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お岩さんと稲荷。

東京都新宿区左門町18番地にある長照山陽運寺は、於岩霊堂と山門に掲げられています。

長照山陽運寺は、於岩稲荷と言った方が通りが良いかもしれません。

ホームページ於岩稲荷陽運寺http://www.oiwainari.or.jp/index.htmlもあるので、詳しくはそちらを見てください。

陽運寺には、お岩の木像があるといいます。

ところが、お岩のお墓は巣鴨の妙行寺にあるそうです。

正式名称は、法華宗陣門流長徳山妙行寺で東京都豊島区西巣鴨4-8-28にあります。

お岩の家は、妙行寺の檀家だったといわれます。

左門町の於岩稲荷は、実は二つあります。

もう一つは、於岩稲荷田宮神社です。

 路地を挟んで、山門と鳥居が向き合っているのでしょ。

東京都教育委員会の案内板 「都旧跡 田宮稲荷神社跡」によると、この場所は、お岩稲荷神社の旧地だったそうです。

明治五年ごろお岩神社を田宮稲荷と改称し、火災で一時移転したが、昭和二十七年再びここに移転したとあります。

明治12年(1879年)の火災によって焼失して、中央区新川に移りました。

場所は、中央区新川2-25-11です。

新川の於岩稲荷田宮神社は、歌舞伎役者や崇敬者の願いを受けて、芝居小屋に近いということで、明治のはじめに創建されました。

新川にある於岩稲荷田宮神社の社地は、歌舞伎俳優の初代市川左団次の所有地であったと伝えられます。

ちなみに、祭神は、田宮於岩命と豊受比売大神となっています。

戦災で焼失したが、戦後再建され今日に至ります。

 じゃあ、今現在、お岩稲荷は三か所あるの。

四谷、東京都新宿区左門町に実在する於岩稲荷田宮神社の方のお岩稲荷は、もともとは田宮家の屋敷社でした。

岩という女性が、江戸時代初期に稲荷神社を勧請したことが由来といわれます。

岩の父、田宮又左衛門は徳川家康の入府とともに駿府から江戸に来た御家人でした。

岩と、婿養子となった伊右衛門は仲のよい夫婦で、収入の乏しい生活を岩が奉公に出て支えていたといいます。

岩が田宮神社を勧請したのち生活が上向いたと言われ、土地の住民の信仰の対象となったそうです。 

 お岩さんと言えば、四谷怪談ですね。

四谷怪談は、元禄時代に起きたとされる事件を基に創作された日本の怪談です。

お岩の夫、田宮伊左衛門は、南北の芝居では民谷伊右衛門となっていますね。

現在、豊島区雑司が谷となっている江戸の雑司ヶ谷四谷町が舞台となっています。

基本的なストーリーは、「貞女岩が夫伊右衛門に惨殺され、幽霊となって復讐を果たす」というものです。

鶴屋南北の歌舞伎や三遊亭圓朝の落語が、有名です。

怪談の定番とされ、折に触れて舞台化・映画化されているため、さまざまなバリエーションが存在します。

実際のお岩は、貞淑な女性で夫の田宮伊右衛門とも仲がよく、お岩の信仰のおかげで田宮家も栄えたという話が伝えられているそうですね。

 だったら、なぜ、四谷怪談のもとなった事件は起きたのかしら。

四谷怪談の基になった実話については、四谷のお岩稲荷に1827年に記録された文書が残されているそうです。

お岩稲荷の文書によれば、こうです。

四谷に住む武士である田宮又左右衛門の娘、お岩が浪人の伊右衛門を婿にとった。

伊右衛門が心変わりして、一方的にお岩を離縁した。

お岩が狂乱して行方不明となり、その後田宮家で変異が相次いだため、田宮邸の跡地にお岩稲荷を建てた。

つまり、田宮家の場所には、もともと稲荷神社自体はあったのです。

 ただし、屋敷社として、ですけどね。

それが事件の後、お岩稲荷として新たに、祀られていくことになるわけです。

 事件の前は、田宮家の繁栄にあやかりたい人々の信仰の対象だったわけでしょ。

 それが一転して、お岩鎮魂の神社になる。

 皮肉ですねえ。

稲荷社を熱心に祀っていたお岩を、邪険に扱った祟りを恐れたという見方も、もちろんできるでしょうね。

 非業の死を遂げた菅原公と天神の関係と、同じですね。

稲荷には、農耕の神に始まり、家業繁栄の神としての信仰もありました。

 さらに、水神としても祀られたのでしたね。

 赤い鳥居の場合は、陰陽では水に配される黒が下に来る。

 白い鳥居の場合は、陰陽では白は金に配され、金生水で、やはり水を掌る。

 それで、火伏の神としても祀られるようになる。

さらに、稲荷の狐には、面白いことがありましたね。

 巻物があったり、宝珠があったり、子どもがいたりします。

 なかには、狛犬と同じ形の球を抑えていたりする。

それだけではなく、厄の雁垂のない形に、あるいは、犯のけものへんのない形に、似ている四角いものを前足で抑えている場合もあります。

 柄がついている場合も、ありますね。

そこで、稲荷には厄封じの信仰があった可能性もあると、話題にしたこともありました。

 そうなると、稲荷に非業の死を遂げたお岩の祟り封じを祈願したという見方もできますね。

稲荷も、奥が深い神社ですねえ。

 邪険にされたお岩の悲しみが田宮家に祟りを及ばしたように、お岩の祟りが再び起きないよう、神社と寺で封印しているのかしら。

四谷怪談を演じる前には、いまではもっぱら新川の方らしいけど、於岩稲荷田宮神社に関係者はお参りすると言いますからね。

祟られたくないものだから。

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