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2011年5月

やはり生命は階層的らしい。

生命現象は、やはり階層性があると感じられた話題を二つ並べます。

日経サイエンス2011年7月号
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/1107/201107_094.html

しなやかなタンパク質
A. K. ダンカー(インディアナ大学)/ R. W. クリワッキ(セント・ジュード小児病院研究所)

 タンパク質は種類の異なるアミノ酸がいくつもつながってできた大きな分子で,その鎖が特定の形に折りたたまれている,と考えられてきた。

実際,タンパク質分子の形(立体構造)が崩れると,機能を果たさなくなる場合が多い。

ところが近年の研究で,数多くのタンパク質が完全な折りたたみ構造を作ることなく仕事をこなしていることが明らかになってきた。

むしろ,この融通無碍な“しなやかさ”が重要なようだ。

著者
A. Keith Dunker/Richard W. Kriwacki
ダンカーはインディアナ大学医学部の生物物理学教授で,同大学の生命科学情報センターの所長も務める。

30年間ウイルス研究に携わった後,1995年から天然変性タンパク質の研究に専念している。

クリワッキは,テネシー州メンフィスにあるセント・ジュード小児病院研究所の構造生物学者。

1996年,カリフォルニア州ラホーヤにあるスクリプス研究所で,完全な天然変性タンパク質の最初の例を報告した1人。

原題名
The Orderly Chaos of Proteins(SCIENTIFIC AMERICAN April 2011)

蛋白質は相手を認識しているかのように振る舞い、姿や対応を変える能力があるように見えます。

相手を認識しているかのように振る舞い、姿や対応を変える能力があるように見えるのは、粘菌も同じです。

しかし、どちらにも脳に当たる組織はありません。

物質の持つ反映と対応の能力が、生命の段階でいかに高度に組織化されているかわかります。

背景には、プラズマがあたかも生命のように行動する性質があるのかも知れません。

理化学研究所
北海道大学
平成12年9月26日

http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2000/000926/index.html

粘菌が迷路を最短ルートで解く能力があることを
世界で初めて発見

 理化学研究所(小林俊一理事長)は、アメーバ生物である真正粘菌変形体が迷路を最短ルートで解く能力があることを発見しました。

この発見は、当研究所のフロンティア研究システム(FRS)局所時空間機能研究チーム・中垣俊之フロンティア研究員と、北海道大学電子科学研究所の山田裕康講師(FRS制御系理論研究チーム・フロンティア研究員[非常勤])らによって行われました。

 粘菌変形体には脳や神経系はなく、原形質と呼ばれる物質の塊のみからできているため、高度な情報処理能力は無いと思われてきました。

ところが原形質の持つ物理化学的な性質(例えばリズムやパターン形成)が巧みに組み合うことによって、迷路を最短ルートで解くという高い情報処理能力を発揮していることが分かりました。

この成果は、生物の情報処理機能を物質レベルから解明する糸口を与え、かつ新しい機能性材料の設計原理につながることが期待されます。

 本研究成果は、英国の科学雑誌「Nature」9月28日号に掲載されます。

研究の背景と成果

 真性粘菌はありふれた原生生物です。

その変形体の外観は、管からなる複雑な網目状をしており、巨大なアメーバのように見えます。

変形体は神経系のような情報処理系を持たず、原形質という物質の固まりでありながらも、1個体のような統率された行動を示します。

そして光など様々な外界からの情報をキャッチし、姿を激しく変化させて行動します。

 高等生物は神経系で情報処理をして活動を行いますが、神経系を持たない単純な生物はどのようにして情報を処理しているのか未だ解明されておりません。

今回、中垣・山田両研究員は、簡単に手に入りかつ、複雑な構造がないため生理実験やモデル化に適している粘菌を使うことによって、神経系を持たない生物の情報処理能力を明らかにすることを試みました。

そして実際に見て分かりやすく検証できるように、粘菌変形体に簡単な迷路を解かせる実験を行った結果、粘菌が迷路の最短ルートを探し出せることを発見しました。

 その粘菌による迷路解法は、2つのステップからなります。

変形体が迷路の道筋全体に広がった後、餌を入口と出口に与えると、1)行き止まりの経路にある部分を衰退させ、入口と出口をつなぐ経路全てに管を残します。

2)最終的に、最短距離の管を選んで1本の太い管を残します。このように粘菌は、入口と出口という離れた二つの場所にある餌に群がると共に、最短ルートで管を形成する事によって、一つの個体を維持したまま効率よく餌が摂取することができます。

つまり、迷路という複雑な状況であっても、餌のある2つの場所をいかに結ぶかという問題に対して粘菌は最適な答えを探し出すことができたのです。

 粘菌による迷路解法の2つのステップ、その物理的機構は細胞内で自発的に起きるリズム現象と深く関わっています。

粘菌の細胞内には、収縮運動の繰り返しを引き起こすリズム体(化学反応でできた時計)が至るところに存在し、お互いに影響を与えながら細胞全体に収縮運動の波などの時間的・空間的パターンを作ります。

このパターン形成が管の形態形成とリンクすることによって、迷路解法の基となります。

これらは、反応拡散方程式とよばれる数理モデルを用いて理論的に説明することができます。

すなわち、細胞を構成する物質の物理的性質に基づいて、粘菌による迷路の解法が解明されました。

まとめと今後

 生物の行動とは、ある情報処理の過程を経て最終的に出力されたものです。

したがって、今回の粘菌による迷路探索の結果は、原始的である単細胞生物の持つ情報処理能力の高さが証明された非常に画期的な成果だと言えます。 

 迷路の最短ルート探索は、数学的には「組合せ最適化問題」と呼ばれる難問題のひとつであり、電線の敷設最短経路やセールスマンの得意先訪問の順序決定など、日常生活に深く関わることから長年産学等で研究が活発に行われてきました。

本研究成果から、生物体で行われている物質レベルの情報処理方法が、この難問題の解法に対して新たなヒントになることが期待されます。

また、今回の成果から導き出される原理は、時間的・空間的パターン形成に焦点を絞ることによって新しい機能を持った材料の設計指針を与える可能性を秘めています。

将来、粘菌変形体のように自ら形を変えながら動いて仕事をこなすような、魅力的な材料が現実のものになるかもしれません。
 
補足説明

粘菌

 変形菌とも呼びます。

下等菌類の一群に属し、湿った場所の古材または植物体上に腐生して栄養を摂取します。

その栄養体を変形体といい、細胞壁を持たない不定形粘液状の原形質塊でアメーバ-運動をします。

仮足を出し、頻繁に原形質流動を起こす点と、多くの原形質塊が得られる点とから、生理学・原形質学の格好の材料として用いられています。

 生活環上では、温度や湿度の条件が良いと変形体から子実体(胞子嚢)を生じ、多数の胞子が形成され、発芽した胞子(配偶体)がさらに癒合して変形体となります。

 ムラサキホコリ・カワホコリなど、約60属・約360種が知られています。

(問い合わせ先)    

理化学研究所 フロンティア研究システム
時空間機能材料研究グループ     
局所時空間機能研究チーム 
フロンティア研究員   中垣俊之
  TEL:048-462-1111(ext.6323)  FAX:048-462-4695
  E-mail: nakagaki@postman.riken.go.jp

(報道担当)

広報室   仁尾、嶋田 
  TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715
  E-mail:koho@postman.riken.go.jp 

真正粘菌の形態

<野生の粘菌>

<1%寒天ゲルで培養した粘菌変形体>
内部から周辺部に向かって枝分かれする筋状の菅構造がみとめられる。

<1本の管状に延びる粘菌変形体>

粘菌による迷路探索

a b c d

寒天ゲルの上を移動している粘菌を情報より撮影した。

黄色の物体が粘菌変形体、黒色で示されている部分は迷路の壁を示している。

(図a)(図b)
迷路いっぱいに広がった粘菌が行き止まりの経路にある部分を衰退させ、入り口と出口を結ぶ経路に管を残している。

(図c)(図d)
次に、接続経路の長い物を消去し、最終的に、最短ルートに一本の管を形成した。

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宇宙に本当にインフレーションがあったか。

日経サイエンス2011年7月号に、こんな内容の文章が載りました。

公式サイトの要約で内容を紹介しましょう。

インフレーション理論は完全か
P. J. スタインハート(プリンストン大学)
http://www.nikkei-science.com/page/magazine/1107/201107_060.html

 宇宙が137億年前のビッグバンで始まった,というのはいまや多くの人がご存じの定説だ。

誕生直後の宇宙が光速を超える猛烈な勢いで急膨張したという「インフレーション理論」も現代宇宙論を支える定説──と本誌の読者は考えているはず。

ところが,同理論の発展に寄与してきた著者自身を含め,一部の物理学者たちは,そうは言い切れないとみる。

研究が進むにつれ,その論理的基礎にいくつかの欠陥が見つかってきた。

宇宙の中でインフレーションが続く領域が無限に生まれ,収拾がつかなくなるという。

こうした“欠陥”は致命的なものなのか? 

インフレーション理論を修正・代替するさまざまな提案も生まれている。

ショッキングでしょ。

宇宙の中でインフレーションが続く領域が無限に生まれ,収拾がつかなくなるというのですよ。

 これは、宇宙のあちこちに斥力が発生しているというのと同じことでしょ。

そうなりますね。

 アインシュタインは、自分の理論を宇宙に適応したら重力であっという間に潰れるので、宇宙定数を導入して切り抜けたでしょ。

ところが、膨張宇宙論の登場で、宇宙定数を使わないでも宇宙は潰れないらしいとなったわけです。

 アインシュタインは、宇宙定数導入を勇み足だったと思ったのでしたね。

宇宙定数は、引力と同じ大きさで方向が逆な力が働くというものですよ。

 ここでいう引力は、当然、万有引力でしょうね。

当たり前すぎるでしょ、万有引力を念頭に置いていなかったわけはないと思いますよ。

 万有引力とは、全ての物質にあるということでしょ。

万有とは、あらゆる物質にある普遍的な力、というつもりでニュートンは言ったでしょうね。

どんな大きな物質でもどんな小さな物質でも必ずある力という気持ちが、万有という言葉に込められていることでしょう。

 宇宙定数は、引力と同じ大きさで反対向きということは、すべての物質にあると言ってるのと同じですよね。

アインシュタインが、どのようなつもりだったかは知らないけど、そうなるでしょうね。

その宇宙定数を、膨張宇宙論が正しいとしたらいらなくなると、思っていたわけですよね。

 でも、宇宙の膨張があれば宇宙定数が要らないと言うのは、それこそ早まった判断だったのでは。

引力は常にありますよね。

その引力と反対方向に働く宇宙定数を、宇宙の膨張に置き換えたらどうなります。

 まさに、インフレーションが続く領域が無限に生まれますね。

 引力と同じだけ、インフレーションがあるというのが宇宙定数を膨張宇宙に置き換えることでしょ。

ようするに、アインシュタインは宇宙定数を導入したものの、なぜ発生するか説明できなかったので、膨張宇宙論に飛びついてしまったのでしょうね。

科学の発展には、いくつかの段階があります。

情報を集める。

情報を纏めたり整理したりする。

仮説を立てる。

検証する。

実証できれば、知識になる。

知識を纏めたり整理したりする。

理論を立てる。

検証する。

実証できれば、事実の説明として常識となる。

これを繰り返して、科学は発展するわけです。

そして、常識となったはずの理論で説明できない事実の情報が出れば、二つの流れができます。

前提が崩れて理論が破棄され、新しい理論にとってかわられる。

限界が明らかになって従来の理論の適応範囲が限定され、新たな事実は新たな理論によって説明される。

アインシュタインは定常宇宙論が崩れたと解釈して、宇宙定数を早まったと感じたわけでしょう。

 だが、膨張宇宙はハッブル定数の解釈の一つに過ぎない。

ハッブル定数の別の解釈を可能にする、異なる理論や解釈が、その時点ではなかったのです。

インフレーションが続く領域が無限に生まれ収拾がつかないというなら、膨張宇宙を宇宙定数に置き換えるしかないでしょうね。

 つまり、膨張宇宙という解釈を放棄する。

これは、ハッブル定数の解釈から宇宙膨張という考えを捨て去ることになるでしょう。

インフレーション理論は終焉を迎え、プラズマ宇宙論の肩に宇宙を説明する責任が圧し掛かる展開が来るときは、すぐそこまで来ていると言えるでしょうね。

もはや、インフレーション理論延命策は、天動説の周転円同様の袋小路に入ったと言えるでしょう。

 修正・代替するさまざまな提案も生まれている、だが決定打がない。

ハッブル定数と赤方偏移が根拠でしょうけど、アンドロメダ銀河のスペクトルは、青方偏移しているという観測結果が報告されています。

秒速300kmで、こちらに近づいてきているそうです。

膨張速度は、距離に比例して大きくなると見られています。

逆に言うと、距離が近いほど膨張速度が遅くなることで、地球周辺の膨張速度が遅すぎて地球上では観測できないということです。

 地球周辺の観測できないほど遅い膨張速度に比べて、秒速300kmは早いですね。

 でも、もし、これが予想できるいたるところにあるインフレーションの仕業としたら、類似なデータはもっとあっても良い。

現実と理論の間に、差があり過ぎるわけです。

現実には、いたるところにインフレーションがあって収拾がつかないどころか、地球周辺では宇宙の膨張は遅すぎて観測できないわけです。

 はっきり言って、地球周辺では宇宙の膨張は起きていない。

理論の要請する観測データと現実のデータに、開きがあり過ぎるということになっていくでしょうね。

遅すぎるが膨張しているというなら、その速度を観測できる方法をなぜ誰も考えようとしないのですか。

ハッブル定数が膨張を示しているから、あるに決まっているというなら、多くの記述が史実であると実証されている聖書に書いてあるから神の天地創造は事実だという創造論者を非科学的と笑う資格があるでしょうか。

ハッブル定数が膨張を示しているというのは解釈に過ぎないが、聖書の歴史記述が事実であることは物的証拠が雄弁に物語っているのですよ。

赤方偏移が証拠というが、青方偏移を黙殺しているのですよ。

そんな彼らに創造論者を笑えるでしょうか。

世界の実在は事実である。

人は精巧なものを作れる。

もっと精巧な世界にも作り手がいるはずで、それが神だ。

創造論者が無視している事実はどこにもありません。

 宇宙の年齢も、観測結果の解釈に過ぎないといえば、確かにそう。

 インフレーション理論と創造論のどっちが合っているかなんて、解釈の問題でしかない…。

 神を仮説というなら、ハッブル定数は膨張を意味するというのも仮説。

ところがインフレーション理論は、解釈と事実の無視の上に成り立っています。

創造論を非科学というなら、インフレーション理論はそれ以上に非科学でしょ。

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時間の非可逆性を考える。

時空四次元は空間三次元+時間一次元とされるので、なぜ、時間は非可逆なのか議論されています。

非可逆とは、一方通行のようなことと、思ってもらえばいいです。

 空間三次元は、可逆的な一次元を縦横高さで組み合わせて生まれるはず。

 可逆的とは、反対方向の変化もあり得る。

 時間は一次元であるから、可逆的でなければおかしい。

だが、時空四次元は、幾何学的な四次元とは、似ているようで、全く別物なのですよ。

 幾何学的二次元は、幾何学的一次元に幾何学的一次元を直交させる。

 幾何学的三次元は、幾何学的二次元‎に幾何学的一次元を直交させる。

 幾何学的四次元は、幾何学的三次元‎に幾何学的一次元を直交させる。

 直交とは、「垂直に交わること」ですよね。

つまり、時空四次元とは幾何学的三次元‎に幾何学的一次元である時間を直交させることなはずというのが、時間がなぜ非可逆なのかという疑問を生むのです。

 一次元空間は、可逆的である。

 時間は、時空四次元で一次元として扱われる。

 よって、時間もまた可逆的であるはずだ。

 さまざまな過程に、可逆的なものがある。

 なぜ、非可逆な過程が生まれてしまうのか。

 そういうことですね。

だが、時空四次元は空間三次元を時系列のなかで展開あるいは記述すること、と見たらどうでしょう。

系列とは、一定の順序に従って並べられた物事のまとまりとか、系統立てて並べられている一連の物事、ということです。

そして、系統とは一定の順序・法則に従って統一されていること、また、そのつながりを意味しています。

つまり、ある種の方向性を持っているのが系列です。

時系列は、非可逆ですよ。

系列には、企業間の結合関係の一つとか、大企業とその下請けの中小企業との結合関係、または、コンツェルンなど大企業相互の結合関係をさすように、上下関係を意識する場合が多いですね。

系列には、指揮系統がみられることがよくあります。

それが、単なる順序とは違うところですね。

 指揮をする=原因、指揮を受ける=結果、そう見れば因果関係に見えますね。

 時系列=因果関係とおけば、時空四次元は空間三次元を因果関係のなかで記述すること、となる。

そうですね。

時系列が非可逆な理由を、因果関係に求めればそうなりますね。

弁証法論理は形式論理に時間=因果関係を持ち込み、非可逆的過程の考察が可能となるわけです。

 特殊論理=形式論理。

 一般論理=弁証法論理。

 そういうことですか。

そうなりますね。

時間の非可逆性についての議論が袋小路にはまるのは、形式論理でばかり考え、弁証法を無視しているからでしょう。

 言ってみれば特殊相対性理論ばかり扱って、一般相対性理論を無視するようなもの。

似たようなことでしょうね。

時間を含まない三次元を形式論理の世界とみれば、時間を含む四次元は弁証法論理の世界となります。

 時間を含まない四次元は、形式論理の世界。

ええ、時間を含むかどうかが、形式論理か弁証法論理かの境目と言って良いでしょう。

 それは、空間の一次元と時間の一次元からなる二次元でも、同じ。

当然、そうなります。

形式論理は、基本的に質的な連続を扱うと言って良いでしょう。

 だから最先端数学が提起する不連続な現象を説明するカタストロフィが、理解も位置付けも困難になる。

それに対して、弁証法論理は質的な飛躍も扱います。

 量から質、質から量、の転換ですね。

今までの釣り合いが限界に達したら、新たな釣り合いに移行するのです。

 陰陽でいえば、陰極まりて陽、陽極まりて陰、でしょ。

そうですね。

 組み立てられる議論や事実の間に、矛盾があってはいけないのでしたね。

弁証法論理とは、形式論理に変化という視点を持ち込んだものであって、矛盾を持ち込んではいけないのです。

 矛盾とは変化の原動力であって、論理自体は整合性がないといけないのですよね。

それが、弁証法ですよ。

数学のエントロピー増大、つまり、乱雑さの増大を時間の非可逆の原因という議論もありますね。

 しかし、存在には厳密にお行儀の良い状態なんてない。

 どんなにピシッと、整列して見えても、多少は揺らいでいる。

ミクロの零点振動から、マクロのゆらぎまで、絶対的な静止なんてないですよ。

 すべての事象が持つ、f分の1ゆらぎですね。

f分の1ゆらぎのようなことを、カオスと言います。

 カオスの積み重なりが、乱れの増大である、エントロピーの増大につながる。

エントロピーの増大とは、振動や揺らぎのもつ本質的なカオスから必然的に出るわけでしょうね。

それが、時間とともに乱れが累積していくように見えるのでしょう。

 これが、時間の非可逆である一番の理由。

事象の持つ、本質的な振る舞いを考慮しない議論では、永遠に時間の非可逆性は謎のままでしょうね。

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書店で催す便意を考えてみた。

書店に行くと、便意を催すという人は多いですね。

 普段、便秘がひどいので、わざと本屋にいったりする人がいるほどね。

こういう気分になるからではないかと、さまざまな説が立てられるが、どれも決め手に欠け、特定不能だと言います。

これは、さまざまに言われる心理学的説明では、解明不能であることを意味します。

便秘の原因は、腸内だけではないと言う見解があるのをご存知ですか。

それはスバリ、骨盤の変形やズレからくるというものです。

 骨盤は硬いから、本当にずれたり変形するのは余程のことらしいですね。

筋の鍛え方の不十分なことや硬さが、骨盤を傾けてしまうのを、骨盤の変形やズレと認識しているのが本当だそうですね。

 そうなの。

ええ。

骨盤は、腸骨・坐骨・恥骨・仙骨・鼻骨からなります。

さらに仙骨も複数の骨からなるので、現実には相当自由に動くそうです。

それで、骨盤の歪みとは、仙骨の歪みだという人もいます。

 いづれにしても、ほとんどの場合筋肉の鍛え直しなど、姿勢を正すと良い訳ですね。

そうですね。

姿勢を正すだけで気持ちもスッキリするし、内臓にも負担を掛けないから、便秘対策や健康維持の基本となるでしょうね。

便秘改善にいいと、お腹をのばすストレッチをすすめる人もいます。

便秘には、日ごろの姿勢が大きく関係しているのです。

知らず知らずのうちに、悪い姿勢がクセになっているのでないですか。

直腸性便秘を予防する方法のなかに、姿勢に関係するものがあります。

直腸性便秘と、普通の便秘の見分け方は、こうです。

残便感が続く。

強く息んでも出にくい。

トイレの回数は普通もしくは多い。

そこで気を付けることの一つに、前傾姿勢にするというのがあります。

前傾姿勢にすることで、便がスムーズに直腸に送られます。

 書店で、ついついやりがちな姿勢ね。

それから、腹筋だけに力を入れる、というのもあります。

前かがみが続くと、結果として腹筋が圧迫されます。

そして、背筋を伸ばしては、また、前かがみになって書棚に目をやるでしょ。

 これも、書店でやりがちね。

お腹の横の筋肉、つまり、せきをしたときに動く筋肉に力を入れるというのも、あります。

物色しながら、体をひねっている人、多いですね。

それから、かかとを上げる、というのがあります。

踵の上げる角度は20度、腹筋の力を腸にかけやすくなるそうです。

 書店では、横に移動しながら小刻みに踵の上げ下げをしていますね。

だいたい、20度くらいでしょ。

頑固な直腸性便秘対策で指摘される要点が、書店での無意識な仕草には揃っているのですよ。

そういうことは、普通の便通の人ならなおのこと、便意を催す事態を書店は招いていることになるのです。

ひどい便秘に悩んでいる方に意外と多いのが、骨盤の変形やズレだと言うのです。

骨盤にある骨の1つである腸骨は、腸が乗っている状態なのです。

この腸骨に変形やズレがある場合、腸を支えられなくなり、腸の動きに悪影響が出てしまいます。

ほんのちょっとしたものだとしても、腸骨の変形やズレは、腸に影響が及ぼされるのです。

腸骨の変形やズレは、本人が自覚するのは非常に難しく、気がついていない人がほとんどだといいます。

厄介な事に、この変形やズレは痛みがほぼ全くないそうです。

姿勢の悪さがこの変形やズレを起こし、そして放っておくと更に変形やズレは進行していきます。

 だから、改善のために運動や食生活を気を付けるのね。

それでもだめなら、便秘薬で出す人も多いですね。

 便意のために、いちいち、書店にいけないもの。

書店で多くの人が便意を催す事実から、導かれる答えはこれですよね。

日頃の姿勢に気を付けるのが、便通には一番。

追記

足裏のツボが刺激されるから、と言う説もあります。

たとえば、何時間でも歩いてしまう大型ショッピングモールやアウトレットで歩き疲れる人や尿意を催す人はいても、便意を催す人は少ないのではないでしょうか。

一方書店は、頑固な便秘でも短時間で効く。

つまり、足裏のツボが効果的に刺激されやすい姿勢が書店に揃っているからと思うのです。

ツボは、押したり揉んだりして、はじめて効果的に刺激されます。

書店での姿勢は、丁度良い足ツボ刺激が可能な形になっていることも、大きいでしょう。

しかし、いづれにしても、便秘対策には姿勢に気を付けるのが効果があるようですね。

漫然と歩くのと、姿勢に気を付けて歩くのとでは、便意の催し方は確かに違います。

さらに、足の使い方でも違うようです。

特に、踵をある程度しっかり上げてリズミカルに歩くと便意を催しやすい。

書店の便意足ツボ説は、このあたりの経験が元になっているのかも、知れません。

書店では、みんな、無意識にこういう歩き方をやってますからね。

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感情に流された議論に気を付けたいものです。

捕鯨について、価値観でいろいろ議論があることは承知しています。

生態系に人も参加してきた以上、それをやめることはできないのですよ。

 反捕鯨は、大半が感情論ですね。

反論してる捕鯨派にも感情的反論は多いから、あまり反捕鯨論のことばかりいえないでしょ。

 そうですね。

乱獲はもちろんいけません。

 欧米人は、自分たちが鯨油目当てに乱獲したものだから、他の人たちも乱獲していると思い込んでいる。

乱獲していたら、古代からの捕鯨を続けることなど不可能であることなど、考える意思もないのでしょうね。

 自分たちの価値観を絶対視して、思考停止していますよね。

しかし参加してきた生態系から手を安易に引けない以上、実態を科学的に把握し、必要に応じて禁漁や禁猟も含めた規制は当然すべきです。

 実際、減少が問題視された種類については、捕鯨の対象から外してきましたよね。

捕鯨をやめた間に、どれだけ増えたかを調査する必要があるのは、当たり前です。

 そして、鯨の数量を適正に抑えるためには、一定量の間引きも必要になるでしょ。

自然界の間引きは、事故死、病死、そして捕食によってなされます。

人が生態系に参加する基本も、捕食です。

 これは、誰が何と言おうが、普遍的真理ですよね。

オーストラリアのカンガルーは、政府が適正な頭数を維持するように管理されています。

どうするかと言えば、やり方はズバリ、猟です。

だが、ヨーロッパ人から可哀そうだからやめろという声は聞こえません。

なぜかと言えば、ヨーロッパに食肉として輸出されているからです。

 そして、オーストラリアでは古代から先住民の蛋白源ですよね。

近年では、中国もオーストリアからカンガルー肉を輸入しているようですね。

ニューヨーク・タイムズ紙は、カンガルーの中国輸出計画についての興味深い記事を掲載していたそうですよ。

 なるほど、アメリカ人もカンガルー食べているから可哀そうという気分にならないで、オーストラリアに文句言わないのね。

世の中、そんなもんですよ。

ほとんどの人は、無意識のうちに自分の価値観を絶対視したがるのです。

輸出促進を訴えるオーストラリア・カンガルー産業協会のジョン・ケリー事務局長は「中国には野生動物を料理に使う伝統がある」と同紙にコメントしているといいます。

「カンガルーはヨーロッパ市場で受け入れられたのと同じように、中国の伝統にもぴったりフィットするだろう」とまで言っているそうです。

カンガルーの狩猟枠を消化して、カンガルーの個体数を管理するためにせっせと輸出しているのです。 

現に食の安全性に関するトラブルで、カンガルーの狩猟枠消化が危ぶまれる事態が起きたことがあります。

2007年7月、ロシアは食の安全性に懸念があるとしてカンガルー肉の禁輸をしました。

だが、同じころヨーロッパの輸入は止まっていなかったようです。

とはいえオーストラリアの農家は、ロシアのカンガルー肉輸入禁止によって、野生のカンガルーの数が急増することになり、生態系や牧畜産業に打撃を与えることになると懸念したと言います。

 もし、捕鯨を全面的にやめるなら、シャチの捕食で間引きしきれない鯨類の魚食によって、世界の漁業は大打撃を受ける事態を覚悟する必要がありますね。

魚食は、今や世界食となりつつあり、水産資源は世界的な争奪戦の舞台となりつつあります。

当然国際ルールを作らないことには、乱獲のために枯渇する懸念があるのです。

 そこに、増えた鯨類が参入すれば、どうなるでしょうね。

鯨を間引きしないと、水産資源が危ないという展開にならないと、反捕鯨の人たちは保証できるでしょうか。

森も、樹木を守るためには狼の代わりに漁師が鹿などを間引きしないといけない事態になっています。

 狼を危ないからと滅ぼしたつけを、今深刻な形で払っているわけですね。

私は、ある特定の国や地域や時代の価値観に振り回されない、持続可能な地球環境に責任を持てる取り組みを科学的にすべきと、言いたいだけなのです。

生態系において、ある種が撤退するのは絶滅した時だけです。

捕鯨は、太古の昔から行われてきました。

つまり、人はシャチと並ぶ鯨類の捕食者として生態系に参加してきたのです。

もし人が手を引けば、鯨類の捕食者はシャチだけになります。

 言い換えれば、鯨類の捕食者としての人は、海の生態系では滅んだのと同じことになる。

シャチの繁殖能力は低いので、人が手を引けばシャチだけで鯨類の数量を抑えることは不可能でしょう。

当然、鯨類によるオキアミや魚の捕食量が増え、生態系全体のバランスは崩れるでしょうね。

 結果として多くの鯨の餓死による、調整が起こるでしょうね。

つまり、鯨の数量制御にとっては、餓死によるか、捕鯨によるかの差しかないのです。

ならば、古代から続く生態系を維持してダメージを減らすほうを選ぶべきではないでしょうか。

可愛いから殺すな、なんて感情論は環境保護にとって有害でしかないのですよ。

2011年3月、東日本で大震災が起きました。

 多くの人は、自粛だと言って花火大会開催を見送りましたね。

結果、再起をしたいと頑張っている東北の花火業者は、収入の大半を占める夏の需要を失い絶望に叩き落されています。

 雇用を守れない、廃業しかないのかと、肩を落としているようですね。

花見を自粛する人たちが大勢いたために、東北の酒造業者は再建の出鼻を挫かれる格好になったと言います。

 ようやっと、支援しようとする人々が、東北の酒をはじめとする産品を購入する動きが出てきましたけどね。

でも、日常的に消費してこそ、本当の支援ですよね。

もっともらしい議論を感情的に展開する人々の主張があまり幅を利かすと、世の中ろくなことになりませんね。

 もっと、理性的に判断して行動するように心がけたいですね。

理屈ばかりじゃ、味気ないし、窮屈なのも、確かですけどね。

追記

もちろん、花火大会を例年通り開催する場所も少なくありません。

日常を取り戻す、被災地を元気づける、などが理由なようです。

自粛の理由が感情なら、開催の理由も感情かも知れません。

だが、自粛をした方が良いという声を、速やかに復興したいという気持ちが上回ったのは、やはり、自粛を続けると復興が遠のくという冷静な判断が勝ったということでしょう。

経団連の集計によると2011年の賞与は、震災響き冬季減額も有り得るものの、夏は2年連続増だそうなので、自粛を続けると賞与減の予想が的中する可能性が高まります。

その点からも、開催決定は素晴らしい判断と思います。

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木星の輪はレンツの法則が適応できるか。

レンツの法則とは、19世紀のロシアの物理学者、ハインリヒ・レンツによって発見された電磁誘導に関する法則です。

レンツの法則は、電磁回路が、常にニュートンの第三法則とエネルギー保存の法則に従わなければならないことを説明するときに、よく使われます。

何らかの原因によって誘導電流が発生する場合、電流の流れる方向は誘導電流の原因を妨げる方向と一致するというものです。

例えば、コイルに軸方向から棒磁石を近づけると誘導電流が流れる場合、レンツの法則が働いています。

 コイルが作る輪の中を、棒磁石を潜らせると誘導電流が流れる。

 棒磁石が無限に長いなら、誘導電流も無限に流れる。

そうなるでしょうね。

コイルに電流が流れると磁場が生じるが、この磁場はレンツの法則が示唆する向き、すなわち棒磁石の接近を妨げる向きとなるのです。

ファラデーの電磁誘導の法則は、起電力と略されることの多い誘導起電力と磁束の変化が反対の符号を持っていることを示しています。

また、ファラデーの電磁誘導の法則は、起電力を誘発した結果生じる電磁誘導からの電流に方向性を与えます。

 コイルに流れる電流と生じる磁場と、棒磁石の磁場などのエネルギーの総量は、エネルギー保存の法則に従わなければならない。

そういうことですね。

電磁気学では、電荷は、電気力線に沿って動いていくとき、潜在的なエネルギーが蓄えられていく負の仕事をするか、運動エネルギーを引き出していく正の仕事の仕事をするか、どちらかになります。

つまり、電子はマイナス極から出てプラス極に移動するわけです。

潜在的なエネルギーが蓄えられていく負の仕事とは、蓄電や充電をするような場合です。

運動エネルギーを引き出していく正の仕事の仕事とは、電気器具を働かせるような場合です。

 棒磁石を動かすことは、磁気を動かすことですね。

 磁気を動かすのであれば、無限に長い棒磁石がなくても、無限に流れる誘導電流を作れる。

この、誘導電流に直接仕事をさせる簡単な方法は、熱に変換することです。

この原理を用いて作った調理家電が、IHクッキングヒーターです。

 IHは、Induction Heating(誘導加熱)の略でしたね。

誘導電流で鍋や鉄板自体に発熱させるので、ガス並みの火力がでるというのがセールスポイントなのですよね。

100Vより200Vの方が効率が良いので、キッチンに作り付けのIHクッキングヒーターは今では大半が200Vではないかと思います。

じゃあ、なぜ、100Vより200Vの方が効率が良いかです。

電圧が高いほど、電気抵抗をものともしないで電流が流せるからですよ。

例えば、雲と地面の間にはいつもある程度の電圧がかかっています。

雲の中では、常に放電が起きているけれど、地面に放電しないのは電圧が低いので電流は地面まで届かないのです。

ところが、十分な電圧が溜まると、一気に地面に向かって放電します。

雷を発生させる雲を雷雲と呼び、雲の中で起こる放電、雲と雲の間の放電をまとめて雲放電と呼び、雲と地面との間の放電を対地放電または落雷と呼ぶのです。

これらの放電は、大気中を走る強い光の束として観測されます。

 雲放電程度の場合、稲光は見えても、雷鳴は聞こえないですね。

1回の放電量は数万 - 数十万A、電圧は1 - 10億V、電力換算で平均約900GWに及び、100W電球90億個分相当します。

時間にすると1/1000秒程度でしかないけれど、エネルギーに換算するとおよそ900MJです。

もし、無駄なくこの電力量をすべてためる事ができるなら、消費電力1kWの家庭用省電力エアコンを24時間連続で使い続けた場合、10日強使用できます。

ただ、200VのIHヒーターでもワット数が足りないとオールメタル対応とはいかないようです。

あるメーカーのHPでは、アルミ・銅鍋加熱時は2.6kWとありました。

 つまり、同じ電圧でも材質によって誘導電流の流れやすさに差があるわけですね。

そうなると気になるのは、輪のある天体の磁気の大きさなのですよ。

地磁気に相当する磁場の惑星赤道上での値は、土星は20×10-6テスラであるというのです。

天王星も30×10-6テスラとの報告があります。

いずれも、氷の輪を持つ天体です。

一方、木星も輪を持つことが近年明らかになったけれど、材質は氷でなく微粒子なのです。

そして、木星の磁気は400×10-6テスラなのです。

 土星や天王星の磁気は、20分の1くらいですね。

輪を持つどの星も地球の磁気よりは大きいけれど、輪の材質によって磁気の大きさは一ケタ違うのです。

 氷と微粒子では、氷の方が伝導率は良いでしょうね。

土星や天王星や海王星の氷の輪の方が誘導電流が流れやすく、天体の磁気を妨げていると見れば説明はしやすいのです。

 木星は桁違いに大きいから、磁気も大きくて当然と思われているのかも知れないですよ。

太陽系の主な星を、地球を基準に大きさで比べてみましょう。

名称 大きさ(半径) 体積の地球との比

太陽 696000km 1304000倍

水星 2440km      0.056倍

金星 6052km      0.857倍

地球 6378km        1倍

火星 3397km      0.151倍

木星 71492km     1321倍

土星 60268km       755倍

天王星 25559km        63倍

海王星 24764km        58倍

冥王星 1195km       0.007倍

地球を基準にすると、木星は1321倍、土星は755倍で、木星の体積は土星の2倍ほどですよ。

 こうやって見ると、木星の磁気の大きさが土星や天王星の磁気の20倍近いのは、奇妙ですね。

木星の輪は、長年気が付かれないほどに薄いのは確かです。

 でも、天王星や海王星の輪だって、土星ほど目立たなかったわけでしょ。

天王星や海王星がきれいな輪を持っていると確認できたのは、比較的最近のことですね。

海王星の輪は長年とぎれとぎれと思われてきたので、ちゃんと繋がっていると分かったのは高性能な機器のおかげです。

木星の微粒子の輪は、土星や天王星や海王星の氷の輪よりも誘導電流が流れにくいので、レンツの法則は小さくしか効いていないのでしょうかねえ。

 そういえば、IHで耐熱ガラスは使えないし、土鍋も加工したものしか対応しないでしょ。

耐熱ガラスでも、IH対応の加工を謳っているものは、ありますけどねえ。

 でも、土鍋も耐熱ガラスも、IH対応加工しないと使えない。

 IH対応の微粒子で、木星の輪はできているかしら。

微粒子の素材が基本的に普通の土鍋と同じとしたら、木星の輪に誘導電流は木星の強力な磁気でも流れそうもないですね。

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安全は偶像崇拝の対象ではありえない。

安全神話を、日本人は根拠もなく求めたがっていたと、2011年の福島第一原子力発電所の事故でしきりに話題になっています。

けれど、本当の安全は、危険がどこにあるか、危険が現実になったら何が起こるか、ここに真正面から向き合うことで、得られるものなのですね。

例えば、包丁や工具は、一歩取り扱いを間違えたり、悪用したら、非常に危ないものになるわけです。

だから、どう扱えば安全かを、誰かが手本を見せて教えるわけですよ。

 包丁でいえば、猫の手とか、ですね。

鋸にしても、安全で失敗の少ない抑え方や、引き方を体験させながら教えるわけですよ。

子どもたちも、昔は、地域の大人たちとか、子ども集団の中で先輩たちから教わってきたのです。

 スリルも楽しむけれど、安全に気を付けるから、面白いのであって、単なる無謀は怖いだけで面白くない。

川で飛び込みをして遊んだ子どもたちも、地方には結構いるわけです。

 でも、いきなり高いところから飛び込ませたりしない。

飛び込んでも頭を打ったり、足を痛めないようなところを、先輩から伝えられているのですね。

 そういうところで経験を積みながら、少しずつ高いところに移っていく。

どこに危険があるか、どんな危険か知っているから、仮に事故があっても最低限に抑える知恵も働いたわけですね。

それとか、過去の経験を伝えるために危ないところはあまり行きたくないような、あるいは住みたくないような、名前を付けたりもしてきたのですよ。

 さわらぬ神に祟りなし、とかでしょ。

 でも、臭いものに蓋、なんて言い回しもある。

直視したら、とてもじゃないけどやっていられない事柄も、あったわけですね。

ただ、臭いものは腐敗しているもの、撒き散らしたら危ない雑菌などもあるわけです。

だから本来は、臭いものに蓋というのは、危険を遠ざける、危険を表面化させない、ための安全確保のための知恵であったわけですよ。

ところがいつの間にか、都合の悪い事実を直視しない、都合の悪い事実から目をそらす、そういう行動が臭いものに蓋の意味になってしまった。

 もともと、臭いものに蓋には、いったん取り掛かったらとてもじゃないけど手におえないことから目をそらすと言った意味もあったでしょ。

撒き散らしたら危ない雑菌のようなものが、撒き散らされたら、とてもじゃないけど手におえないでしょ。

 それが、だんだん比喩に使われていくうちに、意味がそれていってしまったのでしょうかねえ。

さわらぬ神に祟りなしというのも、もともとは、「触れない」という意味の「さわらぬ」ではないはずですよね。

ここでいう「さわらぬ」とは、「障らぬ」、つまり、邪魔しないとか、機嫌を損ねないとか、言うことではなかったでしょうか。

 つまり、障らぬ神に祟りなし、だった。

神は、正しく敬い、正しく畏れるなら、安全なわけですよ。

 それには、神が定められたことに従う必要がある。

どうやったら危ないか、どうやったら安全か、どうなったら危ないか、どうなったら安全か、それをちゃんと知り、それをちゃんと守ってこそ、危険は避けられるわけですね。

 ちゃんと守り、ちゃんと従えば、危険は避けられる、安全を手に入れられる、そういう確かな知恵と知識を神の定めたものとして、古来伝えてきた。

つまり、安全は神話で守れるけれど、安全を神話にしてはいけないわけですよ。

 私の他を神としてはいけないという、十戒の第一の項目みたいですね。

 安全は、神を正しく敬い恐れることで、保障される。

 安全は神に従ってこそ、得られる。

私は妬み深い神であると、聖書にもありますよね。

 それを、安全を神として崇める過ちを犯してしまった。

言ってみれば、安全を偶像化したということでしょ。

安全という偶像を祀った神殿が、たまたま原子力発電所になってしまったので、神は自然を使って原子力発電所を壊して人を罰した形になってしまったのが、今回の事故でしょうね。

 避難が長期化して、生活再建の目途が立たなくなっている方々は、気の毒ですよね。

もちろん私も、避難を余儀なくされた方々は、きちんとした保証と賠償を受けられる権利があると思いますよ。

悔い改めて、偶像の神殿と化した原子力発電所を潔く廃止しようとしなかった罰が、今の混迷に繋がっているということでしょう。

 地震と津波で原子力発電所が被災した後、速やかに廃炉を決断して、海水を入れるべきだった。

それは、塩と水で二重に穢れを清める行為でもあったけれど、科学的にも理にかなった対応だったはずです。

神が非科学の権化であったなら、とっくの昔に人々は神を見限っていたでしょうね。

しかし、神とは現世をありのままに見つめて得られた知恵と知識の権化なのですよ。

だから、神の教えと導きに、昔から多くの人が従ってきたのです。

神が非科学だったのではなく、人々の無知と無理解と誤解と偏見が、神を非科学に変質させてきたと言えるでしょう。

 さらに、目先の欲望を神の諭しの上に置く過ちも、でしょ。

確かに。

追記 1

誤った安全神話は、さらなる誤った判断へ導きました。

週刊新潮2011年4月14日号に次いで、朝日新聞も目を疑いたくなる事実を報じたのです。

廃棄された原発無人ロボット 東電など「活用場面ない」

2011年5月14日15時0分

実用化されなかった遠隔操作ロボット「スワン」。

今は仙台市科学館の隅に展示されている。

アーム先端の「手」を取り換えることで複数の作業ができた。

奥にあるのがモニター画面付きの遠隔操作盤=4月16日

 原発事故での使用を想定し、国の予算30億円で開発・製造された遠隔操作ロボットが、東京電力などが「活用場面はほとんどない」と判断したために実用化されなかったことが分かった。

だが、福島第一原発の事故では、人が入れないほど放射線量が高い場所での作業に米国製ロボットが投入される事態に。

事故の想定の甘さが、ロボット開発でも浮き彫りになった。

 遠隔操作ロボットをめぐっては、1999年に茨城県東海村で起きた「ジェー・シー・オー(JCO)」の臨界事故を受け、当時の通商産業省が同年度にロボットの開発費として30億円の補正予算を計上。

開発事業を受注した日立製作所、三菱重工業、東芝など4社は2001年に計6台のロボットを製造した。

だが、電力会社などからの配備希望がなかったという。

 その後、東京電力、関西電力の原子力担当幹部や、原子力開発関連の国の外郭団体幹部など5人で構成される実用化評価検討会は02年12月、「高放射線下の災害現場の状況調査・監視などの作業には使用が想定される」としつつ、人に比べて歩行速度が遅く、移動可能距離が短いことなどを指摘。災害現場では人が作業できるエリアは必ず確保されており、人が現場で作業を行うことは十分可能として、「原発などの災害で活用する場面はほとんどない」と結論づけた。

この結果、不要とされた6台は06年3月、廃棄処分となった後、一部は東北大に引き取られた。

そのうち1台が現在も仙台市科学館で展示されている。

 東電の福島第一原発では運転中だった各原子炉が、3月11日の地震後に全電源を喪失し、原子炉が冷却できなくなった。

1、3号機は水素爆発を起こし、原子炉建屋の上部が吹き飛んだ。これらの事故で同建屋内は放射線量が高くなり、作業員が入れなくなった。

このため、東電は地震から1カ月以上たった4月17日、原子炉建屋内の放射線量などの測定に米国製の遠隔操作ロボットを投入した。

また、文部科学省所管の財団法人が予算約2億円で開発した、放射線量などを測るロボット2台も原発に運び込まれたが、散乱するがれきなどに阻まれ、まだ使えていないという。

 JCO事故後のロボット開発を推進していた製造科学技術センター調査研究部の間野隆久氏は、「万一の事故に備えた態勢づくりが必要とのコンセンサスはあったが、肝心の電力会社に『原発で事故は起きないのだからロボットは不要』という考え方が根強かった」と指摘した。

田所諭・東北大教授(ロボット工学)は、「当時、わずか半年で既存の技術を集めただけで一定水準のロボットができた。実用化されていれば、その後の10年間でさらに性能は上がり、今回の事故で作業員の負担を減らし、被曝(ひばく)量を減らすことにも貢献できたはずだ」と話している。

 福島第一原発の事故で深刻なトラブルを招いた、非常用電源を含む電源喪失について、経済産業省原子力安全・保安院や原子力安全委員会のトップらが過去に、「そうした事態は想定できない」との趣旨の考えを表明しており、事故の想定に甘さがあったことが既に明らかになっている。(金成隆一、岩田誠司)

追記 2

地震と津波の直後に海水を入れるべきだったことを、東京電力自身が認めたに等しい解析が発表されました。

これは、日本経済新聞電子版の記事です。

燃料溶融は地震直後、実態把握に2カ月 福島1号機
2011/5/15 23:33

東電が東日本大震災の5時間後に「メルトダウン」が始まったとの見方を明らかにした(テレビ東京)

 東京電力は福島第1原子力発電所1号機で3月11日の東日本大震災のわずか5時間後に、原子炉圧力容器の底に燃料棒が溶け落ちる「メルトダウン(炉心溶融)」が始まったとの見方を明らかにした。

これまで考えられていたよりも早い段階で深刻な事態に陥っていたことになるが、東電はその後の海水注入で溶け落ちた燃料を冷却できたとしている。

今後2、3号機の解析も急ぐ。

 東電は過酷事故(シビアアクシデント)を再現するソフトなどにより地震発生からメルトダウンに至る過程を解析した。

2カ月以上も溶融の実態をつかめなかったのはデータ不足が最大の原因という。

1号機の電源が長期間失われて中央制御室のコンピューターが動かず、放射線量も高くて作業員がデータを取り出せなかったとしている。

 ただメルトダウンは冷却作業にはほとんど影響しなかったとみる。

まず真水を地震翌日の12日午前5時50分から注入

。午後2時50分に中断したが同午後8時から海水に切り替えて続けた。

温度は順調に低下したという。

 溶け落ちた燃料は圧力容器の底部で大半が水没し徐々に冷えたとしている。

ただ一部は水から露出して過熱し、高温の蒸気が発生して圧力容器上部の温度を押し上げたもようだ。

もし高温のまま格納容器に落ち、水に触れていれば水蒸気爆発が起き大量の放射性物質が拡散した恐れもある。

 実際には大部分の燃料は圧力容器の底で固まったようだ。

棒の状態よりも冷却水に触れる表面積が小さいために冷えにくい。

冷却に余計に時間がかかるとの見方もある。

福島第1原発1号機の炉心の状態変化

日       時    出来事
3月11日

      14時46分    地震発生、原子炉は自動で緊急停止
      15時30分ごろ 津波到達
      18時ごろ    原子炉の水位が低下し、燃料棒の露出が

               始まる
      19時半ごろ   燃料棒が全て露出。燃料の被覆管の損傷

が始まる  
      21時ごろ    燃料の温度が融点のセ氏2800度に達する

12日

      6時50分ごろ  大部分の燃料が圧力容器底部に落下

 炉心が溶けると冷却水に燃料の一部や核分裂生成物が溶け込み、放射性物質の濃度が高い汚染水のもとになる。

周辺の放射線量が上がり、作業を阻む原因にもなる。

 メルトダウンは米国スリーマイル島の原発事故でも起き、「最悪の事態」といわれる。

短時間でこうした事態に陥るのを繰り返さないため、今後、原発の安全設計も再考を迫られる。

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縄文の犬とイスラエルの犬はどこかでつながる?

縄文時代の遺跡から、犬を抱いて葬られた人骨が見つかっています。

縄文時代は、年代でいうと今から約1万6,500年前の紀元前145世紀から約3,000年前の紀元前10世紀です。

イスラエルにある1万2000年前の遺跡から、人と一緒に埋葬された子犬の骨が発見されています。

縄文時代から日本にいると見られるアイヌに、生活文物が古代イスラエルと似るという声があります。

 だからって、犬と一緒の埋葬まで似るとは面白いにもほどある。

 そういえば、日本に残る中東の遺伝子は、いつごろに遡れるのでしょ。

 アイヌと古代イスラエルの生活文物が似ていることを思えば、縄文かしら。

エジプトと日本の、味の好みと宗教の構造の類似から言っても、縄文に遡る可能性は大きいですね。

 吉村作治の話ですね、エジプトと日本の味の好みが似てるって。

 太陽神を中心にした三神、動物神を含む八百万の神が共通。

 問題は、辿った道ね。

アメリカからは縄文土器にあまりに似た土器が出土し、考古学者たちをドキ!っとさせているのです。

そのなかには最近注目を浴びている、ボリビアの古代モホス文明遺跡も入っています。

カナリヤで有名なカナリヤ諸島には、かつて白い人が来たという言い伝えがあり、白い人のミイラが見つかっています。

ボリビアでは、アンデスの東側斜面にあたるユンガス地方でイランやインドの女性を表現したと見える銅製の頭部がでています。

 インド人からインド人に間違えないと断言されて困った人も、いるからね。

 中東のどこかの出身でしょうと、自信たっぷりに聞かれた人もいるし。

チチカカ湖畔からは、古代シュメール文字の一種かもしれない文字が刻まれた石製の大皿が見つかってるのです。

 日本スメル渡来説があるけど、ヨーロッパ・アメリカ経由かもしれない。

少なくともアメリカで出会っていないとは、言いきれないですね。
 
縄文の遺跡から、オオヤマネコの骨が出ています。

オオヤマネコは、ヨーロッパとアメリカのネコなのです。

 アメリカとの繋がりは、縄文を探れば探るほど出てきますね。

秋田犬の血液型パターンがヨーロッパに似ているというのがアメリカ経由なのか、気になるところですけどね。

 あの水が苦手なネコでさえ、ヨーロッパからアメリカを経て日本の可能性あるのでしょ。

オオヤマネコは、縄文人と海を渡ったと見ないと、ヨーロッパからアメリカや日本にいないのです。

 人との付き合いが長いイヌが、縄文人と一緒に来ない方が、不自然だと思うけど。

やはり、縄文人はヨーロッパを経て中東にまで、遡る議論が必要になるのかもです。

アメリカから見つかった、フランスやスペインの様式の鏃と一緒に、アイヌに似た骨が出ています。

そのアイヌに似た骨は、イギリス人の特徴を持っていました。

幕末に日本を訪れたヨーロッパ人の中には、日本にブリティッシュ的な顔がいると言っています。

ストーンサークルも、日本とイギリスから見つかっています。

 ヨーロッパ先住民のケルトと、日本先住民のアイヌ、似ているって比べたことありましたね。

アメリカで見つかったイギリス人に似た古代人骨、連想された人はケルトが多かった土地の人なのですよね。

 そのイギリスでケルトが多かった土地の人が、アイヌに似ている。

イギリスも、日本と似た文化の国ですね。

そのイギリスにも、ブリティッシュイスラエルを本気で考えている人がいますからね。

 縄文の遺跡の犬、イスラエルの遺跡の犬と、関係あるのかしら。

さあ、遺伝子で誰かが比べてくれないことには、どっちともいえないですね。

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日本とスキタイとゲルマンはアーリアでつながるか。

シベリアを征服して太平洋に到達したロシア人は、アイヌ人の風貌がスキタイ人に見えたという議論を立てる人がいます。

 でも、アイヌについては生活文物に古代イスラエルと似ているとの声もある。

一般にスキタイ民族はアーリア系と言われています。

実際は、多くの民族によって構成されていたといいます。

チンギス・ハーンのモンゴル帝国内では、モンゴル族以外にアーリア系白人をはじめ、中国の漢民族、そしてセム系のユダヤ人まで存在していたことが知られています。

騎馬民族は、チュルク系、モンゴル系、スキタイ系などと区分されているが、その境界はあいまいにされています。

それで、当時、スキタイ民族とイスラエル10支族は同盟関係、もしくは合流があったのではないかと推測する研究家がいます。

 じゃあ、セム系のユダヤ人がスキタイにいたから、古代イスラエルに似た生活文物を持つアイヌが、スキタイ人に見えたのかしら。

アイヌを始めてみたヨーロッパ人は、なんで日本にヨーロッパ人種がいるかと、驚いたそうですよ。

 確かに、アイヌに似た古代人骨がアメリカで見つかった時、イギリス人と似ていると思われ、フランスとスペインの様式の鏃が出ていたでしょ。

 そして、幕末の日本に来たヨーロッパ人の中には、ブリティッシュ的な顔がいるとの発言もあった。

 日本に日ユ同祖論があるように、イギリスにはブリティッシュイスラエルという議論がありますよ。

 イギリスは、日本と文化的な類似も多いし、英語に日本語とよく似た単語がいくつもあるという指摘もある。

 そのイギリス人と似ていると言われたのが、アイヌ的古代人骨よ。

スキタイ人は、手が長いのが特徴で、イギリス人は手が長く、スキタイ人の末裔かもしれないとの意見もあるですね。

セム系のユダヤ人がスキタイにいたから、古代イスラエルに似た生活文物を持つアイヌがスキタイ人に見えたなら、ユダヤ人に白人的容貌がいたことになるでしょ。

 スキタイは、アーリア系民族といわれるでしょ。

 ユダヤ人とアーリア系が、スキタイで混ざったとか、有り得ませんか。

選民思想のユダヤ人が、アーリア人と混血してアイヌになった可能性ですか。

アイヌは、縄文人の末裔と見られています。

そして、アイヌをたどるとアメリカ経由でヨーロッパへの道が見えてきました。

秋田美人の美白の謎を追うと、やはり、ヨーロッパが出てきました。

秋田犬や北海道犬のA型が多い血液型に、ヨーロッパとのつながりがみえるです。

さらに、縄文遺跡から出るオオヤマネコの骨までが、アメリカ経由のヨーロッパの道を指し示すのですよ。

 じゃあ、アーリアの血がアイヌに混ざるとしたら、ヨーロッパ。

アジアで主に展開したスキタイで、アイヌにアーリアの血が混ざる可能性は薄いでしょうね。

スキタイ人の中にアーリア系白人がいたから、ヨーロッパ人的容貌のアイヌがスキタイ人に見えたかもしれません。

人種学者のハンス・ギュンターのアーリアン学説では、「アイヌ人はアーリア人であり、日本人はアイヌ人の子孫である。だから日本人はアーリア人である」という議論が立てられていました。

もっとも、この議論はナチスに利用されたので、今ではあまり、触れたがる人がいないようですけど。

 理論は理論として、検証が必要。

そうですよ。

日本人にはゲルマンの血が間違えなく入っていると見る人もいるので、日独親戚論くらいなら立てても良いかもしれません。

 ドイツ人と日本人、気質の類似を言う議論も後を絶たないでしょ。

 ドイツ人も、日本人に親近感を持つ民族の一つですよね。

日本と、イギリスと、ゲルマン人のドイツは、ストーンサークルで繋がるかもしれないですしね。

もし、アーリア人がスキタイとアイヌの共通点と見るなら、アーリア人中東起源説を展開する必要があるかもしれません。

 アイヌの生活文物が、古代イスラエルに似ているからかしら。

アイヌ人の風貌が、一般にアーリア系と言われるスキタイ民族に見えるなら、そうなるでしょ。

アイヌ人はアーリア人という議論が、ナチス派人類学者の戯言と一笑に付すわけにいかなくなるかもしれません。

アーリアン学説自体は、近年になって言語学を初めとする各分野から科学的な反証が行われ、その信憑性を大きく失いつつあるともされますけどね。

明確にアーリアン学説を疑似科学であると厳しく批判する学者が大勢を占めた今日では、半ば棄却された仮説と言えるそうです。

そして今では、「アーリア人」はインドに移住してきたインド・アーリア人、イランに移住してきたイラン・アーリア人およびそれらの祖先のみを指す場合が多いです。

ところが、インド人にインド人と間違えられる日本人がいたり、インドのタミル語に日本語の起源という説が立ったりしています。

現在のイランを中心に栄えたペルシャ的な容貌の、日本人もいます。

中東のどこかという風にみられるのは、ペルシャが中東に大きな勢力を張ったからでしょうね。

さらに、ゲルマンと日本の類似も見える。

それでいて、日本人としての一体感もある。

なぜ、アーリアン学説が生まれたのか、批判的検証をしないで根拠が薄いというだけで頭ごなしに否定していいのですか。

もちろん、過去のアーリアン学説の丸呑みは危険ですけどね

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時空のゆがみはどういう力によるか。

asahi.comに、この記事がありました。

アインシュタインの理論実証 米衛星、時空のゆがみ観測

http://www.asahi.com/science/update/0506/TKY201105060092.html

2011年5月6日14時7分

地球の周りの時空のゆがみとGP―Bの観測のイメージ=米航空宇宙局提供

 質量が存在すると、ボウリングのボールが載ったトランポリンみたいに時間と空間で構成される4次元の「時空」がゆがむ、というアインシュタインの一般相対性理論の予言が、米航空宇宙局(NASA)の人工衛星「GP―B」の観測で確認された。

天才の考えの正しさが改めて実証された。

 NASAの4日の発表によると、遠方の星が見える方角が、1年に9万分の1度ほどの割合で変化していた。

この変化は、地球の自転で発生する時空の渦の効果として理論が予言する量と一致した。

また地球の質量による時空のゆがみによる方角の変化も、理論の予言通りに観測した。

 重力を扱う一般相対性理論は1916年に完成。

重力で光が曲がる「重力レンズ」効果の観測などから正しいと考えられているが、確認の実験が続いている。

76年には精密な原子時計を積んだ探査機GP―Aが、地上より重力の弱い高空では時計が速く進むはずという理論を確かめている。

 同理論は時空のゆがみが光速で伝わる「重力波」の存在も予言しているが、まだ観測されていない。(ワシントン=勝田敏彦)

質量が存在すると、時間と空間で構成される4次元の時空がゆがむとは、どういうことか考えてみましょう。

 質量が存在すると、時間と空間で構成される4次元の時空は押されるということでしょ。

ボウリングのボールが載ったトランポリンみたいにということは、無重力下でボウリングのボールをトランポリンに載せたらどうなるでしょう。

 そもそも、載せるという行為は、上下があるから可能なのでは。

無重力下では、上下は考えなくていいはずですよね。

 無重力状態の宇宙船内部は、全方向に機器が配列できますね。

つまり、上下とは、重力が働く方向と無関係ではないわけですよ。

トランポリンにボーリングのボールを載せると歪むのは、ボールが重力で引かれているからでしょ。

ボールとトランポリンだけを注目すれば、トランポリンのゆがみは、ボールが押しているのか、ボールが押し付けられているのか、区別はつかないはずです。

そして、ボーリングのボールに見立てられた質量は、どこから働きかけている強力な重力でひかれているでしょうか。

 宇宙空間で観測されたわけだから、質量を引いている重力の元は、特定できませんね。

特定以前に、論理的に破綻するでしょ。

 質量は、時間と空間で構成される4次元の「時空」を押していると見ないと、おかしいですねえ。

アインシュタインは、引力と同じ大きさで反対方向に働く宇宙定数がないと、宇宙は潰れると指摘しました。

その後、膨張宇宙論の登場で、宇宙定数の導入は判断を早まったと、思ったようですけどね。

しかし、アインシュタインの主張した時間と空間からなる4次元時空のゆがみは、質量が時空を押しているとみないと辻褄が合わないでしょ。

この、質量が時空を押している現象こそ、引力と同じ大きさで反対方向に働く宇宙定数の正体とみるべきと思いますが、いかがなものでしょう。

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河童と天狗とユダヤ人?

ユダヤ人も、お皿伏せたような帽子です。

これでマント羽織ったら、遠目には河童みたいになるのではと、ふと思いました。

 飛鳥昭雄や三神たけるは、カッバーラが河童の語源といってますね。

人としての河童の正体が、ユダヤとしたら面白いですね。

 カッバーラは、ユダヤ教神秘主義と言われますからね。

日本には、ユダヤの民が来ているという議論がありますからね。

 そういえば、河童と天狗の類似も議論したことがありますね。

天狗は修験に、修験はユダヤの習俗に、姿が似ていると言われますね。

ところが日本には一方で、キリスト教を連想できる事柄も多いです。

 頑なにユダヤ教を守ろうとした人々は、人目を避けて河原や奥深い山里に隠れ住んだのでしょうかね。

河原には、まるで子どものような大きさの四国のガロの仲間である両生類が、各地に住んでいました。

隠れ住んだユダヤ教徒たちは、ガロの仲間たちとわざと見間違えされるように、振る舞っていたという想像も出来そうですね。

だから、ガロとユダヤ教徒の印象はやがて混同されて、私たちが知っている河童の姿ができたのかもしれないです。

 人としての河童は、人里を避けてひっそりと住んだユダヤ人だったのでしょうかね。

やがて彼らも、自らの出自を忘れ、習俗を忘れ、隠れ住む習慣だけが残ったのかもしれないですね。

そしてあるものは、河原者となり、またあるものは、山里で技芸を生業として生きる人々となったのかもしれないですね。

面白いことに、明治天皇の孫の1人は、被差別部落の起源は生贄の習慣を守ろうとしたユダヤ人だという議論を立てています。

 中丸薫ですね。

また、各地で技芸に生き諸国を渡り歩いた人々もまた、ユダヤ教徒であったと主張しています。

 彼らの中から、忍びの者も生まれたのでしょうね。

中丸薫は、そうみているようですね。

人目を忍んで住み、自分たちの仕業と気が付かれないように邪魔者と戦う技能を磨いた隠れユダヤ教徒は、確かに忍びにはうってつけですから。

それに、ちゃんとした生業を持っているから、里の生活にも溶け込めます。

 河童の仲間たちには、技芸者であったという伝承が残っている場合もありますね。

河童と天狗、ユダヤ人が関わっていたかもしれないと考えるのも面白いですね。

 ひょっとして、謎の多い移動性職能集団であるサンカ(山窩・ 山家・山稼)も、隠れ住んでいたユダヤ教徒だったのでしょうかね。

可能性はありえるけど、もっと情報を集める必要がありますね。

(追記)

中丸薫については、いろいろ議論があることは承知しています。

かなりオカルトに傾斜しているので、正直言って取り上げるのは勇気が要りました。

ただ、これまで集めてきた情報と照らして、確実性が大きいと判断し、今回の引用となりました。

逆にどんな著名、有名な学者であろうと、納得いかないと思えば異を唱えさせていただきます。

これからも、先入観を排してて議論を進めていきます。

その点で、時に不快な思いをなさる方もおられるでしょう。

ある意味、議論や論議、論争を仕掛けている側面のあるブログです。

批判は、甘んじて受けさせていただきます。

これからも、意見や情報、よろしくお願いします。

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ブータンと日本を比べてみる。

ブータンの民族衣装は、チベット系住民の民族衣装と規定されています。

 チベットと言えば、日本とともに古代中東の遺伝子が残っているでしょ。

北部や南部には、独自の文化を持つ少数民族の存在が確認されているそうです。

でも、チベット系は多いようですね。

内訳は、こんなふうです。

チベット仏教のドゥク派を信仰しゾンカ語を主要言語とし、西部に居住するチベット系のガロップ族と呼ばれる人々。

チベット仏教の主にニンマ派を信仰しシャチョップカ語とも呼ばれるツァンラ語を母語とし、東部に居住するアッサム地方を出自とする以前はシャーチョップ族と呼ばれ今ではツァンラと名乗る人々。

ヒンドゥー教徒でネパール語を話し、南部に居住するローツァンパと呼ばれる少数だがイスラム教徒も含むネパール系住民。

もっとも、ネパールはインド・アーリア系の民族と、チベット・ミャンマー系民族からなる多民族・多言語国家です。

それで、ブータンの大半はチベット系と見て良いでしょうね。

 だから、チベット系住民の民族衣装がブータンの民族衣装というわけですか。

ブータンは、1989年より日常着として公の場での民族衣装の着用を国民に義務付けた国としても有名です。

公の場とは、ゾンや役所など公的機関、寺院、学校、公式集会、公式行事をその範囲としているが、近年その解釈が厳格になり、現在は自宅以外の場所として認識されています。

ゾンとはブータンには各都市にある建築物で、17世紀にシャブドゥンによって建てられたと言われています。

その当時は城塞として、現在は殆どが各県の県庁兼寺院として使用されています。

17世紀には建築されなかった地方には新たに県庁としてのゾンも建てられています。

それぞれのゾンは、立地条件などに合わせて形が少しずつ違うが、基本構造はほぼ同じです。

僧侶の住居や行政の執務室になる回廊式の外壁が四方を取り囲み、中に石畳の中庭があり、その中央の辺りにウツェと呼ばれる中央塔がそびえています。

そして奥の方に、キュンレイと呼ばれる講堂があります。

ゾンの入口や講堂の壁などには、たくさんの仏画が描かれています。

民族衣装の着用には、違反した場合の罰則規定もあります。

警察・軍などの制服職、外国人、ネパール系住民、固有の衣装を持つ少数民族はその限りではないが、無用のトラブルを避けるため着用せざるを得ない人も多いです。

公務員は職務中、いずれの民族であれ民族衣装着用が義務付けられます。

ブータン人は着道楽とも言われ、余裕のある人々は衣装や装飾品に糸目をつけないことでも知られます。

近年日常着としての機械織りも普及してきたが、伝統的な手織りの織物は現在でも珍重されています。

男性用はゴ、女性用はキラと呼ばれます。

ゴはチベットの民族衣装チュバ、日本の丹前やどてらなどとも形状が類似しています。

このため、日本では呉服もしくは和服とゴの起源を言葉の類似から同一視する説もあります。

呉服や和服と起源を同一視する議論に対しては、ゴの起源は中央アジアだとされ、呉服の名称はくれはとりからできたから、偶然に過ぎないと退ける意見も根強いようです。

ゴの着用時は体の正面で布を合わせ、たくし上げた状態で帯をきつく締めるため、胴回りに空間ができます。

携帯品は、この胴回りにできる空間に収めるのです。

呉服という呼び方は、和服そのものを指す語としては和服や着物に比べ使用頻度は低いが、和服を扱う店は呉服屋と呼ばれることが多いです。

元々は絹製品を呉服、綿製品は太物(ふともの)と称し、昔は扱う店も別だったです。

呉服の語源は、中国が三国時代のときに呉の織物や着物の縫製方法が日本に伝わったことにあるとされます。

三国時代は、中国の時代区分の一つで、広義では184年の黄巾の乱の蜂起による漢朝の動揺から、西晋による280年の中国再統一まで、狭義では220年の後漢滅亡を指します。

呉は、222年から280年まで存続していた、中国の三国時代に孫権が長江流域に建てた王朝です。

 長江流域といえば、日本文化との関連が注目される地域ね。

そして、チベットは長江の源流です。

 呉の西隣の蜀も、日本との関連が考えられる地域ね。

そうなると、チベットから、蜀を経て呉、さらに日本へと連なる流れが見えそうですね。

 単なる偶然と見る方が、かえって間違えという展開になりそうね。

当然、繋がりを考える方向に向かうでしょうね。

女性のキラも、男性のゴと合わせれば、さらに着方が似てくるのです。

正装の場合、ゴの上にカムニと呼ばれるスカーフをまといます。

スカーフの色は身分によって分かれており、一般市民は白、大臣クラスで濃いオレンジ、国王はサフラン色と決められています。

キラは3枚の布を繋ぎ合わせた大きな布を巻衣の状態で、肩の部分をコマという留め具で固定する形で着用します。

ゴやキラは織物で有名なクルテ地方、タシガン地方、カリンなどの東部で生産されるキシュタラ、メンチマタ、ルンセルマなどの絹織物を使って作られます。

野生絹のブラを使った織物も、有名ですね。

絹製品という共通点がゴと呉服にはあることを思えば、形も似ている以上偶然ではすまされないかも。

ゴやキラは、祭の晴れ着などを有名産地や織り子にこだわって個人的にオーダーする人も多いです。

寒冷なブムタン地方では、ヤタと呼ばれる毛織物も有名です。

北西部のラヤ・ルナナの遊牧民や南部のロプといった少数民族は、固有の民族衣装を持っています。

民族衣装着用規定はこれらの民族衣装の着用を認めているが、自身の民族衣装を恥ずかしく感じる場合も多く、町に出てくる際はゴやキラの着用を好みます。

ブータンの主食は米で、特に赤米を好みます。

平均的な男性で、一日に1kgの米を食べると言われています。

調理は、茹でてから蒸す湯取り法です。

 日本でも赤飯にする餅米は湯取法であることを思えば、興味深いね。

標高の高いブムタン地方では蕎麦栽培も盛んだが、古い時代から低地のモンガル地方との関係を持ち、米食を維持しています。

ちなみにブータンでは、プタと呼ばれる心太のような作り方の押し出し麺が郷土食として有名です。

蕎麦粉はまた、クルワと呼ばれるパンケーキにもなり、これもブータンの郷土食です。

ブータンは日本と同じ照葉樹林帯に属し、キノコ(シャモ)も主要な食材です。

日本人が珍重するマツタケ(サンゲシャモ)も手に入るが、香りが薄く輸入量は少ないです。

ブータン料理で特筆すべきは、エマと呼ばれるトウガラシの多用です。

世界で一番辛い料理だと、表現されることもあります。

エマは、香辛料ではなく野菜として大量に食べるのです。

外国人が辛さに弱いことをブータン人は理解しており、観光客用の食事は辛さを抑えたものとなっているのが普通です。

また、乳製品も豊富に使われ、カッテージチーズに近いダツィやバターも多用されます。

代表的な料理は、エマダツィ(トウガラシとチーズの煮込み)、ケワダツィ(ジャガイモとトウガラシの煮込み)、パクシャ・パー(豚肉とトウガラシの煮込み)、イズィ(トウガラシとチーズを和えたサラダ)、モモ(チベット風餃子)など。

茶請け菓子としては、ザウ(いり米)、シプ(米をつぶして乾燥させたもの)、ゲザシプ(トウモロコシをつぶして乾燥させたもの)などがあり、バター茶やミルクティーとともに愛好されます。

このような食文化は遊牧民的な生活スタイルと、農耕民的な生活スタイルが融合したものだと考える学者もいます。

 遊牧民的な生活スタイルと、農耕民的な生活スタイルが融合ですか。

 蜀を、エジプトや古代イスラエルと比較したことを思うと、間に挟まれたブータンは興味深いですね。

ブータン弓術は、正式名をダツェ(mda' rtsed)と称し、国技として人気の高い競技です。

遊牧民文化を持つと見られるブータンと弓術、日本との繋がりを考えると面白いですよ。

魏志東夷伝倭人条は、いわゆる魏志倭人伝の正式名称です。

この「夷」を大きく手を広げて弓を構える姿と見たことがあるが、日本との関連が深そうなブータンの国技とされる弓術を合わせるとぴったりでしょ。

ブータン独自の体技が、ブータン相撲として知られています。

ブータン人の多くがチベット系であり、チベットが日本とともに古代中東の遺伝子を多く残すことと、ブータン相撲を合わせて考えると、民族衣装のゴと呉服の類似は偶然では済まされなくなるかも。

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