これも、かんなび?
日本でも、これがピラミッドだと騒ぐ人が出るまでピラミッド伝説がなかった山なんて、いっぱいありますよね。
そして、神奈備の山とされてきたところも多いですよ。
読みは、「かんなび」とも「かむなび」ともされる御神体として崇められたのです。
三角の山は、神、あるいは神の使いや化身とされる蛇を象徴するのではと言う説もありますね。
ええ。
「かんなび」とも「かむなび」とも言うのは、「かみのへび」が元でしょうかね。
それも、ありえますね。
「かみのへび」は「かむぃぬへび」と発音されたと見れば、「かんなび」や「かむなび」と転化した可能性は高いですね。
沖縄の発音から見れば、十分考えられますね。
ただし、アイヌ語や日本語の古語で「蛇」は「かか」でした。
「かみのへび」は「かむぃぬかか」であったかも、知れません。
でも、「かか」は「へび」に転化してますし、丸唇音とすれば「ぬ」と「か」から「な」になる事は十分ありえるでしょ。
そうですね。
そう見ると、中国でも、ピラミッド状の山が神聖視されてきたのは興味深いですね。
それって、チベットのピラミッド発見と言う記事にあった話ですか。
衝撃的な話題が、短期間に世界を巡ったのを覚えていますよ。
当時の記事そのものを確認できる本やサイトは、今少ないと思います。
それで、中国で当時報道された内容で、振り返ってみたいです。
長いけど、ちょっと我慢してくださいね。
問題の場所であるカイラス山は、おおよそチベット南西部、中国・ネパール・インドの3つの国境が交わる所の近くです。
カイラス山は現地名ではカンリンボチェ山、6714メートルの山です。
ヒマラヤ山脈、もっと詳しく言うとガンジセ山脈と呼ばれる所です。
口火を切ったのが、ロシアの科学者でしたね。
この記事で言う昨年は、1999年の事です。
このピラミッド郡は、1999年の8月から10月の間に、ロシアの科学者によって発見されたとされています。
その報告が、2000年6月9日のロシア雑誌で発表されたとのことです。
2000年6月15日付の《天津日報》は、こう伝えました。
《天津日報》専門付録――百科の窓――第14版
ロシアの科学者がチベットに世界最大のピラミッド(金字塔)群を発見と主張
李倫摘
原編者によれば――1999年8月、ロシアの科学者の一隊がチベットを訪れ、伝奇的「上帝の城」を探索した。
今回の実地調査では、世界最大のピラミッド群を発見した。
実地調査隊隊長のムアルダシャフ(穆爾達舍夫)は本紙記者の取材インタビューを受け、今回の実地調査の成果を語った。
我々はチベットに世界上最大のピラミッド群があることを確信している。
ここでの厳格な数学規律は、まさにチベットのこの塔群とエジプトのピラミッド、メキシコのピラミッド、そしてイースター島(復活節島)、ソールズベリ(索爾茲伯里)の先史巨石との連係を思わせる。
我々は100以上のピラミッドと各種遺跡を発見した。
それらは海抜6714メートルの岡仁波斉(カン・リンポチェ)峰(カイラス山)の周囲に分布している。
ピラミッドの形状はそれぞれ異なっており、規模の大きさは人を驚嘆せしめてやまない。
おおざっぱな統計では、それらの高さは約100メートルから1800メートル(180メートルの誤り?)とまちまちだが、エジプト最大のクフ王(奇阿普斯)のピラミッドでも146メートルである。
ピラミッド群全体が非常に古く、そのために損傷が非常にはなはだしい。
しかし、仔細な観察によってピラミッドの輪郭をはっきりさせることができ、それらが石で組み立てられており、凹面や平面になっているのがはっきりと見て取れる。
我々はさらに、巨大な石の人体彫塑を発見した。
このため、完全な根拠をもって、チベットには主にピラミッドを中心とする古い建築群が存在している、といえる。
チベットの山をピラミッドとしているのではないか、という人もいるかもしれない。
実在性については、これはまさに我々が心配したことで、所有している写真、図、録画映像をすべて研究するにあたって、この考えは我々から離れることがなかった。
間違いを犯さないように、我々は山の輪郭をとる方法を採用した。
こうして、我々はコンピューターにピラミッドと山の図(見取り図)をインプットし、それからその主要な輪郭を取り出すことで、どれが山でどれがピラミッドかという区別をできるようにした。
ピラミッドについては、我々は習慣的にエジプトのクフ王のピラミッドの外形を連想する。
実際のピラミッドは形状も異なっており、メキシコのピラミッド、それほど有名でないエジプトのサッカラ(左塞)ピラミッドとはいずれも階段式である。
チベットで我々が主に見たのは、この階段式ピラミッドで、周囲の自然山峰はすべてこの種の構造を有していなかった。
このため、まさに山をピラミッドと見間違えることはないのである。
現地調査において多くの図版を作成したが、これは我々にとって非常に助けとなった。
ピラミッドの各種詳細、写真、録画映像を容易に反映することができるようにするには、非常に難しい点があった。
さらに仔細にそれぞれのピラミッドを観察して、完全に整った構図を完成するのに、我々は何度も何度もはい上がっては下りなければならず、さらに近隣の地を観察した。
あるピラミッドは保存がよく、あるものは破損が極めて激しかったので、一枚作成するのが大変であった。
我々はその逐一の区分を必要としていたのであり、このような研究によって容易に多くのことを知ることができた。(李倫摘・編)
このロシアの言い分に対する中国の反論が、2000年7月4日付《中国青年報》に掲載されたのです。
チベットにピラミッド群はあるか?
本紙記者 董月玲
■ロシア科学者は語る:チベットに世界最大のピラミッド群を発見
6月9日の「参考消息」(※新華社)は一つの重大ニュースを報じた。
「チベットに世界最大のピラミッド群が発見された」。
そのニュースソースは、ロシアの週刊誌「論拠と事実」の第18号の一つのニュース「チベットの神秘のピラミッド」である。
この文章によれば、昨年8月から10月、ロシアの科学者の一隊がチベットを訪れ、世界最大のピラミッド群を発見したというのである。
現地調査隊長ムアルダシャフはこう語っている。
「我々は全部で100以上のピラミッドと各種遺跡を発見した。
それらは海抜6714メートルのカン・リンポチェ峰の周囲に分布している。ピラミッドの形状はそれぞれ異なっており、規模の大きさは人をして驚嘆させずにやまない。
おおざっぱな統計では、それらの高さは100メートルから1800メートル(※?)とまちまちだが、エジプト最大のクフ王のピラミッドでも146メートルである。
ピラミッド群全体が非常に古く、そのために損傷が非常にはなはだしい。
しかし、仔細な観察によってピラミッドの輪郭をはっきりさせることができる。
それらが石で組み立てられており、凹面や平面になっているのがはっきりと見て取れる。
我々はさらに、巨大な石の人体彫塑を発見した。
このため、完全な根拠をもって、チベットには主にピラミッドを中心とする古い建築群が存在している、といえる」
さらに、記事はこう述べている。
チベットの山をピラミッドと見間違えている可能性については、ピラミッドと山の図版をコンピューターに入力し、その後、主要な輪郭を取り出すことによって、どれが山であり、どれがピラミッドかを区別できる。
その他、彼らが発見したピラミッドは階段式であって、周囲の山峰にはこの種の構造は見られないため、山をピラミッドと見間違えるはずはない。
ロシアの科学者がチベットで発見したのが本当に世界最大のピラミッド群であったとすれば、これは大変なことだ。
チベットの歴史を改める必要があるだけでなく、アジアの歴史をも改めなければならないだろう。
しかし、どのような人が、海抜6000メートル以上もの鉱山に登り、1800メートルもの高さのピラミッドを建造するような力量を持っているというのだろうか?
このように大規模な歴史遺跡を、どうして中国の科学者や、先祖代々高原上で生活してきたチベット人民が発見できなかったのだろうか?
■中国専門家は驚愕し、その理由を述べた
この疑問を抱いて我々は、これまで何度もチベットを訪問してカン・リンポチェ峰を実地調査した中国科学院の地理学者・楊逸畴を訪問した。
彼は、ここ数日自宅の電話が絶えることなく、この件について尋ねられたのだという。
この件について初めて聞いたとき、彼が最初に感じたのは驚愕だった!
岡底斯(ガンディス)山は喜馬拉雅(ヒマラヤ)山脈に平行する重要な山脈で、その主峰が普蘭(ブラン)県内のカン・リンポチェ峰である。
この山はチベット人の心の中では“神山”であり、山の下の[王馬]旁雍錯(マパム・ユムツォ/マナサロワール湖)は“聖湖”と呼ばれ、毎年、朝神転山の人が絶えない。
山の周囲にはラマ塔、マニ堆、石刻経文などの文化的景観がある。
カン・リンポチェ峰はチベットの最高峰ではないが、極めて有名である。
もしほんとうに大規模なピラミッドが存在するなら、現在まで発見されなかったはずはない。
■ハイテク重ね技術が事実の真相を誤らせた
楊教授は1974年、雅魯藏布(ヤルンツァンポ)河源流を実地調査したとき、この峰にも足を運んだ。
実地調査の結果、カン・リンポチェ峰は軟硬それぞれの性質をもつ礫岩の組成となっており、異なる岩性の地層が一層一層平らに積み重なっている。
カン・リンポチェ峰は強烈に上昇する単独峰であり、氷雪・暴雨などの寒冷風化侵食と洗い流しのもと、山地は一系列の階段状ピラミッド形、錘状形、四角錐山形、テーブル状形などの地形を作り出す。
これらは、彼らの出版した専門書「チベットの氷河地形」の中ですべて論述されている結論である。
ロシアの科学者がピラミッドと山の図像をコンピューターに入力し、画像を重ねて輪郭を取り出した点について、楊教授はこう説明する。
「図版上では雪に覆われた山というのが真実なのに、問題は、山地の輪郭に想像上のピラミッドの恣意的な輪郭を重ねて根拠にするところにあります。
ハイテク重ね技術を用いて描いたものは、あまりに牽強付会であり、事実真相を混乱させてしまいます。
ここには主観・憶測の部分が多すぎる。
仔細に発見したものを見ればわかるが、いわゆるピラミッド建築の正面門あるいは窓というのは、実は水平地層がくぼんで剥落したために作られた黒い影像である。
■ピラミッドは特定の歴史文化意義を有している
この「チベットの神秘のピラミッド」報道に対して、楊逸畴の結論はこうである。
「ピラミッドは特定の歴史文化意義を有しているものであり、四角錐形の古建築物は文化的なものです。ロシアの科学者がチベットで発見したのはピラミッドではなく、ピラミッドの形をした地形であって、これは純粋に自然の産物です」
彼は最後に笑って言った。
「もし不満に思う人がいるなら、一番いいのは、カン・リンポチェ峰に行って、典型的な“ピラミッド”を発掘して、考古学的証明をなすことです。もし本当にピラミッドならば、必ずや世界の歴史文化を驚愕させるだけのものが集まるでしょう。そうでなければ、山は山だ!」
この中国側の反論で、一気に騒ぎが萎んでしまった感じはありますね。
ええ、衝撃から、落胆に急降下でした。
なかなか、分りにくいものなのですねえ。
この辺は、高所の山岳地帯で、もしピラミッドとしたらどう作ったかが問題でしょうね。
年代も、いつ頃なら、ありえるかが気になりますよね。
ピラミッドは疑えても、巨大な石像はどうでしょ。
いくら、彫刻っぽい自然石があるといってもねえ。
巨大な石像が、どんなに損傷がひどくても、わざとらしい形だな…ぐらい思わなかったんでしょうかねえ…。
よほど、壊れ方が大きいのでしょうか?
だとすると、ロシアの調査隊は、よくわかったですねえ。
それと、巨大な石像は、最低でもいくつ見つかったのでしょうね。
謎だ…。
この100以上は、ピラミッドと巨大な石像の合計ですかねえ。
巨大な石像だけで、100以上とすると、今までわからなかった方が、よけい不思議ですねえ。
まあ、中国は奇岩が多いので、ここもその類と思われやすいかも。
それと、もし人工としたらの話だけど。
どの民族、どの人種に巨大な石像の特徴は、似ているんでしょうね…。
マヤ?…インカ?…オルメカ?
さあ、見てないからなんとも言いようがないです。
確か、あの地帯は、ユーラシア大陸と、インド亜大陸の、衝突で出来た地形ですね。
大陸大衝突で、一気に持ち上げられた。
そのあと、侵食で遺跡の立ってる場所だけが残って、山になった。
構造物をしっかりした地盤に作るならば、これは、理論的には可能です。
それなら、標高6714メートル地点に分布する、1800メートル級のピラミッドの存在もありかも、知れないですねえ。
現行の解釈では、長期にわたる隆起や侵食を想定していますからね。
こんな場所にユーラシア大陸と、インド亜大陸の、衝突以前の遺跡はありえないとなるでしょうけど。
でも、あんまり長期でヒマラヤのような険しい地形になりますかね。
もっと、丸い穏やかな地形になるはずではと、言いたいのですね。
インカのマチュピチュより、コンディションは相当悪いでしょうね。
中国側の言い分から見れば、奇岩地帯程度の状態ではないかと想像出来ますね。
それでも、こんな奇岩地帯なら写真や映像が見たいですねえ。
チベット人にとって、山は“神山”で山の下にある湖は“聖湖”と言いますからね。
興味本位の撮影は控えて欲しいと言われれば、引き下がるしかないのかも。
でも、写真で良いから、見たいですねえ。
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