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2012年5月

怖気ついたら何も変わらない。

非国民という言葉は、日中戦争以後に、戦争に協力しない者、協力が不十分な者、果ては生活に不満を漏らす者などに使用されました。

不満を抑圧するための各種標語が唱えられたのも、そのころです。

「贅沢は敵だ」「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」「欲しがりません勝つまでは」などがありました。

戦時体制に順わない者や具体的に反戦を唱える者は近隣住民から「非国民」呼ばわりされ、迫害されることもあったといいます。

いまでは、非国民という言葉は、相手に投げかれられるより、自虐的に使われることが多いと言う声も聞きます。

 自分が体制に順わないことを強調するため、などですね。

「非国民」という言葉は、半ば冗談めかして、スポーツなどの国際試合で自国の代表を応援しなかったり、試合自体を見なかったりする人などを揶揄して言われることも最近ではあるようです。

英語では、非国民という言葉に当たるのは、非愛国者を意味するUnpatrioticだそうです。

ちなみに、Traitorも使用される場合があるが、裏切者・反逆者・国賊・売国奴といった意味となるといいます。

 いずれにしても、あまりいい言葉ではありませんね。

 今回は、何を言いたいの。

「贅沢は敵だ」「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」「欲しがりません勝つまでは」、これに似た風潮、いまの日本にありませんか。

いつ終わるともしれない、出口の見えない、経済の低迷が続く中、人々の意識は節約志向に向かっていませんか。

節約自体は、結構なことです。

 限りない資源を、大切に使うのは、良いことですからね。

だが、何のための節約でしょう。

 将来に対する不安のために、決まってるでしょ。

これは、一人一人にとっては、切実であり、合理的選択と言えます。

けれど、一人一人が、物を買わなくなり、買うときも1円でも安いものばかり買おうとしたら、どうなります。

 売る人は1円でも安く仕入れようとし、売る人は1円でも安くしないと売れなくなりますね。

生産業者や納入業者は、しょっちゅう言われるそうです。

「消費税税分まけてくれ」

結果として、利益を削って国や地方に納める羽目になるそうです。

消費税は売り上げにかかる税なので、たとえ利益がなくとも売り上げがある限り納めなければなりません。

そのしわ寄せは、労働者に来ます。

仕事があれば良い方で、その仕事さえ、賃金水準の低い国々に流れる事さえあるわけです。

そういう人を相手にする商店も、消費税を価格に転嫁できません。

とはいっても、大手は薄利多売でなんとか利益が出ます。

中小零細は、そうはいきません。

消費税は、更なる歪みを生んでいます。

納入業者の価格を買い叩いて安く仕入れた上に、輸出品は消費税を免除されるばかりか、戻り税まで受けられると言います。

輸出業者は、消費税率が上がるほど、戻り税が大きくなるので税率を上げて欲しがるわけです。

 一人一人の節約志向は、社会全体で纏まると賃金引き下げ圧力に転化する。

 輸出業者は安く仕入れた上に、戻り税の恩恵をたんまり受けている。

輸入する方の消費者は、良い物が安いのはうれしいが、競合する製品を作っている業者と労働者は、たまりませんよね。

 日本から、貧困を輸入しているようなものですね。

昔の日本もそうだったかもしれないけれど、ヨーロッパでは良い物は直しながら長く使う文化は今でもあるようです。

 じゃあ、ヨーロッパの人たちは、日本製品の品質に納得できるなら、多少高くても買ってくれる。

数は、多少減るかもしれないけど、極端に上げなければ売り上げ自体はそんなに落ちないかも知れないですね。

 節約自体はいいことだけれど、同じように使えるなら安い方が良いとばかり言ってて良いかということですね。

本当の節約とは、コストパフォーマンスを考えることでは、ないでしょうか。

今持っているものと近い値段で、もっと良い物が買えないかと探すのも賢い選択では、ないでしょうか。

似た価格帯でも物によっては、品質ばかりか、機能や性能でも向上している場合は多いです。

要らない機能のないぶん安いものを選んで、浮いた予算で欲しいものや必要なものを、買う選択も当然ありますね。

節約、節約で委縮しがちな消費は、このような発想の転換を一人でも多くの消費者がしてくれればそれだけでも、多少は上向きます。

 全消費者が発想の転換をしてくれればいいですけど。

ワーキングプアに陥っている人には、無理は言えないですけど、少しでも条件のある人は発想を変えて欲しいですね。

 聖書やコーランにも、余裕がある人は、余裕を無い人を助けなさいと言う教えがありますね。

聖書やコーランを知らない人に、そこまで求めるのは酷でしょう。

経済が改善の方向に回りだすきっかけは、政府が作ってくるのを待ってるうちに国が終わりかねないのが、残念ながら今の日本でしょ。

 それなら、国民は自衛するしかない。

攻撃は最大の防御ですよ。

政府が無策なら、国民が自分から景気改善策を取るしかありません。

その一つが、国民1人当たり1日1円のプラスαの小さな贅沢をしよう、ということです。

 日本の人口は減少に転じたとはいえ、まだ、1億2千万人以上いますね。

国民1人当たり1日1円のプラスαは、最低でも1億2千万円以上になるでしょ。

 1年なら、365億円以上が動く計算ですね。

 乳飲み子や、寝たきり、ワーキングプア、など参加が期待できない人もいるけど。

 実際には、1円のプラスαどころか、10円や100円のプラスαになるだろうから、均せば国民1人当たり1日1円のプラスαに十分届きそうですね。

なにも、要らないものを買ってくれというのではないのです。

要るのものや、欲しいものを、無理しない範囲でちょっぴり奮発して欲しいのです。

それも一過性ではなく、定着させてほしいのです。

文化面の生活の充実も心がけて、物心ともに、豊かになって欲しいのです。

 こんな記事もありますね。

 国の負債は最大の1042兆円 10年度末、3年連続更新
 http://www.47news.jp/CN/201205/CN2012052801002188.html

 財務省は28日、政府全体の資産と負債の状況をまとめた2010年度の「国の財務書類」を発表した。

10年度末の負債は前年度末に比べ23兆3千億円増の1042兆9千億円で、3年連続で過去最大を更新した。

 借金である国債の発行で財源不足を穴埋めしたため、負債が増えた。

負債のうち、国債を含む公債残高も過去最悪で、38兆1千億円増の758兆7千億円だった。

 道路や堤防などの有形固定資産に現金や預金、有価証券などを加えた資産は、21兆9千億円減の625兆1千億円。

負債が資産より417兆8千億円多く、債務超過の状態だった。

債務超過分を日本の人口1億2千万人で割ると、1人当たり約4百万円という金額は、確かに大きいです。

けれど考えてください。

1日当たり約1万1千円弱でしょ。

 この金額、肩にずっしり来ますよ。

それに、1042兆9千億円で、3年連続で過去最大を更新したとまで言っていますね。

でも、怖気づいたら、増税論者の思う壺に嵌りますよ。

国民1人当たり1日1円のプラスαは最低でも1億2千万円以上、1年なら365億円以上が動く計算でしょ。

1円のプラスαでこれですよ。

これが毎年動いてごらんなさい。

これをわれ先に取り込もうとする投資は、起きると思いませんか。

 年365億円以上の市場に、投資が加わればもっと規模は膨らみますね。

 しかも、これは最低限の見積もり。

新たな雇用が生まれたりすれば、さらに、市場規模は膨らみ、GDPは増大することは期待できるでしょ。

 国債残高の対GDP比は、確実に下がる。

日本の国債発行残高は対GDP比でかなり高いと指摘する人はいるけど、金利は長期にわたって低迷していて、簡単に上がりそうもないでしょ。

個人向け復興国債、期待したほど売れてないという報道もあるけど、国債への先行き不安が大きいと騒がれているからです。

 なまじ金利を上げても返済に不安があるから売れないから、金利を上げる話も出ない。

金利が上がらないのは、デフレ基調に原因があると主張する人もいます。

だったら、デフレ脱却したら金利は上がるのか、ですよ。

自国通貨建て国債で大半が、国内で保有されている限りある程度大きくても問題ないから金利は低いままという見方も出来ます。

でもいずれにしても、比率は下げるにこしたことはないでしょ。

 多くの人にとって、不安要因ですからね。

政府の行動を待てないなら、国民が動くしかないでしょ。

求めよ、さらば与えられん。

尋ねよ、さらば見出さん。

門を叩け、さらば開かれん。

すべて求むる者は得、尋ねる者は見いだし、門をたたく者は開かれるなり。

マタイによる福音書の、7章7節から8節にある言葉です。

救いを求め恐れず行動するものは、その道が理にかなうなら、必ず目的に辿り着けるはずでしょ。

結果を見なければ信じないと言う人は、道理を本気にしない人でしょうね。

聖書にこの件があります。

ヨハネの福音書20章です。

26 八日後に、弟子たちはまた室内におり、トマスも彼らといっしょにいた。戸が閉じられていたが、イエスが来て、彼らの中に立って、「平安があなたがたにあるように」と言われた。

27 それからトマスに言われた。「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手を伸ばして、わたしのわきに差し入れなさい。信じない者にならないで、信じるものになりなさい。」

28 トマスは答えてイエスに言った。「私の主。私の神。」

29 イエスは彼に言われた。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです。」

私は、祭司でも預言者でもありません。

だから、自分の言葉を絶対とは言いません。

あなたは、自分で確かめてください。

 私たちが、自分たちの消費で経済を変えるのに、政府の財政出動を待つ必要はないですね。

財政のないことを理由に、増税しか考える事しかできない人を待つのは時間の無駄です。

 彼らは何かにつけて、民間活力だの、民で出来ることは民へなどと、言いますね。

だったら、民間活力で、経済を再び浮揚させようではないですか。

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言動に責任を持つとはどういうことか考えてみた。

SankeiBiz(サンケイビズ)で、この記事を見つけました。

【Dr.小池の日本を治す!】

http://www.sankeibiz.jp/macro/news/120426/mca1204260500000-n1.htm

2012.4.26 05:00

 ■野田政権の「愚かで、無意味で、破壊的な経済政策」

 消費税増税法案が国会に提出され、世論調査では「増税反対」の声が6割をこえるようになりました。
野党はもちろん、政権与党の中からも公然と反対の声が上がる始末。
「デフレの中で消費税を5%も引き上げれば、日本経済は破綻するのではないか」という不安が広がっています。

 ◆1997年「9兆円負担増」の教訓は

 かつて日本は、痛苦の経験をしました。
97年の消費税増税など、橋本内閣による9兆円の負担増で、くらしと景気をどん底に突き落としたことです。
このとき以来、日本は「成長が止まった国」となり、今に至るまで浮上できていません。
ましてや野田政権の「一体改革」は、消費税増税分だけで13.5兆円、復興増税や年金削減など合わせて20兆円を超える負担増ですから、その影響は計り知れないものがあります。

 97年の大失政の責任について、その後の国会(2005年2月27日の衆議院財務金融委員会)で取り上げた議員がいました。

 この議員は、「一挙に増税路線に政府がシフトした後の惨たんたる日本の経済の状況を私も肌をもって感じた」と述べ、当時の政府を厳しく追及します。

 総選挙で落選し、97年当時は「浪人」中だったこの方の事務所は、千葉県の船橋市にあったようで、当時の様子をリアルに語っています。

 「5階建てのビルで3階に入っていました。1階の布団屋はつぶれ、2階のマッサージ屋は夜逃げし、4階、5階もみんな倒産という中で、辛うじて自分の事務所が維持できたというのが奇跡に近いなと思っているぐらい厳しい経済状況でございました」

続けて、この議員はイギリスのタイムズ紙に出た論文を読み上げます。
「この増税政策は、1930年のスムート・ホウリー関税法以来、先進資本主義国で行われたもっとも愚かで、もっとも無意味で、破壊的な経済政策といわれることになろう」

 そして、容赦なくたたみかけるのです。

 「まさに、国民経済に与えた影響を含めると、それぐらい厳しい総括が必要だったろうと私は思います。当時の閣僚として、大臣はどのように総括をされているんでしょうか」

 このきびしい追及をした議員が野田佳彦氏です。
ちなみに、追及されたのは当時の財務大臣、谷垣禎一氏。
皮肉なものです。

 この追及はまことに筋の通ったものでした。
そして、この主張に照らせば、いま野田さん自身がやろうとしていることこそ「もっとも愚かで、もっとも無意味で、破壊的な経済政策」にほかなりません。

 ◆中小企業への深刻な影響

 とりわけ、雇用の7割を支える中小企業にとって、消費税増税は文字通り「破壊的」な政策となります。
中小企業にとって消費税の一番の苦しみは「転嫁できない」ことです。
仕入れ価格には消費税を上乗せされますが、多くの場合、販売価格には消費税を上乗せできません。

 昨年、中小企業4団体--日本商工会議所、全国商工会連合会、全国中小企業団体中央会、全国商店街振興組合連合会が、「中小企業における消費税の転嫁にかかる実態調査」を行っています。
「消費税が引き上げられた場合、販売価格に転嫁できるか」という設問に対して、売上高1億円を超える企業でも50%、1000万円から1500万円の小規模企業では、71%が「転嫁できない」と答えています。

 石沢義文・全国商工会連合会会長は、「(消費税)5%分もの負担がしわ寄せされれば、中小企業の利益は吹き飛ぶ。廃業が増え、国や地方の税収も逆に減るのではないか。中小事業主は消防団や祭りなど地域活動の担い手でもあり、地域の崩壊すら招きかねないと懸念している」(『毎日新聞』)といいます。

 消費税の増税によって、日本経済を支えてきた町工場や商店街が消える。
絶対にそんなことを許してはならないと思うのです。

                   ◇

【プロフィル】小池晃

 こいけ・あきら 1960年生まれ、東京都出身。東北大学医学部医学科卒。
東京勤労者医療会代々木病院などを経て参議院議員を2期12年務めた。

現在は日本共産党政策委員長。著書に「どうする 日本の年金」(新日本出版社)など。

私この記事に、聖書の十戒を思い出しました。

旧約聖書の出エジプト記20章3節から17節と、申命記5章7節から21節に書かれてあります。

長くなるが、出エジプト記の方から、20章1節から20節を引用します。

神はこのすべての言葉を語って言われた。

「わたしはあなたの神、主であって、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出した者である。

あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。

あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。上は天にあるもの、下は地にあるもの、また地の下の水のなかにあるものの、どんな形をも造ってはならない。

それにひれ伏してはならない。それに仕えてはならない。
あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものは、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう。

あなたは、あなたの神、主の名を、みだりに唱えてはならない。主は、み名をみだりに唱えるものを、罰しないでは置かないであろう。

安息日を覚えて、これを聖とせよ。

六日のあいだ働いてあなたのすべてのわざをせよ。

七日目はあなたの神、主の安息であるから、なんのわざをもしてはならない。
あなたもあなたのむすこ、娘、しもべ、はしため、家畜、またあなたの門のうちにいる他国の人もそうである。

主は六日のうちに、天と地と海と、その中のすべてのものを造って、七日目に休まれたからである。それで主は安息日を祝福して聖とされた。

あなたの父と母を敬え。これは、あなたの神、主が賜わる地で、あなたが長く生きるためである。

あなたは殺してはならない。
あなたは姦淫してはならない。

あなたは盗んではならない。

あなたは隣人について、偽証してはならない。

あなたは隣人の家をむさぼってはならない。隣人の妻、しもべ、はしため、牛、ろば、またすべて隣人のものをむさぼってはならない」。

民は皆、かみなりと、いなずまと、ラッパの音と、山の煙っているのとを見た。民は恐れおののき、遠く離れて立った。

彼らはモーセに言った、「あなたがわたしたちに語ってください。わたしたちは聞き従います。神がわたしたちに語られぬようにしてください。それでなければ、わたしたちは死ぬでしょう」。

モーセは民に言った、「恐れてはならない。神はあなたがたを試みるため、またその恐れをあなたがたの目の前において、あなたがたが罪を犯さないようにするために臨まれたのである」。

小池晃氏が野田佳彦氏の過去の言動を追求したのは、まさに現在の言動との間に、大きな矛盾があるからです。

野田佳彦氏の犯した誤りは、十戒のうち、これにあたるということでしょうか。

あなたは隣人について、偽証してはならない。

この戒めは一般に、嘘をついてはならない、と解釈されています。

嘘とは、事実と異なることを述べることです。

過去の言動を、言っていない、やっていないと言うなら、それは嘘、すなわち偽証にあたるでしょう。

だが、過去の言動は否定しないが、現状認識が変わった、あるいは、状況が異なる、と言って一貫性のないことの釈明をしたらどうなるでしょう。

マルクスの有名な言葉に、これがあります。

「この人たちが『マルクス主義者』なら、私は『マルクス主義者』ではない」

自分の過去の議論の結論だけをあげつらい、それに『マルクス主義』のレッテルを貼り、自らを『マルクス主義者』と名乗る人々を称した言葉です。

野田佳彦氏も、「私は『野田佳彦主義者』ではない」と釈明できるでしょうか。

これが偽証にあたるかどうかは、納得のいく説明を野田佳彦氏が出来るかどうかに、かかっているでしょう。

少なくとも、一貫性のないことだけは確かですから。

 マルクスは、マルクス主義者を名乗るなら、自分の過去の結論ではなくどのように考えたかをこそ真似て欲しいと思ったのでしょうね。

 同じ公式を用いても、異なる変数が入っていれば、答えは違うはずですね。

 日本共産党がマルクス主義やマルクスレーニン主義の呼称をやめ、科学的社会主義の名称を採用したのも、マルクスやエンゲルスやレーニンの思考が発展し変容していった以上、その延長線上に自分たちの自分たちの理論を築くべきと考えたからでしょ。

つまり、変容の過程を合理的にたどれるかどうか、ということですね。

 あの時は批判だけしていればいい一野党議員だったが、今は責任のある内閣総理大臣だという説明しかできないなら、ダブルスタンダード、いわゆる二枚舌すなわち嘘つきですよね。

十戒は、言うのは簡単だが、いざ行おうとすると、相当な決意、決心がいるということですね。

どのような状況下にあっても、謙虚に反省し、自らの言動を慎み、律していきたいものです。

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あずましい?

東北から北海道にかけて、「あずましい」という方言があります。

意味は、こう言うことだそうです。

「具合が良い」「すごく落ち着く」「居心地がいい」「快適」

漢字で書くと、「吾妻しい」となると言います。

「我が妻がそばにいるような居心地のよさ、安心感」が、語源なのだそうです。

反対に「なぜかしっくりこない」「どうも落ち着かない」という場合には、否定形の「あずましくない」を使います。

「違和感」や「不快感」「不具合」を意味する言葉なのです。

 東北や北海道で、夫になる人は良いですねえ。

 妻は、「具合が良い」「すごく落ち着く」「居心地がいい」「快適」な状態を作ってくれるわけでしょ。

妻は、今でこそ、男性に対する女性の配偶者のことをさします。

婚姻による場合と内縁によるものが、あります。

ところが、古くは男性のことも指したのですよ。

 じゃあ、妻も夫に、「具合が良い」「すごく落ち着く」「居心地がいい」「快適」な状態を作ってもらわないと、損ですね。

妻は夫を慕いつつ、夫は妻をいたわりつつ、と言いますものね。

 ところで、 上代には、東国、つまり、都から東方の諸国の総称が、「あづま」でしたよね。

 中世には、京都からさして、鎌倉、また鎌倉幕府をいうようになり、近世には、上方(かみがた)からみて、江戸をいうようになるけど。

 都の人は、東国を「あずましい」ところだと思っていたのでしょうか。

 それとも、「あずましくない」から、「あずましい」ところになって欲しいと、思ったのでしょうか。

まあ、都から見て、最後まで平定に手間取ったという意味では、「あずましくない」から「あずましい」ところになって欲しいという気持ちはあったでしょうねえ。

一方、面白いことに、ヤマトタケルの行動は、西と東では、まったく違うでしょ。

 策を弄して攻略した西国に対し、穏やかに接していこうとしているように、見えますね。

 その点では、東国は「あずましい」ところであった。

そうなると、東と書いて「あづま」と読むのも、こういう言い回しが元になっている可能性はありそうですよ。

「あづましい東」

「飛ぶ鳥のあすか」から「飛鳥(あすか)」となったのと、同じような事があったのではないでしょうか。

ただ、気になる点があるのですよ。

 妻は、古くは男性のことも指したというところ、ですね。

聖書には、主なるイエスに付き従う人々を指して、花嫁と呼ぶ箇所は多いのですよ。

 そうなると、夫を指して主人と呼ぶことがあるけれど、本来従うべき主人は、主なるイエスであるということですか。

 主なるイエスにかしずいて従う人が、妻であった。

 そういえば、聖書は我々に似せて人を作ろうといって、まず、アダムを作りますね。

 そして、配偶者としてイブを後から与える。

主なるイエスと人の関係の相似形が、夫と妻の関係と聖書は言いたいようですね。

面白いことに、夫と天は、元になった甲骨文字や金文は、よく似た形です。

まるで、聖書の我々に似せて人を作ろうといってアダムを創造しイブを配偶者として与えた話を下敷きにしているかのようです。

 そういえば、縄文人の血を最も濃く引いているのがアイヌであり、アイヌの生活文物は古代イスラエルのものに似ているという指摘がある。

 日本とチベットに古代中東の遺伝子が残るが、チベット人はもともとは放牧の民であった。

 日本人の多くが外反母趾に悩む原因は、日本人の大半を占めるエジプトタイプの足にある。

東国は、なかなか弥生人や天孫一族の築いた大和朝廷に従わなかったし、今でも縄文的な顔の人が多くないですか。

沖縄も、縄文的な顔の人、多いですけど。

 その東国に、「あづま」の異名があり、「あずましい」という言葉が残る。

なにか、ありそうですね。

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やはり日本人は欧米人に近い?

日刊工業新聞で、この記事を見つけました。

理研など、心房細動遺伝子6種を発見
掲載日 2012年05月08日
http://www.nikkan.co.jp/news/nkx1020120508eaam.html

 理化学研究所と東京医科歯科大学など日米欧の国際共同研究グループは不整脈の一種「心房細動」について欧米人の患者1万2088人を対象とした大規模ゲノム8全遺伝情報)解析を通じ、発症に関わる6種類の遺伝子を新たに見つけた。

さらに日本人集団との比較で、4種類の遺伝子が日本人と欧米人に共通していることを発見した。

 心房細動の発症には遺伝的要因の関与が知られており、発症メカニズムの解明に貢献すると期待される。

成果は米科学誌ネイチャー・ジェネティクス電子版に掲載した。

 グループは、欧米人の患者集団1万2088人(健常者の比較集団6万2456人)、日本人患者集団843人(同3350人)を対象にゲノム解析を実施した。

 心房細動の発症に関わる遺伝子は今まで3種類しか知られておらず、今回の調査で合計9種類が見つかったことになる。

遺伝子が日本人と欧米人との近さを示す例は、ほかにもあります。

ドイツ、フランス、およびその他の北ヨーロッパ諸国に先祖をもつ小児に集中しており、オランダにも報告例がある高IgD症候群。

地中海沿岸域の人々や、中近東つまり、ユダヤ人特にセファルディ(スペイン・ポルトガル系のユダヤ人)・トルコ人・アルメニア人に現れる家族性地中海熱。

TNF受容体関連周期性発熱症候群(TRAPS)とも呼ばれる家族性アイルランド熱。

 この心房細動遺伝子に関する報告が、何系の欧米人といってるか、気になりますね。

ここでいう欧州は、おそらく主にかつて西側と呼ばれた諸国でしょうね。

 これまで名前が挙がっている国である可能性は、高い。

東欧を除く欧州の主要国は、今あげた中に大半入ってるでしょ。

 ギリシャやイタリアの名前がないのが、不思議なくらいですね。

地中海沿岸域というくらいだから、言うだけ野暮なのかも知れないですよ。

 家族性地中海熱は、地中海というくらいだから、ギリシャやイタリアは言うだけ野暮ねえ。

 そういえば、高IgD症候群では、その他の北ヨーロッパ諸国に先祖をもつといって、ひとまとめにしてますね。

その他というのは具体的には、どこの国なのか、気になるけど情報がなかなか手に入らないのではっきりしたことは言えません。

 それ、ちょっと残念。

秋田美人の肌の白さは、白人の血が入ってないとこうはならないと話題にしたこともありますよ。

 秋田犬の血液型分布も、欧州の犬に近いということでしたね。

 秋田犬が秋田美人を連れてきたのかって、ことですよね。

秋田美人が秋田犬を連れてきた可能性がある、でしょ。

 オオヤマネコも、ヨーロッパからアメリカ経由で日本に来たかもしれない。  

 日本からも骨が出てますからね。

少なくとも、いわゆるアジアを経由しているとみるのは、難しいですね。

ますます、イギリス人とアイヌに二股かけた容貌でフランスとスペインの様式の鏃を伴って見つかった古代人骨が、アメリカのケネウィックに存在していたことの意味は大きくなりますね。

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あらためて重力を考え直してみた。

電磁力と重力の式が形式的に類似していることや、実験によって磁気で見た目の重力の大きさを操れると明らかになっていることから見て、ガス天体と思われていた星の重力はもっと大きいはずと想定できます。

 でも、電磁力と言えば引力もあれば斥力もあるという議論は、当然出ますよね。

 重力と言えば、引力だけで斥力はないというのが、定説だとたいていの人は思っている。

つまり、引力と斥力がある電磁力と、引力しかないはずの重力、式の形式が似ているけれど、重力の斥力は形式上の存在でしかないと多くの科学者は考えているのですよ。

重力で斥力など、観測にかかった報告例などないというわけです。

 しかし、重力レンズという現象は、観測されていますよね。

 重力は時空連続体を質量が歪めた結果という、一般相対性理論の予測の一つが重力レンズでしょう。

じゃあ、質力はどうやって時空連続体を歪めるかですよ。

 時空連続体を引っ張るとしたら、どうやって引いているか説明がいるでしょ。

だったら、素直に時空連続体を押せば良いでしょう。

 質量は、時空連続体に対して斥力を及ぼしている。

アンドロメダ銀河のスペクトルは、青方偏移しているという観測結果がありますよね。

 秒速300kmで、こちらに近づいてきているのでしたね。

もし、この青方偏移が重力によるとしたらどうでしょう。

1984年、宇宙科学研究所(ISAS)のX線観測衛星てんまが、中性子星の強い重力による重力赤方偏移を世界で初めて捉えたと報じていますよ。

重力赤方偏移は、一般相対論から導き出されていた星の表面から重力に逆らって光を放つと、 その光はエネルギーを徐々に失って行き、振動数は元よりも低くなる現象のことです。

 あのお、これもちょっと古いけどこんな記事ありますよ。

 ヨーロッパ宇宙機関の観測です。

てんまの方は、X線バースト中に、中性子星の強い重力場で赤方偏移したと考えられる、鉄の吸収線を発見だったのです。

つまり、間接的な観測だったわけです。

それに対して、ヨーロッパのX線観測衛星は直接、重力赤方偏移を観測していたようですね。

XMM-Newton望遠鏡、中性子星による重力赤方偏移を観測
【2002年11月7日 ESA News】
http://www.astroarts.co.jp/news/2002/11/07neutron_star/index-j.shtml

ESA(ヨーロッパ宇宙機関)のX線観測衛星XMM-Newtonが、中性子星の強い重力による「重力赤方偏移」現象を世界で初めて捉えた。

中性子星は、太陽の8倍以上重い星が一生を終える際に超新星爆発を起こした後に残る、ひじょうに高密度の天体である。

その内部は普通の天体とは大きく異なった特殊な状態になっており、密度や温度はビッグバンによる宇宙誕生直後の宇宙の状態と似ていると考えられている。

今回XMM-Newtonが観測したのは、中性子星から放射される光が星の強い重力を受けてエネルギーを失う「重力赤方偏移」と呼ばれる現象である。

重力赤方偏移の量を調べることによって中性子星の質量を推定することができ、その質量と大きさから中性子星の密度、別の言い方をすれば中性子星の内部の状態、を知ることができるというわけだ。

今回のような観測を重ねることで、中性子星の内部、さらに初期宇宙のようすについてもっと多くのことがわかるようになるだろう。

2011年3月15日には、アメリカの研究チームにより、宇宙の膨張速度を決めるハッブル定数の値が従来より高精度で求められたという記事がありました。

ハッブル定数は宇宙の膨張速度を決めるパラメータで、遠い銀河ほど速く遠ざかるという比例関係の定数となる値だが、今回発表された値は73.8km/s/Mpcだそうです。

 アンドロメダ銀河のスペクトルに見られた秒速300kmの青方偏移、ハッブル定数から見て大きすぎませんか。

中性子星の強い重力による重力赤方偏移が、どの程度の大きさかですよ。

 当然、ハッブル定数より大きい変化だったのでしょうね。

そうだとしたら、アンドロメダ銀河のスペクトルに見られた青方偏移と比較してみたいですね。

 青方偏移は他の天体からは観測されていないか、気になりますよね。

もし、重力青方偏移なら、従来の重力に対する定説が大きく変わりますね。

 重力は引力と斥力からなるとなって、電磁力との式の類似が改めて注目されるでしょうね。

 そういえば、磁気でカエルが無重力体験する実験もありましたね。

 地上で無重力が実現できるので、欠陥のない単結晶を作りやすくなる研究のデモンストレーションでしょ。

普通地上で無重力体験と言えば、自由落下ですよね。

 自由落下する飛行機を使った無重力体験、テレビで見ますよね。

十分強力な磁気を使えば、猫や犬、人はもちろん象だって浮くわけです。

理論上は、全体を強力な磁気で包めば大きさの割に重力が小さい天体が見かけ上は作れます。

 無重力体験中のカエルには、実験装置と航行中の宇宙船は区別がつかない。

 磁気による無重力体験装置を航行中の宇宙船と勘違いしたら、地球は見かけ上消えてしまうでしょ。

そして、ガス天体と言われる星は軒並み磁気が大きいですよね。

 なるほど、磁気で見かけの重力が小さくなっている可能性は十分あり得ますね。

そして、磁気で無重力体験可能なら、磁気は重力と同じ大きさの反対向きの加速度と見かけ上区別がつかない現象を作ったわけでしょ。

言い換えれば、加速度は磁気と見かけ上の区別がつかない結果を得られるはずでしょ。

そして、ガス天体とされる星では、輪のある星は輪のない星より軒並み観測される磁気が小さい。

 そういえば、土星などの輪は回転しているから角加速度がありましたね。

矛盾しないでしょ。

 重力がもっと大きいなら、天体の質量も、もっと大きいはずですね。

つまり、ガス天体と見えていた星々は、実は水天体だった可能性が疑えるのです。

 水は、宇宙の塵で濁っているわけでしょ。

当然泥水でしょう。

マントル対流のマントルだって、物凄い高温の泥水ですからね。

 磁気利用の無重力体験装置、人も使える大きさで誰かつくってくれないかしら。

相当強力で大きな磁石作らないといけないし、電磁石で作ろうとしたら超伝導でないと難しいかも。

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ペトログリフと神武天皇?

「ヘブライの館 2」
http://hexagon.inri.client.jp/

このサイトに、興味深い記事があります。

「日本人シュメール起源説」の謎
http://hexagon.inri.client.jp/floorA3F_hb/a3fhb301.html

まず最初に山口県下関市の西端、関門海峡を目の前にする彦島から、奇妙な模様=「ペトログラフ」を刻んだ石が次々に発見された。

解読を進めるにつれ、驚愕の事実がわかってきた。

なんと、それは、シュメールの古代文字だったのである。

更にこの後、ペトログラフは、九州北部と山口県西部の各地で相次いで発見された。

このペトログラフの発見のニュースは、日本国内よりも海外でより注目され、高く評価されている。

この山口県には、周防という土地があります。

周防は、かつて周芳と記されました。

つまり、この地はかつて「しゅうほう」と呼ばれていたのです。

それが、転化の過程で「しゅうほう」から「しゅうぼう」「すおう」へと変化していったのでしょう。

 丸唇音的に「しゅうほう」と発音されていたのが、平唇音化していく途中で巻き舌音となって「すおう」になった。

おそらく、そうでしょう。

そして、「しゅうほう」は、丸唇音では実際は、「しゅうほうる」と最後に巻き舌音のR音が付きやすくなることは以前見ました。

さらに、「しゅうほうる」は若干の平唇音化で容易に「しゅうめうる」に変化するのです。

 本来「しゅうめうる」が地名であった可能性のある土地に、古代スメルの文字がある。

 偶然にしては、出来過ぎですね。

同祖論が出るほど来ていない朝鮮半島からの人々に由来する地名がある以上、スメル渡来にちなむ地名の存在する可能性を否定する方が非科学的ではないでしょうか。

さらに、九州北部と山口県西部の各地で相次いで発見されたペトログラフが古代スメルの文字であるなら、面白いことになります。

 神武の東征は、まさに、九州北部から始まっているはずですね。

そして、神武は実在したとするなら、弥生時代の人物となることは、史学では定説と言って良いでしょう。

 天孫降臨の初代神武が、弥生人となるから、実在が疑問視されてきたのですよね。

だが、縄文時代はすでに、日本列島の半分を勢力下におさめた存在があったことは史実となりつつあります。

 縄文時代、長さの統一と、日常的交易があったのことも、史実となってますね。

言い換えれば、日本における度量衡の統一は縄文時代に、すでになされていたわけですよ。

 東日本を手中に収めていた勢力が縄文にあったなら、西日本を手中に収めていた勢力もまた縄文にあった。

二大縄文勢力の衝突が倭国の乱れであったとしたら、臺与とも記される臺與(とよ)は混乱に乗じて畿内に乗り込んできた弥生人に利用されたか、あるいは臺與が弥生人を利用しようとした可能性があります。

 臺與には、壹與(いよ)と言う説もありますね。

 邪馬台国最後の女王となった臺與の運命は、古代エジプト最後の女王であったクレオパトラと似ていたかもしれない。

 そういえば、古代エジプトの王位継承には神に仕える女性との婚姻が必要でしたね。

 祭祀の女王と政務と担当した男王、古代エジプトと古代日本は似てますね。

外反母趾になりやすい日本人が多いのは、エジプトタイプの足が原因という近年の研究と重ねると面白いですね。

 クレオパトラはギリシャ系、秋田美人の典型はミロのビーナス、臺與はどんな容姿だったのでしょうね。

縄文人の血筋は、アイヌが引いているとされます。

そのアイヌの生活文物に、古代イスラエルとの類似を指摘する声があるのですよ。

 じゃあ、臺與も中東的な顔だったかもしれない。

墓も骨も、不明だから想像するのは自由ですがね。

 弥生と縄文の間には、断絶と呼ぶには連続が、連続と見るには断続があるのでしたね。

これは、中東からの波状的移住を想定しないと、説明が難しいのです。

 弥生人もまた、中東に遡らないといけない。

世界的には、ペトログリフと呼ばれるペトログラフは、世界中で見つかり、日本にないはずがないと見られていました。

九州北部から山口県にかけてのペトログラブ発見は、その空白を埋めた報告だったのです。

 古代アメリカと古代日本のペトログリフは、古代アメリカ人と古代日本人の遺伝子的繋がりと重ねると、アメリカ経由の縄文人の道が見えてくる。

縄文土器は、日本とアメリカの双方で見つかりますからね。

 後は、縄文時代のペトログラフがもし見つかったなら、縄文人が太平洋を挟んでペトログラフの担い手であったとなりますね。

 まだ、見つかってないのでしょうか。

さあ、どうでしょう。

だが、弥生人とスメル古代文字であるペトログラフを結びつけて良ければ、縄文人にも可能性は出てきますね。

いわゆる魏志倭人伝、つまり、魏志東夷伝倭人条には、木を刻み縄をなうとあります。

 この木に刻まれていたものが、古代スメル文字だとしたら、残っている可能性は極めて低いですね。

日本は木が豊富にあるから、岩に刻まれてきたペトログラフは、木の文化に即して変容していたのかもしれないですよ。

 日本は焼き物に適した土も多いから、土器も、見直しが要りますかね。

そんな、ドキッとさせること言わないで下さいよ。

 縄文と弥生の間に見られる連続性の中に、ペトログラフがあったら面白いですね。

慎重に情報を、集めてみたいですね。

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