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安全は偶像崇拝の対象ではありえない。

安全神話を、日本人は根拠もなく求めたがっていたと、2011年の福島第一原子力発電所の事故でしきりに話題になっています。

けれど、本当の安全は、危険がどこにあるか、危険が現実になったら何が起こるか、ここに真正面から向き合うことで、得られるものなのですね。

例えば、包丁や工具は、一歩取り扱いを間違えたり、悪用したら、非常に危ないものになるわけです。

だから、どう扱えば安全かを、誰かが手本を見せて教えるわけですよ。

 包丁でいえば、猫の手とか、ですね。

鋸にしても、安全で失敗の少ない抑え方や、引き方を体験させながら教えるわけですよ。

子どもたちも、昔は、地域の大人たちとか、子ども集団の中で先輩たちから教わってきたのです。

 スリルも楽しむけれど、安全に気を付けるから、面白いのであって、単なる無謀は怖いだけで面白くない。

川で飛び込みをして遊んだ子どもたちも、地方には結構いるわけです。

 でも、いきなり高いところから飛び込ませたりしない。

飛び込んでも頭を打ったり、足を痛めないようなところを、先輩から伝えられているのですね。

 そういうところで経験を積みながら、少しずつ高いところに移っていく。

どこに危険があるか、どんな危険か知っているから、仮に事故があっても最低限に抑える知恵も働いたわけですね。

それとか、過去の経験を伝えるために危ないところはあまり行きたくないような、あるいは住みたくないような、名前を付けたりもしてきたのですよ。

 さわらぬ神に祟りなし、とかでしょ。

 でも、臭いものに蓋、なんて言い回しもある。

直視したら、とてもじゃないけどやっていられない事柄も、あったわけですね。

ただ、臭いものは腐敗しているもの、撒き散らしたら危ない雑菌などもあるわけです。

だから本来は、臭いものに蓋というのは、危険を遠ざける、危険を表面化させない、ための安全確保のための知恵であったわけですよ。

ところがいつの間にか、都合の悪い事実を直視しない、都合の悪い事実から目をそらす、そういう行動が臭いものに蓋の意味になってしまった。

 もともと、臭いものに蓋には、いったん取り掛かったらとてもじゃないけど手におえないことから目をそらすと言った意味もあったでしょ。

撒き散らしたら危ない雑菌のようなものが、撒き散らされたら、とてもじゃないけど手におえないでしょ。

 それが、だんだん比喩に使われていくうちに、意味がそれていってしまったのでしょうかねえ。

さわらぬ神に祟りなしというのも、もともとは、「触れない」という意味の「さわらぬ」ではないはずですよね。

ここでいう「さわらぬ」とは、「障らぬ」、つまり、邪魔しないとか、機嫌を損ねないとか、言うことではなかったでしょうか。

 つまり、障らぬ神に祟りなし、だった。

神は、正しく敬い、正しく畏れるなら、安全なわけですよ。

 それには、神が定められたことに従う必要がある。

どうやったら危ないか、どうやったら安全か、どうなったら危ないか、どうなったら安全か、それをちゃんと知り、それをちゃんと守ってこそ、危険は避けられるわけですね。

 ちゃんと守り、ちゃんと従えば、危険は避けられる、安全を手に入れられる、そういう確かな知恵と知識を神の定めたものとして、古来伝えてきた。

つまり、安全は神話で守れるけれど、安全を神話にしてはいけないわけですよ。

 私の他を神としてはいけないという、十戒の第一の項目みたいですね。

 安全は、神を正しく敬い恐れることで、保障される。

 安全は神に従ってこそ、得られる。

私は妬み深い神であると、聖書にもありますよね。

 それを、安全を神として崇める過ちを犯してしまった。

言ってみれば、安全を偶像化したということでしょ。

安全という偶像を祀った神殿が、たまたま原子力発電所になってしまったので、神は自然を使って原子力発電所を壊して人を罰した形になってしまったのが、今回の事故でしょうね。

 避難が長期化して、生活再建の目途が立たなくなっている方々は、気の毒ですよね。

もちろん私も、避難を余儀なくされた方々は、きちんとした保証と賠償を受けられる権利があると思いますよ。

悔い改めて、偶像の神殿と化した原子力発電所を潔く廃止しようとしなかった罰が、今の混迷に繋がっているということでしょう。

 地震と津波で原子力発電所が被災した後、速やかに廃炉を決断して、海水を入れるべきだった。

それは、塩と水で二重に穢れを清める行為でもあったけれど、科学的にも理にかなった対応だったはずです。

神が非科学の権化であったなら、とっくの昔に人々は神を見限っていたでしょうね。

しかし、神とは現世をありのままに見つめて得られた知恵と知識の権化なのですよ。

だから、神の教えと導きに、昔から多くの人が従ってきたのです。

神が非科学だったのではなく、人々の無知と無理解と誤解と偏見が、神を非科学に変質させてきたと言えるでしょう。

 さらに、目先の欲望を神の諭しの上に置く過ちも、でしょ。

確かに。

追記 1

誤った安全神話は、さらなる誤った判断へ導きました。

週刊新潮2011年4月14日号に次いで、朝日新聞も目を疑いたくなる事実を報じたのです。

廃棄された原発無人ロボット 東電など「活用場面ない」

2011年5月14日15時0分

実用化されなかった遠隔操作ロボット「スワン」。

今は仙台市科学館の隅に展示されている。

アーム先端の「手」を取り換えることで複数の作業ができた。

奥にあるのがモニター画面付きの遠隔操作盤=4月16日

 原発事故での使用を想定し、国の予算30億円で開発・製造された遠隔操作ロボットが、東京電力などが「活用場面はほとんどない」と判断したために実用化されなかったことが分かった。

だが、福島第一原発の事故では、人が入れないほど放射線量が高い場所での作業に米国製ロボットが投入される事態に。

事故の想定の甘さが、ロボット開発でも浮き彫りになった。

 遠隔操作ロボットをめぐっては、1999年に茨城県東海村で起きた「ジェー・シー・オー(JCO)」の臨界事故を受け、当時の通商産業省が同年度にロボットの開発費として30億円の補正予算を計上。

開発事業を受注した日立製作所、三菱重工業、東芝など4社は2001年に計6台のロボットを製造した。

だが、電力会社などからの配備希望がなかったという。

 その後、東京電力、関西電力の原子力担当幹部や、原子力開発関連の国の外郭団体幹部など5人で構成される実用化評価検討会は02年12月、「高放射線下の災害現場の状況調査・監視などの作業には使用が想定される」としつつ、人に比べて歩行速度が遅く、移動可能距離が短いことなどを指摘。災害現場では人が作業できるエリアは必ず確保されており、人が現場で作業を行うことは十分可能として、「原発などの災害で活用する場面はほとんどない」と結論づけた。

この結果、不要とされた6台は06年3月、廃棄処分となった後、一部は東北大に引き取られた。

そのうち1台が現在も仙台市科学館で展示されている。

 東電の福島第一原発では運転中だった各原子炉が、3月11日の地震後に全電源を喪失し、原子炉が冷却できなくなった。

1、3号機は水素爆発を起こし、原子炉建屋の上部が吹き飛んだ。これらの事故で同建屋内は放射線量が高くなり、作業員が入れなくなった。

このため、東電は地震から1カ月以上たった4月17日、原子炉建屋内の放射線量などの測定に米国製の遠隔操作ロボットを投入した。

また、文部科学省所管の財団法人が予算約2億円で開発した、放射線量などを測るロボット2台も原発に運び込まれたが、散乱するがれきなどに阻まれ、まだ使えていないという。

 JCO事故後のロボット開発を推進していた製造科学技術センター調査研究部の間野隆久氏は、「万一の事故に備えた態勢づくりが必要とのコンセンサスはあったが、肝心の電力会社に『原発で事故は起きないのだからロボットは不要』という考え方が根強かった」と指摘した。

田所諭・東北大教授(ロボット工学)は、「当時、わずか半年で既存の技術を集めただけで一定水準のロボットができた。実用化されていれば、その後の10年間でさらに性能は上がり、今回の事故で作業員の負担を減らし、被曝(ひばく)量を減らすことにも貢献できたはずだ」と話している。

 福島第一原発の事故で深刻なトラブルを招いた、非常用電源を含む電源喪失について、経済産業省原子力安全・保安院や原子力安全委員会のトップらが過去に、「そうした事態は想定できない」との趣旨の考えを表明しており、事故の想定に甘さがあったことが既に明らかになっている。(金成隆一、岩田誠司)

追記 2

地震と津波の直後に海水を入れるべきだったことを、東京電力自身が認めたに等しい解析が発表されました。

これは、日本経済新聞電子版の記事です。

燃料溶融は地震直後、実態把握に2カ月 福島1号機
2011/5/15 23:33

東電が東日本大震災の5時間後に「メルトダウン」が始まったとの見方を明らかにした(テレビ東京)

 東京電力は福島第1原子力発電所1号機で3月11日の東日本大震災のわずか5時間後に、原子炉圧力容器の底に燃料棒が溶け落ちる「メルトダウン(炉心溶融)」が始まったとの見方を明らかにした。

これまで考えられていたよりも早い段階で深刻な事態に陥っていたことになるが、東電はその後の海水注入で溶け落ちた燃料を冷却できたとしている。

今後2、3号機の解析も急ぐ。

 東電は過酷事故(シビアアクシデント)を再現するソフトなどにより地震発生からメルトダウンに至る過程を解析した。

2カ月以上も溶融の実態をつかめなかったのはデータ不足が最大の原因という。

1号機の電源が長期間失われて中央制御室のコンピューターが動かず、放射線量も高くて作業員がデータを取り出せなかったとしている。

 ただメルトダウンは冷却作業にはほとんど影響しなかったとみる。

まず真水を地震翌日の12日午前5時50分から注入

。午後2時50分に中断したが同午後8時から海水に切り替えて続けた。

温度は順調に低下したという。

 溶け落ちた燃料は圧力容器の底部で大半が水没し徐々に冷えたとしている。

ただ一部は水から露出して過熱し、高温の蒸気が発生して圧力容器上部の温度を押し上げたもようだ。

もし高温のまま格納容器に落ち、水に触れていれば水蒸気爆発が起き大量の放射性物質が拡散した恐れもある。

 実際には大部分の燃料は圧力容器の底で固まったようだ。

棒の状態よりも冷却水に触れる表面積が小さいために冷えにくい。

冷却に余計に時間がかかるとの見方もある。

福島第1原発1号機の炉心の状態変化

日       時    出来事
3月11日

      14時46分    地震発生、原子炉は自動で緊急停止
      15時30分ごろ 津波到達
      18時ごろ    原子炉の水位が低下し、燃料棒の露出が

               始まる
      19時半ごろ   燃料棒が全て露出。燃料の被覆管の損傷

が始まる  
      21時ごろ    燃料の温度が融点のセ氏2800度に達する

12日

      6時50分ごろ  大部分の燃料が圧力容器底部に落下

 炉心が溶けると冷却水に燃料の一部や核分裂生成物が溶け込み、放射性物質の濃度が高い汚染水のもとになる。

周辺の放射線量が上がり、作業を阻む原因にもなる。

 メルトダウンは米国スリーマイル島の原発事故でも起き、「最悪の事態」といわれる。

短時間でこうした事態に陥るのを繰り返さないため、今後、原発の安全設計も再考を迫られる。

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