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2012年7月

稲荷と弁才天は水で繋がる?稲荷とキリスト?その4

稲荷神社で気になるのは、鳥居の色や、狐だけではありません。

 祀られ方、ですね。

境内社として祀られる場合、合同庁舎ならぬ合同祠とでも言いたくなるような祀られ方は、稲荷にはほとんど見られません。

 合同の祠に祀られる可能性が少ないのは、今まで見た限りでは、稲荷神と弁才天、そして宗像神でしょうね。

稲荷神は、合同の覆い堂に祀られることはありました。

 稲荷神がほかの神と合祀されている場合は、ありますけどね。

稲荷神は、複数の扉を持つ合同の祠に祀られているのを見た記憶は、まだありません。

全部の神社を巡ったわけではないので、断言はしませんが。

この、祀られ方が気になったきっかけは、大宮の氷川神社を参拝した時です。

覆い堂に納めて祀られた、稲荷神社に気づいたのです。

それまで街中で、何度も見かけた稲荷神社だけど、覆い堂に収められているかどうかまで、考えたことなどなかったのです。

大宮氷川神社で見た、稲荷神社の覆い堂の大きさは、それくらい衝撃的でした。

 それ以来、稲荷神社を見かけるたびに、どのように祀られているか気になったわけですね。

そうやってみると、普段見慣れていたはずの稲荷神社が、覆い堂に収まっていたことに気づきました。

 意外なほど、覆い堂に納められた稲荷神社があるわけですね。

他の神社でも、覆い堂に収められている場合はありました。

でも、見かける覆い堂は、たいてい稲荷神社なのです。

稲荷神社と覆い堂、この関係を考えているうちに、忘れかけていたことがあったと気が付きました。

大宮氷川神社で見た稲荷神社は、覆い堂との間の空間に、十二支が祀られていたのです。

 覆い堂の方にばかり気を取られ、十二支の方は見落としていた。

不覚でしたね。

弁天堂は、山の上や狭い路地裏に祀られる場合を退けば、たいていどんなに小さくても池があるのです。

いいかえれば、弁天堂は水が傍にない場合でも、水の象徴さえ傍にあれば良いとなるでしょうね。

 山は天に近いが、天は水に配される。

 地面で周囲に池を作らない場合でも、なにか、水の象徴があれば良い。

稲荷神社と水の関わりを考えたことがあるけれど、面白いことに、稲荷神社はしばしば弁天堂の傍らに微妙な位置関係を保ちながら、祀られるのですよ。

 まるで、弁天堂の水担当と、言いたげ。

水は天に配されるので、稲荷神社は弁天堂の水担当である以上に、弁天堂を天空の祠であると示唆しているのかも知れません。

 弁天堂は天空の神社といえば、厳島神社のときも、そう感じましたね。

弁天も興味深いけれど、今回は深入りしません。

つまり、稲荷は天空に関係する神社でもありそうなのです。

 その天空に関する神社と思える稲荷に、十二支…。

 十二支と言えば、方位に関係ありますね。

農耕神としての稲荷は、風向きよりも、風の吹く季節に関わりがあるでしょうね。

そして、季節と言えば風よりも雨でしょう。

風は、よほど強いか乾いているかでないと、問題にならないです。

 稲荷神社では、十二支は、方位よりも季節に関係している。

月日や時刻など、広い意味では時間や時期と言えるでしょうね。

 時間と言えば、月神ですね。

さらに、月神と言えば、水を掌る存在ですね。

 大宮の氷川神社で、稲荷神社の十二支は、稲荷は月神であると暗示していた。

そうかもしれません。

ネズミを捕ってくれる益獣としての狐は、昼も見かけることが多いとはいえ、基本的には夜行性です。

月と狐は、夜で結びつき、月と夜は陰で結びつき、陰は天と結び付くので、天で結びつくと見ても良いかもしれません。

 月と狐は、夜と天で結びつく。

 だから、狐は天の使いという位置付けになるのですか。

 狸も、月とは天と夜で結びつきそうだけど、ネズミを捕る以上に作物を荒らす害獣と見られるから、天の使いとは見られなかった。

狸も興味深いけど、残念ながら今回は深入りしません。

 十二支を周囲に祀るために、単独の祠である必要があった。

 どうして、十二角形の祠にしないかですね。

作るのが大変なのと、四辺に三つずつ祀ればすむことでしょう。 

 よく指摘されますよね。

 稲荷(INARI)はINRIに音が似ている。

 稲荷はINRIの当て字であるという説を唱える人もいる。

INRIとは、“IESVS NAZARENVS REX IVDÆORVM”の略です。

INRIとは、古典ラテン語で、“イエス ナザレの人 ユダヤの王”という意味です。

イエスは、御父や聖霊とともに絶対三神として祀られています。

 そして、四辺に三つずつって、符牒合いすぎませんか。

そうですねえ。

しかも、十二と言えば、イスラエルの支族の数であり、イエスの弟子の数でもある。

 でも、今の時点では、イエスは天に隠れていらっしゃる。

 月は陰に配されるので、陰の状態のイエスは、ヤハウエのときと似た状態ですよね。

そして、稲荷神社は秦氏が氏神として祀っていたと言われます。

 これでは、秦氏にユダヤ人キリスト教徒説が、出ても仕方ないですねえ。

そうなりますねえ。

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フラクタルと倍音と波動力学?

野球の球が転がってきたとき、当たって痛いのは硬式球も軟式球も同じです。

 でも、一番痛いのは、硬式球ですね。

それは、軟式球の方が文字通り柔らかいのもあるが、硬式球の方が重いからです。

硬式球は、 円周22.9-23.5cm、重量141.7-148.8g、と公認野球規則により定められています。

軟式球にはいくつか規格があります。

 A号 71.5-72.5mm 134.2-137.8g

 B号 69.5-70.5mm 133.2-136.8g

 C号 67.5-68.5mm 126.2-129.8g

 D号 64.0-65.0mm 105.0-110.0g

 H号 71.5-72.5mm 141.2-144.8g

軟式球の一番重いものでも、硬式球の一番重いものより、4g軽いでしょ。

 硬式球の一番軽いものより、3.1g軟式球の一番重いものの方が、重いですよ。

例外は、どんな規格にも、しばしばあるものです。

光電効果で、波長の短い光の方が波長の長い光より勢いよく電子が飛び出すのも、短い波長の光が長い波長の光より重い物質であるかのように振る舞ったからと、言えるでしょ。

高調波(こうちょうは)と言う言葉があります。

周波数成分をもつ波動に対して、その整数倍の高次の周波数成分のことです。

周波数とは、振動が単位時間当たりに繰り返される回数のことです。

ヘルツの場合は1秒が、単位時間です。

周波数は、工学、特に電気工学・電波工学や音響工学などで用いられる用語で、電磁波や振動電流など電気振動のような振動を伴う現象の単位時間当たりに繰り返される回数です。

高調波のことを、音楽および音響工学分野では倍音と呼びます。

元々の周波数を基本波、2倍の周波数を持つものを第2高調波、さらにn倍の周波数を持つものを第n高調波と呼びます。

なお、2倍の周波数は2分の1の波長、n倍の周波数はn分の1の波長、と表現されることもあります。

nには、正の整数が入ります。

ついでにいうと、低調波という言葉もあります。

低調波とは、ある周波数成分をもつ波動に対して、その整数分の1の周波数成分のことです。

イメージを沸かせやすいと思うので、ここでは倍音の方を使いたいです。

倍音は、英語でovertone、harmonic sound、harmonic overtone、harmonicなどと呼ばれています。

倍音とは、楽音の音高とされる周波数に対し、2以上の整数倍の周波数を持つ音の成分です。

1倍の音、すなわち楽音の音高とされる成分を基音と呼びます。

弦楽器や管楽器などの音を正弦波つまりサインウェーブの成分の集合に分解すると、元の音と同じ高さの波の他に、その倍音が多数現れます。

倍音は、理論的には無限個あります。

ただし、現実の音源の倍音は必ずしも厳密な整数倍ではなく、倍音ごとに高めであったり低めであったりするのが普通で、揺らいでいることも多いです。

逆に、簡易な電子楽器の音のように完全に整数倍の成分だけの音は人工的な響きに感じられ、長時間聴くと疲れやすいともいわれます。

古来合唱などにおいて、本来聞こえるはずのない高い声がしばしば聞かれる現象が知られていました。

「天使の声」などと呼ばれて神秘的に語られていたが、これらは倍音を聴取していたものだと現在では考えられています。

倍音は、数学者のマラン・メルセンヌによって1636年に発見されました。

1753年、ダニエル・ベルヌーイは、波動方程式の解として三角関数を想定することにより、弦の振動は基本周波数とその整数倍の周波数の成分、つまり倍音の重ね合わせとして表せることを発見しました。

この概念は、19世紀の数学者ジョゼフ・フーリエの見出したフーリエ級数によって体系的に理論化されました。

詳しいことは、自分で調べてください。

 光電効果と、倍音、なにが言いたいの。

量子力学には、波動力学と行列力学があります。

 主に使われるのは、波動力学の式でしょ。

これは、量子の振舞を波動と見た方が理解しやすいからですよ。

 この波は、確率の波と一般には解釈されていますね。

量子力学の歴史を思い起こしてください。

 光の研究から、始まったのでしたね。

光の持つ、波動性と粒子性の二面性の考えを、電子などに拡張して、今日の量子力学は成立したのです。

 量子は、もともと、光の持つ波動性と粒子性の二面性を表す言葉でしたね。

そして、光は、基本的には波動として振る舞うでしょ。

 粒子として振る舞うのは、ミクロの世界だけ、それも、波長が短い時に顕著に表れるのですね。

一方電子などは、普段は粒子として振る舞うが、ミクロの世界ではしばしば波動性が顔を出す。

そして、量子力学の記述は、基本的なことはほとんど、同じことは行列力学の式でも表せるが、波動力学の式を用いるでしょ。

 宇宙の構造を反映した数学理論として、フラクタルは注目されていますね。

科学者の中には東洋の思想に興味を示す人たちもいます。

 カッバーラや、タントラや、陰陽道がありますね。

東洋思想に惹かれる科学者の中には、タオつまり道の思想に注目する人もいますよ。

 一方、日本の科学者からは唯物弁証法に魅せられている人もいますね。

道(タオ)の思想の基本は、陰陽道ですよ。

カッバーラや、タントラや、陰陽道には、唯物弁証法と共通する考えが多いのです。

多いと言うより、カッバーラや、タントラや、陰陽道は、唯物弁証法と比較するのがもっともわかりやすいと言えます。

カッバーラや、タントラや、陰陽道、唯物弁証法に共通するのは階層的世界観です。

 フラクタルも、階層性に注目した数学理論ですね。

倍数も、階層性を表していると、言えませんか。

 量子は、波動性と粒子性を併せ持つが、波動として計算可能ですよね。

だったら、量子の基本的性質は、波動ではないのですか。

 波動だから、倍音を持つ。

量子を基音に対応させれば、類似した構造が繰り返し現れるマクロの世界を含む高次の段階は倍音に対応しないでしょうか。

 世界の階層性がフラクタルで表せるのは、物質の基本が波動だからであり、繰り返しの構造が現れるのは波動が倍音を持つからだと。

一応、一貫性はあるでしょ。

はじめて聞く人は、戸惑うかも知れないけど。

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慈悲と慈愛。

慈悲は、サンスクリットでmaitrī、パーリ語でmettāと呼ばれている仏教用語です。

慈悲とは、他の生命に対して自他怨親のない平等な気持ちを持つことをいいます。

一般的な日本語としては、目下の相手に対する「あわれみ、憐憫」の気持ちを表現する場合に用いられます。

 英語のmercyと似ていますね。

こう言う意味ですね。

慈悲、情け、容赦。

生殺与奪の権を握られている罪人などに対して、罰しないで許そうとすることなどによく使われますね。

慈悲をたれる、とか、あわれみをかける、といった使い方をされます。

英語のmercyは、感謝するときや、驚いたり、恐怖する場合に使われる言い回しでもあります。

慈悲と並べて使用されるが、本来は慈(いつくしみ)、悲(あわれみ)と、別々の単語です。

なぜ仏教用語で「慈悲」と一体化して呼ばれることが多いかと言えば、一般に、「慈しみ」と「憐れみ」を区別せずに両方を含んだ意味で使われ、あまり区別が厳密ではないのです。

アビダルマ教学においては、厳密に「慈・悲・喜・捨」(じ・ひ・き・しゃ)に分別されます。

「慈・悲・喜・捨」は、四無量心、四梵住とも呼ばれます。

慈はサンスクリット語でmaitrī、パーリ語ではmettāで、「慈しみ」、相手の幸福を望む心。

悲はサンスクリット、パーリ語ともkarunāで、「憐れみ」、苦しみを除いてあげたいと思う心。

喜はサンスクリット、パーリ語ともmuditāで、「随喜」、相手の幸福を共に喜ぶ心。

捨はサンスクリットでupekṣā、パーリ語ではupekkhāで、「落ち着き」、相手に対する平静で落ち着いた心。

慈悲を指すサンスクリットやバーリ語と、慈を指すサンスクリットやバーリ語が、同じなのは興味深いですね。

 通りで、厳密に区別されないわけですね。

サンスクリットの「マイトリー(maitrī)」は、「ミトラ」(mitra)から造られた抽象名詞で、本来は「友情」「友人」の意味です。

しかも、ある特定の人に対し友情をもつのではなく、あらゆる人々に平等に友情をもつことをいいます。

 ミトラは、イラン神話に登場するミスラとは、起源を同じくする神の名ですね。

ミスラの名は本来「契約」「約束」を意味する、インド・イラン共通時代にまで遡る古い神格です。

ミスラは、英雄神として西アジアからギリシア・ローマに至る広い範囲で崇められました。

ミトラやミスラ、ギリシア・ローマのミトラース(ミトラス)については、すでに触れたのでここではあまり深入りしません。

興味深いところだけ触れておきましょう。

ミトラは、インド神話では、契約によって結ばれた「盟友」を意味し、友情・友愛の守護神とされます。

インド神話のミトラは、インドラ神など他の神格の役割も併せ持ちます。

インドラも興味深い神だが、仏教では帝釈天とされたとだけ、ここでは触れておきましょう。

ミトラは、『リグ・ヴェーダ』などではヴァルナとは表裏一体を成すとされ、ミトラが契約を祝福し、ヴァルナが契約の履行を監視し、契約に背いた者には罰を与えるといいます。

一方、ミトラもまた、古くは、契約・約束の神だったが、中世以降は友愛の神、太陽の神という性格を強めたというから面白いですね。

 ミスラには、太陽神としての顔はないでしょ。

ミスラは、弥勒菩薩として知られるマイトレーヤと、名の語源を同じくする事から起源と説も唱えられています。

これによると、弥勒菩薩の救世主的性格はミスラから受け継いだものだといいます。

そしてこの弥勒菩薩には、義の太陽の名も持つイエスと比較する議論は後を絶ちません。

サンスクリット語の「カルナー(karunā)」は「抜苦」「憐れみ」というのであるが、大乗仏教においては、この他者の苦しみを救いたいと願う「悲」の心を特に重視し、「大悲」(mahā karunā)と称します。

仏教においては一切の生命は平等で、怨親なく相手の幸福を願う心こそが、人間の目指すべき理想であるというのが仏教の思想です。

この仏教の慈悲と、しばしば対比されるのは、キリスト教の慈愛です。

キリスト教の慈愛は、愛の一言に集約される場合が多いです。

 大乗仏教で慈悲の悲の方に重点を置くのと、似てますね。

キリスト教の愛に対しては、無償の愛という側面が強調されがちです。

もちろんそれで間違ってはいないが、この解釈は一面的です。

実は、キリスト教など聖書に由来する宗教には、「抜苦」「憐れみ」といった思想も含まれているのです。

アダムとイブの失楽園は、二人の原罪ばかりが注目されるが、アダムとイブは、神の言いつけに背いた負い目から神に顔向けできない心の苦しみを追っていました。

そのため神の怒りを恐れ、身を隠します。

そして、必死に神の怒りから逃れようとします。

神はそんな二人の神である自分への畏れの気持ちを察し、背いた罪で死の運命を宣告しエデンの園を追放するが、二人を見捨てはしませんでした。

 祈ることによって、アダムもイブも、背きによって負わされた重荷も、実際には軽くなったわけですね。

イザヤ書にはこうあります。

疲れた者には力を与え、勢いを失っている者に大きな力を与えられる。

若者も倦み、疲れ、勇士もつまずき倒れようが主に望みを抱く人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上る。

走っても弱ることなく、歩いても疲れない。

イザヤ書41章29節から31節。

 でも、頑張れば、やはり疲れるでしょ、

神にいくら支えていただいても、疲れる時は当然疲れます。

そこで、マタイによる福音書にはこうあります。

疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。

マタイによる福音書11章29節。

もっと端的に表れるのは、弟アベル殺害の罪の負い目に苦しんだカインへの対応でしょう。

追放を伝える神に、カインは殺される恐怖を訴えます。

神はカインに対し、「だれでもあなたを殺すものは、七倍の復讐を受けるであろう」と告げ誰も彼を殺すことがないようにしるしをつけたと言います。

大きな名札をつけて歩くような気分になったかも知れないけど、殺される恐怖からは確かに解放されました。

 これが抜苦ですか。

 これでは、まだ、慈愛という方があっているように思えます。

これはまだ、軽い方でしょう。

聖書には救世主による、罪の許しという思想もあるのです。

救世主の名によって、神である天の御父に帰依すれば、それまでに犯してきたすべての罪は許されるのです。

 これが聖書の抜苦ですか。

全ての罪が許される、これ以上の抜苦がありますか。

イエスの十字架による死は、人々の罪に対する神である天の御父への、贖罪であり、賠償であり、和解であり、感謝である、捧げ物として、罪なき身を差し出してくださった慈愛の行為なのです。

イエスの十字架での死によって、一切の奉げ物としての生贄は必要なくなったのです。

 イエスに勝ることのできる生贄は、存在しない。

だたし、条件があります。

モーセの十戒を、忠実に守らねばなりません。

キリスト教はさらに、もう一つ条件を課します。

聖書の言う救世主がイエスキリストであると、受け入れることです。

私が思うに、本来のイスラム教も旧約だけでなく新約も聖典として受け入れている以上、イエスキリストを救世主として認めていたはずです。

ムハンマドが聖書も読むように再三強調したと指摘されるのは、コーランが聖書の解説であるだけでなく、本来のイスラムはユダヤ教原点回帰派としてのイエスの後継者だったからではないでしょうか。

 ムハンマドは、キリスト教原点回帰派でもあった。

おそらくそうでしょう。

キリスト教にも原点回帰を呼びかけていますから。

そして、そのキリスト教はイエスを聖書が預言した救世主として受け入れることで成立したのです。

ムハンマドは、救世主としてのイエスを否定する発言は、一度としてキリスト教に投げかけていません。

人の子にして預言者としてのイエスの側面を、強調しているだけです。

イスラムもまた、救世主による救いを受けいれることが唯一絶対神アッラーにより救われる絶対条件の教えであったはずなのです。

アッラーにだけ祈り求めていたのでは、コーランを理解するための知識は得られても、日々の神頼み程度の助けは得られても、根本的な救いは得られないでしょうね。

 イエスという特別な預言者を、仲保者として立てて祈る必要がある。

また、ほとんどの教会のように、イエスに祈り求めるだけで神である天の御父に取り次ぎを求めないなら、イエスは預言者レベルの仕事しかして下さらないでしょうね。

 だから、キリスト教の言う慈愛は、博愛かもしれないが、博愛以上でも以下でもないと、解釈されてしまう。

仏教の慈悲も、キリスト教の慈愛も、コインの裏表を見ていると言って良いでしょう。

 愛の悲しみの側面に注目した仏教、愛の喜びの側面に注目したキリスト教。

だから、キリスト教の慈愛にはこういう解釈が出るのです。

愛の宗教キリスト教は、神の完全無償の愛・アガペーが源。

男女の愛であるエロスや友愛を意味するフィレオ-が、湧き出るのです。

神の愛・アガベーは、見返りを求めず一方的に与える完全な愛で、対象を選ばず分け隔てがなく、人に平等なのです。

 だが、仏教の慈悲の、とりわけ慈にあたるサンスクリットのマイトリー(maitrī)は、ミトラ(mitra)から生まれた言葉でしょ。

 ミトラの名は、インド神話では、契約によって結ばれた「盟友」を意味し、友情・友愛の守護神ですよね。

契約といえば、聖書の神との関係は契約によって結ばれます。

そして、友情と友愛もまた、友の対象をすべての生きとし生けるものとみれば、博愛との区別は消え去るでしょう。

 仏教とキリスト教の境目は、見えなくなってきますね。

そこで、イエスは仏教徒であったと言う議論まで、出ることになります。

 実際は、仏陀を生んだ釈迦族も、イエスを生んだユダヤも、中東出身の民族と見れば、古代中東の宗教思想から生まれた兄弟宗教となる。

起源を辿れば、太古の中東の宗教思想が生んだ兄弟宗教である、仏教、キリスト教、イスラム教が、その出自を見失った人々によって、別の宗教と思われたことからくる珍説がイエス仏教徒説と言えるでしょうね。

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千島列島を取り巻く歴史を考えてみた。

日本政府の言う北方四島、つまり択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島の島々は日露和親条約のときの国境です。

日本とロシアとは安政元年(1855年)の日露和親条約において、国境を千島列島(クリル列島)の択捉島(エトロフ島)と得撫島(ウルップ島)との間に定められたが樺太は日露混在でした。

 この時点に戻せと言う議論では、あまりに非現実。

日本政府自身は、樺太には触れていませんけどね。

でも、この時代は樺太の日本人とロシア人の雑居が、現実だったのです。

それで、線引きは非常に困難だったのです。

サンフランシスコ講和条約で千島列島を放棄したが、日本政府の見解では放棄した千島列島に択捉国後を含んだいわゆる北方領土は含まれないと説明されます。

このさい放棄した千島列島の定義として、樺太・千島交換条約第二款によるクリル列島とはシュムシュ島からウルップ島とされていることを根拠の一つとすることがあります。

しかし、この文言解釈による主張は、条約として効力の無い日本語訳文をもとにしており、複数の学者がフランス語正文からはこのような解釈は成り立たないとの指摘を行っているといいます。

村山七郎の『クリル諸島の文献学的研究』(1987年8月)や、和田春樹が1987年5月と1988年5月と1988年11月に『世界』(岩波書店)で展開した議論、また、長谷川毅の『北方領土問題と日露関係』(2000年)などはその例だそうです。

なお、第7回衆議院外務委員会で、当時外務省条約局長であった西村熊雄政府委員はこう説明していました(国会議事録第7回衆議院外務委員会7号昭和25年03月08日発言者番号141)。

「明治八年の交換條約で言う意味は、いわゆる日露間の国境以外の部分である千島のすべての島という意味でございましよう。ですから千島列島なるものが、その国境以北だけがいわゆる千島列島であつて、それ以南の南千島というものが千島列島でないという反対解釈は生れないかと思います」。

この説明は国内的に1956年2月に正式に取り消され、その後は「北方領土は日本固有の領土であるので、日本が放棄した千島には含まれていない」としています(国会議事録第24回衆議院外務委員会4号昭和31年02月11日(発言者番号5-23))。

だが、政府の言い分に一貫性も国際的な道理もないことは明らかでしょう。

 ロシアが日本政府の北方領土の言い分を無視するのも、当たり前すぎますね。

なお、日本政府が返還実現を事実上諦めている千島列島は、日本とロシアとの間の平和的交渉によって結ばれた条約によって日本領となった島々です。

千島列島が正式に日本領となった 樺太・千島交換条約 は、明治8年(1875年)5月7日に日本とロシア帝国との間で国境を確定するために結ばれた条約です。

千島・樺太交換条約や、署名した場所からとってサンクトペテルブルク条約と呼ぶ場合もあります。

ちなみに、日本共産党はこの樺太・千島交換条約を根拠にしてウルップ島以北を含めた全千島の返還をソビエト連邦および現在のロシア連邦に要求しています。

1874年3月、樺太全島をロシア領とし、その代わりにウルップ島以北の諸島を日本が領有することなど、樺太放棄論に基づく訓令を携えて、特命全権大使榎本武揚はサンクトペテルブルクに赴きました。

榎本とスツレモーホフ(Stremoukhov)ロシア外務省アジア局長、アレクサンドル・ゴルチャコフロシア外相との間で交渉が進められました。

樺太での日本の権益を放棄する代わりに、得撫島(ウルップ島)以北の千島18島をロシアが日本に譲渡すること、および、両国資産の買取、漁業権承認などを取り決めた樺太・千島交換条約を締結したのでした。

千島・樺太交換条約が結ばれるきっかけは、樺太の雑居状態から来た、さまざまな不都合でした。

 その中に、戦争は入ってない。

紛争の段階に止まっていたのであって、戦争にまでは発展していません。

というより、戦争にまで発展する事態を避けるために締結された条約が千島・樺太交換条約だったのです。

日本にとっても、本格的な日露戦争はぜひとも避けたかったのです。

幕府にとっては、帝国ロシアは、とてもかなう相手ではありませんでした。

明治維新後の近代国家建設を急ぐ維新政府にとっても、国力の充実こそ急務でした。

ロシアにとっても、日露戦争は避ける必要がありました。

1856年にクリミア戦争が終結すると、ロシアの樺太開発が本格化したからです。

クリミア戦争は、1853年から1856年の間、クリミア半島などを舞台として行われた戦争です。

クリミア戦争は、フランス、オスマン帝国およびイギリスを中心とした同盟軍及びサルデーニャとロシアが戦い、その戦闘地域はドナウ川周辺、クリミア半島、さらにはカムチャツカ半島にまで及んだ、近代史上稀にみる大規模な戦争でした。

勢力が衰えつつあったオスマン帝国を巡る利権争いに原因を見るのが、日本国外では一般的です。

 日本では、汎スラヴ主義を掲げるロシアのイデオロギーや南下政策がもたらした対立の一環であるとの見方が定着しているけど、世界の見方は違うのですね。

もちろん、汎スラヴ主義を掲げるロシアのイデオロギーや南下政策も、背景にはあるでしょうね。

ロシアでは、この戦争により後進性が露呈し、抜本的な内政改革を余儀なくされました。

外交で手腕を発揮できなかったオーストリアも、急速に国際的地位を失いました。

一方、国を挙げてイタリア統一戦争への下地を整えたサルデーニャや、戦中に工業化を推進させたプロイセンがヨーロッパ社会に影響力を持つようになりました。

また北欧の政治にも影響を与え、英仏艦隊によるバルト海侵攻に至ったのです。

この戦争によってイギリスとフランスの国際的な発言力が強まり、その影響は中国や日本にまで波及したのです。

 なるほど、樺太開発に本腰を入れたいロシアにとって、日本との紛争は困った事態ですね。

ロシアにとっては、日本との紛争は早急に解決し樺太開発に専念したいと言う切実な事情があったわけです。

箱館奉行小出秀実は、樺太での国境画定が急務と考え、北緯48度を国境とすること、あるいは、ウルップ島からオネコタン島までの千島列島と交換に樺太をロシア領とすることを建言しました。

徳川幕府は小出の建言等により、ほぼ北緯48度にある久春内、現在のイリンスキーで国境を確定することとし、1867年石川利政・小出秀実をペテルブルクに派遣し、樺太国境確定交渉を行いました。

しかし、樺太国境画定は不調に終り、日露間樺太島仮規則にあるように樺太はこれまで通りとされたのです。

日露間樺太島仮規則では、樺太に国境を定めることができなかったため、明治に入っても、日露両国の紛争が頻発しました。

こうした事態に対して、日本政府内では、樺太全島の領有ないし樺太島を南北に区分し、両国民の住み分けを求める副島種臣外務卿の意見と、「遠隔地の樺太を早く放棄し、北海道の開拓に全力を注ぐべきだ」とする樺太放棄論を掲げる黒田清隆開拓次官の2つの意見が存在していたのです。

その後、副島が征韓論で下野することなどにより、黒田らの樺太放棄論が明治政府内部で優勢となったのでした。

 日本側の、樺太に対するこだわりが、交渉を長引かせた。

長年営まれた現地の人々の生活がある以上、そう簡単には譲れないでしょ。

ロシア領になれば日本の住民たちは、ロシアに帰化するか、日本に撤退するか、選ばないといけません。

 大国ロシアとの戦いは、時期が早すぎたから避けたかったのは事実ですよね。

後の日露戦でさえ、あれ以上長引かせるわけにいかないから、アメリカに仲介してもらって終戦に持ち込んだので負けなかっただけだったことを思えば、一つの英断でしょうね。

 千島列島は、第二次大戦のような戦争で手に入れたわけでも、台湾や朝鮮のような植民地でもない。

サンフランシスコ講和条約2条c項で放棄させられた千島の扱いは、領土不拡大の原則に照らして不当と言えるでしょう。

 ヤルタ会談での密約という日本が関与できなかった会合で、千島のロシアへの譲渡が決まったのは、領土不拡大の原則に照らして不当。

当然でしょ。

こういう、歴史を無視した交渉を続ける相手は、ロシアから見れば相手にしない方が得なのです。

何を言いだすかわからず、しかも道理がないのでは、そんな相手に譲歩したら国内は納得しないのは、だれが見たってわかるでしょ。

それもわからないようじゃ、外交する資格が疑われると言うのは、言い過ぎでしょうか。

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ヒッグス粒子と宇宙定数?

世界が騒然となる記事がありました。

ヒッグス粒子とみられる新粒子発見 国際研究チーム
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGG0401N_U2A700C1000000/?dg=1

 欧州合同原子核研究機関(CERN)は4日、質量の起源で「神の粒子」とも呼ばれる素粒子「ヒッグス粒子」とみられる新粒子を発見したと発表した。
2つの国際チームが2010年から実験を重ねてきた結果。
半世紀近く前に英国人博士によって予言され、唯一未確認だった素粒子の存在が、ほぼ確実になった。

ヒッグス粒子は、1960年代に英国人科学者のピーター・ヒッグス博士によって、理論的にその存在が提唱されました。

宇宙の始まりであるビッグバン直後にはたくさんあり、万物に質量を与える役目を果たしたと考えられており、欧米では「神の粒子」と呼ばれることもあります。

宇宙の成り立ちを説く素粒子物理学の「標準理論」を支える素粒子のなかで、唯一、実験で立証できていないのです。

ヒッグス粒子が見つかれば、宇宙誕生時には光速で飛んでいた様々な粒子が質量を持つようになり、星や生命が生まれる大きな契機になったとの説明が正しいことになるとされてきました。

だが、質量を与えるとは、どういう事でしょう。

 万物には、慣性質量はあるでしょうね。

光のように、質量ゼロとされているものもあります。

 慣性質量を量るには、動かしやすさ、あるいは、止めやすさ、を調べれば良いことになりますね。

ヒッグス粒子は止めやすさによって、質量の大きさを比較可能な状態にしたわけですね。

 重力は加速度と区別できないのですよね。

加速度には、加速もあれば減速もあります。

 落下では、重力加速度は、加速として働く。

 上昇では、重力加速度は、減速として働く。

 ヒッグス粒子は、減速する加速度として、働いたわけですね。

 ヒッグス粒子は、他の粒子に対して相対的に止まっているのでしょうか。

 それとも、反対向きに動いている。

あらゆる方向からくる万物に対し働くわけだから、相対的に止まっていると見た方が良いでしょうね。

 でも、どちらが止まってどちらが動いているかは、相対的ですよね。

静止している万物に対して、ヒッグス粒子の方がぶつかってきていると見ても良い訳ですね。

そして、ヒッグス粒子による加速しやすさを表面化させていると見ても良いでしょうね。

 そうなると、ヒッグス粒子は重力と基本的に同じことをしてますね。

でも、通常、重力は引力として働くので、落下に対する加速度として働くはずでしょ。

 ヒッグス粒子は、落下に対する負の加速度、つまり、減速として働いている。

 ヒッグス粒子は、落下に対する負の加速度、つまり、斥力として働いている。

そうなると、ヒッグス粒子は、万物の質量を現象させるとともに、万物に対して斥力として働いていることになりますね。

 しかも、万物に常に質量を与え続けながら働き続ける斥力となりますね。

万物は、常に引力を持っているはずですよね。

 これは、アインシュタインの一度は提唱した万有引力と同じ大きさで向きが反対である宇宙定数と同じということでしょうか。

ヒッグス粒子とは、宇宙定数を荷うボソンなのかもしれないですね。

今後の展開が、待たれます。

以下にCERNのプレスリリースを転載します。

CERN experiments observe particle consistent with long-sought Higgs boson
http://press.web.cern.ch/press/PressReleases/Releases2012/PR17.12E.html

Geneva, 4 July 2012. At a seminar held at CERN1 today as a curtain raiser to the year’s major particle physics conference, ICHEP2012 in Melbourne, the ATLAS and CMS experiments presented their latest preliminary results in the search for the long sought Higgs particle. Both experiments observe a new particle in the mass region around 125-126 GeV.

“We observe in our data clear signs of a new particle, at the level of 5 sigma, in the mass region around 126 GeV. The outstanding performance of the LHC and ATLAS and the huge efforts of many people have brought us to this exciting stage,” said ATLAS experiment spokesperson Fabiola Gianotti, “but a little more time is needed to prepare these results for publication.”

"The results are preliminary but the 5 sigma signal at around 125 GeV we’re seeing is dramatic. This is indeed a new particle. We know it must be a boson and it’s the heaviest boson ever found,” said CMS experiment spokesperson Joe Incandela. “The implications are very significant and it is precisely for this reason that we must be extremely diligent in all of our studies and cross-checks."

“It’s hard not to get excited by these results,” said CERN Research Director Sergio Bertolucci. “ We stated last year that in 2012 we would either find a new Higgs-like particle or exclude the existence of the Standard Model Higgs. With all the necessary caution, it looks to me that we are at a branching point: the observation of this new particle indicates the path for the future towards a more detailed understanding of what we’re seeing in the data.”

The results presented today are labelled preliminary. They are based on data collected in 2011 and 2012, with the 2012 data still under analysis.  Publication of the analyses shown today is expected around the end of July. A more complete picture of today’s observations will emerge later this year after the LHC provides the experiments with more data.

The next step will be to determine the precise nature of the particle and its significance for our understanding of the universe. Are its properties as expected for the long-sought Higgs boson, the final missing ingredient in the Standard Model of particle physics? Or is it something more exotic? The Standard Model describes the fundamental particles from which we, and every visible thing in the universe, are made, and the forces acting between them. All the matter that we can see, however, appears to be no more than about 4% of the total. A more exotic version of the Higgs particle could be a bridge to understanding the 96% of the universe that remains obscure.

“We have reached a milestone in our understanding of nature,” said CERN Director General Rolf Heuer. “The discovery of a particle consistent with the Higgs boson opens the way to more detailed studies, requiring larger statistics, which will pin down the new particle’s properties, and is likely to shed light on other mysteries of our universe.”

Positive identification of the new particle’s characteristics will take considerable time and data. But whatever form the Higgs particle takes, our knowledge of the fundamental structure of matter is about to take a major step forward.
Contact:

CERN press office, press.office@cern.ch
+41 22 767 34 32
+41 22 767 21 41
Further information:
Statement from ATLAS
Statement from CMS
Follow CERN at:
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http://www.quantumdiaries.org/

1. CERN, the European Organization for Nuclear Research, is the world's leading laboratory for particle physics. It has its headquarters in Geneva. At present, its Member States are Austria, Belgium, Bulgaria, the Czech Republic, Denmark, Finland, France, Germany, Greece, Hungary, Italy, the Netherlands, Norway, Poland, Portugal, Slovakia, Spain, Sweden, Switzerland and the United Kingdom. Romania is a candidate for accession. Israel and Serbia are Associate Members in the pre-stage to Membership. India, Japan, the Russian Federation, the United States of America, Turkey, the European Commission and UNESCO have Observer status.

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有識者という言葉を考えてみた。

有識者という言葉があります。

学識のある人とか、見識の広い人、という意味ですね。

じゃあ、学識とはどういう事かです。

 学問と見識、または、学問上の知識と見識ということで、特に、学問を通じて得た高い見識を指して、言いますね。

つまり、つまり、有識者とはどういう人たちか理解する鍵は、見識や知識という事ですね。

では、見識とはなんでしょう。

 識見とも呼ばれ、物事の本質を見通すすぐれた判断力、または、それに基づくしっかりした考えですね。

 気位の意味でも使われ、自分の品位を誇りに思い、それを保とうとする心の持ち方を指す場合もあります。

もう一方の、知識とはなんでしょう。

 文字通り、知ること、ですね。

 認識・理解すること、または、ある事柄などについて、知っている内容を指します。

 ほかにも、考える働き、とか、知恵の意味でも使いますね。

 哲学の用語としては、確実な根拠に基づく認識や客観的認識を指す言葉として使うでしょ。

 智識と書くのは、仏教用語であると示す場合が多いですね。

 仏法を説いて導く指導者とか、善知識を意味するでしょ。

 対象を外界に実在すると認める心の働きを、指す場合もありますね。

 あるいは、堂塔や仏像などの建立に金品を寄進することや、寄進する人や寄進する金品の意味で使うこともあるでしょ。

 寄進するものを、知識物と呼んだりもしますね。

知識に関連の深い言葉に、記憶がありますね。

 過去に体験したことや覚えたことを、忘れずに心にとめておくこと、または、覚えていた内容、ですね。

 心理学では、生物体に過去の影響が残ることや、過去の経験を保持し、これを再生・再認する機能の総称でしょ。

 最近では、コンピューターに必要なデータを蓄えておくことも、記憶と言いますね。

そして、記憶には、短期記憶と長期記憶があります。

伝言やちょっとした用事は短期記憶、繰り返し使うであろうことを覚えることや繰り返したことで長く忘れないでいることは長期記憶ですね。

では何のために記憶するかと言えば、当たり前だけど、使うためです。

記憶をちゃんと使えれば知恵があるとなるが、短期記憶の場合は覚えていたことを忘れずに実行するだけなので、知恵があるとは言えないでしょ。

 忘れないで実行した、それだけですね。

 もちろん、忘れたらいけないけど。

知恵がある、という言葉は長期記憶をちゃんと使えれば言えるでしょうか。

 覚えた通りやっただけでは、記憶力が良いとしか、言われないですね。

 逆に、短期記憶でもちゃんと応用できれば、知恵があると言えるでしょうね。

それなら、知恵があれば知識があると言えるでしょうか。

 以前にどうやったか覚えていなければ、知識があるとは言えないでしょうね。

ただ、覚えていたことを話したり書きだしたり実行できるだけでは、まだ、有識者とは言えないという事ですね。

 長期記憶を応用できなければ、有識者とは言えない。

でも、一般常識を使いこなすだけでは、知識人とは言えないでしょ。

 知恵があるとは言えますけどね。

 知恵として使いこなせる長期記憶である、知識が豊富であるけど。

知識の水準が高いとか詳しい内容を知っている人で、それをちゃんと使いこなせる人を、知識人と呼ぶわけですね。

 教養があるという事で、教養人とも言いますね。

だが、教養人をすべて有識者とは言わないでしょ。

 教養とは、本来の意味は、教え育てることですね。

何のために、教え育てるかですね。

 社会生活を営む上で必要な文化に関する広い知識を、身に着けるためですね。

 知恵があるだけの人との差は、文化に関する広い知識がある、という点ですね。

 文化に関する広い知識を得るために学問をした人が、知識人ですね。

 幅広い知識があり、精神の修養などを通して得られる創造的活力や心の豊かさ、物事に対する理解力がないと、知識人とは呼ばれないでしょ。

 知識を深めたり活用する手段としての学問・芸術・宗教などの精神活動を、している人が多いですね。

ようするに、知識人は幅広い知識を持っているので、コメンテーターとしては呼ばれても、有識者としては呼ばれないでしょ。

有識者として呼ばれるには、何らかの学問の分野に詳しくないといけないでしょ。

 だからと言って、ある分野の専門家がすべて有識者とも、呼ばれないですね。

専門外の人、特に、一般の人にもわかりやすく説明でき、しかも、いろんな角度からの質問に応えられないと、有識者とは言えないでしょうね。

 どれだけ、一般常識があるかも、問われる。

一般の人たちと、意識や認識のずれがある人を、専門分野に詳しいと言うだけで有識者として企画や会議に呼んでいないか、私たちも気を付けてみないといけないでしょうね。

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