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下田八幡神社例大祭ってこんなまつり。

奇妙な祭りって、結構各地にあるようです。

今回紹介するのは、下田八幡神社例大祭です。

 下田八幡神社例大祭は、太鼓祭とも呼ばれますよね。

八月十四、十五日の二日にわたって行われる、太鼓が、文字通り中心の祭りです。

この祭りは、江戸時代第二代下田奉公今村伝四郎正長公が、様式を創めて制定したと言います。

今村公が就任した当時、下田の民は長い戦乱と度重なる災害で疲弊していました。

 織田信長、豊臣秀吉と天下統一を進めて来たと言っても、戦乱自体は収まっていたわけじゃなかったのね。

そこで、下田の民が元気になり、熱く燃え一丸となれるものをと始めたそうです。

大阪夏の陣に大勝した徳川方の軍勢が、大阪城に入城した際の陣太鼓をまねたとされるのです。

 堂々と入城する徳川の威風を宣揚する陣太鼓、確かに元気は出そうですね。

八月十四、十五日の二日にわたって、道具、神輿などの後ろから各町から太鼓台が繰り出し、町内を隅みなく練り歩くのです。

 四百年近く過ぎた現在でも、下田の人達はこの祭りで熱くなるのでしょうね。

 ところで、神輿や太鼓台は想像付くけど、道具って何。

道具とは、二メートル程の棒に榊、矛、四神のいずれかをつけたもので、11基の道具が出るのです。

もちろん、それぞれの道具には木枠の台が付いています。
木枠は、横棒を取り付けられています。

具体的には、榊が二基、矛は五基、残りの四基が四神です。

 陰陽五行、そのものですね。

そして、11基の道具を榊、矛、四神の順で連結してアーチ橋の形をつくるのです。
このアーチ橋を、「太鼓橋」と言います。

太鼓橋を何時にどこで上げるかは、巡路図にも表示されているそうです。
巡路図や、車の交通規制の案内などは、下田市観光協会のほうで用意されているようです。
 
 太鼓祭の目玉なのですね。

 上げるって、どうするのですか。

太鼓橋は、それぞれの場所で木組みの台の横棒を紐で縛って組み立てるのですよ。
上げるのは、一分ほどですね。
力の入れ加減が不均一であったりすると、道具はたちまち傾き、横崩れを起こしてしまうからです。

 組み立てて上げる度に、盛り上がるでしょうね。

ええ、一列に組んでから一気にアーチ橋の形に上げると言うから大変でしょうね。

 地面で、組み立てるのではないの。

持ち上げた状態で、リズムを取りながら作業するそうです。

 両端からリズムを合わせて、立て直して行くって言うのは簡単ですけど。

 大変でしょ。

でしょうねえ。
やってる方は。

太鼓台は、全町で二十台あり、昼間は人形飾りを乗せ、夜は色鮮やかな提灯を飾り、笛、太鼓の技を披露するです。
年によっては、全部出るわけじゃないそうですが。

 結構派手と言うか、華やかと言うか。

ほぼ実物大の模型は、下田開国博物館で年中展示されています。
気になる方は、そこで大きさを実感してくださいね。

 へ~!?

それぐらいってですか。

榊が二基、矛は五基、残りの四基が四神。

四神(しじん)は、四獣(しじゅう)、四象(ししよう)、四霊(しれい)とも言いますよ。

 中国・朝鮮・日本で伝統的に、天の四方の、方角を司る霊獣ですよね。

東の青竜・南の朱雀・西の白虎・北の玄武。
五行説にも、中央に黄竜を加え数を合わせた上で取り入れられています。

 となると、おそらく二基の榊が陰陽、五基の矛が五行ですね。

 高天原の神々の臨在とも、取れるけど。

雷雲と見れば、聖書のヤハウエの臨在とも解釈されちゃいそうですね。

 秦氏の、勢力下にあった土地だし。

その秦氏にユダヤ人キリスト教徒説があることと合わせると、こういう解釈が可能な祭があることは面白いですね。

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