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「蛇のように賢く、鳩のように素直であれ」と原罪について考えてみた。

蛇は、一般的にはあまりイメージが良くないけれど、聖書に依れば賢い動物ということになっています。

創世記の蛇の誘惑の記事に、野の生き物で最も賢いのは蛇とあります。

マタイ10章には使徒の派遣の記事に「蛇のように賢く、鳩のように素直であれ」とイエスは教えています。

 なぜ、蛇が賢いのか今一つ分からない。

 日本でも神様みたいに扱われますよね。

 どうしてでしょうね。

蛇は、神の使いや神の言葉の象徴でもあります。

サタンは神の言葉を伝える使いでありながら、神意を取り違え堕落したとみられています。

 蛇がそのしたたかさから、魔神の使いと見なされるのは古今東西を問わないようですね。

 アルビノの蛇を、神の化身として崇めたりします。

白は光や霊性の象徴の色でもあります。

蛇は言葉、とりわけ神の言葉の象徴だが、悪の蛇サタンとの両義性が厄介です。

 蛇は聖書で賢いものとして描かれている反面、ヨハネ黙示録では、邪悪な存在とされたりしていますね。

 姿形から来るのでしょうか?

邪悪な存在としての蛇は、堕天使サタンとなったルシファーの象徴です。

邪悪な存在としての蛇は、エデンの園の蛇が有名ですね。

 蛇はサタンとして堕罪のきっかけを作ったわけですが、人が神に成り上がろうとする傲慢、神から離れさろうとする背きの罪が堕罪の記事では問うているのだと思います。

神は、アダムとイブに死の運命を課しエデンの追放で済ませています。

毛皮さえ着せています。

人は自分の罪で裁かれるとあります。

神は二人の神への怖れを悔い改めとして受け入れたがけじめを付けられたのでしょう。

 しかし蛇が私を騙したといって責任逃れするエヴァの言葉は神様に正しく応答しない罪の姿をさらしているでしょ。

 それが私、つまりエヴァの罪の姿と重なる。

 罪の赦しは十字架の贖いによるしかない。

神は、怒りを恐れ死を覚悟したアダムとイブを憐れんで追放で済ませたのは確かです。

一方で、神は、善悪を知る樹の実を食べることで齎される死の宣告を撤回しなかったのも、また、確かです。

二人の背きによって人類に堕落が始まり、イエスの贖罪を受け入れることが許しの条件となりました。

 そしてまた、人の世界に死もやってきた。

そういうことでしょうね。

 アダムとイブの堕落自体は、二人が神を畏れたことで許されたと、思って良い。

神が罰するときは、容赦なくその場で罰するでしょ。

 蛇にかけられた呪いのように。

そういうことでしょう。

 アダムとイブは、追放で許されたばかりか、毛皮まで着せてもらっている。

 善悪を知る樹の実を食べた一件は、アダムとイブで済んでいると言う見方もできる。

実際、そう見る宗派もあるようです。

だが、この一件によって、堕落が人類に入ったと聖書は伝えているわけです。

 神の声としての蛇と、背きの象徴としての蛇、蛇には二面性があるわけでしょ。

 蛇のように賢くと言うけど、蛇は狡賢く振る舞った結果、神の怒りも招いた。

蛇は賢く振る舞っているだけなら、神の怒りは免れたでしょうか。

 自分の賢さを過信し、神の怒りを招いてしまった。

神に対して素直に従う心を忘れたから、まずかったとも言えるでしょ。

 その素直さの象徴が、聖霊の象徴でもある鳩だった。

聖霊は、神に逆らいませんからね。

 「蛇のように賢く、鳩のように素直であれ」とは、賢く振る舞っても良いが、素直さを忘れるなという戒めでもある。

そうかも知れないですね。

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