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2010年6月

現象の正体を暴くのも、科学では?核融合を疑ってみる。その2

財団法人放射線利用振興協会のデータに、中性子発生源としての核融合は実現可能とあります。

http://www.rada.or.jp/database/home4/normal/ht-docs/member/synopsis/040292.html

作成: 2004/01/11 竹内一浩

データ番号   :040292
慣性静電閉じ込め核融合を用いた放電型粒子線源

目的      :簡易な放電型中性子源および陽子源の開発

放射線の種別  :陽子,中性子

放射線源    :慣性静電閉じ込め装置(130kV-57mA)

フルエンス(率):108/s(陽子または中性子)

照射条件    :大気中

応用分野    :元素分析、材料試験、RI製造

概要      :
比較的簡単な真空装置と高電圧装置を用いて、中性子および陽子を発生できる放電型中性子源および陽子源の開発が報告されている。

「慣性静電閉じ込め」と呼ばれるもので、球形の真空容器内にかご状電極を設け、数十kVの電圧を印加することで燃料ガスをプラズマ化し、かご状電極内部で核融合反応を発生させる。

毎秒108個を超える中性子の発生が報告されており、高出力化の進展とともに、計測・分析等への応用が期待される。

慣性静電閉じ込め(IEC:Inertial electrostatic confinement)核融合装置は、球状または円筒状電極の中心部にイオンを収束させ核融合反応を発生させる。

詳細説明は、冒頭だけ、紹介しましょう。

この概念は1950年代に提案され、1970年代前半まで盛んに研究されたが、その後、核融合エネルギ源としては研究が中断された。

しかし、1990年代前半にイリノイ大において、より簡易な構造で毎秒106個の中性子発生が確認されて以来、エネルギ源としてよりもむしろ、核融合反応を用いた安価な中性子源または陽子源としての利用が期待され、研究が活発化した。

本装置は、燃料ガスを重水素(D)ガスとすると2.5MeVの中性子源となり、重水素(D)と三重水素(T)の混合ガスとすると14.3MeVの中性子源、重水素(D)とヘリウムー3(He-3)の混合ガスとすると14.7MeVの陽子源となる。

つまり、高温核融合装置は出来るが核融合反応を用いた安価な中性子源または陽子源としての利用程度のエネルギーしか出ないものだというのです。

 それって、いわゆる高温核融合より、低温核融合のほうが実現ありってことでしょうか。

今まで報告された高温核融合装置で、発電に使える規模や温度の核融合は知らないです。

 これまで作られた高温核融合装置は、投入したエネルギーより出てくるエネルギーのほうが小さい。

ええ。

地上に太陽を再現、なんてまだまだ先。

それより、「常温核融合(Cold Fusion=CF)」に面白い動きがあるのです。

神戸大学大学院海事科学研究科・海事科学部で、このような講演が行われていたのです。

特別講演「常温核融合から凝集系核科学へ-Ⅱ」

Last Update 2009.08.17

1989年の「常温核融合」(Cold Fusion: CF)騒動以来、追試を含む多くの実験と共に、多くの理論的研究が行われてきましたが、真に核的現象であるかどうか未だ定説が確立されるには至っていません。

しかし最近になって、比較的再現性良く過剰熱発生または核変換が生じると主張される複数の手法による実験結果が注目されています。

それらは、Lesinら(Energetics Technologies Ltd.)のSuper-wave電気分解、Szpak, Mosier-Bossら(SPAWAR Sys.)の Co-deposition電気分解、大阪大学名誉教授荒田吉明先生らの高圧ガス吸収方式、そして三菱重工岩村氏らのガ ス透過多重層薄膜方式です。

この分野の主導者として当初から実験理論両面で活躍してこられた大阪大学名誉教授高橋亮人先生をお招きした第一回特別講演会に引き続き、第二回の今回は、素粒子物理学者の沢田哲雄先生と、原子核物理学者の Norman Cook先生からホットなお話を伺います。

万障お繰り合わせの上、ご参加下さるよう、ご案内いたします。

海事科学研究科 北村晃

つまり、常温核融合についてはまだ良くわからない点があるが、凝集系、つまり固体や液体のなかで何らかの未知な現象が核の段階で起きている可能性は否定できないから研究しましょうと言うことです。

 凝集系核科学とは、固体核融合を研究することと、大雑把に説明されていますね。

固体内部で核融合を連想できる現象が起きること自体は、否定できないからですよ。

しかし凝集系といって固体と呼ばないのは、液体も視野に入れているから。

つまり、常温核融合についての調べているというと、とんでも扱いされるから凝集系核科学と言い換えたわけですね。

 世界的にも、研究されているのですね。

2009年10月5日から9日にかけて、イタリアの首都ローマで、凝集系核科学に関する第15回国際会議が開催されていたのです。

 凝集系核科学国際会議ですね。

 常温核融合は日本ではとんでも扱いだが、世界的な研究は続いている。

ええ。

凝集系核科学国際会議は、2011年にも開催されるそうです。

もっと驚く話もあります。

ACSの略称で知られるアメリカ化学会が、「低エネルギー核反応と新エネルギー技術」を出版したというのです。

世界最大の化学系学術団体アメリカ化学会は、最初にCF、つまり常温核融合を否定したところでもあります。

そこには、高橋亮人(あきと)大阪大学名誉教授も執筆を担当しているそうです。

元北海道大学大学院工学研究科助教の水野忠彦工学博士も、2009年に招待講演しているといいます。

水野忠彦は、超高圧の環境で起きる水素の核融合を、試験管の中で実現するという常温核融合に研究者人生を捧げ続けている科学者です。

 常温核融合に研究者人生を捧げ続けている科学者に、最初に常温核融合を否定したアメリカ化学会が講演依頼ですか。

「低エネルギー核反応と新エネルギー技術」を出版したこととあわせれば、常温核融合は可能性を否定できないと認めたと言って良いでしょうね。

しかも、水野忠彦にはアメリカ物理学会からも論文の執筆依頼があるというのです。

 日本はアメリカの顔色を見ているくせに、こういうときは頑なになるのですね。

なにが常温核融合と見える現象を引き起こしているのかくらい、調べようとして欲しいですね。

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ワークシェアリングを考えてみた。

苦しいというと、真っ先に貧乏に叩き落されるのが現場労働者なのが現実でしょう。

 再建の利益が最後に来るのも、現場労働者ねえ。

 国が危機だというなら、総力戦でしょう。

 国や企業のトップが率先して減俸し、国民に呼びかけるくらいして欲しい。

日本に、「先憂後楽」の言葉があるでしょう。

 日本から世界に広げるべき言葉と思想よねえ。

 まさに、国が危機というなら総力戦で克服する必要があるかも。

それには、国や企業のトップから、現場労働者まで一緒に減俸で痛みを分かち合う意識を共有しないといけないですけど。

 そう言えば、戦後はみんなで一緒に貧しさに耐えたって聞いたことある。

 そのころの方が、みんな思いやりがあったという高齢者もいるの。

ええ、助け合わないと生きていけないから、お互い様って気持ちは自然に出てきたのでしょうね。

収入が減るかわりに、雇用は断固として守る決意を政治には持って欲しいですね。

 みんなで痛みを分け合おうって気持ちには、助け合いが背景にないといけないからねえ。

必要なら、ワークシェアリングを可能な限り導入してでも、雇用を守る。

 ヨーロッパでも、ワークシェアリングを大々的にやってる国あったでしょ。
 オランダ、だったかしら。

ほかのヨーロッパの国でも、形を変えて実行している例があるのです。

 雇用は守られたり、創出されたりする一方で、労働時間が減る分賃金は減るでしょ。

でも、みんなで一緒に収入が減れば、物価は下がるのでしょう。

 価格を下げるには賃金を抑えるわけだから、確かに、賃金を抑えれば価格は下げられますね。

そうでしょう。

品質を維持して価格が下がれば国際的な競争力がつくのでしょう。

 ダンピングと違うから、そういう文句は出ないでしょうけど。

 貧乏を輸出する気かと、いやみは言われそう。

でも、国家再建の錦の御旗を断固立てれば良い訳でしょう。

回復の利益は現場が先、トップは後。

これくらいの覚悟でないと、危機脱出は無理でしょう。

 100年に一度っていうなら、非常事態ですものねえ。

封建時代、御恩奉公の主従関係だったのは知ってるでしょう。

 御恩奉公がしっかりしていれば、下が上に忠義をつくした。

 民主主義でも、国が本気で民を守れば民も国に従う気になるけどねえ。

JFケネディの大統領就任演説に、有名な一説があるのです。

「あなたの国家があなたのために何をしてくれるかではなく、あなたがあなたの国家のために何ができるかを問おうではないか。」

この前にも、すばらしい言葉がいくつもあるのです。

「われわれのとる道が最終的に成功するか失敗するかは、わたし以上に、あなたがた市民の手にかかっているのだ。」

「われわれの誰かが自分の立場を、他の人もしくは他の世代と交換するだろうなどということを私は信じない。」

「こうした努力にわれわれが捧げるエネルギー、信念、献身こそがわれわれの国家を、そして国家につかえるわれわれを照らしだすのである。」

「そしてその明かりから発せられる輝きこそが、本当に世界を照らしだすのである。」

国民が動いてこそ、国が動くのが民主主義であり民主国家でしょう。

 民主主義は、王や領主が範を示さないと、民が動かない封建時代とは違う。

そうでしょう。

国の指導者は、その国の国民が選ぶのであって、ほかに指名する人はいないのが、民主主義でしょう。

極論かもしれないけど、危機というならこれくらいの議論もあって良いと思い切って言ってみました。

 ちょっと過激な、貧乏論に見えてるけど…。

ワークシェアリングを前面に押し出したほうが良いとも、思ったですけど。

ただ、ワークシェアリング実行は、みんなで社会の富を分け合うことでもあるけど、一方でみんなで貧乏を逆手にとって楽しもうという発想の転換も求められる側面もあるのですよ。

 時給を1000円くらいにしても、労働時間が短くなったら、かえって手取りは減っちゃいますからねえ。

 労働時間が減った分収入が減るとがっかりするより、たくさんの自由な時間と雇用の安心が手に入ると前向きに受け入れるってことね。

 惨めで我慢しないといけないような貧乏になるわけではないし。

そうですね。

オランダは空いた時間を、生活の充実に当てようとする人が多いようですね。

趣味に使ったり、ボランティアに参加するなど。

 サイドビジネスをしたりとか…。

趣味と実益をかねて、NPOや博物館などのスタッフをする人もいるようです。

というか、NPOや博物館なども、副業で働いてくれる人をスタッフに雇用して人件費を抑えているといったほうが適当かもしれないですけどね。

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生態系とどう向き合う?生態系を考える その4

生態系論争で馬鹿馬鹿しいのは、人間を度外視した議論をもっともらしく展開する声が意外とあることですね。

 その最たる議論が、反捕鯨。

 人間が参加して作ってきた生態系から人間が手を引くことは、人間が滅んだのと同意であることが、まるでわかってない暴論、愚論よね。

人間が参加して作ってきた生態系から人間が手を引くことは、人間が滅んだのと同意であることは、利用してきた山を放置した結果どうなったかを見ればわかるでしょ。

 山は荒れ、ちょっとの大雨でも土砂崩れや洪水で麓は安心して住めない。

 この事態を放置すれば、人は居場所を失います。

まあ、山が荒れれば、海の生態系にも影響でます。

 漁民だって、生活の基盤を失うでしょ。

魚付林(うおつきりん)といって、昔から、漁業者の間には、海岸近くの森林が魚を寄せるという伝承があり、そのため海岸林や離れ小島の森林を守って来た歴史があるのですよ。

 そういえば、猟師が木を森に植える話もありますね。

現在、魚つき保安林という名のもとに保護を受けている区域もあるでしょ。

 魚付林は、利用しないのではなく、そこに木があること自体に意味があるのねえ。

森の生態系では、樹木や草木は、草食動物の餌となります。

また、樹木は葉を落とし、また自身が枯れてキノコ等の分解者を通じて養分となり、ふたたび樹木が消費して育っていきます。

その養分の一部は川を下って海に至り、海では海草や海藻の栄養分となります。

 海では、陸に比べて無機塩類などの栄養分の供給が制限されますからねえ。

海の生態系では、光合成と無機塩類を材料に海藻や植物プランクトンが育ち、それを動物プランクトンや小魚が食べ、小魚はさらに大きな魚に食べられ、その大きな魚も鯨やイルカやシャチなど歯鯨(はくじら)の仲間が食べるのです。

 大きな魚を食べるのはアシカ、アザラシ、オットセイだっているでしょ。

ところによって、ペンギンもいますね。

 オキアミなどは、鬚鯨(ひげくじら)が食べてるでしょ。

ええ。

海草や海藻は、魚にとって植物性蛋白質源となります。
肉食の魚や鯨などの食べ残しとか海藻の粘膜、その他微小な有機物塊はバクテリアなどがそれについて分解します。

でも、それは量が限られるので、陸上から流入する栄養分は貴重な存在です。

 海の栄養分は、全体では大きいけど…。
 広いから、それぞれの場所ではいくらもない。

そうして育った魚の一部は、地上の哺乳類や鳥類の餌となり、陸上の生態系へと運ばれます。

 そして、陸上の哺乳類には人間もいる。

動物の糞や死骸は、土に返って森の栄養となります。

 人間の出したものも、堆肥になるしね。

つまり、海から持ち込まれる栄養も、陸の生態系では貴重なものです。

 鯨も、日本では縄文から獲っていましたよね。

こうして、海の生態系と陸の生態系はつながっています。

 子鯨の時はシャチなどに狙われるけど、大人になると天敵はいないのでは。

 大人の鯨にとって、天敵は人だけでは。

シャチは、まだ力のない若い鯨や弱った鯨を獲物として攻撃していますよ。

さらにシャチが大群な場合には、元気な鯨を獲物にする場合もあります。

 ただ、シャチが鯨を狙うのは自らも生きるためなので乱獲はしない。

ええ、絶滅が危惧されるほどの乱獲をしたのは人間ですね。

 逆を言えば、人間が捕鯨から完全に手を引いたら鯨の数はシャチだけでは抑え切れない可能性がある。

海で無敵のシャチは、繁殖力が低い点でも有名ですからね。

長年にわたって、シャチと人間で鯨の数を抑えてきたわけですからね。

 従来より獲り過ぎた人間が、量を控えなければいけないけれど全面撤退も海の生態系破壊と同じ。

人間が参加して作ってきた生態系から人間が手を引くことは、その生態系の中では人間が滅んだのと同意ですからね。

 ジャングルで大型草食獣の天敵は、群れで狩をするライオン。

 ライオンがいないと、生態系が崩れる。

 海の生態系も、人が抜けたらガタガタでしょ。

そうですね。

 遺伝子組み換えも、目先の利益で作っているけど、生態系への影響はどうか、疑問ですね。

遺伝子組み換えの方が、生態系に与える影響が大きい懸念はありますね。  

 それで、どうして過激な反対が出ないのかしら。

確実に犯罪で捕まるからでしょ。

 自国民も敵に回すし。

そういうことでしょ。

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「さよう」という言葉を考えてみた。

「左様」とか「然様」と書いて、「さよう」と呼びますよね。

「左様」と書くのがふさわしいのは、こんなとき。

 前の内容を受けて用いる。
 「そのような」「そのとおりの」

 相手の話を肯定するときに用いる。
 「そうだ。」「そのとおり。」

一方、「然様」と書くのがふさわしいのは、こんなとき。

 物を思い出したりしたときに用いる。
 「そうそう。」「そういえば。」

 つまり、「左様然らば」の略。

けれど、複数の字が当てられるときは、どちらも当て字ということを疑っていいでしょうね。

 「左様」は、右から左へと書き進み「左に示す様に」と呼んだ略。

 そう思われたのかしら。

「左様」も「然様」も、日常の中から生まれた言葉であり当て字であった。

そう思うのですか。

 違うの。

漢字の本来の読みでない言葉や、複数の当て字がある場合、今当てられているのとは異なる字を疑った方が良いのでは。

最近、春日大社の神事をみて感じたのです。

「左右左(さようさ)」という掛け声があるのです。

この、「左右左(さようさ)」とは「陰陽陰」ということなのですよ。

 「生旺墓」と、同じ意味と思って良い。

良いでしょうね。

「さよう」はもともと「左右(さよう)」だったのでは、ないのかです。

 「左右(さよう)」は、「陰陽」であり、「生旺」である。

 隠れていた存在が、姿を現す。

 可能性が現実性になる。

ええ。

だから、前の内容を受けて用いる、相手の話を肯定するときに用いる、となるわけですよ。

 因果関係…。

そこで、物を思い出したりしたときに用いることも、あるわけです。

 ところが、「左右(さよう)」の読みが「左右(さゆう)」に転ずる。

 そうなると、意味だけが残って「さよう」に当たる漢字がなくなる。

「左様」とか「然様」の字は、縦書きの文で右から左に書くので右で隠れていた内容が左に現れる様になぞらえたのかも。

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無駄な議員が多いと言う声を考えてみた。

財政の緊縮化・効率化を理由に、国会議員の定数を削減すべきという議論があるのです。

 削減推進派は、1つの根拠としてアメリカ連邦議会の定数が日本の国会より少ない事を挙げているの。

道州制から成るアメリカ連邦議会と単純な比較は、難しいですよ。

アメリカ連邦議会が扱う法案は、州を超えて連邦が管轄する特定の分野のみです。

アメリカの連邦議会は、年間の法案成立数は10件程度と日本の10分の1にも満たない。
それでも535人の議員がいるし、投票権のない議員も合わせれば541人を擁す。
さらに一般の法案を扱う州議会に、7000人以上の議員がいる。

 景気が悪いときなど、民間の人員削減を理由に加える人もいますけど。

だったらこの人たちは、雇用が回復したら議員を増やせと言っているでしょうか。

 増やせとは、絶対言いませんね。

 矛盾してます。

日本と同じ議院内閣制をしくイギリスなんか、日本より人口は少ないのに人口に対する議員数は多いですね。

イギリスは上院下院合わせて1659人の国会議員で、国民3.5万人に1人です。

でも、減らせと言う声は一回も聞こえてこない。

大統領制のフランスでは898人で、国民6.7万人に1人だし、ドイツは603人で13.7万人に1人。

 どっちも、減らせと言う声は一回も聞こえてこない。

一方日本は衆参両院で722人で、国民17.7万人に1人です。

人口に対する議員の割合が日本より多い国は、結構多いですよ。

ヨーロッパで言えば、イギリス・フランス・ドイツ・イタリア・スペイン・ポルトガル・オランダ・オーストリア・スイス・ベルギー・スウェーデン・デンマーク・ノルウェー・フィンランド・ポーランド・ハンガリー・チェコ・スロバキア・ギリシャ・ルクセンブルク・アイルランド・アイスランドなど。

ほかには、カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・トルコ・イスラエル・メキシコ・韓国・チリ・エストニア・スロベニアなど。

2009年、韓国の貿易収支の黒字が史上最高を記録した中、黒字の規模が2010年には初めて日本を追い抜く見込みだそうです。

2010年の1月1日の韓国知識経済部発表によると、2009年の輸出は3637億7000万ドル、輸入は3227億8700万ドルと、貿易の黒字規模が史上最高の409億8300万ドルに達したそうです。

これは通貨危機により輸入が激減し、390億ドルの貿易黒字を記録した1998年以後最高値です。

409億8300万ドルは、日本の貿易黒字をはるかに上回る水準。

昨年1月から11月の韓国の貿易黒字は約377億ドル、同期間、日本は約241億ドルと、約136億ドルの開きがあるのです。

韓国は、輸出が英国やカナダなどを抜いて世界9位に跳ね上がり、初めて10位圏入りを果たしたのも、注目を集めているのです。

 日本はここ数年というもの政治と金問題で、すったもんだの政局で首相を短期使い捨てのうちにどんどん経済の地盤沈下してますね。

疑惑追及も結構だが、どんな疑惑も刑の確定まで推定無罪。

 責任追及は、刑が確定してからで良いのでは。

もちろん、疑われるような脇の甘さは当人にも反省が求められるかも。

 検察審査会が起訴相当と言っても、起訴に十分な証拠が得られなければ公判維持は困難。

 それで、証拠不十分に付き無罪が出れば、少なくても法的には問題なし。

日本の処方箋書けない議員こそ、税金の無駄。

 政局しか能のない議員しか選べない有権者も、反省したほうが良い。

 多すぎるのは議員ではない。

 議員を見る目のない有権者が多いほうが、むしろ問題かも。

この国をどうしたいのか考えもなしに投票に行ってる有権者が、この国の足を引っ張っていると言う情けない話で良いでしょうか。

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聖書やコーランと社会主義 マルクスと聖書? その3

聖書やコーランは、神を信じ恐れずに前進する者を神が助けてくださると確信する者たちが連帯と助け合いの心で生きることを、人々に求める書です。

 強敵の前に怖気ずく人々に向かって、神は雄雄しく立ち向かえと、鼓舞しますね。

ええ。

神が前進しろと仰るときは、神が全面的に支えるから安心しろ、そうお考えなわけですよ。

 神に、全幅の信頼を…。

 あれこれ理由をつけて困ってる人に助けの手を差し伸べようとしない者は、神の御心にそむく者。

主よ主よと、これ見よがしに言う人たちが、実際は主の御心に従っていないので焦っているということでしょうね。

 社会主義、共産主義を、悪平等社会と非難する人がいますね。

社会主義や共産主義は、自ら助かる者を助ける原理が徹底される社会ですよ。

 能力に応じて働き、働きに応じて受け取る、と言ってますね。

一方で、能力に応じて働き、必要に応じて受け取る、とも言っています。

 二段階と考えていい。

誤解を恐れずに言えば、いいえ、です。

働きに応じて受け取ったら、ハンディのある人は最低限必要なだけ受け取れない場合もあるでしょう。

 そうね。

ハンディのある人は、ハンディにあった形で助けが必要でしょうね。

 頑張っているのに前進できない人には、手厚い助けの手が差し伸べられる。

もちろんです。

聖書やコーランにも、困難があって前進できない場合は助けてあげなさいとあります。

 社会主義の第一段階でも、第二段階の原理の一部は前倒しされる。

そうですね。

 楽して儲ける、ずるい者や怠け者には生きずらい社会。

ええ。

でも、不必要な苦労を避けるための工夫は違うのです。

 そうでなければ、便利になるさまざまな発明や発見はありませんよね。

当然でしょうね。

 ばら撒きを必要とする社会こそ、悪平等。

一人一人にきめ細かく対応してこそ、平等が実現できるわけです。

 ばら撒きは、ある意味税金を使った買収。

不満を持っている人たちの、機嫌取りでしかないのです。

 建設的な支出にするなら、もっときめ細かい配分にしろと。

結果として以前より支出が膨らんでも、それに見合った効果が期待できる。

違うでしょうか。

 そんなところから、マルクスエンゲルスの思想は、聖書の焼き直しといわれる。

そうでしょうね。

イエスの言う、らくだが針の穴を通るより神の国に入るのが難しいといわれる金持ちとは、楽して儲けるずるい者や怠け者と同じ意味と、私は解釈します。

たとえ金持ちになるまでどんなに努力していたとしても、金持ちになってから楽して儲ける、ずるい者や怠け者になれば、義に生きるとは言いがたいのでないでしょうか。

 そういう意味だったの。
 
 お金持ちにきびしいなあと思っていたのに・・。

聖書と社会主義が厳しいのは、貧乏人を足蹴にして平気な金持ちと、働けるのに怠けて貧乏な連中、ということです。

聖書と社会主義が優しいのは、困窮者に手を差し伸べる金持ちと、働いてるのに報いられず貧乏な人たち、ということです。

だから本来、聖書も社会主義も、必死に頑張っているのに苦労から抜けられない人々のためにある思想といって良いのです。

もちろん、働きたいのに、必死に探しているのに、仕事がない、なんて人たちもあきらめない限り、あきらめなくても良いように、手を差し伸べるのが聖書の神であり社会主義です。

逆に妨げるものは、裁きで何らかの形で地獄に落ちると主張するのも聖書の神であり社会主義です。

おもしろいことに日本共産党は、すでに与党になっている党も含めイスラム諸党との交流もあります。

イスラム諸党の会議にも、オブザーバーとして招かれたりしています。

日本共産党とイスラム圏の接触が深まったきっかけは、フセイン時代のイラクにアメリカとの不要な摩擦を避けるよう説得に行ったことですね。

その前後に、周辺諸国政府と協議しています。

あまりの違和感なしに驚いたイスラム諸国から、関係強化を求められ今日にいたるのです。

日本共産党にイスラムから見て違和感がなかった理由も、こんなところにあったのかも。

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ロシアと日本?

アイヌの衣装に描かれるいわゆるアイヌ文様との類似性は、擦文文化に継承された続縄文時代の土器の文様にはあると指摘されます。

 擦文とは、土器の表面に付けられた刷毛目でしょ。

土器の表面を整えるため木のへらで擦ってつけたものと考えられており、これが擦文の名の由来ですね。

しかし、アイヌ文様は黒竜江流域や樺太中部から北部の諸民族の文様とも類似しており、その発生・系統を実証することは困難とみられています。

オホーツク海南沿岸にあったオホーツク文化には、アイヌ文化と共通する熊を特別視する世界観がありました。

 でも、擦文文化の遺跡からは、熊を特別視する世界観をうかがわせる遺物は検出されていないようですね。

アイヌにとって重要な祭祀であるイオマンテという熊送りが、オホーツク文化に由来する可能性も、示唆されています。

 オホーツク文化の担い手であったという説もあるニヴフに連なる集団によって担われたと、推定されているのでしょ。

ニヴフ(Nivkh)は、ロシア語での複数形はニヴヒ(Nivkhi)と呼ばれる樺太中部以北及び一部シベリアに住む少数民族ですね。
古くは、ギリヤーク(Gilyak)ロシア語での複数形はギリヤーキ(Gilyaki)と呼ばれたようです。

岩波新書『日本人はどこから来たか』の中で考古学の加藤晋平は、東日本を覆ったクサビ型細石核をもつ細石刃文化を担った人類集団の技術伝統は、バイカル湖周辺から拡散してきたとします。

 1万2千年前から1万3千年前と、言ってますね。

細石刃はバイカル湖近辺から、日本地域へ人の移動とともに技術が広がったと推測しています。

革新的技術であり、各地で自然発生したとは考えにくいからだそうです。

加藤の考古学からの仮説と全く同じ結果を示したのが、大阪医科大学名誉教授松本秀夫の研究です。

 日本人の起源は基本的に北アジアであり、特にシベリアのバイカル地方の可能性が高いとした説でしょ。
 加藤晋平は、「恐ろしいほどの一致といわざるを得ない。」と述べているのでしょ。

ええ。

日本民族に高頻度に見られるGm遺伝子パターンの特徴は、バイカル湖畔のブリアートをピークとして四方に流れており、蒙古、朝鮮、日本、アイヌ、チベット、イヌイットに高頻度で、その源流はバイカル地方とするのが妥当であると推定したのです。

松本秀雄は、東アジアから東南アジアを中心に130の集団から約20,000人の血清資料を採集調査しました。

シベリアの少数民族の血清は、当時のソ連科学アカデミーから提供されたものだそうです。

抗体を形成する免疫グロブリンを決定するGm遺伝子の頻度が民族ごとに固有の値となり、民族を示すマーカーとなるという仮定に基づいた調査でした。
遺伝子の決定は、血清に対する抗原抗体反応によって行われました。

Gm遺伝子の分布によって、モンゴロイドは、「南方系」と「北方系」に大別されます。

日本人は、北海道から沖縄に至るまで、基本的に北方型の遺伝子を持ちました。
南方系モンゴロイドとの混血率は低く、7~8%以下でした。

 Gm遺伝子に関する限り、アイヌと島嶼を除き、顕著な等質性を示したのでしょ。

アイヌと沖縄・宮古の人々は、その両者は特に等質性が高いそうです。
他の日本人集団よりも北方型遺伝子の一つの頻度が高く、南方型遺伝子の一つの頻度が低い等、幾分の相違を示したといいます。

一方、台湾の土着の民族や約300年前に南中国から移住した人々の子孫である台湾人は、沖縄やアイヌの人々とは高い異質性を示したのです。
典型的な、南方系モンゴロイドのパターンだったのです。

朝鮮民族は、朝鮮半島の韓国の人々と中国の朝鮮族とは高い等質性が認められました。

日本人と同じように北方系モンゴロイドに属するGm遺伝子パターンを持つが、日本人以上に南方遺伝子の頻度が高かったのです。

朝鮮民族は当初は日本民族と非常に近い遺伝子パターンを持っていたが、中国と朝鮮とのあいだの、相互移民や侵入などによって、海で隔てられた日本に比べ、北方少数民族や漢民族との混血をする機会がはるかに多く、これが民族の形成に影響したと考えられます。

中国の場合は、Gm遺伝子の頻度分布に、南北方向の勾配がみとめられました。
漢民族の場合は、「北方型」と「南方型」の二つの型の存在を考えないと、分布パターンの説明が難しいようです。

 で、今回はどんな話をしたいわけ。

ロマ音楽のリズムには、強弱の入れ子になっている特徴があります。

 前半が強く、後半が弱く、その前半と後半にも、それぞれ強弱があったでしょ。

 強さの順で言うと、強い順に4・2・3・1って感じでしたね。

Ton!ta!ton!ta Ton!ta!ton!ta (大文字小文字に強弱を対応させて手拍子)

日本の民謡も、その多くはこの拍子を変形したリズムでできているようです。

 これを覚えれば、たいていの日本民謡に合わせて手拍子が打てるのでしたね。

はい、おそらく大半の曲で合うかも。

実は、ロシアの民謡のリズムには、ロマ音楽や日本の民謡と似た特徴があるようなのです。

 日本の民謡の歌詞は、ロシア民謡のリズムで歌えるわけ。

 逆に、ロシア民謡の歌詞は、日本の民謡のリズムで歌えるわけ。

そう。

共通の拍子を持っているから、歌詞を交換しても歌えるのです。

あなたの知っている日本とロシアの民謡で、歌詞を交換してやってみてください。

手拍子してみれば、対応がしやすいと思いますよ。

これは、余談かもしれないけど…。

 なに?

いわゆるロシア民謡は、帝政ロシア時代からソ連時代に生まれた大衆歌曲のうち、戦後日本で広く歌われるようになったジャンルを指します。

大衆歌曲が「民謡」と勘違いされて定着してしまったため、実際は労働歌、革命歌、愛国歌、恋の歌、子守歌、軍歌、英雄を称える歌などが混ざっていると指摘されます。

そのため、ロシアの本当の民族音楽は日本ではほとんど認知されていないという声もあります。

 でも、広く大衆に受け入れられてきた以上、ロシア人の音楽的嗜好が反映されているわけだから今回の議論に大きな影響はないと。

日本でも、年齢を超えて愛された曲の多くは民謡と極めて似通った拍子を持っていますからね。

 日本人の、少なくともアイヌや琉球の人たちと、ロシアとはなんらかの繋がりがあるのでしょうかね。

どこでどう繋がったかは、 わかりません。

でも、シアやシヤのつく多くの国や地域同様に、日本とロシアにはなにかがあるのかも。

 ロシア革命後、ロシア国外に脱出あるいは亡命した非ソヴィエト系旧ロシア帝国国民の中には、日本に亡命した人もいたでしょ。

ロシア帝国から日本に亡命した人の中には、民族的なロシア人の他にかなり多くの非ロシア人、つまりポーランド人やウクライナ人が含まれていました。

非ロシア人の多くも日本において通用しがたいウクライナ語やポーランド語を用いる代わりに、それよりは通じやすいロシア語を用いたのです。
それで、日本では彼らは「ロシア人」であると誤解されました。

 かつてのロシア帝国国民では、あったけど。

亡命ロシア帝国国民の多くは革命後、戦前は日本領だった南樺太に亡命したが、戦後南樺太もソ連領となってからは、北海道を中心とした日本本土に再亡命したのです。

 日本に亡命した白系ロシア人の中には、しばらくしてからオーストラリアなどに再移住した人もいる。

でも、日本人の中には、それでは説明の付かないロシア人に似た顔の人もいます。

 日本とロシアの民謡に、拍子の類似をもたらした人々の子孫ですかね。

可能性は、ありそうですね。

 ちょっと話がそれますが、かつてポーランド語をかじっていました。

 ポーランド語は字こそローマ字ですが、ロシア語と近いと言われる言葉ですよね。

同じスラブ語ですからね。

 で、ロシア語のことはわからないのですが、 「ポーランド語と日本語は言語として一番遠い」という話も聞いたことがあります。

 でもねえ。
 綿(わた)が同じ「WATA」です。
 発音はヴァタになります。

 あとお婆ちゃんの俗語が「ババ」なんですよ。

 こういう発見は言葉を学んでいて楽しくなりますわ。

スラブ語と日本語、特に古語の段階で比較すると案外面白いかも。

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地球に優しいと簡単に言うけど。生態系を考える その3

長年生態系に参加してきた人が、再生に配慮しながら適度に利用してこそ、環境を守れるでしょうね。

 かつて、鯨油めあてに鯨を乱獲した欧州の論理を思い起こすね。

欧州の乱獲で激減した鯨が、彼らが乱獲を止め捕鯨を制限したいま数を回復しつつあるのは想像にかたくないのでは。

 むしろ、捕鯨を止めたときの海の生態系に対する影響を考えて欲しいね。

 大人になった鯨の天敵が、人間だけという事実。

それが手を引いたら、海は狼の滅びた山と同じことになるでしょうね。

 林業は、鹿の食害で悩む。

山で木を切らないのは、かえって洪水や山崩れを引き起こすのです。

 今まで利用してきた、山の木でしょ。

もちろん。

山の再生に配慮しながら適度に利用してこそ、洪水や山崩れから麓を守るでしょうね。

 両立が大事…。

いままた、バイオメタノールの材料と食料の両立問題を引き起こす可能性は去っていないように見えます。

 トウモロコシと、バイオエタノールが顕著な例ねえ。

そうです。

 製紙用の木を救うとされたケナフですけど。

ケナフは、 アオイ科ハイビスカス属の一年草の種子植物ですね。

現在、ケナフのパルプ化は主にタイ北部などで行われており 木材のパルプ化プラントを設置し、パルプ化を行っているようですね。

 生態破壊をするだけの、厄介者の可能性があるとか。

在来種は、長い歳月をかけ植生、生態系のバランスを確立してきたのです。
外来種はその関係や作用が明確でなく、大きくバランスを崩す可能性のあるのです。
その影響は、農林業や人体にも及ぶ可能性があるのです。
ケナフは、立派な外来種ですからね。

 セイダカアワダチソウの、二の舞を踏むおそれがある。

油断はしないほうが良いのでです。

 ケナフは、従来ロープやカーペットなどの原料になっていたでしょ。

いまでは、紙の原料にしたり、車などの内装材作る人たちもいるのですね。

 ケナフは、「パルプの年間収穫量はアカマツの5倍」とか「光合成速度はエノキの5倍」っていってますね。

ええ。

ケナフは通常の植物の2倍以上のCO2を吸収し、茎にため込んでいる と言われます。

 「CO2の吸収が一番良いケナフを使うことに意味がある」と。

正確な数値としては 1.4~ 4.6倍で、一般に出回っている数値は極大値なのです。

気温・降水量・日射量・土壌条件等の環境条件によって、数値は大きく変わるのです。 

「ケナフはCO2をよく吸収するので、CO2の削減に役立つ」
温暖化防止の理由の決まり文句だけど、この論理はちょっとおかしいのです。

 「CO2の吸収」と「CO2の削減」は、べつものなのね。

CO2の削減には、吸収したCO2が分解されにくい形態で蓄積される必要があるのです。

 例えば、木材やサンゴなどね。

ええ。

草本植物でしかも一年草のケナフは、その年の内に枯れるでしょうね
吸収したCO2はすぐ分解されて、空中に放出されてしまう。

 近視眼的環境保護論は、有害ということね。

藁や竹の代わりには、なると思われるです。
もともと、ケナフというのは葦の様な植物なので、中心部の繊維は短く 葦や藁などの繊維と似ているようです。

ただ、藁や竹は画仙紙に 使用することが多く、墨付きのことなどからケナフには簡単には代わらないかも。

一方、皮の部分は非常に強く、麻の様な繊維になります。

 だから、ロープやカーペットなどの原料になっていた。

そうです。

繊維が細かいために、紙としてのケナフに使い勝手のよさを感じる人もいるのですけどね。

 そういえば、クロッキー帖などがあるね。

広葉樹パルプの代わりには、なると思えるのです。
製紙業界としては、ケナフは現在の森林資源にかわる物かも。
繊維長は、広葉樹パルプと近いようです。

広葉樹にかわる新しい素材と してケナフを使うのであれば、 広葉樹パルプに代わる新しい素材として 利用の価値がでてくるかも。
一年で大きくなり栽培もしやすいとなれば、ですけどね。

ケナフをパルプ化する場合、良いとされているのは 圧力釜を使用し、強アルカリにて長時間煮る 必要があるかも。

 平釜でも、煮ることが可能ですか。

ふたの上に重石を 乗せるなど、多少圧力がかかるようにする必要があるのです。

平釜は蒸気を入れて煮るタイプだと、 煮れば煮るほど、蒸気からの水分が入り、釜内のアルカリ度が 低くなってあまり煮えないのです。

釜の下から火を燃やす旧タイプの平釜だと煮れば煮るほど 煮詰まりアルカリ度が上がり、煮えるようです。

苛性ソーダつまりソーダ灰の使用量は、楮、三椏、藁、竹を煮るときの使用量の 約3倍は必要だそうです。
排水の汚れ方が著しく環境面からも 考えて、和紙材料には適さないと言うことだそうです。

そのため、多量の中和用の薬剤が必要となり、また、水洗いにも時間が必要です。

 紙に加工したら、CO2を固定できるかというと。

図書として永久に保存されない限り、紙は結局ゴミとして燃やされてしまうことが多いでしょうね。

 再生紙としての循環も、永久ではないから。

そうですね。

原材料を加工した製品が焼却等で分解されれば、製品に固定されていたCO2は全て空気中に放出されてしまうのです。

しかも、使われるのは「靭皮」という外側の部分だけですって。

 心材は、使いみちがなく焼却されている。

ケナフは最大で植物丈6m、茎の直径10cmにもなるのです。
ところが、靭皮以外の部分はゴミとして焼却されているということです。

 CO2の固定には、役立たない。

ケナフ栽培の生産・管理コストだって、エネルギー投資をともなうのです。

 肥料・農薬・潅水・除草ね。

 その分だけ、CO2を放出することになる。

森林などの自然植生と異なり、栽培植物で環境問題を論じるにはこのコストを差し引く必要があるのです。

CO2対策でケナフを植えるというのは、ちょっと話が違うような気はするのです。

 それを承知で、ケナフを使ったり栽培して欲しいってことね。

 地球上の緑や保水性を守る意味において、栽培をするならしても良いけど、誇大広告はするなと。

ええ。

ケナフはもともと、パルプ用に伐採される木を減らせないかということで注目された植物ですよ。

和紙業者からは、紙の原料ならケナフよりは楮や三椏を植えて欲しいとの声もあります。

 ケナフは繊維を取り出すまでのエネルギー効率は悪く、和紙には適さない。

紙に出来ないことは無いが、その工程は大変手間がかかるというです。
エネルギーを使い労力を使いむしろ、地球温暖化につながってしまうと懸念しているのです。

楮や三椏は、処理が慣れている上に和紙としては良い紙になるそうです。
しかもその紙は、1000年保つ実績があります。
何より、日本の環境に適しているのです。

 その国の歴史と風土に即した取り組みこそ、本当に効果がある…。

環境保護、言うのはやさしいです。

 でも、人もまた、自然と環境の一部であることを忘れた環境保護論は有害。

 人が自然と共存してこそ、環境保護の視点を忘れた環境保護論は、暴論。

そういえるかも。

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宇宙はもっと重い?

戸塚洋二(とつか・ようじ)東京大特別栄誉教授は、1998年、ニュートリノに「質量がある」との確証を得て物理学の常識を覆す大発見といわれました。

2002年にノーベル物理学賞を受けた小柴昌俊・東京大特別栄誉教授の愛弟子で、日本人初の師弟そろっての栄冠が期待されていました。

ノーベル賞の有力候補とされたが、2008年7月10日、66歳でがんのため死去しました。

 戸塚特別栄誉教授は、静岡県富士市生まれでしょ。
 1972年、東大大学院博士課程を修了。
 2004年に文化勲章受章、2007年にノーベル賞の登竜門の米フランクリンメダルを受賞。

90年代半ばから、岐阜県飛騨市にある東大宇宙線研究所の観測施設「スーパーカミオカンデ」の責任者として、ニュートリノの精密観測を実施していましたね。

その戸塚特別栄誉教授の研究を裏付けるであろう発表が、2010年6月1日にありました。

http://mainichi.jp/select/science/news/20100601k0000e040098000c.html

ニュートリノ振動:国際実験で直接的に確認

素粒子ニュートリノが質量を持つことの最終確認を目指す国際共同実験OPERA(オペラ)の研究グループは31日、狙っていた「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象を初めて直接的に確認したと発表した。

ニュートリノ振動は、ニュートリノがある種類から別の種類に“変身”する現象。

質量存在の証拠とされ、98年、東京大宇宙線研究所のスーパーカミオカンデ(岐阜県飛騨市)で発見された。

ただ、この時は特定種のニュートリノの減少から結論を導いた。

この研究はノーベル物理学賞も期待され、今回の成果が後押しとなる可能性がある。

実験に参加する中村光広名古屋大准教授は「1例だけでは確実とは言えず、最低でも4例必要だ。

実験は順調に進んでおり、あと1、2年でニュートリノに質量があることを裏付けたい」と話している。

実験は、スイス・ジュネーブ近郊の欧州合同原子核研究所(CERN)の加速器から「ミュー型」ニュートリノを発射。

約730キロ離れたイタリアのグランサッソ国立研究所の検出器で「タウ型」に変身している振動現象をとらえる。

グループは、08年の本格観測開始以来の検出例約1000例を解析。

この中に、タウ型に特徴的なケースを1件見つけた。
 
ニュートリノは、物質の最小単位である素粒子の一種です。

現在までに、電子ニュートリノ、ミュー・ニュートリノ、タウ・ニュートリノの3種類が発見されています。

 電子とともに、軽い粒子とされるのでしょ。

ええ、原子核を作る陽子や中性子は重い粒子といわれます。

ニュートリノは、1930年代に物理学者のパウリが存在を予言し、56年に実験で確認されました。

陽子や中性子の崩壊に伴って生じ、原子炉の中でも大量に発生するのです。

 でも、太陽から出る数は、核融合にしては少ないと言われてますね。

物質と反応しにくく、地球などあらゆる物質をすり抜けて進む性質があるため、とらえるのは難しいのです。

それを考慮に入れても、太陽からのニュートリノは少ないですけどね。

 アインシュタインのE=MC²からすれば、ニュートリノにもエネルギーに見合う質量があってもいいはずですね。

そうですね。

もし、ニュートリノに質量ありとなれば宇宙の質量自体も、もっと重いとなります。

 質量がないとされる、光子にも影響ありますかねえ。

光子の仲間とされる素粒子に、質量がありますからねえ。

でも、今のところ光子の質量を疑う声は出てないようです。

追記

ニュートリノの質量確認はノーベル賞に繋がりました。

やはりニュートリノに質量はあった。

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kamo氏とkamui?

加茂とも賀茂とも記される「kamo」氏には、アイヌ語の「kamui」から「kamoi」、「kamo」と転化したとされる説があるのです。

 「kamo」神社には、上賀茂神社とも呼ばれる賀茂別雷神社と下加茂神社とも呼ばれる賀茂御祖神社があるよね。

両神社の摂社は複数あるけど、注目したいのは天鈿女(アメノウズメ)命を祀る大田神社です。

 アメノウズメといえば、岩戸の踊り…。

アメノウズメの踊りについては、ベリーダンスではないかと推理したことがあったのです。

 そのアメノウズメを祀るのが大田神社…。

もし、大田神社の大田がエジプト語のオッタだとしたらどうでしょう。

 そういえば、古代エジプトで太陽神ラーは猫神でしたね。

 ベリーダンスは古代エジプトでも、踊っていたでしょ。

 可能性はあるかもね。

ならば、「kamui」は古代エジプトで神格化された魂である「ka」の臨在だったと見れば、どうでしょう。

 カーは、神格化された側面もあるでしょ。

古代エジプトの思想で、カーとは人が生まれる時、ともに生まれ、死後もともにあり続ける存在です。

 カーとは生きているものすべて体の中にあって、生きていく力を与える、生命力の源とも言える存在でしたね。

 アダムとイブに神から与えられた息に、似てますよね。

本人が死ぬと失われるわけではなく、親から子へ受け継がれることがあるとされたそうですから。

 聖書の思想では、人はみな、アダムとイブに与えられた神の息を引き継いでいるとされる。

 古代エジプトと聖書、共通する何かがあるようね。
 
 踊り担当のアメノウズメは、踊りの女神としても祀られたバステトに対応すれば…。

 猫神としてオッタ神社にいても、おかしくないねえ。

日本とチベットに、古代中東の遺伝子が残り、太陽神を頂点とする三神構造の動物神を含む八百万の神々なのは古代エジプトと共通ですからね。

 そうなると京都市内を流れる加茂川とも記される鴨川は、南北に流れるところからナイルに見立てられたとか…。

さあ、それはどうでしょ。

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