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着袴の儀の意味を考えてみた。

健やかな成長を願う儀式である着袴(ちゃっこ)の儀と深曽木(ふかそぎ)の儀は、一般の七五三に当たる儀式で、健康と成長を祈る古来から皇室伝統の儀式です。

着袴の儀は、子が数え5歳の時に、賜剣(しけん)儀の際に贈られた袴を着用する儀式です。

賜剣の儀は、皇室に子供が生まれた際に、天皇から子供の健やかな成長を願い子を守る目的の守り刀を授かる儀式です。

小刀は白木の鞘で赤い布に包まれ桐箱に入れられ、宮中で天皇の意思を受けた勅使と呼ばれる使者に託され、勅使が代行として子の元に赴き、子の枕元に供えます。

着袴の儀は、性別に関係なく行われます。

男子は滝の意匠をあしらった和服である落滝津の御服の上に白絹の袴、女子は濃色(こきいろ)と呼ばれる濃い赤紫色の小袖と同色の袴を、それぞれ着用します。

女児は、衵扇(あこめおうぎ)を手にし、さらに袿(うちき、うちぎ)を着用します。

袙扇とは、桧扇(ひおうぎ)と基本的に同じものだが女性の用いる物の場合、こう呼びます。

 桧扇は、檜扇と記されることがありますね。

今では、檜扇の方が一般的でしょうね。

袿は、公家装束を構成する着物の一つです。

袿は、主に女性の衣だが、男性が中着として着用する場合もあります。

一枚の上着を指す場合と、何枚も重ねて着用した場合を指す場合とがあると言います。

一枚の上着の場合は小袿(こうちぎ)と表着(うわぎ)と打衣(うちぎぬ)を着付けます。

着付けの順は打衣、表着、小袿となり、一番表に小袿が来ることになります。

小袿を何枚も重ねて着用した場合を、重ね袿(袿姿)といいます。

下には肌小袖・単・緋袴(ひのはかま)を着て、帯で結ぶことなく普通の袿を何枚も重ねて羽織ります。

羽織る袿の枚数には、特に制限がないが、平安時代以降は五枚が一般的となったそうです。

それに対し、深曽木の儀は、主に男児の儀式です。

深曽木の儀では、童形服を着て、右手に桧扇、左手に小松と山橘を持ち、青石の小石が二個置かれた日置盤と呼ばれる碁盤の上に立ちます。

髪の毛を鋏で切り揃えられた後、足元の小石を踏んで日置盤より掛け声とともに南へ向かって飛び降ります。

一般の七五三に当たる儀式で、健康と成長を祈る古来から皇室伝統の儀式です。

皇室では、代々同じ物が使われます。

日置盤は、普通の碁盤ではありません。

罫線が通常の碁盤と同じ19×19路ではなく、21×21路なのです。

升目でいうと、20×20の400マスとなります。

暦における八節つまり春分・秋分・夏至・冬至・立春・立夏・立秋・立冬に当たる位置が盤上に記されているほか、陰陽道にいう九星である一白・二黒・三碧・四緑・五黄・六白・七赤・八白・九紫を表す碁石が置かれていました。

 深曽木の儀で使われるのは青い小石というから、青い色である三碧のことでしょうか。

そうかも知れません。

九星では、青は方角でいえば東に当たります。

滝の意匠をあしらった落滝津を水と見れば、五行では北に当たります。

袴の白は、五行では西に当たります。

飛び降りる方向は南で、五行でももちろん、南に当たります。

 東西南北が、揃いますね。

そして、中央の人は五行では土(ど)に当たり、色でいうと黄が配されます。

 五行のすべてが、揃うわけですね。

五行では、北は天に、南は地に、それぞれ配されます。

日置盤は高天原を象徴し、飛び降りる南は地上を象徴するのでしょう。

 深曽木の儀は、天孫降臨を追体験する意味合いがあるのでしょうか。

男児、女児問わず、天孫降臨を追体験する必要は同じでしょ。

 そういえば、そうですね。

東と南は陽に、西と北は陰に、配されます。

 青い小石二個を踏むのは、陽である東を陰である天に配するためでしょうか。

偶数は陰に配され、奇数は陽に配されます。

陰に配される二個の青い石を踏むことで、子もまた陰の世界の存在となるのでしょう。

天の象徴としての日置盤から、地の象徴としての南に降りるとは、陰から陽に転ずる儀式であり、生まれ直しを意味するのかも知れません。

数えの五歳というのも、陰の四歳から陽の五歳という節目だけではなく、四は死に通じ、魂の世界から人の世界へと移行する儀式とみることも可能でしょう。

女児は着袴の儀で、女子は濃色(こきいろ)と呼ばれる濃い赤紫色の小袖と同色の袴を、それぞれ着用します。

赤は、五行では陽である南に配され地の象徴です。

陽に配される男児に対し、女児は陰に配されます。

濃い赤紫色の小袖と同色の袴を着用するとは、魂の陰の世界から名実ともに人となる陽の世界に生まれ直すということなのでしょう。

女児の儀式で男児の深曽木の儀に当たる段階が、衵扇(あこめおうぎ)を手にし、さらに袿(うちき、うちぎ)を着用することでしょう。

女児に日置盤を降りる儀式がないのは、女児は初めから陰に配されるので、わざわざ陰に配し直す儀式をする必要がないからでしょう。

 男児と女児、いずれにしても着袴の儀を行うのは、天孫降臨を追体験するため。

それも、あるでしょうね。

魂すなわち神の世界から、現世である地上に降りるための象徴的儀式でもあるのでしょう。

男児に深曽木の儀がいるのは、男児は陽であるため、いったん陰に配しなおす必要があるからでしょう。

 深曽木の儀で、左手に小松と山橘を持つのは、なぜでしょうね。

樹は陰陽では息と同じとされます。

息は声でもあるので、高天原から何らかの声を託されていることの象徴かも知れないですね。

 神から声を託される、それって、声を預かる者という事でしょ。

皇室の男児には、神々の声を地に下ろす者という役割があるので、神道の最高祭祀に位置付けられるのでしょうね。

神々の声を地に下ろす者という意味では、預言者とみても良いでしょうね。

 深曽木の儀には、預言者に任じられる儀式という意味もある。

深曽木の儀には、陽である男児をいったん陰に配しなおすだけでなく、預言者に任じられる儀式という側面もあるのは確かでしょうね。

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