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長谷寺は秦寺?

長谷寺(はせでら、ちょうこくじ、はせじ、ちょうこくでら)は仏教の寺院の名称です。

各地に同名の寺院が多数存在しています。

奈良県桜井市・神奈川県鎌倉市・長野県長野市の三寺をもって 「日本三所」「日本三長谷」 と称する。

日本三長谷

長谷寺 (桜井市) (はせでら) - 奈良県桜井市にある真言宗豊山派(ぶざんは)総本山の寺院。

長谷寺 (長野市) (はせでら) - 長野県長野市にある真言宗智山派(ちざんは)の寺院。

長谷寺 (鎌倉市) (はせでら) - 神奈川県鎌倉市にある浄土宗系単立の寺院。

他にも、秋田から徳島まで、広く分布します。

長谷寺 (由利本荘市) (ちょうこくじ) - 秋田県由利本荘市にある曹洞宗の寺院。秋田三十三観音霊場第8番札所。

長谷観音 (古河市)(はせかんのん) - 茨城県古河市にある真言宗豊山派の寺院。寺号は長谷寺である。

長谷寺 (高崎市) (ちょうこくじ) - 群馬県高崎市(旧群馬郡榛名町)にある金峰山修験本宗の寺院。坂東三十三箇所第15番札所。

長谷寺 (東京都港区) (ちょうこくじ) - 東京都港区にある曹洞宗の永平寺東京別院。

長谷寺 (厚木市) (はせでら) - 神奈川県厚木市にある高野山真言宗の寺院。坂東三十三箇所第6番札所。

長谷寺 (上田市) (ちょうこくじ) - 長野県上田市にある曹洞宗の寺院。

長谷寺 (豊川市) (ちょうこくじ) - 愛知県豊川市にある浄土宗鎮西派の寺院。

長谷寺 (堺市) (はせでら) - 大阪府堺市にある真言宗宗派豊山派の寺院。

長谷寺 (倉吉市) (ちょうこくじ、通称はせでら) - 鳥取県倉吉市にある天台宗の寺院。

長谷寺 (鳴門市) (ちょうこくじ) - 徳島県鳴門市にある高野山真言宗の寺院。新四国曼荼羅霊場第2番札所。

長谷寺 (徳島市) (ちょうこくじ) - 徳島県徳島市にある高野山真言宗の寺院。新四国曼荼羅霊場第82番札所。

これらの寺は、ほとんどが本尊に十一面観音を祀ります。

例外は、徳島県徳島市の長谷寺(ちょうこくじ)の千手観世音千手観世音菩薩です。

長野県上田市にある曹洞宗の寺院である長谷寺は、本尊についていまひとつわかりません。

現在、長野県長野市松代町にある曹洞宗の阿弥陀如来を本尊とする長国寺(ちょうこくじ)の末寺になっています。

だが、同じ曹洞宗でも秋田県由利本荘市の長谷寺は本尊が十一面観音であり、ほとんどの長谷寺と書く寺院も本尊は十一面観音なので、おそらくここもそうではないかと思われます。

上田市の長谷寺は、現本堂は昭和53年(1978年)の再建です。

寛保2年(1742年)土砂災害に巻き込まれ、宝暦7年(1757年)には再び火災で焼失、明治23年(1890年)にも火災に遭い、古い建物は残っていないのです。

ただ、長谷寺と記す寺院の本尊は、ほとんどが観音なのは興味深いです。

そして、長谷寺所在地の歴史をたどると、軒並み、秦氏が顔を出すのです。

 考えてみれば、長谷寺と書いて「ちょうこくじ」とは読めても「はせでら」は、明らかに無理がありますね。

そもそも、どうして長谷(ちょうこく)と書くのかということ自体、謎ですね。

考えてもすぐに答えの出ない疑問は、さておいて、なぜ、「はせ」と読ませるかですよ。

「t音」は、しばしば、「s音」に転化します。

つまり、「hata」は「hasa」に、容易に転化するのです。

そして、「hasa」は発音しやすいように「s音」に引きずられる形で「hase」に転化しやすいのです。

 そうなると、「はせでら」は、「はたでら」だった。

 秦氏(はたし)の長谷寺(ちょうこくじ)が、つまって、長谷寺(はせでら)…。

そう見るのは、自然でしょ。

 関東や近畿は、秦氏がいたのは知ってます。

 中国地方も、秦氏がいたのはあり得るでしょう。

 だけど、四国や秋田は、意外ですね。

多くの人にとって、盲点だったかもしれませんね。

さらに、秦氏にはユダヤの転化だったという説があります。

 「ユダヤ」=「ィエフダー」語源説ですね。

 「ィエフダー」から、「ィエハダー」、「ハダ」、「ハタ」になったという。

そうなると、十一面観音の11は、生命の樹の11の節ではないかと言う疑問が出てくるわけです。

 じゃあ、千手観音の千は、千年王国の、千ですか。

そうなるでしょうね。

長野県長野市松代町にある曹洞宗の阿弥陀如来を本尊とする長国寺は、同じ長野県にある上田市の長谷寺がもとになって作られた寺院です。

その本尊が阿弥陀如来なのは、偶然でしょうか。

仏から、放射線状に手が出れば千手観音、放射線状に光が出れば阿弥陀如来ですよ。

そして、阿弥陀の語源とされる、梵名の「アミターバ」は「無限の光をもつもの」、「アミターユス」は「無限の寿命をもつもの」の意味で、これを漢訳して無量光仏、無量寿仏とも言います。

 イエスは多くの人を救済しようとしている救世主とされるから、多くの人を救う千手観音に、似てますね。

 そして、イエスは体が光ったから、無量光仏に近い。

 さらに、イエスは復活で永遠の命を得たから、無量寿仏に近い。

イエスについては、聖書の奥義であるカッバーラを明かした存在と指摘する人もいますよ。

 そして、十一面観音の11は、生命の樹の11の節の可能性がある。

さらに、生命の樹はイエスそのものという声もあります。

 それじゃあ、十一面観音も、イエスの象徴ですか。

秦氏については、ユダヤ人説ばかりか、ユダヤ人キリスト教徒説まで、ありますよ。

面白いことに、大乗仏教にはキリスト教の影響を受けて成立したという説もあります。

高野山は、イギリス人のE.A.ゴルドン夫人が景教碑のレプリカを建てたいという申し出を受け入れました。

仏教もキリスト教も元は一つであるという「仏基一元」の考えが夫人の研究テーマでした。

秦氏は、仏教と神道、どちらにも深くかかわった不思議な一族です。

 そのうえ、キリスト教まで関わりが見えるのは興味深いですね。

謎の多い、一族ですね。

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コメント

観音霊場と秦氏との関係について調べていて、ここに来ました。「神秘と感動の絶景を探し歩いて」というブログでは、観音霊場と巨石信仰との深い関係を実例を挙げて指摘しています。そして「…古い伝承をもつ観音霊場では、本尊の観音がしばしば岩盤や岩穴の周辺にあらわれ鎮座したという話がすくなくない」(山折哲雄著『仏教民俗学』)という記述を載せています。私は、そういった観音霊場は、イエスキリストが横穴式の墓に葬られ3日後に復活した故事にちなんで意図的に造られたのではないかと推測しています。そして、そこにはイエスキリストの直弟子の子孫、秦氏が関わっているのではないかと考えています。そういう意味で、ここで長谷寺と秦氏とのつながりを指摘されているのはとても興味深いです。以前から言われていることですが、天皇が亡くなることを「お隠れになる」と表現します。そうすると古事記の「天照大神の天岩戸がくれ」は、アマテラスが死んだことを意味することになります。その神話は、イエスキリストが亡くなり横穴式の墓に葬られ、そこから復活したという過去の出来事を伝えている。この例からもわかるように、日本にイエスキリストの教えを受け継ぐ人たちの一団が渡来し、彼らがそれを陰陽道や神道といった形で継承・発展させながら、日本にあまねく広めていったと考えられます。日本に仏教が伝わってきたとき、彼らはその本質が原始キリスト教と同一であることを見抜き、積極的に取り込んだのではないでしょうか。京都の太秦の広隆寺がそのいい例です。そこで行われる牛祭に登場する謎の神、摩多羅神のルーツは中東で隆盛したミトラス教であるとされます。観音霊場にも彼らが積極的に関わり、イエスキリストの故事を投影させた形にしたのではないかと推察しているのですが、どうでしょうか。ながながと失礼しました。

投稿: かつ | 2025年7月22日 (火) 22時43分

すみません。観音さまの11という数字について書かれているので、ついでに三十三応身、三十三観音霊場、三十三間堂などの33という数字について。飛鳥昭雄・三神たける著『失われた地底王国「シャンバラ」の謎』によれば、33は、カバラの生命の樹において隠されたセフィロト(球体)であるダアトを含めたセフィロトの総数11と、パス(小径)の総数22を合わせた特別な数。観音菩薩の別名観世音菩薩の世という漢字は、30という数字を表すが、じつは33を表してもいる。3+3=6の6は、完全数7に対して1つ少ない人間を表す数。それはこの「世」を表す数字。イエスキリストは人として生まれ、33歳で人として亡くなることにより、この世の数字を体現している。といった具合です。数秘術からも、観音菩薩はイエス・キリストと同一神であると言えるようです。

投稿: かつ | 2025年7月22日 (火) 23時22分

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