ブータンと日本を比べてみる。
ブータンの民族衣装は、チベット系住民の民族衣装と規定されています。
チベットと言えば、日本とともに古代中東の遺伝子が残っているでしょ。
北部や南部には、独自の文化を持つ少数民族の存在が確認されているそうです。
でも、チベット系は多いようですね。
内訳は、こんなふうです。
チベット仏教のドゥク派を信仰しゾンカ語を主要言語とし、西部に居住するチベット系のガロップ族と呼ばれる人々。
チベット仏教の主にニンマ派を信仰しシャチョップカ語とも呼ばれるツァンラ語を母語とし、東部に居住するアッサム地方を出自とする以前はシャーチョップ族と呼ばれ今ではツァンラと名乗る人々。
ヒンドゥー教徒でネパール語を話し、南部に居住するローツァンパと呼ばれる少数だがイスラム教徒も含むネパール系住民。
もっとも、ネパールはインド・アーリア系の民族と、チベット・ミャンマー系民族からなる多民族・多言語国家です。
それで、ブータンの大半はチベット系と見て良いでしょうね。
だから、チベット系住民の民族衣装がブータンの民族衣装というわけですか。
ブータンは、1989年より日常着として公の場での民族衣装の着用を国民に義務付けた国としても有名です。
公の場とは、ゾンや役所など公的機関、寺院、学校、公式集会、公式行事をその範囲としているが、近年その解釈が厳格になり、現在は自宅以外の場所として認識されています。
ゾンとはブータンには各都市にある建築物で、17世紀にシャブドゥンによって建てられたと言われています。
その当時は城塞として、現在は殆どが各県の県庁兼寺院として使用されています。
17世紀には建築されなかった地方には新たに県庁としてのゾンも建てられています。
それぞれのゾンは、立地条件などに合わせて形が少しずつ違うが、基本構造はほぼ同じです。
僧侶の住居や行政の執務室になる回廊式の外壁が四方を取り囲み、中に石畳の中庭があり、その中央の辺りにウツェと呼ばれる中央塔がそびえています。
そして奥の方に、キュンレイと呼ばれる講堂があります。
ゾンの入口や講堂の壁などには、たくさんの仏画が描かれています。
民族衣装の着用には、違反した場合の罰則規定もあります。
警察・軍などの制服職、外国人、ネパール系住民、固有の衣装を持つ少数民族はその限りではないが、無用のトラブルを避けるため着用せざるを得ない人も多いです。
公務員は職務中、いずれの民族であれ民族衣装着用が義務付けられます。
ブータン人は着道楽とも言われ、余裕のある人々は衣装や装飾品に糸目をつけないことでも知られます。
近年日常着としての機械織りも普及してきたが、伝統的な手織りの織物は現在でも珍重されています。
男性用はゴ、女性用はキラと呼ばれます。
ゴはチベットの民族衣装チュバ、日本の丹前やどてらなどとも形状が類似しています。
このため、日本では呉服もしくは和服とゴの起源を言葉の類似から同一視する説もあります。
呉服や和服と起源を同一視する議論に対しては、ゴの起源は中央アジアだとされ、呉服の名称はくれはとりからできたから、偶然に過ぎないと退ける意見も根強いようです。
ゴの着用時は体の正面で布を合わせ、たくし上げた状態で帯をきつく締めるため、胴回りに空間ができます。
携帯品は、この胴回りにできる空間に収めるのです。
呉服という呼び方は、和服そのものを指す語としては和服や着物に比べ使用頻度は低いが、和服を扱う店は呉服屋と呼ばれることが多いです。
元々は絹製品を呉服、綿製品は太物(ふともの)と称し、昔は扱う店も別だったです。
呉服の語源は、中国が三国時代のときに呉の織物や着物の縫製方法が日本に伝わったことにあるとされます。
三国時代は、中国の時代区分の一つで、広義では184年の黄巾の乱の蜂起による漢朝の動揺から、西晋による280年の中国再統一まで、狭義では220年の後漢滅亡を指します。
呉は、222年から280年まで存続していた、中国の三国時代に孫権が長江流域に建てた王朝です。
長江流域といえば、日本文化との関連が注目される地域ね。
そして、チベットは長江の源流です。
呉の西隣の蜀も、日本との関連が考えられる地域ね。
そうなると、チベットから、蜀を経て呉、さらに日本へと連なる流れが見えそうですね。
単なる偶然と見る方が、かえって間違えという展開になりそうね。
当然、繋がりを考える方向に向かうでしょうね。
女性のキラも、男性のゴと合わせれば、さらに着方が似てくるのです。
正装の場合、ゴの上にカムニと呼ばれるスカーフをまといます。
スカーフの色は身分によって分かれており、一般市民は白、大臣クラスで濃いオレンジ、国王はサフラン色と決められています。
キラは3枚の布を繋ぎ合わせた大きな布を巻衣の状態で、肩の部分をコマという留め具で固定する形で着用します。
ゴやキラは織物で有名なクルテ地方、タシガン地方、カリンなどの東部で生産されるキシュタラ、メンチマタ、ルンセルマなどの絹織物を使って作られます。
野生絹のブラを使った織物も、有名ですね。
絹製品という共通点がゴと呉服にはあることを思えば、形も似ている以上偶然ではすまされないかも。
ゴやキラは、祭の晴れ着などを有名産地や織り子にこだわって個人的にオーダーする人も多いです。
寒冷なブムタン地方では、ヤタと呼ばれる毛織物も有名です。
北西部のラヤ・ルナナの遊牧民や南部のロプといった少数民族は、固有の民族衣装を持っています。
民族衣装着用規定はこれらの民族衣装の着用を認めているが、自身の民族衣装を恥ずかしく感じる場合も多く、町に出てくる際はゴやキラの着用を好みます。
ブータンの主食は米で、特に赤米を好みます。
平均的な男性で、一日に1kgの米を食べると言われています。
調理は、茹でてから蒸す湯取り法です。
日本でも赤飯にする餅米は湯取法であることを思えば、興味深いね。
標高の高いブムタン地方では蕎麦栽培も盛んだが、古い時代から低地のモンガル地方との関係を持ち、米食を維持しています。
ちなみにブータンでは、プタと呼ばれる心太のような作り方の押し出し麺が郷土食として有名です。
蕎麦粉はまた、クルワと呼ばれるパンケーキにもなり、これもブータンの郷土食です。
ブータンは日本と同じ照葉樹林帯に属し、キノコ(シャモ)も主要な食材です。
日本人が珍重するマツタケ(サンゲシャモ)も手に入るが、香りが薄く輸入量は少ないです。
ブータン料理で特筆すべきは、エマと呼ばれるトウガラシの多用です。
世界で一番辛い料理だと、表現されることもあります。
エマは、香辛料ではなく野菜として大量に食べるのです。
外国人が辛さに弱いことをブータン人は理解しており、観光客用の食事は辛さを抑えたものとなっているのが普通です。
また、乳製品も豊富に使われ、カッテージチーズに近いダツィやバターも多用されます。
代表的な料理は、エマダツィ(トウガラシとチーズの煮込み)、ケワダツィ(ジャガイモとトウガラシの煮込み)、パクシャ・パー(豚肉とトウガラシの煮込み)、イズィ(トウガラシとチーズを和えたサラダ)、モモ(チベット風餃子)など。
茶請け菓子としては、ザウ(いり米)、シプ(米をつぶして乾燥させたもの)、ゲザシプ(トウモロコシをつぶして乾燥させたもの)などがあり、バター茶やミルクティーとともに愛好されます。
このような食文化は遊牧民的な生活スタイルと、農耕民的な生活スタイルが融合したものだと考える学者もいます。
遊牧民的な生活スタイルと、農耕民的な生活スタイルが融合ですか。
蜀を、エジプトや古代イスラエルと比較したことを思うと、間に挟まれたブータンは興味深いですね。
ブータン弓術は、正式名をダツェ(mda' rtsed)と称し、国技として人気の高い競技です。
遊牧民文化を持つと見られるブータンと弓術、日本との繋がりを考えると面白いですよ。
魏志東夷伝倭人条は、いわゆる魏志倭人伝の正式名称です。
この「夷」を大きく手を広げて弓を構える姿と見たことがあるが、日本との関連が深そうなブータンの国技とされる弓術を合わせるとぴったりでしょ。
ブータン独自の体技が、ブータン相撲として知られています。
ブータン人の多くがチベット系であり、チベットが日本とともに古代中東の遺伝子を多く残すことと、ブータン相撲を合わせて考えると、民族衣装のゴと呉服の類似は偶然では済まされなくなるかも。
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