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邪馬台国と狗奴国はどんな国だったか?

日本史の謎の一つに、邪馬台国はどこかと言うのがあります。

 いろいろ言われているけど、西日本の大半を押さえていた勢力が邪馬台国だったりして。

でも、そうなると東日本の大半を押さえていたのは狗奴国ってなりませんか。

 そこで、気になるのは畿内説で有力視している纒向遺跡ですね。

ところで、邪馬台国はどの時代と思いますか。

 どの時代って…。
 古墳時代より前でしょ。

纒向遺跡は、縄文時代後・晩期からと推定されます。
砂岩製の石棒破片が土偶や深鉢などが、粗製土器片やサヌカイト片に混じって、遺跡のあちこちから出土しているといいます。
 
 縄文時代の集落が営まれていたと、考えられるの。

邪馬台国の有力候補地は縄文遺跡にあったというなら、邪馬台国は縄文時代と見るのは自然でしょ。

 縄文時代の東日本を広く押さえていた勢力も、あった可能性はあるのでしょ。
 それって、狗奴国だったりして。

纒向遺跡が、弥生に跨るかどうかも発掘を注目しましょ。

 ところで、縄文人の文化を受け継いでいる可能性があるアイヌって、古代イスラエルと似た生活用品持ってたでしょ。

 縄文の出土品って、古代イスラエルと比べたら似てるのかしら。

でも、邪馬台国といえば刺青をしていたという記述が魏志倭人伝にあるでしょ。

 『三国志』魏書東夷伝倭人条、でしょ。

縄文文化と、南太平洋の島々は繋がってますよ。

 アメリカ大陸も、でしょ。

刺青の道として、どうかというのはありますね。
 
 そうですね。

 でも、縄文が環太平洋文化と言うと。

 驚くべき展開が、見えますね。

邪馬台国や狗奴国と、縄文環太平洋文化圏が繋がってしまいますよね。

 本当だったら、凄いですけど。

縄文時代は、長さが統一され、日常的交易もありましたよね。

 度量衡と、交換比率の統一はあったと見る方が良いでしょうね。

これって、始皇帝の秦と同水準の制度は縄文日本にあったことを指すでしょうね。

 魏の国が、邪馬台国に多くの鏡を送ったでしょ。
 日本の水準を、自らとほぼ同等と見たからではないでしょうか。

問題は、確認できるかどうかですね。

 で、邪馬台国や狗奴国と古代イスラエルはどうよ。

問題は、確認できるかどうかですね。

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