日本の猫はいつからいたか。
2007年8月31日、兵庫県姫路市の市埋蔵文化財センターがこんな発表をしていました。
兵庫県姫路市四郷町の「見野(みの)古墳群6号墳」から、猫ではないかとみられる小動物の足跡がついた6世紀末~7世紀初頭の珍しい須恵器が発掘されていたのです。
杯身(つきみ)と呼ばれる直径15センチの食器の内側に、直径約3センチほどのツメのない5つの肉球と掌球とみられる形が五つ並んでいるのを、共同調査する立命館大の学生が発掘後に洗浄作業をしていて発見したというのです。
副葬品に動物の足跡が残るのは極めて珍しく、猫の足跡とすれば、渡来は8世紀の奈良時代という通説を覆し、古墳時代にすでに猫が渡来していたことになると言います。
わたしは、もっと前、弥生時代までさかのぼる可能性があると見ています。
縄文はどう。
それも、ありえますね。
イギリス沖のマン島出身の有名な尻尾がないことで知られるマンクスという猫は、起源そのものは未だに明らかではないです。
そのなかで興味深いのが二千年以上前にオリエントからの貿易船に乗ってマン島にやってきたという伝説です。
その言い伝えの中には、日本起源説があるのです。
フェニキア人がマンクスを買い入れてきた先には二つのパターンがあり、一つがインド、もう一つが日本なのです。
弥生時代の日本に猫が来ていた可能性は、日本のジャポニカ農耕文化が中国の江南に近いことからも、考えられるのです。
もっと南下すると、日本同様、尾曲がり猫の多い地域が控えているのです。
日本とアジアの古代で気になるのは、インドシナたとえばベトナムにエジプトで太陽神の乗ったとされる船の絵があることです。
エジプトといえば、猫が人々から大事にされていたことであまりに有名な国です。
さて、この須恵器に足跡を残したのはどんな猫でしょうか。
わたしゃ、彼らの色や柄以上に、尻尾が気になります。
日本の猫のルーツは、ヨーロッパが6割、ペルシャが3割と以前話題にしました。
じゃ、残った1割は古典にも載ってる唐猫でしょうか。
多分。
少なくても一部は、そうでしょうね。
明治32年、ペストが神戸で発生してるのですね。
その時北里柴三郎は、「伝染病予防法」に基づき、患者の隔離や全住民の検診を実施する陣頭指揮を執りました。
ネズミによる感染拡大を防ぐため、猫を一家に一匹飼う事も推奨したのです。
それ以来日本に衛生思想が根付き、以後ペストの発生は一度もないと言います。
日本の猫の6割を占めるヨーロッパの猫の多くは、この時来たのでしょ。
それにしたって、それで日本の猫の6割になるでしょうか。
奇妙なことに、アイヌの起源もヨーロッパに遡れます。
そればかりか、アイヌ語の猫「chap(チャペ)」とフランス語の猫「chat(シャ)」は音が似てるのです。
アイヌって言えば、日本の先住民である縄文人の子孫。
縄文時代は、文化どころか文明と呼べるくらいの水準があったようですね。
ええ。
縄文尺は、広く東北で使用されていたのです。
それに、東北全域で交易が行われた証拠も、出土してるのです。
それは、度量衡の統一を意味してると言えますね。
秦の始皇帝が、古代中国でやったことが古代東北でもあったと言えるでしょ。
つまり、日本の猫はヨーロッパから文明とともに来た可能性もあると。
これを言いたかったのでしょ。
正直言って、そうですね。
問題は、証拠が出土してないことでしょ。
図星です。
だけど、猫の骨が遺跡から出ないことと、日本古代にいなかったことは、別。
だって、そうでしょ。
私たちの周りに、鳩も烏も雀も生きてる姿たくさん見てる。
私たちはそれなのに、彼らの死体をほとんど見てない。
その通りですね。
猫も、そうですよねえ。
生きてる姿いっぱい見てるけど、目撃してる死んだ姿は事故死だけ。
小動物の骨って・・消えてなくなるのかしら?
猫の骨・・・・・確かに小動物の死体ってほとんど見ないですね。
不思議。
古代日本の文化水準から言って、ネズミの害には相当苦しんでいたと見る方が自然でしょうねえ。
ネズミあるところ猫あり、ですね。
猫が彼らの周囲で、ネズミ食べ放題を満喫していたと思っても良いでしょうね。
鼠を食べた猫はペストに感染しないのでしょうか?
ちょっと心配・・・。
ペスト菌は猫に入り込んでも、猫のリンパ腺で壊滅されてしまうのです。
ペストの流行が、インドや東南アジアなどの猫が多く人と住んでいた地域では、押えられたと伝えられています。
逆に悲惨だったのは、中世の魔女狩りで猫が大虐殺されたヨーロッパなのです。
14世紀後半期から15世紀、16世紀、17世紀に掛けてヨーロッパは各地でペストに悩まされることになったと言います。
追記
教えていただいた新聞記事は時期が来るとサイトから削除されるので、ここに掲載しておく事にしました。
イエネコ弥生時代から? 通説より800年古い骨、壱岐で出土
カラカミ遺跡から出土した弥生時代のイエネコの骨
野生ではなく、人に飼われたネコ(イエネコ)の骨が、長崎県壱岐市(壱岐島)のカラカミ遺跡から見つかり、奈良文化財研究所などの鑑定の結果、紀元前1世紀ごろの弥生時代中期のもので、出土したイエネコの骨としては最古であることがわかった。
文献などからイエネコの伝来は8世紀に、経典などをネズミの害から防ぐため遣唐使が大陸から持ち帰ったと考えられていたが、約800年さかのぼる。
穀物を守るため大陸から運ばれて来たとみられ、家畜史研究の貴重な資料となる。
カラカミ遺跡は弥生時代中期以降の環濠(かんごう)集落。
九州大学が2004~07年度にイノシシ、魚、イヌなどの骨と一緒にゴミ捨て場から発掘した動物骨を同研究所埋蔵文化財センターの松井章・環境考古学研究室長らが鑑定した。
見つかったネコの骨は1歳半~2歳で脛(けい)骨、大腿(だいたい)骨など12点。
野生のヤマネコより骨や関節が小さく、形状が現在のイエネコと酷似し、当時、壱岐島にヤマネコがいた形跡がないことからイエネコと断定。
脛骨を放射性炭素年代測定などで調べた結果、約2100~2200年前とわかった。
文献では、平安時代の「日本霊異(りょうい)記」に死者がネコになってよみがえる8世紀の話があり、同時代の「源氏物語」「枕草子」にもかわいがられたネコが登場するなど、ペットとして飼われるようになっていた。
しかし、これまでイエネコの骨の最古の出土例は、神奈川県鎌倉市の千葉地東遺跡など鎌倉時代(13世紀)の遺跡2か所で確認されているだけだった。
(2008年6月22日 読売新聞)
追記2
縄文の猫についても、情報が得られたので追加の記事を書きました。
オオヤマネコとアメリカとヨーロッパと古代日本。日本の猫はいつからいたか。その2
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-9494.html
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コメント
>わたしは、もっと前、弥生時代までさかのぼる可能性があると見ています。
日本のイエネコは弥生時代には居たと考えて良い様です。
イエネコ弥生時代から? 通説より800年古い骨、壱岐で出土 : 歴史と文化財 : 九州発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) http://kyushu.yomiuri.co.jp/magazine/bunkazai/806/bu_806_062201.htm
投稿: 釣本直紀 | 2009年1月31日 (土) 20時33分
記事には、こうありますね。
穀物を守るため大陸から運ばれて来たとみられ、家畜史研究の貴重な資料となる。
情報、ありがとうございます。
投稿: cova | 2009年2月 1日 (日) 13時02分
http://search.ameba.jp/search.html?q=%E7%8C%AB&aid=ywrqa
御無沙汰しております!! 「猫」に関連し、古事記の「根子」は、
明らかに「猫」との掛詞であることを、論証的に記述致しました。
古事記に於ける「猫」の理解は、四天王寺の「猫の門」にも反映。
ここに在る言葉は、【SNWRA】(猫、439)、というシリア語ですよ。
【SNWRA】(帽子、439)を含意する以上「休留」(茅鴟)も表します。
ところが、「猫の門」の方角、つまり「西」に照応する色である
【YWRQA】(青、529)は、【ADM OPRA】(磐余彦、529)で、
その幼名は、書紀一書に拠れば、「狭野」(サノ)です。とすると、
当該の「狭野」(サノ)は、【SNWRA】(猫、439)の略称でもある。
最初の天皇を「猫」と見るような見方が、存在していたわけですね。
#【OYW十A】(Aldebaran、609)を、「年魚」(アユ)と言う様に、
#【SNWRA】(猫、439)を、「狭野」(サノ)と言ったものでしょう。
投稿: ywrqa | 2012年11月15日 (木) 16時13分
それはどうも、ありがとうございます。
やはり天皇は猫ですか。
天皇には中東起源説が根強くあります。
菊花紋そっくりの古代王家の紋章が中東にあることは、あまりに有名です。
スメラミコトの尊称は、スメルに由来する証拠という議論は、繰り返し出てきています。
日本は古代エジプトと、宗教の構造が酷似しています。
太陽神を中心とする三構造であること、動物神を含む八百万の神を祀ること、最高祭司は国家の最高位の人物でもありさらに地上における太陽神であること、などです。
ここにさらに、太陽神と猫が結びつく構図が、日本と古代エジプトの共通点として浮かび上がるわけですね。
天皇は尊称が根子であるばかりか、猫としても見られていたことを裏付ける論証をありがとうございます。
投稿: cova | 2012年11月15日 (木) 20時17分