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水と日本。

日本とイタリア、特に食文化や古代に奇妙な類似が見られます。

 食文化では、たこ焼きや好み焼きやもんじゃ焼きとピザ、饂飩や蕎麦とパスタ。
 
 でも、古代って?

江戸は、当時の世界的にも珍しい「上下水道を完備した先進都市」だったのです。
 
 井戸端会議の言葉の由来にもなった、「街にある井戸」は時代劇でもよく見ますよね。
 
 あの井戸って、地下水を汲み上げているわけでは、ないのですよね。
 よく、誤解されていますけどね。

ちょっと見ると、普通の井戸に見えますけどね。

 出土している木製の水道管も、ありますよね。

工事を行って、地下に水を引いて貯めた「上水道」なのですね。

 なんか、江戸をローマ、日本をローマ帝国、と置き換えたって違和感ない。
 
ええ。

 でも、中国も朝鮮半島も、日本とローマの間にあるはずでしょう。
 それなのに、新羅くらいしかローマの影響が強く見えてないのでは。

似たことは、ヨーロッパでもいえますよね。

 江戸時代の日本が上下水道を整備していたのに対し、ソウルやロンドンやパリが糞尿にまみれた不潔な衛生環境だったでしょ。

例えばソウル。
Isabella Lucy Birdの"Korea and Her Neighbours"が注目されます。
講談社学術文庫に、『朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期』 イザベラL. バード著として収録されています。

Isabella L. Bird は、英国人の女性旅行家です。
彼女が初めて朝鮮を訪れたのは1894年、62歳の時で、以後3年余、Bird は4度にわたり朝鮮各地を旅しました。
当時、朝鮮内外には、歴史的事件が続発していました。
本書は、日清戦争、東学党の反乱、閔妃暗殺等の、国際情勢に翻弄される李朝末期の不穏な政情の生々しい記録です。
Bird の眼に映った朝鮮の素顔を、開国間もない朝鮮に色濃く残る伝統的風土民俗 文化等々、忠実に伝える名紀行として名高いです。

Bird が「朝鮮紀行」に書き残した、今から約100年前まで朝鮮を治めていた李朝の末期の姿は凄まじいと言います。

 貨幣制度がほとんどない。
 ソウルは世界有数の汚く悪臭のする都市。
 一般民衆の住む場所は藁葺きのあばら屋で、通りからは泥壁にしか見えない。
 道はとにかく悪い。

一方、日本は、清潔に保たれた都市環境と犯罪の少ない統治をしていました。
それが世界に知れ渡ると、海外からも高く評価されるようになったのです。
 
 ソウルのあった朝鮮半島は、中国の影響が強かったのでしょ。
 中国もまた、似たような状態だったのかな。

中国の北京など、どうだったでしょう。
長安、洛陽、開封、杭州、北京などの大都市は、水系、つまり水の有効利用などを考慮して構築されてきたそうです。
城内に組み入れられた水路は、排水と同時に下水路としても使用されたと考えられると言います。
衛生上、汚水の排水は、特別なものが求められたと言いますけど。
  
 覆いの無い下水道が、漢代の長安あるいは晋代の洛陽に存在した記録が残されているって。

これら覆いの無い水路を豪雨時の排水専用のものとされたのは、1368年から1644まで続いた年明代以後ですと。
明代以降、下水道としては暗渠式のものが設けられ、汚水、塵芥、不浄物が路傍に設けられた穴から投入されたと言うです。

 1368年っていえば、日本は南北朝のころでしょ。
 日本だって、大陸から多くの文化とか技術とか、学んでいるのにね。

カナート、カレーズのような地下水路で結んだ井戸は、アジアにあるはずです。

カナート(qanāt)とは、イランの乾燥地域に見られる地下用水路のことです。
カレーズ(kārez)は、アフガニスタン、パキスタン、ウズベキスタン、新疆などの地下用水路。
フォガラ(foggara)は、北アフリカなどの地下水路です。

 日本を語るのに、また、イラン、つまりかつてのペルシャがまた出てくるの。

ほんと、ペルシャって古代日本に不思議と絡みますねえ。

 そういえば、ペルシャって、古代イスラエルにも妙に絡む。

まるで、カナートの縦穴みたいにひょいひょいと顔出しますよね。

 カナートやカレーズやフォガラは、山麓の扇状地などの地下水を水源としてるのでしょ。

地下に水路を設けて、蒸発を防いだものですね。
 
 長いものは、数十kmに達するのでしょ。

山麓で掘った最初の井戸で水を掘り当てたら、その地点から横穴を伸ばしていきます。

ある程度の間隔をあけて地表から工事用の穴を掘って土を出したり、そこからまた横穴を伸ばすのです。
20mから35mの感覚で、縦穴は垂直に水路に沿って掘られています。

途中に空けた縦穴は、完成後は修理や通風に用いられます。

 縦穴を使って横穴を伸ばしていく方法は、基本的に今でも同じでしょ。

余計な土砂は、必ず出るからです。

水路が地表に出る場所には、耕地や集落のあるオアシスが形成されています。

 水を送る地形や傾斜を巧みに利用する技術は、シルクロードを通って日本に来たのに…。

中国や朝鮮半島で、なぜ生かせなかったかってのは謎ですね。

 私は、水を送るのを専門としております。

 農耕民族であるが故に、水との御縁は濃いのではないでしょうか。
 特に稲作は水を使いますし、今も農家は水は命ですよ。

 都市部には、安定した水供給が必要です。
 それに洪水なども地形上多かったでしょうから、巧みに地形を利用して水と共生しないといけなかったのでしょう。

シルクロードって、失われた十支族が散っていた道でもありますよね。

 ちょっと待って。

 比べたのは、江戸時代とローマでしょ。

でも、巧みに水を使ったことを示す遺跡は古代日本にもあるのです。

水に関わる謎の遺跡である、酒船石とスッポンを模った石を合わせた何らかの儀式を行ったと見られる古代遺跡とかです。

 奈良県明日香村岡にある、いくつかの石造物からなる酒船石遺跡でしょ。
 亀形と小判形石造物というけど、あれ、亀じゃなくてスッポン?

水に関わる遺跡である以上、たんなる亀ではなくスッポンでなくてはいけないと、私は見ます。

 また、スッポンですかあ。

そう、食い付きますか。

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