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プラズマの物質化とポテンシャルエネルギー?

マイケルソン=モーリーの実験をはじめ、類似の実験が繰り返された結果、光の干渉縞が測定にかかる事は避けられない事実として認知されることになっています。

 測定に付き物の誤差として、処理されるようになったのでしたね。

だが、測定の距離を左右で違えてもなお、光が同時刻に到着する観測結果と合わせた場合、どうなるでしょう。

 より長距離を通過した光は、加速されたとみるのは、自然ですね。

そうなると、波長の重ね合わせに生じたずれは、どちらかの波長が伸びたか縮んだかしたことになりませんか。

 距離の伸びた方の光は、波長を伸ばして時間を稼いだ。

そう見ないことには、同時刻の到着の説明がつかないでしょ。

 光は等速度ですからね。

しかし、この解釈を同じ距離を進んだ光の実験重ねるとどうなるでしょう。

 速度が地球の自転に影響を受ける側の光は、波長を変えることで時間を調節した。

光の重ね合わせで生じるずれは、波長が変化したと見ても、説明が付くわけです。

けれど、この解釈は実は大きな問題に直面します。

光はどうして、自分の飛んでいく距離を事前に知り得たかという謎が出てくるのです。

光はあたかも、事前に自分の移動する距離を知っていたかのように、波長を調節し、同時刻に到着するように飛んだのです。

これについては、光の持つ特殊な能力と言うしかありません。

光は、測定されたとたんに測定された場所にいるのです。

しかも、光のような量子は二手に分かれた場合、一方の状態が決まった瞬間にもう一方の状態も決まります。

光の持つ、この不思議な性質で説明するしか今のところ合理的な方法はなさそうです。

さもなかったら、私たちの時空4次元に対して時空5次元から見ている存在が光に指示を出したという、オカルト的な解釈をするほかないでしょう。

E=mc²

これは、エネルギーと質量の同等であることを示す式です。

波長の大きさは、与えられるエネルギーの大きさに左右されます。

言い換えれば、波長の大きさは与えられたエネルギーの大きさを表します。

 エネルギーと質量は同等だから、光をはじめ、電磁波にはエネルギーに相当する質量がある。

そう見るのは、自然でしょ。

加速度は重力と区別がつきません。

電磁波の速度は一定なので、加速度はないわけです。

 加速度は重力と区別がつかないから。

電磁波の速度は一定なので、重力は働いていないと見ても良いわけです。

エネルギー一定の法則があるので、運動エネルギーが100%のときはポテンシャルエネルギーは0%となります。

光をはじめ電磁波は、運動エネルギーに相当する質量は当然あると考えられます。

 ところが、波長が長いとニコルス放射計でも光電効果でも、エネルギーは吸収されてしまうだけ。

そうなると、光の持つエネルギーの大半は波長が担っているとなるでしょ。

 エネルギーと質量は同等だから、電磁波の持つ質量の大小は波長が左右する。

電磁波の持つ運動エネルギーがポテンシャルエネルギーに転化すれば、運動エネルギーに潜在していた質量は顕在化するといっても、差し支えないでしょ。

 運動エネルギーに潜在していた質量は顕在化しても、一瞬で崩壊するので観測にはかからないのでしょうね。

エネルギーの励起が一時的に生じたと、処理されるのが落ちでしょう。

 顕在化した運動エネルギーに潜在していた質量の集積が一定限度を超えれば、ミクロの次元の存在からマクロの次元の存在に転化しますね。

高密度のプラズマの中であれば、顕在化した電磁波の運動エネルギーに潜在していた質量の集積が一定限度を超え、マクロの世界に現れる場合は大いにあり得ます。

 飽和すると溶け切れない分が底にたまる砂糖や塩みたいにね。

限度を超えると見える形で現れるという点では、似てますね。

 プラズマと重力の境目も、あいまいなのでしょ。

宇宙論でいう、プラズマの重力に引き寄せられた宇宙の塵の一部は少なくとも、質量として顕在化した電磁波の波長のエネルギーであるかも知れませんね。

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