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善悪を知る知恵の樹の実とは。生命の樹 その2

原罪は本当かなど、生命の樹の謎を解くために、いろいろ考えてきました。

 創世記の中に、永遠の生命が与えられる生命の樹と、善悪を知る知恵の樹とあるのはなぜでしょ。

善悪を知る知恵の樹を受け入れてこそ、永遠の生命が与えられる生命の樹を求める資格が得られるのではないでしょうかね。

善悪を知る知恵の樹を食べるとなぜ死ぬか、それは魂が弁証法的発展を遂げる為でしょうね。

 霊と言い換えても、良いのかしら。

良いでしょうね。
 
 否定の否定と言う弁証法の重要な原則を知らないと、この謎はまず解けないのかしら。

陰陽で言えば、生旺墓の一巡を経た新たな生を得る事が否定の否定なのですよね。

 創世記には、主がアダムとイブに警告した事が記されていますよね。
 知恵の樹の実は食べてはならない、食べると死ぬからである、と。

「シュールストレミング」は食べてはならない、あなたはものすごく臭い思いをするからであると、警告された。
それなのに、臭くないから食べてみろとそそのかされて食べてちゃって、やっぱりものすごく臭い思いをしたのと大差ないでしょうね。

 「シュールストレミング」は、世界一臭い缶詰でしょ。

イエスが十字架を必要とした訳も、ご存知でしょう。

 贖罪の子羊は、一面に過ぎないのかな。

生旺墓の一巡を経た新たな生を得る事は、否定の否定なのですよ。

 ヤハウエは受肉し、イエスとなられました。

その段階では、イエスはまだ人の子の段階だったのです。

 受肉って事は、肉体がない霊体であったって事でしょうか。

そう思って良いでしょうね。

 神の息で、アダムが人になったみたいな事かしら。
 ヤハウエが受肉して、イエスになるって。

新たなアダムが、受肉のイエスだったと見ても良いかも知れないです。

 イエスが十字架に架かる必要って、どういうところにあったのかな。
 一段高い霊的存在になる為に、イエスは復活体を得た。

そのために、贖罪の子羊を引き受けられたのでしょうね。

 主の道を歩むなら、誰にでも復活体が授けられると言う奥義もまた、開示されたとか。

そうでしょうね。

 復活体とは、自ら望んでなれる状態ではなく、神の与えてくださる状態ですか。

 どう生きたら、神に復活体を授けていただけるかを、知らないといけない。

 悟るしか、ないのでしょうかねえ。

 どう生きるべきか、どう考えるべきか…。

それを自らの力で悟れる能力が、善悪を知る知恵の樹によって授けられたのでしょうね。

 復活体の為の死を理解して受け入れられるように、善悪を知る知恵の樹の実は食べる必要があった。

弁証法の言う否定の否定は、形式論理の言う否定の否定とは似てるけど違います。

 裏の裏が表となるのは、否定の否定と同じじゃないの。

それは、形式論理で言う否定の否定です。

けっして間違えではないですが、弁証法論理では似た状態に戻るけど同じ状態に戻るのではないのですよ。

 手元の現金を仕入れに使って、仕入れたものを売れば儲かる場合もあるけど、売れなきゃ大損。

 つまり、そういうことですか。

 仕入れる前と、売った後では、手元の現金は増えるか減るかで、同じじゃないような事。

種を播いて、うまく咲けばたくさんの種がとれ、うまく咲かないとまったくとれないときもある、なんて例を挙げる場合もありますね。

 いろいろ、例を挙げられそうですね。

考えてみてくださいね。

裏の裏が表に戻る形式論理の言う否定の否定と違い、弁証法の言う否定の否定は、 螺旋(らせん) 的発展と言われます。

 登山鉄道でよくある、スイッチバックを連想しても良い?

ジグザグな変化も、よくたとえに使われますよ。

聖書に出てくる生きながら昇天なさったとされる方々は、霊による清めである否定の否定によって実質的な復活体となられたのかも知れないですね。

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