蜀江坂。
蜀江は中国の川で 風光明媚なところと云われ、また、織物の「蜀江錦」はその美しさで知られています。
おもしろいことに、日本にもその名を冠した地名があります。
目黒区、新宿区、港区ですね。
目黒区の蜀江坂の名の由来は、「衾村々誌」にこうあるそうです。
1365年、世田谷城主の吉良治家が、わが子祖朝の若死にを悼んで東岡寺を建立したとき、蜀江の錦、七条の袈裟と土地を寄進した。
蜀江坂はこれにちなんだ名である。
東岡寺は、いまでは東光寺と呼ばれています。
なお、七条は袈裟の大きさを表します。
条とは小さな布を縦に繋いだもので、袈裟はこれを横に何条か縫い合わせて作られます。
条の数は一般には五条、七条(しちじょう)、九条(くじょう)の3種類であり、条数の多い方が尊重されます。
古い時代の袈裟には十五条、二十三条なども見られたといいます。
蜀江坂は、かつて、中根二丁目18番を西の立源寺裏から東の呑川に下る農道で、野良仕事の行き来に利用されていたが、昭和初期に行われた耕地整理により廃道となった坂です。
なお、いまでも蜀江坂の名は目黒区に残っているが、かつての急で滑りやすかった坂と違い、緩やかな勾配になっています。
新宿の蜀江坂は、新宿区北新宿1丁目と2丁目の間を、南から北に向けて上る坂道です。
坂下部は北新宿1丁目34番と2丁目3番の間、坂上部は北新宿1丁目32番と2丁目4番の間になります。
標識にはこうあります。
かつてこの辺りが蜀江山と称されていたためこう呼ばれる。
蜀江山の由来は、天慶の乱の時平将門(あるいは弟の将頼)が蜀江錦の衣の袖を落としたから、あるいは江戸時代に三代将軍家光が鷹狩でこの地を訪れた時、紅葉の美しさを蜀江の錦のようだと称賛したからだという。
天慶の乱とは、天慶2年(939年)に関東と瀬戸内海で起きた平将門の乱と藤原純友の乱の総称です。
徳川家光は、慶長9年7月17日(1604年8月12日)に生まれ、慶安4年4月20日(1651年6月8日)に没しました。
在職は、元和9年(1623年)から慶安4年(1651年)までです。
港区の蜀江坂白金四丁目と六丁目の境界にある坂道で、北から南に登っています。
標識には、こうあります。
坂の上の丘を紅葉が美しい中国の蜀江にちなんで蜀江台と呼んだことからつけられた。
むかしの字名は卒古台である。
蜀江を冠した地名は、日本ではほかにないようですね。
港区の蜀江坂の説明、そっけないですね。
由来に中国の蜀江にちなんだとあっても、誰の名前もない。
逆に言えば、それだけ古いので名付けた人の名が伝わっていないということですよ。
新宿の蜀江坂で、天慶2年(939年)に蜀江錦の衣の袖を落としたのは平将門か、弟の将頼か、分からないわけでしょ。
あれだけ名のある人物の持ち物でありながら、誰が落としたか特定できないというのも、ちょっと変ですね。
この説が疑わしいから、三代将軍家光説が出たと思えます。
しかし、天慶の乱に遡る説がある以上、家光説も疑わしいでしょ。
目黒区の蜀江坂は、間を取って1365年ですねえ。
目黒区の蜀江坂は、かつて米や麦、竹の子などの野菜づくりを主とする農村の赤土の滑りやすい日陰の急な坂だったというからもっと昔はうっそうとした緑に覆われていたかも知れないですよ。
そうなると、気になるのは港区の説明ですね。
紅葉が美しい中国の蜀江にちなんで蜀江台と呼んだと、ありますね。
むかしの字名は卒古台、つまり、音が正しく伝わらなかった。
裏を返せば、それだけ古くからの地名だった。
昔の日本語は、二重母音でしょ。
それも、あいまい音になりやすいワ行母音だった。
蜀江は、容易に卒古に転化しやすい。
台は高台という事だから、蜀江台が卒古台になまったのでしょうね。
新宿区の説明にも、紅葉の美しさを蜀江の錦のようだと称賛と記すでしょ。
目黒区の蜀江坂も、蜀江にちなんで名付けられた名前と見る方が自然でしょ。
しかも、名付けた人の名は伝わっていない。
誰言うとなく、蜀江を連想すると言い出したと、いう事でしょ。
もっといえば、蜀江を思い出したから、となる。
古代、関東に蜀から渡ってきた人々が住み説いて、故郷を想ってこれらの地に蜀江の名を付けたのでしょうかねえ。
朝鮮の高麗などにちなんだ地名があることを考えたら、可能性がないとは言いきれないですね。
関東の古代、謎が多いですねえ。
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