稲荷と厄除け?稲荷とキリスト?その3
稲荷の鳥居で、赤い場合は火に配された地が上に来るので、水に配された黒の天が下に来ることになると、言いました。
でも、赤くない鳥居もあるでしょ。
赤くない鳥居の場合、たいてい白っぽいでしょ。
白と言えば、白いですね。
白は、陰陽では金に配当されます。
金生水の呪術になるので、水を掌る呪術としては、実はこれでも良い訳ですよ。
じゃあ、ほとんどの神社は、水を掌る呪術を地域にかけているのですよね。
そうなりますね。
ところが、稲荷は、どうもそれだけではないようなのです。
稲荷神社には、若干例外もあるけれど、たいてい白い狐がいますよね。
伴っているのは、宝珠や巻物が多いですね。
円は、陰陽では天に配当されます。
そして天は、神が居られるところ。
白い狐は、神の使い。
でも、それなら球でも良いでしょ。
そういえば。
宝珠ということは、白い狐は法を掌る神の使いという、意味が込められているかもしれませんよ。
巻物をくわえている場合は。
神の使いである以上、何か大切な文書でしょうね。
奥義を記した、虎の巻。
虎は寅に通じ、丑寅といえば、鬼門ですよね。
そして、鬼は陰(おん)の転化と見られています。
通常であれば、まず明かされることのない内容である奥義を記したからこそ、寅の巻であり、虎の巻となるのでしょう。
稲荷で、どうしても気になっていたことがあるのですよ。
それは、祀られ方なのです。
境内社として祀られる場合、合同庁舎ならぬ合同祠とでも言いたくなるような祀られ方は、稲荷にはほとんど見られません。
合同の祠に祀られる可能性が少ないのは、今まで見た限りでは、稲荷神と弁才天、そして宗像神くらいに思えますね。
稲荷神は、合同の覆い堂に祀られることはあっても、合同の祠に祀られているのを見る可能性は、低いでしょうね。
ほかの神と合祀されている場合なら、あるけど。
稲荷神は、いくつかの神と合祀された神社はあっても、いくつもの扉が並ぶ合同の祠に祀られた例は、少なくとも今までは見たことがありません。
全部の神社を巡ったわけではないので、断言はしませんが。
逆に、境内社でありながら、主祭神の神社の鳥居の色まで赤くしてしまう場合さえあります。
さらに、覆い堂の中に稲荷神社が祀られる例も、あります。
覆い堂の中に祀られる場合、稲荷神社には供物がいつもあるようです。
まるで、神棚ではないですか。
神社の中で、主祭神の御前に献げられるなら、まだわかりますよ。
境内社ですからね。
ところがある日、謎を解く手がかりになるかもしれないものを、目撃したのです。
稲荷の白い狐と言えば、何かがある場合、巻物か宝珠ですよね。
鳥居は、赤いとは限らないし。
奇妙な狐を、見たのですよ。
手の下に、なにやら渦のようなものを抑えていたのです。
巻物なわけないですよね。
宝珠ならあり得るけど。
宝珠は、同心円だし。
抑えている渦状のものは、四角かったから巻物ではありえません。
どう見ても、厄の字から部首の雁垂をとった形なのです。
つまり、厄封じ。
そうかも、知れません。
そうなると、稲荷神とは法を掌る神の使いにして、奥義を伝える権限を持ち、厄封じの役目も持った、存在という事になるでしょうね。
稲荷神は、境内社の中でも別格だから、覆い堂が作られる場合がある。
稲荷神は、秦氏の氏神でもあったでしょ。
そして、秦氏は神道や仏教に、大きく関わってきた。
稲荷神は、日本の神々の中でも、特別な位置付けにありそうですね。
厄封じの役目も持った存在ということは。
神の命令によっては、厄を解き放って人々を罰する権限もありそう。
祟り神としての顔も持つ稲荷だから、別格扱いで機嫌を取った。
ありえますね。
しかも、法を掌る神の使いにして、奥義を伝える権限を持つとしたら、敵に回したら相当厄介な神ですよ。
その稲荷に、INARIはINRIに音が似ている。
稲荷はINRIの当て字であるという説を唱える人もいる。
INRIとは、“IESVS NAZARENVS REX IVDÆORVM”の略です。
INRIとは、古典ラテン語で、“イエス ナザレの人 ユダヤの王”という意味です。
イエスは、法を掌る神である御父の使いにして、奥義を伝える権限を持ち、御父の命令によって厄を解き放って人々を罰する権限もある、お方ですよね。
これでは、秦氏にユダヤ人キリスト教徒説が、出ても当然過ぎますね。
そうですねえ。
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