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日本語の構造と言霊?

日本語は本来、どちらかといえば丸唇音の言葉だったといえます。

言い換えれば、ワ行母音だったと言えます。

 そういえば、旧仮名遣いは、ワ行母音がしっくりきますね。

一方、平唇音の傾向が強い言葉は、ヤ行母音の傾向が強くなります。

 拗音は、日本語がワ行母音からヤ行母音の傾向を強める中で生まれた音なのですね。

だから、“きょう”は“けふ”、“ちょう”は“てふ”とかつての発音どおり記述しました。

 そういえば、“とうきょう”は、かつて“とうきやう”とか“とうけい”と書かれていたと、読んだことがあります。

呉音の“とうきやう”が正規に使われたが、明治20年代頃までは漢音の“とうけい”もあったようですね。

ア行母音は、ワ行母音的言語だった日本語がヤ行母音化していくなかで、生まれたいわば新参者なのでしょう。

 そういえば、日本語の音の中で、ア行母音がどこか浮いた存在に感じる。

ワ行母音や、ヤ行母音のように、母音が重なることを、二重母音と言います。

二重母音とは、調音の開始時と終了時で音質を異にする母音のことです。

調音は、言語音を発音するため、舌や唇などの調音器官を動かし声道の形を変えることによって、気流に影響を与え、さまざまな種類の子音や母音などの音声を作り出すことをいいます。

二重母音は、調音している間に調音器官の位置が変化することによって生じます。

始まりの音質と終わりの音質を比べれば、はっきりと違いが判るわけです。

調音器官がなめらかに移動することによって、聴覚的に1つの母音として認識されるのです。

二重母音は、聞こえ度によって区別できます。

聞こえ度とは、音声学において言語音を聞き手の聴覚によって分類するための基準の一つです。

音声が同じ大きさ・高さ・長さであることを条件にして、どれだけ遠くに届くかを説明するときに用いられます。

二重母音は、始まりの音質のほうが聞こえ度の高いものを、下降二重母音といいます。

終わりの音色のほうが聞こえ度の高い上昇二重母音と区別されます。

また上昇二重母音が途中で調音器官の移動方向を変えて下降することによって三重母音となることがあります。

日本語の音は、ア行音を除けば子音+母音でなりたっています。

これは、例えて言えば母音が偏で子音が旁のような構造と言えそうです。

 漢字に似てますね。

基本的な意味を母音が支え、具体的な意味を子音が展開する、それが日本語の音の構造なのでしょう。

 偏は、それ自体でも一つの字になっている場合が多いですね。

変形してますけどね。

部首はすべてとは言えないまでも、その多くはそれ自体が一つの字ですね。

 母音は、漢字でいえば部首にあたると言い換えても良い。

偏に対する旁のような、簡潔な例えは言い難くなりますけどね。

 それに対して、欧米の言語は母音だけだったり、子音で終わっていたりしますね。

つまり、欧米の言語にも子音と母音からなる漢字に似た構造があるはずだけど、日本語に比べたら見えにくいと言えます。

終わりに来る子音も、直前の母音と一緒になって一つの塊を作っていると見た方が良いと思いますよ。

 一つ一つの音は、漢字に似た構造を持っている。

 言語によっては、その構造が見えにくくなっているだけ。

日本語は、丸唇音を基本にしながらも平唇音の傾向を強めていったので、一つ一つの音が持つ漢字に似た構造が見えやすくなったのでしょうね。

ワ行母音は、必然的に子音+母音の構造を際立たせる発声法なのです。

 発音があいまいになりやすいからですね。

二重母音では始めに来る母音は、区別のために否応なしに変形せざえるをえない、子音として振る舞わざるを得ないのです。

とくに発音があいまいになりやすいワ行母音では、その傾向が強くなります。

二重母音とは、いってみれば基本的に熟語の組み合わせで構成されているといえるでしょう。

おもしろいことに、日本には言霊という思想がありました。

 欧米の言葉に。言霊にあたる言葉がないようですけど。

本当は、欧米の言語にも言霊に似たものはあるはずです。

欧米人は自分たちの文化にもあったはずの言霊を、忘れてしまったのでしょうね。

 おそらく、音の持っている意味で世界を直感的に写し取っていたでしょうけどね。

 音は世界を映し取って、意味を持っている。

 呪文は、意味だけでなく、言霊によっても支えられてる。

日本語が言霊の国となった背景には、あたかも漢字のように振る舞う傾向が目立つようになった日本語の発音の特質があったのかも知れないですね。

 漢字は、形象文字を基本にして生まれて言ったでしょ。

 言葉も、本来は形象音ともいうべきところから出発した。

 多くの言語は、その出自を忘れてしまう方向に進んだ。

ところが、日本語はその出自を保存し、さらに強調する方向に展開していったのでしょう。

そして、言霊思想を生み出すことになっていったのかも、知れません。

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