« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »

2011年6月

犬の癒し、猫の癒し。

犬は、心を解き放つが故に、人が嵌るのでしょう。

解き放った心の中で、犬を思い切り走らせる。

たとえば散歩をしなかった人が、犬が来ると外出するようになることって多いのではないでしょうか。

心の中にあった、これもしたい、あれもしたいという想いが、犬によって引き出される。

犬によって、自分がいつの間にか大きくなったという感覚が無意識のうちにもたらされる。

犬はどんなときも、自分の可能性を広げてくれるかけがえのない存在にいつの間にかなっている。

犬の癒しは開放感、心に生えた翼のような存在。

だから、人は犬を失うと体の一部を失った気がするのでしょう。

猫は、心の隙間に住みつくが故に、人が嵌るのでしょう。

入り込んだ心の隙間の中で、猫は気ままに振る舞う。

たとえば頑固な人が、猫を知ると前よりいつの間にか不思議と寛容になることって多いのではないでしょうか。

心の中にあった、全てを自分が決めることに疲れたという想いが、猫によって引き出される。

猫によって、自分で何もかも決めなくたっていいじゃないかという感覚が無意識のうちにもたらされる。

猫はどんなときも、自分の心に重荷が来ないようにしてくれるかけがいのない存在にいつの間にかなっている。

猫の癒しは脱力感、心のど真ん中のつっかえ棒のような存在。

だから、人は猫を失うと心に大きな穴が開いた気がするのでしょう。

そんな気がするのです。

こういう見方は、変でしょうか。


| | コメント (2) | トラックバック (0)

麩は日本のクルトン?

フランスパンに似た形の麩が、宮城県北部の登米地方に昔から伝わる食材にありました。

油麩という、小麦粉のたんぱく質成分のグルテンを、油で揚げて作ったあげ麩です。

 仙台麩も、油麩と呼ばれているよ。

 宮城県で、広く知られているのかしらね。

仙台麩は、旧仙台藩地域で食されている、油で揚げた麩のことですね。

旧仙台藩北部の北上川水系中流域にあたる岩手県の両磐地域から宮城県登米市にかけて、分布しているようです。

 フランスパンに似た麩と言えば、北陸や沖縄の車麩もそうでしたね。

一口に油麩と言っても、使っている原料、油、そして作り方によって、味、形、色、食感が違うといいます。

一般的な油麩は、長さが25~26cm、直径が5cmぐらいの、フランスパンのような形をしています。

さらに、切り口は穴がない分、車麩よりさらにフランスパンに似ています。

車麩同様、輪切りにして使います。

ポピュラーな使い方は、味噌汁、そばやうどんの汁の具、煮物、なす炒り、油麩丼などだそうです。

煮過ぎてくったりしない方がおいしいというから、クルトンにどことなく似ています。

クルトンは、サイコロ状に切ったパンをもう一度焼き上げたり、バターや油で炒めたり揚げたりしたものです。

 こうやってみると、麩はパンに食べ方が似てますね。

熱い車麩にバターを塗ると、おいしいとお店の人が言っていました。

クルトンは、硬くなったパンを使うのが一般的です。

そもそも、クルトンの語源はパンの外側の固い部分などを意味するフランス語のクルート(croûte)です。

ちなみに、パンをクルトンよりも細かく粉状にして乾燥させたものをパン粉と呼び、フライやトンカツの衣やハンバーグや肉団子のつなぎなどに用いますよ。

クルトンは、ゴマをまぶしたり塩、香辛料、ハーブなどで味を付けることもあります。

油麩も揚げてあるし、使っている材料で味が違うというところが面白いです。

 東日本とフランスの類似、奥が深そうね。

東北弁も、フランス語と響きが良く似てます。

クルトンは、主にシーザーサラダを代表とするサラダのトッピングやスープの浮き実に使われます。

 味噌汁とか、蕎麦や饂飩の汁の具というあたり、スープの浮き実に近いね。

 パスタにも、スープパスタとかあるし。

パスタにクルトンは、聞かないですよ。

 でも、麩の食感、どこか肉に似てない。

世界的に見ても、揚げた麩を肉に模した代用食品として使われることがあります。

そういえば、クルトンは、ローストチキンなどの詰め物をつくるのにもしばしば用いられます。

 クルトンも炒めたり揚げたりするから、肉の増量に使っているのかしら。

パンと肉の食感は、どことなく似ているのは確かですね。

 そうなると、蕎麦や饂飩の具としての油麩も肉の代用品の可能性、ありそうね。

油麩にだし汁をしみこませ、卵でとじてご飯にのせたのが油麩丼です。

油麩の産地である登米地方で、以前から親しまれてきた家庭料理です。

 以前からって、何時頃かしら。

そこは、気になりますね。

宮城県登米市では油麩丼と呼ばれるが、他の地域では仙台麩丼と呼ばれるそうです。

1980年代に生まれたとされるが、詳細な発祥時期は不明といいます。

現在、登米市の一部になっている宮城県登米郡登米町にある店において、肉を食べられない人のためにカツ丼あるいは親子丼の代わりとして提供し始めたのが最初とされます。

その後、登米町の一般家庭にも浸透していったようですね。

カツ丼のカツの代わりに油麩とも呼ばれる仙台麩を使うところ以外は基本的にカツ丼と作り方が同じであるが、油麩がカツより水分を多く吸収するため、だし汁を多めに使用します。

麩には味がしみわたり、歯ごたえを残しつつ熱々のご飯にしっとり絡みます。

登米地方の油麩丼は食感や見た目から、まるでカツ丼のような趣もあります。

 肉に似た食感の油麩を、卵でとじる。

 洋食で肉と卵と言えば、ベーコンエッグ。

 その昔、反対派から卵を投げつけられたベーコンという人が、平然として一言。

 「ベーコンにエッグはつきもの」

 よっぽど、ベーコンエッグは、一般的なのね。

 詳しい話は、忘れたけど...。

クルトンがサラダにトッピング、カリカリした食感は、どことなくベーコンを連想しますね。

 ベーコンに食感が似たクルトンを、サラダをさっぱりさせたいから使うのかしら。

サラダは本来、和え物ですからね。

ドレッシングをクルトンに適度に吸わせる狙いも、あるかも。

 そういえば、麩も和え物がありますね。

麩の食文化、もっと調べるとさらにフランスが見えてきそうですね。

 東北の食文化、比べると面白そう。

もっと、情報集めてみたいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

伝統土木工法から中東が見える?

今、被災地の治水とガレキ処理が一気に進む技術として、吉工園の開発したブランチブロック工法が注目されています。

ブランチ(branc)hとは、枝、支流、支店、支線、分岐、などの意味、ブロック(block)とは塊などの意味します。

ブランチブロック(branchblock)とは、枝分かれした塊のことなのです。

 ブランチブロックは、論理を組み立てる場合も使いますね。

吉工園の開発したブランチブロック工法は、量産されたブランチブロックを組み上げて自然石を間に入れていくのです。

 この自然石を用いることが、今注目される理由の一つでしょ。

被災地には処分に困るほど、大量なガレキがあります。

今、沿岸被災地の多くは地盤沈下に悩む一方で、大量のガレキにも苦しんでいます。

ブランチブロック工法とは、RC2次製品「ブランチブロック」と自然石を用いて河川護岸、盛土擁壁、河川護床を構築する工法です。

RCとは、Reinforced-Concreteの略で、直訳すると「補強されたコンクリート」です。

つまり、RC構造とは、コンクリートを鉄筋で補強した構造、つまり鉄筋コンクリートのことです。

元々はヨーロッパの植木職人が植木鉢を作るときに、針金で補強したのが最初だと言われています。

そして、今注目のブランチブロックを用いた工法もまた、造園業者によって生み出されたのです。

治水とガレキ処理の両立が、本質的に可能なブランチブロック工法は、今回の大災害で活躍が大いに期待されます。

むしろ、従来の近代工法に政府がこだわるならその方が問題でしょう。

なぜなら、地元の土木や園芸の業者を大量動員して一気に仕上げることが容易な工法だからです。

 ブランチブロックさえ、納期に間に合えばいい。

費用対効果からいっても、採用しない選択の方がありえないと見えますが、いかがでしょう。

今回注目したのは、ブランチブロックで用いられた工法なのです。

 枝分かれしたブロックと自然石と言えば、日本にも聖牛(せいぎゅう)という伝統的な土木工法があるでしょ。

これらの伝統的土木工法も、長い歴史に耐え試されずみの手法です。

 しかも、適度な隙間ができるので、自然にも馴染みやすい。

単なるコンクリート護岸では、木や草が生えると脆くなっていきます。

伝統的土木工法は、自然に馴染むほど、強度が増すのです。

その上、伝統的土木工法は地面を近代的土木工法ほど神経質に均したりしない。

だが、木組みには熟練の技が求められ、短期に大規模な工事を行うには向いていませんでした。

その点、工業的に量産されたブランチブロックなら、工期の短縮は十分に容易でしょう。

伝統的土木工法は、大量の自然石を用いるので、大量にあるガレキの不規則な形はむしろ好都合なのです。

伝統的土木工法に用いられる聖牛は、牛類の一種です。

三角錐に木を組み合わせた形状で、その形が牛の角に似ていることから、聖牛と名付けられたと言われるといいます。

聖牛は主に、急流河川における水衝部に複数個配置されました。

減勢効果、導流効果が期待される透過性の水制です。

水制とは、水の流れを変えたり、勢いを弱めるために設置される河川構造物のことです。

聖牛は、川の流れを変えるために用いられる工法で、特に、河川の上流部から中流部の瀬替え、取水堰周辺、河岸部の保護に利用しました。

聖牛は、その大きさにより、大聖牛、中聖牛などがあります。

地域によっては、聖牛を「川倉(かわくら)」と呼ぶところもあります。

 たとえば山梨市では、以前は聖牛というより、「川倉」の名称で親しまれてきた。

明治初期の土木工法を記した「土木工要録」によると、川倉は大聖牛より小ぶりというから中聖牛の別名と見ても良いでしょう。

特に小河川での流れを変える時に用いられるのが、材木を四角錐に組んだ菱牛(ひしうし)です。

さらに、枠を用いることから枠類と呼ばれる構造物があります。

片枠(かたわく)は、木枠の中に玉石を入れた工法です。

河岸等の浸食を防ぐために用いられたものです。

沈枠(しずみわく)は、陸上で木枠を組み立てて、施工場所に運び、詰め石をして水中に沈める工法です。

このため沈枠と名付けられたと言われ、牛類と組み合わせて河岸部の保護などに用いるほか、水制としても利用しました。

合掌枠(がっしょうわく)は、木枠を三角形に組み詰め石をした枠です。

安定性、透水性に優れ、砂利河川や砂河川の水制に適しています。

この一連の工法、聖牛・川倉・菱牛・方枠・沈み枠・合掌枠は、信玄堤に多用されています。

そもそも、これらの伝統的水防工法には、武田信玄が創案したと言う伝承があるのです。

武田氏は、平安時代末から戦国時代の武家で、本姓は源氏とされます。

家系は清和源氏の一流・河内源氏の一門、源義光を始祖とする甲斐源氏の宗家なのです。

安芸国・若狭国に分派が存在し、上総国には庶流がありました。

河内源氏の名族の一つとして、戦国時代には戦国大名化しました。

武田信玄として知られる晴信の頃には領国拡大し、中央の織田・徳川勢力に対抗しました。

だが、勝頼期には領国の動揺を招いて宗家は滅亡し、江戸時代にはわずかに庶家が残ったのです。

 源氏の源と言えば、水源(みなもと)の意味でしょ。

 源氏とは、治山治水に長けた人々を束ねる氏(うじ)だったという議論をしましたね。

自らを源氏の流れと名乗った徳川家康もまた、湿地帯であった江戸で一大土木工事を敢行したことは有名です。

今では系譜の信憑性を疑う議論も多いけど、当時の人々に源氏の流れを納得させた出来事の一つが、おそらく江戸の大規模な治水事業でしょう。

そして、武田氏、徳川氏、ともに出自を辿ると宗教がらみなのです。

徳川氏は、徳川家康が創始した苗字で、系図によると、ルーツは今の愛知県、かつての三河国の在地領主の松平氏に婿養子に入った時宗の遊行僧と伝えられる徳阿弥です。

武田氏も、代々諏訪大社の大祝を務めてきた諏訪氏の傍系を配下にしました。

だが、武田氏と諏訪氏も元を辿れば清和源氏の可能性があり、しかも隣国である以上、武田氏の起源に諏訪氏が全く関わっていないとは言い切れない気はします。

 武田氏と諏訪氏の争いの背後に、同族の主導権争いがあったと。

今回の話題の中心ではないので深入りしないけど、疑うのも面白いでしょ。

この源氏についても、ユダヤ人であったのではないかと言う議論をしましたね。

 源氏と八幡宮、義経と虎の巻。

 八幡宮は秦氏と繋がりが深く、秦氏にユダヤ説。

 虎の巻はユダヤ教のトーラーの巻物で、当然それを貰った義経もユダヤ。

聖牛と呼ばれる「牛枠」とは、はるか奈良時代が起源という伝統的な水防工法の一つだそうですね。

聖牛のような工法は、長江流域にまで遡るのではないかと論ずる人もいますよ。

 長江文明と言えば、中東にまで遡るのではないか、古代イスラエル人が関わっていそうだ、などと話題にしてきたでしょ。

聖なる牛の発想は古代中東に遡れるので、聖牛の名はここに由来があると説を立てる人もいます。

 もしそうなら、信玄堤も家康の江戸の治水もユダヤ人が齎した古代中東に遡る知識と技術が可能にした。

 まさか、有力大名って、元を辿ればレビだったとか。

そうだったら、面白過ぎでしょ。

証拠を固めないと。

かなり難しいけど。

追記

一つ一つのブランチブロックの形から聖牛を連想したが、六角形が連続するハニカム構造で石を包むという点から言えば蛇篭の方が近いです。

蛇籠とも書かれる蛇篭は、鉄線などを用いかごを作り、砕石を詰め込んだもので、積み上げて河川工事の護岸などに使用されます。

ちなみに、昔の蛇篭は竹を編んで作られていました。

聖牛はむしろ、用法はテトラポットに近いですね。

ブランチブロックは、石組み全体を巨大な蛇篭で包んだものと見なしたほうが良かったかもしれません。

吉工園のHPより、詳しいブランチブロック工法の説明がここ↓でみられます。

ブランチブロック工法とは ~吉村隆顕さんを囲んでの勉強会~

http://www.tml.co.jp/jv/2011/pdf/bb-yoshimura-learn-2.pdf#search=' ブランチブロック ダム'

| | コメント (2) | トラックバック (0)

八角が繋ぐ日本とギリシャ?

八角は、日本の墳墓に見られる独特な形と言われます。

 そういえば古墳に、八角は多く見られますね。

 かなり高い地位の人物が、葬られていると見られるのでしょ。

天皇クラスと、見られているようですね。

外国でも、国王クラスでないと葬られないようですね。

八角は、クレオパトラの悲劇の妹アルシノエの墓を発見する決め手でもあったのですよ。

ヨーロッパに見られる形である八角であることが、ギリシャ系であったクレオパトラの妹の墓であると推定された根拠ですね。

 ギリシャに似た神話が多いとされる日本に、八角の墓は偶然以上の意味がある。

日本神話はエジプト神話と太陽神を中心とした三神構造を共有しながら、ギリシャに似た話がちりばめられていますからね。

 この対応が面白い。

 日本には、追悼の八角の建造物も結構あると言われていますね。

円堂と呼ばれる八角堂や六角堂は、故人の冥福を祈るために建立されることが多いので、廟建築の影響を受けているとも考えられています。

法隆寺夢殿や興福寺南円堂・北円堂、京都市の頂法寺六角堂などが有名ですね。

木造では、円形平面を造るのが困難なためというのが定説です。

神仏混淆を特徴とした日本の仏教は、神道の理論とされてきた陰陽を考えに入れる方が良いと思うのですよ。

 円は、陰陽では天を表すのでしたね。

 そして、八角は世界を表している。

八角堂は、仏の世界を表現する目的があったと見たいですね。

六角堂は、この場合は六根清浄や六道輪廻からの解脱を求めて、円堂と呼ばれるのはないでしょうか。

 八角の墓に葬られたアルシノエは、ギリシャ系にしてエジプトの王女だったでしょ。

不思議なことに、天皇の高御座もまた八角であったと見られていますね。

 陰陽では、八角は世界を表す形でしょ。

しかし、偶数である八は、陰陽では陰とされますね。

陽が物質の世界とすれば、陰は精神の世界ということになります。

死とは、精神世界への旅立ちであったとすれば、八角の構造は精神世界を物質世界に出現させる形となります。

 精神世界を地上に表すのが八角の目的であるとすれば、神とされた天皇の場としても、八角はふさわしい形であった。

八角の高御座とは、天皇が生きながらにして天の玉座に昇られている姿を表しているとなるでしょうね。

 八角はキリスト教会にも、現れるでしょ。

たとえば、スペインのサンタ・マリア・デ・エウナテ巡礼教会やドイツのザイフェン教会は八角形をしてますね。

 イタリアのラヴェンナにあるビザンティン建築で、初期キリスト教建築の代表的な教会堂とも呼ばれるサン・ヴィターレ聖堂も、八角でしたね。

ビザンティン建築には、八角のほか、十字型、バシリカなどがありますね。

バジリカ式は、長堂式ともいう建築の平面形式のひとつです。

中央の身廊の2辺ないしはそれ以上の辺を、側廊によって取り囲むものをいい、身廊と側廊は列柱によって分けられます。

聖書を本当に理解するには、カッバーラが必要とされるが、実は陰陽とカッバーラは同じものと指摘する人々がいます。

 飛鳥昭雄と三神たけるなどは、代表的な例でしょ。

聖書は易経の焼き直しだと、主張する易経研究家もいますよ。

 もしそうなら、教会の八角もまた精神世界を地上に表す目的で用いられたことになる。

天皇とイエスは、人として降臨した神という位置付けが似ているが、これを偶然と言い切れるでしょうか。

 Y染色体DNAのD系統は、日本人とチベット人や中近東の人の他には、世界のどこにもほとんど存在しないでしたね。

江戸時代に日本に訪れ天皇に謁見した欧米人は、「日本の皇族は中東系である」という発言を残したほどですね。

天皇はスメラミコトと呼ばれ、中東に古代から伝わる紋章そっくりの菊花門があるので、スメル渡来説もあるのですよ。

 アイヌの生活文物は、古代イスラエルと似ているでしょ。

 神話は、古代エジプトに構造が似ている。

 秋田美人の典型顔はミロのビーナスと言われ、神話もギリシャと似ている。

縄文、弥生、古墳と、文化は、連続というには断続的とも、断続というには連続的とも、言われます。

 中東の辺りから波状的に移動してきたとみれば、天孫一族も中東に遡れることになるでしょうね。

その天皇の高御座が、八角形というのは興味深いですね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ヨーガとあくび?

ヨーガは、特別なポーズを気構えてしないとだめと思っている人も多いかもしれないですね。

 だって、いろいろなポーズ、あるでしょ。

ヨーガで大切なのは、呼吸を整えることです。

ヨーガは、呼吸で始まり呼吸で終わる、そう言い切って良いでしょう。

さまざまなポーズは、具体的な、個別な、要求により効果的に応える目的で生まれました。

複数のストレッチが組み合わさって、体質改善に役立つように考案されているのが様々なポーズです。

基本は、日常生活の中で呼吸を整えることです。

呼吸を整えながら日常を過ごせば、呼吸法としてのヨーガは実践できると言えるでしょう。

 さまざまなポーズは、一人ひとりの体質や生活に合わせて、より強化したい姿勢を組み合わせたもの。

 多少、誇張気味なのは短時間で効果を上げるため。

そうなるでしょうね。

姿勢をよく見せたい、とか、お腹をすっきり見せたい、とか、思っている人多いでしょ。

 でも、長続きしないの。

 疲れるから。

呼吸を止めたり、呼吸が乱れたり、していませんか。

 そういえば。

顔、強張ってませんか。

 頑張ってるから、硬くなってるかも…。

舞台で演技しているバレエのダンサー達、どんな表情ですか。

 そういえば、心持、目元や口元が、柔らかく上がっているかしら。

彼らは、目元や口元から、微笑んでいるのです。

 目元や口元が柔らかく上がっていると、微笑んで見えるからでしょ。

 頑張って必死な表情に見せないよう、懸命なんでしょ。

それだけじゃあ、ないですよ。

顎の骨は、筋肉で吊るされているだけなのです。

目元や口元から微笑むと、顎を支える筋肉が緊張から自由になるのです。

自由になった顎の骨は、首回りや肩の筋肉の動きに、軽やかについていけるようになるのです。

バレイダンサーだけでは、ありません。

一流の選手は、笑顔が素敵でしょ。

目元や口元から微笑んでいるからですよ。

姿勢の悪さや、便通に悩んでいる人、硬くなっている目元や口元、そっとマッサージしてみてください。

そして、目元や口元から、微笑んでみてください。

これまで、肩や上半身の力をいくら抜いても、なれなかったきれいな姿勢がすっと決まると思います。

 じゃあ、猫の毛繕いも、意外と猫の姿勢が良いことと関係あるかしら。

顎のはずれそうなくらい、口が開くから姿勢が良いのは確かでしょうね。

さらに気を付けて欲しいのが、この時、呼吸を乱さないことです。

 一気に何分も、なんて無理無理。

1秒から2秒、3秒と徐々にのばせば良いのです。

1秒でも、できたら自分をほめる。

1秒でも、のびたら自分をほめる。

気持ち良くないと、続かないでしょ。

一度に数分でもできるようなれば、あとはむしろ、1日の回数を無理せず増やすことです。

ショーウィンドウや、金属に映った自分が姿勢が良いと気分も良いでしょ。

窓に映った自分の姿勢が良いと、気分良いでしょ。

その2分から3分、目元や口元から微笑んだ良い姿勢の自分が、楽しめたなら、十分気分も良いでしょ。

ほら、無理なく呼吸を整える回数が増えるでしょ。

そうやって、知らず知らずのうちに、姿勢も良くなり、お通じも良くなるのでは。

少なくとも、1日が楽しくなるだけでも、良いでしょ。

 姿勢が良ければ、多少の体形の悪さ、カバーできるかしら。

それなりに…。

それなりに…。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

弁証法とカッバーラ・タントラ・陰陽道。

弁証法哲学は、認識とは世界を反映して得られるものだから長い時間をかければすべてを写し取る可能性や能力を持っていると説きます。

 認識の反映論、ですね。

認識はなぜ外界を正しく捉えることが可能なのかは、哲学では認識論と言います。

弁証法哲学は、生命以前と見られている物質世界から、生命に至るまで一貫した世界観で説明しようとします。

認識の原型は、物質段階ですでに見られている環境を反映する力にあると見るのです。

例えば、水分子の、個体の氷と液体の水と気体の蒸気の三つの状態は、温度の反映です。

記憶でさえ、金属の磁化のような現象に、原型がみられます。

磁化にも、短期の状態と長期の状態があるでしょ。

 磁石の傍にあったり、巻きつけたコイルに電流を流している間だけ、磁化される状態が、短期ですね。

 永久磁石を作るのが、長期の磁化の典型。

その間に、短い間だけ磁化された状態が残る場合もありますけどね。

液体と固体、あるいは気体でいえば、混ざるだけのときと、溶けたときがあるでしょ。

 変形でも、元の形にすぐ戻る場合と、成形されて元に戻らない場合が、ありますね。

物質のこのような性質が、高度に組織されて新しい段階に到達したのが生命の能力。

つまり永遠の時を与えられたなら、認識は神の領域に到達しえると言っていることになります。

認識できない経験や現象の背後にある超経験的なものや本体的なものなど、存在しないという立場です。

 認識できない経験や現象の背後にある超経験的なものや本体的なものがあるというのは、不可知論ですね。

 認識できない経験や現象の背後にある超経験的なものや本体的なものは、神と言って良いでしょうか。

確かに、認識の限界を超えた超越的存在を、多くの人は神と考えているようですね。

認識できない経験や現象の背後にある超経験的なものや本体的なものを神というなら、神はいないと弁証法哲学は説きます。

しかし、弁証法哲学は、認識は世界を反映しつくす段階に限りなく近づくと説きます。

 認識は世界を反映しつくす、世界を知り尽くしたら神の領域に限りなく近づくわけでしょ。

だが、認識が神の領域に到達可能と、説くだけではないです。

いかにして世界を変革すべきか説きます。

つまり、知識と知恵が神に到達する方法を説く哲学でもあるとも言えます。

言い換えれば弁証法哲学は、神になる方法を説いている哲学です。

聖書にある、「我々に似せて人を作ろう」とは、「神の相似形として人を作ろう」であり、「神に限りなく近づける者として人を作ろう」でもあるわけです。

 弁証法哲学と聖書は、矛盾していない。

 弁証法哲学は、神仙思想と紙一重なのですね。

 そういえば、ユダヤ教神秘主義とされるカッバーラも、弁証法哲学の特徴を持ってますね。

陰陽道やタントラも、弁証法哲学の特徴を持ってますよね。

そこで、ニュー・サイエンスと呼ばれる人々は東洋神秘思想に引かれていくわけです。

「ニュー・サイエンスの特徴を大まかに見ると、東洋思想と現代物理学の相似性の強調、還元主義に対する包括的理論の提唱、そしてその両極をつなぐすべてのスペクトルの根底にある神秘主義的アプローチという三つの要素が浮かび上がってくる。」

弁証法哲学は、神仙哲学としての顔があるから、こういう議論になるのです。

東洋思想を弁証法哲学、神秘思想を相似的世界観と置き換えるとこうなります。

「ニュー・サイエンスの特徴を大まかに見ると、弁証法哲学と現代物理学の相似性の強調、還元主義に対する包括的理論の提唱、そしてその両極をつなぐすべてのスペクトルの根底にある相似的世界観的アプローチという三つの要素が浮かび上がってくる。」

ただ、ニュー・サイエンスの人たちは、相似的という関係の中に階層性も入ることを見落としがちな気がします。

階層性は、単純な還元では置き換えることができないから、包括的理論の提唱を要求します。

でも、ニュー・サイエンスの人たちもまた、階層性や相似性を包括的という言葉に単純に還元する過ちに陥りがちなようです。

 ニュー・サイエンスは最新数学のフラクタルを、きちんと理解して自らの理論や議論に取り込んで展開しきれていない。

ニュー・サイエンスが新しい展望を切り開きながら、自らは袋小路に嵌ってしまうのは、そのためでしょう。

 オカルトに嵌っていると見られて、似非科学のレッテルも貼られがち。

弁証法は、きちんと理解できていないと詭弁に陥り、自らの展望を閉ざしてしまいやすいから、注意が必要なのですね。

 神の導きと、サタンの唆しとを、見分けろと聖書は説きますね。

神を見失うなとは、弁証法でいえば詭弁に陥って足を取られるなということですね。

 詭弁とは、サタンの唆し。

 サタンとは妨げるものだから、正しい認識への到達を妨げるもの。

ニュー・サイエンスの指摘自体は的外れではないが、ニューサイエンス自体は基本的なところで的外れです。

 ニュー・サイエンスの指摘に耳を傾けるほうが良いが、ニュー・サイエンスの方向には行くな。

詭弁にも一理ある場合は多いけれど、詭弁はしょせん詭弁、見切りをちゃんとつけて足を取られないように気を付けたいですね。

まさに、神を見失うな、ですよ。

アカデミズムも、定説に囚われる点も多いけれど、誤りに気が付けば大胆に方向転換できるだけ、まだましかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

侘と寂とキリスト教?

侘(わび)寂(さび)は、日本の美意識の1つです。

一般的に、質素で静かなものを指します。

 侘は、一般的には閑寂な生活を楽しむこととか、思いわずらうことや、悲嘆にくれることとされますね。

侘とは、動詞「わぶ」の名詞形で、その意味は、形容詞「わびしい」から容易に理解されるように「立派な状態に対する劣った状態」となりますね。

転じては「粗末な様子」、あるいは「簡素な様子」を意味しています。

もっと端的にいえば「貧しい様子」「貧乏」ということになりましょう。

だが、茶道・俳諧などでは、美的理念の一とみられました。

簡素の中に見いだされる清澄・閑寂な趣として、中世以降に形成された美意識で、特に茶の湯で重視されたのです。

侘の例として、兼六園の茶室、夕顔亭があげられます。

わび茶で使われる茶室は、一般的に周りに木や竹を生やし、茶室以外の世界から断絶させます。

数名が茶を点てて飲むためだけのために設計され、通常、他の建造物からも隔離させて建てます。

建材も自然の状態のまま、塗装などをあまりしないものを多く用います。

飾りやおごりを捨てた、ひっそりとした枯淡な味わいですね。

 一方、寂は、「寂のある声」などの言い回しがあるように声の質で、低く、枯れた感じのある渋みのあるものでしょ。

 謡曲や語り物などの声の質で、声帯を強く震わせて発する、調子の低いものですよね。

 太くてすごみのある声に聞こえますね。

寂は動詞「さぶ」の名詞形で、本来は経年変化、つまり、時間の経過によって劣化した様子を意味しています。

転じて漢字の「寂」が当てられ、人がいなくなって静かな状態を表すようになりました。

同様に金属の表面に現れた「さび」には、漢字の「錆」が当てられています。

英語ではpatina(緑青)の美が類似のものとして挙げられ、緑青などが醸し出す雰囲気についてもpatinaと表現されます。

 寂は、さびしみや、しずけさという意味でも言いますね。

「寂のある茶碗」などのように、古びて味わいのあることや、枯れた渋い趣にも使う言葉ですね。

 「寂に徹した境地」など、閑寂枯淡の趣も表しますね。

連歌や俳諧、特に、蕉風俳諧で重んじられた理念でもありますね。

 閑寂さが芸術化された、句の情調ということでしょ。

中世の幽玄・わびの美意識にたち、もの静かで落ち着いた奥ゆかしい風情が、洗練されて自然と外に匂い出たものですね。

寂には、太くてすごみのあるという意味が込められるけど、面白いことに細みや軽みもまた、寂の類似した言葉として挙げられますね。

 細みや軽みは、蕉風俳諧の根本理念の一ですよね。

細みは、作者の心が対象にかすかに深く入り込んでとらえる美とか、繊細微妙に表現される句の境地です。

軽み(かるみ)は、軽み(かろみ)とも呼ばれる俳諧用語ですね。

芭蕉が晩年に志向した、日常性の中に日常的なことばによる詩の創造の実現をめざす句体や句法、あるいは芸境のことですね。

日常卑近な題材の中に新しい美を発見し、それを真率・平淡にさらりと表現する姿なので、軽みと表現したわけですね。

 撓り(しおり)というもの、ありますね。

撓りには、萎りの字が当てられることもありますね。

撓りもまた、蕉風俳諧の根本理念の一で、対象に対する作者の繊細な感情が、自然に余情として句にあらわれたものですね。

 撓りは、能ではカナでシオリと書くことが多いようですね

泣く様子を表現する型で、手の指を伸ばしてそろえ、斜めに顔の前に上げ、面(おもて)を少しうつむかせる仕草ですね。

このように、本来侘と寂は別の概念であるが、現代ではひとまとめにされて語られることが多いです。

侘は、本来は良い概念ではなかったが、禅宗の影響などもあってこれが積極的に評価され、美意識の中にとりこまれていきました。

侘に関する記述は、古く万葉集の時代からあると言われています。

「侘」を美意識を表す概念として名詞形で用いる例は、江戸時代の茶書『南方録』まで下る。

江戸時代の茶書『南方録』以前では「麁相」(そそう)という表現が近いが、千利休などは「麁相」であることを嫌っていたから必ずしも同義とは言い難いですね。

「上をそそうに、下を律儀に(表面は粗相であっても内面は丁寧に)」と、千利休の高弟である山上宗二が天正16年、西暦でいえば1588年に書き記した秘伝書である山上宗二記(やまのうえのそうじき)に記されているそうです。

 山上宗二記は、道具の所持者の情報から、その成立は1586年、天正14年に遡ると考えられていると聞きますよ。

そういう議論もありますね。

侘とは、強いて言えば「priceは高くないが、qualityは高い」という概念になりましょう。

茶の湯では「侘」の中に単に粗末であるというだけでなく、質的に、あるいは、美的に優れたものであることを求めるようになりました。

この時代、「侘び」の語は「侘び数寄」という熟語として現れます。

これは「侘び茶」の意ではありません。

侘び茶人、つまり「一物も持たざる者、胸の覚悟一つ、作分一つ、手柄一つ、この三ヶ条整うる者」(宗二記)のことを指していました。

「貧乏茶人」のことであります。

後の千宗旦の頃になると、「侘」の一字で無一物の茶人を言い表すようになる。

ここで宗二記の「侘び」についての評価を引用しましょう。

「宗易愚拙ニ密伝‥、コヒタ、タケタ、侘タ、愁タ、トウケタ、花ヤカニ、物知、作者、花車ニ、ツヨク、右十ヶ条ノ内、能意得タル仁ヲ上手ト云、但口五ヶ条ハ悪シ業初心ト如何」とあります。

「侘タ」は、数ある茶の湯のキーワードの一つに過ぎなかったのです。

初心者が目指すべき境地ではなく一通り茶を習い身に着けて初めて目指しうる境地とされていました。

この時期、侘びは茶の湯の代名詞としてまだ認知されていません。

ただし宗二は「侘び数寄」を評価しているから、侘び茶人が茶に親しむ境地も評価されます。

やがて茶の湯の精神を支える支柱として「侘び」は静かに醸成されていったのです。

侘は茶の湯の中で理論化されたが、「わび茶」という言葉が出来るのも江戸時代であります。

特に室町時代の高価な「唐物」を尊ぶ風潮に対して、村田珠光はより粗末なありふれた道具を用いる茶の湯を方向付け、武野紹鷗(たけのじょうおう)や千利休に代表される堺の町衆が深化させました。

武野紹鷗は、文亀2年つまり1502年から 弘治元年閏10月29日というから西暦の1555年12月12日に生きた堺の武具商あるいは皮革商とされる豪商で、茶人でもありました。

 紹鷗は、紹鴎と書く人もいますね。

紹鷗が正しいですけど、紹鴎の方が、変換しやすいからでしょうね。

彼らが「侘び」について言及したものがありません。

彼らが好んだものから、当時醸成されつつあった侘びについて探るより他ありません。

茶室は、どんどん侘びた風情を強めた。

張付けだった壁は民家に倣って土壁になり藁すさを見せ、6尺の床の間は5尺、4尺と小さくなり塗りだった床ガマチも節つきの素木になりました。

 紹鷗は、備前焼や信楽焼きを好んだでしょ。

 利休は、楽茶碗を創出させたし。

日常雑器の中に新たな美を見つけ茶の湯に取り込もうとする彼らの態度は、後に柳宗悦等によって始められた「民芸」の思想にも一脈通ずるところがあります。

侘は、江戸時代に多くの茶書によって茶道の根本美意識と位置付けられるようになります。

侘を「正直につつしみおごらぬ様」と規定する『紹鴎侘びの文』や、「清浄無垢の仏世界」とする『南方録』などの偽書も生み出されたのです。

また大正・昭和になって茶道具が美術作品として評価されるに伴い、その造形美を表す言葉として普及した。柳宗悦や久松真一などが高麗茶碗などの美を誉める際に盛んに用いています。

その結果として、日本を代表する美意識として確立した。

岡倉天心の著書The Book of Tea(『茶の本』)の中では“imperfect”という表現が侘をよく表しており、同書を通じて世界へと広められました。

寂もまた、本来は良い概念ではなかったが、『徒然草』などには古くなった冊子を味わい深いと見る記述があり、この頃には古びた様子に美を見出す意識が生まれていたことが確認されます。

室町時代には特に俳諧の世界で重要視されるようになり、能楽などにも取り入れられて理論化されてゆくのですね。

 先に挙げたシオリに、通じますね。

さらに松尾芭蕉以降の俳句では中心的な美意識となるが、松尾本人が寂について直接語ったり記した記録は非常に少ないとされます。

俳諧での寂とは、特に、古いもの、老人などに共通する特徴のことで、寺田寅彦によれば、古いものの内側からにじみ出てくるような、外装などに関係しない美しさのことだといいます。

具体的な例で挙げられるのは、苔の生えた石があります。

誰も動かさない石は、日本の風土の中では表面にコケが生え、緑色になります。

 君が代に、さざれ石の巌となりて苔のむすまでとありますね。

 あの苔、緑色なのですね。

 千代に八千代というけど、千は聖書では、神にとっての一日は千年のようであり、千年は一日のようだ、とあるでしょ。

 緑はイエスの象徴とされる色、石は神との契約のしるしとして立てられる場面があるでしょ。

 さらに、八(や)はヤハウエのヤに音が通じる。

日本人は苔を、石の内部から出てくるものに見立てました。

 つまり、苔の緑に覆われた石は寂の象徴ということですか。

 苔生して緑になった石は、悲しみを湛えた細やかな心の象徴という点で、なんだかイエスに通じますね。

 そういえば、養蚕ではなぜか、猫の代わりとされる猫石が登場する。

 石でも、イエスと猫は重なりますか。

寂を、イエスやキリスト教と印象を重ねますか。

 日本文化には、奇妙なほど聖書時代のイスラエルやキリスト教が連想できるものは多いですからねえ。

連想するのは自由ですよ。

じゃあ、侘も、聖書やキリスト教と印象を重ねますか。

 侘は「粗末な様子」、あるいは「簡素な様子」を意味していますよね。

聖書は、富者より貧者を神の心に叶う行いの人として描くことが多いですよ。

 例えば、マルコの12章にはこうあります。

「まことに、あなたがたに告げます。この貧しいやもめは、献金箱に投げ入れていたどの人よりもたくさん投げ入れました。みなは、あり余る中から投げ入れたのに、この女は、乏しい中から、あるだけを全部、生活費の全部を投げ入れたからです。」

 有名な山上の訓戒は、前半にこう述べています。

 心の貧しい者は幸いです。

 天の御国はその人のものだからです。

 悲しむ者は幸いです。

 その人は慰められるからです。

 柔和な者は幸いです。

 その人は地を相続するからです。

 義に飢え渇いている者は幸いです。

 その人は満ち足りるからです。

 あわれみ深い者は幸いです。

 その人はあわれみを受けるからです。

 長いので後は省くけど、侘の心は、ここに述べられた言葉に、通じるところがあるように思えます。

思うのは、自由ですよ。

受け止め方は、人それぞれですからね。

寂とは、このように古びた様子に美を見出す態度であるため、骨董趣味と関連が深いです。

たとえば、イギリスなどの骨董(アンティーク)とは、異なる点もあるものの、共通する面もあるといえます。

寂はより自然そのものの作用に重点がある一方で、西洋の骨董では歴史面に重点があると考えられます。

 侘や寂と、イギリスですか。

 日本は奇妙なほど、イギリスに似通った文化が見えますね。

武士道と騎士道、緑茶と紅茶、妖怪と妖精、さらには、音と意味が似通った言葉もある、などですね。

 お菓子と一緒に茶を楽しむ文化も、似てますね。

お菓子、好きですねえ。

 大好きですよ。

 それから、アメリカのケネウィックで見つかった古代人骨は、イギリス人とアイヌに似ている。

 幕末の日本に来たヨーロッパ人は、ブリティッシュな顔が日本にいるという。

 おまけに日ユ同祖論とブリティッシュイスラエル。

 イギリスって、面白いほど、日本文化と比較できますね。

侘や寂まで、日ユ同祖論に持っていきますか。

連想するのは、面白いですけどねえ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

重量の測定値の変化は常に質量の変化を意味するか。

右回りのコマが軽くなったという、情報があるらしいと調べている人はいまだに多くいるようです。

正しくは、重量の測定値が減少したのです。

 重量の測定値の減少と、軽くなることは、日常では等号で結べますよね。

そうでなければ、減量の際に体重計に乗る意味がないですからね。

でも、コマの実験報告は重量の測定値が変化したとは言うが、軽くなったとは一言も言ってないのですよ。

彼らは、質量が変化するはずがないにも拘らず、重量の測定値が特定条件下で減少するという現象を報告したのです。

つまり、追試はこの報告された条件下での重量測定値が本当に変化したのかを確かめるものでないと意味ないわけですよ。

彼らは、高い真空度と限りなく零に近い摩擦でないとこの現象は現れないと言っているのです。

超流動はこの温度より下でないと現れる現象ではないと、言うのとどこ違いますか。

追試の大半は、風を羽に当ててコマを回したりしているわけですよ。

羽を実験装置の外に出せば、真空度がクリアーできても摩擦が零なわけない。

羽を実験装置の中で回せば、摩擦を零にできても真空なわけない。

こんなのばかりが、追試の名のもとに実行されほとんどの科学者がその正当性を疑ってないのです。

 本当に、人の話ちゃんと聞いてるのって感じですね。

そんな中に、問題の追試がありました。

一見すると、報告者の装置とそっくりなのですよ。

高い真空度と限りなく零に近い摩擦を、実現してますからね。

ところが、量られているのは実験装置全体の重量の測定値なのです。

報告者は、コマの重量測定値が変化したと報告しているのであって、実験装置自体の重量測定値が変化したとは、一言も言ってないのですよ。

 言い換えれば、コマの質量が変化するわけないから測定する必要なんかこれっぽっちもないと、報告者は思っていたわけですね。

当然でしょ。

報告者がコマの質量変化を報告したと勘違いしているから、追試した人は実験装置丸ごと測定したわけですよ。

重量の測定値が小さいから、質量の実際の値も小さいはずという前提で、これまで木星や海王星や天王星はガス天体と思われてきました。

木星の内部構造は、中心に様々な元素が混合した高密度の中心核があり、そのまわりを液状の金属水素と若干のヘリウム混合体が覆い、その外部を分子状の水素を中心とした層が取り囲んでいるものと考えられています。

表面部分の深さでは、温度は水素の臨界点である33Kを上回っているため、水素は液相と気相を区分する境界が存在しない超臨界液体状態にあると考えられようになってきました。

しかし、上層部では水素はガス状であり、1,000km程下がると雲状の層となるが、層の下部では液状になっていると見られるようになってきているのです。

赤道の直径が142,984 kmだか、1000km程下がると氷の粒が層を成し、さらに下がると液状となれば、これをガス天体と言って良いですか。

 表面近くでさえ、液相と気相を区分する境界が存在しない超臨界液体状態、これって、基本は液体ってことでしょ。

そうでしょ。

 だったら、木星は液体の天体と言って良い訳でしょうね。

海王星や天王星もガス天体という括りから、水やメタン、アンモニアが凝固した氷を主体とした巨大な惑星に分類されるようになり、現在では天王星型惑星と呼ばれています。

天王星は、主にガスと多様な氷から成っていると見られるようになって来ました。

大気には水素が約83%、ヘリウムが15%、メタンが2%含まれ、内部は重い元素に富み、岩石と氷からなる核のほか、水やメタン、アンモニアが含まれる氷からなるマントルで構成されていると推測されています。

ただ、惑星科学分野の習慣では、高温で高密度な液体である状態であっても「氷」と呼ばれます。

 そこで、氷の含まれるマントルという表現も出てくるわけですね。

海王星の大気は質量ベースで星の 5-10% を占め、大気圏の厚さは星の半径のおそらく 10-20%、大気圧は 10GPaだそうです。

海王星の核は、鉄、ニッケル、ケイ酸塩で構成され、地球のそれの1.2倍の質量を持ち、中心の圧力は、7Mbarつまり700 GPaで、温度は 5,400K です。

大気圏の下層に近づくに従い、メタン・アンモニア・水の濃度が上昇し、大気圏下層のより暗く高温の層は、徐々に凝縮して液体のマントルとなり、その温度は 2,000-5,000K に達するそうです。

このマントルは水・アンモニア・メタンに富み、地球 10-15 個に相当する質量を持つといいます。

この高い電気伝導率を持つ液体は、しばしば「水とアンモニアの海」(water-ammonia ocean)と呼ばれます。

 この場合も、惑星科学分野の習慣では、高温で高密度な液体である状態であっても「氷」と呼ばれるわけですね。

水深 7,000km の深度では、マントル中のメタンがダイヤモンドの結晶へと分解され、核に向かって沈殿していそうだといいます。

マントルは水分子が水素および酸素のイオンに分解されてできた「イオン水」(ionic water) の層によって構成され、さらに深部では酸素が結晶化し、水素イオンがその結晶格子の中を漂う「超イオン水」(superionic water) の状態にある層から成っているとされます。

このように、土星や木星と同じガス天体に分類されてきた海王星や天王星は、天王星型として外されたし、木星も次第にガス天体と言って良いのか疑わしい展開になってきました。

もっとも、土星の内部も木星と似ていると見られています。

土星の中心に岩石の核があり、その上に液体金属水素の層、水素分子の層があり、様々な氷も存在しています。

土星の内部は高温であり、核では12,000K に達し、土星が太陽から受けているよりも多くのエネルギーを放出しています。

土星が太陽から受けているよりも多いエネルギーのほとんどは、重力によるゆっくりとした圧縮であるケルビン・ヘルムホルツ不安定により生成されていると考えられているが、それだけで熱生成の全てが説明できているわけではないのです。

いろいろ説はあっても、有力視されている場合でさえ決定打とは言い難い状態と言えるでしょう。

 つまり、土星もまた、ガス天体と言って良いのか疑わしいとなる可能性は、十分にある。

あるでしょうね。

少なくても、測定にかかる重量と大きさからガス天体と見られてきた海王星や天王星が天王星型として外された以上、見かけの重量だけで判断できないのは間違えないでしょ。

余談だけど、大きさでは恒星か惑星か判断が難しいという天文学の最新事情もありますよ。

 ここでいう大きさとは、体積とか、直径ですね。

 言い換えれば、質量。

そうですよ。

ガス天体と見られてきた惑星から、実はそうではない星が見つかってきましたからね。

さらに、ブラックホールと思われてきた中に、ブラックスターがあるかも知れないのです。

 つまり、質量は同じなのに恒星は惑星より重量が小さく観測されているかもしれない。

もしそうなら、右回りと左回りで質量が不変でも重量の測定値が変化するという報告を、ありえないと笑い飛ばせなくなるでしょうね。

だから、コマの右回りと左回りで重量の測定値が違うなら実験装置全体の重量の測定値の変化があるはずという前提の追試は、問題だと言いたいわけですよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

焼き芋と鶏肉?

石焼き芋は、サツマイモを使った食品のひとつです。

 サツマイモを熱した小石の中に埋めて、間接加熱によって焼くのですよね。

石焼きに適した品種としては「紅あずま」、「鳴門金時」や「ベニオトメ」があげられますね。

 ほくほくした仕上がりの芋と、しっとりとした仕上がりの芋があるでしょ。

それぞれに、フアンがあるようですね。

 リヤカーに専用釜を積んだ石焼き芋売り、あの匂いがたまりません。

焼き芋屋が屋台や軽トラックに専用の釜を積み売り歩く姿は、日本の冬の風物詩のひとつですよね。

売り歩く時の定番は、独特の節回しで「いーしやぁーきいもー、おいもー」といった呼びかける、あの声ですよね。

 地域によっては街を巡る時に、「ポー」あるいは「ピヨーーーー」と聞こえる音が鳴る独特の笛の音を響かせるでしょ。

この笛は、芋を焼く窯に取り付けられています。

排ガスの圧力で鳴る仕組みで、お客が来て販売作業中は笛を止めます。

 近所まで来た笛の音が止まると、屋台が止まっているとわかるの。

 そうすると、買いに生きたくなる。

今は屋台が減少したけど、スーパー軒先での路上販売やコンビニなどで売られていますよね。

 うちの近くでは、冬の間だけ八百屋さんが売ってますよ。

 あれは、遠赤外線で、加熱するから石でなくても良いのでしょ。

 だから、最近では家庭用の「石焼き芋器」も市販されているのですよね。

セラミックスで遠赤外線を、出しているのですよね。

 手軽に、家庭でも石焼き芋が楽しめるようになってきているって、うれしい。

間接的にゆっくり加熱することで、デンプン分解酵素のアミラーゼが、デンプンをブドウ糖に変えるわけですね。

 それで、通常の焼き方よりも甘く仕上がる。

ゆっくり焼く分には、石やセラミックスでなくても良い訳です。

 石焼き釜を使わず焼いたものは、単に焼き芋と呼ばれるでしょ。

日本では昭和やそれ以前、冬の時期に道路や庭に積った落ち葉を集めて焚き火をするとき、一緒にサツマイモを入れて焼く光景は、よく見かけるものでした。

 冬を物語るものとして扱われ、冬を表す季語にもなっているけど、今の住宅事情ではちょっと難しいですね。

 庭は、あっても狭いし、ベランダじゃまず無理。

たき火で焼き芋をするとき、焦がさないようにアルミホイルに包んで焼く事もありますね。

 あの焦げも、香ばしいから好きなんだけど。

焚火で焼くのは石焼き釜とは違い裸火を使うことから火加減が難しいけど、上手に焼ければ甘い風味を味わえるのが魅力ですね。

時代の流れとはいえ、2002年12月に施行された改正廃棄物処理法により、一部の例外を除いてゴミを野焼きすることが禁止されました。

焚き火などの軽微なものは例外扱いなところもあるというけど、地方自治体が落ち葉などを可燃ごみとして排出するように指導している場合もあるようですね。

 サツマイモ自体は栽培が簡単で収穫量が見込めることから、焼き芋を含むサツマイモを使った芋料理は通年食べられているでしょ。

サツマイモには、焼く他に蒸かしたり煮たりといった加熱調理が行われますね。

 こうやって見ると、サツマイモって、調理法がどことなく肉に似てませんか。

 食文化の中には、肉や野菜などを草で蒸し焼きにする調理法もあるから、単純に比べられないという声もありそうだけど。

ほくほくした感じは魚、しっとりした感じは肉に似てますね。

 そうかしら、皮がパリッとして、中が全体としてほろっとした食感なのは共通でしょ。

そうですね。

 焼き芋好きの女子って、結構多いでしょ。

 低カロリーが嬉しいのもあるけど、鶏肉好きの女子も結構多い。

 つまり、鶏肉が案外サツマイモの食感に近かったりする。

 ほろっとした感じがささみ、しっとりした感じが胸や腿の肉。

そうですね。

 焼き芋の食感って、鶏のクリスティアンに近くありませんか。

強いて言えば、そうかも知れないけど…。

焼けた皮を、剥いて食べている人もいますからねえ。

 それを言ったら、皮付鶏肉の皮が苦手な人もいますよ。

確かに。

 石焼きの肉って、鉄板やバーベキューとは違う、独特の味わいがある。

サツマイモの鉄板焼きや串焼きも、する人いますよね。

 サツマイモは、ヒルガオ科サツマイモ属の植物ですよね。

仲間に、アサガオやアサガオ菜とも呼ばれるヨウサイがありますね。

食用にしているのは、養分を蓄えている肥大した根の塊根という部分ですね。

サツマイモは、漢字で書くと薩摩芋だけど薩摩が原産ではないですよ。

甘藷(かんしょ)の別名の他にも、唐芋(からいも、とういも)、琉球藷(りゅうきゅういも)という呼び名があります。

メキシコで、1955年に西山市三が祖先に当たる野生種を見つけ、イポメア・トリフィーダと名付けます。

後に他の学者達によって、中南米が原産地とされるわけですね。

スペイン人或いはポルトガル人により東南アジアに導入され、そこから中国を経て17世紀の初め頃に琉球、九州、その後八丈島、本州と伝わった作物ですよ。

 アジアの外来植物なのですね。

このため唐と呼ばれた中国から伝来した沖縄や九州では、唐芋と呼ばれているといいますよ。

奄美群島では、薩摩芋だそうですが。

 中南米と言えば、インカやマヤでしょ。

 古代日本との遺伝的近さが、指摘されますね。

サツマイモの原産は南アメリカ大陸、ペルー熱帯地方とされますね。

 アメリカ大陸で、縄文土器に似た出土品があるでしょ。

 地域的に重なるかしら。

どうでしょうね。

気にはなりますけど。

ただ、アメリカで出たフランスやスペインの形式の鏃とともに見つかったアイヌに似た古代人骨や、縄文的な顔が意外とフランス的だったりする点は、何かありそうですね。

 東北弁も、響きは妙にフランス語に似て聞こえるし。

そう言われると、焼き芋は鶏のクリスティアンを連想するというのも、あるような気もしてきますねえ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本のパンの食感を考えてみた。

日本のパンの食感には、二つの流れが基本的にあるように見えます。

 そういえば、そうかも知れないですね。

魚や鳥の肉のようにサクッとしたものと、豚肉や牛肉のように歯応えがしっかりしたものです。

だが全体としてサクッとした食感が好まれるらしく、日系ブラジル人たちは故郷で食べていたしっかりとした噛み応えのあるパンを懐かしむらしいです。

 以前、日系ブラジル人たちが自分たちのためにパン屋を作った話題が放送されたけど、どうなったのかしら。

さあ、続いていればいいですね。

 でも、本格的なドイツパンを今でも焼く店があると聞くから、日系ブラジル人のパン屋まだあるのでは…。

それでも最近は、日本でもしっかりとした噛み応えのあるパンが求められるようになったと見え、米粉パンの人気が高まっています。

だが、本格欧米流の噛み応えより米粉パンに向かうあたり、やはり日本の肉の噛み切り易さ志向が反映でしょうかね。

 それとも、餅餅感が堪らないというから、所詮は餅の代用品かしら。

日本人が肉に噛み切り易さを求めるのは、長年肉と言えば魚と鳥であった食文化の反映かもしれないですね。

 霜降り肉も、脂ののった魚肉の味わいを肉に求めたからですかね。

肉を主食として食べ、まず満腹になることを求めた食文化からは霜降りの発想はまず生まれないでしょうね。

痩せた土地だから、面積を稼ぐためにも家畜が必要だった側面があるようです。

ただ、一口にヨーロッパと言っても相当地域差があるから一概には言えないですけど。

欧米の肉は、日本の米よりも稗や粟に近いかも。

 牧草くらいしか生えない土地だと、家畜を飼って乳を搾るか、肉食べるしかないものね。

ヨーロッパ野菜を見ると、ほとんどが地中海やオリエント、アジア、アメリカに原産地があるようですね。

 ガーデニングが盛んなイギリスでさえ、ほとんどがプラントハンターが持ち帰ったものだとか。

ただ、日本の昔からの作物と見られるものも、古くからあるので気が付かないだけで意外と外国出身のものがあったりして。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

月の水。

月は、赤道半径1738km、質量734.9 10^20kg、表面重力0.166Gの地球の衛星です。

かつて太陽系の主要な惑星とされながら、EKBO惑星に分類されて外された冥王星よりも大きいのです。

冥王星は、赤道半径1195km、質量149.35 10^20kg、表面重力0.071Gですから。

EKBOとは、エッジワース・カイパーベルト天体(Edgeworth-Kuiper Belt Object)の略です。

EKBOは狭義には、軌道長半径が約30 AU~約48 AUの天体を指します。

AUは、天文単位(astronomical unit)の略で、天文学で用いる長さの単位です。

地球と太陽との平均距離をほぼ1とし、1天文単位は約1.5億キロメートル(499光秒)に相当します。

仮説上のオールトの雲や内オールトの雲よりは、内側の天体です。

オールトの雲は、あるいはオールト雲(オールトうん)とも呼ばれる、太陽系を球殻状に取り巻いていると考えられる仮想的な天体群です。

オランダの天文学者ヤン・オールトが長周期彗星や非周期彗星の起源として1950年に提唱しました。

オールトの雲で存在を仮定されている天体は、水・一酸化炭素・二酸化炭素・メタンなどの氷が主成分であると考えられています。

その月について、意外と水があったという研究があります。

Science 2011年5月27日号ハイライト
http://www.eurekalert.org/pub_releases/translations/sci052711jp.pdf

月内部は予想以上に水分が多くて地球に似ていた
Inside of Moon Wetter, More Like Earth Than Expected

月内部に、地球のマントルと同程度の水分を含む部分があるかもしれないことが、新たな研究によって明らかになった。

水は、地球の地殻構造プレートに対して、非常に大きな潤滑効果を及ぼす。

従って、惑星内部の水分状況がわかれば、プレートテクトニクスや火山に関する理解が進む。

Erik Hauriらは、NASAのアポロ17号が月から持ち帰った、メルト包有物という結晶内に閉じ込められた溶岩(マグマ)の小片を分析した。

結晶によってマグマの含有物は保護されているが、さもなければ火山噴火時に蒸発していただろう。

非常に気化しやすい揮発性元素がメルト包有物内に見つかったことから、月内部には、地球の上部マントルとかなり似ている部分があることが示唆された。

これまでは、火星サイズの天体が地球に衝突して月が形成されたときに、揮発性元素の大半は失われたと考えられてきたため、本発見は驚くべき発見といえる。

Hauriらが今回の実験で用いたイオンマイクロプローブ分析法は、ごく少量の含水量を高精度で測定できる。

月の結晶を粉砕してメルト包有物の表面を露出させ、その表面に微量のスズのビームを当てることで、試料中の水分分布図を作成するためのデータを集めた。

この分布図を用いて結晶中の含水量を求めたところ、以前の測定結果の100倍以上であることが判明した。

また、地球のマグマ試料に含まれるフッ素、硫黄、塩素も、予想以上に多く含まれていた。

Article #20: "High Pre-Eruptive Water Contents Preserved In Lunar Melt Inclusions," by E.H. Hauri at Carnegie Institution of Washington in Washington, DC; T. Weinreich; A.E. Saal; M.C. Rutherford at Brown University in Providence, RI; J.A. Van Orman at Case Western Reserve University in Cleveland, OH.

月の生成過程に関する研究は、この成果によってさらに進むでしょうね。

 月内部には、地球の上部マントルとかなり似ている部分がある。

 地球のマグマ試料に含まれるフッ素、硫黄、塩素も、予想以上に多く含まれていた。

もし、地球から分かれたなら、相当早い時期かも知れないですね。

月震は、地球で起きるのが地震(earthquake)なので、研究者の間で俗称としてmoonquakeという言葉ができ、それを日本語訳した呼称です。

実際は、earthquakeのearthは大地という意味であり、「地球」という意味ではないので、月でも地震と言って良いですけどね。

月震は揺れのピークに達するまでの時間が長く、時に数十分もかかることがあるといいます。

揺れがおさまるまで、数時間も揺れが続くこともあるそうです。

 まるで、鐘を突いたときみたいですね。

それで、月は空洞であるという議論の根拠という声は後を絶ちません。

地震波の減衰が、地球に比べてかなり少ないのは事実ですからね。

周波数が1Hz程度の長い周期の波が強いというのも、月震の特徴です。

 月はゴ~ンと鳴っているような、振動の仕方ですね。

 なるほど、空洞と言われても仕方ないですね。

震動波形を見ても、浅発月震を除けば実体波であるP波やS波と、表面波であるレイリー波やラブ波の区別がはっきりしないようです。

上下動・東西動・南北動といった揺れの方向別の震動波形を見ても、3つの要素で振幅が大きく違い、関連性も薄いという観測もあるそうです。

それに、地震波が散乱されてしまうといいます。

このように、月の地殻は地球のように明確な層に分かれておらずバラバラであると見られています。

月に空洞説があることから、飛鳥昭雄と三神たけるは地球の水が豊富なのは、月の水が加わったからという説を展開しています。

月には、地球のマントルと同程度の水分を含む部分があるかもしれない事が改めて明らかになったので、月震の観測結果と合わせると、さらにもっともらしさが増したと言えるかも知れません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

最中を食べるとフランスが見える?

最中とは、餅から作った皮で餡を包んだ和菓子の一種です。

 最中の皮種は、いろいろと使われますね。

 ウエハースの代わりとして、アイスクリームなどを包む。

 懐中汁粉も、入ってる。

 皮種の片側をタルト生地の代わりにして、アーモンドなどを詰めた洋菓子風の菓子になっていたりする。

機械等でも、2枚の外装を左右あるいは上下に貼り合わせた構造を、外装を皮に、内部機構を餡に見立てて「モナカ構造」といいますね。

 台湾でも、最中ってあるでしょ。

20世紀の初頭、日本による統治が50年間続いた台湾には、和菓子の製造技術も伝えられたため、現在も地元の菓子店で草餅、最中、羊羹などの製造が行われています。

台湾で最中は最中(ツイチョン)とか、最中餅(ツイチョンピン)と呼ばれていますね。

 台湾の最中は、小豆餡の外に、蓮の実餡のものも一般的ですね。

台湾には、黒糖を使った餡や、コーヒー餡を使った最中もあるそうですね。

台湾の最中は、皮種の形状は、伝統的な円盤型のものが多いが、店によっては貝殻型などの個性的なものを作っている場合もありますね。

 日本でも、電車とかいろいろな形の皮種がありますよ。

路面電車を模った東京都の「都電もなか」、神奈川県湘南地域の「江ノ電もなか」、大阪府堺市の「ちんちん電車もなか」などですね。

 乗り物を模ったものでは、富士重工業の自動車を模った、群馬県太田市の「スバル最中」、二輪レースで有名なモリワキのモリワキ最中など、いろいろありますね。

モリワキ最中は、モナカ管を模した受注生産の最中だそうですね。

なぜ、円盤型が伝統的かというと、名前の由来と関係があります。

拾遺和歌集の巻3、秋171にある源順の句から、最中の名前が出ているのです。

池の面に照る月なみを数うれば今宵ぞ秋のもなかなりける

この歌を知っていた公家たちが、宮中で行われた月見の宴において白くて丸い餅菓子が出されたのを見て、会話の中で「もなかの月」という言葉が出たことから、そのまま菓子の名前として定着したといいます。

江戸時代に考案された最中の原型も、この話に基づいて生み出したといわれます。

菓子の名前も話そのままに「最中の月」と命名されたが、後に円形でないものが出回り始めた後は、単に「最中」と称されるようになりました。

餡に栗、求肥や餅などを入れた変わり最中もあります。

皮の部分は、元が菓子だったことから特別に「皮種」と称されています。

最中の原型は、もち米の粉に水を入れてこねたものを蒸し、薄く延ばして円形に切りそろえたものを焼き、仕上げに砂糖をかけた、干菓子といわれています。

干菓子は乾菓子とも書かれ、水分の少ない乾燥した和菓子の総称です。

それにたいして、生菓子とは、水分の多い、主として餡とあん類を用いた菓子で、餅菓子、饅頭まんじゆう、羊羹など、和生菓子と洋生菓子のことです。

干菓子は、定義に従えば、落雁や雲平、有平糖、煎餅、八ツ橋などが含まれます。

ほかにも、金平糖、金華糖、生姜糖、和三盆、おこし、甘納豆、五色豆、などがあります。

 干菓子という用語から、煎餅や八ツ橋などが想起されることは少ないですね。

特に、八ツ橋は生八ツ橋があったりしますからね。

干菓子は、落雁や和三盆など、砂糖や麦粉など粉状の材料を成型して作る和菓子を総称することもあります。

干菓子は、供物や茶の湯、冠婚葬祭用として発達し、打物菓子や雲平細工、有平細工など、さまざまな技巧が施されるようになりました。

普段は懐中に入れ、口寂しい時に食べる菓子としても親しまれてきました。

干菓子が水分20パーセント以下なのに対し、水分30~35パーセントのものは半生菓子として区別します。

最中、州浜、石衣、干琥珀などは、半生菓子です。

 最中は、もともと、もち米の粉に水を入れてこねたものを蒸し、薄く延ばして円形に切りそろえたものを焼き、仕上げに砂糖をかけた干菓子だった。

「もなかの月」と呼ばれた干菓子に餡を挟んだ菓子が江戸時代に考案されたが、その後も餡を挟む方法に改良が加えられ、明治期以降に現在の形の皮が完成しました。

この皮種で餡を挟んだ最中が、やがて全国的に広められていき、現在では各地で色々な種類の最中が銘菓として売り出されています。

現在の製法は、皮種については生地を薄く延ばすところまでは原型と同じです.

現在は生地をローラーにかけて薄さ数ミリまでに延ばし、一定の形に切りそろえた後、皮種専用の焼き型で両面同時に焼いていくと、 餅の澱粉が膨らんで焼き型からはみ出る程まで広がり、軽くて歯触りの良い皮種ができあがります。

もち米の粉に水を入れて熱し、それを練ったものを管に通して焼き型にそそぎ込み、直接加熱プレスして皮種を作っていく製法もあり、これにより多彩な形の皮種を作ることも可能になったでしょ。

皮種は一般的に種屋と呼ばれる和菓子材料の専門業者が製造しており、和菓子店へ提供しています。

ごく一部の和菓子店では、最中皮の製造も行っているようですね。

餡については、アズキなど色々な種類があります。

最中の餡は、皮種が湿気を帯びるのを避けるべく水分の含有率を下げており、その分、砂糖の量が多めとなっていることから、照りや粘りが強いです。

この餡を2枚の皮を合わせた状態で隙間がなくなる程度に1枚の皮種へ盛り付けていき、最後に餡を封じる皮種を揃えかぶせて完成となります。

形状もさまざまで、中には皮種がとじ切れないほどの餡を盛り込む横浜市の「喜最中」のように、常識的な最中の形から外れるものもあります。

宮城県では、仙台市に本店のある「白松がモナカ」「寿の三色最中」の2ブランドが名物ですね。

 テレビCMだけでなく屋外広告なども盛んに行っているほど宣伝に力を入れています。

 ところで、なんで最中の話題ですか。

出来立ての最中は、皮種がパリッとしてしっとりした餡との食感の対比がはっきりしてます。

皮種が湿気るのを避けるために、販売時には餡と別にしておき、食べる時に消費者が餡を詰められるようにした商品もあります。

 皮がパリッとして、中がしっとり。

皮付の肉料理は、まさに、そうでしょ。

鶏のクリスティアンは、グリルした鶏のカリカリした食感を味わうわけですね。

フランス人は、鶏のクリスティアンを取り合いするほど好きだそうです。

 鮭の皮付の切り身も、皮が多少カリッと仕上がっている方が、美味しいですね。

 餅も、肉の食感に似ているから、外をパリッとして中がしっとりもちっと焼きあがると美味しいです。

 汁粉や善哉に上手に焼きあがった餅が入っていると、嬉しい。

 最中の皮種は、上手に焼けた餅に似てるわけですね。

カリッと焼けた皮を楽しむといえば、北京ダックもそうでした。

 カリッと焼けたと言えば、煎餅もそうですね。

煎餅とは、穀物の粉を使って作る食べ物の一つで、多くは薄い形状をしています。

 日本では焼き菓子の一種で、平たい形状のものをいう場合が多いですね。

中国では、小麦粉、粟、緑豆などの粉を水で溶いて、鉄板上に広げて焼いた一銭洋食に似た食品をいいます。

一銭洋食は、水に溶いた小麦粉を鉄板で焼き、ネギなど乗せて焼いた鉄板焼き料理です。

 「一銭定食」、「壱銭焼き」、「キャベツ焼き」とも呼ばれるでしょ。

煎餅の煎とは鉄板で焼くことで、薬などを煎じるのとは違うので間違えないでください。

餅の原料には、小麦粉、粟、緑豆、米、芋などがあります。

 中のしっとりさを残して焼くと、肉でいえばレアやミディアム。

 カリッと焼くと、北京ダック。

餅の焼き方は、まさに、肉を連想できますね。

 餡を詰めた最中は、餅や肉の食感を再現した菓子といえる。

そうなるでしょうね。

 江戸時代登場した最中の原型は、北京ダックより、鶏のクリスティアンに似ている。

そして、鶏のクリスティアンのカリカリした食感はフランス人の好物ですよ。

 アメリカで見つかったアイヌに似た古代人骨から、フランスやスペインの様式の鏃が出てる。

 縄文人の特徴を再現したら、フランス人にそっくりな人がいるタレントに似てしまった。

 東北弁の響きは、フランス弁に似ている。

そして、縄文人は日本の先住民ですよ。

日本の食文化、フランスとの類似も探せばまだまだ、ありそうですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »