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四十八と時輪曼荼羅?

数字にまつわる言葉は、いろいろあります。

 それぞれに、いわれがついているけど、どうしてこの数なのかわけわからない数字もあるでしょ。

 例えば、四十八とか。

古来の日本では、「縁起の良いたくさんの数」として四十八を使用したとみられていますね。

四十八といえば、四十八滝とか、四十八池というのもあります。

 四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねずみ)というのもあるでしょ。

 江戸時代に幕府は、奢侈禁止令(しゃしきんしれい)を幾度となく発令しました。

 つまり贅沢禁止令よね。

 それは、庶民の着物の色・柄・生地にまでも細かい規定を設けたものでした。

 したたかな庶民は制約を逆手にとって、地味な色である茶色や鼠色のバラエティを競い合ったわけね。

相撲における決め技のことを、四十八手(しじゅうはって)と言うのは、室町時代からその名が見られます。

決め技の数は、実際には四十八手ではなく八十二手あります。

投げ技・捻り技・掛け技・反り技それぞれを12手で数えて、合計で四十八手というわけです。

今では新しい技や返し手が作られて決まり手が増え、八十二手となっています。

初期のこの呼称は、正しく技の数を数えてのものではなく、ただ単に「相撲の技の数は多い」「縁起よく48」などという意味だったと考えられているのです。

 でも、相撲は神事として位置づけられてきたでしょ。

四十八という数は、陰陽から考えるほうが良いと思えるですね。

 そういえば、土俵の四房は陰陽ね。

投げ技・捻り技・掛け技・反り技という四つの技に分け、さらに12ずつ配するあたりも陰陽そのものでしょ。

 12ずつ配するといえば、伊呂波(いろは)四十八文字も、そうね。

 七五調で、合わせて十二文字を四行に分けている。

 起承転結だと思っていたけれど、この歌も陰陽だったのね。

 七と五の陽と十二の陰、表された歌の陽と四十八の陰。

つまり、四十八滝とか、四十八池、四十八茶百鼠などの四十八は、伊呂波や相撲の四十八がまずあって、そこそこ多い数という意味だけが残って転用されたというわけでしょうね。

 でも、陰陽では四つの面の真ん中は、残り四つより一段上に位置付けられているよね。

四つの面は木・火・金・水に、真ん中は土に配されます。

陰陽は、その意味では確かにピラミッドに似てるのでしょ。

実は、曼荼羅も立体であらわすとピラミッド型になるのですよ。

四天王と真ん中に位置する大日如来も、立体化した曼荼羅とされます。

 そういえば、葬儀の話のとき向かって左の枕団子と向かって右枕飯を、胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅をあわせた両界曼荼羅あるいは両部曼荼羅に対応する可能性を話題にしたでしょ。

それは曼荼羅を立体で表したら、山型になるからですよ。

ちなみに、四天王と大日如来を四方から見ると山の字が現れます。

 土俵は屋根と合わせて、ピラミッドを表すのでしたね。

 勝負俵と合わせると、ピラミッドアイを構成するとも。

土俵は、立体化した曼荼羅と見ることも可能でしょうね。

相撲が土俵を作る理由は、五行の真ん中が土だからですね。

 そして、土俵の方が地を表し勝負俵の円で天が表される。

さらに、力士、つまり人は三角で表されます。

 土俵の四面に、相撲の本来の決め手の数である八十二手を十二手ずつ配当すると…。

 時輪曼荼羅(じりんまんだら)と訳されるカーラチャクラ・マンダラに、そっくりじゃないの。

時輪曼荼羅は、文字通り「時間の輪」を意味し、私たちの時空を象徴している曼荼羅です。

密教の中でも最も重要なマンダラとも言われており、覚醒した体、覚醒した言葉、覚醒した叡智、覚醒した喜びが描かれていると言われています。

時輪曼荼羅の基となる時輪経典は11世紀に成立した経典で、チベット密教の最奥義です。

 じゃあ、東西に分かれて対峙する力士は、日の出と日没に対応するから天を表す丸く並べた勝負俵の中に立つ。

 土俵、特に勝負俵の中が女人禁制なのは、女性は陰に配され月に対応するから太陽の場である土俵に上がってはいけない。

そういうことでしょうね。

別に女性を差別しているからじゃないのです。

現に、興業として催される以外にも民俗や神事としても女相撲もあります。

おそらく民俗や神事としての女相撲は、月も水も女も陰に配されるので暦が滞りなく巡って恵みの雨が降って欲しいという農耕儀礼が元かも。

 ところでチベットと言えば、日本とともに古代中東の遺伝子が残る土地よね。

 相撲にもチベット仏教の奥義である時輪曼荼羅が見えるというのは、偶然ではないということかしら。

おそらく、そうかも。

 そういえば、時の移ろいを詠った伊呂波歌って、四十八文字をわざと十二ずつ分けてあります。

 これも、時輪曼荼羅を意識して作られた歌だったのでしょうか。

仏教的な視点から意味をとると、とても哲学的にも深い内容になるとは、よくいわれます。

作者は不明だけど、涅槃経 無常偈を下敷きにしているという説もあるくらいですからね。

それと、土俵を時輪曼荼羅とみたけど、土俵の上がり段と呼ばれる部分は東に3ヶ所、西に3ヶ所、向正面にも3ヶ所、正面だけは1ヶ所で、合計10ヶ所あります。

これを暦などの十干十二支の十干とみれば、確かに時を表しているといえますね。

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