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マイケルソン=モーリーの実験を、見直してみると?

1887年に、アメリカの物理学者アルバート・エイブラハム・マイケルソン(Albert Abraham Michelson)とエドワード・ウィリアムズ・モーリー(Edward Williams Morley)は、歴史的実験をしたのです

この実験は現在のケース・ウェスタン・リザーブ大学(Case Western Reserve University)で行われ、物理学史において重要な役割を果たしたのです。

 アメリカ合衆国オハイオ州クリーブランドにある、1967年創立の私立工科系総合大学ね。

 マイケルソン・モーリーの実験(Michelson-Morley experiment)として、知られているでしょ。

この実験は、エーテル理論を初めて否定したものとして知られているのです。

エーテル(arther、あるいは、luminiferous aether)は、イーサー(Ether、Aether)とも、呼ばれるのです。
主に19世紀までの物理学で、光が伝播するための媒質を表す術語だったのです。

Aetherの語源はギリシア語のαιθήρであり、ラテン語を経由して英語になったのです。
原義は「燃やす」または「輝く」で、この語は古代ギリシアでは、天空を満たす物質を表したのです。

19世紀後期の物理学の理論では、光の波動が伝播するための媒質として「エーテル」が存在すると考えられていたのです。

水面を波が伝わるには水が、音が伝わるためには空気などが、それぞれ媒質として必要であること、および光は真空であっても伝播するのです。
そこで、真空中でも光を伝える媒質の存在が予想されたのです。

 現代では、特殊相対性理論などの理論がエーテルの概念を用いずに確立されているのでしょ。

エーテルは、廃れた物理学理論の一部であると考えられているのですね。

ニュートン力学では、運動する物体の見かけ上の速度は、観測者の運動の速度に依存するのです。

例えば、同じ速さで同じ方向に進む二台の自動車は、互いに止まってるように見えるのです。

 光の運動にも適用できると、考えられたのでしょ。

そこで、この実験の目的は、見かけ上の光の速さは光の向きに依存する、ということを確かめることだったのです。

 結果として、光の速さは進行方向に依存しないことが確認されたのでしょ。

ええ、この実験は「第二次科学革命の理論面の端緒」ともされているのです。
マイケルソンは、この業績により1907年にノーベル賞を受賞したのです。

 彼らの実験は、アインシュタインの相対性理論にも、影響を与えたと見られているのよね。

地球は太陽の周りを公転しており、その速さは、およそ秒速30 kmです。
 
 正しくは、平均秒速29.7859 kmでしょ。

太陽自体も、銀河系の中で地球の公転より速く運動しているのです。
銀河系自体も、高速で運動しているのです。

ここでは、太陽と地球の相対的な運動のみに着目するのです。

地球はエーテルの中を動いているのだから、地球上の我々から見れば「エーテルの風」が吹いているはずです。

 これは、水中を歩くと水の抵抗を感じるのと同様でしょ。

エーテルの風の向きや強さは、地球上のどの場所であっても、季節や時刻と共に変化するはずです。

 地球の運動とエーテルの流れがたまたま一致して、無風状態になることもあり得ますよね。

しかし季節が変わり地球の位置が変われば、再びエーテルの風が吹きます。
エーテルが常に地球と同じ方向に動いているとは、考えにくいからです。

 光は、エーテルに乗って伝播するならば、順風の時に速く、逆風の時に遅く伝わるはずね。

従って、異なる方向や時刻について光の速さを調べることで、地球のエーテルに対する相対運動を知ることができると考えられたのです。

 光は極めて速いため、エーテルの存在や性質を調べる実験には高い精度が要求されたのでしょ。

19世紀には、多くの物理学者たちがこの種の実験を試みたのです。

 実験装置の精度が不充分であったために、光の速さの微小な変化を捉えることはできなかったのですね。

たとえば、フィゾー=フーコーの装置は 5 % の精度で光の速さを測ることができたが、エーテルの風を測定するには不充分だったのです。

予想された光の速さの変化は、最大でも、光速に対する地球の公転速度の比、すなわち一万分の一程度だったからです。

マイケルソンはエーテルの流れを検出するのに十分な精度を得られる実験方法を考案したのです。
これは今日、干渉計と呼ばれる装置です。

 レーザーを用いて、原理的にマイケルソンの干渉計と同じものが今日でも使われているのよね。

まず、光源から出た白色光線はハーフミラーを通り、二つの互いに垂直な光線に分割されるのです。

それぞれの光線は、しばらく進んだ後に鏡で反射され、中央に戻ってくるのです。
そして検出器の上に重ね合わせると、それぞれの光線が光源を出てから検出器に到達するまでに費した時間に応じて、干渉が起こるのです。
光線が費した時間が僅かでも変化すると、干渉縞の位置が動くはずです。

もしエーテルの風が地球の公転にのみ由来するのであれば、風向きは12時間ごとに反転するのです。

また、一年を通しても、半年ごとに風向きが変化しなければならないのです。

 この風向きの変化は、干渉縞の移動として検出されるはずよね。

エーテルの風に対し垂直に進む光線に比べ、平行に進む光線は、往復に僅かばかり長い時間を要するのです。

 川を横切って往復するには、流されて三角形の航跡になるけど、それほど時間はかからないでしょ。

 川を上り下りで往復するには、下りは流れに押されて早くなるけど、上りは流れに逆らうのでその分時間がかかるでしょ。

あまり川が速いと、流されるばかりで進めないですけど。

 そうねえ。

すなわち、エーテルの風向きによって干渉縞が移動するのです。

実験は、エーテルの流れが太陽から見て止まっていると仮定し、地球の運動により引き起こされる干渉縞の移動の測定を目的として行われたのです。

 ところが、干渉は検出できなかった。

ええ、できなかったのです。

 アインシュタインは、この実験から光速度不変を導いたとされるのよね。

一般にローレンツ収縮で知られる、ローレンツ=フィッツジェラルドの収縮仮説も、これらのエーテルの風を検出しようとする実験から出てきたのです。

 つまり、エーテルの風を検出する試みは、まだまだ続いた。

ええ。

 ローレンツ=フィッツジェラルドの収縮仮説は、長さの収縮にかんする仮説よね。

この仮説によれば、全ての物体は、運動のエーテルに対する相対的な向きに沿って縮むのです。
そのため、エーテルの風により光の速さが変わっても、ちょうどそれを打ち消すように長さが変化するのです。
それで、干渉縞のずれは生じないとされたのです。

 でも、力学から言えば自転速度に光速が左右されるはずでしょ。

ですよね。

それが、ほとんど左右されないのはエネルギーと質量の同等式で、光速を超えられないと見たらどうです。

 つまり、光速を超えた分は、光が重くなった。

マイケルソンは、1881年にいくつかの実験を行ったのです。

予想された干渉縞の移動が、縞の間隔を1として0.04であったのに対し、検出されたのは最大で0.02だったのです。
しかし、彼の実験装置は試作品であり、実験誤差が大きかったために、エーテルの風について結論を出すことはできなかったのです。

エーテルの風を測定するためには、さらに高精度な実験を行う必要があったのです。
とはいえ、この試作品は、実験手法の有効性を示すには十分だったのです。

そしてマイケルソンはモーリーと共に改良型の装置を作成し、干渉縞の移動を検出するのに十分な精度を得ることに成功したのです。
彼らの実験では、光は何度も反射されてから検出器に到達するため、光が移動する長さは11 mに及んだというのです。

このため、予想される干渉縞の移動は0.4だったのです。

検出を容易にするため、この装置は石造りの建物の地下室に配置され、熱や振動の影響は最小に抑えられたのです。

振動を抑えるための工夫として、装置は大理石の巨大なブロックの上に置かれ、そのブロックは水銀のプールに浮かべられたのです。

彼らの計算によれば、振動による影響は、期待される干渉縞の移動の100分の1以下だったのです。

 水銀のプールには、別の利点もあったのでしょ。

装置の向きを、容易に変えることができたのです。

 向きを変えながら実験を繰り返すことにより、エーテルの「風向き」を検出することができるはずだったのでしょ。

エーテルの性質を明らかにすることが目的であった実験は、これらの緻密な考察と工夫にも関わらず、失敗したのです。

1887年の'the American Journal of Science'に掲載されたマイケルソンとモーリーの論文では、検出された干渉縞のずれは期待されたものの40分の1程度だったというのです。

ずれは速度の二乗に比例することから、測定された風速は地球の公転速度の約6分の1であり、「大きくとも4分の1」であると結論されたのです。

このような「風速」が測定されたとはいえ、この値はエーテルの存在の証拠としては小さすぎたのです。

後には実験誤差の範囲であり、実際の「風速」は0であると考えられるようになったのです。

 それで、エーテルを否定する実験として、有名になった。

でも、差が検出された事実には、もっと注目が集まってもいいはずです。

 そして、マイケルソンとモーリーの1887年の論文の後も、実験は続いた。

さらに工夫を凝らした実験が、続けられたのです。

ケネディとイリングワースは、鏡に半波長の「段差」を設けることで装置内で発生する干渉を軽減したのです。

イリングワースは300分の1、ケネディは1500分の1の干渉縞のずれを、それぞれ検出したのです。

ミラーはビラリ現象を防ぐために磁性体を用いない装置を作成し、マイケルソンは不変鋼を用いて熱の影響をさらに小さくしたのです。

その他にも、外乱を防ぐ様々な工夫がなされたのです。

モーリーは自らの実験結果に納得せず、デイトン・ミラーと共に、さらなる実験を行ったのです。

ミラーは、光線が32 mもの距離を移動するので巨大な装置をウィルソン山天文台 で建設したのです。

エーテルの風が建物の厚い壁に乱される可能性を懸念し、彼は、布で作られた小屋を建てたのです。

彼は装置の角度や恒星時によって生じる様々な、小さなばらつきを一年ごとに測定したのです。

彼の測定では、エーテルの風速は最大でも10 km/sであると結論されたのです。

ミラーは、この風速が地球の公転よりも遅いのは、エーテルが地球の公転に「引きずられる」からであると考えました。

後年、ケネディもウィルソン山において実験を行いました。

その結果、干渉縞のずれはミラーによって測定されたものに比べて10分の1しか確認されませんだったのです。
また、季節ごとの変動も見られなかったのです。

これに基づくマイケルソンやローレンツらによる議論が1928年に報告されたのです。
 
 報告では、ミラーの実験結果を確認するための追試が必要であると結論されたのかしら。

ローレンツは、原因が何であれ、実験結果が彼とアインシュタインの特殊相対性理論と矛盾すると考えていたのです。

 この議論に、アインシュタインは参加していないでしょ。

アインシュタインは、干渉縞のずれは実験誤差であると考えました。

現在にいたるまで、エーテルの風速は最大でも10 km/sであるとするミラーの実験結果の再現には成功していないというのです。

今日では、レーザーやメーザーを用いることにより、光線の移動距離をキロメートルの規模にした実験が行われているのです。

 レーザー(laser)は、レーザー発振器を用いて人工的に作られる光でしょ。

 メーザー(MASER)とは、誘導放出によって発生する光でしょ

 どちらも、コヒーレンス、つまり干渉が検出しやすい波長のそろっている光よね。

レーザーやメーザーを用いて実験を初めて行ったのは、メーザーの開発者の一人であるチャールズ・タウンズらなのです。

彼らの1958年の実験では、考えられるあらゆる実験誤差を含めても、エーテルの風速が30 m/s以下であることが結論されたのです。

1974年には、これが0.025m/sにまで狭められたのです。

1979年のブリエとホールの実験では、風速は全ての方向について30 m/s以下であり、かつ、二次元に限れば0.000001 m/s以下であると結論されたのです。

 二次元って、線のことでしょ。

 誤差としか言いようのない、差しか出ていませんね。

しかし、もしこの差の分だけ光の重さが変化したと見たらどうでしょ。

 周波数が、変化したのかしら。

いままでにも周波数や波長に注目して、実験自体はされていたようです。

 光の重さは…。

注目されてこなかったようですね。

 でも、周波数や波長が変化することに注目するなら、アインシュタインの質量とエネルギーの同等式からいって、重さに間接的に触れているといえるでしょ。

でしょうね。

これらの実験結果は、エーテル中を波動が伝播するという当時の理論からは受け入れ難いものだったです。

この結果に対して説明を加えようと、さまざまに試みられたのです。

例えば、エーテル引きずり仮説です。
実験環境の問題、または地球の重力の影響で、球の運動と同じ向きのエーテルの流れが発生してしまっている、などです。

ミラーは、実験室の壁や装置自体によりエーテルの風がさえぎられているのではないかと考えました。

もし、そうであるならば、「第一仮定」と呼ばれる単純なエーテルの理論は誤りであることになります。

ハマールが行った検証実験( Hammar experiment)は、光線の通り道の一方を、巨大な鉛ブロックの間に通したものだったのです。
彼の理論によれば、もしエーテルが重力の影響を受けるならば、この鉛ブロックの存在は干渉縞に影響を与えるはずだったです。

 結果として干渉縞には一切の影響が見られなかった。

ヴァルター・リッツの放出理論は、エーテルの存在を仮定せずに実験結果を巧く説明するものだったのです。

 ヴァルター・リッツの放出理論は、「第二仮定」と呼ばれることになりますね。

しかし、「第二仮定」とされたヴァルター・リッツの放出理論は、天文学上の観測事実との間に矛盾を抱えていたのです。

特に、第二仮定に基づくならば、連星が発する光は、連星の運動の影響により干渉縞のずれを引き起こすはずです。

 連星とは、複数の恒星が両者の重心の周りを軌道運動している天体でしょ。

実際には干渉縞のずれは、連星が発する光に観測されていないです。

サニャックの実験は、一定の速度で回転するテーブルの上に装置を置くことでなされるのです。
鏡や検出器がテーブルと一緒に回転することで、右回りの光と左回りの光が異なる長さを進むことになり、リッツの放出理論を直接的に検証するのです。

この装置はマイケルソンの実験のものとは少し異なり、光の軌道がテーブルに沿って閉じた円を描いているのです。

光源と検出器のいずれもテーブルと一緒に動くのだから、光源と検出器の相対速度が0となります。

 リッツの理論によれば、干渉縞のずれは検出されないはずだったのでしょ。

しかし、この場合、干渉縞のずれが観測されたのです。

この実験により放出理論は否定され、このような干渉縞のずれはレーザージャイロスコープで用いられているのです。

ジャイロスコープ(gyroscope)とは、物体の角度や角速度を検出する計測器で、ジャイロと略されることもあります。

基準面に接触せずして相対角度を検出する為に、従来はコマつまりジャイロ(gyro)を用いたのでジャイロスコープと呼ばれたのです。

ジャイロの代わりにレーザーの干渉を用いるのが、レーザージャイロスコープ(laser gyroscope)です。

 つまり、右回りの光と左回りの光が異なる長さを進むことになり、干渉縞のずれが観測されたのでしょ。

ええ、光速度は不変なのに波長は変化したのです。

 それは、長い距離を進んで遅れるはずの光が加速されたことになりませんか。

波長の変化によって、光の重さが変化し、加速しやすくなったと見てもよさそうですね。

 加速度と重力の同等性は、アインシュタインが指摘してるでしょ。

つまり、左回りに対して右回りの光に働く重力が見かけ上変化したことを、検出した実験といえるのです。

 右回りの光が、左回りの光より軽くなったという実験だったとか。

どちらの波長がどう変わったか、気になりますね。

1932年に、マイケルソン=モーリーの実験を改良したケネディ=ソーンダイクの実験( Kennedy-Thorndike experiment)が行われたのです。

この実験では、二つの光線が進む距離は等しくなく、一方だけを極端に短くしたのです。

 どちらが短かったのでしょ。

さあ、情報がほしいですね。

この実験では、長さの収縮に伴って予想される時間の遅れが正しくなければ、地球の運動は干渉縞に影響を与えるはずだったです。

 しかし、そのような影響は観測されなかった。

このことは、特殊相対性理論の根幹を成す、長さの収縮と時間の遅れの二つの仮説が正しいことの証拠であると考えられるのです。

エルンスト・マッハは、実験結果はエーテル理論に対する反証となってると主張したのです。

また、アインシュタインはローレンツ=フィッツジェラルド収縮を相対性仮説から導出したのです。

すなわち、特殊相対性理論は、エーテルの風を検出できなかった実験結果を矛盾なく説明するのです。

今日では特殊相対性理論がマイケルソン=モーリーの実験に対する「解」であると考えられているのです。

 当時は、そのような共通理解はなかった。

アインシュタイン自身でさえ1920年頃に、「空間は物理的な実在性を備えている」ことから「空間が持つ特質そのものをエーテルと呼ぶことができる」と述べたというのです。

 この場合、エーテルを普通の意味でいう媒質として考えることはできないでしょ。

運動の概念を、エーテルにあてはめることはできないですよね。

 ところで、電磁波と重力波は、類似した式で書けると指摘されるのよね。

 右回りの光が、左回りの光より軽くなったという実験だったとみると、おもしろいことになりますね。

右回りの物体に働く重力が、左回りの物体に働く重力より小さくなったという実験だったと、言い換えても良くなりそうですね。

詳しい資料が手元にないので、断定は控えますけど。

 静電気学におけるマイケルソン=モーリーの実験と考えていい、トロウトン=ノーブルの実験(Trouton–Noble experiment)もありますね。

エーテルを介して地球の動きを検出するため、1901年から1903年にかけて実施されたのです。

ケネディ=ソーンダイクの実験に相当する、1908年に行われたトロウトン=ランキンの実験(Trouton–Rankine experiment)もあるのです。

ローレンツ-フィッツジェラルド収縮を測定するために、1908年に行われたのです。

 アインシュタインの一般相対性理論の予言のうち、重力波の存在は、相対性理論の検証によって間接的に観測されただけでしょ。

直接的に重力波を検出する実験計画において超高感度の、キロメートル規模の大きさのマイケルソン干渉計をファブリー=ペロー干渉計と組み合わされたものが、使用されているのです。

例えば、LIGO(Laser Interferometer Gravitational Wave Observatory)や、VIRGOです

 VIRGO(処女宮)は、黄道十二宮の6番目でしょ。

どうも、ひっかけて命名したようだけど、何の略称か、ちょっとわからんです。

 この処女宮が誰なのか、さまざまな説があるでしょ。

ギリシア神話では、アストライアー、イシュタル、イセト、デーメーテール、ペルセポネー、キュベレー、アテーナーといった著名な女神たちは、みな処女宮にまつわる神話を持つです。

 天文関係だから、かけていることは確かでしょうね。

宇宙重力波望遠鏡は、NASAとESAの共同計画で500 kmのマイクロソン干渉計3基を宇宙空間に設置するのです。
これにより、極めて低い周波数の重力場をも拾うことができると考えられているのです。

 でも、これらで検出できるのかしら。

さあ。

追記

早とちりする人がいるけど、私が実在を疑わないエーテルは、有機化合物の分類のひとつで、構造式を R−O−R'の形で表される化合物だけです。

R−O−R'で、R, R' はアルキル基、アリール基などの有機基、O は酸素原子です。

ここでやりたかったのは、失敗に終わったとされる一連のエーテル検出を目的とした物理実験を再検証し、見落としたことがないか探ることです。

案の定、誤差として片づけられている干渉縞のずれの謎が出てきました。

この干渉縞のずれがエーテルのせいでないなら、別の原因が考えられていいはずと見て今回の考察となりました。

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コメント

ほぼWikiペディアの記述をなぞっているのみ・・・・

投稿: とよしま | 2011年6月30日 (木) 13時28分

よく、見てくださいね。

私は注目しているのは、エーテルではなく、光の干渉の方ですよ。

実験の歴史を追体験する視点で、振り返ってみたのです。

エーテルがないのに光の干渉が起きたなら、別の理由を考える必要があるのではないですか。

光のエネルギーが、重量のように振る舞っている可能性はないですか。

そういうことです。

アインシュタインは、特に新しい式を導入したわけではないでしょ。

アインシュタインは、解釈の方を変えて科学を変革した。

今回の記事は、エーテル検出を試みながら失敗に終わり続けた一連の実験を、干渉と言う形で検出された波長の変化を解釈しなおそうというわけです。

投稿: cova | 2011年6月30日 (木) 21時41分

勉強させていただきます!

投稿: 師子乃 | 2017年9月24日 (日) 00時58分

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