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2011年9月

女媧と伏羲と香箱猫?

香箱座りの時、猫の体は頭の丸と胴体の四角の組み合わせの形になります。

丸は天、四角は地を表現し、猫は太陽神の象徴とされたのでした。

日本の太陽神は、正式名称を天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命と言われるが、天照国照彦・天火明命・櫛甕玉饒速日命に御霊分けられます。

 天と地と太陽神とくれば、頭の丸は天照、胴体の四角は国照を指し示すと見れないでしょうか。

つまり、天照国照彦ですね。

さらに、夜になると光る猫の目は夜道を通る太陽の目ともされたから、天火明命に対応しそうでしょ。

しかも、狩人としての猫は俊足を誇るので、饒速日命と呼ばれても不思議ではないと思われます。

 おまけに、櫛甕玉の玉は日本の猫の代名詞でしょ。

“大”を二つ重ねたものが、“太”だそうです。

ならば、“玉”は、“王”を二つ並べたものかもしれません。

 男王と女王とか。

おそらく、そうでしょう。

 そうそう、将棋は王と玉でしょ。

先手をさす下手(したて)が玉を、後手を指す上手(うわて)が王を持ちます。

 これ、上手(うわて)の王が天帝で下手(したて)の玉は国王とか。

それも面白い解釈ですね。

『出エジプト記の秘密 モーセと消えたファラオの謎』には、神の古い表記法として、“ヨッド י ”を左右に並べた“ヨッド י ヨッド י ”を挙げています。

聖四文字において、“ヨッド י ”は頭にあたる文字とされます。

 “ヨッドヘーヴェブヘーיהוה ”でしたね。

 へブル文字は、横書きでも縦書きでも良いという、日本語表記と似た性質があるのですよね。

 へブル文字は右から左、日本語の横書きも昔は右から左だったでしょ。

日本語では、アルファベットやアラビア数字と混ぜて書きやすいように、左から右に変えられましたけどね。

伏羲は太陽と規(コンパス)を手にし、 女媧は月と矩(さしがね)を手にしています。

この姿は、並んだヨッドに繋がってはいないでしょうか。

伏義も女媧も王であったわけなので、並んだ王、つまり“王王”であり、“玉”そのものではないかと見えます。

 規は円であり、円は天(陽の気)を表し、 矩は方であり、方は地(陰の気)を表すのでしたね。

コンパスは円はもちろん、陰陽における陽としての男・天・日などを表し、定規は方(正方形)はもとより、陰陽における陰としての女・地・月などを表しますよね。

 天と地からなる宇宙をさす、天円地方ですね。

そして、香箱猫は頭の丸と胴体の四角の組み合わせの形になります。

 エジプトの神話では、天の女神と地の男神を描いた図を見た覚えがあります。

これも、陰陽道では説明できます。

天は陰に配され、陰には女も配されます。

地は陽に配され、陽には男も配されます。

常に万物は陰陽の組み合わせと言うのが、陰陽道の基本です。

 陰陽では、上が陽、下が陰、これが基本でしたね。

 当然、上は天、下は地なはずでしょ。

男性原理の天だからこそ女神が、女性原理の地だから男神が、配されたというわけなのです。

 それが、エジプト神話の配置。

陰陽合一の太極という、ことなのでしょう。

このエジプト神話から、後天易の天が陰で地が陽の配置が生まれた可能性はありそうです。

 エジプトからの伝播説ですね。

コンパスを持つ女媧と定規を持つ伏羲は、エジプト神話を元にしているのかも知れないですね。

 陰陽の後天易も、エジプトの影響。

そうかも。

 そういえば、エジプトは東が生者、西が死者の町ですよね。

女性原理と男性原理の合一の太極によって、世界は満たされているのです。

 六芒星も。

太極の象徴の一つですよ。

 右道のヨーガも左道の性の教義も、さまざまのシンボルによって彩られていますよね。

それらは文字通りシンボルであって、それ以上でもそれ以下でもないのです。

これらのシンボルを真似て、奥義に近づこうとする者がいるが、はっきり言って、それらの試みは無意味です。

シンボルの奥に潜むものは、シンボルが何を語るのかを直視してこそ見えてきます。

 シンボルは、一種の文字と見て良い。

そういうことです。

左道と右道どちらの行者も、行のための行に陥っています。

特に左道は煩悩に溺れ、淫し邪教に陥る危険があるだけに、安易に行者にならないほうがいいのです。

 右道のヨーガは、せいぜい健康法としてたしなむくらいでいい。

ヨーガの形は、禅の姿勢の一種くらいの位置付けとみるのがちょうど良いでしょうね。

左右両道に偏らない、その丁度中ほどを心がけるのが、良いようです。

 中ほどを意味する言葉として、中道とか中庸があるでしょ。

中道は、釈迦が仏教の基本理念として説かれたものです。

中庸は、孔子が儒学の根本を為す最高の道徳観念として説かれたものです。

面白いのは、同じ基本理念を説いた両者がほぼ同時代の人であったという厳然たる事実です。

釈迦は、諸説あるが、前四六三年もしくは五五六年から前三八三年もしくは四八六年の人であろうと見られています。

孔子は、前五五一年から前四七九年の人です

当時、「中」思想の潮流が、全世界を席巻していたことが伺えます。

 そういえば、前384年から前322年とほぼ同時代に生きた、古代ギリシアの哲学者、アリストテレスも中庸を徳論の中心概念としているようですね。

日本においては、中道と中庸は、神道の一神観と一致するものとして受け入れられた形跡があると指摘する人もいます。

天御中主神の中や、中山がこの国の中心とされるのが、その証拠だと言います。

中山三山は、この国の心御柱に当たり、京都の丁の字型が、正中の忌柱に当たるそうです。

京都は碁盤の目というけど、実際は道の配置に注目すると中ほどに丁の字が浮かび上がってくるのです。

 この丁の字型は、京の町に隠された呪術の人形(ひとがた)にも見えますね。

北、すなわち天に向かって呪術の人形が飛んで行って災いを祓って欲しいという願いが込められているのかも知れません。

そうそう、ヨーガの左道と右道ですね。

ヨーガの左道と右道もまた、実は陰陽なのです。

 だから、間を取る中道を進むのが良い訳ですね。

 じゃあ、ヨーガの左道と右道も、王と王で玉の構図ですか。

女媧と伏羲が連想できそうですからね。

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プラズマは液中で発生する。太陽は本当にガス天体か。その3

TBS系列放送の「夢の扉」、2011年9月25日の放送のタイトルは、“夢の水素社会へ 廃油から取り出した水素で、自動車を動かせ!”でした。

番組HPにはこうあります。

あらゆる産業から排出される廃油・・・そこから水素を取り出し、乗用車を走らせようという世界初のプロジェクトが進められている。

それは、液体の中に太陽を造るという“常識外れ”の発想から始まった。

プロジェクトを進めているのは愛媛大学大学院教授 野村信福の研究チーム。

そもそも、野村の斬新な発想は居酒屋で生まれた。

同僚の豊田准教授と飲んでいた時のこと、それまで気体から作るのが常識だったプラズマを液体で作ることを思いついた2人。

電子レンジのマイクロ波を使い、液体の中に3000度以上の状態を造り出す。

その分野では世界的に注目される研究者だ。

研究を始めた10年前、誰もがマユツバものだと罵った。

しかし、野村には確信があった。

それは、大学時代の恩師が口癖のように言っていた言葉「まずは常識を疑え。脱常識」。

航空機事故に遭い、志半ばで他界した恩師の言葉を胸に研究を続けた野村。

2002年、2人は世界で初めてマイクロ波を使った液中プラズマを発生させることに成功。

この技術で要らなくなった廃油から水素を取り出し、さらに廃油の処理コストも削減できるという。

環境への負荷を減らそうというのは世界の流れ。

ただ石油に比べて供給コストがかかるのが水素燃料の課題。

廃油から取り出した水素で乗用車が走るようになれば、水素社会への新たな扉を開くことになると野村は言う。

地方大学の研究者らがプライドをかけて臨む次世代エネルギーへの挑戦。果たしてその結末は・・・

これは、私にとって興味深い放送でした。

廃油から水素を取り出す技術のカギは、液中プラズマが握っていたのです。

野村信福は、液中プラズマを「液体の中に太陽を作る」事だといいます。

この発想は、「液体の中でプラズマを発生させてダイヤモンドが作れたら」という同僚である豊田准教授のボヤキから生まれたのです。

そして二人の共同研究が、始まります。

液体を十分に高温化すれば、気体どころか液中にプラズマが発生します。

連続してプラズマを発生させるには、マイクロ波を使えばいいのです。

彼らが使ったマイクロ波発生装置は、なんと、特売の電子レンジ。

苦労して実験を重ねました。

二人の夢は、叶いました。

アルコールや廃油から、水素とともにダイヤモンドも得られたのです。

 炭素を含む液体だから、可能になるのでしょ。

普通の水では、水素はできてもダイヤモンドは当然無理ですよ。

これまで人工ダイヤモンドを作るには、大変でした。

現在では、ダイヤモンドを人工的に作成する方法は複数が存在します。

まず、炭素に1,200 - 2,400℃、55,000 - 100,000気圧をかける高温高圧法( High Pressure High Temperature, HPHT)。

これには、静的高温高圧法と動的高圧高温法とがあります。

大気圧近傍で合成が可能な化学気相成長法(Chemical Vapor Deposition, CVD)というものもあります。

熱CVD法、プラズマCVD法、光CVD法、燃焼炎法などによりプラズマ状にしたガス、例えば、メタンと水素を混合させたもの、その他にメタン-酸素やアセチレン-酸素などから結晶を基板上で成長させる方法などです。

これらが、これまでの主な人工ダイヤモンド製造法でした。

 いずれも、大がかりな装置が要りそうですね。

それが、液中プラズマの技術でダイヤモンドができてしまうのです。

工業用ダイヤモンドの安価で迅速な量産が、可能になったのです。

 水素も、電気分解が最も簡単な方法でしたね。

 効率よくやるには、あとは、科学反応の副産物ででる水素を集めるくらい。

それが、電子レンジで出来てしまうわけだから画期的でしょ。

あとは、どちらも量産化の技術開発に取り組む段階に進むことになるでしょう。

この研究は、プラズマはガスの中でなければ発生しないというこれまでの常識を打ち砕きました。

 固体プラズマ研究も、あるって聞いたことありますよ。

最近は、固体プラズマ研究も進められています。

液中プラズマは、十分に高温な液中で発生します。

野村信福は、液中プラズマを「液体の中に太陽を作る」といいます。

言い換えれば、太陽は液体の塊であっても一向にさしつかないという事なのです。

 そういえば、太陽には大量の水分子がありますね。

太陽が水の星であっても、プラズマが内部で発生して光っている可能性は十分あり得ます。

プラズマでも、核反応のときと同じような放射線の発生は確認されているのです。

 でも、ニュートリノは各段に少ないでしょ。

プラズマなら、ニュートリノの発生は少なくても良い訳です。

 しかも、液中プラズマなら、なおさらですね。

低い太陽表面温度と高いコロナの温度の謎も、太陽が水の天体であれば説明が可能になります。

 太陽が水の星であっても、液中プラズマは発生する。

 しかもそのプラズマは十分高温なら、それ自体が新たな電磁波の発生源になりえますね。

ならば、そうやって発生した電磁波で太陽の大気がプラズマ発光してもおかしくないでしょ。

 太陽はガス天体で核融合で光っていたというのは、歴史上の古典的な説になる。

素直に考えれば、そうなるでしょ。

追記

水中に限れば、マイクロ波によるプラズマの連続発生装置の特許が出願されていました。

水中で連続してプラズマを生成できる
マイクロ波液中プラズマ装置
特願出願中(未公開)
開発グループ
 北海道大学大学院工学研究科米澤徹教授
 アリオス(株)-東京都昭島市
 (株)菅製作所-北海道北斗市

http://www.mcip.hokudai.ac.jp/TLO/pdf/10-02_plasma.pdf

また、ジュール加熱と高電圧パルスによる液中プラズマの連続発生装置がすでに商品化されています。

ソリューションプラズマとは名古屋大学高井教授が提唱されておられる従来のガスなどの雰囲気中ではなく、液中プラズマを発生させ、新しい材料合成や加工の場を作り出そうとする、新たなプラズマ応用技術です。

ソリューションプラズマによって、ナノ金属粒子の生成回収や、液中の殺菌・滅菌など従来では不可能だった新たな分野の開拓が可能です。

http://pekuris.co.jp/plasma_water.html

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柱と日本とイスラエル?

神を柱であらわすのは、日本とイスラエルくらいのものです。

古代イスラエルには、アシラという女神が信仰されていました。

このアシラ神は、枝を切り落とした木の柱がシンボルとして信仰されていました。

柱には、アシラの転化という説も立っていますよ。

実際、「アシラ」は発音次第で「ハシラ」に容易に転化します。

 柱というのは、上に向かって聳え立つような形ですよね。

 リンガも、柱崇拝の一種かしら。

アシラは、女神のシンボルですよ。

リンガは、男神のシンボルですよ。

 中東のペルシャと南アジアのインド、神と悪魔は立場が入れ替わっているでしょ。

 ヨーロッパとアジアや日本、不思議なほどいろいろと逆になるものがある。

 鋸の歯の向き、鉋をかける向き、などはよく引き合いに出されますよ。

 アシラとリンガ、どちらかが転化だったりしないですかね。

 おそらく、リンガの方が転化した音では。

男神のシンボルであるリンガは、しばしば、女神のシンボルであるヨーニと対になりますね。

しかも、リンガとヨーニの対で表されることが多い。

 リンガが本来、アシラ女神のシンボルであったことを示したかったのかしら。

“a”は“h”音がついて“ha”に転化しやすいです。

そして巻き舌音化で、“ha”は“ri”に、“si”は“n”に、“ra”は“ga”に、それぞれ転化した可能性はあり得ますね。

 やがて、リンガの正体はアシラだったことは忘れ去られたが、もともとは女神のシンボルであったのでヨーニを合わせたのかしら。

アシラの方が、陰陽合一によって女神のシンボルとされた経緯が忘れ去られた姿だったかも、知れないですよ。

陽を表す形のアシラに、陰を配して太極にするため、あえて、女神のシンボルとしたのでしょう。

リンガとヨーニの対は、陰陽合一をわかりやすく表した姿だったでしょうね。

 アシラは、陽極まりて陰で、陰の女神とされたと見ても良いのでは。

いずれにしても、陰陽合一で太極になるという解釈に変わりはないですよ。

 かつてのペルシャ領は、ほとんどがイスラム圏に入っているでしょ。

 面白いのは、イスラム教のモスクにはしばしば、ミナレットと呼ばれる塔が建っていることね。

ミナレットの起源は、諸説あるようですね。

ユダヤ教のシナゴーグや、キリスト教の教会にも、しばしば塔と言える構造があるけれど、ミナレットほどの高さへのこだわりはないようです。

 例外も多いけど、モスクで複数の塔を立てる場合、四本が多いようですね。

 これ、諏訪大社の四本の御柱と似てますよね。

 社殿の四方に立っていないから、あまり比べる人を見ないけど。

日本には、インド人から同胞と勘違いされる人も、中東のどこか、つまり古代ペルシャ領のどこかから来たと錯覚される人も、いますよ。

そして、タミル語に日本語の語源説が出ているし、さらに、古代日本に多くのペルシャ人が来ていることは記録にはっきり残っている。

諏訪大社の御柱に古代中東の影響があっても、それほど不思議ではないですよ。

 確かに。

 日本とチベットは、イスラエル人を除けば古代中東の遺伝子が今日まで残っている数少ない民族だし。

同祖神は、仲睦まじい男女像、それも年配に代わっているけど、時代を遡ると若い男女像だったようですね。

 おまけに、あからさまな陽の物や、陰陽石が祀られる土地があったりするでしょ。

こちらの方は、インドのリンガとヨーニが形を変えて今に伝わっているのかも知れないですね。

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義に生きるとはどういう事か考えてみた。

多くの宗教家は、この経典に従えば、経典の内容を伝える私の言葉に従えば、天国に行けますよ、極楽に行けますよと、説いているでしょ。

 そうですね。

そして、神や仏の御心にしたがって生きるものが、たとえどんなに現世で苦労しても神仏はちゃんと見てくださって、天国や極楽に受け入れてくださいますよと、説く場合が多いでしょ。

 そうですね。

だけど、こう思いませんか。

神仏の御心に叶う生き様の人が集まる天国や極楽がそんなに素晴らしいなら、この世に実現できないだろうかと。

 そういえば、そうですね。

思い起こしてください。

偉大な宗教家たちは、神仏の御心に従ったら死後に天国や極楽に行けると説いたでしょうか。

現世を神仏の御心に従うものたちで満たそうと、活動なさっていたのではないでしょうか。

そして、現世で神仏の御心の世に生きられなかったとしても諦めないで生きたものたちは天国や極楽が迎え入れられると、説かなかったでしょうか。

 義に生きるものは幸いである、神の国はあなた方のものだと、イエスは仰いますね。

 一方で、主よ主よとこれ見よがしに私の名を呼ぶものがある、私は言う、あなた方を知らぬとも、仰る。

 義に生きるものであれば、わざわざ、神の注意を引こうとしなくても神の方から注意を払ってくださる。

 なぜなら、義とは神の道を歩くことだから、こう言い換えられるわけでしょ。

 神の道に生きるものは幸せである、神の国はあなた方のものだ。

つまり、義=神の道なわけですね。

そして、神の道である義に生きることを妨げるならば、そのものはサタンであるわけです。

イエスは、地上に神の道に生きるもので満たそうとなさったわけです。

たとえ、サタンが妨害しようとも神の道に生きるなら死をも恐れない人たちとなるわけです。

 だから、キリスト教の歴史は殉教の歴史でもある。

困っている人がいたら我が身を省みずに救いの行いに入る、これは仏教も説きます。

もちろん、そのたびに死んでいたら命はいくらあっても足りないから、神仏の御心に生きるためになら死を恐れるなという事でしょうね。

 マルクスとエンゲルスをサタニスト呼ばわりする人がいますね。

日本共産党の歴史は、まるで殉教の歴史ですよ。

関東大震災の直後から、弾圧の危険をも顧みず救援や救済の活動を行ったのが共産党員や日本民主青年同盟(民青同盟)の前身である共産主義青年同盟(共青)の仲間たちであり、弾圧したのが今の自由民主党の前身であった政党ですよ。

弾圧にあって絶命するまでの間、何人もの人を救っています。

他の災害でも、同様の事例はあるようです。

戦後も、東日本大震災で困っている団体に義援金を届けたらこう言われたそうです。

ほかの党が顔を見せるのはお金が欲しい時ばかり、お金を持ってきてくれた党をはじめてみた。

政党助成金ともいわれる政党交付金の総額は300億を超えます。

議員歳費の総額は300億弱です。

それでも、政党交付金を貰っている他の党は企業団体も集めようとします。

政党交付金は、企業団体献金廃止の代わりであり個人献金で賄えるまでの過渡的なお金だったはずです。

どちらが義に生きようとする党ですか。

地上に神仏の道に生きる人の世を拵えようとしたのは、社会主義や共産主義も同じです。

だが、夢や想いを告げて賛同者を募り実現しようとするのは同じでも、夢物語や改良主義に終わった社会主義者ばかりです。

マルクスやエンゲルスは、古代から正しさが神仏に由来するカッバーラやタントラや陰陽として伝えられてきた唯物弁証法を用いて、社会主義を科学に変えました。

地上に神の国を齎そうと奮闘したイエスの想いを、むしろ忠実に引き継ごうとしたのはマルクスやエンゲルスであり、神の国を死後の世界にすり替え現世に我慢させるための阿片に堕落させたのが当時の教会だったと言えるでしょう。

イエスは神殿の堕落を批判し、マルクスとエンゲルスは教会の堕落を批判しました。

もし、教会を罵ったが故にマルクスとエンゲルスがサタニストであるなら、神殿の堕落を批判したイエスはどうなりましょう。

当時のユダヤ教やローマの支配を脅かす存在となりながらもイエスは、奇跡で人々を救いました。

多くの人を救いながら、ユダヤ教やローマ支配への脅威とみなされたがために十字架にかけられたイエス。

 ソ連東欧は、マルクスやエンゲルスの示した道から外れ破綻したでしょ。

 これ、神の名をこれ見よがしに語りながら神の道に外れていることに気づいていない教会の運命の予型だったりして。

ありえますね。

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弁証法論理と形式論理学はどういう関係か。

弁証法論理学には、客観的世界の法則という側面と認識によって得られた法則の知識を言う側面があります。

 それを言ったら、形式論理学にも客観的世界の法則という側面と認識によって得られた法則の知識という側面があるのでは。

当然あります。

 だったら、論理学には客観的世界の法則という側面と認識によって得られた法則の知識という側面があると、言えば良いでしょ。

形式論理学では、論理の立て方の方が、より大きく注目されてきたからです。

例えば、三段論法がそれです。

 「大前提」「小前提」「結論」の、三段ね。

よく挙げられるのは、「全ての人間は死ぬ。ソクラテスは人間だ。従って、ソクラテスは死ぬ」ですね。

基本的なパターンは、4つあります。

A = 全称肯定判断 ≪全ての人間は生物である≫

「すべての人間は生物である。ソクラテスは人間だ。従って、ソクラテスは生物である」

E = 全称否定判断 ≪全ての人間は不死ではない≫

「全ての人間は不死ではない。ソクラテスは人間だ。従って、ソクラテスは不死ではない」

I = 特称肯定判断 ≪ある人間は学生である≫

「ある人間は学生である。ソクラテスは人間だ。従って、ソクラテスは学生である」

O = 特称否定判断 ≪ある人間は学生ではない≫

「ある人間は学生ではない。ソクラテスは人間だ。従って、ソクラテスは学生ではない」

ここで気を付けないといけないのは、形式論理学は前提が真であるか偽であるかを、論理学それ自体が問わないのです。

大と小、二つの前提が真なら結論も真。

大と小、二つの前提が偽なら結論も偽。

 つまり、前提が全体として真なら結論も真、前提が全体として偽なら結論も偽、でしょ。

そうですね。

しかし、形式論理学は結論を正しく導く議論の立て方や、説得力のある議論の立て方として発展してきた、論理学と言えます。

そして、形式論理学の最たるものが数式であり、天文学や物理学、経済学などが発展するにつれて、数式が世界の動きを表す法則の記述法として発展してきました。

 しかし、形式論理それ自体は、客観的世界の法則として認識されてきたとは言えない。

そういうことですね。

だからマルクスは、従来の哲学は世界を解釈してきたに過ぎない、大切なのは世界を変革することだと、言いきったわけです。

 弁証法論理学は、認識論と論理学を一体として捉えたわけね。

弁証法論理学には、客観的世界の法則という側面と認識によって得られた法則の知識を言う側面があります。

それは、弁証法哲学の認識論の一番の根底に反映論があることと関係しています。

形式論理学には、帰納法と演繹法があります。

どちらも前提が正しければ結論も正しいが、どちらの論法を取るべきかの判断基準は必ずしもはっきりしていなかったといえます。

強いて言えば、一般論を導く帰納法と具体論を導く演繹法、という使い分けがあるくらいです。

弁証法論理学は、帰納法と演繹法の位置付けをはっきりさせました。

問題を掘り下げ一般法則を導く下降過程が帰納法で、一般法則を展開して問題を再構成する上昇過程が演繹法です。

 役割を明確にしたことで、帰納法と演繹法の使い分けもやりやすくなるわけね。

物理学でいえば、基本的粒子探しが下降過程の帰納法、基本的粒子からの現実世界の再構成が上昇過程の演繹法となります。

 化学でいえば、反応をしている元素や分子探しが下降過程の帰納法、元素や分子を反応させ化合物を生成するのが上昇過程の演繹法。

 数学でいえば、公式探しが下降過程の帰納法、公式の展開が上昇過程の演繹法。

 料理でいえば、素材探しやレシピ作りが下降過程の帰納法、実際の味作りが上昇過程の演繹法。

じっくり、探してくださいな。

先に話し進めたいですから。

弁証法哲学の反映論が、下降過程が帰納法で、上昇過程が演繹法という役割分担があることを、明らかにしたといえます。

そして弁証法論理学には、世界の階層性があります。

フラクタルは、最新数学理論に世界の階層性が反映されたものです。

 帰納法の結論同士で、さらに帰納法をするようなことね。

原理的には無限に可能だけど、現実的にはどこかで底のような状況に突き当たるけどです。

 科学でいえば、分子、原子、電子と原子核、さらに原子核は陽子と中性子、みたいなことね。

 陽子と中性子は、さらにクォークへ。

 そして今のところクォークで止まっている。

弁証法論理学の矛盾とは、相補関係が本質的にもつ動的な釣り合いのことです。

 陰陽道でいえば陽と陰ね。

 陽も陰も、原理的にさらにその下の陽と陰に無限に分解できる。

 陰陽には相生と相克がある。

弁証法でいえば、対立物の統一と闘争ですね。

もちろん、現実的には底に見える状況は出てくるです。

 だが、底と思えば、それから先に進めない。

 まだ先があると思えば、無限に掘り下げは可能。

もちろん、理論上は、ですよ。

今までの釣り合いが限界に達したら、新たな釣り合いに移行するのです。

 陰極まりて陽、陽極まりて陰ね。

量から質、質から量の転換ですね。

そして、質に注目すると、否定の否定、となります。

形式論理学では、否定の否定は肯定となります。

しかし、これでは質の側面しか見ていないわけです。

量的には、大きな変化が起こり得るわけですよ。

 天候によって、豊作もあれば不作もある。

ただし、比較されるものは質的に同じでないといけないのです。

 組み立てられる議論や事実の間に、矛盾があってはいけない。

弁証法論理学とは、形式論理学に変化という視点を持ち込んだものであって、矛盾を持ち込んではいけないのです。

 矛盾とは変化の原動力であって、論理自体は整合性がないといけない。

 それが、弁証法ね。

弁証法論理学は形式論理学に変化を持ち込み、非可逆的過程の考察が可能となるわけです。

 特殊論理学=形式論理学。

 一般論理学=弁証法論理学。

 そういうことでしたね。

そうですね。

 変化を時間経過と置き換えても、良い訳ね。

ええ。

そして、こうなります。

時間=因果関係

時間の非可逆性についての議論が袋小路にはまるのは、形式論理学でばかり考え、弁証法を無視しているからでしょうね。

 言ってみれば特殊相対性理論ばかり扱って、一般相対性理論を無視するようなもの。

似たようなことでしょうね。

時間を含まない三次元を形式論理学の世界とみれば、時間を含む四次元は弁証法論理学の世界となります。

 時間を含まない四次元は、形式論理学の世界。

ええ、時間を含むかどうかが、形式論理学か弁証法論理学かの境目といえるかも。

 そして、ミクロの世界には零点振動がある。

零点振動とは、絶対零度でも決して止まることのない振動です。

 この零点振動が、マクロの世界のf分の1ゆらぎに繋がるのでしょうね。

万物は、常にゆらぎ、つまり運動や変化のなかにあるのです。

そして、この科学が明らかにした事実の中にこそ、弁証法論理学の真理性の基礎があると言って良いでしょうね

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エストニア

エストニア語でEesti Vabariikと名乗るエストニア共和国の略称は、Eestiです。

 ちなみにエストニアの公式の英語表記はRepublic of Estoniaで、略称Estoniaですね。

通称をエストニアといい、ヨーロッパ北東部の共和制国家で、バルト海東岸に南北に並ぶバルト三国の一つです。

南にラトビア、東にロシアと国境を接し、西はバルト海、フィンランド湾に面しています。

エストニア・ソビエト社会主義共和国だったが、ソ連からの独立後、国内に残ったロシア人の問題と国境問題を抱えています。

エストニアの首都は、タリンです。

タリンとは、エストニア語で「デンマーク人の都市」という意味です。

タリンの名は、エストニアの歴史を反映しています。

現在のエストニアにあたる土地には、紀元前500年頃にはウラル語族のエストニア族と呼ばれる民族集団が居住していました。

東方から到来したスラヴ人と混血し、さらにはヴァイキングの襲来によってノルマン人とも混血が進み、10世紀までにはいまのエストニア民族が形成されていきました。

13世紀に入るとドイツ騎士団がバルト海沿岸に進出し、デンマーク王国の協力を得てこの地を征服し、エストニア人をキリスト教化しました。

デンマークの支配のもとタリンはハンザ同盟に加盟し、海上交易で栄えました。

エストニア語で「デンマーク人の都市」を意味するタリンとなった経緯はこうです。

1050年に、トームペアに最初の要塞が建設されます。

13世紀初頭には、ドイツ騎士団とデンマーク王らによる北方十字軍により、ロシアとスカンジナビア結ぶ軍事戦略地点として大いに着目され、ノヴゴロドと西欧を結ぶ中継貿易で繁栄を築きます。

1219年、デンマーク王バルデマー2世が十字軍を率いて侵攻し、ここにトームペア城を築きます。

これにより、タリンというエストニア語で「デンマーク人の都市」を指す名前で呼ばれることになるのです。

タリンは、1285年にはハンザ同盟に加わりました。

ハンザ同盟都市としては、最北に位置します。

1346年デンマークは、タリンなどバルト海東海岸地域の植民地を銀貨13,000マルクでドイツ騎士団に売却し引き上げます。

 そして、タリンの名前だけが残った。

20世紀になるまでドイツ人の影響が残るが、1561年、ドイツ騎士団は解体されます。

1583年、エストラントに営まれるエストニアはスウェーデンに割譲され、その後、現エストニアのリヴォニア北部も支配下に入ります。

1710年、大北方戦争によりロシア帝国の支配下に入ります。

その後はバルト海の要衝としてポーランド王国の支配を受け、さらにスウェーデンがこれを退け、新たな支配者となります。

1560年代から1711年までを「バルト帝国」時代と後年呼ばれるけど、1561年にはエストニア公国が建国、1721年のニスタット条約で解体するのです。

大北方戦争の結果、1712年にはロシア帝国がこのエストニアを獲得し、「南下政策」を標榜するロシアにとっては重要な「バルト海の窓」となっていきます。

19世紀には、アレクサンドル3世のもと「ロシア化」が推し進められました。

独立をレーニンのロシア革命で手にするも、スターリンによって再びソ連邦編入と言う形で失いました。

現在は独立を取り戻しているけど、今回はエストニア人とは何かを考える心算なのでこれ以上深入りしません。

「シア」「シャ」のある地域から始まって、“ia”“iya”の音が入る国名や地域名、民族名や部族名と日本との奇妙な繋がりを注目してきました。

エストニアもエストニア語でEesti Vabariikだけれど、公式の英語表記はRepublic of Estoniaなので気になっていました。

現在のエストニアにあたる土地には、紀元前500年頃にはウラル語族のエストニア族と呼ばれる民族集団が居住しています。

ウラル語族の多くの言語の特徴として、これらがあげられます。

母音調和を行うこと。

膠着語であること。

後置詞言語である。

双数がある。

語順は東部は主にSOV型、西部は主にSVO型。

双数形は両数形とも呼ばれる、印欧語またその他の言語において、語形の変化によってとりうる名詞の諸種の形のうち、名詞が二つのものを表す場合にとる形です。

その二つのものを表す名詞が主語である場合に、その名詞に呼応してとる動詞の形でもあります。

印欧語では、一般に名詞は性、数、格の三つの属性を持ち、数と格によって形を変えます。

そのとき数について、言語によっては名詞が1つのものを表す単数形、名詞が2つのものを表す双数形、単数・双数以上つまり3つ以上のものを表す複数形という3つのパターンがあります。

また双数形のない言語もあります。

ウラル語族の中にはサーミ語、およびサモイェード語派の言語では、人称代名詞、所有接辞、動詞の活用に双数形があり、ウラル祖語にも同様の双数形があったとみられています。

この双数が見つかる言語とそれを話す民族については、改めて考える必要がありそうです。

 気になる民族が、あるわけですね。

そういうことです。

ウラル語と言えば、日本語も分類されるのではと言う議論が出たことがあります。

 フィン・ウゴル語派に属するバルト・フィン諸語であるフィンランド語を話すフィンランド人は、日本人と遠縁の可能性が見つかりますね。

エストニアには、エストニア人から始まり、デンマーク人、ドイツ人、スエーデン人、ポーランド人、ロシア人と様々な国や民族が関わってきました。

そのため、エストニアの文化を日本と比べるにはかなり注意が要ります。

 食文化は生活の木本なのでどういう好みなのか、比べると面白いでしょうね。

バルト沿岸諸国としてドイツ料理の影響を強く受けているが、後の支配者であるスウェーデン料理の影響も強く、長くスウェーデンの支配下にあった同じフィン・ウゴル語派の隣国フィンランドと似通った食文化を共有しているといいます。

フィンランド料理との相違点としては、ドイツの影響を受けてビールを使った料理が好まれることがあげられています。

料理の嗜好にとどまらず、フィンランド人に比べてエストニア人は酒好きと考えられています。

エストニアと他のバルト沿岸の国家との違いは、魚類を好んで料理に使うことで、特に、イワシは主要な食材の一つだそうです。

 魚好きですか。

バルト海に面しているため、ニシンやウナギ、カレイ、ヒラメなどの魚の料理も食べられているそうです。

 そして酒好き、これは、気になりますね。

 日本全国酒飲み音頭なんて流行ったこと、あったでしょ。

煮込む料理が多く、牛乳とジャガイモは欠かせないというのも、面白いですね。

エストニアは、冬が長く寒い、北ヨーロッパのバルト三国のひとつなので、ロシアなど周辺の国と同じように、シチューや、ローストした肉など、比較的こってりとした食べ物が多いそうです。

ローストと言うと洋風に聞こえるけど、炙り焼きや蒸し焼きのことです。

炙り焼きや蒸し焼きは、日本でも歴史が古い調理法ですよ。

炙り焼きと言えば、日本では七輪だけど、原型は古代にまで遡ります。

土間や野外などに直接置いて火床を囲う程度の持ち運び可能な土師製の炉は古代よりあったものと考えられるが、高床式木造建築の内部に持ち込み、屋内での使用に堪えうる「置き炉」としては平安時代のものが確認できるようです。

元は香炉や祭壇など宗教的祭具として屋内に持ち込まれたものが、手あぶりなど採暖用途として、そして屋内での簡単な炊事や酒燗などに利用転用されたものと考えられるといいます。

蒸し焼きも、土鍋のような器があれば基本的に可能だし、いざとなれば地面を多少掘り下げて葉などで覆っても出来ます。

そうそう、きのこも好きな食材だそうです。

お菓子では、カマという、日本のきなこのような粉を使った"カマ・チョコレート"、アーモンドで作る"マジパン"などもあるといいます。

カマは、夏場に、ケーフィルに溶かして飲んだりするそうです。

ケーフィルとは、サワーミルクの一種です。

乳製品としては、ほかにも、コテージチーズの一種コフピーム、サワークリームハプコールなどがあります。

ハプコールは、ロシアのスメタナのように、あらゆるエストニア料理の添え物として活躍しているそうです。

スメタナはロシアのサワークリームで、ボルシチをはじめ、様々なロシア料理に使われます。

スメタナは乳脂肪分の高いクリームを乳酸きんで発酵させたものを言います。

このクリームは、日本で言う生クリームに近いそうです。

昔は、酸化して固まった牛乳の上にできる「うわずみ」で作られていました。

 日本でいえば、味噌や醤油。

そう思えば、エストニア料理は日本人の、日本料理はエストニア人の好みにけっこう合いそうですね。

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孔子とカッバーラ?

一を聞いて十を知る、ということわざがありますね。

 頭の回転が良く、1つ聞けば10を知ってしまうような様子を言うでしょ。

あの人は頭の回転が良く「一を聞いて十を知る」ような人です、のように使いますね。

中国の「論語」にある、孔子の一番弟子「顔回」を評していった言葉が語源由来です。

 なぜ、他の数字ではなく、十なのか、でしょ。

ここでいう十は、全体を表す十割のことでしょうね。

 一割を聞いて十割を知る、つまり、一部を聞いて全体を知る、と言いたい。

その解釈では、まだ半分だと思いますよ。

一は、一つのリンゴのように全体を表すこともありますよね。

 そうか。

 全体を見渡せるような視点から物事を見る、という意味も込められているわけですね。

 そういえば、群盲象を評すと言うことわざもありますね。

 その一つ一つが全体を推測できるだけの情報を含んでいなければ、何を見たか聞いたか、わからない。

ことわざはたいてい、矛盾する内容のものと対になってるでしょ。

 矛盾するものと対になる、弁証法の構図ですね。

つまり、一つのことわざはどれも、矛盾する内容を自分自身の中に含んでいるわけですよ。

一を聞いて十を知る、とは全体を推測できる部分の見方や聞き方を知っている、と見ることもできるわけですよ。

 どんな物事にも共通する構図や構造があると、知っていたりわかっていたりする人が、一を聞いて十を知る事ができるわけですね。

群盲象を評すという場合も、目が見えないという表面的なことよりも、本質や全体像が見えていないという内面的なことを、言っているわけですね。

 盲人の洞察力は、目の見えている人よりも鋭い時って多いですよね。

でも、すぐ前の石ころや穴は、どこにあるか見えてないから、目の見えている人が教えてあげないと危ないですけどね。

 群盲象を評すの、群盲とは全体を理解できない状態を言うわけですね。

だから科学でも、これまで知られてこなかった事柄に出会った学者や研究者のいうことは、実際に観察や観測をした報告には耳を傾けても良いです。

一方で、全体についての想像は参考程度に聞いた方が良いですよ。

人によって言うことが違う場合があるし、たとえ似ている場合でも群盲象を評すに似た状態の場合もありますからね。

 ところで、十と言うと門松や生命の樹の節の数でも、あるでしょ。

生命の樹の節の一つ一つについて理解ができていれば、どの節についての話なのか即座に見抜いて全体像がわかるという事かも知れないですね。

生命の樹は、別名を、世界樹とも宇宙樹とも、言いますからね。

 じゃあ、一を聞いて十を知るとは、一つを聞けば世界や宇宙がどんな風なのかわかってしまう人という事でもある。

 カッバーラに通じた人ということ。

中国の論語だから、陰陽に通じた人、つまり弁証法が理解できている人が、一を聞いて十を知る人なのでしょうね。

ここで陰陽をカッバーラとみると、孔子はカッバーラに通じた人となってしまいますよ。

 イエスが、カッバーラを明かした人と言われるでしょ。

 孔子がカッバ-ラに通じた人なら、行方不明になっていたエルサレム教団の末裔の1人だったとか。

それを言ったら、同時代に活躍した諸子百家の主だった顔ぶれはみんな、エルサレム教団の末裔の1人という説だって立つでしょ。

 墨子には、キリスト教徒が親近感を寄せ、アラビア人説が出てるででょ。

じゃあ、墨子なら、エルサレム教団の末裔の1人という説が立つとでも。

証拠を掴まないと、安易にそういう議論はできませんよ。

孔子は紀元前551年9月28日から紀元前479年4月11日まで生きていた、春秋時代の中国の思想家、哲学者で儒家の始祖ですよ

今日の道徳の確立の始祖とされます。

孔子の氏は孔、諱は丘、字は仲尼(ちゅうじ)です。

孔子とは尊称で、子は先生という意味です。

紛らわしいことに、孔子の姓は、子だそうです。

この「子」は尊称の「子」ではないといいます。

孔子の先祖が殷とも呼ばれる商の貴族という説があり、商国の姓は子なのです。

ヨーロッパでは、ラテン語化された孔夫子の音訳の"Confucius"の名で知られているそうです。

なお、夫子は先生への尊称です。

孔子は、紀元前551年、一説には552年に、魯国昌平郷辺境の陬邑、現在の山東省曲阜(きょくふ)市で陬邑大夫の次男として生まれたとされます。

黄河が山東省西部を貫き、山東省の北部で渤海に流入しています。

ちなみに、邑は村を指し、昌平とは太平を盛んにするという意です。

父は叔梁紇、母は顔徴在とされるが、『論語』の中には記述がないそうです。

『論語』で孔子自身は「貧しくて賎」と語っているので、卑賎階級の巫女の子として生まれたとの異説もあります。

殷と同定されているのは、考古学の進展により、紀元前1600年頃から紀元前1400年頃とされる二里岡(にりこう)文化が通説です。

二里岡文化は、黄河流域を中心とした文化です。

河南省鄭州市で1951年に発見された二里岡遺跡から、その名をとっています。

二里岡遺跡のほとんどは現代の鄭州市街の下にあるため発掘が困難なので、二里岡文化についての研究は二里岡遺跡以外の場所での発掘によるところが大きいといいます。

中国の考古学者は、鄭州付近を商(殷)王朝の初期の中心地と考えており、二里岡文化を商王朝の初期段階とみています。

二里崗文化とも書かれる二里岡文化は、中国の黄河中流から下流を中心に栄えた青銅器時代の文化です。

一方、欧米の考古学者らは、安陽市で発見された殷墟とは異なり二里岡からは商王朝の町であることを示す文字資料が出土していないため、二里岡を商と結びつけることには慎重だそうです。

二里岡遺跡は周囲約7kmの城壁に囲まれた都城で、城壁の外に骨器や陶器を作る大きな工房群が位置していました。

工房の中には、二つの青銅器工房も含まれているそうです。

二里岡文化は青銅器を大々的に使用する中国最初の文化であり、その初期には急速に勢力を拡大して長江流域にまでいたりました。

現在の武漢市黄陂区にあたる湖北省黄陂県の盤龍城遺跡は、長江流域で発見されている唯一の商代の都市遺跡です。

盤龍城遺跡からは、多くの青銅器が出土しています。

二里岡のある鄭州付近は銅の出土が少なく、盤龍城は銅資源を確保するための前哨であったと考えられています。

盤龍城遺跡を絶頂として、以後二里岡文化は徐々に衰退していったようです。

二里岡文化は先行する二里頭(にりとう)文化に影響を受けており、その青銅器は二里頭文化の様式や製造法を受け継いでいます。

二里頭文化は、河南省偃師市の二里頭遺跡からその名をとっています。

二里岡文化期には二里頭文化の時期よりも青銅器の様式は均一になり洗練され、青銅器の使用が広まりました。

紀元前2100年頃から紀元前1800年頃または紀元前1500年頃の二里頭文化は、中国の黄河中流から下流を中心に栄えた新石器時代から青銅器時代初期にかけての文化です。

二里頭文化は、中国初期王朝時代の初期に、都市や宮殿を築きました。

現在のところ100近くの二里頭文化の遺跡が発見されていて、代表的なものには洛陽市の東乾溝遺跡、矬李遺跡、東馬溝遺跡、陝県の七里鋪遺跡、臨汝県の現在の汝州市にある煤山遺跡、鄭州市の洛達廟遺跡などがあります。

おおよその地理的範囲は、河南省中部・西部の鄭州市付近の伊河・洛河・潁河・汝河などの流域から、山西省南部の汾河下流一帯にかけてだが、その影響は上流の陝西省南部や、南の長江中流域にも及んだと見られます。

 長江の名前が出ましたね。

 長江文化に対して、さらに西方の中東にまで遡る可能性を見たことがあったでしょ。

長江文明については、蜀は古代エジプト、さらには古代イスラエルまで連想を広げましたね。

 頭を上げた虫を表す蜀の字から、エジプトの蛇神ネヘブカウでしょ。

 それから、蜀の字は火の付かない燭台に見えるのでメノラーでしょ。

 だったら、孔子の出自にエルサレム教団末裔説を言ってもおかしくはないかも。

言えるのは、可能性があるという程度ですよ。

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瓜子姫と桃太郎?

瓜から生まれる瓜子姫は、瓜姫とも、瓜子姫子とも、伝わります。

物語には、天邪鬼が登場するパターンと、登場しないパターンがあるようです。

さらに、天邪鬼が登場する場合にも、信州の辺りを境に姫が助かる以西と、姫が天邪鬼に殺される展開が多い東北に分かれます。

天邪鬼は登場する何れも場合も殺されて埋められ、身近な作物の根が赤くなった由来とされるのです。

根が染まるのは、黍だったり、黍と蕎麦と栗だったりします。

 でも、とんでもない存在である天邪鬼の死によって根が赤く染まったのによく平気で食べますね。

そこで、死体化成伝承とも死体化成神話とも呼ばれる死体化成説話の一種ではないかという議論も出てきます。

特に、瓜子姫が死ぬ話が多い東北版は死体化成説話の典型とされるハイヌウェレ神話の流れを色濃く受け継いでいると言えるでしょう。

瓜子姫の死なない話が多い信州以西版も、ハイヌウェレ神話の変形と言って良いでしょうね。

 瓜子姫は隠されるわけだけど、隠されることが殺されることの暗示と見れば、実は瓜子姫は助かるのではなく、復活したとも取れますね。

瓜子姫は助かる場合、大抵、木に吊るされますね。

死ぬ場合、瓜子姫は食べられてしまう。

つまり、瓜子姫は、食べられてしまう場合と、木に吊るされるが復活する場合とが、あるとなりませんか。

瓜子姫は、死ぬ運命を背負って生まれたから、それを瓜からの誕生譚に託したとしたら、どうでしょう。

 死ぬ運命を背負って生まれた瓜子姫は、食べられる。

 死ぬ運命を背負って生まれた瓜子姫は、木に吊るされ隠される、つまり殺されるが復活する。

 両方合わせると、イエスの最後の晩餐と、ゴルゴダの丘の死と復活に重なりますね。

 そういえば、裁きのとき、イエスは赤い衣を纏って再臨するのでは。

 だけど、作物の根を赤く染めるのは天邪鬼。

裁きのときではなく、黙示録のメルカバーに乗るイエスが真紅の衣を纏うのでしょ。

それに、イエスは自らをパンと葡萄酒になぞらえた位だから、作物の根だって良いでしょ。

罪によって流された血で、衣が真紅に染まったとすれば矛盾はないのでは。

 瓜は、流れてくるでしょ。

 旧約のモーセと新約のイエスは、救いの福音と契約に深く関わる点でしばしば対比されるでしょ。

 モーセは流されて拾われる。

 瓜子姫も拾われる。

 瓜子姫は、食べられたり木に吊るされて死ぬが復活するとみればどうなるかというと…。

 イエスの、最後の晩餐やゴルゴダの丘の死と死と復活に重なってしまう…。

 しかも、瓜子姫もイエスも、死を運命付けられて生まれたのだとしたら、さらに大きく重なってしまいますね。

天邪鬼も、比べてみると興味深いですよ。

古事記には、こうあります。

スサノヲがオホゲツヒメに食物を乞うたところ、女神は鼻・口・尻から種々のおいしい食べ物を取りだし、さまざまに料理した。

これをのぞき見たスサノヲは、けがれた物を食べさせようとしたと怒って、女神を殺害してしまう。

殺された女神の頭から蚕が、二つの目から稲種が、二つの耳からアワが、鼻から小豆が、女陰から麦が、尻から大豆が化生した。

一方日本書紀では、一書に曰はくとしてツクヨミとウケモチとの話を載せています。

殺されたウケモチの頭から牛馬、額からアワ、眉から蚕、眼からヒエ、腹からイネ、陰部からムギと豆が化生した。

アマテラスは、アワ・ヒエ・ムギ・マメを「陸田種子(はたけつもの)」、イネを「水田種子(たなつもの)」と区別し、この世の人間の「食ひて活くべきものなり」として、五殻の起源を説明している。

スサノヲには、ヤマタノオロチからクシナダ姫を救ったヒーローという顔はもちろんあります。

しかし、それを除けばスサノヲはとんでもない狼藉者でしょ。

 スサノヲにも、素直で優しい面はあるけど、行動面で見たら…。

そうみれば、スサノヲと天邪鬼は、実は大きく重なってしまうのですよ。

 そういえば、天邪鬼は瓜子姫の機織りをしているところに来た。

 スサノヲも、機織りの最中に来ている。

 天邪鬼が登場するバージョンは、狼藉者としてのスサノヲが下敷きになっている可能性は十分ありますよ。

天邪鬼が登場しないパターンも、興味深いですよ。

 山梨とか、その例ですね。

桃太郎と、比べてみますね。

桃がおばあさんに拾われ、生まれた子どもが桃太郎と名付けられる。

瓜がおばあさんに拾われ、生まれた子どもが瓜子姫、あるいは瓜姫と名付けられる。

桃太郎は、犬と猿と雉の協力を得て鬼ヶ島で宝を手に入れる。

瓜子姫は、機織り虫と機織り雀の協力を得て高く売れるきれいな布を織りあげる。

そして、桃太郎でも瓜子姫でも、幸せに暮らしたハッピーエンド。

 桃太郎も瓜子姫も、授かった子どもとして生を受けて、雉と雀の違いはあっても鳥が出てきますね。

 授かった子に鳥が降りてくる、イエスがまさにそうでしょ。

瓜子姫には、奇妙なほどイエスが重なってきますね。

 そうそう、天邪鬼が埋められて根が染まる作物として黍が出てくるでしょ。

地域によっては他の作物も出てくるけど、黍はよく出てくるようですね。

 桃太郎の持参するのは、黍団子。

 桃太郎と瓜子姫、元を辿ればどこかで繋がってるのかしら。

共通の古代伝承は、ありそうですね。

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星は氷から生まれた?太陽は本当にガス天体か。その2

氷が惑星の形成に大きな役割を果たした可能性があると指摘する研究が、日本から提起されました。

 恒星と惑星の区別は、大きさだけではできないという報告もありますよね。

さらに、大きい割に重力が小さいところからガス天体と見なされていた惑星から、次々と候補の星が外されていっています。

今まで木星型ガス惑星に分類されてきた天王星と海王星は、いまでは天王星型惑星に分類しなおされ巨大氷惑星、別名アイスジャイアント、氷の巨人、英語名ice giantと呼ばれるようになっています。

木星についても、中心核の周囲には、微量のヘリウムや水の氷を含む厚い水素の層が広がっていると考えられ、それは木星半径の78%に相当と見られるようになってきました。

深い部分は液体の金属水素が 40,000 km 程の層を成し、その上部にはやはり液状の水素分子が約 20,000 km の厚さで覆っていると想定されています。

 木星に彗星がぶつかったとき、大量の水も観測されましたね。

木星にも氷の層があり、大量の水もある、つまり、氷によって生まれた惑星に含めても問題ない可能性があるわけです。

 恒星か惑星かは、大きさで決まらない。

 つまり、半径の78%が微量のヘリウムや水の氷を含む厚い水素の層である木星のような内部構造を持った恒星も、ありえる。

太陽は、核融合にしてはニュートリノが少ない上に、黒点などから大量の水分子が確認されています。

 太陽表面の温度の割に、コロナが高温なのも不思議ですね。

1995年、キット・ピーク国立天文台は、太陽表面全体に水分子を観測しています。

水蒸気の仕業であれば、謎は解けますよ。

 太陽も、氷が生んだ惑星になるはずだったのが、磁気の関係で光って恒星になってしまった。

ありえますよ。

強誘電性の氷が惑星を進化させた - JAEAなどが惑星形成の新説を提案
http://journal.mycom.co.jp/news/2011/09/06/115/index.html

2011/09/06

日本原子力研究開発機構(JAEA)などの研究グループは、中性子回折の実験から、低温で形成された強誘電性の氷が、従来の予測より高い温度でも微小な領域に残留することを発見し、それを(氷の)「メモリー」と命名したことを発表した。

同成果は、JAEA量子ビーム応用研究部門の深澤裕研究副主幹、東京大学大学院理学系研究科の大学院生荒川雅氏(現、九州大学大学院理学研究科助教)および鍵裕之教授、米国オークリッジ国立研究所(ORNL)の共同研究によるもので、米国地球物理学連合の学会誌「Geophysical Research

Letters」に掲載された。

今回の研究は、中性子散乱日米科学技術協力に基づきJAEAがORNLの100MW級の研究用原子炉(High Flux Isotope Reactor:HFIR)に広角中性子回折装置(Wide Angle Neutron Diffractometer:WAND)を設置して行ったもので、最近の惑星探査や天体観測で存在が確認されるようになった宇宙や太系惑星のさまざまな氷について、その構造と性質を明らかにすることを目的として実施された。

ORNLのHFIR(赤色部分)とJAEAが設置したWAND(青色の装置)の様子

一般的な氷の中の水素原子の配置は無秩序だ。

無秩序な原子は温度が下がると熱力学第三法則に従い規則的に配置(秩序化)するが、氷の場合は57K(約-216℃)から62K(約-211℃)の限られた温度で秩序化が観察されていた。

中性子は水素に敏感であり、水素の塊とも言える氷では、中性子ビームを用いることで、その構造を詳しく調べることができ、普通の氷(氷I)の結晶構造もORNLで初めて解明された。

(a)が水分子の模式図。(b)が通常の氷(氷I)の結晶構造。(c)が強誘電体の氷(氷XI)の結晶構造

今回の研究では、さまざまな温度で長い時間経過させた氷試料の構造の変化を時分割中性子回折法で測定し、温度の履歴と水素秩序化の関係を調べた。

その結果、過去に秩序化した経験のある氷には、150K(-123℃)の従来よりも高い温度でもナノスケールの微小な領域に秩序構造が残留(メモリーが存在)していることを発見した。

中性子回折の実験で観察された「氷のメモリー」の一例。

散乱角40.2°付近に中性子回折の強いピークを示す白と青色が見えるが、このピークの存在は、図2(c)の様に水素の配置が片方に揃って秩序化していることを示しすものである。

(ア)は最初に60K(-193℃)で40時間経過させ、段階的に温度をあげた氷のデータ。

低温から少しずつ温度を上げると図2(c)の様に水素が揃って秩序化し、さらに大きな水素秩序氷が得られる。

秩序化すると図2(c)の赤い矢印で示す電荷の偏りが出来て、電位差を持つ電池のような氷(強誘電性氷)になる。

(イ)は温度を100K(-173℃)まで上げたもので、青色が消えている。

これは、大きな秩序氷が消失したことを意味しており、70Kで数十時間経過させたところ、通常はこの温度で水素が秩序化することは無いが、ここでは直ぐに青色に変化したことが確認された。

(ウ)でも同様の現象が見られ、通常は水素が秩序化することの無い温度域にも関わらず、秩序化が観察されたことが示された結果となる。

この残留構造は「氷のメモリー」と命名された

何故、氷に「メモリー」が存在するのかについて研究グループでは、水素結合がネットワークを形成するため水素原子が動きづらくなり、ナノスケールの微小な水素秩序領域が残留するためと推測している。

水素秩序構造は熱力学第三法則に合致した構造で、無秩序構造よりも安定している。

水分子は狭い場所や少数の集団として存在した場合、高温でも秩序化すると理論的に考えられてきたが、実験的にその証拠を捉えたことはこれまでなく、今回の「メモリー」の発見は、水分子が小さな集団を作った場合は分子の向きが揃ってきれいに並んでいることを示す世界で初めての実験結果で、理論研究と合致するものであるという。

氷のメモリー(微小な強誘電性氷)の概念図と太陽系で強誘電性氷が存在可能な領域。

水色は「メモリー」効果により、微小な強誘電性氷が存在可能な領域。

これまでは橙色の領域(57-62K)でのみ、強誘電性氷が生成されるものと考えられていた

そして、この発見は構造物性としての意味に加え、宇宙や地球の進化と密接に関わることとなると研究グループは指摘する。

それは、太陽系が形成される際には広い領域に小さな氷粒が大量に存在していたと考えられているが、その氷の多くが秩序化していて強誘電体(強誘電性氷)であることを意味するためである。

強誘電体は電気的に強い力で結合するため、氷同士で合体成長したり他のイオンを引きつけることが可能であることから、これが宇宙の物質進化に大きく影響を与えると考えられるという。

ナノスケールの水素秩序領域は150K以下で存在していると考えられるが、太陽系の大部分の氷の温度も約150K以下であり、こうしたことから、太陽系に広く分布する多くの氷が強誘電体と考えられ、例えば冥王星、そして「はやぶさ2」が目標の候補としている小惑星帯にも強誘電性氷が存在する可能性があるという。

そのため、研究グループでは、強誘電体氷が合体したり、周りの塵を引きつけたりすることで惑星の形成が促進されたという新説が提案できるとしており、今後、大強度陽子加速器施設(J-PARC)からのパルス中性子を用いて、「メモリー」の構造と物性の詳細を調べることで、惑星形成や物質進化の謎の解明を目指すとしている。

当事者のプレスリリースがこれです。
http://www.jaea.go.jp/02/press2011/p11090501/index.html

平成23年9月5日

独立行政法人日本原子力研究開発機構
国立大学法人東京大学

氷に「メモリー」があることを発見
-惑星進化の謎解明に期待-

【発表のポイント】
中性子ビームを用いて氷の新しい性質である「メモリー」を発見

「メモリー」の効果により、宇宙には大量の強誘電性氷が存在する仮説を提案

氷の「メモリー」効果の理解が進むことで、惑星進化の謎解明に期待

独立行政法人日本原子力研究開発機構(理事長 鈴木篤之。以下「原子力機構」)量子ビーム応用研究部門の深澤裕研究副主幹は、国立大学法人東京大学(総長 濱田純一)大学院理学系研究科の大学院生荒川雅氏(現、九州大学大学院理学研究科助教)及び鍵裕之教授、並びに米国オークリッジ国

立研究所(以下「ORNL」)と共同で、中性子回折1)の実験から、低温で形成された強誘電性の氷2)が、従来の予測より高い温度でも微小な領域に残留すること(氷の「メモリー」と呼称)を発見しました。

通常我々が目にする氷の中の水素原子の配置は無秩序です。

一般に、無秩序な原子は温度が下がると熱力学第三法則に従って規則的に配置(秩序化)しますが、氷の場合は57ケルビン(K)3)(約マイナス216℃)から62 K(約マイナス211℃)の限られた温度で秩序化が観察されていました。

今回、ORNLの研究用原子炉(HFIR)に原子力機構が開発した中性子回折装置(WAND)を設置し、様々な温度で長い時間経過させた氷試料の構造の変化を時分割中性子回折法で測定し、温度の履歴と水素秩序化の関係を調べました。

その結果、過去に秩序化した経験のある氷には、150 K(マイナス123℃)程の高い温度でもナノスケールの微小な領域に秩序構造が残留していることを発見しました。

秩序化した氷はプラスとマイナスの電荷の偏りが生じた強誘電体となります。太陽系の大部分の氷の温度は約150 K以下です。

そのためこれまでは水素原子の配置が全く無秩序になっている通常の氷と考えられていましたが、今回の実験でその多くが「メモリー」の効果によって強誘電性氷であると見なすことができます。

強誘電体は電気的に強い力で結合するので、以上のことから強誘電体氷が合体したり、周りの塵を引きつけたりすることで惑星の形成が促進されたという新説が提案できます。

「メモリー」を持つ氷は太陽系に広く分布しており、今後、大強度陽子加速器施設(J-PARC)からのパルス中性子を用いて、この性質の理解を深めることで、惑星形成や物質進化の謎の解明が加速されるものと期待されます。

本研究成果は、米国地球物理学連合の学会誌Geophysical Research Lettersに「The existence of memory effect on hydrogen ordering in ice: The effect makes ice attractive」として掲載されます。

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超伝導円盤は回ると軽くなる?重力と電磁力?その8

“星を見る・宇宙を知る・天文を楽しむ AstroArts”の過去の記事にこれがありました。

英BAEシステムズ社、反重力研究を開始
【2000年3月29日 BBC News (2000/3/27)】
http://www.astroarts.co.jp/news/2000/03/29bae/index-j.shtml

英国のハイテクグループBAEシステムズ社の軍事部門(旧ブリティッシュ・エアロスペース社)は、反重力研究を開始したことを認めた。これは、現代物理の基本法則と考えられているものへの挑戦だ。

プロジェクト・グリーングロウ(Project Greenglow)と呼ばれるこの研究プロジェクトは、様々な経緯を持つ科学者たちに未来のテクノロジー――これはNASAの革新的推進物理計画(NASA Breakthrough Propulsion Physics Program)が目指す、推進剤不要の推進システムと似た響きがあるものだが――に関する研究の場を与えるもの。

このプロジェクトで何らかの成果が得られれば、移動手段に革新的な進化がおこるだろう。

反重力デバイスにより航空機や宇宙船がより容易になるばかりではなく、次世代の車は地面から離れるものになるかもしれない。

1996年、あるロシアの物理学者が行った実験が物理学会においてばかにされた。

Yevgeny Podkletnov博士が物理学誌「Physica C」に寄稿した、回転する超伝導円盤がその重量の一部を失うという内容のものだ。

この論文は採用されなかったが、彼はその中でそのような円盤は重量の2%を失うと主張していた。

ほとんどの科学者は、反重力研究は根本的に間違っていると信じている。

それによると、反重力は今日我々が知っている宇宙法則に反するものであり、したがって不可能であるという。

「そんなことを始めるなんて、気違いじみている。」アメリカ物理学会(American Physical Society)のBob Park氏はBAEの告白に対してこう反応している。

「こんな決定は、上層部に基礎物理をちゃんと知らない人がいる場合にしかできない。」

「現実離れしたプロジェクトであっても、わずかでも成功の可能性があるなら、それに投資することはできるだろう。

このことは『パスカルの賭け』と呼ばれる。

しかし、今回のケースでは、ほとんどの科学者は成功の可能性はゼロであると言うだろう。」

だが、そんな意見があるにもかかわらず、SFにおいてはよくあり、無数のウェブサイトを感化することになったこの反重力推進の研究は進められる。

この記事には、こうあります。

ほとんどの科学者は、反重力研究は根本的に間違っていると信じている。

 磁気による重力制御は、確実に進められているのでしょ。

これは、重力の制御であって、反重力は謳っていません。

私が気になったのは、この部分です。

Yevgeny Podkletnov博士が物理学誌「Physica C」に寄稿した、回転する超伝導円盤がその重量の一部を失うという内容。

そのような円盤は重量の2%を失うと、いうのです。

このような結果は得られないというのが、科学者の間では常識とされているのです。

右回りの独楽で重量が軽くなったという報告があった時も、一笑に付されました。

 重量と質量の混同も、この手の実験が馬鹿にされる背景にあるようですね。

重量の測定値の変化と質量の変化は、違うわけですよ。

月と地球で、同じ人の体重が6倍違う数値が出るけど、体格それだけ変わりますか。

 は地球の重力の6分の1だから、体重の測定値も、ほぼ6分の1。

 体の体積は、ほとんど変わらない。

地上の同じ地点での測定値が、目の前で変わるからそんな馬鹿なとなる。

報告者は、その馬鹿なことが実際に起きたことを自分の目で確かめたから、見たと言っているのです。

 だったら、きちんと追試してから、ありえないというべき。

 右回りの独楽で重量の測定値が軽くなるという報告は、曲がりなりにも追試があった。

追試の中身は、論外なものばかりでしたけどね。

 今度は、超伝導円盤を回すだけでしょ。

 ほかに何もすることはない。

 ありえないというなら、報告者の目の前で追試して、否定すればいいはずですよ。

この手の話は、右回りの独楽の一件で終わっていると、思っているのでしょうね。

ここで、超伝導円盤を使っているというのは、非常に興味深いのです。

いいですか、地球は巨大な磁石なのですよ。

 地上は至るところ、地磁気だらけ…。

つまり、磁気の中で回転した超伝導円盤の重量を、測定したわけです。

 超伝導円盤には、誘導電流が流れた可能性がある。

磁気の中で回転して起きた誘導電流、何が起こるでしょう。

 いったん誘導された電流は超伝導だから、流れ続けますね。

磁気の中で起きた誘導電流は、磁気がある限り超伝導でなくても流れ続けます。

超伝導では、減衰が起きないわけですよ。

 エネルギーは熱にならないので、電流は衰えることがない。

回転した超伝導円盤は強力な超伝導磁石になっている、そう思いませんか。

 超伝導磁石、浮きますね。

強力な磁石で、カエルは浮きますよね。

 重力が磁気によって制御されたから。

超伝導磁石は、相当強力な磁気を発したことになるでしょ。

 カエルは、無重力体験装置に囲まれていた。

地磁気の中で回転している超伝導円盤は、自分自身が無重力体験装置になってしまったと言えるでしょう。

Yevgeny Podkletnov博士は、反重力ではなく磁気による重力制御の実験を報告していたことになるわけです。

 それって、自前の磁気を持ちながら自前の磁場の中を自転している天体にも、言えそう。

磁気を持ち磁場の中で自転しているすべての天体は、実際の重量より軽く見えている可能性はありそうですね。

 暗黒物質の質量の、少なくとも一部は磁気で覆い隠されている重量かも知れない。

考えてみる価値は、ありそうですね。

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筑波山と魔女?

魔法使いは、カエルから採った毒で強心剤を作ります。

また、カエルは魔法使いのペットでもありました。

 魔法使いの傍らには、猫がいるのは定番だけど。

 カエルも、傍にいたの。

魔法使いは、古代の薬剤師でもありました。

 そうなると気になるのは、筑波山ね。

筑波山は、山全体を見ると、石岡市および桜川市にもまたがっています。

独立峰と誤解されがちだが、実際には八溝山地最南端の筑波山塊に位置しています。

美しい姿から富士山とも対比され、「西の富士、東の筑波」と並び称されます。

茨城県の県西地方からの眺めが美しいとされます。

古くは『万葉集』にも詠まれ、日本百名山、日本百景の一つに挙げられています。

百名山のなかでは877mと最も標高が低く、標高924mの開聞岳とともに1000m未満の山です。

猫耳に見えるこの山は、七味唐辛子の原型とされる七色唐辛子を五行に基づいて作り続けている地域でもあります。

 蝦蟇の油であまりにも有名よね。

蝦蟇の油売りの口上は、今でも人気のある大道芸です。

男体山及び女体山山頂には筑波山神社本殿があり、山腹に筑波山神社拝殿があります。

隣接して、坂東三十三箇所25番札所の筑波山大御堂中禅寺もあります。

この山の姿から、陰陽に結びつけて見られたのかもしれません。

古くからの信仰の場であり、『常陸国風土記』には筑波山の神が登場します。

 筑波には、巫女の薬師がいたのかしら。

この薬師の歴史から、七色唐辛子も作られたのではないでしょうか。

筑波山は、古来より農閑期の行事として大規模な歌垣が行われる場所でした。

近隣から多数の男女が集まって歌を交わし、舞い、踊り、性交を楽しむ習慣がありました。

この歌垣の舞台となったのも、男体山と女体山の一体となった山体によるのでしょうね。

筑波山の姿は猫耳に見えるので、バステトの大祭のような位置付けの行事だった可能性もあります。

バステトの名は、「軟膏壺の婦人」を意味します。

 軟膏とは、まさに薬よね。

 人としてのバステトは、医師や薬師としての魔女だったのかもしれないですね。

医師や薬師の神としてのバステトが、薬師如来の原型だったのではないでしょうか。

薬師如来の左手には薬壺(やっこ)があるのが一般的と思われているが、飛鳥時代など平安時代より前には、持っていない場合もあるといいます。

 薬師如来の薬壺が一般化したのは、平安時代以降の日本なのね。

これは、薬師如来に軟膏壺を持つバステトを重ねたのではないでしょうか。

もしも薬師如来の原型がバステトであったなら、忘れられていた元の姿に日本人が戻したのかもしれません。

利き手の右で使いやすいよう左で薬壺を持つのは自然かも知れないが、左は女と共に陰に配されます。

 本来は女神バステトであったと、暗示しているとみても不自然ではない。

日本の神界は、古代エジプトにあまりに似た構造なのです。

太陽神を中心とした、動物神を含む三神構造の八百万の神を崇める姿は古代エジプトにそっくりなのです。

そもそも女神とされる太陽神の天照大神は、もともとは男神の天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日命であったと指摘されます。

 ナイルの西を死者東を生者にわけるのは、太陽神崇拝だけでなく、陰陽をも思い起こさせますね。

歌垣は今年の豊穣を喜び祝い、誰かれなく言い寄り自由に性交することで、さらに来る年の豊穣を祈る意味がありました。

『万葉集』第9巻の1759番に収められている高橋虫麻呂作の歌には、これから行われる歌垣への期待で興奮する気持ちが素直にのびのびと表現されています。

なお、歌にある目串(めぐし)とは、不信の思いで他人を突き刺すように見ることを意味します。

鷲の棲む 筑波の山の 裳羽服津(もはきつ)の その津の上に

率(あども)ひて 未通女(をとめ)壮士(をとこ)の 行き集ひ

かがふかがひに

人妻に 吾(あ)も交はらむ わが妻に 人も言問へ

この山を 領(うしは)く神の 昔より 禁(いさ)めぬわざぞ

今日のみは めぐしもな見そ 言(こと)も咎むな

(現代語訳)

鷲の棲む筑波山の裳羽服津の津のほとりに、

男女が誘い合い集まって、舞い踊るこの歌垣(かがい)では、

人妻に、私も性交しよう。我が妻に、人も言い寄ってこい。

この山の神が昔から許していることなのだ。

今日だけは目串はよせよ、 咎めるなよ

アジアには、今でも歌垣の風習が残る地域があります。

もっとも、その後に性交にまで至ることは現代では流石にないようですね。

 歌垣が残る地域と、日本人が辿ったであろう地域の関係は、注目していいのでは。

歌垣の背景に、古代エジプト人の隣人であったかも知れない日本人が伝えたバステトの大祭があったと見るのも面白いのではないでしょうか。

 人としてのバステトが魔法使いだったなら、ちょっと愉快ね。

 どうなのかしら。

疑ってみても、いいかもです。

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魔女とカボチャ。猫とカボチャの不思議な関係 その3

前に、猫とカボチャの不思議な関係を考えた時、魔女とカボチャの直接の繋がりは見えてないと言いました。

でも、シンデレラの物語に出てくるカボチャの馬車や、ハロウィンのカボチャは知っていました。

 だったら、なぜ、魔女とカボチャの直接の繋がりは見えてないと。

話があることを知っていることと、なぜ、そうなるのか理解できるのとは、違うわけですよ。

 なぜ繋がるか、理解できていなかった。

ええ。

でも、カボチャは料理になって食卓に上る食材の中で、もっとも丸い物の一つだというのは、気になっていました。

 丸いだけなら、柑橘類も、リンゴも、トマトもあるけど。

カボチャは日本では、外が濃い緑なのですよ。

 中には、ほとんど真っ黒なのがある。

でも、内側は黄色いでしょ。

一方、ヨーロッパやアメリカでは、若干の例外を除けば、ほとんどが外も内も黄色なわけですよ。

 日本人は柑橘類を黄色というけど、ヨーロッパ文化ではオレンジ色は黄色じゃないですね。

つまり、ヨーロッパ文化圏では、丸くて黄色いと言えば、カボチャなわけですよ。

どうもここに、カボチャと魔女を結びつける接点がありそうなのです。

 魔女と言えば、衣装は黒でしょ。

黒は天を表す色なのですよ。

丸もまた、天を表す形なのです。

そして、黄色は中心とともに人を表す色なのです。

ヨーロッパ人にとって、外も内も黄色いカボチャは天の人の象徴と言えるでしょう。

 仮に外が緑のカボチャであっても、緑はしばしば黒に近いと見られるので、やはり天の人の象徴となる。

おそらく、そうですね。

緑はまた、青と混同されるけど、青は日の出の方角である東を表します。

魔女と緑のカボチャは、夜の色でもある黒を纏う魔女と、朝の色を纏う人の象徴としてのカボチャの組みとなるでしょうね。

魔女と黄色のカボチャは、天の人である魔女が、地に下ろした天の人の象徴としてのカボチャを、傍らに置く構図かもしれません。

 そして、魔女の傍らにいる定番は猫ですね。

それも大抵、黒猫でしょ。

魔女が天から降ろした言葉が、人の姿を取った存在としての猫ということだと何度も話題にしてきました。

 特に、黒猫。

こうやって見ると、魔女が天から降ろした人の象徴という共通点が、カボチャと猫に見えるのですよ。

さらにいえば、魔女が用いるのは裁きの神である悪魔の力ですよ。

 魔女が医師や薬剤師として振る舞うのも、病を治すのは降魔、つまりとりついた魔を降す行為だと。

そうなるでしょうね。

猫が魔女が地に下ろした裁きの悪魔の子どもとみたら、カボチャも同じような位置付けと言えるのでは、ないでしょうか。

 だから、カボチャがハロウィンに使われる。

アイルランドやスコットランドでは、カブを使っていたのですけどね。

 カブは、白い。

 そうなると、魂の世界の光に包まれた存在を意味したのかしら。

猫は、神々の世界で太陽神とされてきたから、魂の世界で光に包まれていた存在と重なって見えますね。

 日本の猫カボチャ伝承は、ヨーロッパ発アメリカ経由ってことかしら。

もしそうなら、縄文まで遡って考える方が良いのでしょうかね。

 ヨーロッパ発アメリカ経由ケルト御一行日本への旅とか。

あったかも。

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ヒッグス粒子の正体を疑ってみた。

E=mc²は、エネルギーと質量の同等式です。

 つまり、全てのエネルギーには質量がある。

そうなるでしょうね。

 でも、質量は具体的には重量で表されるでしょ。

重量は、ある大きさの重力下の質量を表すわけですね。

 無重力下で質量を測定するには、慣性質量を調べるわけでしょ。

加速度と加える力を揃えれば、比較できる数値が得られます。

 言い換えれば、加速度と重力は区別できないわけですね。

それが、相対性理論が示すところです。

質量に加速度を加えれば、重量の値という形で質量の大きさが測定できるわけです。

 等速運動で加速度は、どうなるのでしたっけ。

等速直線運動と見れば、慣性運動の最中は加速度はないと見えます。

しかし、運動の始めには何らかの方法で力を加えるでしょ。

等速直線運動では、加速度がないのではなく、加速度によって得られたエネルギーの損失や減衰がないのです。

 当然、動きやすさ、あるいは、動きにくさ、という形で質量は調べられる。

止めやすさ、あるいは、止めにくさ、という形でも、等速直線運動であれば質量の大きさは調べられるはずですね。

 全てのエネルギーに、対応した重量があることになる。

そうなりますね。

ならば、光には少なくとも波長に見合った重量があると見るのは自然でしょ。

 光電効果で出る電子のエネルギーは、波長に左右される。

これは、ある波長の光の質量を止めにくさで測定していることになるでしょ。

 電子の質量は、どれも同じですからね。

波長の長い光は止めやすいから、電子は動かない。

波長の短い光は止めにくいから、電子は動く。

 少なくとも、波長の短い光の質量は、電子が受け取ったエネルギー量を運動量で調べられますね。

光は、波長に無関係に等速度です。

重力は、大きさに無関係に等加速度です。

 そして、電磁波と重力波が同じ形式の式でしたね。

ならば、重力も波長に無関係に等速度と言って良いはずでしょ。

 地球は月より時空を強く歪めるから、重力が大きいと見てもおかしくない。

アインシュタインは、重力を時空の歪みによって生じると指摘していますからね。

 地球の重力は、月の重力より波長が短いがゆえに、大きい。

そう言いかえても、良いはずでしょ。

ほとんどの素粒子は、質量があると見られています。

電子や陽子のような、物質を構成する側の素粒子には、例外がありません。

一方、エネルギーを伝える側の素粒子になると、光のように質量がないと見られるものがあります。

 ところが、光電効果は波長によって飛び出る電子の速さが違う…。

波長によっては、電子は飛び出ないでその場で振動するだけです。

ここから得られる答えは、光には少なくとも波長に応じた質量があるということです。

物質に質量を与えると見られているヒッグス粒子の正体は、素粒子の波長ではないでしょうか。

 個々の波長にばらつきがあるから、ヒッグス粒子は不安定と見られる。

おそらく、そうでしょう。

けれども、エネルギーには保存則があります。

 ヒッグス粒子のエネルギー総量は、一定となりますね。

 言い換えれば、ヒッグス粒子は、安定となる。

プラズマは、宇宙に存在する全物質の99.9999999999・・・%を占めています。

宇宙全体を、暗黒エネルギー(ダークエネルギー)を約70%、暗黒物質(ダークマター)を含めた物質を約30%、にした場合にうまくいくとされています。

だったら、暗黒エネルギーをプラズマのエネルギーと置き換えたらどうでしょう。

暗黒物質(ダークマター)を含めた物質は、プラズマの波長のエネルギーの質量を含めた物質量と見ても良いと、なるでしょ。

プラズマの波長のエネルギーの質量=ヒッグス粒子と置いたら、どうなります。

 暗黒物質は、ヒッグス粒子とほぼ等しい。

大阪大の細谷裕教授のまとめた、ヒッグス粒子が宇宙を満たす暗黒物質(ダークマター)と同じものであるという理論は、基本的に正しい訳です。

ただし、プラズマ宇宙論の言葉で書きなおす必要はあるでしょうね。

追記。

細谷裕教授の成果が取り上げられた記事は、こちらに収録してあります。

暗黒物質とヒッグス粒子と重力?
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-aed6.html

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暗黒物質と反重力?

こんな記事がありました。

ナショナルジオグラフィックSeptember 1, 2011
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20110901001&expand#title

「暗黒物質は幻想」、新しい反重力理論
            Ker Than

 神秘的な暗黒物質(ダークマター)は、寿命の短い物質粒子と反物質粒子の間で働く重力相互作用が作り出した幻想にすぎないのかもしれない。

 暗黒物質とは、宇宙の質量の4分の1を占めると考えられている見えない物質のことだ。

存在が初めて提唱されたのは1933年。

銀河団外縁部の銀河の回転速度が、“可視質量”に基づく理論値より速い理由を説明するためだった。

 観測された速度だと、外縁部の銀河は銀河団の外へ放り出されてもおかしくない。

重力的に束縛できる十分な質量が銀河団で観測されていないからだ。

 このため、物理学者は銀河の周囲に目に見えない物質のハローが存在すると仮定したのである。

暗黒物質が存在すれば欠損質量の問題が解決し、構成銀河を銀河団に引き留める強力な重力場の存在も説明がつく。

 しかし今回、スイスにある欧州原子核研究機構(CERN)の物理学者ドラガン・ハジュコビッチ(Dragan Hajdukovic)氏が、「量子真空における重力的分極(Gravitational polarization of the quantum vacuum)」に基づく新説を提唱した。

◆“仮想”粒子で満たされた真空

 量子真空とは、物理的概念での真空状態のことだ。

決して「何もない」状態ではなく、仮想粒子と反仮想粒子が活発に対生成と対消滅を繰り返している。

 反物質粒子は、物質粒子とは対照的な存在である。

例えば反陽子は、原子の基本要素である陽子の逆の電荷(負の電荷)を持っている。

 物質と反物質が衝突すると、瞬間的にエネルギーを発して対消滅を起こす。

量子真空状態で自発的に生成される仮想粒子は高速で現れては消えるため、直接は観測できない。

 ハジュコビッチ氏は新しい数学モデルを用いて、仮想物質と反仮想物質が重力的にも逆の性質だとしたら何が起こるのかを研究している。

ただし、その発想自体は他の研究者も以前から提案している。

「現在主流の物理学では重力荷は1つというのが常識だが、私は2つと考えている」と同氏は話す。

 物質は正の重力荷を持ち、反物質は負の重力荷を持つという。

物質と反物質は重力的に反発するため、反物質の物体は物質で構成される地球の重力場で「落ちる」ことはない。

 ただし重力的反発は電気的引力と比べてはるかに弱いため、粒子と反粒子の衝突は起こり得る。

◆銀河の重力が増大する仕組み

「反重力粒子」という発想には特異な印象を受けるが、理論は量子物理学の定説に基づいているという。

 例えば、2つの粒子が団結して作り出す「電気双極子」は以前から知られている。

正電荷を持つ粒子と負電荷を持つ粒子が微小な距離だけ離れて存在する状態である。

 理論上、量子真空の空間には仮想粒子が作り出した電気双極子が無数に存在する。

 すべての電気双極子はランダムに配向されている。

しかし、電場が存在する環境で形成されると、すぐに電場の方向に沿って一直線に並ぶという。

 場の量子論では、この電気双極子の唐突な整列(分極化)により、第2の電場が生まれて既存の電場と結合し、全体として強度が増大するとされている。

 ハジュコビッチ氏は、重力でも同様の現象が起きると提唱する。

仮想物質と反仮想物質の粒子が異なる重力荷を持つ場合、ランダムに配向された重力双極子が空間に生成されるという。

 強力な重力場を持つ大質量の天体である“銀河”の近くで重力双極子が生成された場合、やはり分極化が起こるはずだ。

 そして第2の重力場が生まれて銀河の重力場と結合し、重力が増大するに違いない。

「この理論なら暗黒物質がなくても銀河の重力場は強くなる」とハジュコビッチ氏は説明する。

◆暗黒物質の証拠は“揺るがない”

 イギリスにあるバーミンガム大学の物理学者デイビッド・エバンス氏は今回の研究を受け、「非常に興味深い新説だが、暗黒物質存在の証拠は揺るがない」とコメントしている。

 例えば2006年には、暗黒物質が存在する証拠とされる弾丸銀河団の画像が公開された。

2つの銀河が衝突した衝撃で、暗黒物質と可視物質が分離する様子が写し出されているという。

仮想粒子とは、粒子つまり素粒子の反応の際の中間過程において現れ生成・消滅する粒子を指します。

注目したいのは、ここです。

 物質は正の重力荷を持ち、反物質は負の重力荷を持つという。

反物質とは、質量とスピンが全く同じで、構成する素粒子の電荷などが全く逆の性質を持つ反粒子によって組成される物質です。

どうやら物理学者ドラガン・ハジュコビッチは、負の重力荷、つまり斥力としての重力の担い手として反物質を想定したいようです。

他にも注目したい点があります。

 物質と反物質が衝突すると、瞬間的にエネルギーを発して対消滅を起こす。

ここから、斥力としての重力の担い手としての反物質は仮想粒子であろうと見ているのです。
 
さらに面白いのが、ここです。

 ハジュコビッチ氏は新しい数学モデルを用いて、仮想物質と反仮想物質が重力的にも逆の性質だとしたら何が起こるのかを研究している。

もし、大阪大の細谷裕教授が主張するヒッグス粒子は暗黒物質と同じという議論を重ねたらどうなるでしょう。

 ハジュコビッチの言う仮想物質と反仮想物質は、ヒッグス粒子と反ヒッグス粒子となる。

さらに、物質は正の重力荷を持ち、反物質は負の重力荷を持つという言い分を重ねてみます。

 ハジュコビッチの言う仮想物質と反仮想物質は、正の重力荷を持つヒッグス粒子と負の重力荷を持つ反ヒッグス粒子となる。

ヒッグス粒子は、質量を与えると見られていますよね。

このヒッグス粒子の性質を、質量の値としての重量を引き出すと言い換えてみましょう。

 ヒッグス粒子は重力荷を持つということは、ヒッグス粒子は重力として働く。

ヒッグス粒子は、重力子と言い換えても良さそうですね。

 重力子としてのヒッグス粒子は、引力と斥力の担い手である。

重力子としてのヒッグス粒子が引力と斥力の担い手であれば、重力波と電磁波は同じ形式の式であっても自然でしょ。

 斥力としてのヒッグス粒子が、アインシュタインの宇宙定数の正体。

斥力としてのヒッグス粒子は仮想粒子として、常に発生と消滅を繰り返すとしたら、どうなります。

 重力は、質量が時空を歪めて発生するが、時空は常に振動していると言い換えても良い。

常に振動する時空は、ヒッグス粒子=斥力と反ヒッグス粒子=引力を、常に生み出していると見たらすんなりするでしょ。

重力子であるヒッグス粒子の質量が暗黒物質の質量として、認識されてきたのではないでしょうか。

そして、重力波と電磁波の式が同じ形式なのでプラズマ宇宙論は暗黒物質を想定不用としたのでしょう。

追記。

大阪大の細谷裕教授が発表した議論についての記事は、ここに収めておきました。
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-aed6.html

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熊野本宮大社はキリスト教の教会?

熊野本宮大社は、熊野三所権現とも熊野十二社権現とも呼ばれていました。

 本宮というのは、全国に3000社以上ある熊野神社の総本宮だからですね、

熊野三所権現とは、かつて上中下の三社からなっていたからです。

熊野十二社権現とは、三社はそれぞれ四殿からなり、十二殿で祭神が祀られていた事によります。

 今では、上四社しか見えませんけど。

下四社と中四社は、大斎原(おおゆのはら)と呼ばれている中州に石祠を造営して合祀してあるのですよ。

熊野本宮大社は、以前は大斎原に三社十二殿で営まれていました。

だが、上四社だけ明治24年に現在の地に移されたのですよ。

そのとき、下四社と中四社は石祠を造営して合祀されたのです。

 ああ、それで。

古代から続いている由緒ある神社の多くは、三社で営まれていたようですね。

 三神を祀っていたわけですね。

そうですね。

 それがなぜ、上中下の三社がそれぞれ四殿だったのでしょうね。

四方とも四季とも思えるけど、恐らく両方を意味して世界を表していたのでしょうね。

 そういえば、諏訪大社では上社の前宮(まえみや)と本宮(ほんみや)、下社の春宮(はるみや)と秋宮(あきみや)に、それぞれ四本の御柱が立つでしょ。

 熊野本宮大社の四殿と同じ、四殿を意味するのかしら。

神道では、神を柱で表しますからね。

諏訪大社の四本の御柱と、熊野本宮大社の四殿は、言いたいことは同じかも知れないですね。

それより気になるのは、かつて熊野本宮大社が伊勢神宮と同じように中州で営まれていたことです。

 中州と言えば、増水すれば水害は避けられないでしょ。

 伊勢神宮を話題にしたとき、まるで禊だという話になったでしょ。

熊野本宮大社も中州にあったということは、やはり禊でしょうかね。

 禊ではないと。

禊も考えられるけど、それだけではない気がしますね。

携帯神社である神輿には、水に入っていく場合があるでしょ。

 ありますね。

神社はしばしば、古代イスラエルの幕屋に比べられますよね。

幕屋にとって、御神体ともいえる存在はアークと呼ばれる聖櫃ですよ。

 聖櫃は、川を渡りましたね。

聖櫃にそっくりなのが神輿で、神輿は携帯神社でしょ。

 そうですね。

古代から営まれた由緒ある神社が複数、中州にあったのは偶然でしょうかね。

新宿に十二社で知られる熊野大社があるけど、そこも水が豊富な場所です。

情報を集める必要はあるけど、熊野を名乗る神社の多くはかつて今以上に水辺にあったかも知れないですね。

 熊野を名乗る神社だけでなく、由緒ある神社の多くは元は水辺にあったかも知れないでしょ。

山の上の祠に祀られる神も、ありますよ。

 山は多くの場合、地域の水源になっているでしょ。

 それに、山は天に近い。

 陰陽では、天に水が配される。

 山の上と見えても、陰陽から見れば水辺となるのでは。

人の生活の場が、水辺であったから神社も水に近かったというだけではないと言いたいのですね。

 神社はたいてい、鎮守の森を伴っているでしょ。

 つまり神社のあるところは、水も多い。

そうなると、神社は陰陽から言うと、天空に擬せられた場所に営まれたと言うことでしょうかね。

 天にまします我らの父よ

 願わくは

 御名(みな)をあがめさせたまえ 

 御国(みくに)を来たらせたまえ

 御心(みこころ)の天に成る如く地にもなさせたまえ

 我らの日用の糧を今日も与えたまえ

 我らに罪を犯す者を我らが赦す如く我らの罪をも赦したまえ

 我らを試みに遭わせず悪より救い出したまえ

 国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり

 アーメン

それではキリスト教でしょ。

 でも、天空の神の社に地上の神社を擬したなどというから、連想したの。

神社は、大抵こうでしょ。

祓い給い 清め給え

神(かむ)ながら

奇し御霊(くしみたま)

幸え(さきわえ)給え

ところによって、多少の違いはあるようだけど。

 でも、三回唱えるのは、どの神社も同じでしょ。

 三神に祈るからだとしても。

 造化三神と呼ぼうが絶対三神と呼ぼうが、三神でしょ。

 聖書の御父と御子と聖霊は、「我々に似せて」と言ってるでしょ。

 だったら、絶対三神は天地創造の神だから、造化三神といっても良いのでは。

 それに、神拝詞(となえことば)と主の祈りと、どことなく似てる。

またしても、神社とユダヤ教やキリスト教は、どこか似ているというところに行ってしまいましたね。

追記 

十二社のあたりに、池があったそうです。

隣接する十二社大滝とともに、江戸の景勝地とされました。

1606年(慶長11年)伊丹播磨守によって、十二社の地に大小二つの池が造られるというから、わざわざ作ったのですね。

1700年代(享保年間)には、料亭・茶屋が立ち並ぶ観光地として栄えたといいます。

ところが、1968年(昭和43年)になると、 新宿副都心計画に伴い十二社池が埋め立てられ消滅というから、せっかく作った池なのに、もったいないですね。

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