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漢民族って、どういう人達?

中国の多数派を占めると言われる「漢民族」、じつはかなりあいまいな存在だというのです。

「漢民族とは何者か」
この問いに、答えるのはかなり難しいと言うのですよ。

 長期にわたって古代を大きく引きずり続けた中国はまだ、近代的な意味の「民族」そのものが十分成立していないのかも知れませんね。

まあ、現代に至るまで古代を引きずっていると言う点では、天皇中心の国づくりが古代から続く日本も似たようなものかも。

 日本が民族を意識しだしたのは、明治維新がきっかけと言えるでしょう。

それまでは、土佐だ長洲だ、でしたもの。

 そうそう。

 けれど、アイヌなどの問題を除けば、古代の帰化人や渡来人も含めて日本民族と言えるくらい混ざってませんか。

確かに、単一民族論が出るくらい一体化はしてるかも。

漢民族の問題を考える前に、中国の歴史をおおざっぱに振り返ってみたいです。

その後の中国の歴史の主軸となる黄河文明。
黄河文明が萌芽する遥か前より栄えていた長江文明。

先秦時代と言われる三代、春秋戦国。
三代とは、夏・殷(商)・周。
春秋戦国は、都市国家の盟主どうしの戦いで、最終的に趙、魏、韓の三国が出来た。

秦帝国、秦王政は、他の6つの列強を次々と滅ぼし、紀元前221年には史上はじめての中国統一を成し遂げた。
漢帝国の前身とも言うべき秦が滅びたあと、劉邦と項羽が争った楚漢戦争で、紀元前202年に劉邦が項羽を破り、漢の皇帝となった。

 漢帝国は、統治の実体や社会のあり方は秦と多くの共通点を持ち、言うなれば「秦帝国」の改訂版であったとの評価もありますね。

魏晋南北朝時代、後漢末期の184年には、農民反乱である黄巾の乱がおき、隋が589年に中国を再統一するまで、一時期を除いて中国は分裂を続けた。

隋帝国、江南・華北を結ぶ大運河を建設したり、度重なる遠征を行ったために、民衆の負担が増大したため農民反乱が起き、618年に隋は滅亡した。
唐帝国、618年に成立した唐は基本的に隋の支配システムを受け継いだが、907年、節度使の1人である朱全忠によって滅んだ。

五代十国、唐の滅亡後、各地で節度使があい争った時代。
宋、960年に皇帝となった趙匡胤により、この戦乱は静まったが、1279年広州湾の厓山で元軍に撃滅され滅びた。

モンゴル帝国、モンゴル高原の遊牧民を統合したチンギス・ハーンが1206年に創設した遊牧国家だが、1368年、紅巾党の首領のひとりであった朱元璋の立てた明によって中国を追われた。
明帝国、明朝とも言い、1368年から1644年にわたって中国を支配した中国の歴代王朝の一つ、大明と号した。
清帝国、清朝とも言い、1636年に満州において建国され、1644年から1912年まで中国を支配した最後の統一王朝。

民族という言葉は、実はかなりあいまいな使い方をされているのです。
大辞林と大辞泉の例を挙げますね。

〔大辞林〕
「われわれ…人」という帰属意識を共有する集団。
従来、共通の出自・言語・宗教・生活様式・居住地などをもつ集団とされることが多かった。
民族は政治的・歴史的に形成され、状況によりその範囲や捉え方などが変化する。
国民の範囲と一致しないことが多く、複数の民族が共存する国家が多い。

〔大辞泉〕
言語・人種・文化・歴史的運命を共有し、同族意識によって結ばれた人々の集団。「騎馬―」「少数―」

一般に、中国の多数派である漢民族と言う場合、「言語・人種・文化・歴史的運命を共有し、同族意識によって結ばれた人々の集団。」 の意味であると思われるのです。

見ればわかるように、「文化的共同体としての民族」と「政治的共同体としての民族」がごっちゃになっているのです。

この「文化的共同体としての民族」は、欧州では“ethnic group”として扱われるようです。

一方、近代国民国家の成立の背景となる「政治的共同体としての民族」は“nation”と呼ばれるようですね。

「文化的共同体としての民族」がもとになって、「政治的共同体としての民族」は生まれてくるのです。

 その「政治的共同体としての民族」は、中国にはまだ十分育っていないと見えると。

その可能性があると見て、今回検討しているのですよ。

歴史を見ればわかるように、中国には古代史のレベルの展開は豊富にあっても、中世史のレベルの展開はきわめて乏しいのです。

この、中世こそが、近代的な意味での民族を成立させるのに欠かせない歴史と言えるのです。

そして、この近代的民族こそ「政治的共同体としての民族」である“nation”なのです。

 古代国家は、“nation”にもとずく国家でないことは、中国史ひとつとっても言えるでしょうね。

 日本は、なんだかんだ言っても、縄文や弥生で括れますからねえ。

そのことも、「漢民族とはなにか」が見えにくくしている原因のひとつかも知れませんね。

つまり漢民族は、「文化集団としての民族=ethnic group」であって、「近代国家の主体としての民族=nation」ではないとこが、中国の近代化を進める中でこれから大きく足かせになるかも知れないというわけです。

この問題で北京政府が無理すると、民族国家を求める動きが激しくなって中国はこれから分裂の可能性が深刻化することが心配されますね。

 そもそも中国はその大きさからしても、ひとつの国家としてまとめるのには無理があると思うのですが。

それで、中華民族と言う言葉をしきりに使いたがっているのかも。

 それに、「漢民族」と言う場合、いつもその対極に「少数民族」の存在があるわけで、言い換えれば少数民族の存在ゆえに全土98%を占める漢民族がやっとその存在意義を認められるのであって、はて、実態となると、ないのかも知れませんね。

 少し違うかも知れないけれど、昔中国の友人が「中国人は12億粒の砂、絶対ひとつにはまとまらない」と自虐的に言っていたけれど、少数民族を除く中国人の民族意識ってどうなんでしょうね。

 漢民族自体、沿岸内陸での格差や、辺境他民族地域への浸出行為からして、存在そのものがethnic groupですら怪しすぎますね。

 単に、People's Republic of Chinaが居所な人々に過ぎないのでは、と、思いつつあります。

砂のような民といえば、アラブの遊牧民もそう言われる気がします。

 あれだけの人数をまとめるには、キチンとした政治とか、高いモラルが必要になるでしょうね。

 数えられてないだけで、中国の山奥や秘境には、もっと人口が多く存在してるかも、なんて思ってました。

連邦になる場合、国家連邦か、連邦国家か、混乱なく変更できるのか、てな課題を抱えてしまうです。

 漢民族は、現地では漢人と言ってるらしいですね。
 漢人をギリシャ語にして、中国語に戻すと漢教徒ともなるかも知れませんね。
 つまり、自らを漢人と思えば漢人になるということでは、ethnic groupと言っても良いのでは。

それ言ったら、日本人もギリシャ語にして、日本語に戻すと日本教徒となりますよ。

 ああ、そうですね。
 ethnic groupがもとになって、nationになるわけですもの。

 話は変わりますが、中国製の食品の安全性や、製品についてのモラルについての報道は、中国について疑問が増えちゃうものが多いなんて今ひとつ、いやですね。

一方で、問題を解決しようとする取り組みもありますけどね。

 土地の広さ、人口の多さで大味になってしまうのでしょうかね?

そういえば、中国も、ロシアも、アメリカも、程度の違いはあってもどこか大雑把なことは、共通してる気はしますね。

アメリカなんかは、ヨーロッパからの移民も、大勢いるはずなのですけど。

 よく言えば、大らかとも表現できますけど。

ものは言いよう、ですよね。

ヨーロッパの国々は、日本とあまり変わらない面積なせいか、確かに繊細さはあるように感じますね。

 中国まとめるって、北京市だけでも広いのにね。
 料理だって、何種類もあるし。
 すごく大変なことですね。

中国は連邦制になるべき、という声もあります。

 それも、仕方がない気はします。

 けど、連邦制の採用は一歩間違えると、クルド問題を抱えるトルコやイラクなどから、よこやりが入る事も考えられるのです。

私は、それが心配なのです。

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