« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年4月

社会的責任をとれるところにはとってもらいましょう。

2011年4月29日付しんぶん赤旗が、この記事を載せていました。

 財源はあるのですね。

あとは決断とスピードです。

できないリーダーは、要りません。

震災復興財源大企業の内部留保で

4.7%で15兆円生まれる

労働総研試算

 東日本大震災の復興財源は、中堅・大企業が内部留保を4.7%活用するだけで、想定される復興財源15兆円を確保できる―労働運動の発展を目指して調査研究・政策立案を進めている労働運動総合研究所(労働総研)が28日までに、こんな試算を発表しました。

 労働総研は、民間シンクタンクが発表した被害推計から、復興財源を15兆円と想定。

東京都内で会見した藤田宏事務局次長は、「資本金一億円以上、3万3355社の企業が持つ内部留保317兆円のうち4.7%を活用して、無利子の復興国債を引き受ければ、15兆円を確保できる」と指摘しました。

 同研究所の調査によれば、中堅・大企業の内部留保は1999年度の189.7兆円から、2009年度の317.6兆円へと、127.9兆円も積み増しされています。

 現金や現金化可能な有価証券など換金性資産だけでも、07年度の83兆円から09年度の99兆円へと、2年間で16兆円増えています。

復興国債を引き受けるための15兆円は、2年間の積み増し分を活用するだけでまかなうことができます。

 藤田氏は、「中堅・大企業が復興財源を引き受けても経営に響きません。大企業は、試験研究費税額控除やIT投資税額控除など税制優遇策を長年にわたって受けてきており、国難というべき震災の復興に社会的役割を」と語りました。

 労働総研は、内部留保の活用で復興を進めた場合、国内生産誘発額が26.5兆円、付加価値誘発額が13.2兆円となり、日本の経済成長率を2.6%押し上げると試算。

企業にとっても経済波及効果を享受でき、損はないとしています。

 消費税増税で財源をまかなうという意見に足しては、ただで差へ苦しい国民の家系に過重な負担を強いて消費を落ち込ませ、復興を停滞させる愚策だと指摘しています。

 復興政策の柱として、▽すべての被災者・失業者の生活と住居の保証▽国や自治体など公的責任による雇用創出▽住民と自治体参加による復興計画の策定と住民本位の行政体制の再確立▽農漁業や地場産業・中小企業復興、「安心の街つくり」などへの公的支援―を提案しました。

■共産党が首相に提案

 日本共産党の志位和夫委員長は、菅直人首相との会談(3月31日)で、復興財源について提案。

法人税減税・証券優遇税制の中止を求めるとともに、従来の国債とは別枠で「震災復興国債」を発行し、大企業に引き受けを要請することを提案しました。

首相は、「研究させてもらいます」と答えています。

主要企業の内部留保と復興国債引き受け要請額
(労働運動総合研究所の試算)(単位:億円)

連結社名   内部留保額      復興国債       うち現金及び
          2010年3月   引き受け要請額      現金相当額

新日本製鉄     17,382        817           804

JFEスチール    10,507        494           842

IHI             3,150     148           1,248

パナソニック     41,633     1,957         11,099

ソニー          34,087      1,602        11,916

日立製作所      22,824     1,073        5,775

東芝         16,128       758        2,674

キャノン       39,870      1,874         7,950

トヨタ自動車     134,065     6,301       18,657

日産自動車       37,12     1,745        7,614

本田技研工業      73,8      3,473       11,199

NTT          97,343      4,575        9,110  

なお、全文は労働運動総合研究所http://www.yuiyuidori.net/soken/で見られます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

だから言ったじゃないのと、言われたくないものです。

やらないより、やる方がましなことは多いです。

でも、わかっていてやらないと、いろいろ言われますね。

 さらに、やるべきなのにやってないと、もっと言われますねえ。

こんな記事が、しんぶん赤旗20011年4月27日付にありました。

なお、記事にある吉井英勝は衆院議員は、京都大学工学部原子核工学科を卒業している原子力の専門家です。

彼が以前から度々、危険性を指摘してきたことが、2011年に発生した福島第一原子力発電所事故で現実のものとなったことで、各方面から注目されています。

 事故後多くのインタビューを受けている、小出裕章京都大学原子炉実験所助教のいる京大出の原子力専門家であることでも、注目する人がいますね。

学部卒業程度で予測できたことが、現役の連中に考えられなかった方が多くの人にとって想定外だったのではないでしょうか。

もっと早く調べて、反映されていればと、悔やまれます。

大津波くれば原発炉心損傷

経産省関連機関が指摘 昨年

吉井議員の警告裏付け

 経済産業省所管の原子力安全基盤機構が、津波による原発事故の危険性について、東京電力福島第一原発に酷似した条件で分析し、昨年12月の成果報告書にまとめていたことが26日までに分かりました。

確率的には、波高7㍍の津波によって炉心損傷に至るケースの頻度が最も大きく、7㍍以上の津波では頻度は小さくなるものの、ほぼ確実に炉心損傷に至るという結果がでました。

こうした分析がありながら津波対策を軽視してきた政府や東京電力の責任が、いっそう浮き彫りになっています。(中村秀生)

 報告書のタイトルは〈地震に係る確率論的安全評価手法の改良」。

地震や津波時の炉心損傷の頻度などを分析・評価しています。

 津波の分析では、地震による機器の損傷はなく、原子力の停止にも成功したと仮定。

海水ポンプが損傷して海水取水不能による冷却機能喪失▽停電や非常時ディーゼル発電機の故障などですべての交流電源を喪失した後、交流電源を必要としない原子炉隔離時冷却系(緊急炉心冷却装置の一種)で冷却を試みるが失敗▽原子炉建屋内に海水が浸入して機器損傷―といった炉心損傷に至

る複数のシナリオを想定。

一方、外部電源や非常時用ディーゼル発電機が回復して、炉心損傷に至らないケースも想定しました。

 海水周りの条件として、原子炉建屋の開口部や、軽油タンクや燃料移送ポンプなどの屋外機器が設置された敷地は、基準海水面から13㍍、海水ポンプが設置された位置は高さ5㍍としました。

 波高3~23㍍の津波の高さごとに、津波発生頻度と炉心損傷に至る確率を合わせた確率を分析した結果、炉心損傷に至るケースの頻度が最も大きいのは、波高7㍍の津波が発生する場合でした。

防波堤(高さ13㍍と仮定)の効果を考慮した分析では、波高15㍍の場合でした。

 このとき、防波堤の効果がなければ波高7㍍以上の津波で、防波堤の効果があっても波高15㍍以上の津波で、「条件付き炉心損傷確率がほぼ1.0となり、炉心損傷頻度は津波発生頻度とほぼ同一になる」と結論付け、津波による影響を評価しました。

この条件のもとで津波が到来すれば、ほぼ確実に炉心損傷に至ることになります。

報告書は、これらの波高を超えた場合に海水ポンプが機能喪失すると仮定していることが、結果に影響していると説明しています。

 福島第一原発1~4号機の敷地は高さ10㍍。

5、6号機は13㍍です。

東電は、海水ポンプ(敷地高さ4㍍)と防波堤は、5.7㍍まで対策済みだったと説明しています。

 今回の報告書の分析では、波高が海水ポンプの設置点より2㍍を超えた場合にポンプが機能喪失をすると仮定。

福島第一原発1~4号機に当てはめれば、少なくとも津波が波高7.7㍍を超えると、ほぼ確実に炉心損傷に至ることになります。

 東電の発表では、3月11日に福島原発を襲った津波の高さは14~15㍍。

海水ポンプのある海側も、原子炉建屋や主要機器のある敷地も、ほぼ全域が浸水。

海水ポンプや非常用ディーゼル発電が機能喪失したほか、長時間の電源喪失の事態が発生して、冷却機能が失われ炉心損壊に至りました。

 日本共産党の吉井英勝衆院議員は、早くから国会で津波による原発事故を警告。

海水ポンプの水没や電源喪失などで原子炉が冷却できなくなり、炉心溶解に繋がる事故を懸念し、対策を求めてきました。

報告書は、吉井議員の警告を裏付けたものであり、必要な対策をとってこなかった政府や東京電力の姿勢が改めて問われます。

 原子力安全基盤機構(JNES)

経済産業省所管の独立行政法人。

原子力安全・保安院と連携し、原子力の安全確保に関する専門的・基盤的な業務を実施する機関として2003年に設立されました。

原子力施設の検査や原子力災害の予防・復旧にかかわる業務、原子炉施設の安全性の解析・評価、安全確保の調査・研究などを行います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

創世記と最新宇宙論は矛盾しないか。創世記と科学 その2。

ユダヤ教やキリスト教、さらにはイスラムの聖典である旧約聖書『創世記』の冒頭には、以下のような天地の創造が描かれています。

 前にも、それ言ってたでしょ。

一応言わせてくださいな。

1日目 暗闇がある中、神は光を作り、昼と夜が出来た。

2日目 神は空、つまり天を作った。

3日目 神は大地を作り、海が生まれ、植物が出来た。

4日目 神は太陽と月と星を作った。

5日目 神は魚と鳥を作った。

6日目 神は獣と家畜と、神に似せた人を作った。

7日目 神は休んだ。

このうち、3日目以降の明らかに地上での出来事と思える記述はすでに見てきました。

 最新進化論の様々な展開を追ってみると、ほとんど聖書の主張する内容と、矛盾が見えないのですね。

聖書には、こうあります。

神にとっての一日は千年のようであり、千年は一日のようだ。

それで、創世記の天地創造は7000年だったという人たちもいます。

 生物の進化との対比は、後半の5日間、つまり5000年。

最新進化論は、いずれも、ダーウィニズムや新ダーウィニズムの言う気の遠くなる時間を疑っているのです。

なかには、実験進化学を唱える西原克成のように臨床医学への応用が可能なはずだと言い切る人もいます。

 西原克成の目から見れば、実質に必要とされる期間は5000年でも長い可能性がある。

1人の人を治すのに、100年も1000年も、かかるプロセスが使えるわけないでしょ。

 何年だって、待てない。

違いますか。

つまり、西原克成の理論は聖書の言う期間内に十分収まると見る方が自然なのです。

それで、今回は、1日目と2日目に注目します。

1日目 暗闇がある中、神は光を作り、昼と夜が出来た。

ビッグバン理論は、聖書のこの部分を宇宙論に持ち込んだという声さえあるのです。

神は言われた。

「光あれ。」

こうして、光があった。

神は光を見て、良しとされた。

光は昼と呼び、闇は夜と呼ばれた。

夕べがあり、朝があった。

第一の日である。

どうして、そう言われるかというと、1927年にベルギーの司祭で天文学者のジョルジュ・ルメートルが一般相対論のフリードマン・ロバートソン・ウォーカー計量に従う方程式を独自に導き出し、渦巻銀河が後退しているという観測結果に基づいて、「宇宙は原始的原子(primeval atom) の“爆発”から始まった」というモデルを提唱したからなのです。

 だったら、聖書と矛盾しないでしょ。

ところが、詳しい議論は省くけど、ビックバン理論にはいくつもの仮定の上につくられた仮説体系としても弱みもあるのです。

 仮定は一つでも揺らげば、ビックバン理論そのものが崩れ去る。

そうですね。

それに対してプラズマ宇宙論は、徹底的に観測結果そのものにこだわります。

プラズマの観測結果から、宇宙の生成の過程が説明できると主張します。

プラズマ は、気体を構成する分子が部分的に、または完全に電離し、陽イオンと電子に別れて自由に運動している状態です。

つまり、プラズマの発生は基本的に光を伴うと言って良いでしょう。

 有力などちらの理論でも、始めに光があったのですね。

厄介なのは2日目です。

2日目 神は空、つまり天を作った。

そういえば、簡単です。

ところが、聖書にはこうあります。

神は言われた。

「水の中に大空あれ。水と水を分けよ。」

神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けられた。

そのようになった、

神は大空を天と呼ばれた。

夕べがあり、朝があった。

第二の日である。

ここには、宇宙そのものの創世と地球の創世が、重ねられているのです。

 最新数学理論のフラクタルみたいですね。

フラクタル、そのものですよ。

聖書はカッバーラ、つまりユダヤ教神秘主義で書かれていると、しばしば言われます。

しかしカッバーラとは、授かるものという意味です。

世界を作り動かす根源的な力から授かった知識と知恵の体系が、カッバーラということです。

世界を作り動かす根源的な力を神と呼べば、神の心中に秘められた知識と知恵の体系を授かったものとなるから、神秘主義なのです。

ところが、世界を作り動かす根源的な力とは唯物弁証法なのですよ。

 タントラや陰陽道も、そうでしたねえ。

唯物弁証法には、客観的世界の法則という側面と認識によって得られた法則の知識を言う側面があります。

そして唯物弁証法には世界の階層性があります。

フラクタルは、最新数学理論に世界の階層性が反映されたものなのです。

面白いことに宇宙では、水はありふれた存在なのです。

全ての星は、水の塊として解明されるときはそう遠くないはずです。

 じゃあ、太陽も。

そうなるでしょうね。

 当然、とんでもない、太陽などの恒星はガス天体だという声は出るでしょうね。

それは、恒星の重力が大きさの割に小さく見えているからですよ。

 木星や土星も、大きさの割に重力が小さいと見えていますよね。

しかし、これらの天体はみな、磁気がものすごく大きいのです。

 確かに、ガス天体と見られた星の磁気は程度の差はあってもかなり大きいですね。

さらに、輪のある土星などと輪のない木星とでは磁気の大きさに差があります。

 ここに注目した議論は、これまであまり出ていませんよね。

理由を説明できる議論が展開できないから、でしょうね。

 重力と電磁力の関係や、重力と加速度の関係を考えていけば、説明は可能。

そうなるでしょうね。

重力と加速度は区別できないというのが、相対性理論の主張ですから。

そして、土星などの輪には角加速度があります。

この角加速度も、重力と区別できないはずではないでしょうか。

電磁力と重力の式が形式的に類似していることや、実験によって磁気で見た目の重力の大きさを操れると明らかになっていることから見て、ガス天体と思われていた星の重力はもっと大きいはずと想定できます。

たとえば、磁気でカエルが無重力体験する実験も出来ますよ。

普通地上で無重力体験と言えば、自由落下でしょ。

 自由落下する飛行機を使った無重力体験、テレビで見ますよね。

十分強力な磁気を使えば、猫や犬、人だって浮くわけです。

 象も、浮く。

当然、浮きます。

理論上は、天体だって磁気で軽くできるわけですよ。

 無重力体験中のカエルには、実験装置と航行中の宇宙船は区別がつかない。

そして、ガス天体と言われる星は軒並み磁気が大きいでしょ。

あの磁気で見かけの重力が小さくなっている可能性は十分あり得ます。

そして、磁気で無重力体験可能なら、磁気は重力と同じ大きさの反対向きの加速度と見かけ上区別がつかない現象を作ったわけでしょ。

言い換えれば、加速度は磁気と見かけ上の区別がつかない結果を得られるはずでしょ。

そして、ガス天体とされる星では、輪のある星は輪のない星より軒並み観測される磁気が小さい。

 そういえば、土星などの輪は回転しているから角加速度がありましたね。

矛盾しないでしょ。

 重力がもっと大きいなら、天体の質量も、もっと大きいはずですね。

つまり、ガス天体と見えていた星々は、実は水天体だった可能性が疑えるのです。

 宇宙の塵で、濁っているでしょ。

おそらく、そうでしょう。

泥水と言った方が良いかもしれません。

 光るかどうかは、磁場の形次第。

そうなるでしょうね。

もちろん地球も、例外ではありません。

地球は、磁場の形が光らないようになっているだけということでしょう。

地球は、基本的に水の星です。

雲や海や川などだけでは、ありません。

マントル対流のマントルも、ようは泥の流れであり水の対流です。

雲と大地、大きく見ればどちらも水なのです。

「水の中に大空あれ。水と水を分けよ。」

神は大空を造り、大空の下と大空の上に水を分けられた。

そのようになった、

神は大空を天と呼ばれた。

矛盾しないでしょ。

 ええ、まあ。

天体についての議論は、あなたの仮説でしょって、言いたそうですね。

 前提はすべて、観測結果と磁気と重力に関する最新理論と実験結果ですねえ。

それと、相対性理論も、ですよ。

 やったことは、新たに立てた仮定も前提も、何一つない、独自性皆無の議論。

 視点を変えただけじゃないかと、指摘することも可能ですね。

でしょ。

観測結果と最新理論、相互の矛盾がないように、組み立てただけです。

 従来の定説も、当時の観測結果や最新科学と矛盾はなかったはずだけど。

その後の重力研究が、電磁力との驚くべき類似や相互作用の存在を明らかにしてきました。

進化についても、最新研究は、定説よりはるかに短期間に起こり得るし、起きないとおかしいという展開になっています。

 最新研究を踏まえて、定説も進化すべき。

当然でしょ。

最新の生命科学や、物理研究を調べたら、聖書創世記の記述とほとんど矛盾しないという展開になったのですよ。

聖書の歴史記述については、その多くが史実であると明らかになっています。

最大の壁が、創世記でした。

 古代イスラエル人についても、謎が多いでしょ。

出エジプト記と史実については、そのようですね。

10の奇跡も含めて、解明が必要なことはいくつもあるようですね。

説はいろいろでているようですが。

創造論科学と称する議論の多くは、聖書の解釈の方を無理やり科学に合わせたようにみえます。

私の今回の議論は、最新科学の成果を整理したら創世記の記述に限りなく近くなったというものです。

聖書解釈から、観念論的神秘主義を追放して、純然たる歴史書として読むのが私の目的です。

弁証法の矛盾とは、相補関係が本質的にもつ動的な釣り合いのことです。

今までの釣り合いが限界に達したら、新たな釣り合いに移行するのです。

 組み立てられる議論や事実の間に、矛盾があってはいけない。

弁証法論理とは、形式論理に変化という視点を持ち込んだものであって、矛盾を持ち込んではいけないのです。

 矛盾とは変化の原動力であって、論理自体は整合性がないといけない。

 それが、弁証法ですか。

そうです。

聖書の創世記は、神を法則と言い換えれば、最新理論そのものなのです。

唯物弁証法は、大昔に宇宙の謎を哲学的に解明していたということでしょうね。

神とは、世界を作り動かす根源的な力であるとともに、そのすべてを極め尽くした知恵と知識の到達者ということかもしれないですね。

 知れば、やりたくなる。

 神の境地に辿り着けば、天地創造をやりたくなる。

満を持して、天地創造をした人がこの広い宇宙のどこかにいたのかもしれませんよ。

唯物弁証法では、神の境地への到達は、少なくとも理論的には可能ですからね。

追記。

かつては天王星、海王星もガス天体含めていたが、現在では別の巨大氷惑星として天王星型惑星に分けられています。

また、木星についても、大気の下方は1000℃以上でガスは液化していると見られるようになってきました。

木星の表面と中心核の中間領域では、高熱1万℃と高圧で水素は液体金属になっていると考えられています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ロマと演歌とカンツォーネ?

あるイタリア人が、はじめて演歌を聞いて思ったことを知って面白かったですね。

「なんでナポリの歌を日本語で歌ってるの」。

確かに森進一が「帰れソレントへ」を熱唱したなら、あまりの切なさに号泣してしまうかも知れません。

 ナポリと言えば、カンツォーネでしょ。

 カンツォーネは、まさに演歌よね。

カンツォーネは、一般的にはイタリアの太陽や国民性を思わせるような明るく、朗々と歌い上げられる曲を指すのですけどね。

 演歌だって、基本的には明るく歌い上げているのよ。

 歌詞自体は、切ないものが多いけど。

確かに、どちらも、どんなに悲しく切ない歌でも、明るく、朗々と歌い上げられますね。

 泣かせようと歌うと、かえって押し付けがましくなりますね。

カンツォーネ(Canzone)は イタリア語で文字通り"歌"、複数形はカンツォーニ(canzoni)ですよ。

ジャンルとしては、バラードにあたるのです。

バラードは、仏語でballade、英語でballadeと呼ばれている、古いヨーロッパの詩形の一つです。

英語でいうバラッド(ballad)は、物語や寓意のある歌のことです。

通常は詩の語りや、語るような曲調を含む、過去の出来事についての韻文による歴史物語です。

武勇伝やロマンス・社会諷刺・政治がテーマとなるが、バラッドの内容はほとんど必然的に破局が訪れます。

イタリアのカンツォーネや演歌の歌詞は、この英語でいうバラッドに近いですね。

一方、フランス語でいうバラード(ballade)は、とりわけ中世(14~15世紀)フランスにゆかりのある詩形の一つです。

たいていは3連ないしは5連からなり、各連最終行には脚韻が、また短めの最終連(アンヴォワ)においてはたいてい貴公子への呼びかけが含まれています。

カンツォーネは、5連から7連で構成されることが多いので、曲の構成としてはフランスのバラードに近くなるのです。

イタリア人が演歌を日本語で歌われたカンツォーネにしか思えなかったということは、演歌もフランスのバラードに近いと言えるのでしょうね。

 そういえば、演歌は切ない女心を詠ったものが多いね。

 男心を詠った場合でさえ、惚れた気持ちを歌い上げる。

 その意味では、演歌は基本的に恋歌ね。

そして、慕い憧れる相手という点では、自分にとっての貴公子的な存在に呼びかけているといえるのでしょうね。

 演歌も、カンツォーネも、ここが共通。

おそらく、そうでしょうね。

地域としては、イタリアやプロバンスで、よく歌われています。

プロヴァンス(la Provence は、フランス南東部の地域です。

「プロヴァンス」の名称は、ローマ帝国の属州(プロウィンキア、Provincia)であったことにちなみます。

プロヴァンス語で、 Provènço や Provença などとも呼びます。

地域の区分としては、ローヌ川の左岸(東岸)とヴァール川の右岸とデュランス川の南側で区切られた一帯であり、現在の地域圏でいえばプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏の大部分に当たるのです。

文化的、歴史的にはこの地域圏に含まれる各県のほか、アルデシュ県とドローム県の各南部、およびガール県の東部もプロヴァンス的であるといえるのです。

 カンツォーネといえば、イタリア、それもナポリをイタリア人でさえ思い出すのでしょ。

 なんで、プロヴァンスが出てくるわけ。

カンツォーネは、プロヴァンスキャンソ(Provençal canso)、つまりプロヴァンス歌謡から派生したと見られています。

カンツォーネは、16世紀末と17世紀初頭の主要なイタリアの器楽の様式を指す名前としても使用されます。

しかし、日本国内においては主に19世紀末から20世紀初頭に書かれたイタリアの大衆歌曲、特にナポリのもの(カンツォーネ・ナポレターナ、Canzone napoletana)を指すことが多いです。

これらはイタリア民謡とよばれることもあるが、古くより伝承された作者不詳の歌ではなく、近代において専門的な作曲家によって作曲された流行歌であるため、「民謡」と呼ぶのは適切ではないとする意見もあるのです。

 このイタリア民謡に対する意見は、ロシア民謡のときも出てきましたね。

日本人にとって、ロシアの歌曲も親近感を覚えるものが多いですよね。

ところで、イタリア人が、なんで演歌をカンツォーネと聞き間違えたと思いますか。

 来てすぐに、日本語がわかる外国人の方が少ないでしょ。

 習ってから来たなら、別だけど。

つまり、旋律が似ているわけですよ。

日本の民謡は、ほとんどロマ音楽のリズムと同じ拍子で手拍子が打てます。

 ロマ音楽のリズムには、強弱の入れ子になっています。

前半が強く、後半が弱く、その前半と後半にも、それぞれ強弱があるのです。

 強さの順で言うと、強い順に4・2・3・1って感じでしたね。

実際に手拍子を打った方が、わかりやすいですね。

 Ton!ta!ton!ta Ton!ta!ton!ta (大文字小文字に強弱を対応させて手拍子)

日本の民謡も、その多くはこの拍子を変形したリズムでできているようです。

 これを覚えれば、たいていの日本民謡に合わせて手拍子が打てるのは、驚きでした。

そして、イタリアにもロマはいます。

つまり、カンツォーネもロマ音楽と同じ拍子で出来ているのは偶然ではないのです。

イタリア人に、日本人と似た顔の人が多く、イタリアの料理と日本の料理も、実によく似ていることも、今まで何度も話題にしてきました。

 さらに、音楽まで好みが似ている。

カンツォーネが歌われている地方があるフランスもまた、アメリカで出たアイヌに似た人骨と一緒にあったフランスやスペインの鏃という形で出てきました。

 縄文人の特徴を再現したら、フランスにそっくりな人がいる芸能人にあまりに似ていると、テレビでも話題にしてましたね。

さらに、秋田美人の美白はヨーロッパの血が入っていると見ないと説明できないことも、取り上げましたね。

 東北弁をフランス語と聞き間違えるコマーシャルも、あるよね。

こう見てくると、カンツォーネと演歌の類似は、単なる偶然とはいえないでしょ。

 日本に、ロマ、あるいは、ロマの血を引いた人たちが来ていると言うことかしら。

そこなんですよ。

決定的な証拠がないことには、そうかも知れないとしか言えないのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

桃太郎はなぜ犬と猿と雉をつれていたか。

桃太郎は、鬼退治に犬と猿と雉を連れて行きます。

 奈良の田原本町に、桃太郎出生の地と言われる場所があるよ。

 そこに住む犬を飼う一族の犬飼部と、鳥を飼う一族の鳥飼部、猿を飼う一族の猿飼部を連れて、岡山を纏める為に力を尽くした吉備津彦命が、桃太郎伝承の元という説によるそうね。

 そして鬼は、温羅という人物が正体だったというのよ。

その話は、聞いたことがあります。

 事実でしょうかね。

桃太郎の鬼の原型の一つとされる温羅は、大陸から進んだ技術や文物をもたらしたとして、地元の人々は今も慕っています。

人身御供をやっていたことを朝廷が咎めたことなどが、成敗された理由とされているようですね。

でも、古代には神に対する大事な祈祷の際に人身御供を行うことはしばしばみられます。

 ただ、朝廷は人身御供していなかったかと言うと…。

日本武尊が東征の折、相模から上総に渡る際、東京湾が大荒れたという言い伝えならありますけどねえ。

 妃の弟橘媛は、海神の怒りを鎮めるため,自ら荒海に身を投じて海を鎮めたのでしたね。

上総に上陸した日本武尊は、丘から海を見つめ「君さらず袖しからみに立浪のその面影を見るぞ悲しき」と詠み、しばしこの地を去ろうとしなかったそうです。

いつしか、日本武尊が海を見つめた地は「君去らず」と呼ばれ、転じて「きさらず」になったというのです。

ただし、弟橘媛は自ら身を差し出したので、これを人身御供と呼んで良いかどうかは意見は分かれるかも。

それに、ヤマタノオロチ伝承に見られるように人身御供を朝廷は咎める傾向がみられます。

 そてはそうとして、なぜ、犬飼部と鳥飼部と猿飼部を連れて行ったかが、謎として残りますね。

犬・猿・キジ=地・人・天の構図かもしれないですよ。

 でも、桃は道教でどうだとかイヌサルキジは陰陽五行でウシトラである鬼に対抗するんだとかいろいろあるけど、のちのこじ付けの域を出る説明は少ないよね。

鬼(oni)は、陰(on)の転化という説がありますよ。

 そういえば、そうでしたね。

桃太郎の出生に関しては、桃から生まれたとする場合や、桃を食べた老夫婦が若返って子供を産んだとする場合があります。

 イザナギがイザナミに桃を投げ、イザナミが死なせる以上に誕生させるという場面を連想できますよね。

桃太郎の成長過程については、お爺さんとお婆さんの期待通り働き者に育ったとする場合や、三年寝太郎のように力持ちで大きな体に育つが怠け者で寝てばかりいるとする場合があります。

 桃栗三年というから、桃太郎まさに三年ね。

鬼退治とは、作物の収穫と同時に害虫や害獣退治ではないでしょうか。

財宝とは、豊かな実りでしょうね。

 小さい子供が水に流されるとか流れ着くという内容の民話や神話は、洋の東西を問わず非常に多いという指摘もあるね。

この種の話は、記紀神話にもありますね。

聖書のモーセも有名です。

 水辺に流れ着いたという事を重視しており、桃は重要では無いという人もいるよ。

なぜ桃かを、無視したらまずいです。

桃は、腰に形・色・硬さが似ています。

 桃と腿、音が似てますね。

 股には、mataのほかにmomoという読みもあるね。

子孫繁栄・豊穣祈願の願望が反映・投影されていると思うのです。

それと、犬と猿と雉は戌と申と酉とみれば十二支で西方に当たり、東方の生に対し、死に配当されます。

陰(on)の力である鬼(oni)は、この場合大地の生命力でしょうね。

繁殖と生命の象徴としての“桃”太郎が、死に配当される戌と申と酉を伴うのはまさに収穫ですよ。

そして、田畑の豊かな実りは、しばしば黄金にたとえられます。

 黄金の“黄”は、気になるね。

 “黄”と“鬼”、どちらも音は“ki”よ。

面白いことに、桃太郎は黍団子を持参しています。

 あるいは稷とも、書きますね。

 黍は、日本では五穀の1つとされるね。

 穀物の1種で、イネ科の一年草でしょ。

黍は、秋に花が咲き、黄色い実がなるけど、実が黄色であることから、「黄実(きみ)」→「きび」となったとするのが有力な語源説です。

 まさに、黄金の穂波ねえ。

黍は、生長すると1メートル程度になり、夏から秋にかけて茎の先に20センチメートル程度の穂ができ、垂れ下がります。

インドが原産と推定されるが、原種になった野生植物が発見されていないので、詳しいことはわからないそうです。

 インドは、日本人の起源の一つと見られているね。

その黍が、桃太郎に出てくるのはなぜか、気になりますね。

 インド北部に接するチベットは、日本とともに古代中東の遺伝子が多く残る地域でしょ。

黍は、中国の華北地方では、粟とともに古代の主要穀物です。

日本には縄文時代に渡来した粟より遅く、弥生時代に中国から渡来したと考えられています。

 弥生時代、神武が実在としたら弥生時代になるというでしょ。

 桃太郎の話、神武東征と何か繋がりがあるのかしら。

陰陽に通じる思想家である方士だった徐福に、神武を重ねる見解もあるから無関係ではなさそうですね。

黍の実は粟より少し大きいが、粟同様、うるち種ともち種があります。

 そういえば、黍も粟もイネ科でしたね。

黍は一年草なのにたいし、粟と稲は多年草ですけどね。

ただし稲は食用化の過程で、一年草になったものもあるし、多年型でも2年目以降は収穫量が激減するので、年を越えての栽培は行わないのが普通です。

それで、稲は栽培上は一年生植物として扱うのですけどね。

黍は、実をそのまま炊いて粥にして食用にしたり、粉にして餅や団子などにしたりします。

岡山県の吉備団子も、元々は黍団子の一種で、その名の通り黍粉を原料としていました。

吉備と黍の語呂合わせから吉備団子と書かれるようになり、現在では、黍粉を使わずに白玉粉などで作られることも多いそうです。

 江戸時代末期になって登場した吉備団子ではない。

桃太郎伝説に登場する黍団子は、もちろん黍で作られた団子です。

 黍団子を投げてこそいないけど、節分の豆撒きも連想できますね。

黍団子を分けてもらった犬と猿と雉とともに、桃太郎は鬼ヶ島に乗り込むからです。

 節分も、桃も、春に関係しますね。

春は、農耕にとって種蒔きや田植えの季節ですからね。

 そうなるとやはり、桃太郎は子孫繁栄・豊穣祈願の願望が反映・投影されていると思えますね。

そうですね。

追記

猿と鳥と犬は、人と天と地を表し、世界の象徴と言いました。

十二支では、猿と鳥と犬は、申と酉と戌となります。

申酉戌は、方位でいえば西に、季節でいえば秋に、配当されます。

西は死に東は生に配当されるので、作物の死である収穫となります。

季節的にも、秋は収穫の季節なので今回の議論となりました。

猿と鳥と犬には裏鬼門説があるが、鬼門は丑寅(艮)、裏鬼門は未申(坤)なので、少々無理があります。

なお、儒教的解釈では、猿は智、雉は勇、犬は仁を表すともされているそうです。

桃太郎はこの3匹のお供を連れて家に帰ることで、智・勇・仁というかけがえのない宝も手に入れたとされています。

どちらの説も全体を解釈するのに無理があるので、今回は採用しませんでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブロード

ブロード(brodo)をイタリア料理用語辞典でひくと、‘(スープを作る為の)煮出 し汁'と訳してあります。

 料理の基本となる‘だし'のことですね。

ごく自然に、塊の肉だけでなく残りものまで余すところなく利用してブロードがとられるのです。

 ラーメンのだしみたい。

そうですね。

料理人達はいつでもこのおいしいブロードをレードルにすくっては、煮込みやパスタ、リゾットにと使い回していくのです。

 パスタって、ラーメンの原点かしら。

そうかも、しれないですね。

材料によって、肉のブロード(brodo di carne)、魚介のブロード(brodo di pesce)野菜のブロード(brodo di verdure)の3つに大別され、さらに肉のブロードは牛と子牛肉を使ったものと、鶏肉だけのものなどに分かれるのです。

鶏肉や骨付きの子牛肉などさばいて、最後に残った骨はもちろんブロード用。

魚を三枚におろして残った骨も、ブロード用。

人参など野菜のくずも、ブロード用。

 パスタって、アルデンテっていって、独特の歯ごたえがあるのね。

スパゲティなどの、パスタなのですね。

 そうそう。

この前、テレビで面白いものを見たのです。

ラーメン用の麺は、鹸水(かんすい)を入れるのが特徴です。

礆水・鹻水・堿水・梘水・碱水とも書くのです。

鹸水は、中華麺やワンタンの皮などに食品添加物として加えるアルカリ塩水溶液です。

本来、天然成分としての鹸水は炭酸ナトリウムなのです。

しかし、食品添加物として販売されるものについては、炭酸カリウムやポリリン酸カリウムなど、他のアルカリ成分であっても、鹸水と表示することが認められています。

鹸とあるけれど、塩辛い義の「鹹」とは別です。

本草綱目に、「咸の音に二有り、音咸は、下を潤おすの味なり。音減は、塩土の名なり。後人?に作り?に作る是れなり」と記されています。

モンゴル、今でいう内蒙古で偶然、鹸水と呼ばれる塩湖のアルカリ塩水を使った製麺技法が発見され、麺類の伝播とともに日本にも広がったそうです。

日本に麺食を伝えた中国では現在、西北部の中心都市である甘粛省蘭州の名を冠した蘭州拉麺の名で知られる手打ち麺がよく知られています。

蘭州拉麺は全国的に食されているほか、鹸水の他にアヒルの卵などをも練りこみ、香港やマカオなど広東を中心に食べられている生麺など、鹸水は広く用いられています。

麺のコシを高めるために用いられるが、副次的要素として黄色みを帯びるなど麺の色調が向上する効果もあります。

このため、日本で製麺される中華麺には欠かせない成分です。

忌避される副次効果として、鹸水独特の臭気と苦味の発生がありますけどね。

またスルメのような乾物を、ほぼ生に近い状態に戻す時などにも使用されるのです。

実は鹸水には、麺のコシや色調以外の役割がありました。

麺を打つとき、グルテンができるのです。

鹸水には、ゆでる時に絡まったグルテンをほぐす効果があるというのです。

そのためにラーメンの麺には、汁が染み込みやすくなるのです。

しかもそれだけではなく、程よいところまでゆでると中ほどにグルテンの芯が残ります。

 アルデンテも、程よくゆでると中ほどに心地よい歯応えが残る、似てますね。

パスタとソースには、相性があります。

例えばナポリではヴェルミチェッリと呼ばれるスパゲッティはトマトソースやミートソースと、リングィーニは魚介類と合わせることが多いそうです。

 日本ではたらこ、納豆、梅、きのこなどを使った和風のソースも数多くありますね。

軽食として供されてきたナポリタンも、実は、日本生まれです。

 ナポリタンって、日本生まれのイタリア風焼きそばだったの。

 そうそう、ラーメンなんだけど。

パスタにも、スープパスタという方法がありますよ。

パスタを使ったミネストラ、つまりスープなのです。

カンパーニア地方では、いんげん豆、レンズ豆、ひよこ豆、グリーンピースなどの豆、じゃがいも、かぼちゃなどをパスタと煮たスープがよく作られるのです。

スープに入れたパスタは柔らかくなるまで煮込むのが普通で、アルデンテの状態で食べることはまずないです。

 アルデンテの状態で食べることはまずない、ちょっと茹ですぎたラーメンみたい…。

まあ、そういわずに…。

スープに入れるパスタの形状は管状のパスタ、幅広のパスタ、パスタ・ミスタ、折ったヴァーミチェリまたはカペッリーニなど様々です。

具によって、好まれるパスタの種類が異なるのです。

例えば豆の入ったスープでは、豆が中に入るような管状のパスタが特に好まれるが、スープに入れるパスタの種類は地域によっても異なるのです。

 パスタを使ったミネストラは、イタリアの他の地域にもあるでしょ。

いんげん豆とパスタのミネストラであるパスタ・エ・ファジョーリ(pasta e fagioli)はその最も一般的なものですね。

トスカーナ州ルッカ県では折ったラザーニェ、じゃがいも、トマトを煮込んだミネストラが作られているそうですよ。

 スープ状のソースも、あるのでしょ。

ヴォンゴレは、 アサリの入ったものです。

白ワインベースのヴォンゴレ・ビアンコが一般的だが、トマトソースをベースにしたヴォンゴレ・ロッソもあります。

ペスカトーレ、マリナータに近いが、貝以外の魚介類は入らないですね。

マリナータという、白ワインベースの魚介類のパスタもあります。

 スープ状のソースのパスタが、ラーメンの原点に近いのかしら。

 でも、スープと一緒になったパスタがあるって、面白いね。

最近は、インスタントでもいろいろ出ています。

パスタソースには、他にも、いろいろありますよね。

オイルソースは、アーリオ・オリオ・ペペロンチーノ - ニンニク、オリーブオイル、赤唐辛子を使った最も基本的な料理法です。

 そういえば、油そばってある。

油そばは、スープのないラーメンの一種で、日本で生まれた食べ方のようですね。

調味料を和えるラーメンであり、どんぶりの底にわずかに入った醤油やラードの入った濃いタレに、ラー油、酢などの調味料を好みでかけ、茹で上げた麺全体に絡めて食べるです。

具はメンマ、チャーシューなど少量で、店によっては油そばではなく、「もんじゃそば」、「まぜそば」、「手抜きそば」、「あぶらーめん」などと呼んでいます。

トマトソースは、おなじみのソース、ですよね。

アラビアータ - 怒りん坊風という意味で、トマトソースに唐辛子を混ぜたもの、カッカと熱くなることから。

アマトリチャーナ - アマトリーチェ風ということで、トマトソースに、玉葱、パンチェッタ、仕上げにペコリーノ・ロマーノを用いる。

プッタネスカ - 娼婦風だそうで、トマトに、オリーブとアンチョビとケッパーのパスタ。

ペスカトーレ - 漁師風の魚介類のパスタ、トマト風味の事が多いが白ワイン風味もある。

マリナーラ - 船乗り風の、トマト、ニンニク、オリーブオイル、オレガノが入ったマリナーラソースを使用したあっさり味のパスタだが、ナポリではプッタネスカのことをマリナーラと呼ぶことがある。

ミートソースといえば、ボロネーゼで、ボローニャ風の意味、いわゆるミートソースのパスタ。

クリームソースも、知ってるでしょ。

アルフレード - クリーム、バター、パルミジャーノ・レッジャーノから成るソース。

カルボナーラ - 炭焼き風と呼ばれ、卵黄、コショウを用いたソースと、油を出すように炒めたグアンチャーレまたはパンチェッタを使うけど、北イタリアでは生クリームは使われないことが多い。

バジルソースは、バジリコのソースってこと。

ジェノヴェーゼ - ジェノヴァ風で、普通は生のバジリコと松の実を主材料とするジェノヴァソースを使ったパスタをさすが、ナポリでは肉、玉葱、ニンジン、セロリで作ったソースをからめたパスタのこと。

ペスト・トラパネーゼ - トラーパニ風、トラパーニはシチリアの地方、松の実の代わりにアーモンドが入り、トマトが入っている。

その他にも、こんなソースがあります。

ケーゼ・シュペッツェレ-小麦粉・卵・塩バ・ター・ナツメグを入れたパスタ生地をすりおろし器で細分化し茹で冷水に浸し、コンソメスープ・チーズを焼きかき混ぜ完成となるドイツ料理。

ボスカイオラ - きこり風。キノコなど山の幸のパスタ。

ネーロ - 「黒」という意味の、新鮮なイカ墨入りのパスタ。

和風ソースは、さっき触れたから、良いでしょ。

 え、まあ…。

こうしてみると、パスタ料理は餡掛け蕎麦のルーツみたいなところがあると思うけど、どうでしょ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自然と現実は素直にみたいですね。

2011年4月13日の東京新聞は、コラムにこう書いています。

筆洗

 物理学者の寺田寅彦は、昭和九年に書いた随筆で「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す」(「天災と国防」)と指摘している

▼征服したつもりでも、自然は何かのきっかけでおりを破った猛獣の大群のように暴れだし人命を危うくする。

大津波の直撃を受けた福島第一原発の事故を見ていると、警句の鋭さを感じずにいられない

▼経済産業省原子力安全・保安院はきのう、原発事故の深刻度を示す国際評価で最悪のレベル7へと二段階引き上げたと発表した。

過去には旧ソ連のチェルノブイリ原発事故しか例がない

▼「チェルノブイリとはまったくレベルが違う」とテレビで力説していた原子力の専門家たちの面々を思い出す。

被害を小さく見積もりたいという心理が政府にはなかったか。

検証を求めたい

▼外部に放出された放射性物質量はチェルノブイリの十分の一程度にとどまっている。

だが、四基が同時に危機に陥っていることや汚染水の海への放出はチェルノブイリではなかったことだ

▼「自然は過去の習慣に忠実である。地震や津浪は新思想の流行などには委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやって来るのである」と寺田は「津浪と人間」で書いている。

人間は地球に生かしてもらっている弱い存在だ。

自然を征服できると考えたおごりが報復されているように思えてならない。

東京新聞といえば、2011年3月23日付けの四面で“「大津波やM9 想定却下」 福島原発 設計者ら証言”と報じていました。

記事は伝えました。

 元技術者は事故や地震が原因でタービンが壊れて飛んで炉を直撃する可能性を想定し、安全性が保たれるかどうかを検証。

M9の地震や航空機が墜落して原子炉を直撃する可能性まで想定するよう上司に進言した。

 だが上司は「千年に一度とか、そんなことを想定してどうなる」と一笑に付したという。

この一行は、これまでの原発報道を念頭に置いたのでしょう。

自然を征服できると考えたおごりが報復されているように思えてならない。

寺田虎彦は、指摘していました。

「文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す」

文明が進むとは、自然の持っている潜在力を引き出す営みがどんどん大きくなるとともに、引き出す潜在力の深さも進んでいくということです。

言い換えれば、自然の持つ脅威もまたより大きくより深く、引き出す危険が高まることです。

自然の力を知れば知るほど、引き出せば引き出すほど、謙虚にならないといけないはずでした。

コラムの言い分には、さまざまな声が出るでしょう。

だが、自然に対するおごりに対する反省の必要なことは、異論がないと思うが、いかがでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

北海道犬や琉球犬もヨーロッパから来たか。

北海道犬は、北海道原産の日本犬種です。

性格としては、飼い主に忠実、勇敢、大胆、怖いもの知らず、野性味が強い、我慢強い、粗食に耐える、寒さに強いなどが言われます。

1902年(明治35年)の八甲田雪中行軍遭難事件では、陸軍歩兵第5連隊の遭難者の捜索に活躍します。

正式名称の「北海道犬」は、1937年(昭和12年)定められました。

あわせて、戦前の文部省によって天然記念物に指定されます。

翌年、管理者として北海道庁が指定され、戦後は北海道教育委員会に管理が委ねられました。

北海道犬は、アイヌ犬とも呼ばれるです。

アイヌ犬の呼び名は、1869年(明治2年)、イギリスの動物学者トーマス・W・ブラキストンにより命名されることに由来します。

アイヌはこの犬をセタあるいはシタと呼び、ヒグマやエゾシカの狩猟、これに付帯・関連する諸作業に用いられました。

縄文時代初期、縄文人が東北地方から北海道へ渡る際に同伴した山岳狩猟犬であるマタギ犬が、北海道犬のルーツだと考えられています。

 そして、縄文人をたどるとアメリカやヨーロッパを経由してきたと見る方が自然でしたね。

縄文遺跡から骨が出るオオヤマネコも、その見方を裏付けるようにヨーロッパやアメリカにいるけどアジアでは聞きません。

弥生時代に入ると、日本に移住した渡来人によってもたらされた犬といわゆる縄文犬である日本在来犬との間で混血が始まります。

しかし、地理上の理由から、北海道では渡来系の犬の遺伝的影響は最小限にとどまり、縄文犬の血統が維持されました。

中型犬である北海道犬の特徴は、次の通りです。

三角形の小さな「立ち耳」。

目尻が吊り上がった、三角形の小さな目。

背中の上に巻いた「巻き尾」、あるいは半円状の「差し尾」。

硬く長い毛と、柔らかく短い毛の二重構造の被毛(ダブルコート)で、色は赤、白、黒、虎、胡麻、狼灰のいずれか。

舌斑を持つ個体が多い。

体高は、オス48.5~51.5cm、メス45.5~48.5cm。

体重は、20.5~29.5kg。

寿命は、15年前後。

最近の研究で、北海道の北海道犬と琉球犬は遺伝子的に非常に近い関係にあることが証明されています。

「琉球犬保存会」は、1990年(平成2年)設立されました。

さらに琉球犬は、1995年(平成7年)、沖縄県の天然記念物に指定されています。

北海道犬同様中型犬である琉球犬の特徴としては、これらがあげられています。

体高は、オス49~55cm、メス46~52cm。

体重は、15~20kg。

耳は、逆八の字状の小さな立ち耳で左右の間隔が広い。

目は、瞳の色は茶色もしくは青色。

尾は、半円形の差し尾。

被毛は、硬く短い毛の二重構造(ダブルコート)で、密生しておらず耐暑性に優れ、色は赤、白、黒、虎、焦げ茶等。

性格は、人なつっこい、縄張り意識が強い、暑さに強いなどがあげられるです。

たんに琉球とも呼ばれる琉球犬は、沖縄県原産の日本犬の犬種のひとつです。

沖縄県では琉球犬をトゥラー(虎毛の琉球犬)あるいはアカイン(赤毛の琉球犬)と呼び、イノシシ猟や鳥猟の猟犬として使役されたです。

トゥラーの場合その毛の色に応じて赤トゥラー(赤虎毛)、黒トゥラー(黒虎毛)、白トゥラー(白虎毛)と呼ばれるです。

琉球犬のルーツは縄文時代初期に、九州地方から沖縄方面へ渡った人々に同伴した、マタギ犬(山岳狩猟犬)と同系統の犬とされます。

弥生時代に入ると、北海道と南西諸島を除く地域には、渡来人とともに北方系の犬が流入しました。

本州の日本犬には、それらの犬の血が多く混じっています。

その一方で、北海道と沖縄県では大陸系の犬の影響はわずかで縄文犬の血統が維持されました。

その琉球犬に、ヨーロッパ犬に近い生物学的調査結果が出ています。

当然、北海道犬にもヨーロッパ犬に近い生物学的調査結果が出ています。

「生きた文化遺産“琉球犬”ブログ」http://okinawa-dog.seesaa.net/に、興味深い記事があります。

長いので、ちょっとはしょって紹介します。

イヌ血球ヘモグロビンには、「A型」「B型」「AB型」の3型があります。

ヘモグロビンの型は、ヘモグロビン(Hb)座上の共優性遺伝子HbAとHbBによって支配されています。

このうち、HbB遺伝子は、「アジアの犬種にのみ見出される」といいます。

HbA遺伝子は朝鮮半島の犬(珍島犬、済州島犬)に濃厚に検出されています。

日本犬には朝鮮半島から入ったと見られるHbA遺伝子は、日本の南端の“琉球犬”、北端の“北海道(アイヌ)犬”には、ほとんど浸透しませんでした。

HbA遺伝子の濃厚なランキング
1.エスキモー犬(100%)
2.珍島犬(約90%)
3.済州島犬(約70%)
4.三河犬(約50%)
5.山陰柴犬(約20%)
6.対馬犬群(約20%)
7.壱岐犬群(約10%)

HbB遺伝子の濃厚なランキング
1.ヨーロッパ犬種(100%)
2.ロシア犬種(100%)
3.バングラディシュ在来犬群(100%)
4.中国原産犬種(100%)
5.台湾在来犬群(100%)
6.西表島犬群(100%)
7.琉球犬・八重山系(100%)
8.屋久島犬群(100%)
9.四国犬(100%)
10.琉球犬・山原系(約98%)
11.沖縄本島犬群(約98%)
12.奄美大島犬群(約98%)
13.秋田柴犬(約98%)
14.美濃柴犬(約97%)
15.種子島犬群(約96%)
16.三重・南島実猟犬(約96%)
17.甲斐犬(約96%)
18.信州柴犬(約96%)
19.北海道犬(約95%)
20.紀州犬(約95%)
21.秋田犬(約93%)
22.三重・志摩実猟犬(約92%)

イヌ血球ガングリオシドモノオキシゲナーゼg型遺伝子(Gmog)についても、「生きた文化遺産“琉球犬”ブログ」に、データが載っていました。

Gmog遺伝子は、アジアの犬種だけに見出されます。

おそらく、北または北西アジア起源の遺伝子であり、朝鮮半島から入ったイヌによって日本列島に導入されたのではないかと思われます。

 日本人に見られるバイカル湖畔からの遺伝子と合わせると、面白いね。

Gmog遺伝子は、イヌ血球ヘモグロビンA型遺伝子(HbA)と同様に、北海道(アイヌ)犬には全く浸透せず、琉球犬にはほとんど浸透していません。

Gmog遺伝子の少ない犬種順ランキング
1.ヨーロッパ犬種(0%)
2.ロシア犬種(0%)
3.北海道犬(0%)
4.琉球犬・山原系(約1%)
5.琉球犬・八重山系(約1%)
6.エスキモー犬(約1%)
7.秋田柴犬(約2%)
8.台湾在来犬群(約3%)
9.三重・南島実猟犬(約4%)
10.バングラディシュ在来犬群(約4%)
11.対馬犬群(約4%)
12.種子島犬群(約5%)
13.秋田犬(約5%)
14.沖縄本島犬群(約6%)
15.壱岐犬群(約6%)
16.屋久島犬群(約10%)
17.三河犬(約10%)
18.中国原産犬群(約12%)
19.山陰柴犬(約12%)
20.奄美大島犬群(約15%)
21.信州柴犬(約15%)
22.美濃柴犬(約20%)
23.西表島犬群(約22%)
24.紀州犬(約25%)
25.甲斐犬(約30%)
26.済州島犬(約33%)
27.三重・志摩実猟犬(約45%)
28.四国犬(約55%)
29.珍島犬(約60%)

いかが。

 北海道犬、琉球犬、そして秋田犬も、ヨーロッパに遡ると見ないと説明できない結果ね。

そして他の地域も、アジア由来の血が混ざっているものの、基本はヨーロッパ由来と見ないと説明が難しいでしょ。

 やはり、秋田美人の美白は、ヨーロッパ由来と見た方が良い訳ねえ。

そうなるでしょうね。

さらに、日本の犬は基本的にスピッツタイプとされます。

日本では、スピッツ系の品種の1つである日本スピッツを特に指してスピッツと呼ぶことが多いです。

スピッツは、犬の系統の1つで、複数の品種を含みます。

米国UKC(United Kennel Club)の分類法では北方犬種(Northern Breeds)とされています。

シュピッツとも発音されるスピッツ(Spitz)とはドイツ語で「鋭利な、尖った」という意味で、口のあたりや耳の尖った形からこのように呼ばれました。

口のあたりや耳の尖った犬の系統であるスピッツは、古い犬の特質を色濃く残す犬種なのですよ。

 そして、日本の在来犬種はすべてスピッツ系でしょ。

日本人に、古い時代の中東の遺伝子が残ることと合わせると、犬までが古代の生き残りってことなのでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

なんと、固体の中に超流動がある?!

なんと、固体の中で超流動が起こるというのです。

超流動とは、まったく粘り気のない超流体に起こるとされてきた不思議な現象です。

 固体と液体の境目も、あいまいなのですね。

固体と液体の境があいまいといえば、ガラスもそうですよ。

ガラスとは、昇温によりガラス転移現象を示す非晶質固体や、そのような固体となる物質をさします。

このようなガラス状態の固体は、結晶と同程度の大きな剛性を持ち、粘性は極端に高いです。

そして、固体の中の超流動は、まったく粘性はありません。

おそらく、非晶質なのでしょうけど。

 非晶質でも、ゴム状態のように柔らかいものはガラスとは呼ばないですね。

もちろん、ゴムとも、違うでしょ。

これは、理化学研究所の成果です。

超固体は存在する

08 April 2011

超固体という新しい物質相の存在を支持する実験結果が得られた

http://www.rikenresearch.riken.jp/jpn/research/6524

©2011河野公俊・Eun-Seong Kim

超固体と超流体は、量子力学的現象の中で最も不思議な部類に入るといってよい。

超流体は粘性なしに流れ、容器の壁に沿って流れるときにも摩擦が生じない。

これは、液体を構成する原子が「凝縮」して高度にコヒーレントな状態になっているからである。

超固体もコヒーレントな状態を特徴とするが、こちらは、固体を構成する原子だけではなく、結晶格子の空格子点が重要な役割を果たすコヒーレントな状態になっていると考えられている。

超固体の生成は、円筒状の固体ヘリウム4をきわめて低い温度まで冷却する実験において慣性モーメントの減少が確認されたことで、初めて証明された。

慣性モーメントが減少したのは、ヘリウムの一部が超固体になって試料棒の残りの部分から分離し、慣性モーメントと回転周期を変化させたと解釈できるからである。

一方、慣性モーメントの減少は温度変化とともにヘリウムの粘性や弾性が変化したからであり、超固体が生成し始めたからではないという反論もある。

このほど、理研基幹研究所(埼玉県和光市)の河野公俊・主任研究員、韓国先端科学技術大学(KAIST)のEun-Seong Kim准教授をリーダーとする研究チームは、固体ヘリウム4の温度を1ケルビンから15ミリケルビンまで下げていったときの剛性率(物体の弾性を示す値の一種)と慣性モーメントを同時に回転下において測定し、慣性モーメントの減少は粘弾性に起因するという考えが適当でないことを示した1。

1.Choi, H., Takahashi, D., Kono, K. & Kim, E. Evidence of supersolidity in rotating solid helium. Science 330, 1512–1515 (2010). article

研究チームの実験装置は、固体ヘリウムが入ったセルの回転の向きを周期的に切り換えることに加えて、全体が一定の向きに連続して回転するようになっている(図1)。

図1:特別に開発された回転するクライオスタット(低温恒温装置)。

15ミリケルビンまで冷やすことができ、超固体が存在する証拠の発見に使われている。

連続回転は、超固体の生成による慣性モーメントの変化に影響を及ぼすが、剛性率には影響を及ぼさないと考えられ、これらの量を独立に観察することができる。

実験の結果、慣性モーメントの変化は連続回転の回転速度に明らかに依存していたが、剛性率は依存していなかった。

また、回転によって散逸するエネルギーは高速回転では増加することがわかった。

これらの測定結果は、慣性モーメントの減少が超固体の生成ではなく粘弾性の変化に起因している場合に予測される結果とは一致しない。

さらに、研究チームは、周期的な交互回転と連続した回転が慣性モーメントと散逸に及ぼす影響が異なっていることも見いだし、この実験系に関する新たな問題を提起した。

今回の実験結果は、低温での固体ヘリウム4の慣性モーメントの変化が超固体の生成に起因しているとする解釈を支持するものである。

「この成果は重要です。超固体は非常に新しく驚くべき現象なのです。固体の中で起こる超流動という概念は、きわめて革新的で、もし証明されれば間違いなくノーベル賞の有力な候補となるでしょう。まずは、低温物理の研究者たちを納得させられるような方法でそれを証明することができるかどうか見極めることが先決です」と、河野主任研究員は語っている。

本ハイライトの原著論文の著者情報などについては、基幹研究所・河野低温物理研究室までお問い合わせください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

茶器

茶器は、ある意味哲学的です。

 景色や見付から銘をつけていくさまは、まったく奥深いですね。

 しかも形の歪みなども、全て受け入れていくでしょ。

 日本独特のものでしょうかね。

日本独特のものでしょうね。

茶器の歪みは、静の中に動をみる、所作の様式は動の中に静を見る、そういうことでしょうね。

 まさに陰陽ですね。

 景色は、何を意味するのでしょうね。

景色は茶器に世界を見ます。

だから茶道は、生き様そのものです。

形の歪みなども、全て受け入れていきます。

形も色もあるがままを見、面白い見立てができれば喜ぶ感性は、欧米では前衛芸術でもなければまず、排されてしまうでしょうね。

 景色は、茶器に世界を見るというと。

それは、世界は全部茶室と見るということです。

 裏を返せば、世界を茶器とみる。

茶器は、飲み干すでしょう。

つまり、世界もすべてを受け入れることに通じるわけですよ。

 茶道は、生き様そのものですね。

だから、茶器は、哲学的存在となるのでしょうね。

茶器が一つある空間は、すべて茶室であり、茶道の場ということでしょうね。

歪みは、あるがままだから許されます。

寛容の心だけれど、だから、甘えてはいけないです。

あるがままを許してくれるからこそ、許される姿であることが逆に求められます。

それが、作法ということでしょう。

 聖書は、あなたは自分の正しいと思うようにせよ、判断は神が下すという立場、なんだか似てますね。

茶道の作法と、ミサの作法を比較して、似ているという人もいますよ。

茶道の成立は安土桃山時代、キリスト教が公然と布教された時代に重なります。

 利休の周辺にも、クリスチャンが多かったと指摘する人もいますね。

茶道の成立とキリスト教、まだまだ、これからいろんな議論が出るでしょうね。

話を戻しますね。

茶器の歪みは、下手とは違います。

上手を目指したうえで、それでもなおかつ出てくる歪みだから、許されます。

景色は、上手のなかにあってこそでしょう。

下手の中では、ただの恥の上塗りです。

 歪みも、深いものですね。

 日本庭園と同じく、作為を感じさせない自然の凝縮だからでしょうね。

 アシンメトリーは、東洋美の真骨頂ですね。

それが、静のなかの動、でしょうね。

だから、あえてアシンメトリーで動を表現します。

静の中に動、動の中に静です。

 つまり、とどまらない。

 完成しない。

 常若に通じますね。

常若は、日本文化を読み解くキーワードの一つでしょうね。

武家が茶を愛したのは、密会の場として好都合だったこともあります。

不穏な動きは静寂を破るので、すぐに察することができます。

また、狭いので刀に向かないです。

それだけではないです。

上辺だけの者は、茶室ではすぐに襤褸を出したでしょうね。

 ある意味、怖い空間ですね。

一流の茶人は、一流の哲学者にして人間観察者ですからね。

だから一流の武人は、一流の茶人を傍におきたがります。

時に一流の武人は一流の茶人でもありました。

 なるほど。

茶は、単なる造形美にとどまらず哲学的な要素も包容しているということでしょうね。

 深いものですね。

そうですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

邪馬台国と神武東征を考えてみた。

邪馬台国論争は畿内VS九州に、実質絞り込まれています。

神武東征とは邪馬台国東征だと、論じる人もいます。

 四国も、邪馬台国論争に参戦してますね。

阿波ですね。

西日本を中心に所在地論争が続く以上、西日本全域が邪馬台国の版図であり、狭義の邪馬台国が畿内だったとみたいです。

邪馬台(yamatai)国といっても、当時の日本語は二重母音で発音されて不明瞭であったとすれば大和(yamato)に容易に転化したかもしれないですね。

邪馬壱(yamaichi)国という人もあるけど、こういう混乱があること自体、本来の発音はどちらでもないことの証明です。

 陳寿の記した「邪馬壹國」と、范曄が記した「邪馬臺國」ね。

 それで、畿内の大和ですか。

そもそも邪馬台は、中国人が自分たちに聞こえた近い音の字を当て字したものなはずですね。

 yamatoが、yamataiやyamaichiに聞き取られた可能性はあり得るかもしれないと。

中国語は、今でも日本語に比べて平唇音の傾向が強いですよ。

一方日本語は、古代になるほど丸唇音の傾向が強かったとみられます。

つまり丸唇音のyamatoは、平唇音的発音ではyamataiやyamaichiに転化してもおかしくないです。

卑弥呼の国は、yamatoだった可能性は考えて良いかもしれないですよ。

 神武の日本で建てた国もまた、yamatoねえ。

もし、邪馬台国のyamataiがyamatoの転化と見てよければ、神武は混乱のさなかにあった縄文の女王国を平定して手に入れたと見る方が自然となるのです。

 女神天照とは、神武が女王国の時代を引き継いだことの反映と見ることも可能となる。

天照は卑弥呼であり臺與である、というのはその意味では正解だと思えますよ。

一つに絞れないということは、裏を返せば複数の理由があったことの反映ではないでしょうか。

邪馬台国が卑弥呼を女王に迎えることは、畿内に彼女がいたことと等号じゃなくてもいいでしょうね。

欲しいのは彼女のカリスマ性と託宣とすれば、卑弥呼は別の地で神殿にいたって良いのです。

巫女ですから。

さらに、その神殿でさえカナンの地に定住以前のイスラエルのような天幕だったかも。

今の神社は、秦氏が建築様式を大陸から持ち込んだものです。

それ以前は固定された神殿などなく、祭りのたびに移動していたはずです。

 『後漢書』では、「倭伝」の57年の記述が倭奴国で、107年には倭国王。

 この107年がキーポイントでは。

 大和で何か、つまりが建国起こり中国に朝貢した。

 そして、70年とも80年間ともいわれる倭国大乱で九州と大和が本格的に争うようになり、180年頃に卑弥呼共立の可能性もあるのでは。

神武は、文字通り解釈すると弥生時代の国王ですよ。

臺與は、神武に力を借りて国をまとめようとしたのかもしれないですね。

神武にとっても臺與を助けることは、邪馬台国の実権を握るうえで好都合だったでしょうね。

今でも天皇即位の際に、神に仕える女性が立ち会う儀式があると言うです。

臺與と神武の関係が、その後の斎王にまで引き継がれたとみれば、合理的な説明になると思うけど、どんなもんでしょ。

神武の太陽神がたとえ男神であっても、巫女 =天照であれば矛盾はないのです。

卑弥呼は、西日本連合国家に祭司王として迎えられたのではないでしょうか。

 カリスマ女王卑弥呼の死後、混乱を納めるべく臺與が呼ばれたが連合国家の総意だったかどうか。

そこで神武が介入、大和朝廷に移行したのかもしれないですね。

日本の先住民だった縄文人の耳垢は、白人や黒人と同様に湿型。

そこに乾型の渡来人が高度文明や技術、専門知識を持ち込む。

卑弥呼も臺與も、鬼道の巫女ですね。

道教のような、陰の力を借りる呪術だったかもしれないです。

鬼は、超自然的力ともに祟り神でもあります。

先住民は、日本全国縄文人ですよ。

卑弥呼も臺與も、縄文人の鬼道の傑出した巫女だったから担ぎ出されたのではないでしょうか。

神武が実在したとしたら弥生時代、だから架空の人物論が出るのですよ。

だったら弥生王朝の初代を、神武と呼んでも問題ないです。

神武で始まり応神で終わったのが、弥生王朝だったかも。

仁徳以降、神の名を送られる天皇も皇后もいないです。

 「神」の文字は、重要よね。
 「武」の文字も。
 考え、名づけた人は賢い。

弥生初代を神武と見るのは、縄文でさえ女王卑弥呼がいたことをみれば不自然ではないのです。

縄文から弥生、そしていわゆる古墳時代、非連続と見るには連続的、連続的と見るには非連続的と指摘されます。

縄文人が食などの生活文化を変化させたという説も、出たことがあります。

隣接地から波状的移動して日本で合流し混淆と言う展開は、解釈としてはあり得ないでしょうか。

 卑弥呼は、240年代に死んだと考えている。 

 臺與は、290年頃に死んだと考えている。

 崇神天皇は、318年に死んだと考えている。

 神武天皇が、はっきりとは分からないけど。

神武は一人とは、限らないかもです。

襲名されたとしたら、長期にいたって不自然ではないですよ。

外国でも、断続的とはいえ何世ってあります。

 ほかの天皇は、どうでしょうね。

不自然に長い寿命の天皇であれば、襲名はありえたかもしれないですね。

神の王朝であってみれば、ないとはいいきれないです。

もちろん、今後の研究では世襲を想定しなくてもよくなる可能性は、あるかもしれないです。

年代はまだまだ、推定ですから。

 「はつくにしらすすめらみこと」という諡号が、神武と崇神の二人の天皇にあるのは、どうなのかしら。

ヤマトタケルのミコトの話から言っても、時間がかかったはずです。

 神武天皇が、初めて大和を制定した。

 そして、崇神天皇が始めて日本を制定した。

 日本、といっても西日本でしょうけど。

神武東征伝承を、どうとらえるでしょうか。

邪馬台国は、西日本を一応治めていたはずです。

神武は、その西日本を服属させた実績を引っ提げて、畿内に乗り込んだと見る方が自然ではないでしょうか。

神武東征は、出発が九州とされます。

西日本を抑えて畿内に乗り込んだ神武が、カリスマ巫女である臺與を前面に立てて邪馬台国を服従させたのかも。

 地元の神を利用して統治する例は、外国にもありますね。

アイヌも琉球も、縄文の末裔とされます。

言い換えれば、倭人伝の南方的な記述は、九州だけとは言い切れないのです。

縄文時代=熱帯ジャポニカ、弥生時代=温帯ジャポニカという説も出たが、弥生中期の青森県田舎館村にある高樋遺跡から出土した炭化米が熱帯ジャポニカ米という展開になりました。

 弥生時代でさえ、熱帯ジャポニカが栽培できる陽気だったのね。

倭人伝を文字通り読むと、邪馬台国は沖縄だったという議論になります。

 畿内説は、方向を変えて考えた説でしょ。

だとしたら、邪馬台国の南も、邪馬台国の東でないと、話が合わないのです。

 つまり、西日本の邪馬台国VS東日本の狗奴国の構図になる。

これがヤマトタケル伝承にも、反映されたと見たいです。

乾式が最も高いのは京都、次いで岐阜、大分、愛媛、福井……。

逆に最も低いのは岩手、次いで沖縄、広島、宮城、山梨……。

耳垢の乾型は西日本で特に多いという傾向。

乾型は近畿地方で圧倒的に多く、さらに四国北部、九州東部へとつながる臨海地域にも集中。

 先に列島に居た縄文人は、半島から移住してきた弥生人に東西に追いやられたはず。

 葦原と呼ばれる葦が生え土壌が肥えているところと海や山に分かれているところ、生活区の違いでしょ。

 少しは揉めたかもしれないけど、譲り合い分かれていった…。

大陸から来た渡来人は、中央権力があった近畿地域を目指したのでしょうね。

そのルートに沿う形で、乾型遺伝子が多く残ったのかも。

 渡来人が高度文明や技術、専門知識などとともに東進したか。

 日本の先住民だった縄文人の耳垢は、白人や黒人と同様に湿型。

 乾式の最も低いのは岩手、次いで沖縄、広島、宮城、山梨……。

つまり日本にいる、ソース顔とかバタくさい顔は、縄文系ってことです。

縄文顔を今に引き継ぐアイヌをみた欧州人がなんで日本に欧州人がいるかと、驚いた原因がこれです。

乾型遺伝子の出現率が最も高いのは中国北部やその周辺で、たとえば中国山西省や韓国大邱市は100%です。

耳垢の乾型は、西日本で特に多いという傾向が見えるわけです。

乾型は近畿地方で圧倒的に多く、さらに四国北部、九州東部へとつながる臨海地域にも集中しているといいます。

北方民族がきた結果だが、騎馬民族かどうかが焦点でしょうね。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

スカンジナビアと日本?「シア」「シャ」のある地域 その3

「シア」「シャ」のある地域には、ミクロネシア、ポリネシア、メラネシアのほかマレーシア、ロシア、ギリシャ、ペルシャがあるのです。

 ミクロネシア、ポリネシア、メラネシアの「ネシア」は、ギリシャ語によるものだそうで、現地語にはあまり関係が見られないね。

でも、古代日本を語るうえで避けて通れない地域でもあるのですよ。

マレーシア、ロシア、ギリシャ、ペルシャのうちで、マレーシアは東アジアなので日本に関係があっても不思議はないです。

ロシア、ギリシャ、ペルシャについても、日本との類似や繋がりが見えるです。

 ロシアからヨーロッパ全域に渡って、「スク」や「ツク」のつく地域が多いね。

 ロシアのスクやツクのつく地域は、ロシアと日本を繋ぐ接点かもしれないね。

ヨーロッパのスクやツクのつく地域は、ドイツのプロイセンとも呼ばれるプロシアが関連していそうです。

 ドイツと日本を、ゲルマンから眺めたら意外なことが見つかりましたね。

ストーンサークルだったですね。

 日本と、イギリスと、ドイツは、ストーンサークルで繋がるのよね。

ゲルマンの一族であるゴート族は、スカンディナヴィア半島を発祥とする民族かもしれないのです。

ストーンサークルと類似するものが、ゴート族を含むゲルマン系民族がポーランド一帯に遺したスカンディナヴィアで発掘されているというのです。

スカンディナヴィア南部は、ゴートランドあるいはイェータランドと呼ばれる地域です。

 スクやツクのつく地域と、ゲルマンの関係は探る必要がありそうね。

今回は、「ビア」「ニア」「リア」の付く地域を含めて考えてみたいのです。

ロマ音楽は、奇妙なほど日本の音楽と似た特徴があるのです。

ロマ音楽が大きく影響しているといわれる国には、よく見ると面白い傾向が見られるのです。

 インド・トルコ・マケドニア・アルバニア・セルビア・ギリシャ・ルーマニア・ブルガリア・ハンガリー・ロシア・スペイン・フランスなどね。

マケドニア・アルバニア・セルビア・ルーマニア・ブルガリアのように、「ビア」「ニア」「リア」の付く地域が含まれているのです。

ハンガリーについては、「リア」がつくハンガリアのような言い方もあるけれど、「ハンガリーの」「ハンガリー風」という意味合いが多いです。

ハンガリー語の語順が日本語と似ているなど接点があるので、多少強引だけど、「ビア」「ニア」「リア」の付く地域に含めて考えてみたいです。

「ビア」「ニア」「リア」は、「シア」「シャ」の転化である可能性は、十分にあるのですし。

「ビア」「ニア」「リア」「シア」「シャ」「スク」「ツク」、これらはみな「~の国」「~の土地」を指す接尾辞です。

これらの語源は、「シマ」である可能性が強いのです。

川崎真治著
「世界最古の文字と日本の神々―全アジア共通の数詞トーテムによる解明 」

本書の中に、「シマ」の語源はスメルだという説が展開されているのです。

ウ・ニル(シュメール語)人口築造・丘状の神殿台閣
ダガル(シュメール語)大きく膨張した。方言ダマル。ダバル

つまり、出っ張った状態が、「ダガル」あるいは「ダマル」や「ダバル」というのです。

川崎氏は、議論をここからさらに展開するのです。

ウ・ニル・ダバル(インダス語)島
  ニル・デムマ(ドラヴィダ語)島
     デムマ(ドラヴィダ語)島。丘状の土地も含む  
     ル・マ(沖縄の波照間)島
     ロ・マ(沖縄の加計呂間)島
     ラ・マ(沖縄の慶良間)島
     シ・マ(倭人語・日本語)島

私は、発音が平唇音的か丸唇音的かの差が、これらの違いを生んだと見たいです。

 そうそう、アラスカも「スカ」が付きますよ。

アラスカは、アメリカ大陸ですね。

「アラスカ」の名は、アレウト族の言葉で「半島」を意味する"Alakshak(アラクシャク)"から来ているのです。

 川崎氏の展開した転化の延長線上に、乗りそうね。

アレウト族(Aleut) は、アリュートとも呼ばれるアラスカとカムチャツカの間にあるアリューシャン列島の先住民族です。

アレウト族自身は、Unangaxと名乗っているそうです。

アレウトの祖先は、氷河期に北東アジアから渡ってきたとされるです。

 北東アジアといえば、当然ロシアも入るでしょ。

マレーシア、ロシア、ギリシャ、ペルシャ、の名前でこんな議論を展開したことがあったです。

「シア」「シャ」を接尾辞とみると、語幹はそれぞれこうなるです。

「マレー」、「ロ」、「ギリ」、「ペル」

面白いのは「ペル」で、南米に「ペルー」があるのですね。

共通するのは、ともに太陽神信仰をしたことです。

太陽神に、ギリシャ神話の「Ἥλιο?(ヘーリオス)」がいるのですね。

ギリシャ語の「オス」は「(なんとか)人」「(なんとか)教徒」という意味です。

となると、ヘーリオスとは「ヘーの民」と解釈してもいいのかもしれないです。

もしそれが言えるのなら、こういっていいことになるのかです。

「ギリシャに「へーの神」つまり、「ヤハウエの神」をあがめる人々がいた」

しかし、「へー」を「ラー」の転化とみたらどうでしょう。

ギリシャとエジプトの交流の深さからいえば、ラー信仰がわたっていても不思議ではないです。

そう思うと「ギリシャ」の「ギリ」は、「ラー」の転化とみてもいいのかです。

そこで、アラスカの「アラ」を、「アラー」と見ると面白いことになるのです。

アラスカの意味は、「アラー(崇拝者)の国」である。

アラーは、もともとは太陽神ラーなのです。

 ペルーも太陽神崇拝で、「ペルー」は「ヘー」の転化で、「へー」を「ラー」の転化で、「アラー」は「ラー」の転化とみれば…。

 繋がりますね。

「ビア」「ニア」「リア」「シア」「シャ」「スク」「ツク」のつく地域名は、太陽神で繋がっていくのかもしれないですね。

 そして、その太陽神は、ラーだとしたら。

日本の太陽神信仰も、古代エジプトとそっくりである以上、ラー崇拝であると言って良いかもしれないですね。

 「ビア」「ニア」「リア」の付く地域と日本、具体的に接点が見つかってくると面白いね、

情報が、欲しいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »