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シンデレラはなぜ灰をかぶる?

マタイによる福音書11章に、灰かぶり姫という意味のシンデレラという名前に関連のありそうな、気になる記述があることに気づきました。

 

灰をかぶることに関する、イエスの言葉が出てくるのです。

 

意図をくみ取るために、少々長いが20節から24節を引用します。

 

20それからイエスは、数多くの奇跡の行われた町々が悔い改めなかったので、叱り始められた。

 

21「コラジン、お前は不幸だ。ベトサイダ、お前は不幸だ。お前たちのところで行われた奇跡が、ティルスやシドン行われていれば、これらの町はとうの昔に粗布をまとい、灰をかぶって悔い改めたにちがいない。

 

22しかし、言っておく。裁きの日にはティルスやシドンのほうが、お前たちよりまだ軽い罰で済む。

 

23また、カフェルナウム、お前は天にまで上げられると思っているのか。陰府(よみ)にまで落とされるのだ。お前のところでなされた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで無事だったにちがいない。

 

24しかし、言っておく。裁きの日にはソドムの地の方が、お前たちよりまだ軽い罰で済むのである。」

 

粗布をまとい、灰をかぶってというのは、怠けることなく、高慢になることなく、現世の欲にとらわれることなく質素ないでたちで、日々の労働に励むということでしょう。

 

 粗布は謙虚さを、表すと言うのはその通りでしょう。

 

 灰をかぶるとは、日々の焼き尽くす献げ物の灰が神の声によってかかると言う意味もあるのでは。

 

確かに、和解や贖罪や賠償のための焼き尽くす献げ物から出た灰はある程度人々にかかるでしょうね。

 

風は神の声の象徴としても、使われますからね。

 

 『シンデレラ』は、「灰かぶり姫(はいかぶりひめ)」とか、「灰かぶり(はいかぶり)」という意味でしたね。

 

 この灰かぶりが、聖書で解けると言うのですか。

 

可能性は、ありますよ。

 

 『シンデレラ』の話は、グリム兄弟(Brüder Grimm) によってグリム童話に「No.21 Aschenputtel」として納められたものや、シャルル・ペロー(Charles Perrault) によるものが知られているでしょ。

 

 古くから広い地域に伝わる民間伝承で、中国にも楊貴妃がモデルと言われる「掃灰娘」という類話がある。

 

シンデレラは、ドイツ語のAschenputtelのほか、英語でCinderella、フランス語でCendrillon、イタリア語でCenerentola、などの名前で呼ばれています。

 

英語のcinder、フランス語のcendre、ドイツ語のAsche、イタリア語のcenere などはいずれも「燃え殻」「灰」を意味します。

 

さらに興味深いことに、ペローやグリムよりも以前の17世紀の南イタリアで書かれた『Cenerentola(灰かぶり猫)』という作品もありましたね。

 

なおシンデレラは、ゼゾッラの名で登場します。

 

 五日物語という意味のPentamerone(ペンタメローネあるいはペンタメロン)という、ナポリ方言で書かれた民話集に収められている話ですよね。

 

17世紀初めにナポリ王国の軍人・詩人であったGiambattista Basile(ジャンバティスタ・バジーレ)が、Gian Alessio Abbattutis(ジャン・アレッシオ・アッパトゥーティス)という筆名を用いて執筆した作品ですね。

 

 この民話集は、死後の1634年から36年に刊行されたのですよね。

 

1日目第6話として収録されたこの話は、ペローやグリムよりも古い形と考えられ、両者と異なる部分があるそうですね。

 

まず、シンデレラの一般的に知られている筋はこうですよね。

 

シンデレラは、継母とその連れ子である姉たちに日々いじめられていた。

 

あるとき、城で舞踏会が開かれ、姉たちは着飾って出ていくが、シンデレラにはドレスがなかった。

 

舞踏会に行きたがるシンデレラを、不可思議な力が助け、準備を整えるが、12時には魔法が解けるので帰ってくるようにと警告される。

 

その不思議な力は、話によって異なり、魔法使い、仙女、ネズミ、母親の形見の木、白鳩などが登場する。

 

シンデレラは、城で王子に見初められる。

 

12時の鐘の音に焦ったシンデレラは、階段に靴を落としてしまう。

 

王子は、靴を手がかりにシンデレラを捜す。

 

姉2人も含め、シンデレラの落とした靴は、シンデレラ以外の誰にも合わなかった。

 

シンデレラは王子に見出され、妃として迎えられる。

 

一方、灰かぶり猫は、こういう筋です。

 

主人公のゼゾッラと裁縫の先生は共謀して、ゼゾッラと不仲であった最初の継母を殺害する。

 

主人公は、裁縫の先生と父の大公を再婚させる。

 

継母となった裁縫の先生は、6人の実娘を迎えるとゼゾッラを裏切って冷遇する。

 

その後、父の大公が旅行中に継母の娘には豪華なお土産の約束をするが、ゼゾッラはただ妖精の鳩がくれる物が欲しいとだけ答える。

 

その後、大公が妖精から授かったナツメの木の苗を土産として与えられたゼゾッラはその木を大切に育てる。

 

ナツメの木は実は魔法の木で、彼女は木の魔法によってきれいに着飾ってお祭りに参加して国王に注目される。

 

国王の従者に追いかけられたゼゾッラは、履いていたピァネッレを落としてしまう。

 

ピァネッレとは、17世紀のイタリアで履かれていた木靴のこと。

 

斎日に国王が国中すべての娘を召し出して靴を履かせた結果、ゼゾッラだけが靴に合致して王妃に迎えられる。

 

継母の6人の娘たちがそのときの屈辱を母親に伝えたところで、物語の幕を閉じる。

 

灰かぶり猫と、題名にありながら、猫は登場しません。

 

 灰かぶりの名は、台所のかまどで灰をかぶりながら仕事をしているところからきたと、思われてきたのでしょうね。

 

 そして、灰かぶり猫というのも、温かさを求めて火を落としたかまどにはいって灰まみれになった猫のように灰まみれという、風に解釈できる。

 

でも、俗語ではしばしば、若い娘は猫に例えられますね。

 

 つまり、灰かぶり猫は灰かぶり娘の俗語表現と見ても良い。

 

そういう風に思われてきたから、誰も聖書と比べなかったのでしょうね。

 

 聖書の物語の壁画やステンドグラスが発展したのは、文盲が多かったから絵で説明するためだったとも、言われますね。

 

 それで、一般人の中で、聖書の灰かぶりに注目する人はいなかったのかしら。

 

聖書研究者で、一般の物語を研究している人は少ないし、一般の物語研究者で、聖書と比べようとする人も少ないでしょうからね。

 

わたしも、どうして灰かぶり姫なのかという疑問を持った目で聖書を開いたから、この記述に気が付いたのです。

 

一般に知られた物語では、灰をかぶって悔い改めるという言は、あまりしっくりきません。

 

ところが、より古い形と見られる灰かぶり猫では、ゼゾッラは殺人に加担してしまいます。

 

つまり、罪人に堕落したわけです。

 

 悔い改めが、必要になってしまったわけですね。

 

ゼゾッラは冷遇されるが、じっと堪えるわけです。

 

ようするにへりくだる者となったわけです。

 

聖書では、へりくだる事の徳を繰り返し説きます。

 

ゼゾッラは、おそらく粗布のように粗末な衣類だったでしょう。

 

さらに、灰をかぶったようになっても、こらえて働いたとみればどうでしょう。

 

 まさに、粗布をまとい、灰をかぶって悔い改めた、という聖書の記述に似てきますね。

 

そうみると、妖精の鳩がくれる物が欲しいというのも、仕返しの道具が欲しいのではなく、祝福と守りが欲しいということでしょ。

 

 妖精から授かってきたナツメの木は、魔法の木でしたね。

 

ナツメとは、ナツメヤシのことです。

 

ナツメヤシはギルガメシュ叙事詩やクルアーンに頻繁に登場し、聖書 の「生命の樹」のモデルはナツメヤシであるといわれます。

 

鳩、とりわけ白鳩は、聖霊の象徴として描かれます。

 

生命の樹は、アダムカドモンとも呼ばれ、人の後ろ姿とされるが、イエスの象徴として扱う議論もあります。

 

 鳩とナツメで、聖霊とイエスが暗示されている。

 

罪を犯したゼゾッラであるが、へりくだり悔い改めて、イエスの祝福を求める心の持ち主になっていたことが、妖精の鳩がくれる物が欲しいという言葉に表れたと見ても良いのかも知れません。

 

 そうなると、灰かぶり猫の、猫の解釈についても、考えないといけないですね。

 

イエスに従うものは、イエスのようになることが求められると、聖書は説きます。

 

 そして、猫はイエスのメタファー。

 

メタファーとは、全ての性質を用いて例えることです。

 

 そうなると、悔い改めたゼゾッラは、あたかもイエスのような境地にまでたどり着いたということが、猫という言葉でほのめかされている。

 

可能性はありますね。

 

 そうなると、シンデレラの物語の元を作った人はかなり聖書に詳しい。

 

どういう人だったのでしょうね。

 

中国にも楊貴妃がモデルと言われる「掃灰娘」という類話があるなど、古くから広い地域に伝わる民間伝承だそうです。

 

 楊貴妃と言えば、蜀の出身ですね。

 

蜀については、日本との繋がりを考えましたね。

 

なお、中国には他にも、民話に基づいていると思われる唐代の小説「葉限」などの類話があるそうです。

 

 楊貴妃は唐代の人、「葉限」という小説も唐代、民話の伝わった地域が気になりますね。

 

情報が欲しいところですね。

 

日本にもシンデレラとよく似た、作者不明の『落窪物語(おちくぼものがたり)』があります。

 

主人公は、中納言源忠頼の娘である落窪姫君です。

 

針子として家族の着物を縫わされ続けていたためか、裁縫が非常に得意です。

 

皇女である母と死別した落窪姫君は、継母のもとで暮らすことになりました。

 

出自は継母や義姉妹たちより遥かに高いが継母からは冷遇を受けて落窪の間に住まわされ、不幸な境遇にありました。

 

しかし、そこに現われた貴公子、右近の少将道頼に見出されて、姫君に懸想した道頼は彼女のもとに通うようになりました。

 

姫君は、継母に幽閉されます。

 

そこを道頼に救出され、二人は結ばれます。

 

道頼は姫君をいじめた継母に復讐を果たし、一家は道頼の庇護を得て幸福な生活を送るようになります。

 

シンデレラの物語は、ヨーロッパばかりか、中国、日本と広がっているわけです。

 

 原作は、中東で生まれたとか、想像できませんか。

 

 民族の伝承だったので、中東では民族の移動とともに廃れたとか。

 

どうなのでしょ。

 

シンデレラの話、結構謎が多いようですね。

 

追記

 

今回の話はこの記事の続きに当たります。

シンデレラと火車?

 

 

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