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2010年5月

アイヌと沖縄の言葉の太陽を考えてみた。

アイヌの言葉で、太陽はペケレチュプとか、ペケレチュプカムイだそうです。

 チュプ、あるいは、チュッだけでも太陽だそうね。

ペレは、ハワイで太陽神ですね。

 ペケレとペレ、似てますね。

そういえばおもしろいことに、ハワイ語で太陽は「ラ」だったです。

 古代エジプト人は、地上の太陽神を「ラー」と呼んだでしょ?
 もとは、一つの神だったのかな?

可能性は、疑ってもいいかも。

 ところで、アッラーは「定冠詞アル」と「ラー」と見たことありましたねえ。

 「ラー」を強く巻き舌で発音すると「アッラー」になりませんか。

確かに強い巻き舌は、「h」音を誘発します。

そして、ラテン語では、「h」音はしばしば音がかすれて、「a」「i」「u」「e」」「o 」の母音だけが聞こえることは多いです。

 だったら、「ハッラー」に転化して「h」が脱落して「アッラー」になったと見る方が自然でしたね。

「アッラー」がもっと転化したら、どうなるでしょうね。

 「チュッハー」とか、「チュッパー」はありそう。

なら、「チュップ」とか「チュプ」もありそうですねえ。

 太陽神を中心とした八百万の神、YAP遺伝子は縄文人固有の遺伝子ではなく中東から来た。

アイヌは縄文の子孫とされるからです。

 そうなると、アイヌと近縁な琉球は気になりますね。

琉球では、太陽は「ティダ」ですよ。

 巻き舌で面白いと思ったのは、LとかRを重ねて濁音が表記できるの。

巻き舌音が強く重なると「ヂ」とか「ダ」に聞こえるのは、ほんと、面白いですね。

 「アッラー」が、「タッダー」とか、「テッダー」に聞こえても不思議ではないね。

「テッダー」から、「ティダー」「ティダ」になる可能性はありえるかも。

 でも、それで終わりとは思えないのよ。

 「タッダー」から、「タィダー」、「タィヨー」、「タィヨゥ」、「タイヨウ」だってありそう…。

どこで変わったかは気になるけど、可能性を疑う価値はありそうですね。

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結構気ままに考えてます。

科学と根拠って、どういう関係って思ってますか。

 科学に根拠があるのではない、根拠を求めるのが科学なのだ。
 コメントしてから、こんなこと思いつくのよね。

科学をやっている人って、意外とここのところで勘違いが多いのでは?

 いままでの科学情報にないことと、科学的に説明できないことって、似てるようで大違い。

ところが、いままでの科学情報がないことと、科学的に説明できないことを、つい混同しちゃう…。

 ええ、ついやっちゃうのね。

科学的に説明できないのではなく、科学的な説明をしてこなかったと。

 それもありますね。

 でも、これまでの科学知識や科学情報で説明できなかったことを、これからも説明できないことと混同しているほうが、大きい。

新しい情報や、新しい解釈がでれば、説明可能になる場合もある。

 ええ。

 GHzのレベルになると光や電子でも1クロックあたり数十センチ程しか進めない、っていうのは目からウロコだった。
 確かに割ってみれば、すぐ分かることなんだけど。
 コンピューターではよくギガって使うから慣れてしまってるけど、実際は10^9っていう途方もない数なことを思い知った。

科学って、見方を変えると面白いですね。

 今まで気が付かなかったことに気づくと、説明可能になることってあるのよね。

猫が神秘的とされてきたことも、説明できるでしょうかね?

古代人はフラクタル猫を見抜いていたとか?

 ああ、これね。

 「フラクタル猫の衝撃は異常」http://japan.digitaldj-network.com/archives/51547527.html
 
 なぜ猫、ネコ科にフラクタルを適応すると異常なオーラが出るのか、他の対象にかけてもここまで変なオーラでないんだよね。
 
フラクタルは、全体と部分の相似形に注目してます。

まさに、天にあるように地にも、でしょ?

 イエスは猫をメタファーにしてる…。

 絶対なんかあるね。

㈱光エネルギ応用研究所って、名だたる会社と取引のあるすごい技術の会社なのに、社長兼社員が一人だけです。

 ホームページがありますね。
 http://www.realabo.jp/index.html

 確かに2010年4月現在、代表者と社員数の欄は内尾舜二が1名になってますね。

 従業員数もないから、確かに社長兼社員が一人だけねえ。

多くの大企業が、彼に何かあったら、企業に影響がある技術に支えられているってヤバクないですか?
 
 ヤバイかも…。
 
 ちょっと、あのねえ。

 今回、話が飛びすぎでは。

たまには雑談風も良いでしょ。

 いつもでしょ。

そうだったですか。

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肥満今昔物語?

オバマ大統領は、ファーストレディーのミッシェル・オバマにアメリカの子供たちの肥満対策を託したようですね。

オバマ夫人は健康志向で、ホワイトハウスの食材にも自家製の野菜を使うなど気をつけているからかも。

 オバマ大統領夫人が立ち上げたキャンペーンは、”Let's Move"でしょ。

将来健康的な子供を育てるためには、まず親の教育からはじめないといけない。

映画館や野球場に行くと、よく見かける光景ですけどね。

普通の2、3倍くらいの大きさの人が、バケツのような入れ物に一杯入ったポップコーンを、特大の紙コップに注がれたコークとともに飲食している。

 ヨーロッパの映画館では、ポップコーン頬張る話聞かないですねえ。

フランスあたりでは、映画館でソフトアイスなら売ってるそうですけど。

 アメリカ人で肥えている人の中には、半端じゃない人がたくさんいるでしょ。

 現在アメリカの子供の3分の1が、肥満体質の傾向にあるようですね。

過去30年の間にその数は3倍に膨れ上がり、毎年肥満対策に費やす金額は、1500億ドルにも及ぶのだそうです。

 すごいねえ。

企業、自治体、医者、教育者など各界の人々が協力して肥満対策に取り掛かる必要があるのです。

 それには、子供のうちから食生活を改善しないといけないでしょ。

ええ、それには大人の食生活改善がいる。

 でも、その大人の食生活改善が厄介でしょうね。

そのことなんですがね。

アメリカで、国民皆保険が難航した背景には貧困と肥満、肥満と疾病の相関関係があるかも。

 飢餓状態にあった母親の子供は、すい臓の発達が十分ではないって説も出てますね。

 その結果、インスリンが十分に分泌されず、糖が過剰にある状態になる。

 過剰な糖は、血液中を流れるか、脂肪として蓄えられる。

 貧民層に肥満が拡大。

貧困が粗食に結びついたら、粗食自体はかえって健康食ですけどねえ。

 肥満は裕福の証しのように、昔の漫画には太った金持ちや王様が出てくるけれどねえ。
 もうそろそろそのイメージは、捨てた方が良いのかしら。

 太っている人。

 昔のアメリカ。

 お金ある人。

 今のアメリカ。

 お金ない人。

 今の貧困は、栄養バランスを崩している。

さらに忙しさから冷凍やレトルトに、頼って栄養バランスを崩す。

これだけなら日本でもおこりえる。

 アメリカにいたっては、さらにジャンクフードやファストフードでしょ。

日本でもファストフードは広がってるです

他人事ではないです。

 アメリカで肥満が増えているのは、料理できない人や、料理することを知らない人が増えてることも大きな要因なんだよね。

 ピザだのホットドッグだの加工品ばかり親が与えてたら、子供のうちから太るのは当たり前。

 学校でも調理実習なんてやらないし・・・。

日本の肥満対策のせめてもの救いは、アメリカと違い学校給食と調理実習があることかも。

 とはいえ、所得格差問題は栄養格差問題を引き起こしかねない。

日本の医療費負担問題に影を落とさないうちに、所得格差問題が栄養格差問題に結びつかないよう対策は必要でしょうね。

 生活習慣病だ、メタボリックシンドロームだ、それも大事だけど生活にゆとりがないと気をつけようがない。

実態を政府は、どれだけつかんでるかですねえ。

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日本と意外と似てるイタリアに謎のピラミッド?

日本神話と古代ギリシャ神話、似てるって人多いですね。

 古代エジプト神話も、負けず劣らず似てるのですけど。

 太陽神を中心とする三神構造の八百万の神…。

にもかかわらず、日本ではエジプトっぽい顔の人はあまり話題上らないですね。

 秋田美人とミロのビーナス顔だって、そんなに話題になってないでしょ。

でも、ギリシャ彫刻的な顔の人、テレビで見ることもあるのですよ。

 そういえば…。

 けどねえ。
 エジプト人の顔と言っても千差万別、ってコメントもある。

 日本人と比べると、間違いなく「濃い」って。

地中海をはさんで、イタリアも濃い顔って言うです。

 そこは、気になりますねえ。

ただ、エジプトもローマ帝国領に入っていた時期があります。

 その時期に、どれだけ人的交流があったかでしょ。

地中海をはさんで、イタリアとエジプトで濃い顔を多く見るだけの人的交流があったのでしょうか。

 ローマ帝国は、支配下に置いた人々を国民に組み込んで領土を拡大したから…。

相当大勢、血が混じらないと似た傾向にならないでしょ。

 ですよねえ。

しかもイタリアもエジプトも、味の好みは日本と似ているでしょ。

そういえば、面白い情報を見たのですよ。

世界不思議ファイル2 ●イタリアの謎のピラミッド
http://homepage3.nifty.com/kite-tonde/husigi01.html
北イタリアのミラノから40キロほど離れたところにMontevecchiaという村がある。

ここに、謎に包まれたピラミッドがある。

現在は草や木に覆われてわかりにくくなっているのだが、3つのピラミッドが、エジプト・ギザの3つのピラミッドとほとんど同じ配置で並んでいるのだ。

発掘したところ、石の構造物らしきものが見つかっている。

建造された年代も、おそらく3000年以上前である可能性が高いという。

さらに謎なのは、ギザのピラミッドも、このMontevecchiaのピラミッドも、オリオン座の三ツ星と同じ形で並んでいるのだ。

いったい、いつ、だれが、何の目的で建造したのか、なぜオリオンの三ツ星と同じ配列なのか、謎は深まるばかりだ。

この情報の元ネタは、Italská Gíza - Montevecchia / Tre Piramidi Neočekávaný objev tří pyramid v severní Itálii http://www.mwm.cz/CD/c1184.htmです。

地中海をはさんで濃い顔が多い原因と、このピラミッドは関係ありそうで面白いですね。

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心をどうやったらつかめるでしょうね。

サンケイの福島香織のあれも聞きたいという連載に、小池晃へのインタビューがあると聞きました。

そこに面白い発言があったので、紹介してみます。

「イスラム諸国は日本に強い信頼感をもっているんですね。

ヨーロッパは十字軍以来の侵略の歴史があり、旧ソ連も米国もそうだと。

日本は一度もイスラム諸国を侵略したことがない、憲法9条もあると。

そういう国だからこそ期待している、と感じたんですね。

たとえばアフガンのこの一連の動きが起こる前に、日本政府はタリバンと唯一外交的関係をもっていた政府だったんですね。

日本はイスラム諸国から一目置かれていた。

ところが、自衛隊の派遣で、日本外交が本来もっていたポテンシャルを失っちゃった。

僕はそういう意味ではただ軍事力がカードになるんではなくて、歴史とかその国のもっている力とか、僕なんかは憲法9条なんかもひとつのカードになると思うな。」

そういえば、ボランティアの人々は、自衛隊が来ることを迷惑がる傾向があったと記憶します。

丸腰で命預けます状態で飛び込んで、築き上げた信頼がどういう名目であれ武装集団が来ると台無しになるからと。

 キリスト教の布教や、通商が、植民地化の入り口になった過去が、だぶるのでしょうね。

武力崇拝者は、丸腰で胸襟を開いて相手の懐に飛び込んで道を切り開いていった人たちの話を鼻先でせせら笑う傾向があるようですね。

 ビジネスも政治も、基本は同じって感じますねえ。
 今の話を、興味を持って聞きました。

相手の心をつかみ、信頼されたものが成功し、失敗したものはその理由もわからず成功者に嫉妬する。

 そうそう。

 どうして失敗したか、謙虚に反省する人は成功者の経験から、多くを学ぼうとしますね。

 武装論者の言い分は、負け犬の歯軋りとそっくりに見えます。

丸腰で飛び込んで、失敗したものをいやというほど見ていると、武力崇拝者は言うのでです。

 確かに、丸腰でいけば良いって物じゃない。

 どういうタイミングで、どう声をかければいいか、今でも悩みます。

 奥が深いですね。

 でも、短気を起こしたらすべてぶち壊し。

 ぐっとこらえる、毎日ですよ。

失敗の最大の原因は、自分の都合や利益だけ考えて先方の都合は利益は考えてないと、受け取られたこと。

善意があっても、押し売りしたらだめ。

 わかってはいるけど、難しいですよ。

相手の言い分を十分に聞き、どこまで自分の力で応えられるか考えることが大事とは言いますけど。

 ほんと、政治もビジネスも、説得して納得して、受け入れてもらうまでが勝負。

 そして、後はその無限の繰り返しが待っている。

トップセールスマンになれる人こそ、一流政治家の素質ありでしょうかねえ。

  結局、武力崇拝者は、相手も自分もよくわかってない。

知ったかぶり、知ったつもり、そこでとまったら恐ろしい結末が待っているでしょうね。

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鳥と恐竜どっちが先? どこへ向かうか、恐竜研究。その5

始祖鳥の化石は、1860年に一枚の羽毛の化石が見つかり、1861年、南ドイツ・バイエルン地方のソルンホーフェンという石切り場で全体の骨格がわかる状態で発見されたのです。

 ダーウインによる「種の起源」発表の、2年後だったでしょ。

ところが、1968年アメリカ・テキサス州北西部の小さな町ポストで、「原始の鳥・プロトエイビス」の化石が発見されたのです。

 始祖鳥より7500万年も古い時代に、原始の鳥ということで騒然となったのでしょ。

生息年代は2億2500万年前の三畳紀で、最初の恐竜が出現した時代ですね。

見つかった地層は三畳紀初期のドッカム層で、成鳥2体、幼鳥1体だったのです。

プロトエイビスは、始祖鳥に比べてはるかに「鳥」に近いものかと思われたのです。

中空である骨や骨格の特徴、烏甲突起のついた大きい胸骨などが、確認されたからです。

 鳥類であるという条件として、「羽毛を持つ恒温動物である」ということが言われるのでしょ。

 始祖鳥は、鳥の祖先ではないとなりますね。

しかし発見者の説にも疑問が多く、結局は鳥類の進化系統とは別であるとするところに落ちついたのです。

 始祖鳥のような羽毛が、確認できなかったからなのね。

一般の鳥の化石でも、幸運な場合を除いてまず羽の跡を残しているものはないというのです。

 羽毛が確認できなかったからといって、鳥ではないとは言えない。

そうです。

 いまでは、羽毛を持つ「鳥類ではない恐竜」もいたことがわかっているでしょ。

しかもそれらの恐竜には無毛と思われてきた種が、多数含まれているのです。

 新しい発見によって、体毛が確認されたのでしょ。

 プロトエイビスも、今後の発見によって体毛が確認されないと言い切れないでしょ。

もちろんですよ。

鳥と恐竜の境目は、どんどん消え去っているのですからね。

 その点で、注目される化石がありますね。

羽毛持つ恐竜の始祖鳥よりも古い化石が、中国東北部で発見された話ですね。

中国科学院などの研究チームが、2009年9月24日付の24日付の英科学誌ネイチャーに発表していたのです。

中国東北部の1億6100万年~1億5100万年前、ジュラ紀後期とみられる地層から、見つかった化石ですね。

 羽毛を持つ恐竜の全身骨格の化石としては、最古とみられる。

前後の脚に長い風切り羽を持つ、「華美金鳳鳥」と名付けられた小型肉食恐竜の化石ですね。

鋭いかぎつめを持つ、トロオドンと呼ばれる肉食恐竜の仲間です。

中国地質科学院が見つけたと明らかにしたのは、9月21日だったのです。
河北省承徳市の約1億4000万年前の地層から出たのは、最古の鳥類、始祖鳥と同一時代で、より原始的な特徴を持つ新種の原始鳥の化石です。

上海発21日の共同電によると中国地質科学院は、こうコメントしたそうです。
「恐竜の一部から鳥への進化過程の非常に重要な段階に位置し、世界で最も原始的な鳥類の化石」
「21世紀の生物進化に関する研究で最も重要な科学的発見の一つ」

鳥の進化の謎を探る、貴重な手掛かりとなりそうだと報じられたのです。

化石は全長約54.8センチで、尾が全長の約50%を占めるほど長いのです。

始祖鳥と同様に、全身が羽毛で覆われていた痕跡や前肢につめのある3本の指があります。

前後の脚に風切り羽があり、羽はうちわのような左右対称形だったのです。

鳥類や白亜紀の羽毛恐竜の羽は、先端に向かって細く、左右非対称で、飛行に適した形に進化しているのでその点が違うのですね。

頭部は三角形で、くちばしは短いです。

より原始的な点はいくつかあります。
は虫類的な特徴である歯が上下ともに18個あり、始祖鳥の10個前後より多い。
翼となっている前肢が短く、始祖鳥より飛行能力が弱い。
などです。

体内に、直径1センチ弱の卵が11個あったです。

 もし、プロトエイビスの体毛が確認されたなら、始祖鳥はもちろん「華美金鳳鳥」より古い時代に鳥がいたとなる…。
 
恐竜は、鳥類の祖先と考えられているのです。

実際に発掘された羽毛を持つ恐竜化石は、1億2500万年前ごろ白亜紀前期のものが中心ですからね。

一方、最古の鳥類とされる始祖鳥の化石は約1億5000万年前、ジュラ紀後期の地層から発掘されていたからです。

 恐竜から鳥類への、進化の過程が議論されていた…。

「華美金鳳鳥」は、最古の鳥類の化石の方が、最古の羽毛恐竜より古いという、これまで指摘されてきた時間的なギャップを埋める化石だと評価されているのですよ。

 でも、鳥と恐竜の共通点の多さから、すべての恐竜が原則的に体毛を持つとなれば…。

プロトエイビスの体毛が確認されたときには、鳥が恐竜の祖先だという議論が勢いずく可能性はありますよね。

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聖書もコーランも、猫の教典?ムハンマドは何教徒?その2

イスラム以前においても、中東地域には伝統的な一神教が行われていたのです。

中東地域は、古くから一神教の盛んな地域だったのです。

 ユダヤ教・キリスト教・イスラム教は、いずれも「中東の一神教」と総称される諸宗教と同じ土壌から発生したでしょ。

 救世主キリストとされたイエスはユダヤ人でずっとユダヤ教徒であり、弟子たちがキリスト教徒にまとめていったのだった。

 同じくユダヤ教やキリスト教から別れてきた、イスラム教。

 その創始者であるムハンマドは、具体的には何教徒だったのでしょうか?

コーランによると、彼の宗教は「ミッラー・イブラヒーム」であったとされているのです。

 イブラヒームは、アブラハムのことでしょ。

ええ。

「ミッラー・イブラヒーム」とは、イブラヒームの宗教という意味です。

つまり、アブラハムの宗教ということです。

 宗派としてよ。

「ミッラー・イブラヒーム」も、宗派の名前と想うのですけど…。

 メッカ郊外のヒラー山で瞑想をしていたら、天使に掲示されたなど…。
 ムハンマドはクライシュ族でとか、家族構成と人生みたいな資料はあるの。

啓示を受ける以前のムハンマドは、当時存在したイスラム以前の一神教団である「ハニーフ」の信者であったと伝えられているのです。

 ハニーフの語源は?

諸説あるのです。

「純正な教えに従う者」と、解する論者が多いようです。

純正な教えとは、純正な一神教、つまり、中東の一神教の創始者であるアブラハムの宗教を指しているのです。

 「ミッラー・イブラヒーム」と「ハニーフ」という二つの伝承は結局同一の宗教、中東の伝統的一神教を指していることになる…。

イスラムの立場からすれば、イブラヒームはモーゼのユダヤ教やイエスのキリスト教の先人です。

 キリスト教から見ても、でしょ。

当然ですよ。

ムハンマドは、後発の宗教を経由することなく先人の教えであるハニーフを正しく継承・発展させた預言者である、ということになるのです。

 「ミッラー・イブラヒーム」の「ミッラー」と、「ハニーフ」って、発音してみると音が似てますね。

 「アラーハ」って、「アラーハ、 アクバル!!!」、つまり聖なるアラーの神よ!!!という意味でしょ。

 それで、「アラーハ」「アラー」「アッラー」と、さまざまに発音されるけど、結局同じ神…。

 「ミッラー・イブラヒーム」と「ハニーフ」という二つの名称は結局同一の宗教をさすだけでなく、同じ名前が変化しただけでは。

「ミッラー」が「アッラー」の、「ハニーフ」が「アラーハ」の、それぞれ転化の可能性はありますね。

 ますます、「アッラー」すなわち「アル・ラー」であり、ラー神がユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神であると思えてきました。

 ラーは、猫神でしょ。

 だから、ムハンマドは猫を大事にしたのかしら…。

イエスにも、猫を隠喩とか、暗喩とか訳されるメタファー(metaphor)とする考えがありますよね。

 隠喩は、あるものの性質を丸ごと使ってたとえにすることでしょ。

 つまり、イエスは猫の文化的宗教的性質を丸ごと受けついている…。

 聖書に猫が出ないのではなく、ヤハウエ=イエス=ラー=猫だったから…。

 猫は聖書に出ずっぱり、だったのね!

聖書は、猫教の教典と言いたいのですか。

 わるい?

 だって、聖書もコーランも預言者の啓典でしょ。

預言者の言葉を、集めたものですねえ。

 猫は、預言者の象徴でしょ。

神の声の象徴である蛇と、人の統合イメージではありますね。

その意味では、確かに預言者の象徴ですねえ。

 だったら、聖書もコーランも、猫の教典でしょ?

ええ、まあ…。

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東北訛りとイギリス?

東北訛りは、イングランド北部訛りが似てる気がするという人がいるのです。

 東北の先住民であるアイヌは、縄文人の直系子孫と見られているから。

ええ。

アメリカのケネウィックで見つかったアイヌに似た古代人骨は、イギリス人的だったのですよ。

その古代人骨と傾向が似ている人物の出身地は、ケルトの多い地域です。

グレートブリテン島北部は、ケルトの多い地域ですよ。

 秋田と津軽と下北は、別言語っぽい。
 秋田で、津軽人の通訳使えないようだし。

東北内でも、通じないんですか。

 ええ。

東北も、歴史をたどると結構ややこしいのですよ。

今は青森県にふくまれる津軽と下北は、明治まで別の藩だったですから。

詳しく言うと青森県史だけで、話が終わっちゃいそうだから省きますけど。

 そういえば、秋田も別の藩…。

東北は、なかなか大和政権に従わなかったですからねえ。

大和政権は、西日本から大勢つれていって東北の押さえにしたからです。

 その人たちの言葉が、東北に入って変化させている…。

そう見るのは、自然でしょうね。

さらに、京言葉が地方に伝わっていくわけですよ。

 京言葉の変化のあとは、方言に年輪のように残っているというわけ。

国の境を浮かび上がらせるように、年輪状の分布が見られます。

 そういう歴史が、東北の言葉とヨーロッパのつながりを見えにくくしているのね。

 でも、幕末の日本を見たヨーロッパ人が日本人にブリテンと似た人々がいるという声と、みごとに対応しますね。
  
 東北訛りとイングランド北部訛りが、古代から千年以上たっているのに似てる気がするというのは。

あらためて、イギリスが東北とストーンサークルを共有する事実が日本古代史研究に持つ意味の大きさを感じますね。

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核融合を疑ってみる。

日経サイエンス2010年6月号に、気になる面白い記事が載っているのです。

公式サイトから、抜粋を紹介するのです。

核融合炉は本当に可能か?
M.モイヤー(SCIENTIFICAMERICAN編集部)
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/1006/201006_102.html

星を輝かせている核融合を地上で緩やかに起こしてクリーンで安全かつ実質的に無尽蔵なエネルギー源にする──この長年にわたる夢の研究が近く歴史的な節目を迎えるが,実用化は不可能ではないかという疑問の声もあがっている。

点火のときが近づいている。

13年と40億ドルをかけて作られた世界最大・最強のレーザー装置,米国立点火施設(NIF)の192本のレーザービームがコショウ粒ほどの燃料ペレットにエネルギーを集中する日が,1~2年内にやってくる。

これらレーザーのエネルギーはすさまじい力でペレットを押しつぶし,内部の水素同位体に核融合を起こしてエネルギーを放出させる。

これまでの実験では,水素同位体を融合させるためにレーザーに注ぎ込むエネルギーのほうが,核融合反応によって生じるエネルギーをはるかに上回っていた。

今度は得失が逆転する予定だ。

レーザーで投入した以上のエネルギーが放出されるはずで,理論上は,この余剰エネルギーを回収して発電所を動かせる。

核融合の燃料は通常の海水中に含まれているし,廃棄物は大気中への排出物も放射性廃棄物もゼロになるはずだ。

核融合によって,エネルギーに対する人類の飽くなき欲求は満たされるはずだ。
永遠に。

やはり世界最大級の核融合実験施設が,フランス南部カダラッシュ村の近くに140億ドルを投じて建設されている。

国際熱核融合実験炉ITER(イーター)という設備で,レーザーで圧縮するのではなく,超電導磁石で作り出した磁場によって水素同位体を保持し,1億5000万℃の高温に加熱する。

こちらの実験も,投入分を上回るエネルギーを得る計画。

さらに,断続的にエネルギーを生むレーザー方式とは違って,磁気閉じ込め方式ならプラズマを数十秒,うまくすれば数百秒にわたって維持できるとみられ,エネルギーを連続的に得られることになる。

これが達成されると,核融合研究の大きな節目となるだろう。

しかし,この点火はほんの序の口にすぎない。

研究者の間では,核融合発電所の建設と運転は,核融合の火の玉を作り出すという物理的課題よりもずっと困難だろうという認識が広がりつつある。

実用的な核融合炉を作るには,何百万度もの高温に何年間も連続して耐えられる材料が必要になる。

しかも,高エネルギーの核子が常に衝突するので,通常の材料は脆くなるし放射能を帯びてしまう。

さらに,一部の核融合燃料を複雑な増殖プロセスによって生産する必要もある。

テキサス大学オースティン校にある核融合研究所の所長ヘイゼルタイン(RichardD.Hazeltine)は「これまでの考え方は,『確かに難しい問題はあるが,いずれ解決はつくだろうから,まずは核融合反応そのものに集中しよう』というものだった」という。
「それは間違いだったかもしれない」。

この記事本文には、さらに気になる内容が載っているのです。

核融合が実現された後、かえって厄介な問題がおきるというのです。

 何百万度もの高温に何年間も連続して耐えられる材料が必要になる、ってことでしょ。

それで、磁気閉じ込めが研究されているのです。

 だったら、良いのでは。

磁気が、まんべんなく、しかも均一に、核融合している高温高圧のプラズマを覆わないと閉じ込められないのですよ。

 やわらかい風船を持とうとしても、あっちこっちからはみ出るようなこと。

風船はまだ膜があるから、良いですよ。

プラズマには、膜がない。

 それだけ?

核融合実現にも、燃料となる水素をまんべんなく、しかも均一に、圧縮する必要があるのです。

 超電導磁石で作り出した磁場によって水素同位体を保持し,1億5000万℃の高温に加熱するって言ってますね。

超伝導磁石で作る強力な磁場をまんべんなく、しかも均一に、かけないといけないのですよ。

 レーザーで圧縮するのではなく、と言ってるのはそのため。

ええ、燃料を特別なペレットに入れて、四方八方からペレットに均一なレーザーを当ててまんべんなく、しかも均一に圧縮していたのがこれまでのやり方。

従来の技術で作った磁場では、プラズマがやわらかい風船を持とうとしても、あっちこっちからはみ出るような状態になってしまうのです。

 これのどこが気になるの。

核融合炉は、地上に太陽を再現するものと、説明されてきたのです。

 太陽は核融合で輝いていると、考えられてきたでしょ。

ところが、核融合実現には、強力な磁場をまんべんなく、しかも均一に、かけないといけないのですよ。

太陽の磁場が、まんべんなく、しかも均一と思いますか。

 でも、太陽の重力は猛烈に強いから、なんとかなるでしょ。

重力が赤道と極地で微妙に異なるのは、ニュートン力学でもわかることですよね。

 内部のプラズマが、均等に圧縮できない。

ええ。

しかも、磁場は均等にまんべんなく分布しているかと言えば、そうではない。

 つまり、肝心の恒星は、核融合かどうか怪しい。

そうですね。

ただ言えるのは、光っている大気プラズマの中には無数の磁場が走ってることですよ。

言い換えれば、蛍光灯が光ってるのと同じ原理で恒星の大気プラズマが光を発していることだけが確かにわかってる。

しかも、重さで恒星になるか惑星になるか決まらないなどという、観測結果まで出てきたわけですよ。

 太陽系で言えば、木星が恒星になって、太陽は惑星になってるようなもの。

そう。

極端な話し、それだって、広い宇宙ではありえるってわけです。

 ますます、核融合説は怪しい。

だって、そうでしょ。
木星が恒星になって、太陽は惑星になってるようなことが、この銀河のどこかにあるかもしれないのですよ。

 木星が光らないのは、太陽より軽いから核融合が起きないという理論では説明できない。

これからそういう展開になっていく可能性は、十分あるのですよね。

 難しいことはわからないけれど、イカロスみたいに人間がなりそうなイメージです。
 地球が太陽化してしましいそうで、恐いな。

 地球の重力でしかプラズマ抑えられないと違う????

太陽と木星、恒星と惑星にわかれたのは磁場の形が違うからとしか、今のところ言いようがないかも。

木星や土星は、磁場が地球と同じ姿なので太陽のように光ってないことだけは確かなようですね。

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日本国憲法第9条を考えてみた。

日米安保って言うけど、結局アメリカと、どこかの国が日本を戦場にして対峙するってことではないでしょうか。

 同じ日本を戦場にするなら、日本国民が自らの国土と国益のために戦うってのが筋っていいたいの。

その事態を避けるための必死な外交をしないと、本当の意味で日本守れないのでは。

 不思議なのは、普天間基地移設が問題となったでしょ。
 どうして日米安保条約見直しの声が上がらないのかな?

 あの安保闘争はどこ行ったんだろう…。
 それが正しいか正しくないかは別としてもねえ。
 日本人はイデオロギーでは動かなくなったんだね。
 隔世の感があるのね。

安保がある事態を、当たり前になってしまった日本の現実があるのかも。

それと、生活に追われる日々の中で、掘り下げて考えるのが疲れてしまうというのも、あるかも。

日本国憲法第9条には、こうあります。

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない。

自衛合憲は、解釈として問題ないと思うのですけど。

 なんで。

国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としてはとあります。

国権の発動たる戦争=武力による威嚇又は武力の行使=国際紛争を解決する手段、とみれば専守防衛は合憲では。

 元の文章はだんだん、内容を具体的に絞り込んでいってる。

そう。

逆に見ると、はっきりするのではないでしょうか。

国際紛争を解決する手段=武力による威嚇又は武力の行使=国権の発動たる戦争

威嚇と攻撃を、国際紛争を解決する手段にしないのが、国権の発動たる戦争をしないということの具体的内容ではないでしょうか。

 永世中立で武装のスイスの道とも、取れる条文であると。

どうです。

前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。

これは、国権の発動たる戦争=武力による威嚇又は武力の行使=国際紛争を解決する手段、の目的を達するための陸海空軍その他の戦力は、これを保持しないと解釈できる。

やはり、専守防衛は合憲とみて問題ないでしょ。

 確かに、永世中立で武装のスイスの道とも、取れる条文ですねえ。

当面は、非同盟で武装中立。

そのうえで日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、軍縮交渉の先頭に立つ外交努力を重ねるのが、現実的な9条の解釈と展開では。

 陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。

 これを無条件に実行しろと国民に求める条文と、思い込んでいる人が多すぎるのでは。

前項の目的を達するため、の前項の目的が具体的に何かを文章に即して考えてほしいです。

永久にこれを放棄する。

「これ」は、「国権の発動たる戦争」と、「武力による威嚇又は武力の行使」でしょ。
そして、「これ」の形容句が、「国際紛争を解決する手段として」でしょ。

 つまり、こうですか。

 永久に「国際紛争を解決する手段として」「国権の発動たる戦争」と、「武力による威嚇又は武力の行使」を放棄する。

国際紛争への対応は、外交のほかに警告や制裁が基本でしょ。

自衛戦は、侵略に対する抵抗。

 ぜんぜん、段階が違う。

正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、侵略行為を糾弾するには抵抗を実際にしてないと誠実さが伝わらない。

 名実ともに国防に徹する組織と装備は、持って良いのでは。

ただ、軍縮と軍備の全廃の先頭に立つ決意も、同時に固めろというのが、憲法第9条の要請と思うのです。

日本が選ぶべきは、軍事同盟ではなく、反戦平和のための国際連帯であり、軍備全廃の道というのが、憲法第9条の要請ではないでしょうか。

 9条への賛否はともかく、解釈は共有されてほしい。

 それだけは、思いますねえ。

解釈そのものが食い違っていては、議論が先に進みませんからね。

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カムイを考えてみる。

アイヌ語で神格を有する高位の霊的存在のことを、カムイ(kamuy)といいます。

 神威や神居と、当て字されることもあるでしょ。

ええ。

 カムイが、日本語のカミと共通起源の語彙であるとする説があるでしょ。

アイヌ民族の伝統的信仰は、日本神道に近いとする説もあるのです。

DNAの染色体の分布では、Y染色体による系統分析によれば「日本人」には、アイヌほど濃厚ではないが、日本全土にわたって平均的に縄文人の遺伝子である「DE-D2」が見られます。

後で日本列島に入ってきた弥生人の宗教観は、遺伝子学上では縄文人の直系子孫と考えられている先住民であるアイヌの宗教観と、遺伝子と共に長い年月をかけて融合した、というのが通説ですね。

でも、現代日本語の「かみ」とは多少意味が異なり、カムイは「霊」や「自然」と表現してもおかしくないという声もあるのです。

 日本神道の「八百万の神」も、アイヌの信仰文化と同様の「アニミズム」の特徴があるという説も根強くあるはずよ。

確かに、自然崇拝といえる神もあるのです。

鹿の霊であるユッコルカムイ、黒狐の霊であるシトゥンペカムイ、魚の霊であるチェプコルカムイ、アホウドリの霊であるレプンシラッキ、キツネの霊であるキムンシラッキ、御幣棚の霊であるヌサコルカムイ、病気を避ける霊のアユシニカムイ、話し相手の霊とされるネウサラカムイ、雨乞いの霊であるホイヌサバカムイなどもあったのです。

太陽の霊であるトカプチュプカムイ、雷の霊であるカンナカムイなどは生活に密着した存在ではないため、アイヌでは高位の存在とはされたものの深くは信仰されなかったようですね。

 太陽の霊や、雷の霊は他文化圏においては重視されるのに…。

聖書でも太陽とイエス、雷とヤハウエというふうにでてくるけど、太陽や雷自体は重視されていないですよ。

 アイヌと琉球は、血統的に近いとされるでしょ。

確かに、されてます。

 琉球の言葉には、日本の古語が多く残ると言う説もあるでしょ。

あります。

 だったら、アイヌの言葉も日本の古語で解釈できる部分もあるのでは。

ありそうですね。

 日本の神道は、古代エジプトの宗教とよく似てるでしょ。

 しかも、アイヌの生活文物と古代イスラエルの生活文物の類似を指摘する声もあります。

アイヌの考えるカムイは、彼らの住居の中にもあったのです。
家に入って入口のすぐ右側の柱には夫婦の霊であるエチリリクマッ、囲炉裏の中にはアペ・フチ・カムイ、家の東の角には家の守護霊であるチセコロカムイがいたのです。

 入り口に、夫婦の霊であるエチリリクマッですか。

 入口のすぐ右側の柱とはいえ、夫婦の霊というのは面白いのよ。

 右が陽、左が陰、そうみれば右の柱にだけ祀られていてもおかしくない。

ひょっとして、オベリスクを言いたいのですか。

 オベリスクは、神殿の前に一対で立つでしょ。

 カムイは、「カーの居」と解釈できませんか。

カムイとは、「カーの臨在」ではないかと。

 ええ。

古代エジプトの思想で、カーとは人が生まれる時、ともに生まれ、死後もともにあり続ける存在ですね。

生きているものすべて体の中にあって、生きていく力を与える、生命力の源とも言える存在です。

 まるで、アダムとイブに神から与えられた息のようね。

本人が死ぬと失われるわけではなく、親から子へ受け継がれることがあるとされたそうですね。

 聖書の思想では、人はみな、アダムとイブに与えられた神の息を引き継いでいるとされる。

 古代エジプトと聖書、似た思想があるように見えますね。
 
そういえば、カーは神格化された側面もあるそうです。

カーが元気をなくすと生きる力も減少するので、カーを元気にする儀式などもあったといいますよ。

古代エジプトでは、体を「アク」、「バー」、「カー」の三つからなると考えていたのです。

アクは肉体、バーは魂、カーは活力とでも、言いえる存在です。

 バーとカーは、ともに魂と考えられていたと聞きますが。

バーは、確かに、精神や心という以上に、魂といえるかも。
カーは、心というより生命力の源という意味では、活力に近いです。

 活力という言葉自体、「カーの力」ということだったりして。

 活気も、「カーに気力がみなぎっているさま」とか。

そう見ても、面白いですね。

肉体であるアクに、カーが活力を与えている限り、魂であるバーは戻れるのです。
 
 「場」という言葉も、「バー」の行きかうところだったら面白いね。

「場」の語源が「バー」だったら、元々は強いという意味だった「悪(アク)」も活力の源である「カー」に満たされた状態の「肉体(アク)」のことになるのでは。
 
 「悪」は、「亜」と「心」、「心のおもむくまま」ともとれるけど、「カーに従うさま」ともみえるのでは。

「カーに従う」と悪くなるのでは、まるで怨霊ですね。

そういえばもともと、「悪党」は支配者への反逆者が名乗っていたのですねえ。

 つまり、悪党とは本来、怨霊に従う正義の怒りを体現者…。

権力から見れば、「反社会的」「違法」「反秩序」が「悪党」の行為ますけどね。

 そうそう、カムイの話でした。

アイヌ民族の伝統的な世界観では、あらゆるものにカムイが宿っています。

 動植物や自然現象ばかりでなく、人工物も含むの。

ええ。

「ある固有の能力を有しているもの」、特に人間のできない事を行い様々な恩恵や災厄をもたらすものが、カムイなのですよ。

 人間のできない事を行い様々な恩恵や災厄をもたらす…ヤハウエにそっくりよ。

 アイヌと古代イスラエルの類似は、生活用品だけじゃない…。

カムイは、そういった能力の保持者或いは付与者としてそのものに内在する霊的知性体であると考えられています。

 アダムとイブの与えられた、ヤハウエの息とよく似てますね。

カムイは、その本来の姿は人間と同じであり、本来神々の世界であるカムイ・モシリ(kamuy mosir)に所属しています。

 われわれに似せて人を作ろうと、聖書にある、そのまま…。

ある一定の使命を帯びて人間の世界(aynu mosir)にやってくる際、その使命に応じた衣服を身にまとうといいます。

例えば赤い小袖を着たおばあさんが登場するアペ・フチ・カムイ(ape huci kamuy)は、『火の老婆のカムイ』という意味だそうです。

 悪人を地獄に連行する火車婆が、連想できますねえ。

『山にいるカムイ』であるキムン・カムイ(kim un kamuy)が人間の世界にやってくる時には、ヒグマの肉体を衣服としてまとってくるのです。
我々が目にするヒグマはすべて、人間の世界におけるカムイの仮の姿ということになります。

 聖書の羊が、アイヌのヒグマ…。

「なになにの カムイ」などのように、用いられます。
シマフクロウは 『集落を護るカムイ』 でキムン・カムイ、コタン・コロ・カムイ(kotan kor kamuy)、シャチは『沖にいるカムイ』で レプン・カムイ(rep un kamuy)のようになります。

 南米では、インディオによる祭祀用の土器や土偶に、ふくろうをかたどったものがいろいろと作られているよね。
  ペルーのインディオに伝えられた、農耕の守り神パチャママ女神の祭りの際に神への使いとして埋葬する土偶に、ふくろうをかたどったものがあります。

 一方日本でも、木菟(みみずく)型土偶が今から3,500年前くらいの縄文後期後半に関東一円で流行したとみられているね。

カムイの有する「固有の能力」は、人間に都合の良い物ばかりとは限らないです。
例えば熱病をもたらす疫病神なども、人智の及ばぬ力を振るう存在としてカムイと呼ばれます。

熱病をもたらす疫病神のように、人間に災厄をもたらす『悪しきカムイ』はウェン・カムイ(wen kamuy)と呼ばれます。
人間に恩恵をもたらす『善きカムイ』は、ピリカ・カムイ(pirka kamuy)と呼ばれます。

ウェン・カムイも、ピリカ・カムイも、畏怖されるので、カムイという言葉は多くの場合「神」と訳されるけど、このようにむしろ「魔神」と訳すべき場合もあります。

 ヤハウエにも、人間に災厄をもたらす『悪しきカムイ』と人間に恩恵をもたらす『善きカムイ』の魔神ともいえる要素がみられますね。

 カムイにも、良いカムイと良くないカムイがいるわけでしょ。

樹木のカムイをシランパカムイと呼んでいたアイヌの人々は、シランパカムイには性格の良いものと悪いものがいると考えていたのです。

 アイヌは樹木は住宅や船の材料として有用と考えていたけど、何でも良いというわけではなかったのねえ。

性格の良いカムイというのは家の柱などにしてもなかなか腐らないドスナラやエンジュなどのカムイ、悪いものは柱にするとすぐ腐るし火にくべてもまるで用を成さないドロヤナギのような樹木のカムイであるとしていたのです。

 この、樹木のカムイって、キジムナーやケンムンと関係ありますかね。

転化で生まれた名称の可能性は、考えても良いかも。

 アイヌと琉球、祖先の近さから言ってありえるでしょうね。

シランパカムイという言葉は、樹木の集合体としての山そのものを意味したのです。
山そのものも、神とされていたのです。
山はクマなどの動物を蓄えていて、アイヌの人々がそれを必要とするときはいつでもそこからもらっていくことのできる、自然の倉庫として考えられていたのです。

遠くの方にひときわ目立つ大きな山は、道しるべとしてしばしばアイヌの人々も命を助けられていています。
特にそういう山は二風谷地域の幌尻岳に代表されるように、よく祀られたのです。

 カムイコタンとは、「カムイの村」という意味と聞きましたが。

カムイコタンの多くは地形上の難所などであり、「神の村」というより「恐ろしい魔神のいる場所」とした方が実際のイメージに近いですね。

 天空都市で有名なマチュピチュも、「カムイの村」であるカムイコタンだったりして…。

地形上の難所だから、まさに、カムイコタンにふさわしいですね。

カムイは神道や他の多くの宗教の「神」とは違い、人間と対等に並び立つ存在とされます。

 ヤコブと相撲をとった天使も、アイヌにとってはカムイでしょうかね。

そうかも。

アイヌは、世界は人間とカムイがお互いを支えあうことで成り立っていると考えます。

 カムイをカムイ・モシリへ返還したり、カムイを新しく作るのは、人間が主導権を握っていると考えるのかしら。

ヒグマがアイヌの狩りにより捕らえられたとき、それをアイヌは「キムン・カムイが毛皮と肉を持って自分たちのもとにやってきてくれた」と解釈します。

 日々の糧を神に感謝する、聖書に見られますね。

アイヌは、キムン・カムイから毛皮や肉など、利用できるものを利用させてもらい、またカムイに感謝してカムイ送りの儀式であるカムイノミを行って還ってもらうのです。

 聖なる動物を神に捧げるのも、聖書にある。

このようにカムイは人間の役に立てばイナウなどの供物がもらえるが、役に立たなければカムイ・モシリに帰されるという存在です。

アイヌにとって特に大切とされたカムイには、水のカムイであるワッカ・ワシ・カムイがあります。

水はアイヌの人々の生活になくてはならないものであったからです。

アイヌの人々は川を、頭を海に接し、山奥に尻を向けている生き物のように考えます。

アイヌは、川は海から魚を運んできてくれると考えているます。
このため生活を魚の採取に頼っているアイヌの人々は川を食料を与えてくれるものとして、川の霊をペトルンカムイといって祀ったのです。

 関係ないけど、イエスは、弟子の一人にあなたを人を漁どる(すなどる)人にするって言ってませんでしたか。

いってます。

でも、ずいぶん聖書との比較にこだわってますね。

 気になるから。

そうですねえ。

 アイヌ、神道、キリスト教などで神と人の関係に類似性が多い、、ってことは?

 時を現代まで推移してみると、現代のそれはどうでしょうか?

 宗教色を取り除いた言葉で「Something Great」とかいうコトバもありますが、

 どうやら、人と守護神の関係のことを表現しているような気がします。

村上和雄は、「Something Great」についてこういってます。

多くの人は「Something Great」=「神」と解釈しています。

それは、村上和雄がこういっているからなのです。

村上和雄

1936年奈良県生まれ。'63年京都大学大学院博士課程修了
アメリカ・バンダービルト大学医学部助教授を経て、
'78年筑波大学応用生物化学系教授。

'83年ヒト・レニンの遺伝子解読に成功、
以降バイオ分野の研究で数々の業績を上げる。

'90年マックス・ブランク研究賞、'96年日本学士院賞を受賞。 
現在、筑波大学名誉教授。
著書:『生命の暗号』(サンマーク出版)他、多数。

人間は人間の暗号を書けない。
人間わざを超えるのは何か、神わざであります。
私は神様や仏様がおられても不思議はないと初めて思いました。
科学者が法則を大発見、ノーベル賞!しかし、発見する前に、法則が既にあったんです。
法則はでたらめじゃないから、法則ですね。
これは非常に理にかなっているわけです。
そして、調和がとれています。

形は美しいんです。これをつくったのはだれ?

わからないんです。人間ではないんです。

私は、それをsomething great という言葉を10年ぐらい前から使っています。
Something ですから、今の科学では到底わからないんだけれども、とにかく偉大な働きがある。

something greatとは何かということは、人類の永遠のテーマだと私は思っています。
私は、単純ですから、非常に簡単に考えています。
私どもには親があって、どこかに行き着くはずなんです。
その命のもとの親たるものを somethinggreat と言おうと今私は考えています。

こういう発言ですよ。

 そうだったの。

ええ。

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こんな気持ちで、調べてます。

もう必要がない、つまり今自分にとってさしあたり必要がない。

こう想って、浮かんできた疑問をそのままにしてしまう人って、多いでしょうね。

もっといえばほかに知らないといけない事が山ほどある気がして、時間が足りないと感じているでしょうね。

じゃあ、時間があったら知らないといけないはずのことを調べているかというと、できている人はほんの一握り。

そしていつしか、小さな疑問そのものが浮かばなくなってくるでしょうね。

じゃあ、小さな疑問が浮かぶようになるには、どうすれば良いかって事です。

小さな疑問でも、気になったらとにかく調べる、それだけですね。

で、調べた先で何これ?!があったら、また調べる。

調べた先にある事柄を、すべて知っている人はどれだけいるでしょう。

たいていの人は、知っている気になっているだけでは。

あるいは、大雑把にわかれば良い、この程度わかればそれで良い。

 時間ないし…。

じゃあ、時間があったら何してるかって言うと、意外とそれといった事してないのでは。

知りたいと想ったら、その心に忠実に行動する。

どうみたって、反社会的、反道徳的、そういうことでない限りためらう事ないです。

 お金がない、時間がない。

でも、知恵と工夫で何とかなるのでは。

特にお金がなくても、今はネットで無料情報があふれているから、昔から見たら恵まれてますね。

気になったら調べる、この連続で気がついたら雑学をいっぱい知ってるはずです。

とにかく、謎が謎を呼び、疑問が疑問を呼ぶのです。

たとえば、語源で何々をこう呼んでたからとあります。

すると、さらに、語源とされた言葉の語源が気になって仕方なくなるのです。

それを繰り返すと、思いがけない事実にたどり着く事って多いです。

調べた事も、今はネットで多くの人に発信できるから、楽です。

寄せられる疑問や感想に気づかされることを面白がってみてくださいね。

好奇心と感性、柔軟な思考、これを磨いてみてって、これしか言いようがないですけど。

とにかく、変に納得せず、何で?って想い続ける、これしかないです。

世界の波打ち際で、寄せては返す波と戯れながら疑問の砂浜で童心に返って思いっきり遊ぶ 、この感じです。

「私は、浜辺で貝がらを拾って遊ぶ 子供のようなものだ。真理の大海は 眼前に広がっている」(ニュートン)

 私は日記を書こうとする時、一番調べ物をするの。

 例えば、その日見てきた美術展、どうだったか説明しようと、いざ書こうとすると 曖昧なことがいっぱい。

 曖昧なことを曖昧なまま書けないから、ちょっとネットで調べて。。。てことになる。

 すると、次から次へといろんなことがわかってきて…。

 日記ひとつ書くのに時間がかかっちゃうけれどね。
 結構楽しいの。

いろいろ調べるって、けっこうはまるのですよね。

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磁気で消える重力?天体の質量と重力は、正しく測られているか?その2 重力と電磁力?その3

木星の磁気が大きいことで、ガス型天体とされる木星・土星・天王星・海王星などの重力が強い磁気に乱されているのではと、疑問を持っていました。

すると、面白い研究を見つけたのです。

つくばマグネットラボの大型磁石開発状況
―木吉氏(物材機構)が講演
http://semrl.t.u-tokyo.ac.jp/SUPERCOM/56/56_15.html

気になる箇所を、抜き出してみます。

1GHz級NMRマグネットの開発についての報告があった。

近年、化学・生物の分野でNMRは、その重用性を一層増してきており、特にポストゲノム研究では、タンパク質の構造解析の手段として、その高性能化が期待されている。

NMRの高感度、高分解能化には、NMRマグネットの高磁場化が必要不可欠である。

物質・材料研究機構では、1995年からマルチコアプロジェクトの一貫として、1GHz級NMRマグネットの開発に取り組んでいる。

NMRマグネットは一般に、使用する外部磁場に比例する1H原子核の共鳴周波数を用いて表され、1GHzは23.5Tもの強磁場に対応する。

またNMRマグネットとして課せられる条件としては、磁場の空間的均一度、時間的安定度および長時間にわたる定常的な磁場発生が挙げられる。

均一磁気力場発生マグネットの紹介が成された。

NMRマグネットの開発が進む一方で、タンパク質の立体構造解析の手段としてX線回折がある。

ただし、この場合はNMRと異なり、試料は溶液ではなく結晶が用いられる。

タンパク質の結晶は得ることが難しく、良質の結晶作製法の確立が構造解析の鍵となっている。

最近、宇宙空間等の微小重力環境において、タンパク質溶液の対流を抑制し良質の結晶を作製しようとする研究が行われている。

ここで、磁気力を利用することによっても同様に対流を抑制できるのではないかと提案されている。

この際、タンパク質の結晶成長のためには、重力を打ち消すような方向に磁気力を均一に作用させることが望ましいとされている。

NMRは、Nuclear Magnetic Resonanceの略です。
核磁気共鳴(かくじききょうめい)のことで、外部静磁場に置かれた原子核が固有の周波数の電磁波と相互作用する現象です。

 難しい説明はわからないけど、NMRって体の中を調べる機器にも使ってるでしょ。

ええ。

体の各部分から発生する電磁波の周波数で、体の断層画像が撮れる検査機器に使用されています。

核磁気共鳴画像法(かくじききょうめいがぞうほう)といい、英語のmagnetic resonance imagingを略してMRIと呼ばれています。

 これを使えば、体の断層画像を連続撮影できるのでしょ。

X線CTでも、似たことは出来ますけどね。

それぞれ、得手不得手があるので使い分けされています。

今回はその話ではないから、あまり深入りしないですけど。

1GHzのGはギガ(giga)と読み、10の9乗、つまり十億の意味です。

 Hzは、ヘルツ(hertz)と読み、国際単位系(SI)の周波数や振動数の単位でしょ。

ここでは、10億Hzの交流を使うと言ってるわけです。

23.5TのTはテスラと読み、磁束密度をさします。

 つまり、磁気の強さをさす単位ね。

特に、重力を打ち消すような方向に磁気力を作用させることが可能と見ている点は注目したいのです。

 蛋白質溶液の対流を抑制する手段として、重力を打ち消すような方向に磁気力を均一に作用させるのでしょ。

つまり、蛋白質溶液の対流を引き起こす原因として重力を無視できないということです。

ここで注目したいのは重力の影響を打ち消すと言わず、重力を打ち消すと言っているのです。

 磁気で、重力は制御可能なのですねえ。

地磁気の強さは場所によって異なり、赤道では弱く、高緯度地域では強いです。
磁力は、24,000から66,000nTです。
これはガウスでいえば、0.24から0.66ガウスとなります。

 nTのnは、ナノ(nano)と読むのでしょ。

nは、10の−9乗、つまり十億分の一のことです。

 じゃあ、地磁気よりずいぶん大きい磁気を発生させるのですねえ。

木星の磁気は、地球の磁場の1万倍です。

 そうですねえ。

 地磁気の磁力は、24,000から66,000nTでしょ。

 地磁気の1万倍では、1Tに届かないのでは。

 nは、10の−9乗、つまり十億分の一ですよ。

 23.5Tより、小さいでしょ。

このマグネットなら、木星のような星の重力だって、十分弱められるって思わないですか。

 物質・材料研究機構の1GHz級NMRマグネットより、木星の磁気は小さいけど…。

 木星の磁気でも、木星の重力はある程度なら、弱まりそうですねえ。

そんな気、しますね。

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