てるのです。

 ユーラシア大陸に発する渡来人や貿易商人、つまり西方であり、ヨーロッパに近いと。

柳腰で涼しげな表情なのが一般的な特徴、モジリアーニの描く女性像もそんな感じでしょ。
博多人形と比べてみてくださいね。

 奇妙なほど、雰囲気が重なっているような…。

でしょう。

西日本と地中海地方、食文化も似てるし、古事記や日本書記などに残る神話はギリシャに似てます。

 降雪地域と関係はあるのかなあ。
 まあ、紫外線や湿度で簡単に説明はできそうだけど。
 それじゃ、つまんないよね。

博多は秋田より低緯度、つまり多少日差しは強くメラニン色素で守られる必要は秋田より強いのでは。

にもかかわらず、博多美人は色白が特徴なのは、紫外線や湿度で簡単に説明することが秋田美人以上に、難しいようにみえます。

つまり、色白の理由が西方にあるという説明は、秋田美人以上に博多美人の方が説得力を持つ気がします。

 ところで、美人の定義は時代によって大きく異なると思うのだけど
 そのあたりはどうなんでしょう?

美人の定義は、好みと紙一重と思います。

人類共通の美の基準はあると思うけど、美の好みは国により時代により違ってくるのは確かにあるようです。

ただ、秋田美人のときにも見たけど。

平安美人の好みを洗いなおしてみると、意外なことにギリシャ風美人顔が浮かび上がってきたのです。

「秋田美人」は、肌は白人並みに白く艶があり、長身でスタイルが良いので有名です。
典型的な秋田美人の顔は、その輪郭・目鼻立が、なんとミロのビーナスに瓜二つと言うのです。

つまり、ミロのビーナスは現代の私たちも平安の人々も美しいと思うという可能性が見えてきたのです。

日本の美人は、ヨーロッパに遡れるのでしょうかねえ。

 やっぱり日本の美人は、ヨーロッパにつながるんですか・・・。

西日本先住民の子孫と見られる琉球人、アイヌと共通する祖先がいると見られています。

そのアイヌは、ヨーロッパに繋がって見えるとすれば、琉球人もまたヨーロッパに繋がって見えても当然ですね。

 アイヌや琉球人と共通の血が、博多人の謎を解く鍵でしょうか。

そうかも。

ポチッとよろしく!

|

« かたくなっちゃいましたか。 | トップページ | 黙示録とメルカバーと双六? »

歴史」カテゴリの記事

ギリシャ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 博多美人:

« かたくなっちゃいましたか。 | トップページ | 黙示録とメルカバーと双六? »