熊野本宮大社はキリスト教の教会?
熊野本宮大社は、熊野三所権現とも熊野十二社権現とも呼ばれていました。
本宮というのは、全国に3000社以上ある熊野神社の総本宮だからですね、
熊野三所権現とは、かつて上中下の三社からなっていたからです。
熊野十二社権現とは、三社はそれぞれ四殿からなり、十二殿で祭神が祀られていた事によります。
今では、上四社しか見えませんけど。
下四社と中四社は、大斎原(おおゆのはら)と呼ばれている中州に石祠を造営して合祀してあるのですよ。
熊野本宮大社は、以前は大斎原に三社十二殿で営まれていました。
だが、上四社だけ明治24年に現在の地に移されたのですよ。
そのとき、下四社と中四社は石祠を造営して合祀されたのです。
ああ、それで。
古代から続いている由緒ある神社の多くは、三社で営まれていたようですね。
三神を祀っていたわけですね。
そうですね。
それがなぜ、上中下の三社がそれぞれ四殿だったのでしょうね。
四方とも四季とも思えるけど、恐らく両方を意味して世界を表していたのでしょうね。
そういえば、諏訪大社では上社の前宮(まえみや)と本宮(ほんみや)、下社の春宮(はるみや)と秋宮(あきみや)に、それぞれ四本の御柱が立つでしょ。
熊野本宮大社の四殿と同じ、四殿を意味するのかしら。
神道では、神を柱で表しますからね。
諏訪大社の四本の御柱と、熊野本宮大社の四殿は、言いたいことは同じかも知れないですね。
それより気になるのは、かつて熊野本宮大社が伊勢神宮と同じように中州で営まれていたことです。
中州と言えば、増水すれば水害は避けられないでしょ。
伊勢神宮を話題にしたとき、まるで禊だという話になったでしょ。
熊野本宮大社も中州にあったということは、やはり禊でしょうかね。
禊ではないと。
禊も考えられるけど、それだけではない気がしますね。
携帯神社である神輿には、水に入っていく場合があるでしょ。
ありますね。
神社はしばしば、古代イスラエルの幕屋に比べられますよね。
幕屋にとって、御神体ともいえる存在はアークと呼ばれる聖櫃ですよ。
聖櫃は、川を渡りましたね。
聖櫃にそっくりなのが神輿で、神輿は携帯神社でしょ。
そうですね。
古代から営まれた由緒ある神社が複数、中州にあったのは偶然でしょうかね。
新宿に十二社で知られる熊野大社があるけど、そこも水が豊富な場所です。
情報を集める必要はあるけど、熊野を名乗る神社の多くはかつて今以上に水辺にあったかも知れないですね。
熊野を名乗る神社だけでなく、由緒ある神社の多くは元は水辺にあったかも知れないでしょ。
山の上の祠に祀られる神も、ありますよ。
山は多くの場合、地域の水源になっているでしょ。
それに、山は天に近い。
陰陽では、天に水が配される。
山の上と見えても、陰陽から見れば水辺となるのでは。
人の生活の場が、水辺であったから神社も水に近かったというだけではないと言いたいのですね。
神社はたいてい、鎮守の森を伴っているでしょ。
つまり神社のあるところは、水も多い。
そうなると、神社は陰陽から言うと、天空に擬せられた場所に営まれたと言うことでしょうかね。
天にまします我らの父よ
願わくは
御名(みな)をあがめさせたまえ
御国(みくに)を来たらせたまえ
御心(みこころ)の天に成る如く地にもなさせたまえ
我らの日用の糧を今日も与えたまえ
我らに罪を犯す者を我らが赦す如く我らの罪をも赦したまえ
我らを試みに遭わせず悪より救い出したまえ
国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり
アーメン
それではキリスト教でしょ。
でも、天空の神の社に地上の神社を擬したなどというから、連想したの。
神社は、大抵こうでしょ。
祓い給い 清め給え
神(かむ)ながら
奇し御霊(くしみたま)
幸え(さきわえ)給え
ところによって、多少の違いはあるようだけど。
でも、三回唱えるのは、どの神社も同じでしょ。
三神に祈るからだとしても。
造化三神と呼ぼうが絶対三神と呼ぼうが、三神でしょ。
聖書の御父と御子と聖霊は、「我々に似せて」と言ってるでしょ。
だったら、絶対三神は天地創造の神だから、造化三神といっても良いのでは。
それに、神拝詞(となえことば)と主の祈りと、どことなく似てる。
またしても、神社とユダヤ教やキリスト教は、どこか似ているというところに行ってしまいましたね。
追記
十二社のあたりに、池があったそうです。
隣接する十二社大滝とともに、江戸の景勝地とされました。
1606年(慶長11年)伊丹播磨守によって、十二社の地に大小二つの池が造られるというから、わざわざ作ったのですね。
1700年代(享保年間)には、料亭・茶屋が立ち並ぶ観光地として栄えたといいます。
ところが、1968年(昭和43年)になると、 新宿副都心計画に伴い十二社池が埋め立てられ消滅というから、せっかく作った池なのに、もったいないですね。
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