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柔道の起源を考える。

「柔道(じゅうどう)」は、正式名称を「日本伝講道館柔道」と言います。
講道館の名は、柔道創始者である嘉納治五郎が東京下谷の永昌寺に創設した講道館にちなみます。
柔道は、格闘技、スポーツ、武術にも分類されます。

基本理念は、「精力善用」「自他共栄」、真髄は、「柔能く剛を制し、剛能く柔を断つ」とされます。
道の一言に示されるように、精神鍛錬を目的とし、単なる勝利至上主義ではないです。

柔道そのものは、明治15年(1882年)に嘉納治五郎によって創始された意外と最近成立した武道です。
しかし、起源をさかのぼると、正式名称に「日本伝」と称するくらいでかなり古いです。

柔道の元となった、「柔術(じゅうじゅつ)」は、徒手武術全般を指します。
柔術は、日本古来の徒手武術です。

一方韓国は、柔道をYudoの名で海外で普及活動を行っています。
Yudoは、「ユド」と発音し、柔道の朝鮮語音です。

 韓国は、秀吉の朝鮮出兵後が日本の柔術の始めと言ってるようですが。

全米ユド協会(United States Yudo Association)はその公式ホームページにおいて、柔道の起源を朝鮮半島にあるとし、「豊臣秀吉の朝鮮出兵で日本に伝わりその後朝鮮半島では柔道は廃れ、20世紀になって日本から再輸入された」と主張しています。

 秀吉の一回目の朝鮮出兵は、日本の文禄元年、明や朝鮮の万暦20年、つまり1592年の3月12日でしたよね。

 ちなみに二回目は、日本は慶長2年、明や朝鮮は万暦26年、西暦でいえば1597年の2月。

12世紀以降の武家社会の中で、武芸十八般と言われた武士の合戦時の技芸である武芸が成立します。

武芸十八般に柔術は含まれるとして、柔道韓国起源説に対して全柔連教育普及委員長、講道館資料館部長は否定コメントを出しています。

 朝鮮出兵よりも、前ですね。

 全く何もないところから、柔術が始まったとは考えられませんが。

ええ、そうですね。

 日本の徒手武術は、古代からあった相撲の技を取り入れて成立したと見る方が自然では。

 でも、相撲にも韓国は自国が起源と言ってますねえ。

相撲の起源は、メソポタミアと言う説もありますよ。

 そう言えば、相撲にそっくりな出土品が見つかっていますね。

日ユ同祖論は、相撲を国技とする事を論拠の一つに挙げています。

 韓国人はメソポタミアから来たと証拠を示すか、メソポタミア以前に相撲の朝鮮から出た証拠を示さないといけませんね。

1690年に来日したドイツ人エンゲルベルト・ケンペルは著書「日本誌」で、日本神話の高天原はバビロニアにあったと主張したと言います。
日本スメル起源説も含め一連の日本中東起源説は、ここに始まると言って良いでしょう。

日ユ同祖論を言い出したスコットランド人ノーマン・マクラウドは、韓国にも相撲があるならユダヤ人が伝えたのだと主張するでしょうね。

 日本も韓国も、メソポタミアに遡るとノーマン・マクラウドなら言うだろうと。
 
そうかも知れないですね。

 ノーマン・マクラウドは、韓ユ同祖論も出してますもの。

飛鳥昭雄と三神たけるは、日本人と現在の韓国・朝鮮人は別の起源と言ってるようですけどね。

 同時代の半島にあった国、百済、新羅、高句麗はいずれも日本に亡命してますね。

日本に亡命者がいるという点では、そうですね。
細かい点では、いろいろ説があるので深入りしませんけど。

戦国時代後、江戸時代なると武術の一つとして柔術が発展しました。
幕末までには、百を越える流派が生まれていたとされます。

戦国時代の合戦用に工夫された、「甲冑武術(鎧組討ち)」と江戸時代になってから発展した「素肌武術」に大別されます。
相手を負傷させずに捕らえることを重視する流儀の多さは、他国の武術に類を見ない大きな特徴です。

その異称は数多いです。
柔・和・和術(やわら)・拳法・腰廻・小具足術・活殺術・体術・胎術(たいじゅつ)・座術・挫術・坐術・体座術・体挫術・体坐術・白打・組討・組打・組討術・組打術(くみうち)・鎧組討術・鎧組打術・取捨術・捕手・捕縛、などがあります。

柔術から生みだされた武道として、柔道・合気道などがあります。

柔術は、広く研究され流派が多数存在しました。

 柔術は、古くは、12世紀に遡れると見て良いと。

 12世紀と言えば、平安末期から鎌倉初期にあたりますね。

武家社会の中で、武芸十八般と言われる武士の武術の一つとして江戸時代の柔術である素肌武術が発展しました。
素肌武術としての柔術には、幕末までに、百を越える流派が生まれていたとされます。

嘉納治五郎は柔道を、百を越える流派の中から起倒流・天神真楊流などを元に創始しました。
柔術の技法から、当身技や武器術も含む技法を網羅した武道を目指したものが柔道でありました。

嘉納治五郎は、当身技、固技、絞め技を中心とする天神真楊流柔術、投げ技を中心とする起倒流柔術の技を基礎に、起倒流の稽古体験から「崩し」の原理をより深く研究して整理体系化しました。
「崩し」とは、対戦相手のバランスを崩すことです。
そして、修身法、練体法、勝負法として今までの修行面に加えて人間教育の手段として柔道と名付けました。

しかし、乱取りが競技化したことにより、組み付いた状態での投げ技と寝技に専門化したものとなります。
それで、前期柔道として現代柔道と区別する者もいます。
 
さあ、あなたは柔道の起源をどう見ますか。

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コメント

フルコンタクト空手道に限っては、マス大山総裁が切り開かれたような?

投稿: ゆうくちぃ~ | 2009年3月27日 (金) 00時32分

Wikipediaには、こうありますね。

フルコンタクト空手は一般に伝統派空手から派生した空手の亜流のように理解されているが、フルコンタクト空手で採用されている直接打撃制ルール自体は、寸止めルールよりも遙かに古い歴史をもつ。

そして、沖縄の空手まで遡って解説してこう続けます。

大山倍達が始めたフルコンタクト空手は、しばしば空手界からは異端視され、また本人もそのような受け取られ方をある種肯定していた側面はあるが、実際にはその起源は大山倍達が所属していた剛柔流にある。

投稿: cova | 2009年3月27日 (金) 15時32分

はじめましてcovaさん。
彼の国はなんでも起源を主張しますから疲れますね。
柔道にせよ、相撲にせよ、似ているものは大なり小なりあるでしょう。相撲なんて特に力比べみたいなもんですから、どこの国にも似たものがあるはずですよ。しかし、それをもって
うちが起源と主張するのが、彼の国のイタイところです。

投稿: Newtype | 2009年3月28日 (土) 01時00分

どうも、すいません。 言葉足らずでした。
実は、フルコンタクト空手は一旦は廃れたそうです。
で、現代社会というか戦後の第二次世界大戦後に復興させたといった表現の方が正しいかもしれませんね。 申し訳ありません。 再度、謝罪します。
ただ、マス大山総裁が残した遺産は大きく、外国の軍隊にも採用例があるそうです。
社会的認知をあげたというか、実質的に社会の場において肯定的な状態にもっていった点は大きいです。
 あえて言うならば、中興の祖かな?

投稿: ゆうくちぃ~ | 2009年3月29日 (日) 00時39分

Newtypeさん、はじめまして。

わたしは、柔道の起源は相撲にあり、相撲の起源はメソポタミアと見ています。

韓国が柔道や相撲を自国が起源と言うなら、柔道に関する日本側の反論にまともに応えるなり、韓国の相撲がメソポタミアより古い証拠を提出するなりして欲しいと思います。

なお、韓国起源説は秋田犬にも出ています。
秋田犬は、ヨーロッパから来た可能性が高いのです。
その事は、秋田美人とヨーロッパの関係を考察した記事で触れていますので良かったらどうぞ。

ゆうくちぃ~さん、気にしないでください。
見落としや勘違いなど、誰にでもありますから。

わたしの記事も、見落としや勘違いのないように気をつけていますけど気が付いたら教えてくださいね。

投稿: cova | 2009年3月31日 (火) 17時17分

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