寿司の文化的背景を考える。
寿司は、なれ鮨に遡ります。
平安時代の927年に書かれたとされる『延喜式』の「主計式」には諸国からの貢納品が記されており、鮓や鮨の語を多く見い出すことができます。
九州北部、四国北部、近畿、中部地区に多く、関東以北には見られないのが特徴的。
当時の詳しい製法を知る資料には乏しいが、魚(または肉)を塩と飯で漬け込み熟成させ、食べるときには飯を除いて食べるなれ寿司「ホンナレ」の寿司と考えられています。
室町時代の1473年から1486年ころ書かれたとみられる『蜷川親元日記』に、「生成(ナマナレ)」という寿司が登場します。
ちなみに「ホンナレ」は、ナマナレに対して後世に作られた造語。
発酵を浅く止め、これまで除かれていた飯も共に食した寿司のことです。
現代に残るホンナレは、ほぼ滋賀県の「ふなずし」に限られます。
ナマナレは、日本各地に郷土料理として残っています。
ナマナレが現代に多く残った理由として、発酵時間が短く、早く食べられることが挙げられます。
日比野光敏著『すしの貌』では、「米を捨ててしまうのがもったいない」という感覚もあったのではないかと指摘しています。
なれ鮨を、チーズに近いのではないかと議論したこともありましたね。
熊野地方には、「本馴れ鮓」と称するヨーグルト状の鮓があります。
『涅槃経』には、こんな記述がありますよね。
「牛より乳を出し、乳より 酪を出し、酪より 生酥を出し、生酥より 熟酥を出し、熟酥より 醍醐 を出す、醍醐最上にして…仏の如く。」
『酪』『生酥』『熟酥』『醍醐』は、諸説あります。
私は、お酒の製造過程で出来る産物ととらえ、『酪』はヨーグルトなどの乳酸発酵乳、『酥』はチーズ、『醍醐』は乳酒とみます。
やはり、なれ鮨は、ヨーグルトやチーズに近いようですね。
そうですね。
寿司にも、いろいろな字が当てられますよね。
鮨もあれば、鮓もある。
「すし」は、「鮨」や「寿司」の字があてられるが、近畿では「鮓」が使用され、延喜式の中に年魚鮓、阿米魚鮓などの字が見えるといいますよ。
「すし」の語源は江戸時代中期に編まれた『日本釈名』や『東雅』の、その味が酸っぱいから「酸し(すし)」であるとした説が有力とされています。
鮓は、魚偏に「ながら」とか「たちまち」と読む乍ですよね。
乍に人偏で作るでしょ。
つまり寿司はもともと、魚の加工食品だったわけですね。
1990年出版された石毛直道・ケネス・ラドル著『魚醤とナレズシの研究 モンスーン・アジアの食事文化』によると、東北タイやミャンマーあたりの平野部をあげ、水田地帯で稲作と共に成立した魚介類の保存方法が後に伝わったとしています。
1970年に出た篠田統著『すしの本』は、東南アジアの山地民の魚肉保存食を寿司の起源とあげ、高地ゆえ頻繁に入手が困難な魚を、長期保存する手段として発達したものとしていますね。
中国で「鮨」の字は紀元前5 - 3世紀に成立した辞典『爾雅』に登場します。
「魚はこれを鮨という。肉はこれを醢という」と対比されます。
醢(ひしお)は魚や鳥などの肉の塩漬けのことだけれど、魚はこれを鮨というと前半にあるので、この場合は肉の塩漬けを指すのでしょう。
当然、鮨は魚の塩辛と思われます。
後漢の『説文解字』に「鮺(zhǎチャア)は魚の蔵」であるとしています。
鮺(チャア)とは古くは鮓を指す言葉で、蔵とは貯蔵形態ということなので、鮓は魚の保存法だったというわけです。
䰼(xínシン、qínチン)と鮺(チャア)は同じとする一方、鮨は魚の䏽醬(bùjiàngブゥチャオ)つまり塩辛だとして区別しました。
ちなみに、䰼(xínシン、qínチン)は、広東語だそうです。
鮺(チャア)がどのような保存食かは不明だが、10世紀の徐鍇の注は「今俗に鮓に作る」としており、おそらくこのあたりが「鮓」の始まりではないかと思われます。
2世紀末成立の『釈名』で鮓は「葅(zūツオー)。塩と米で葅のように醸し、熟してから食べる」とされています。
葅(ツオー)は漬物のことです。
なお葅(ツオー)には肉酱の意味もあるが、鮓の説明に出てくるところから、ここでは漬物と解釈しました。
しかし、3世紀頃に編まれた『広雅』は鮨は鮓なりとして区別せず、東晋の郭璞による『爾雅注』も同じです。
篠田統はさまざまな記録から「鮓」が中国の古い時代にはあまりポピュラーな食べ物ではなかったことを示し、「南方を起源とする外来食」、つまり東南アジアから伝わったものと位置づけています。
実際、東南アジアや広東と言った南方ばかり登場しますね。
そういえば、地理としての長江流域に広東の名前は出てこないけど、長江の経済圏や文化圏を語ると広東はよく出てくるようですね。
日本における文献初見は『養老令』(718年)の「賦役令」で、鰒鮓、貽貝鮓のほかに雑鮨が見えます。
『令義解』はこれに「鮨また鮓なり」と注解しており、以後も日本では鮨と鮓が区別されず、ともにすしとされた。
「正税帳」(729年-749年)にも見えます。
篠田統、石毛直道らによると、これは外から来たものであり、稲作文化とともに中国は長江あたりから九州に伝わったのではないか、とみていますね。
1966年にでている中尾佐助著『栽培植物と農耕の起源』では、寿司の起源は「ラオスの山地民やボルネオの焼畑民族」の焼畑農耕文化複合の一つとされていますよ。
中国南部とラオス、地域としてはそう離れていないですよね。
中国南部とともに、インドシナ三国と日本古代も、繋がりを考えていった方がよいでしょうね。
遺伝子などから見ても、関わりが見えますからね。
寿司と稲作文化、やはり繋がりが強いようですね。
稲作文化と言えば、弥生時代ですね。
弥生時代と長江とくれば、徐福を避けて通れない気がしますよ。
なれ鮨と徐福、何らかの関係があったら面白いですね。
徐福は、中国山東省出身の方士と言われていますよ。
もっとも、秦に併合された徐福の故地である斉は、揚子江として知られる長江下流域の稲作発祥の地という議論もありますけどね。
寿司の起源としての魚の塩漬けに、もっと注目しても良いのでは。
魚偏に旨いと書く鮨という字もあることだし。
そういえば、寿に司と書いて寿司というのは、行事によく使われるからそう書くようになったのでしょうね。
ネタも、魚とは限らなくなったという流れも関係あるでしょう。
稲荷寿司、河童巻きなども、寿司飯が魚以外と組み合わされるようになって、生まれてきたわけでしょ。
ご飯に酢を混ぜる寿司飯ができる前は、米も魚と一緒に発酵していますよね。
つまり、米と魚以外のネタとの出会いは、ご飯とおかずというより、むしろ調味料としての鮨だった可能性はありますね。
「鮓」の読みは899年から901年のころとされる『新選字鏡』で「酒志」、「鮨」の読みは931年から938年とされる『倭名類聚抄』では「須之」とされています。
酒は今でも、調味料としても使われますからね。
時代が下るとともに酒や酒粕、糀を使用したりと、寿司の発酵を早めるため様々な方法が用いられ即製化に向かいます。
そして1600年代からは、酢を用いた例が散見されるようになります。
岡本保孝著『難波江』に、「松本善甫という医者が延宝年間に酢を用いたすしを発明し、それを松本ずしという」とあります。
延宝年間は、1673年から1680年まで続いたのでしたね。
日比野光敏によれば「松本ずし」に関する資料は他になく、延宝以前の料理書にも酢を使った寿司があるゆえ「発明者であるとは考えられない」としていますけどね。
誰が発明したかはともかく、寿司に酢が使われ、酢の醸造技術も進んできて、いよいよ発酵を待たずに酢で酸味を得て食する寿司、「早寿司」が誕生することになります。
炊いたご飯と酢を混ぜる、寿司飯が登場するまで、長い間寿司はむしろ、魚偏に旨いと書く鮨だった。
これは、寿司文化を考えるうえで、大事なところでしょうね。
寿司はもともと、ヨーグルトや魚醤に近かった。
遡れば、そうなりますね。
つまり、チーズに近いと見ても間違えではない。
パンと肉の食感の、意外な近さも、話題にしたでしょ。
日本のパンの好みは、魚の食感に近いという展開になった。
元はヨーグルトやチーズに近い風味の食品だった寿司と、魚に近い食感が好まれるパン。
パンとチーズときたら、チーズフォンジュ…。
そういえば、近年ヨーロッパ人やアメリカ人の間でも寿司は人気ですね。
現在、「スシ」はテリヤキ、天ぷらと並ぶ日本食を代表する食品になっており、日本国外の日本食レストランの多くでは寿司がメニューに含まれています。
特に北米では人気があり、大都市では勿論、地方都市のスーパーマーケットですら寿司が売られていることが珍しくないといいますよ。
2500年前から2000年前の500年間に、中国の土地では大きな遺伝的変化が生じたわけですよね。
山東省の臨淄(りんし)の調査結果でしたね。
約2500年前の春秋戦国時代の臨淄(りんし)住民の遺伝子は、現代「ヨーロッパ人」の遺伝子に非常に近いです。
約2000年前の前漢末の臨淄(りんし)住民の遺伝子は、現代の「中央アジアの人々」の遺伝子と非常に近いです。
現代の臨淄(りんし)住民の遺伝子は、現代「東アジア人」の遺伝子と変わらないといいます。
2500年前から2000年前の500年間に中国の土地から大規模な人類が移動して、現代のヨーロッパ人や中央アジアに近い人たちは日本に来たわけ。
状況証拠からすれば、そうなりますね。
仮に、山東省や徐福が関わっていたとしたら、面白いことになりますね。
もう一つ、気になるのが寿司はもともと魚醤にも近かったことですよ。
稲作文化とともに、中国南部や南アジアから来た可能性があるわけですよね。
稲作と言えば弥生時代、徐福には弥生時代の日本で神武になったかも知れない話がある。
そして、徐福は中国から現代ヨーロッパ人的な人たちを率いて来たかも知れない。
そのヨーロッパ人も、魚醤という点から見て、地中海世界を考える方が良い。
そういえば、クロワッサン( croissant)は、三日月形に作るフランス発祥のパンですね。
バターを多く使っており、サクサクした食感と甘みが特徴的です。
マリー・アントワネットがオーストリアから嫁いだ時に、クロワッサンの製法がフランスに伝えられたという議論がありますよ。
マリー・アントワネットが嫁いだ頃と言えば、ハプスブルグ家のオーストリア宮廷は、ヨーロッパ中で最も権力のあったといいます。
全ての分野で、ヨーロッパで一番の職人を雇っていたそうです。
パン職人は、その頃最も評判の良かったデンマークのパン職人が担当していたそうですよ。
マリー・アントワネットがフランスに嫁いだ時、デンマークのパン職人も同行し、デニッシュ・ペストリーの生地で作ったのが最初のクロワッサンだとされています。
クロワッサン、三日月形というけど、あのサクサクとした食感と甘味、ヨーロッパのパンとしてはどちらかと言えば魚に近いかも。
それより、魚醤といえば、ヨーロッパではやはりイタリアでしょ。
カンボジアのアンコール朝とローマ帝国の不思議な類似、東南アジアと日本の遺伝的繋がり…。
寿司の文化的背景は、想像以上に深く大きいかも。
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