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ミトラス教。

密議宗教のミトラス教は、ミトラ教とも呼ばれ、かつてはキリスト教とローマ帝国の国教の地位を争い熾烈な宗教対立を繰り広げたことで知られます。

ある宗教学者はこの闘いにミトラス教が勝っていたら、キリスト教に変わり世界宗教の座に就いていたと分析するほど大きな勢力を持っていたのです。

 主神とする太陽神ミトラスは、ミスラス、あるいはミトラやミスラと言うことがありますね。

ミトラス教は、古代のインド・イランに共通するミトラ神の信仰でした。

ヘレニズムの文化交流によって地中海世界に入った後に形を変え、主にローマ帝国治下で紀元前1世紀より5世紀にかけて発展、大きな勢力を持つにいたったと考えられています。

 その起源や実体については、不明な部分が多いでしょ。

ミスラ(Mithraあるいは Miθra)は、インド神話におけるアーディティヤ神群の一柱ミトラ(mitra)と起源を同じくします。

アーディティヤ(Aditya)は、古代インド神話における神々の集団の1つです。

アーディティヤ神群と呼ばれ女神アディティの息子たちとされ、ヴァルナ、ミトラを首領とする『リグ・ヴェーダ』では5~8柱の神々とされます。

通常名前を挙げられるのは、ヴァルナ、ミトラ、アリヤマン(款待)、バガ(分配、幸運)、アンシャ(配当)、ダクシャ(意思)の6神です。

古来より太陽との関連が深い神々とされ、後世にはヴィシュヌなどが加わって12神とされるようになったそうです。

友愛と契約の神ミトラとならぶ最高神ヴァルナ(Varuṇa)は、古代のイラン・インドの神話共有時代における始源神です。

ヴァルナは、ミトラとともに太古のアスラ族、アーディティヤ神群を代表した神です。

ヴァルナは、イランでは、宇宙の秩序と人類の倫理を支配する神とされ、ゾロアスター教が成立してからはアフラ・マズダーとされたのです。

これは秩序と正義の神であることからひいて契約の神にもなり、ミタンニ・ヒッタイト条約文にも条約=国家間の契約ということからヴァルナ神の名があげられています。

また、ヴァルナは、インドでは、『リグ・ヴェーダ』などの諸ヴェーダにおいて、雷神インドラ、火神アグニとともに重要な位置に置かれたのです。

ヴァルナは、天空神、契約と正義の神として司法神、水神などの属性をもたされた存在でもあったのです。

司法神、水神などの属性をもたされた段階ですでにヴァルナは、梵天として知られるブラフマンによって、始源神としての地位を奪われていたのです。

さらにヴァルナは、後には死者を裁くヤマ神に司法神としての地位を奪われるにつれ、水との関係から、やがては水の神、海上の神という位置づけがあたえられることとなったのです。

 ヴァルナはついには水神になるなど、ミトラスに比べて地位の低下が大きかったので、主神とする宗派がないのかしら。

そうかも。

ついでにいうと、ヴァルナは仏教に採り入れられた際には、水神としての属性のみが残り、仏教における十二天の一つで西方を守護する「水天」となりました。

日本では各地の「水天宮」はこの「水天」としてのヴァルナを祀ったものだったが、現在の各地の水天宮の祭神は天之御中主神とされています。

天之御中主神とされたのは、ヴァルナ神のもともとの神格が最高神、始源神であったことによります。

 陰陽で水に天が配された理由も、水天とされたヴァルナ神のもともとの神格が最高神、始源神だったからかしら。

ありえますね。

一方ミトラスは古くは、古代アーリアにおいて信仰されていた契約・約束の神でした。

中世以降は、友愛の神、太陽の神という性格を強めました。

民間での信仰は盛んで、ミスラを主神とする教団があっただけでなく、ミトラを一神教化するという動きもあったようです。

最終的にキリスト教が勝利を収め、ミトラス教はほぼ消滅したとされます。

ミトラス教は密議宗教であったので、完全に消滅したのかは分からないです。

 別の形で命脈を保っている可能性は、ありえますか。

ミトラス信仰自体は、マイトレーヤ(maitreya)信仰または弥勒信仰に形を変えて中国など東アジアに伝わってますけどね。

 ミトラス信仰としての弥勒信仰は、ミトラス教ではない。

少なくとも、儀式は伝わってないようですね。

ミトラ教の神話体系は、仏教では菩薩として受け入れられていますけど。

太陽神ミトラスは、インドではマイトレィアとしても、親しまれていました。

サンスクリット語のマイトレーヤとは、ミスラの別名またはミスラから転用された神名です。

マイトレーヤは弥勒菩薩と漢訳され、古代の日本までやって来ました。

ミスラはクシャーナ朝ではバクトリア語形のミイロ(Miiro)と呼ばれ、この語形が弥勒の語源になったと考えられています。

クシャーナ朝での太陽神ミイロは、のちの未来仏弥勒信仰に結び付いたとみられているのです。

マイトレーヤを軸とした、独特の終末論的な「弥勒信仰」が形成されたといわれます。

弥勒信仰には、救世主信仰の側面があると指摘する人もいます。

 マニ教からの、推測ですね。

マニ教は、かつてはスペイン・北アフリカから中国にかけてのユーラシア大陸で広く信仰された世界宗教でした。

現在では消滅したとされるマニ教は、過去に興隆したが現在では滅亡した、つまり信者が消滅した宗教のうちで、代表的なものといわれます。

摩尼教と記されることもあるマニ教(Manichaeism)は、サーサーン朝ペルシャの210年から 275年ごろの人とされるマニを開祖とする宗教です。

マニ教は、ユダヤ教・ゾロアスター教・キリスト教・グノーシス主義などの流れを汲んでいます。

 さらに仏教・道教からも影響を受けているとも、指摘されますね。

そこで、マニ教は、西方伝道においてはイエス・キリストの福音を、東方への布教には仏陀の悟りを前面に押し出していたわけです。

しかし、各地域毎に布教目的で柔軟に変相したため、東西に発展した世界宗教となった反面、教義・経典が混乱気味となったのですね。

マニ教の神話では、人間は闇によって汚れているものの、智恵によって内部の光を認識することができるとします。

原初の世界では光と闇が共存したが、闇が光を侵したため、闇に囚われた光を回復する戦いが開始された。

光の勢力によって原人が創生されたが、原人は敗北して闇によって吸収された。

その後、光の勢力は太陽神ミスラを派遣して、闇に奪われた光を部分的に取り返すことに成功した。

闇は手元に残された光を閉じ込めるために、人祖アダムとイブを創造した。

この、マニ教で光を取り戻すもの位置付けられたミスラ神に、救世主の側面を見たのでしょうね。

話をミトラス教に戻しますね。

ミトラス教こそ、キリスト教のもろもろの儀礼や教義のルーツであり、ユダヤ教以外でキリスト教オリジナルとされている儀礼、例えば洗礼や聖餐など、そのほとんどを生み出していると見る人もいます。

ミトラス教の実態は史料のほとんどが散逸し、密議中心だったため、多くが謎に包まれています。

しかし、石像や祭具などの数少なく残った史料の中に、彼らがミトラス教で「逆さまの梯子」を重要なシンボルとしていたことが認められます。

天に昇る梯子ではなく、地に下る梯子、つまり死の樹を象徴としていたのです。

アダムとイブ、そして、イエス、彼らに宣告された「死」の指し示す意味、そしてまた、知識の樹が死の樹とされる意味、つまり「死」の本当の意味を知れということかも知れないです。

 すでに逆さになっている死の樹を、そのまま下れと見るか、反転させて生命の樹として見るか、一人一人が問われる。

実際は、生命の樹と死の樹を合わせ鏡としてみろと暗示しているのかもしれないですね。

 『学んで思わざるは即ち罔し(くらし)思うて学ばざれば殆し(あやうし)』と、論語にありますね。

 これは、知識だけ学んでも知恵がなければ活用できない、知恵を働かせようとしても知識がなければ思いつきで終わる、ということでしょ。

知恵を生命の樹、知識を死の樹と置き換えれば、こうなりますよね。

死の樹だけ学んでも生命の樹を上らなければ活用できない、生命の樹を上ろうとしても死の樹を知らなければ思いつきで終わる。

 活用できず思いつきで終わると、サタンに付込まれて堕落。

神を知るつもりで悪魔(akuma)研究をしている人の多くが、いつの間にかサタン崇拝の過ちに陥っています。

悪魔(akuma)とサタンをまったくの別の存在としてこそ、神を知るための悪魔(akuma)研究の出発点に立てるのですね。

 ミトラス教は裁きの神の教えであったことは、考えていいかもしれないですね。

悪魔(akuma)は、裁きの神ですからね。

 そういえば悪魔(akuma)には知識の神という、側面があったのね。

そのために、神知学の中でミトラス教は大きな位置を占めているのかも。

裁きの神である悪魔(akuma)は、神の知識に精通した存在として、死の樹である知識の樹の管理者でもあったからです。

裁きの神=悪魔(akuma)であるために、悪魔(akuma)=サタンの俗説から、ミトラス教に対して、ヤハウェの興したものではなく、サタンの働きによって生まれた古代宗教との解釈も生まれたのかも。

 ここで神を見失うと、キリスト教がサタンにのっとられてしまうでしょうね。

ミトラス教を、誤解から解き放つ必要があるかも。

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コメント

covaさん
今日は宗教のお話 素敵な解説 ありがとうございます

コメントありがとうございます

今後もよろしくお願いいたします、

投稿: ryuji_s1 | 2010年12月 4日 (土) 10時15分

わかりにくいところなどありましたら、いってくださいね。

わたしも、探索の途上なので、消化不十分なまま出してしまっている部分も多いでしょうから。

投稿: cova | 2010年12月 4日 (土) 10時35分

covaさん
コメントありがとうございます
魚の煮こごり 美味しいです
素敵な料理になりますね
ありがとうございます

投稿: ryuji_s1 | 2010年12月 5日 (日) 21時53分

イタリアと日本の味の好みが似ているので、これもありかと思いました。

共感してもらえてうれしいです。

投稿: cova | 2010年12月 6日 (月) 07時59分

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