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2010年11月

女媧と伏羲と大ピラミッド?

女媧は伏羲の妹にして妻で、姉とする説もあるが、上半身が人、下半身が蛇の姿をしており、 伏羲と尾をからませた様子で表現されるのです。

伏羲は太陽と規(コンパス)を手にし、 女媧は月と矩(さしがね)を手にしていると説明される場合があるのです。

規は円(丸)であり、円は陽の気である天を表し、 矩は方(正方形)であり、方は陰の気である地を表すから陰陽としてはあっているのです。

そこで、私もこの説を採っているのです。

 ところが、図譜では多くの場合、右の伏羲は矩(さしがね)を右手にし、左の女媧は規(コンパス)を左手にして、表現されるのね。

陽の男性である伏羲は陰である方を表す矩(さしがね)を、陰の女性である女媧は陽である円を表す規(コンパス)を、それぞれ持つ姿です。

これは、左右二つの大極を並べて表したのと、等しいと言えるです。  

大極は、世界の根源とみなされる玄(げん)に対応するとされているのです。

おそらく、無限に続く入れ子の様な構造を持つ世界を、女媧と伏羲の大極を入れ子として描くことで示そうと言うのかも。

 最新数学の無限入れ子といえば、フラクタルでしょ。

フラクタルは、世界の階層性を反映してると言われているのです。  

 女媧と伏羲の図譜って、フラクタルを表してるわけ。

そのようですねえ。

コンパスは円はもちろん、陰陽における陽としての男・天・日などを表し、定規は方(正方形)はもとより、陰陽における、陰としての女・地・月などを表すのです。

 だから、天と地からなる宇宙を天円地方と言ったりするのね。

日本では前方後円墳ですね。

 上円下方墳も、あるけど。

 それ以外の円と方の組み合わせになっている古墳もあるし。

 それに、円墳や方墳も多いですよ。

作家の故・松元清張氏の説によると、前方後円墳は円と方が前後ではなく、左右に並んでいるのではないかというのです。

もしそうだとすると、「伏義」と「女媧」が左右に並んでいる中国の壁画通りになるのですね。

 でも、陰陽からすれば、陽の前に陰の方、陰の後に陽の円、二つの大極で死後世界への転生を祈願する呪術でも良いのでは。

陰陽には、左右もあるのですよ。

 上下や、前後もでしょ。

そして、これは日の丸にも繋がるのです。

今でこそ長方形の旗に描かれる日の丸だが、もともとは、正方形の旗に内接円の図柄だったのです。

 まさに、天円地方ね。

ただ、 この女媧と伏義を見てなにか連想しないですか。

そう、DNAです。

 そういえば、DNAって二重螺線ね。

母方の遺伝子と父方の遺伝子が合わさって、生命の設計図となるのだったのですね。

しかも、タントラを併せてみたいです。

原初の黒点が、女性原理に取り込まれて男性原理になるのです。

卵子が精子を取り込んで受精卵、即ち女性原理と男性原理の合体となるわけです。

 今日の科学常識、そのままではないですか。

さらに、これを一般化してみたいです。

相対する要素や原理原則の合一で、森羅万象の理を説明する弁証法にも結びつくのです。

また、タントラの女性原理を現実性、原初の黒点を可能性と見なすと、女性原理の中で転換された男性原理は実現性となり、現代数学の基礎理論の一つである、確率論にも関連付けられてしまうのです。

そして、ダビデの星として知られる六芒星は女性原理と男性原理の合一による“ソロモンの封印”とみたいです。

 上向き三角は陽で男性原理、下向き三角は陰で女性原理、ってことですか。

 でも体型から言ったら、男性は下向き三角形、女性は上向き三角形、でしょ。

そういえば男女とも、女性原理と男性原理の合一による“ソロモンの封印”の構図ですね。

 どちらも、両方の性ホルモンがあって、バランスが逆なだけだし。

 でも、“ソロモンの封印”って六芒星で、“ダビデの星”として一般には知られてますよね。

高度な科学知識の封印された姿は、ピラミッドそのものでしょ?

 確かに、古代の高度文明が達していた高度な科学知識がピラミッドに記録されているという説があるのね。

ピラミッドにも、女媧と伏義を思い起こさせる内部構造があるのですよね。

 吉村作治教授は、内部をスキャンして左右対称の内部構造を指摘してますね。

飛鳥昭雄はさらに、大ピラミッドには第三の目のような位置にどことも繋がらない部屋があると言ってますね。

出雲大社の口伝によると、上古32丈、中古16丈、その後8丈といいます。

1丈は3.0303mです。

メートルでは、上古96.9696m、中古48.4848m、その後24.2424mというわけです。

 そして、大ピラミッドの第三の目のような位置にどことも繋がらない部屋は、上古の96.9696mだったころの出雲大社とほぼ同じ高さだといってるでしょ。

ええ、出雲大社の中古48.4848m、その後24.2424mの高さも、大ピラミッドの内部構造と同じ高さと言ってますね。

左右対称の内部構造を女媧と伏義に見立てると、大ピラミッドの第三の目のような位置の部屋は女媧と伏義の図譜にある太陽に当たります。

 女媧と伏義の図譜は、月もあるでしょ。

月は陰だから、隠れている、つまり見えないでも良い訳ですよ。

それに、古代エジプトでは、生者はナイルの東、死者はナイルの西、これはまさに陰陽です。

陰陽では天を円、地を方で、人は三角で表すのです。

 仏教の禅画で、丸三角四角があるでしょ。

それぞれ、天人地に対応するのですね。

さらに陰陽では、三角で蛇も表すのです。

 これって、大ピラミッドは女媧と伏義にそっくりと言うことですか。

 だって、大ピラミッドは、三角は陰陽で人と蛇に対応し、女媧と伏義のような左右一対の構造がある。

どうも、そのようですね。  

 なんで、そうなるの?

さあ、なんででしょ。

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「はてな」とアテナ?

「さてな」「はてな」「さあな」「さあね」とか、「さて」「はて」「さあ」などと、どんなときに言うでしょうかね。

 どうしたらいいか、考えてるときでしょ。

原因とか、発端とか、大本とか、どうなってるのか、などと、考えている時も言うでしょ。

 これからどうなるんだろう、と思っている時も、言いますねえ。

そして、わからないと、こんな風に言ったりして。

「あてない」

つまり、めどが立たないということですよね。

「あてない」を、カタカナで表すと「アテナイ」でしょ。

「アテナイ」は、古代ギリシャの神ですよね。

「アテナイ」は、「アテナ」「アテネ」とも呼んでいます。

「アテナ」とか「アテネ」とか言って呼びかけて、古代ギリシャ人は祈ったわけですよね。

 古代ギリシャ人も、困ったときにどうしたら良いか、祈ったのかしらねえ。

 現代のヨーロッパ人は、「オーマィゴッド!」とか「ジーザスクラィスト!」とか言って、驚いたりあきれたりしているでしょ。

 古代ギリシャ人も、「アテナ!」とか「アテネ!」とか言って、驚いたりあきれたりしていたのかしら。

日本でも、古事記や日本書記の神話に古代ギリシャとの類似が言われるのでしょう。

 古代日本人も、「アテナ!」とか「アテネ!」とか言って、驚いたりあきれたりしていたら面白いね。

古代中東の神「アシラ」が、転化して「ハシラ」になったなどと言う人もいるでしょ。

「アテナ!」とか「アテネ!」が、転化して「ハテナ!」とか「ハテネ!」になったなんて説も、誰か言い出さないですかね。

 神話が似ているだけじゃ、ないよね。

 和裁のハサミはギリシャタイプ。

 指先の一直線にそろう足はギリシャタイプ。 (ここを訂正します。追記参照)

先のとがったローマタイプの靴を、自分の足の形も考えずに履いたことが原因という意見も出ています。

 そういえば、外反母趾は日本女性の多くが悩まされましたねえ。

秋田美人の典型顔は、ミロのビーナスだなんて話題もあったです。

 人が移動すれば、神も一緒にお引越しなさる。

 それが古代というものよ。

 神話が来ていて、神様が来ないのは、かえって変。

 顔も、足も、文化も、神話も似ていて、神様が来てないなんて、絶対変。

縄文時代の顔が西方的、弥生と古墳時代の顔は東方的、ならば、神様の主役も東方の神に乗っ取られてしまったのでしょうかね。

 だけど、言葉の中ではしっかり、縄文の神様は生き続けている。

 どんなに弥生時代や古墳時代の神様が心を支配しようとしても、言葉は縄文の神々が支えておられるように思えます。

日本語は、一皮向くと古代オリエントとか、地中海世界が見えて来るのかもしれないですね。

追記

最近の研究では、外反母趾になりやすい足の傾向は、エジプトタイプだとされるようになってきました。

足指は、三つのタイプに分類されるといいます。

エジプト型と、ギリシャタイプと、スクエアタイプの三つです。

エジプト型は、親指が一番長く、小指にむけて短くなる形です。

日本人の6割から7割が、このエジプト型タイプと言われています。

親指が長い他に、足幅が広めな形です。

親指が側面から圧迫されやすいため、外反母趾になりやすいタイプの足の形です。

ギリシャ型は、親指より第2指が長い足の形です。

日本では、エジプト型に次いで多いです。

足先の細い靴を履いても、爪先に負担をかけることが少なく、外反母趾になりにくいタイプの足の形です。

ただし、指が曲がりやすく、ハンマートゥになりやすい足でもあります。

ハンマートゥとは足の指が曲がったまま、戻らなくなっている状態です。

スクエア型は、5本の指の長さに差がない足の形です。

日本人では珍しい足です。

幅の狭い靴を履くことで、指にタコやウオノメができやすいタイプの足の形です。

ただ、ギリシャ神話の神々は、エジプトとのかかわりが指摘されており、この二つの文明を荷った民の間の関係はどうであったか興味深いものがあります。

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神と悪魔(akuma)の関係を考えてみる。

悪魔(akuma)については、まだまだ疑問が多いですか。

 堕天使を含めて、悪魔(akuma)や堕天使に従った霊達である悪霊の総称がサタンと言う解釈が一般的ですからね。

 悪魔(akuma)に引き渡すとは、悪魔(akuma)と同じような惨めな状態になるという意味と説明する宗派もあるようです。

 辞書でも、悪魔(akuma)=サタンね。

 天使名ルシフェルが地に落ちてルシファーとなったが、ルシファーは悪魔(akuma)の代名詞でもあるという話もある。

辞書でも悪魔(akuma)=サタンとあるのは、重々承知です。

辞書と言うのは、それぞれの言葉がどういう意味に使われているか、それぞれがどういう文脈に使われているか、示すのであって、その解釈の正誤や是非は考慮の外です。

以前は間違えとされた意味や用法も、一般化したとみなされれば載るですよね。

それに、代名詞として使われていることは、等号とは似ているけど違うのですよ。

 代表的存在と、みなされているに過ぎない。

裁きの神=悪魔(akuma)

単純化すれば、そうです。

実際は、悪魔(akuma)は裁きの執行者なのだと思えるのです。

悪魔(akuma)に渡すと、神は仰ってるからです。

 でも、悪魔(akuma)とサタンは、違うのでしたね。

 サタンは堕落した天使ルシファーなのに対し、悪魔(akuma)は神の一族よね。

ユダヤ教徒やキリスト教徒が、聖書の解説書としてのコーランを受け入れてないので、気がついていないことが多いようです。

 裁きの神=悪魔(akuma)は、イスラムの思想と言うわけではない。

イスラム教の思想というより、コーランに明文化されているのを気がついたので、よく探せば聖書でも言及されているかも。

残念なことには、現代のムスリムも聖書の解説書としてのコーランの位置づけを受け入れてないようですね。

新約しか読まない大半のキリスト教徒、コーランしか読まないイスラム教徒、旧約だけと言いつつタルムード重視のユダヤ教徒、困ったものです。

 ムハンマドは旧約聖書が読めなかったらしく、聖書の登場人物の明らかな時代錯誤や誤認に基づく記述がたくさんあったため、ユダヤ教徒はコーランの内容をせせら笑ったという話ね。

聖書とコーランに多くの違いがあるのは、確かなようです。

そのため、ユダヤ教徒はコーランの内容をせせら笑ったのでムスリムは聖書を読まなくなったと言うのです。

でも、ムハンマドは、聖書を読めと言っているのです。

内容の食い違いが、ムハンマドの勘違いなのか、アッラーがわざと仕掛けたのか知らないですけど。

 なにか隠された意図がありそう。

可能性は、ありそうですね。

裁きの神=悪魔(akuma)

この構図に、サタン=悪魔(akuma)の誤解が重なると、サタン=悪魔(akuma)=裁きの神の勘違いへと転落します。

善悪は宗教における根本原理です。

 善とは何か?

 悪とは何か?

 その内実は、未だに解き明かされているとはいえないよね。

エデンのサタンは、イブを誘惑し人類に原罪を負わせたのです。

 けれども、楽園追放が無ければ人間が肉を得て生命の樹を登ることもできなかった。

ユダはイエスを銀貨30枚で売り磔刑死に導いたが、逆にユダがいなければイエスの復活と原罪からの解放もなかったのです。

 そういえば、最後の審判は、イエスによる裁きのことでしたね。

イエス=裁きの神と言う正しい解釈も、サタン=悪魔(akuma)=裁きの神の勘違いと繋がると重大な過ちを犯します。

 善悪の原理すらも、神の深遠な計画の中に取り込まれているという不思議があるね。

ここで、本質を取り違える人は、後を絶たないわけです。

 イエスと言うと、救世主の印象が強いでしょ。

イエス=裁きの神=救世主の構図にサタン=悪魔(akuma)=裁きの神の勘違いが繋がるとイエス=サタンのサタン崇拝の罠にはまります。

そして、サタンを救世主と取り違えてケリポットにつかまるですよね。

ケリポットとは、終わりの見えない泥沼のように容易に抜けられない状態を連想してもらえば、とりあえずいいでしょうね。

 芥川龍之介の「蜘蛛の糸」にでてくるカンダタみたいなこと・・・。

そうですね。

サタンとイエスの混同を除けば基本的に正しい解釈にたどり着いた人々は、ひたすら死の樹を下っていることに気づけないのです。

サタンとイエスの混同をしているので、無意識のうちにサタンの特質をイエスの特質と混同し、サタン教にキリスト教を摩り替えてしまったことが見えなくなっているのかも。

 サタンとイエスの混同以外は、大筋で正しく理解している。

だから、当人はもちろん、周囲の者もなかなか気がつけないのかも。

 神の一族を悪魔(akuma)と呼ぶのは、変というか不自然に感じる人のほうが多いかも。

調べたらわかることだけど、悪魔(akuma)の眷属とされる存在のほとんどは各地で神や神に準ずる位置づけです。

 悪魔(akuma)をすべてサタンと同一視したら、とんでもないことになるのね。

世界の民俗では、悪魔(akuma)は日本で言う鬼に近いです。

悪魔(akuma)=サタンという、カソリックによるキリスト教布教時のいい加減な濡れ衣を悪魔(akuma)から脱がしてあげて、ようやっと真相が見えてきたのです。

 悪魔(akuma)=サタンは、プロテスタントも同じね。

悪魔(akuma)=サタンの誤解のままでは、イエスだけでなく神道の真相も見誤ります。

 飛鳥昭雄と三神たけるによると、死の樹に二通りあるとある。

 生命の樹の、鏡面対象と回転対称だと。

鏡面対象とは、上向の生命の樹を水面に移したように下向きにした形と言うことです。

回転対称だと、上向の生命の樹を180度回転して下向きにした形と言うことです。

鏡面対象の死の樹が神の眷属の悪魔(akuma)の樹、回転対称の死の樹が堕天使サタンの樹、ではないかです。

生命の樹とは、人が神の境地に辿り着くために理解すべき知恵と知識の象徴と思って戴いてかまないのです。

 神について人間が理解するのは、不可能じゃないの。

知識に、限界はないのです。

この世のすべてを知り尽くし、神の領域まで到達できる能力を持っているのです。

一人一人に現世で許された時間が、その段階に到達するのに短すぎるだけです。

永遠のときが与えられれば、すべての人は神の知識と知恵の段階に限りなく、近づけるのです。

まさに、神に似せて作られたのであり、神の国はあなた方のうちにある、のです。

 だから、悔い改めて福音を信ぜよ、とは自分たちの本当の姿に気づきなさいと言うことね。

そうかも。

 唯一神と言いながら、天父という神が別に存在してるし、天父が何代も続いるのが本当なら、神は大勢存在している事になるの。

世界は一つ、当然、真理も一つです。

修行中の神が何人いようと、全員が唯一つの真理で結ばれているわけですね。

後輩は先輩に指導と援助を求め、先輩は後輩に指導と援助を与え、知恵と知識を共有しているかも。

そして一心同体を、最も理想的な形で実現しているのですね。

一心同体の意味で、唯一神といえるかも。
..
 ムハンマドの教説は、古代ペルシアの宗教観の影響を受けている可能性もあるね。

マズダー教、ゾロアスター教、マニ教と世界を善悪の2元原理で捉えているが、悪魔(akuma)を堕天使のような光の零落としてではなく、神と並ぶ神的存在として捉えているのです。

ユダヤ・キリスト教においても、神は救い主であると同時に多くの不信心者を審判により一掃する滅びをつかさどる存在として描かれているのです。

黙示録に登場するアバドンも、神学では悪魔(akuma)的存在とされているのです。

 アバドンの操る「人間の顔をした蝗の大群」は聖なるものを滅ぼさずただ獣に帰依した存在だけを苦しめるとある。

 神が悪魔(akuma)すらも利用するとすれば、イブリースに渡すと言うコーランの表現は分からないではない。

私が指摘したいのも、悪魔(akuma)的存在の、聖なるものを滅ぼさず獣に帰依した存在だけを苦しめる、この側面です。

この場合、獣はサタンの象徴として扱われているのです。

 マズダー教、ゾロアスター教、マニ教ですか。

 ゾロアスター教や、派生したミトラ教は、キリスト教とも類似が指摘されますね。

 マズダー教は、ゾロアスター教の異名とされますね。

 マニ教も、キリスト教との関連が言われます。

3500年前に生きたゾロアスターは、土着宗教のマズダ信仰を改革し、ゾロアスター教を創始したとされているのです。

マズダー教は、ゾロアスター改革以前の原始拝火宗教を便宜的にそう呼んだのです。

マニ教はゾロアスター教の派生として生まれた宗教で、ゾロアスター、キリスト、仏陀を全て先代の神の使徒として認めているのです。

 マニ教は内容的にグノーシス異端の影響を受けていると弾圧され、今は完全に消滅したとされてますね。

マニ教は、紀元15世紀まで中国で存続したことが確認されているようですね。

グノーシスは、物質と霊の二元論に特徴があり、グノーシス主義とも呼ばれたのです。

グノーシスは、1世紀に生まれ、3世紀から4世紀にかけて地中海世界で勢力を持った古代の宗教や思想の一つです。

普通名詞としてのグノーシスは、古代ギリシア語で認識とか知識を意味する言葉です。

グノーシス主義は、自己の本質と真の神についての認識に到達することを求める思想傾向があります。

またグノーシス主義は、地中海世界を中心とするもの以外にイランやメソポタミアに本拠を置くものがあり、ヘレニズムによる東西文化の習合のなかから生まれてきたものともいえるのです。

 比喩的な表現で、「悪魔(akuma)」という言葉を使っているのね?

神には、見ようによっては、そう取れる側面があるということと、思っていただいてかまないのです。

聖書には、アブラハムが老いてからようやく授かった子どもであるイサクを燃やし尽くす捧げものにせよと命じられる場面があるのです。

願いをかなえたい一心で一番大事なものを燃やし尽くす捧げものにすると誓った男は、子どもを燃やし尽くす捧げものにせよと命じられる羽目になる話もあります。

また、怒ると恐ろしいが機嫌よくしてもらえば助けてもらえるあたりも、聖書の神とどこか似てるですよね。

 神の姿である生命の樹は裁かれる側から見たら、鏡面反転して悪魔(akuma)のように見えるという意味?

裁かれる側にとっては裁きの神として、恐ろしく見えるところは、まさに悪魔(akuma)的かも。

聖書における興味深い記述として、イザヤ書の中などでペルシア王キュロスが神の僕として神に油をそそがれユダを解放するというものがあります。

 ここで言う油は、具体的にはオリーブかもしれないけど、象徴としては聖霊と見られているのね。

このキュロスという人物は、ユダヤ人をバビロン捕囚から解放したユダヤの恩人として当時のユダヤから喝さいを浴びた人物です。

 ソクラテスの弟子であったクセノフォンの「キュロスの教育」等の著書によれば、勇気と人徳を備えた完璧な統治者としてギリシア人からすら賞賛された存在ね。

キュロスは一般的にゾロアスター教徒と解されており、イザヤの言うキュロスを導いた主は、まさしく彼の崇拝していたアフラ・マズダと同じ神ということになるですよね。

話がそれたが、このように聖書以外のいろいろな古代の宗教や書物からも真理の欠片というものは採集できる気がします。

主こそが、最古にして唯一の神であり、諸民族の神はそのことが忘れられた結果派生したのかもしれないですね。

主は数多くの別名を、お持ちですから。

 裁きによって、太陽・月・星それぞれの栄光にわけられるのでしょ。

太陽・月・星それぞれの栄光で、太陽や月の栄光は飛び級のようなものとも、思えるのです。

太陽や月の栄光の人たちは、下の栄光と往復できると言うのですから。

 色々と考えたら、無限に疑問が生じてしまうの。

 新しく世界を創造する度に、永遠に苦しみ続ける大量の霊が必要になるのが悲惨よね。

 何か、もう少しいい方法はなかったのかと思ってしまう。

 あと、いわゆる外の暗闇に行った悪霊たちは、本当にそのまま永遠に変わらないのか? という疑問がある。

 さんざん苦しんだ後、「星の栄光」程度に落ち着くとかするのかな? 

 永遠の地獄なんて、気の毒すぎるのではと。

彼らの投げ込まれるイブリースの炎は、おそらく魂の消毒のためかも。

俗に言う「顔を洗って出直して来い」ってことだと思えるのです。

 神は完全に公平なので、気の毒とか可哀相という言葉は当て嵌まらないのではと思う。

 完全に公平な世界なら日の栄の住人に対し下位の者が妬みとか羨みは無いと思う。

 劣等感や優越感は不公平から発生するものと思えるし。

 いずれにせよ周りに上位や下位の者はいないのですから比較する対象がなければ優越感も劣等感も発生しないはず。

 永遠の暗闇で悪霊達は、苦しむ事に喜び居心地良く感じているのかもしれません。

 新しく世界を創造する度に、永遠に苦しみ続ける大量の霊が必要になるのが悲惨よね。

 そもそも、完全な神から不完全な霊の子が生まれるのが不思議。

意識の持ちようの問題かも。

 まじめに聞いて、ちゃんと考える気があるかどうか。

だから、悔い改めて福音を信ぜよ、となるのかも。

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光電効果は光子の質量の証拠か。

光電効果(Photoelectric effect)は、物質に光を当てたとき、その表面から電子が飛び出したり、内部に自由電子を生じたりして、電子が移動したり電流が流れたりする現象です。

 物質が光を吸収した際に物質内部の電子が励起されること、もしくはそれに伴って電子が飛び出したりするのでしょ?

ええ、光伝導や光起電力が現れることを指します。

光伝導(photoconduction)は、光導電とも表記されます。

 光伝導は物理、光導電は工学が好んで使いますよね。

光伝導は、内部光電効果と呼ばれる半導体や絶縁体に充分に短波長の光を照射すると、物質内部の伝導電子が増加する現象、またそれによって起こる電気伝導率が増加するなどの現象のことです。

光起電力効果(Photovoltaic effect)は、物質に光を照射することで起電力が発生する現象です。

励起された電子は、光電子と呼ばれます。

光電子が物質の表面から放出される外部光電効果(external photoelectric effect)と、光照射によって物質内部の伝導電子が増加する内部光電効果(internal photoelectric effect)に分けられます。

光照射によって増加する物質内部の伝導電子も、光電子と呼ぶのです。

単に光電効果という場合は外部光電効果を指す場合が多いが、内部光電効果も光センサなどで広く利用されます。

光電効果そのものは特異な現象ではなく酸化物、硫化物その他無機化合物、有機化合物等に普遍的に存在します。

光電効果は、周波数に飛び出す電子のエネルギーが比例するのです。

 周波数のエネルギーはまるで質量というか重量というか、って感じてしまうのですけど。

 光の速さは、周波数に無関係なはずよね。

 光速に向かって、お前は重力かって思わず突っ込みたくなる。

hν=mc²とすると、光の運動量、hν/c(hν÷cに同じ)が出ます。

hは、プランク定数です。

プランク定数はプランクが炉の光の色による温度観察問題に取り組んで見出した定数です。

 炉の光の色による温度観察問題、黒体輻射のことね。

プランク定数に触発されたアインシュタインによって、光量子の実在が明らかにされました。

 それが、光電効果ね。

ええ。

気体の原子や分子が自由電子を放出する光イオン化つまり光電離(photoionization)も広義の外部光電効果です。

また、光電効果には、電子のみならず、原子や分子が外部に放出される現象も含まれます。

hν=mc²で、νは光の振動数あるいは周波数、cは光速です。

そうなると、mは、光の質量なのか。

 振動数あるいは周波数のエネルギーには、原子や分子を動かす力まであるのね。

これは、光が無限に小さい質量を持っているということかも。

エネルギーと質量は同等、あるいは光速は比例定数と考えると、そうなる可能性もありえます。

光の周波数のエネルギーを質量とみても良いと言う議論は、アインシュタインのエネルギーと質量の同等式からいって、出てもおかしくないかも知れないですね。

 プラズマが宇宙の99,9%であることから、宇宙の質量の大半とされるダークマターとの関連があるかも。

プラズマ宇宙論では、ダークマターやダークエネルギーは出ないというのも、気になりますね。

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葬儀の祭壇を考えてみる。

葬儀で、茶碗に山盛りのご飯を見た人は多いでしょうね。

あれは、枕飯というのです。

枕飯は、故人が使用していたご飯茶碗すり切り一杯分の米をはかり、本来は別釜で炊くそうです。

 そうなんですか!

 知らなかったので、義父の時は適当な量のお米を、いつも使っている炊飯器で炊いちゃいましたよ。

本来は別釜で炊くって知らない人のほうが、多いでしょうね。

炊いたご飯は残さず山盛りに盛りつけ、箸を突き立てるのです。

 宗派によっては、うちは違うという人もいるのよ。

 ごく普通の盛りで良いと。

おそらく大半は、鎌倉仏教の流れかもしれませんね。

従来の宗派の説明に合理性がないとみれば、容赦なくきったでしょうから。

 あの世に行くまでの、食事でしょ。

だったら、お結びの方が理にかなっているのでは?

 そうねえ。

理由を説明できないから、山盛りの枕飯をしない宗派が出るわけでしょうね。

一方、枕団子はそのまま行う宗派は多いようです。

枕団子の数は六個が多く、これは六道、つまり地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六世界を巡る象徴という説明があるからです。

六道(ろくどう)は「りくどう」とも呼ばれます。

 枕団子は、米で作る上新粉をぬるま湯でかためによく練り直径3センチ位の丸い団子にしたものでしょ。

 5分くらい蒸して、出来上がり。

6つ作りお皿に5つならべ、そのうえに1つおくのですね。

枕団子を向かって左、枕飯を向かって右に並べるのです。

これを見ると気がつくのは、左右に山ができることです。

 つまり、枕飯は山盛りであることに、意味があるのね。

仏教の山といえば、須弥山(しゅみせん)ですよね。

須弥山は本来の名称は須彌山だとされ、サンスクリットでSumeru、つまりスメール山に漢字をあてたものです。

須弥山とは、古代インドでバラモン教、仏教、ジャイナ教等の世界観の中で中心にそびえる山です。

 向かって左の枕団子は、六道、つまり地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六世界でしたね。

仏教において迷いあるものが、六道を輪廻するとされます。

六道を解脱して須弥山に至る仏道に入る時戴くのが、戒律を保つ誓いの名前である戒名かもしれませんね。

そして修行により、須弥山に至る。

 須弥山が枕飯なら、立てた箸は。

菩提樹かも。

菩提樹(Ficus religiosa)は、仏教の開祖 ゴータマ・ブッダが、その木の根元に座って光明を得たとされます。

 世界樹や宇宙樹あるいは生命の樹としての、菩提樹かしら。

おそらく、そうでしょう。

故人を寝かせた後、「枕飾り」を準備するのです。

故人の枕元か側に、小机を置きます。

その上に「燭台」「香炉」「花立て」の三具足(みつぐそく)の他「鈴(りん)」と「線香立て」を用意するのです。

 「燭台」は、蝋燭立てでしょ。

ええ。

それぞれ花立てにはお花を供え、線香、蝋燭を立てて火をつけるのです。

「燭台」「香炉」「花立て」の三具足は、三尊を表すのかもしれないですね。

 絶対三神と、違うの。  

似てますねえ。

「鈴」と「線香立て」は、それぞれ、神仏の声と、神仏への捧げ物でしょうね。

 「燭台」は、聖書のメノラーを連想するのね。

メノラーも燭台だけど、七枝ですよ。

 でも、6は人に対応する数、1は唯一神に対応する数、そうみれば一本でもいいはず。

 「鈴」は、神の声で良いかも。

 「線香立て」は、燃やし尽くす捧げ物を象徴に代えただけでは。

それは、面白いですね。

枕団子を向かって左、枕飯を向かって右に並べるのです。

これは、胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅をあわせた両界曼荼羅あるいは両部曼荼羅に、対応するかもしれないですね。

曼荼羅には、生命の樹と共通した三×三の構図があります。

箸を立てた枕飯を、菩提樹や宇宙樹や世界樹に見立てられるなら、これらの樹は生命の樹と同じとされるから、矛盾しないです。

 死者の頭にも、三角巾をつけるしきたりがありますね。

これも、生命の樹の至高の三角とみれば、魂が無事に菩提樹にたどり着いて欲しいという呪術かも。

 葬儀も、カッバーラがたくさんありそう。

 祭壇の基本的配置も、生命の樹だったりして。

 葬儀の逆さ事も、死の樹に落ちないで生命の樹を登って欲しいとの願いがこもっているとか。

そういえば、釈尊を生んだサカ族には、日本人同様古代中東の遺伝子があるという人もいるのですね。

古代中東思想で、仏教も解釈できるかも。

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エルサレム教団は日本に来たか。

キリストとして知られるイエス自身は、新宗教の教祖になる気はなかったのです。

 そういえば、ユダヤ教には、救世主待望の思想があるのね。

ええ、キリストとは救世主を意味する古典ギリシャ語のΧριστός(Khristos)から来ているのです。

ヘブル語で言えば、「(油を)塗られた者」を意味するמשיח(Mashiah)ですね。

当初、ユダヤ教徒はユダヤ人を救いに来た人がイエスと思っていたのです。

ところが、タルムードに偏っていったユダヤ教の原点回帰を訴えたのが、イエスだったのです。

それで、ユダヤ教徒は耳障りなことしか言わない彼をうっとうしく感じたのです。

 神殿から、商人を追い出したのでしょ。

まともに商いをしていればともかく、神官と結託して信者を食い物にするような連中だったという話もあるのですからね。

しかし、イエスに共感した人々も居て、ユダヤ教原点回帰派ともいえる集団が形成されたのです。

この人々が、やがてエルサレム教団となっていくのです。

なお、イエスやイエスにヨルダン川で洗礼をしたヨハネは改革派のエッセネ派と呼ばれるクムラン宗団に属していたという情報もあるのです。

 クムラン宗団といえば、死海文書が有名よね。

ただ、仏教で言えば小乗とあだ名される上座部にあたる性格をもつクムラン宗団にたいし、神によって誰でも救われると大乗にあたる運動に踏み切ったのがイエスとパブテスマのヨハネだったという説もあるのです。

この説によれば、イエス派と先に殺されたヨハネの一派から合流した人々によって、エルサレム教団が形成されたことになるのです。

 なぜ、ヨハネの一派から合流した人々といって、殺されたヨハネの一派が合流と言わないかというと。

ヨハネの教団は、その後も存続し続けたという設定で作品を書く人もいるのですからね。

 当時は、ヨハネの教団の方が、格上で規模も大きかったから新参者のイエスの下につくことを快く思わない人は多かったかもね。

 それに、ヨハネ自身が、イエスを自分より格上といいながら、ついて行ってませんからね。

ただ、ヨハネはイエスより先に殺される自分の運命を預言者として知っていたために、イエスが自分の巻き添えになることを避けていた可能性はあるでしょうね。

イエスの教団はイエスの死後、直弟子たちによって引き継がれていくのです。

 実際はイエスは死んだのではなく、刑死の後に復活体を得て昇天していくのでしょ。

ええ、イエスは御父のもとで時を待っておられるとみられています。

そしてまた、エルサレム教団には、異教徒になっていた人々からの参加も増えていきました。

改宗者がエルサレム教団の少数派だったころは、彼らは積極的に本格派ユダヤ教徒になろうとしました。

 ところが改宗派が増え始めると、ついてこれない人も増えるでしょ。

ついてこれない改宗派の人々をあつめて、いわば初級者集団ともいえる団体が作られたのです。

これが、アンティオキア教団と呼ばれる集団になっていくのです。

 プロテスタントは、聖書だけみていればいいという発想からして、アンティオキア教団的といえるだった。

アンティオキア教団は、基本的にユダヤ教の風習にとらわれずにイエスの言葉と聖書、いまでいう新約にだけ従えばいい集団だったのですから。

エルサレム教団は、ユダヤがローマ帝国と戦うとき、忽然と姿を消し消息を絶ちました。

 「第一次ユダヤ戦争」が勃発するやいなや、戦火を逃れてエルサレムを離れてしまったのでしょ。

4世紀の神学者エウゼビオスは『教会史』によると、彼らは、第一次ユダヤ戦争が本格化すると見るや、エルサレムを脱出し、ガリラヤ湖南方、ヨルダン河東岸にある「ペラ」というギリシア人都市へ集団移住したというのです。

エウゼビオスは『教会史』の中で、こう述べているのです。

「エルサレムの教会の人々は、戦争の前に啓示を介してその地の敬虔な人々に与えられたある託宣によって、都を離れ、ペレアのペラという町に住むように命じられた。そこでキリストを信じる人々はエルサレムからそこに移り住んだが、そのためにユダヤ人の第一の首都とユダヤの全地は聖なる人々から完全に見放された形になった。そして、ついにキリストや使徒たちへの悪質な犯罪のために、神の審判がユダヤに臨み、不敬虔な者の世代を人々の間から完全に絶ったのである。」

ローマにピエトロ大聖堂を持つローマカソリックは、ユダヤ教の風習を引き継いでいないにもかかわらず、エルサレム教団を引き継いだといっているのです。

わたしは、ローマカソリックはアンティオキア教団の流れではあっても、エルサレム教団の流れではないとみたいです。

仮に、エルサレム教団員が居たとしても、少数だったはずです。

敵前逃亡したとして、戻れる筋合いではないからです。

戦争が終わったあと、ユダヤ教保守派はイエス派ユダヤ人への迫害を更に強化したというのです。

また、アンティオキア教団からもユダヤ教の風習にこだわるエルサレム教団はうっとうしかっただろうから、アンティオキア派に鞍替えしない限り戻るすべはなかったでしょうね。

「エルサレム教団」のイエス派ユダヤ人たちは、古代ローマ帝国、ユダヤ教保守派、そして非ユダヤ系イエス信者たちからの迫害、弾圧、差別を、一身に受けることとなったようですね。

 2重3重の迫害、弾圧、差別を受けていたら、「エルサレム教団」は戻れないよね

また、東方正教会の流れも、どこまでユダヤ教の風習を引き継いでいるかは疑問です。
ローマカソリックよりは、民族宗教的でしょうけど。

なお、エルサレム教団についてはさらに東へ向かい、ついには日本について神道と混交してしまったという人もいるようです。

 飛鳥昭雄と三神たけるは、秦氏こそエルサレム教団という説を展開しているでしょ。

基本的には、そのようですね。

何しろ日本先住民の流れを汲むはずのアイヌについても、古代イスラエルと極めて似通った生活文物や文化を持つという声があるくらいですから。

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ロマとケルトとねんねんころり?ロマと日本?その2。

ロマ音楽は、音階の上では、和声的短音階の第4音を半音高くして二つの増二度音程を持つ独特の音階が用いられることが多いのも特徴です。

和声的短音階の第4音を半音高くして二つの増二度音程を持つ独特の音階は、ハンガリー音階などと呼ばれることもあるのです。

短音階とは、別名、マイナースケールと呼ばれる全音階の一種です。

もっとも基本的な短音階は自然的短音階といい、ほかにも、和声的短音階、旋律的短音階が存在するのです。

この、和声的短音階が、ロマ音楽の特徴に挙げられているわけです。

 一般的に、短音階は、陰気、悲しさといった感情を引き起こすでしょ。

必ず、そうなるわけでもないのですよ。

例えばユーロビートなどは、短音階で作られる曲が多いです。

テンポが速いため、陰気さはあまり感じられないことが多いです。

一方で短音階は、荘重な表現や、勇敢・ワイルドな表現、冷淡・恐怖感の表現にも適しているのです。

ロマの音楽の大きな特徴として、テンポや強弱の激しい変化や交替、細やかなリズムや奔放な修飾、ソウルフルなヴォーカル、そして音高をすべるように移動するグリッサンドの多用などが挙げられるのです。

 この表現の多彩さを支えているのが、短音階なのかしら。

ロマ音楽の情熱あふれる印象は、面白いことに短音階が陰気、悲しさといった感情を引き起こすことと関係が深いのですよ。

陰気とか悲しさといった感情も、行き着くところまで行くと、かえって笑いに転化するのです。

 そういえば、あんまり悲しいと、泣いてるのか笑っているのか、分からない顔になるのね。

 だから、ソウルフルなヴォーカルにも、なる。

 ところで、今回はどういう話題にする気。

子守唄ですよ。

子守唄は、日本のは妙に物悲しいでしょ。

それでいて、悲しいだけじゃあない。

心揺さぶられる、日本のソウルフルな音楽、そう思えるのでしょ。

悲しいけど、生きていかないといけない、生きていかないといけないけど、悲しい。

だけど、恨み節ではない、どこか、底知れない優しさがある。

 悲しみを湛えた優しさ、慈愛に通じる心ねえ。

 日本宣教の過程でフランシスコ・ザビエルは、当時の日本社会に一種独特なキリスト教的な雰囲気を感じ、昔、日本にキリスト教が伝わったと思ったのでしょ。

 でも、ザビエルは、自らの直感を裏付ける証拠を色々探したけれども見つけられなかった。

 悲しみを湛えた優しさ、慈愛、これは、どこかキリストの愛の心に通じますね。

 だから、ザビエルは当時の日本社会に一種独特なキリスト教的な雰囲気を感じたのかしら。

面白い推理ですね。

でも、今考えたいのは、日本の子守唄はなぜ物悲しさに中に、底知れない優しさを湛えられるのか、です。

日本各地に採取された子守唄、どこか似た旋律を感じるのでしょ。

ロマ音楽のリズムは、強弱の入れ子になってるです。

前半が強く、後半が弱く、その前半と後半にも、それぞれ強弱があるのです。

 強さの順で言うと、強い順に4・2・3・1って感じね。

実際に手拍子を打った方が、わかりやすいですよ。

 Ton!ta!ton!ta Ton!ta!ton!ta (大文字小文字は手拍子の強弱に対応)

日本の民謡も、その多くはこの拍子を変形したリズムでできているようです。

そして、日本の子守唄も大半がこの拍子を変形したリズムでできているようです。

 子守唄は、しばしば、守子(もりこ)と呼ばれた子どもたちによって歌われ、歌い継がれたようね。

 そうなると、子守唄には、これらの歌が生まれた時代背景は当然反映されているのでは。

日本全国の子守唄に見られるロマ音楽と通じる特徴は、どうやって広まったのでしょうね。

 「ねんねんころりよ」の変形とみられる子守唄は、各地に広がっているのね。

でも、明らかに異なる歌詞でも、強い順に4・2・3・1って感じで拍子が取れるのですよ。

例えば北海道のアイヌの言葉にでも遡れそうな歌詞の子守唄も、この傾向は見て取れそうなのです。

アイヌと琉球の類似、東日本とケルト、西日本とロマの対応が見えそうなことと合わせると、ますます、ロマとケルトの関係は気になるのです。

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アサガオやムクゲやキキョウと古代イスラエル?

アサガオは、日本で最も発達した園芸植物で、古典園芸植物のひとつです。

つる性のヒルガオ科サツマイモ属の一年性植物で、葉は広三尖形で細毛を有します。

真夏に開花し、花は大きく開いた円錐形で、おしべ5、めしべ1を有します。

 でも、アサガオって、秋の季語なのよねえ…。

 なんで?

なんででしょうね。

学名をIpomoea nilまたはPharbitis nilと呼ぶアサガオは、日本原産の植物ではないのです。

日本への到来は、今から1200年ほど前、奈良時代末期に遣唐使がその種を薬として持ち帰ったものが初めとされます。

朝顔の種の芽になる部分には、下剤の作用がある成分がたくさん含まれています。

朝顔の種を乾燥させたものは、漢名では「牽牛子(けんごし)」と呼ばれ、奈良時代、平安時代には薬用植物として扱われていたです。

中国の古医書「名医別録」では、牛を牽いて行き交換の謝礼したことが「牽牛子」の名前の由来とされているそうです。

和漢三才図絵には、4品種が紹介されているとのことです。

アサガオの別名は、牽牛花、蕣(しゅん)です。

 牽牛花は、漢方の牽牛子からね。

蕣(しゅん)は、ムクゲのことです。

 アサガオの花は大きく開いた円錐形でしょ。

 ムクゲの花は、一見似ているけど一重だったり八重だったりするじゃないの。

ところが、古代はアサガオもムクゲも、混同されていたことが分かっています。

そこで、遣唐使が初めてその種を持ち帰ったのは、奈良時代末期ではなく、平安時代であるとする説もあります。

この場合、古く万葉集などで「朝顔」と呼ばれているものは、今で言うアサガオではなく、キキョウあるいはムクゲを指しているとされます。

 そういえば、キキョウには、万葉集のなかで秋の七草と歌われている「朝貌の花」であると言う説があると聞いた覚えがある。

ムクゲも、アジアと日本に分布がまたがっているあたりアサガオに似てます。

キキョウは多年性草本植物で、山野の日当たりの良い所に育つのです。

キキョウは、日本全土、朝鮮半島、中国、東シベリアに分布するので、アジアでの分布は、ほぼアサガオと重なりますね。

アサガオの異なる系統間の雑種第一代は、青い丸咲きで並葉とも呼ばれる3つの尖った翼片をもつ常葉になるそうです。

このような青い丸咲きの特徴は、日本に渡来した当初のアサガオに近いと考えられています。

日本のアサガオの起源を探る試みは、様々な人によって行われています。

世界中から地域品種が、採集されたというのです。

そして中国で採集された北京天壇系統が、最近の遺伝子解析によって日本のアサガオに最も近いという結果だったのです。

 中国からもたらされたとされる記録とも、一致しているね。

さらに、アフリカ系アサガオは、どの系統よりもアサガオ近縁の植物に近いことも明らかになってきたと言うのです。

アサガオは本来アフリカなどの熱帯起源であり、これがアジアなど全世界に広がっていったと考えられるそうです。

 アフリカから出てアジアなど全世界に広がっていったあたり、エジプトを出てからアジアなど全世界に広がっていった古代イスラエルに似てますね。

ただ、日ユ同祖論とからめるには、弥生時代や古墳時代にまで日本のアサガオは遡れる証拠が出土しないことには難しいですね。

 特に古墳時代は、天孫一族が失われた十支族という議論がある以上、その時代の遺跡から見つからないことには、ちょっときついかもね。

でも、失われた十支族とアサガオの関連がもし見つかれば、確かに面白いですね。

 ムクゲやキキョウも、失われた十支族となんらかの繋がりは、ないのかしら。

アサガオやムクゲやキキョウ、古代イスラエルに繋がる情報が見つかったら興味深い展開になるかもしれないですね。

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