« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »

2009年8月

チェンバロの起源を考える。

チェンバロは、ドイツ語でCembalo、イタリア語でClavicembaloと表記されます。
英語ではハープシコード(Harpsichord)、フランス語ではクラヴサン(Clavecin)といいます

 

 チェンバロ、大好きです。

 

鍵盤を用いて、弦をプレクトラム(plectrum)で弾いて発音する楽器です。

 

 プレクトラムとは爪の意味で、鳥の羽軸などからできていますね。
 弦を下から上にひっかいて音を出すのでしょ。

 

今ではプレクトラム(plectrum)は、英語でギターのピックの事を指す言葉になっていますね。

 

チェンバロは、撥弦楽器(はつげんがっき)、または鍵盤楽器の一種に分類されますね。

 

 狭義には、大型の「チェンバロ」を指すでしょ。
 広義には、より小型のヴァージナル(virginal)、ミュゼラー(muselar、 あるいは、muselaar)、スピネット(英語でspinet、フランス語でepinette、イタリア語でspinetta、スペイン語でespinetta)もチェンバロ族に含められるのでしょ。

 

チェンバロは、15世紀から18世紀のヨーロッパにおいて重要な鍵盤楽器でした。

 

 サロンからコンサート会場へと、演奏の場が広い空間になっていったので大きな音を求められたのでしょ。
 
 繊細な音が好まれながらも、ピアノに圧倒されて衰退。

 

でも、楽曲の本来の姿を求める人々によって20世紀に復興され、今日では広範に演奏されていますね。

 

チェンバロの起源は、明らかでありません。

 

 気になるのは、ものすごく弦の多い琴が中国から東ヨーロッパにかけてみられるのですよ。

 

ツィター属打弦楽器といわれる、楽器の仲間ですね。
ツィターの英語表記はZither、フランス語表記はCithare、イタリア語表記はCentra da Travolaです。
ツィターは、チターとも発音され、琴の仲間をさします。

 

 ツィターは、主にドイツ南部、オーストリア、スイスなどでよく使用される弦楽器でしょ。

 

 私の見たのは、打弦楽器ですよ。

 

ツィター属打弦楽器系の楽器として、西南アジアのサントゥール、ハンガリーのツィンバロム、中国の洋金(楊琴)、ドイツのハックブレットがあります。

 

 ポーランド語だと、ツィンバーウィだったような気がします。

 

 ハンガリーと近いですからね。

 

ついでにいうと、ツィター属打弦楽器は英語圏ではダルシマー(dulcimer)とよばれます。
「甘美な旋律」を意味する、ラテン語「dulcis melos」に由来します。

 

 余りの弦の多さに、ピアノの弦を覗き込んだ、みたいな気分になりました。

 

 この琴をもとに、考案したとか。
 
その可能性はありますね。
ツィンバロム(Cimbalom)はハンガリーを中心に東欧諸国に広まっているけど、ドイツ語のチェンバロ(Cembalo)と発音と綴りが似ているのは気になります。

 

 そういえば、スロバキアのあたりでもあるようですね。

 

ツィンバロムが日本打弦楽器協会推奨表記らしいけど、ツィンバロン、チンバロン、などと表記されたりもします。

 

 チンバロンと読むと、チェンバロとそっくりというか、まぎらわしいですね。

 

 ツィンバロムは、ハンガリーを中心とする中欧・東欧地域で見られる大型の打弦楽器でしょ。
 多くのものは39コース以上の弦、4オクターブ以上の音域を持つといいますね。

 

 この琴は東方から伝わったというから、チェンバロの原型はドイツ辺りで誕生しても不思議ではありませんよね。

でも、中東辺りで生まれた手持ちの小さな竪琴から、ヨーロッパのハープとアジアの琴に分かれたのかも。

 

 いわゆる竪琴は、リュラー、リラ、ライアーなどと発音されますね。
 古典ギリシア語でλυρα、英語やフランス語でlyre、ドイツ語でLyraとか Leier、 イタリア語でlira。

 

ハープの起源は、狩人の弓とみられています。
最も古いハープの記録は、紀元前4000年のエジプトと紀元前3000年のメソポタミアといいますね。

 

 確かに、琴やハープの音色に似ていますね。

 

古代の叙事詩やエジプトの壁画に現れ、世界中の多くの音楽文化で発展し独自の展開を遂げます。

 

 聖書にもハープは登場し、ダビデ王が最も著名なミュージシャン。
 実際にはその「ハープ」はkinnorと呼ばれる、十弦の一種のリラだったそうですね。

 

 中東から、ハープと琴に分かれた可能性はありますねえ。

 

チェンバロの発明が何時頃誰によってされたにせよ、必要な技術はすでにその頃育っていたようですね。

 

ニューグローヴ世界音楽大事典によれば、現在知られているもっとも古いチェンバロへの言及は、パドヴァの法学生が残した1397年の記述に見えるといいます。
ヘルマン・ポールという人物が、「クラヴィチェンバルム」(clavicembalum)という楽器を発明したとあるそうです。

 

 チェンバロの形を記録した現存する最も古いものは、北西ドイツのミンデンにあった1425年作の祭壇の彫像だそうですね。

 

鍵盤によって楽器を操作するという発想は、すでにオルガン(organ)において実現されていました。

 

 9世紀に、修道院においてオルガン製作が始まるようになったのでしょ。

 

 おそらくこの頃には、鍵盤楽器になっていたでしょうね。

 

 ただ、当時はまだ礼拝など宗教活動には使用されず、音楽教育を目的とされていたとか。
 
 徐々に広く製作が進められ、10世紀はじめになると修道士たちによってオルガンが礼拝に使用されるようになっていったのでしょ。
 13世紀には、教会の楽器として確立されるまでに定着した。

 

パイプオルガンでは鍵盤は、パイプの音弁を制御する仕組みとして使われてますね。

 

中世にはプサルテリ(Psaltery)が、広範に用いられていました。

 

 中世の宗教画にしばしば描かれている、天使が羽で弾いている三角形の楽器がこれですよね。
 De Arythmetica, De Musicaの写本に描かれた、14世紀のプサルテリが残っていますね。
 
 De Arythmetica, De Musica、それぞれ、美術、音楽って意味かな。

 

 プサルテリは「弦をかき鳴らす」という意味で、12世紀から15世紀の間に使われていた楽器でしょ。
 中近東を起源とし、ヨーロッパに伝わったと言われていますね。
 
 音を出すのには、針金の弦を弓や指、羽でかき鳴らすというから、チェンバロの先祖と言う説もありますね。

 

プサルテリには、チェンバロとの共通点は多いですね。
プサルテリは金属弦が張られ、チューニングピンで張力が調節されており、ブリッジを通して響板に振動を伝え、聞える音量に拡大するという構造を持っていました。

 

チェンバロとの差は、鍵盤の操作によって弦を弾くという構造にあったようです。

 

 オルガン辺りから、鍵盤の発想は来たのかしら。

 

発想はあっても、具体化するには技術が要ります。
ジャックが四角形のタングにはめ込まれたプレクトラムを支えるというのが、標準的なチェンバロの構造です。

 

チェンバロ族は、内部構造の基本はみな同じです。

 

 大きさや外形は、極めて多様だけど。

 

奏者が鍵を押し下げると、もう一方の端が持ち上がる。

 

 シーソーみたいね。

 

鍵盤の反対側の端に載っている、ジャックと呼ばれる薄板状の部品が瞬間的に跳ね上がる。

 

 シーソーのリレーですねえ。

 

ジャックの側面に装着された鳥の羽軸などからできたプレクトラムつまりツメが、弦を下から上にひっかいて音を出す。

 

 「鹿威し(ししおどし)」 か!

 

違うでしょうが!

 

奏者が鍵から手を放すと、もう一方の端も元の位置に戻り、ジャックも下がる。

 

プレクトラムは弦を回り込んで落ちるための機構「タング」の上に装着されているため、弦に強く触れない。

 

 タングって、舌ってことかな。
 弦を回り込んで落ちるための機構「タング」、器用ですねえ。

 

鍵が元の位置に戻ると共に、弦の振動はジャックの上に付けられたフェルト製のダンパーによって止められる。

 

木製なので、湿度に弱いため調律が安定しにくく、演奏者は演奏のみならず、自ら調律の技術も要求される。

 

 チェンバロは外見はピアノに似ているが、発音の仕組みがピアノと異なるのですね。

 

 プレクトラムつまりツメが弦を下から上にひっかいて音を出すため、音色などもピアノよりハープに近い。
 だから、ハープシコードともよばれるのですね。

 

ツヴォレのアンリ・アルノーの記した楽器に関する1440年頃のラテン語写本には、ピアノのアクションの原始的な形態ともいえる構造も載っているそうです。

 

 このラテン語写本には、ジャックのアクションの、3つのタイプの詳しい図が掲載されてるとか。

 

14世紀は、ぜんまい仕掛けやその他の機械技術が発展した時代です。
チェンバロの発明にも、充分な土壌が育っていたかもしれません。

 

 ドイツやチェコといえば、技術で有名だけど。
 その基礎って、この頃にあるのかな。

 

初期のチェンバロは、音域においても弦長においても小さかったようです。

 

 初期チェンバロにおけるもう一つの発達は、大きさの増大であった。

 

その例の一つが、セバスチャン・ヴィルドゥングがバーゼルで1511年に出した『音楽概観』(Musica getutscht)の中にみられるそうです

 

ヴィルドゥングはこの本で、チェンバロの仲間の3つの楽器を紹介しているといいます。

 

「ヴァージナル」は38鍵、「クラヴィツィンバルム」は40鍵、「クラヴィツィテリウム」は38鍵の音域を、それぞれ持っています。
これはいずれも、後のチェンバロからみるとはるかに小さい。

 

 一段鍵盤だけじゃなく、二段鍵盤、三段鍵盤もあったのでしょ。

 

移調、つまり曲全体の調を変えて演奏することを容易にする目的が、二段鍵盤、三段鍵盤にはあったようですね。

 

 一本の弦に、二つも三つも鍵盤をつけるなんて、複雑な構造ですよね。

 

移調とは、例えばハ長調の曲すべての音を長2度上げることによってニ長調の曲として演奏することをいいます。

 

オッタヴィーノとは通常の音高よりもオクターヴ高くなるような小型の楽器で、弦長を短くすることで小さく作られています。

 

現代の製作家フランク・ハバードは、初期の小型はいずれも「オッタヴィーノ」の一種であったろうと述べているようですね。

 

オッタヴィーノはチェンバロ製作史の初期には一般的に見られる楽器であったようです。

 

 面白いのは、クラヴィツィテリウム(clavicytherium)ですね。

 

クラヴィツィテリウムは響板と弦が垂直に、奏者の顔の前にくるように立てられた楽器です。

 

 この省スペース原理は、後のアップライトピアノでも用いられてますね。

 

弦が地面と垂直に走るため、ジャックの動きは地面と水平になってます。

 

 ジャックが四角形のタングにはめ込まれたプレクトラムを支えるというのが、標準的なチェンバロの構造でしょ。
  
 クラヴィツィテリウムは、ジャックの側面に装着された鳥の羽軸などからできたプレクトラムつまりツメが、弦を横にひっかいて音を出す。

 

ええ。
クラヴィツィテリウムのアクションは、地面に垂直な鍵盤の動きを水平な動きに変換するという、より複雑なものとなっているのです。

 

 チェンバロがあったから、今のピアノもある…。

 

でも、ハープがあったから、チェンバロも、ピアノもあったのでしょうね。

 

チェンバロの仲間には、まさにハープと鍵盤の合体したような形もあります。

 

 すごいチェンバロですね。

 アジアの琴も、関わってるかもしれないし。

 

実際、ツィンバロムの仲間にはピアノと似た音色を出すものがあるので、ピアノの先祖とみる声もあります。

 

 ツィンバロムとチェンバロ、名前も似てますし。

 

でも、打弦楽器ツィンバロムをわざわざ、撥弦楽器チェンバロにするあたりが面白いですね。

 

 中東で生まれた琴が、ヨーロッパで撥弦楽器、アジアで打弦楽器に展開したのは興味ありますね。

 

打弦楽器ツィンバロムをわざわざ、撥弦楽器チェンバロにしたのも、琴は爪弾く物という文化に弦の堅いツィンバロムを強引にあわせようとしたからかも。

 

そうみると、琴を撥弦楽器として演奏し続けた日本は、アジアよりもヨーロッパに近いといえますね。

追記

よくチェンバロとチェンバロン(ツィンバロンcimbalon)とを、間違えていることがあります。

チェンバロンはジプシーやチロルの人たちが今でもよく演奏している民族楽器で、左右に交差している弦を茶杓のような物で叩いて音を出す楽器であるが、実はそのチェンバロンがチェンバロの語源になっていると言ったら驚かれる方も多いでしょうね。

チェンバロンのドイツ語名はハックブレット(Hackbrett)で、これは似ても似つかない。

ギリシャ語やフランス語では(Tympanon チンバロン)そしてお国芸のハンガリーでは(Cymbalon)大分近づいて来たようだが、何とイタリア語では、読みはそのものずばりで(Cembalo)となります。

いづれにしても、語源は皆同じで、『打って鳴らす楽器』という意味なのです。

では今日私達が呼んでいるチェンバロはどうなのでしょうね。

本当はチェンバロの正式な名称は『クラビ・チェンバロ』と呼び、『クラビ』とは鍵盤のことで、『鍵盤付きのチェンバロン』ということになるのです。

追記

関連記事です。

琴の起源は? 

ポチッとよろしく!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

惑星と恒星の境目はどこ?

太陽系外惑星(たいようけいがいわくせい)とは、太陽系にとっての系外惑星、つまり、太陽系の外にある惑星です。

 太陽系(たいようけい)の外惑星(がいわくせい)ではなく、太陽系外(たいようけいがい)の惑星(わくせい)ってことね。

 こういうときって、漢字だとややこしいって感じ。

その点、ヨーロッパ、例えば英語だと"Extrasolar planet"だからわかりやすいですね。

 そうね。

太陽系の外惑星は太陽系の惑星のうち、地球よりも太陽から遠い軌道をめぐる惑星の事です。

外惑星の対義語は、内惑星です。

外惑星は、"superior planet"のほか"outer planet"とも訳されます。

一方の内惑星には、"inferior planet"や"inner planet"の訳があります。

"inferior ", "superior "は、地球より内側か外側かで区別したものです。
それに対して、"inner"," outer "は、それぞれ太陽系の内側にある地球型惑星と外側にある木星型惑星および天王星型惑星を指すものです。

 今回は、太陽系外の惑星の話ね。

太陽系外惑星とは、多くの場合、太陽以外の恒星の周りを公転する星を指します。

 恒星以外の星を、回る惑星もあるの。

白色矮星やパルサー、褐色矮星を回るものも、見つかっています。
他にも、さまざまな星を回るものが想定されます。

白色矮星(はくしょくわいせい、white dwarf stars)は、恒星が進化の終末期にとりうる形態の一つです。
質量は太陽と同程度から数分の1程度と大きいです。
直径は地球と同程度かやや大きいくらいに縮小しています。

 非常に、高密度の天体ね。

シリウスの伴星(シリウスB)やヴァン・マーネン星など、数百個が知られています。

パルサー(pulsar)は、パルス状の可視光線、電波、X線を発生する天体の総称です。
回転しながら可視光線、電波、X線を出します。

パルスの間隔は、数ミリ秒から数秒が多いが、まれに5秒を超えるパルスを発するパルサーも存在します。
その周期は極めて安定していて、まるで灯台の光のように点滅して見えるので、宇宙の灯台とも呼ばれます。

1967年に、アントニー・ヒューイッシュとジョスリン・ベル・バーネルによって発見されました。

超新星爆発後に残った中性子星がパルサーの正体であると考えられており、現在は約1600個確認されています。

褐色矮星は、質量が小さすぎるために、主系列星になることができない天体です。
天体の分類上は、恒星にも惑星にも入らない、およそ木星質量の13-75倍程度の星です。

主系列星(しゅけいれつせい)とは、HR図上で、左上の明るく高温から図の右下の暗く低温に延びる線である主系列 (Main Sequence) に位置する恒星をいいます。
HR図上とは、縦軸に絶対等級、横軸に表面温度を表すスペクトル型をとった恒星の分布図のことです。

いかなる天体も回らない惑星大の天体である浮遊惑星を、惑星に含めるかどうかは議論があります。
発見法が異なることなどから、系外惑星についての話題の中では浮遊惑星は別扱いすることが多いです。

今回もちょっと前だけど、日経サイエンス2001年3月号より面白い記事を要約で紹介しましょう。

太陽系外惑星は、本当は恒星?
著名研究者の説で論争巻き起こる
      George Musser

太陽系外惑星探しで名を馳せた研究者が主張している「太陽系外の惑星とされているのは、本当は小さな恒星」という説に証拠がいくつか現れ、天文界で議論になっている。
異議を唱える研究者は、証拠が不十分とし、この説自体が誤りと主張しているが、当たっている部分もあるとする研究者も出ている。

ただ、この説を確認するにはデータが不十分で、それを見極める観測が繰り広げられそうだ。

この説を唱えているのは、米国ヒューストンにある月・惑星研究所のブラック(David C.Black)だ。
彼はかつて米航空宇宙局(NASA)の惑星探しのリーダーを務め、1980年代には太陽系外惑星といえば誰もが彼を思い浮かべるほどだった。
ただ、実際に太陽系外惑星が見つかった1995年を境に名声は凋落し始めた。
発見された天体が私たちの太陽系と似ていないため、ブラックは太陽系外惑星でなくて恒星を惑星と誤って判定したと主張し始めたからだ。

ブラックは観測の裏づけのないまま自説に固執してきた。
ただ、最近、ブラックの考えを裏付ける証拠が初めて出てきた。
2000年10月、米カルフォルニア州パサデナで開かれた惑星科学会の分科会で、ピッツバーグ大学アレゲニー天文台の惑星探しのベテラン研究者ゲイトウッド(George D. Gatewood)は、ブラックや当時大学院生だったハン(Inwwo Han)との研究成果を発表した。

彼らは太陽系外惑星と目される星の公転の中心となる恒星が左右にゆれていないかを調べた。
その結果、彼らは多くの場合、左右の揺れがかなり大きく、恒星の伴星が質量の大きい褐色矮星(わいせい)か小さめの恒星だろうとの結論に達した。

ブラックによれば、太陽系外惑星とされる天体は質量分布や軌道からも恒星の特徴に似ている。
しかし、かつて彼と同じ見解をしていたハワイ大学ヒロ校のヒーコックス(William D. Heacox)をふくめ多くの天文学者はいまでは、ブラックが時代遅れの考えにしがみついていると考えている。

これまでの観測では決着つかず

厳密に言えば、観測には常に抜け穴がある。

惑星系の中心の恒星のゆれ動きには、2つの成分がある。
1つは観測方向に沿った動き(視線速度)で、もう1つは天空を横切る方向の動き(天文位置速度)だ。
後者の方で突き止められるのは、恒星とされる伴星が恒星のように大質量の場合だけで、ほとんどすべての太陽系外惑星は前者による判定に頼らざるを得ない。
しかし、視線速度法だけだと惑星の質量の最小値を示すにすぎず、本当の惑星の質量は大きいかもしれない。

ゲイトウッドらは、「ピッパルコス衛星」で得た天文位置データに視線速度法を加味した。
彼らは伴星を持つ30の恒星のうち15に天文位置の動きのある事を見いだした。
これは伴星が褐色矮星恒星なのかを暗に示している。

カルフォルニア大学バークレイ校の有名な惑星発見者マーシー(Geoffrey W. Marcy)は「ブラックの主張は完全に間違っている」と言う。
彼らは推測される方位の動きはありそうもないと主張している。
伴星のうち4個は観測方向から1度以内の軌道にあるという。
その方位をもつ天体で、ある質量の1つの伴星がその方位にある確率は1/5000程度しかない。
こうした天体は見つかっていない。

テルアビブ大学のマゼー(Tsevi Mazeh)とツァッカー(Shay Zucker)は真実は両説の中間にあるという。
彼らは実際にその天体の2つだけが恒星の質量をもっていることを確認した。
ほかの天体では天文位置の動きがなかったという。

ブリュッセル自由大学のプベー(Dimitri Poubaix)は最初、テルアビブ大学と同様の結果を得たが、その分析が微妙な計算誤差から導かれているのではないかと疑っている。
論争にけりをつけるには、高精度の天文位置測定が必要になる。
伴星からの赤外線を直接観測する事も、予定されている。

太陽系の外とはいっても、恒星と惑星の区別が揺らいでるのは興味深いです。

 太陽系でも、恒星と惑星の区別が揺らいでくるのかしら。
 揺るがすデータは、出たのかなあ。
 そのうち論争が、飛び火したりして。

そうなったら、面白いですね。

恒星と惑星の差って、大きさじゃないようですよ。

 じゃ、重さはどうよ。

あ、そうですねえ。
こんな記事、ありました。

古典的な系外惑星検出法がついに成功
【2009年6月2日 NASA JPL】

系外惑星を見つける方法として50年前から試みられていた「アストロメトリ法」が、初めて成果をあげた。
発見されたのは、恒星と惑星の直径がほとんど同じという奇妙な惑星系である。

一般に系外惑星を探すときは、惑星自体の姿ではなく、惑星の影響によって中心の恒星のスペクトルや光度に生じるわずかな変化を検出するという手法がとられてきた。
1995年以来、「ドップラー法」や「トランジット法」と呼ばれるこうした手法で、300個以上の系外惑星が見つかってきた。

ところで、系外惑星第1号発見に至るまでには長い捜索の歴史がある。
その中でドップラー法などよりも古く、50年前から試みられながら、失敗に終わってきたのがアストロメトリ法だ。

惑星は恒星の重力にとらえられて回っているが、恒星の方も惑星の重力に引きずられていて、惑星の公転に伴ってわずかに動いている。
こうして恒星の位置が変化するのをとらえるのがアストロメトリ法だが、ひじょうに高い分解能が必要とされたため成功例はなかった。
代わって脚光を浴びることになったドップラー法は、恒星の位置ではなく、われわれに近づいたり遠ざかったりすることでスペクトルが変化するのをとらえる方法である。

「アストロメトリ法は太陽系に配置が似ている惑星系、つまり第二の地球が存在するかもしれない場所を探すのに有効です」とNASAジェット推進研究所のSteven Pravdo氏は語る。
地球に近い恒星であれば、より高い精度で位置を測定できる。
その大半は質量が小さくて暗い恒星なので、惑星が恒星に近くても、あまり熱くならずに生命に適した環境を保てる可能性がある。

Pravdo氏らはパロマー山天文台の5mヘール望遠鏡で、12年間にわたり30個の恒星を断続的に観測し続けた。
ヘール望遠鏡は60年の歴史を持つ古い望遠鏡だが、大気による恒星像のゆらぎを補正する補償光学装置を備え、さらに16メガピクセルのCCDで撮影することで高い精度を実現した。
その結果、わし座の方向約20光年の距離にある恒星「VB 10」の位置に、3km離れた髪の毛1本ほどのわずかなずれが確認された。
アストロメトリ法による初めての系外惑星発見である。

発見された惑星「VB 10b」は巨大なガス惑星で、質量は木星の6倍。
一方、VB 10は質量が太陽の12分の1(木星の約90倍)ほどしかなく、かろうじて恒星としての輝きを保っている。
両者の質量には大きな差があるが、直径はほとんど同じだと考えられている。

ますます、星の世界も面白い話題が出そうですね。

 ここでも、恒星と惑星の差をどう説明するかが、問題ですよね。

そうですね。

 核融合モデルは、恒星は惑星よりも、軽い、大きい、この二点に支えられてきたと言えますね。

燃焼では短期間だから、核融合だろうと言うのが、根拠の仮説なのですよ。

 燃焼にも、燃えれば軽くなると言う事実からフロギストン説があったでしょ。

フロギストン説 (phlogiston theory) とは、「燃焼」はフロギストンという物質の放出の過程であるという説ですね。

 フロギストンとは燃素のことで、科学史上のひとつの考え方で、「燃素説」とも呼ばれたでしょ。

この説そのものは、決して非科学的ではなかったけど。
より現象を有効に説明する酸素説が提唱されたことで、忘れ去られていったのですね。

 燃えると重くなる例が見つかって、燃焼は酸素との化学反応であるという、酸化説に変わったですよね。

核融合説で具合の悪い例が出れば、恒星の光る原理に、やがて新説が出るかも。

 求めよされば与えられん。
 叩けよされば開かれん。

 さて、どんな答えを求められるのかしら。

恒星の見直しは、避けられないかも。

 惑星も光ったりしてねえ。

イエスが光ったように、ですか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

神集島

唐津湾沖の神集島(かしわじま)は、はっきり隆起地形を示す、まっ平らな島です。
 
 遣新羅使人の、日本最後の停泊地でもありますよね。

蒙古碇石、鬼塚古墳群など貴重な文化財が点在し、キャンプ場、民宿なども整備されています。

 この島の近くには、大陸との交易をしていた水没船の陶器などが沈んでいるそうね。

 唐津といえば唐津焼など、有名ですよね。

沈んでいるのは唐船、つまり中国の船で中国の陶磁器が多いそうですけど。

 中国の陶磁器、ですか。

神集島の名前は、 「柏」の木に由来するともいわれるのです。
この島は、万葉の昔から盛んに和歌の題材ともなった「狗島亭」で、中国、朝鮮へ渡る航路の最良の風待ちの港でもあったのです。

また、神宮皇后が、朝鮮に出兵した折りに神々を集めて海上の安全を祈ったことに由来するとも言い伝えられています。

けれども、この島は、その変った形から昔から、神様たちの集会場と言われていたとも伝えられており、古くからなんらか祭事にかかわっていた可能性があるのです。

対岸の唐津は「からの国」つまり中国へ向けて船を出す港(津)という意味で、古くから大陸との交通の拠点として栄えたのです。
伊能忠敬が地図作りに立ち寄った時、石垣は神宮皇后の時に作られたという説を聞き、一応そう記録には書き記しています。

余所から運んだ石を、人が抱えて積み上げたとしか思えないこの石垣は、大きな謎です。

また近くには、加部島という小さな島があります。

 この加部島には、式内社の田島神社があるでしょ。

こういう神社系の弁天では御祭神は当然市杵嶋姫神、あるいはその姉妹の湍津姫神・田心姫神を併せた宗像三女神になっています。

 神集島に立ち寄ったとされる神宮皇后も、応神天皇、玉依姫命または仲哀天皇と、八幡神社には三柱の神として祀られる神ね。

ときとして墨江三前神、保食神(倉稲魂命)を加えて五柱の神、または、五柱の神を加えて七柱の神として祀られる事もあります。
これを考えると、この地域がかなり意味深な場所であると言えるかも。
 
 距離が離れていると言っても、同じ九州北部の水域ね。

神の島とされる沖ノ島は、朝鮮半島と九州のちょうどまん中にあり、古墳時代になると神を祀る祭りがおこなわれる場所であったのです。

このあたりは、百済や新羅から倭国へ大陸の貴重な物資を運ぶための重要な航路となっていたのです。
そこで倭王権は、航海の安全と国家鎮護のためにここを神聖な場所として、お祭りをおこなったのです。

沖ノ島の海底にある遺跡状の地形は、地上の祭司場によく似ていると、指摘されています。

 神集島は、名前などに神が絡んでますよね。

地上の祭司場とまったく無関係とは、ちょっと考えにくい気がします。

沖縄では、与那国島のほかに、慶良間島、喜界島、粟国島、そのほかにも、東京湾、十三湖、足摺岬など、日本各地に未発見も含めて多くの水没遺跡があるとも、言われていますよね。
これらは今後の調査が、どう結論を出そうとも、興味深い結果が出る事だけは、期待できると思うのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

鳥居。

鳥居って、独特な形をしてますよね。

 もとは、二本の柱を立てて、注連縄を張っていたのでしょ。

それを知るユダヤ人のなかには、ユダヤ教の神殿に立っていた二本の柱を連想する人も居るようですね。

 ヤキンとポアズ、ですね。

でも、これとよく似たものは古代エジプトの神殿にも立ってますよ。

 オベリスクでしょ。

 でも、エジプトもユダヤも、二本の柱を立てているだけでしょ。

注連縄のような飾りは、日本だけのようですね。

 古代エジプトの神殿といえば、中には中庭があって、列柱の間、そして、神像が鎮座する空間があるでしょ。

なにか、似てませんか。

 日本の神社って、拝殿と階段と本殿と、でしょ。

 エジプトの神殿は、中庭と列柱の間と神像の鎮座する空間、でしょ。

そこに、入り口の二本の柱ですよ。

 そっくりじゃないですか!

 おまけに、最高神は太陽神を祀り、動物神がいる。

 最高祭司は、地上の太陽神というところまで。

 そういえば、古代エジプトの太陽の船には、船の先頭である舳先(へさき)に鳥がいますね。

神社そのものが太陽神の船に見立てられた、と言う解釈も可能かも知れませんね。

 日ユ同祖論からは、鳥居はトーラーの転化ではないかという意見がでたりしませんか。

鳥居とは、神の使いである聖霊の象徴としての鳥が居る場所を指すとか、言いそうですねえ。

日ユ同祖論者は、日本の神社を古代イスラエルの神殿と比べたがりますよね。

 ヤキンとポアズ、聖所、至聖所。

 階段は、捧げ物の場所にありますね。

 賽銭箱まである。

 古代エジプトの神殿には、賽銭箱はないですね。

そのうえ、神輿はアークに似ています。
神輿を担ぐ姿は古代になればなるほど、古代イスラエルに似るようです。

 鳥居の形も、ユダヤ人からみれば、すごい似てるものがあるでしょ。

 ヤハウエיהוהをさす一文字“ה(へー)”を筆記すると、鳥居にそっくりになるの。

 ヘブル語サイトで、“ה”一文字の宗教アイコンがあるの。

 書いてある字の格好は、鳥居そのものよ。

昔の鳥居や、神社の社殿に掲げられる注連縄にも、古代イスラエルで神殿で臨在した雷雲姿のヤハウエを表しているという解釈がありますね。

 鳥居は、イスラエルの神ヤハウエ、だったりするとか。

そうかも。

飛鳥昭雄と三神たけるなどは、鳥居とはヤハウエを表すへブル語“ヨッドヘーヴェブヘーיהוה ”を縦に書いた姿だと言ってますね。

 古代のエジプトの神という解釈も、出来ますかね。

ジェド柱という、神聖とされる存在はあったけど、神とまではどうでしょうね。

 ジェド柱は、オシリスの背骨と言われているでしょ。

 ジェド柱は、「安定」を表わしたのね。
 古王国時代には、メンフィスの守護神プタハと関係付けられていたの。

 ジェド柱は周囲に穀物の束を縛りつけた棒を、図案化したものといわれます。

 オシリス神の象徴と考えられるようになったのは、新王国時代にプタハがオシリス神と習合してから。

 新王国時代の頃の棺には、ジェド柱を死者の背骨とあたる部分に描いたと言います。
 オシリスと同一視された死者の、安定や再生を願ったの。
 
ジェド柱は、単独で表現されるだけではなかったですよ。

 装飾などのときには、「ティト」や「アンク」のヒエログリフと一緒に使われてますね。

王権の概念とも、結びつけられていますね。
柱自体が擬人化して描かれたり、王は「ジェト柱を建てる儀式」を王権の安定を願って行いました。

 じゃあ、古代イスラエルのヤキンとポアズにも、何らかの形で引き継がれているのかしら。

カッバーラを、飛鳥昭雄と三神たけるの言うように陰陽で見てよければ、面白い解釈ができます。

 左の陰を死、右の陽を生、でしょ。
 左の柱であるボアズに陰と死、右の柱をヤキンに陽と生、再生と安定のジェド柱に当たるのかしら。

だとすると、古代エジプトの左右のオベリスクも、左の陰を死、右の陽を生、でしょうか。

 オベリスクも、再生と安定のジェド柱に、当たるのかしら。
 
 日本とエジプトは、古代イスラエルで繋がるのかしら。

ここだけみれば、そう言われそうですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

日本とフランス?

お笑いタレントで、名倉潤っているでしょ。

 お笑いトリオのリーダーで、ツッコミ担当でしょ。
 兵庫県姫路市出身ですよね。

ある番組で、彼の顔にそっくりなあるものを見つけたって、話題にしてましたね。

 なにに、似てたの。

画家モーリス・ユトリロ(Maurice Utrillo)の母でやはり画家の、シュザンヌ・バラドン(Suzanne Valadon)の顔。

 純日本人なのに、どこか異国の顔立ちのヒトって…。
 昔の時代ほど多いですよね、実は。

今も、いるでしょうけどね。

 ちょっと失礼して・・・。
 はい、それは私です

 ヴァラドン、かなり奔放な人だったそうです。

 ユトリロが若くしてアル中になったのも、母親の奔放な生き方のせい?

 今だったらとんでもない親だけど、才能があったから、評価されているのね。
 以前東京でもヴァラドンの展覧会があって行きましたが、なかなか良いです。

 モーリス・ユトリロって、エコール・ド・パリの画家のなかでは珍しくフランス人だった。

 シュザンヌ・バラドンは、著名な画家のモデルをしてたでしょ。
 本名はマリー=クレマンチーヌ・ヴァラドン(Marie-Clémentine Valadon)。

そうです。

 こんどは、日本とフランスですか。
 以前は、イタリア、ギリシャ。

日本とフランスは、全く無関係じゃないですよ。

 アメリカで見つかった、アイヌに似た古代人骨にスペインやフランスの様式で作られた矢じりがあったのでしょ。

 シャンソン歌手淡谷のり子は生前、東北弁とフランス語は発音が似てるので訛りがわからないっていってたはず。

やはり、名倉潤ですけどね。
以前にも、縄文人の顔を復元して描いた女性が、顔がそっくりすぎると突っ込まれてました。

 今の若者は、栄養もとってるしねえ。
 手足も伸びて西洋化してるという説も、よく聞きますが…。
 昔の写真を見ると、むかしのひとの方がずっとかっこよかったかもなぁ…
 と思うこの頃です。

 アイヌって、縄文の人に近いでしょ。

 そのアイヌに似た人骨のそばに、スペインやフランスの様式で作られた矢じりがあったと言う事は…。
 
 そういえば、作家ジョゼフ・ラドヤード・キップリングは長崎でバスク人に似た青年が引く人力車に乗ってる。

西日本といえば、地中海世界と食文化が似てますよねえ。

 日本って、フランスやスペインから、来てる人たちがいるのかしら。
 古代だけど…。

佐賀県の吉野ヶ里遺跡からは貝紫で染色された絹織物片が出土してます。

貝紫は、紫外線を吸収して発色し、一度染まった色は退色しないという不思議な性質を持ってます。
 
アクキ貝科の巻き貝によって、紫色に染める技術の事です。

 古くから、高貴な色として珍重されてきましたよね。

 貝紫って、見てみたいなぁ。

貝紫とは、「帝王紫」とも呼ばれました。

何故高貴な色かというと、1個の貝からは、ほんのわずかしか採れず、染料を採るのに膨大な数の貝が必要とされているからです。

吉野ヶ里の地に、高度な弥生の染織文化があったことの証明です。

 1987年に佐賀県吉野ヶ里遺跡から発見された絹織物でしょ。
 わずかに、紫の染料が付着していた。

 それが、貝紫だったのでしょ。

貝紫染色は、いままで地中海世界のものと思われていましたね。
発祥の地は、エジプトとも、レバノンのベイル-トとも言われていますけど。

 貝紫染色は、地中海に栄えた海洋国家フェニキアの技術として「旧約聖書」に載ってるそうね。

フェニキア人は、緋紫の人々という意味ですね。
カナン人ともカナアン人とも呼ばれた、貝紫の技術を持つ人々だったです。

貝紫染色は、紀元前1600年頃から始まったとされています。
貝紫で染めた織物は、フェニキアのガラスと並ぶ一大特産品で、1gの貝紫染料が、金10~20gに匹敵したとも言われます。

 15世紀半ば乱獲によって、幻の色となってしまいましたね。

古代ローマ帝国の英雄ガイウス・ユリウス・カエサルは、自らの衣服を貝紫で染めたです。

 自分でやった訳じゃないでしょ。

もちろん、染めさせたに決まってますよね。

カエサルが愛した女王クレオパトラ7世フィロパトルには、旗艦の帆が貝紫に染められていたと言う史実があります。

 沖縄海底に、遺跡と見られる地形があるでしょ。

 沖縄大学教授の木村政昭は、その近くから見つかる古代文字などからフェニキア人が関係してると見てますよね。

今から4000年くらい前に、沈んだのではと主張してます。

 でも、そこまで行かなくても…。

マン島の尻尾が短い猫は、フェニキア人が日本とかインドから連れてきたという言い伝えがあります。

 グレートブリテン島とアイルランドに囲まれた、アイリッシュ海の中央に位置する淡路島ほどの小さな島ね。

アメリカで見つかった古代人骨は、イギリス人とアイヌと、両方に似てたのです。

 幕末に日本を訪れたヨーロッパ人は、ブリテン的な顔の人々がいると伝えてますよね。

 ところで、フランスと日本ですけど。

縄文時代に、鍵があるのでしょうかね。

 結局、ただのネタ振りですか。

日本と地中海世界、繋がっていると言うお話だったです。

 だったら、最初から…。

フランスだって、地中海ですもん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

重力と電磁力?

以前、複素数と重力は関連がありそうとお話しました。

要点だけ、振り返ってみましょう。

 複素数は、作用と反作用の対を表現している。

 虚数は、逆方向や反作用とか可能性に対応し、実数は正方向や作用とか現実性に対応する。
 
 全ての事柄は、可能性と現実性の総和からなる。

 確率論と複素数は、一つの事象の二つの側面。

 空間と時間の4次元も、実は複素数。

 時空の4次元とは、エネルギーに満たされた空間。
 つまり、時空の4次元とは、二乗によって虚数単位が取れた姿で描かれた時間が足し合わされた空間。

 時間とは変化であり、変化とは可能性が現実性を生み続ける過程の連続である。

 重力は、引力と斥力からなる可能性がある。

今回は、重力と電磁力は似ていると言う展開を追ってみます。

 難解な用語と式の羅列じゃ…。

考えだけ追う分には、ほとんど要りませんよ。

 重力の引力はともかく、斥力はまだ定説じゃないでしょ。

仰るとおりです。

けれど、重力と電磁力は似た式で表せると言う指摘もあるのですよ。

さらに、重力と電磁力などを統一する理論を作ろうとすると、重力を複素数で表すことになると言います。

 アインシュタインも、統一場理論に複素数場の考えを入れようとしたそうね。

そうしないと、重力が統一場に収まらないと言う訳でしょうね。

 虚数の定義の一つが、「2乗した値がゼロを超えない実数になる」でしょ。
 絶対に「ゼロを超えない実数」とは、マイナスでしか表現できない数。
 反対向きの変化が、マイナスでしょ。

じゃ、重力についてみたらどうでしょ。

 引力をプラスとすれば、斥力はマイナス。
 斥力をプラスとすれば、引力はマイナス。

 どっちを実数にとり、虚数にとっても複素数ですねえ。

つまり、重力を引力と斥力からなると見れば、電力と磁力からなる電磁力と似た式になっても不思議ではありません。
そして、重力と電磁力の統一で、重力が複素数になってしまうのも、当然となってしまいます。

 電磁力は、単純化すると電子が震えて出るもの、でしょう。

電磁力は、電子がエネルギーを取り込んだり吐き出したりすることで発生するのですが…。
単純化すれば、そうでしょうね。

 じゃあ、重力も振動から発生するとか。

これ以上下がらない温度である絶対零度でさえ止まらない、“ゼロ点振動”とも言われる“零点振動(Zero-point motion)”はありますよ。
あらゆる物理現象、生物現象、経済現象に現れる“f分の1ゆらぎ”も、この零点振動と関わりがあるかもしれないです。

この零点振動が、重力発生と深く関わる可能性はありますね。

 そういえば、電子などは“仮想光子(virtual photons)”に包まれているって言われますね。
 仮想光子は、この零点振動で発生する電磁場と、繋がっていますかねえ。

 まるで呼吸するように、エネルギーを出し入れしている電子は、光を呼吸してるようなものでしょうかね。

仮想光子とは、零点運動や原子核をまわる時など出ていると見られている「見えない」光ですね。

零点振動と仮想光子とを結びつけるのも、面白い見方ですね。

 そういえば、光子の場合には零点振動は零点輻射というとか。

輻射とは、電磁波の放射に対して使われる用語ですね。

 零点振動で、電磁波が出てる。
 それが、仮想光子となって粒子にまとわり付いているってことねえ。

質量があると、空間を歪めて重力を引き出すと言ってるのが一般相対性理論。

 ちょっとまって、それって重力の正体は引力ではないと…。

アインシュタインの時代も、今も、重力は引力しか見つかっていないので、重力すなわち引力と見られていましたけどね。

 零点振動と仮想光子とを、複素数で表す重力と結び付けたら面白いって。

考える余地は、あるのでは。

宇宙マイクロ波背景放射cosmic microwave background (radiation)とよばれ、CMBとかCMBRと略される、天球上の全方向からほぼ等方的に観測されるマイクロ波があります。

この、宇宙マイクロ波背景放射と重力のあいだに、もしも今考えている素粒子段階の零点振動をはさんで関連があれば面白い展開になる可能性があるのです。

 どういうこと。

宇宙背景放射 cosmic background radiation略して CBRとか、マイクロ波背景放射microwave background radiation略してMBRともいいます。
放射の同義語である輻射をもちいて、宇宙マイクロ波背景輻射、宇宙背景輻射、マイクロ波背景輻射という場合もあります。

そのスペクトルは、2.725Kの黒体放射に極めてよく一致しています。
黒体(こくたい)Black bodyは、完全放射体ともいわれます。
外部から入射する光・電磁波による熱放射などを、あらゆる波長に渡って完全に吸収し、また放出できる物体のことです。
黒体からの、熱などの放射を黒体放射といいます。

宇宙マイクロ波背景放射は、単に黒体放射温度から、3K背景放射、3K放射ともいいます。

 このKは、絶対温度ケルビンkelvinの略ですよね。

宇宙マイクロ波背景放射の特徴の一つに、エネルギー分布が黒体放射と非常に良く一致しているという点があります。
宇宙マイクロ波背景放射の顕著な特徴は、非常に高い精度で等方的であるという点である。

実際は、宇宙マイクロ波背景放射の温度は場所ごとに異なっている、すなわちわずかに非等方性がありますけど。

 ある方向でのスペクトルは、黒体放射にほとんど一致するといって良いほど似ているのでしょ。

ええ、全体としてはあってるといっていいでしょ。

 宇宙マイクロ波背景放射が場所ごとに異なっている理由と、重力と関係あると面白いけどね。

問題は、裏が取れるデータですけどね。

 電磁力と重力が似た式って、やっぱり重力も対になった力を考えないといけないってことね。

 だとすると、重力も陰陽のような構造なのかしら。

そうかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

邪馬台国と狗奴国はどんな国だったか?

日本史の謎の一つに、邪馬台国はどこかと言うのがあります。

 いろいろ言われているけど、西日本の大半を押さえていた勢力が邪馬台国だったりして。

でも、そうなると東日本の大半を押さえていたのは狗奴国ってなりませんか。

 そこで、気になるのは畿内説で有力視している纒向遺跡ですね。

ところで、邪馬台国はどの時代と思いますか。

 どの時代って…。
 古墳時代より前でしょ。

纒向遺跡は、縄文時代後・晩期からと推定されます。
砂岩製の石棒破片が土偶や深鉢などが、粗製土器片やサヌカイト片に混じって、遺跡のあちこちから出土しているといいます。
 
 縄文時代の集落が営まれていたと、考えられるの。

邪馬台国の有力候補地は縄文遺跡にあったというなら、邪馬台国は縄文時代と見るのは自然でしょ。

 縄文時代の東日本を広く押さえていた勢力も、あった可能性はあるのでしょ。
 それって、狗奴国だったりして。

纒向遺跡が、弥生に跨るかどうかも発掘を注目しましょ。

 ところで、縄文人の文化を受け継いでいる可能性があるアイヌって、古代イスラエルと似た生活用品持ってたでしょ。

 縄文の出土品って、古代イスラエルと比べたら似てるのかしら。

でも、邪馬台国といえば刺青をしていたという記述が魏志倭人伝にあるでしょ。

 『三国志』魏書東夷伝倭人条、でしょ。

縄文文化と、南太平洋の島々は繋がってますよ。

 アメリカ大陸も、でしょ。

刺青の道として、どうかというのはありますね。
 
 そうですね。

 でも、縄文が環太平洋文化と言うと。

 驚くべき展開が、見えますね。

邪馬台国や狗奴国と、縄文環太平洋文化圏が繋がってしまいますよね。

 本当だったら、凄いですけど。

縄文時代は、長さが統一され、日常的交易もありましたよね。

 度量衡と、交換比率の統一はあったと見る方が良いでしょうね。

これって、始皇帝の秦と同水準の制度は縄文日本にあったことを指すでしょうね。

 魏の国が、邪馬台国に多くの鏡を送ったでしょ。
 日本の水準を、自らとほぼ同等と見たからではないでしょうか。

問題は、確認できるかどうかですね。

 で、邪馬台国や狗奴国と古代イスラエルはどうよ。

問題は、確認できるかどうかですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

招き猫の姿勢は何を意味する?招き猫 その2

招き猫の、基本的な姿勢って知っていますか。

 右手を上げ、左手を下げているね。

この格好、何かに似てないですか。

 右手を上げ、左手を下げている、ですか。

 あ!

 仏像!

そう、仏像で手を上げた姿の場合、右手の掌を前に、左手の掌を後ろに、向くようにしています。

 前を陽、後ろを陰、そう見れば良いわけね。

 そこで、こうも言えますね。

 上を陽、下を陰、その向きになるようにそれぞれの手を向ける。

釈迦像は、印を結ぶ以外は、誕生仏像を含めて右手を上げ、左手を下げています。

 大仏もそうね。
 たいていは、如来と呼ばれているよね。

密教では、如来の最高位を大日としています。

 太陽の如き、ということで太陽神そのものではないでしょ。

 大日って言えば、ザビエルはイエスの訳として一時は採用したけど、退けているよね。

イエスもまた、太陽の如き存在とされたので、仏教の大日如来はぴったりなはずですけどねえ。

 大日如来は神道で言う皇祖の太陽神に相当すると、神仏混交、本地垂迹ではなってしまうのね。

イエスは皇祖神となってしまうので、大日の訳は却下されたのかも。

 おもしろいのは、猫がイエスのメタファー、つまり丸ごとたとえる隠喩ということね。

そして、イエスとアッラーは事実上同一視できるです。

 アッラーは、聖書のエロヒムに相当しているけど。

 でも、信者に語りかけておられるのは聖書で言うヤハウエ、つまりイエスでいらっしゃるのでしょ。

イエスは、受肉前のヤハウエのときから、エロヒムの預言者として振舞っておられたからです。

 そして、アッラーはアルラーとみれば、古代エジプトの太陽神ラーにあたるのでしょ。

そう見ても良いかも。

 古代エジプトの太陽神ラーは、猫神でしょ。

日本の神職も、字や意味は違っても禰子ですものね。

 神職の最高位である天皇は、祖先神を太陽神とするから、地上における太陽神ラーと位置付けは似てますね。

 それでいて、猫(neko)と禰子(neko)よ。

そうなると、大日如来や釈迦も、猫と見ると面白いですね。

 御来光を拝む事は、大日如来を拝む事で、太陽を招くとも言えますねえ。

古くからある招き猫の色は、三毛の赤黄白、赤、黒です。
五行で言うと、黒は北、白は西、赤は南、黄は中で、東の青は欠けています。

 あ、東を空けているというのは、御来光招きでしょうか。

招き猫は、太陽を招いているのでしょうかねえ。

 でも、大日をイエスと置くと、イエスのメタファーは猫でしょ。

 大日も猫だったりして。

 大日って、古代エジプトのラーと繋がるのかしらね。

そうみると、興味深いですよ。
釈迦涅槃図に、猫は居ないです。

 これだけ身近な存在で、しかも、うとまれていたわけでもないのに描かれていないですよね。
 このように考えれば、納得できるねえ。

 いいぞいいぞ!

大日、すなわち、釈迦、すなわち、猫、だったら面白いですねえ。

 招き猫を飾る事は、大日を祀り、神道の太陽神を祀り、イエスを祀る事、だったりしてね。

 ねこ好きとしてはこの説、大賛成!

これは、ご利益絶大かも。

 右手と左手の意味。
 そういえば、どちらかが幸運でどちらかが金運って聞いたような。

 こんな単純なことではなかったんでしたっけ。

 招き猫ってやっぱり、世界の神に通じてるってことになる気がします。

巷では右が金を招き、左が人を招くとする見解が多いようです。

でも、右が人を招き、左が金を招くとする見解も存在するのです。

 ちなみに豪徳寺では、招福猫児(まねぎねこ)と呼び右手を挙げてますね。

豪徳寺では人を招き、その人によって福が来たと伝えますね。

そこで、右手が人を招くと言う説は古くからあった説と私は見ます。

右が金を招くと言う説が広まったのは、二通りの理由を考えられるのです。

一つ目は、招福の名から「福」を「富」と連想して、「金」を招くと解釈した。

二つ目は、右手は向かって左になるので、上を北と見る陰陽からは西となり、西に金が配されるので、「金」を招くと解釈した。

一般的には、一つ目の解釈で右手で金を招くと見る風潮が出たと思えます。

ただ、陰陽からみても向かって左、つまり西になり金を招くと出るのは興味深いです。

ポチッとよろしく!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

心と体のバランス。猫欠伸の効用?その2

心と体、体と心は、密接に関連しますよ。

寝付けないことと、眩暈がすること、吐きやすいこと、バランスをとりにくいこと、みんな不安定という共通点があります。

 そうか。
 だから、バランスのポーズがどうしてもできないんですね。

 他の人と比べても、あまりにもできないので…。
 どうしてだろうと思っていました。

大きく伸びをして、大きく口を開けて思いっきり欠伸できますか。

姿勢が治っていけば、今までよりもっと、気持ち良い欠伸ができると思いますよ。

 たしかに、心が安定すると体が、体が安定すると心が、落ち着きますね。

はずかしながら、酷い眩暈で寝るに眠れず、眩暈をどうやったら落ち着かせられるかを試して、耳と口にたどり着いたのです。

耳がすっきりしないあいだ、酷い眩暈で寝付きにくい日は何度もありました。

 耳がすっきりすると、落ち着いて寝付けますか。

本当に、寝付くときの心地よさが違いますね。

眩暈が来る前は長年、耳奥の違和感が治らずにいて、そしてとうとう、酷い回転と落下の合わさった不快感だったのです。

 やはり、精神の安定をどうやって得るかの問題なのかしら。

わたしなんか、一頃酷い眩暈と落下感で頭かち割って原因を取り除けたらどんなに楽かと言うところまで行きました。

悶々として眠れない絶望的な状態から、必死に脱出しようともがいて行き着いたのがなんのことはない、大欠伸で耳の奥からすっきりする事だったのです。

今でも耳奥のすっきり感がないと寝付けないときがあって、ひたすらすっきりするまで大欠伸するときがあります。

 そうですね、精神の安定ですね。

やる事は簡単、こめかみの辺りから力を抜いて顎を下げる感じで口を大きく開けるだけです。
力が抜けないようなら、そっと撫でれば良いのです。
こめかみ、あご、くびすじ、しわがよるようなら額、とにかく肩から上をまんべんなくって風ですね。

 大きく伸びをして、欠伸ですね。

起きていると良いのに、寝ようとすると酷い回転感と無限落下感、これが一度に襲ってくる時があったのですよ。
どうしたら良いか模索に模索を重ね、結局行き着いたのが大欠伸で耳の通りを回復する事だったです。

やってみれば、もっと早くに大欠伸の効用に気づくべきだったと思っています。
口は、開けようと思えば、誰でもこめかみの辺りから開けられますよ。

それが決まると、耳の奥がすっと通る、すっきりした感じになるはずです。
気分も、不思議と落ち着きますよ。

 まさに、心身一体なんですね。
  
 大欠伸、猫もよくやっていますよね。
 試してみます。

試してみてくださいね。

追記

もちろん、病気や怪我の後遺症などが原因でなっている場合もあります。

その場合は、ちゃんと治療してくださいね。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

猫欠伸の効用?

慢性的な、眩暈、吐き気などの症状を訴える人がいるのではないでしょうか。

 いますねえ。
 あ、私だ…。

それ、船酔いによく似た感じではないですか。

 そう言えば、微妙にふらついているかもね。

 あまり、意識していなかったけど。

つまり、慢性的な船酔いをしてるってわけですね。

 でも、地面は揺れてませんよ。

なのに、船酔い状態と言う事は。

 やだ…。

 私が、揺れてるって…。

そうなるのではないでしょうか。

 なんで。

病気が原因なら、治療した方が良いのではないでしょうか。

 そうでない場合、背骨など骨に歪みがある。

 だから、バランスが、取れていない。

そう。

 どうすりゃ、良いの。

慢性的な、眩暈、吐き気に悩んでいる猫って見たことありますか。

 いたら病気のでしょ。

なぜと思いますか。

 猫って、しょっちゅう毛繕いしてますね。

それから。

 そうそう、大きな口開けて伸びをしてる。

 だから、なに。

毛繕いには、全身マッサージの効果もあるのですよ。
硬くなった筋肉が、ほぐれるのです。

 じゃ、欠伸と伸びは。

背骨の修正効果ですね。

 欠伸に、そんな効果あるの。

猫の欠伸って、顎の辺りから大きく開くのではないでしょうか。
それが良いのですよ。
 
 なんで。

噛み合せの修正に、良いのです。
顎の骨は、筋肉で支えられているだけなので意外とずれやすいのですね。

 大きく欠伸すると、顎のずれが治り易い。

はい。

 噛み合わせで、背骨まで歪む。

筋肉が、変な引っ張られ方するからなのです。

猫の伸びって、手足の指も、思いっきり開いてるのではないでしょうか。

 それも良いの。

噛み合わせが悪いと、指の開き具合にまで影響の出ることがあるのです。
逆に、指を大きく開くと噛み合せの修正がしやすくなるのです。

 それって、意外。

全身マッサージと、口と指を大きく開きながら思いっきり伸びをしてみてくださいな。
慢性的な、眩暈、吐き気に効くと思うです。

 口が開きにくい場合は。

手のひらを大きく開いて、口全体を包むようにそっと耳の辺りまで撫でて見くださいな。
額から首筋、つまり猫がやってるように頭全体撫でるともっと効果があります。

 ようは、猫になりきって全身を撫でて、大きく伸びと欠伸をしろと。

ま、そう言う事。

 なるほどねえ。
 猫になりきるのが、いいのですね。

 でも私、朝大きく伸びをすると足をつっちゃうのです。
 はぁ~ 。

だからこそ、硬くなった体をちゃんとほぐす必要があるのです。

 わたくし、ヨガの時に自分の足を叩いた振動でもね。
 なんだか気持ち悪くなります・・・。

 わたくし、「あ、い、う、べ」ってやってます。
 口開けて。
 母がやれと言うものですから・・・。

口開けると言うアドバイスは、的を得ているのです。
そういう知恵があるのは、昔から口がちゃんと開く必要が分かっていたからなのです。

大欠伸で、足つってる猫見たことありますか。

 滅多に居ないのでは、ないでしょうか。

 中には、足のつっちゃうドジな猫もいるかも知れないけど。

足つっちゃう猫も眩暈に悩む猫も、ほとんどいないのは、体がちゃんとほぐれているからなのです。
猫が眩暈に悩んだら、塀の上なんか歩けないですよね。

ポチッとよろしく!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年7月 | トップページ | 2009年9月 »