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「枯れる」と「涸れる」

「枯れる」と言うと、一般的な意味はこうです。

「涸れる」と、語源が同じなので共通した意味が多いです。

生気を失う。

本来の勢いがなくなる。

乾燥する。

死んでひからびる。

朽ちる。

ところが、「枯れる」と「涸れる」で決定的に違うところがあるのです。

 そう言えば、能力に関係する意味に使用される時なんか...。

「枯れる」には、こういう使い方があるのです。

こういう意味とされるのです。

人物や技術が練れて、深みが増す。
円熟して、落ち着いた深い味わいが出てくる。

「涸れる」には、こういう使い方があるのです。
「詩想が涸れる」
「情熱が涸れる」

こういう意味とされるのです。

感じたり考えたりする力が減って、出なくなる。
必要なものが不足がちになる。

つまり、「涸れる」は意味が一貫しているのに、「枯れる」はそうは見えないところがあるのです。

 でも、変ですねえ。

 どっちも、不足して衰えていく意味なはず。

ただ、字が違うのはそれなりに訳があるのです。

「枯れる」とは、木が古くなること。

「涸れる」とは、水分が固まる、つまり使えない状態になること。

古くなるとは、長い時間生きてきたので円熟し、深みが増すことでもあるわけです。

だから、枯山水には「枯れる」の字が使われるわけです。

 え?

 水が無いからじゃないの。

枯山水では、多くの場合砂が水の変わりに使われるのです。

砂は、石が少ないのではなく、石が小さいことです。

枯山水とは、小さい石を一杯使って、水を表現するのです。

水のもっとも美しい瞬間を、砂で表現するのが枯山水なのです。

 ふうん、一瞬を封じ込めたのが枯山水ねえ。

 じゃ、枯れ節は?

枯れ節は荒節に、さらに優良種のカビを付けて日に干すという工程を繰り返したものを言うのです。

荒節は、生の鰹の頭や内臓を取り除き、1時間ほど煮て、煮えた鰹を何度も煙で燻して、水分が抜けて堅くなったものです。

 だったら、乾燥すると言う、本来の意味では。

その手前を荒節じゃなくって、枯れ節と言っても良いはずでしょ。

 あ、そうか。
 
 この場合も、強くて刺激的な香りの荒節に対して、刺激の無いまろやかな香りの枯れ節。

 円熟し、深みが増すという意味の「枯れる」だったのね。

一方で「枯れる」とは、葉を全て落とした状態でもあるのです。

本質だけが、現われた状態という意味もあるのです。

「芸が枯れる」

こう言われたら、無駄を省いて本質が現われた、もっとも見事な瞬間の芸をいつも演技できる境地になった訳ですね。

「枯れた人柄」

こう言われたら、長い年月を経験してきたような、あるいは、長い年月生きてきただけあって、考えに深みや重みが感じられる境地になったと思うほうが良いかも。

もっとも、「枯れる」を一般的な意味で勘違いして使っている人の可能性も、無いとは言えないです。

 どういうつもりで言ってるかよく聴いて確かめてから、相槌を打ったほうが良いかもね。

 でも、動きの一瞬を封じ込めたように思える造形と言えば薬師寺の東塔がありますね。
 「凍れる音楽」と評された、あの美しい形ですよ。

そう。

枯山水は水の流れの一瞬を封じ込め、鰹節は香りを封じ込め、長い時間伝えるものと言えるかも。

 香りは、いつかは飛んで消えてしまいますけど。

ええ。
香りは、どんなに頑張っても形ほどはもたないですけど。

でも、乾燥させることで生のときよりは、格段に長持ちします。
 
 枯山水も、川の流れの音を封じ込めたとも見えますかね。

枯山水も、「凍れる音楽」と言えると。

確かに、水の神である弁才天は音楽の神でもあるのですね。

 こう見てくると、常若みたいね。

常若は、いつも若々しいさま、とか、いつまでも若いさま、ですからねえ。

枯れるは、円熟して深みが増す、こと。

でも、いつも瑞々しい、つまり新鮮で生気があると言う点は共通していそうですね。

 「枯れる」と「常若」、一見結びつきそうも無い言葉が、瑞々しさで繋がってしまうのかあ。

奇妙に思えるけど、そうなってしまったですよね。

 素敵な話ですねぇ。
 涸れないで枯れた人間になりたい、理想です。

 そう言えば、老という文字、日本語では年をとるだけの意味ですよね。
 
そうですね。

 中国語では、年をとっていても、あるいは実際にとっていなくても、経験豊富な、円熟した、という尊敬をこめた意味がこもっています。

 老酒もしかり。
 古いだけではありません。

 年上の尊敬すべき親しい人には、姓の後ろに老をつけます。
 親しみを込めて、呼ぶの。
 例えば、李老とか。

 今回はうっとりしてしまいました。
 
今回は、ですか...。

 いつまでも生き生きも、すてきですがね。
 ニンニク卵黄飲んで無駄に元気より、円熟とか枯れた感じのほうが、老賢者な感じがしてすきですわ。

無駄にって、本人はそれで満足してるのでしょうけど...。

 自由と夢のあるところは、アメリカのよいところで好きですが・・・ 。

 あのいつまでも若いというか、加齢をエネミーと言ってしまえる 感じはどうもなじまないのね。
 私は、よい感じで枯れて いきたいと願うのでした。

なるほど、そういう意味ですか。

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コメント

ども(◎´∀`)ノ

いつも興味深い話をありがとうございます。

covaさんの独特の語り口、好きですね~(o^-^o)

アメリカは、良くも悪くも若い国ですよね。若さゆえの暴走とでもいいますか。


日本はそういう若造の国を、たしなめられる国であればいいんですけどねぇ。

投稿: Newtype | 2009年5月23日 (土) 17時04分

気楽に、議論を楽しんでいただきたいので。

良い意味で、『NOと言える国』になる必要はありますよね。

もちろん、良い事には素直に『YESと言える国』である必要もあるでしょうけど。

投稿: cova | 2009年5月24日 (日) 10時04分

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