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2013年3月

出雲大社と出雲大神宮の謎を考えてみた。出雲童歌「ネコにゃんにゃん」とナニャドラヤ?その3

出雲大神宮は、丹波地方の京都府亀岡市にある神社で、旧称は出雲神社です。

亀岡盆地東部に立つ御陰山、御影山、千年山とも呼ばれる御蔭山の山麓に鎮座し、御蔭山を神体山として祀る神社です。

別称として「元出雲」・「千年宮」とも、また古くは「大八洲国国祖神社」と称されたともいうのです。

出雲大神宮は、式内社としては名神大社に位置付けられている丹波国一宮です。

旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁に属さない単立神社です。

出雲大神宮御祭神
http://www.izumo-d.org/history/gosaijin.htm

 出雲大神宮は京都府亀岡市の北東部に位置し、大国主命(オオクニヌシノミコト)と后神である三穂津姫命(ミホツヒメノミコト)を奉斎し(明治の制による)、特にこの二柱を合わせて出雲大神、出雲大神宮(日本書紀)、出雲神社などと称へ奉ります。

古事記や日本書紀に見られるように、大国主命は因幡の素兎で知られる慈愛に満ちた神様で、当宮末社に祀られる少那毘古名命(スクナヒコナノミコト)と共に国土経営に尽力なされました。
その後、皇孫に国譲りの後、幽世(カクリヨ)を統治すべく、現在の島根県にある出雲大社に鎮座される事となります。

『丹波国風土記』によれば、「奈良朝のはじめ元明天皇和銅年中、大国主命御一柱のみを島根の杵築の地に遷す。すなわち今の出雲大社これなり。」と記します。
よって当宮に古来より元出雲の信仰があります。

なぜ、皇孫に国譲りの後、幽世(カクリヨ)を統治すべく、現在の島根県にある出雲大社に鎮座される事となるかです。

面白いことに、出雲国風土記の時代から、この地には赤秦神社が存在しているのです。

名前から分かるように、秦氏の神社です。

 出雲って、けっこう昔から秦氏が居たのねえ…。

出雲国風土記は、異説もあるようだが、一般には元明天皇によって編纂が命じられたのは和銅6年(713年)5月、天平5年(733年)2月30日に完成し、聖武天皇に奏上されたといわれているのです。

当然、赤秦神社は713年5月より前にあったことになるから、秦氏はこれより昔から出雲にいたことになるかも知れないです。

 でも、丹波っていえば、古くからの秦氏の拠点の一つでしょ。

 そして、出雲童歌「ネコにゃんにゃん」と東北のナニャドラの関係を探ってきたでしょ。

 だけれど、出雲地方からネコにゃんにゃんに関する情報は出てこない。

そこで、丹波の出雲大神宮に注目して、秦氏繋がりでナニャドラが「ネコにゃんにゃん」の元歌の可能性を考えたのでした。

 「元出雲」の別称は、出雲大社が出雲大神宮からの分霊とする社伝に由来するのでしたね。

いわゆる出雲大社は明治時代に至るまで「杵築大社」を称していたため、江戸時代末までは「出雲神社」と言えば丹波の出雲大神宮を指していました。

そうなると気になるのは、出雲童歌「ネコにゃんにゃん」の歌い出しです。

出雲にゃんにゃんのん 出雲にゃんにゃんのん

出雲にネコがいーたそうな にゃんにゃんのん・・・

 江戸時代末までは「出雲神社」と言えば丹波の出雲大神宮を指していたと、いうことは…。

この出雲にいたネコも、島根ではなく、丹波、つまり畿内にいたのでしょうね。

 神武は東征のとき、饒速日(ニギハヤヒ)から国譲りをされるでしょ。

饒速日は、先にいた王とされますね。

ネコは神道では禰子であり、祭司を指します。

祭司中の祭司と言えば、天皇です。

言い換えれば禰子中の禰子なので、天皇は特に根子と呼ばれます。

 ということは、饒速日も根子であった。

神武と印(しるし)を見せ合い、同族であると確認して即決出来た以上、饒速日も同格であったと見る方が自然でしょ。  

 島根の方の、国譲りの伝承は…。

国引きの伝承が、謎を解く鍵でしょうね。

繰り返すけど、いわゆる出雲大社は明治時代に至るまで「杵築大社」を称していたため、江戸時代末までは「出雲神社」と言えば丹波の出雲大神宮を指していました。

 丹波の出雲大神宮は元出雲を名乗っているけれど、いわゆる出雲大社がこの件で何も言えないのは、そのためなのですね。

国引き伝承と、元出雲を名乗る丹波の出雲大神宮の存在、さらに、島根の出雲一帯は明らかに、東日本、それも関東の飛び地の可能性が高いですよ。

島根県出雲市大社町杵築東の出雲大社は、茨城県鹿嶋市宮中の鹿島神宮と、日本を貫く東西の線がもっとも長く取れる位置に営まれる一対の神社と指摘されます。

 出雲大社の御神座のある御内殿の西向き、鹿島神宮の神座は東向き、それぞれ西と東を向いているのでしたね。

吉野裕子は、出雲大社は海を西に見るところに建てられ、鹿島神宮は海を東に見るところに建てられたともいっているのです。

地理的に見て、出雲大社と鹿島神宮の二つをあわせて、太陽信仰のひとつの神界が構成されている可能性はありえますね。

 畿内は、出雲大社と鹿島神宮に、挟まれる位置にある。

明治まで杵築大社と呼ばれた出雲大社に祀られた大国主は、古代島根の王としては、名前が大き過ぎませんか。

 島根は、大国主を祀る土地として、選ばれた。

畿内を守る結界をはるために、島根と関東に、要となる神社を祀る目的で杵築大社と鹿島神宮は築かれたとしたら、どうでしょう。

 日本を守る西の要の神社の祭神として、饒速日を大国主として祀った。

つまり、饒速日を神としての大国主に祭り上げてしまえば、神武は人としての大国主に収まれるわけでしょ。

実際には、すめらみことなど、別の呼び名を使ったでしょうけどね。

 これは、国津神の頂点として大国主つまり饒速日を、天津神の頂点として天照を、祀る構図にする。

杵築大社造営に伴い、饒速日の一族も、島根に移ったのかも知れないです。

 国引き伝承とは、饒速日の一族の島根への引越しであった。

島根と周辺地域一帯が、東日本の飛び地となったのも、天孫一族が一大拠点を作ったからでしょうね。

 畿内、関東、島根、ここをほぼ同時に天孫一族が、拠点として抑えたということ。

そうかも知れないですよ。

天孫一族のなかでも、一大勢力が秦氏であったとすれば、どうでしょう。

 一方、古くからの神社は、物部系であるとされますね。

神武は、実在としたら弥生時代と言われますよ。

 物部系とは、卑弥呼と臺與の鬼道であった。

その可能性はあり得ます。

そして卑弥呼と臺與の鬼道は、道士であった徐福一行の影響を受けた可能性も見ました。

 でも、先住民は東のアイヌも、西の琉球も、古代アメリカと同祖ですよね。

神武と饒速日が、印で同族と確認し合ったとすればどうなりますか。

 その印は、徐福の一行が持ち込んだとしか見えないです。

神武とあったとしたら、女性祭司は臺與であり実務を仕切った男王が饒速日だったかもしれないですよ。

そして、饒速日は徐福の持ち込んだ印を、管理していたのでしょう。

王権の象徴として。

 真名の壺を伝えていたのは、物部系の籠(この)神社だったそうですね。

今は、伊勢の神宮にあるそうですけどね。

 伊勢神宮に移された真名の壺を神社が伝えるくらいだから、真名の壺が王権の象徴だったのかしら。

巨大古墳は、祭祀に用いられた壺を模ってます。

饒速日から譲り受けた祭祀にとって重要な真名の壺を、我々は持っていると古墳を作った権力者たちは示したかったのでしょうね。

なにか、事情があったのでしょうね。

皇位継承に纏わる、何かが…。

 じゃあ、神武は鏡でも持っていたとか。

神鏡を持っていたのでしょうね。

 神武に、国をすんなり渡してしまったのは、古代アメリカと同じような、伝承が日本にもあったのかしら。

 犠牲を捧げる儀式をやっていたのを天孫一族が止めさせたが、止めに来る神が来たら犠牲の儀式は廃止しなければならないとか。

古代アメリカと似た、言い伝えを持っていた可能性はあり得ますね。

縄文土器は、アメリカからも出ますから。

 女性祭司臺與は、神武にとっては自らの正当性を主張するために協力してもらえないと困るでしょう。

 臺與にとっても、実務を取り仕切る男王を神武に引き継いでもらえないと困るでしょうね。

出雲にネコがいーたそうなのネコとは、饒速日だったとなりそうですね。

 出雲童歌「ネコにゃんにゃん」と東北のナニャドラの関係をたどったら、ユダヤが出てきたけれど…。

面白いことに、アイヌの生活文物に古代イスラエルと似てるという声があります。

そして、秦氏にはユダヤ人原始キリスト教徒説があります。

 ユダヤで、繋がる…。

古代中東文化圏からの出身民族同士とみれば、どうでしょ。

日本は、YAP遺伝子で古代中東に繋がってます。

 アイヌと琉球のYAPプラスとその他の本州人に多いYAPマイナスの違いがあっても、古代中東に繋がっていることに変わりはない。

十月の神無月、出雲は神有月だけど、これも国譲りをした饒速日の体面を保つためと見れば、どうでしょ。

十は十干のしめなので、しめの月である十月に出雲に神が集まり、饒速日を称えるのかも知れないですよ。

 出雲童歌「ネコにゃんにゃん」は、丹波の出雲大神宮に伝わっていたとしたら…。

饒速日の故地を離れた無念を慰めるために行われた祭りの、名残なのでしょうかねえ。

まだまだ、謎が多いです。

出雲大神宮や出雲大社と 神社本庁との関係について誤解されると困るので、補足しておきます

出雲大社は式内社(名神大)出雲国一宮で、旧社格は官幣大社、現在は神社本庁包括に属する別表神社で、宗教法人出雲大社教の宗祠です。

別表神社とは、「別表に掲げる神社」の略です。

旧の官国幣社や一部の規模の大きな神社については、神職の進退等に関して一般神社と同じ扱いをすると不都合があることから、「役職員進退に関する規程」において特別な扱いをすることと定めていて、その対象となる神社が同規程の別表に記載されていることから、「別表に掲げる神社」(別表神社)と呼ばれます。

出雲大神宮は、式内社(名神大社)、丹波国一宮、旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁に属さない単立神社。

ただし、神社本庁に属さないということは、社家の移動の権限が神社本庁には無いという事です。

まったく神社本庁との繋がりがないと言うわけではありません。

追記

出雲童歌「ネコにゃんにゃん」の歌詞はここを見てください。
この歌についての情報募集中です
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_78ef.html

以下は関連記事です。

卑弥呼の鬼道を考える。
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-725a.html

邪馬台国と神武東征を考えてみた。
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-3cbc.html

出雲と関東
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-a70a.html

出雲童歌「ネコにゃんにゃん」とナニャドラヤ?
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-85c5.html

京都と東北と秦氏?出雲童歌「ネコにゃんにゃん」とナニャドラヤ?その2
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-9b39.html

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円空仏に風が吹く?

東京国立博物館140周年特別展「飛騨の円空―千光寺とその周辺の足跡―」を、見ました。

円空仏は、荒々しいだけじゃないですね。

意外と、繊細です。

顔はもちろんだけど、ちゃんと仏像全体のバランスが取れてます。

一目見て感じたのは、円空仏は、明らかに、一種の抽象的造形ということです。

仏の本質を必死に捉えて、伝えようとしてる。

そう感じられるのです。

円空は、何よりも、僧だったのです。

彼にとって、仏像を彫る事も説法なのだったのでしょう。

 円空の説法を、今の私たちも、円空仏から聞ける、そういうことですか。

 だとしたら、私は、それを、聞きたい。

その気になって、素直な心で向き合えば、聞こえて来るかも知れないですね。

私は、感じます。

円空仏には、気がある。

生命力、だけじゃない。

強力なメッセージを、表現してる。

円空は、仏像に、命を表現したかったのだろう。

言葉にすると、ちゃんと伝わっているか、もどかしいですけどね。

こうも、感じました。

空仏の造形は、日本だからこそ、生まれた形だろう。

日本の仏像は、何かが、違う。

日本の仏像は、周囲に、何かがある。

文章で言えば、行間とも言える。

外国にも仏像がある、というより、外国から仏像は伝わってきたわけです。

でも、日本の仏像は、何かが違うのです。

円空仏は、極端に単純化されてます。

その円空仏が、どうしても省けなかったもの、それは仏の衣でした。

 裸じゃ、まずいでしょ。

それはそうだけど、衣は、仏であることを、象徴する大事な要素でしょ。

そこで、円空は、仏の衣を裾の単純な造形で表します。

衣の裾が作り出す三つの三角で、円空は見事に仏の衣を生き生きと表現します。

 衣自体の裾が作り出す三角の数は、ほぼ三つ…。

袖の裾などが混ざったりして、実際にはもっと多く見えてる場合もありますけどね。

 でも、三つくらいが、少な過ぎず、多過ぎず、ちょうど良い。

そういうことかも知れないですね。

三という数は、三尊、三界、三千世界など、仏教でおなじみの数でもあるけれど。

言い換えれば、仏像の衣の裾の形は、それくらい強烈な印象を私たちに与えているのです。

外国の仏像の衣の裾で、この印象的な形を見ることは、少なくとも私にはできていません。

 それは、つまり、日本の仏像は生き生きしてるということ。

そうかも知れません。

造形された当時の色彩や金箔は、大半が失われているのにもかかわらず、日本の仏像はどこか生き生きしてる。

それは、仏像の周りに、小さな風が感じられるからかも、知れません。

 日本の仏像は、じっとしてるように見えて、実は動いている…。

本当に動いていたら、えらいことですけどね。

動いているように表現する、伝統があるということでしょう。

 仏は、生きておられる。

 これが、日本の仏像や仏画の、そして、円空仏のメッセージ。

風を声と見れば、こういうことかも知れません。

天地のすべてを作り動かしておられる根源のお方の声は、常に私たちに語りかけておられる。

 聖書の、神は生きておられる、という言葉に似てきますね。

仏の助けにすがる気持ちは万国共通でも、仏は生きておられるという発想を、仏像や仏画に表現しようととしているのは、日本くらいではないでしょうか。

 ほとんどの国で、有難い御利益を下さる神仏の像を、伝統にのっとって表したり、親しみを込めて表すことはあっても、生き生き表現しようと言う発想はない。

そう思えるけど、どんなもんでしょ。

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再び古代日本語と古代英語の差を想ってみた。英語VS日本語 その6

日本とイギリス、ともにユーラシア大陸の外れの島国であるが、類似はそれだけにとどまらないのです。

 武士道と騎士道、緑茶と紅茶、妖怪と妖精、さらには、イギリスにもケルトの時代から続く陰陽に似た文化があるのでしたね。

政治的にも、立憲君主制を採用したことまで似ているでしょ。

面白いことに、日本に日ユ同祖論があるように、イギリスにもブリティッシュイスラエルを言う人たちがいますね。

 アメリカからも、ケネウィックから興味深い古代人骨が出ていましたね。

ケルトが多い地域のイギリス男性によく似ていたけど、実はアイヌの親戚筋だったことがわかりましたね。

 伴っていた矢じりは、フランスやスペインの様式だったけど。

幕末のころ日本に来た西洋人からは、ブリティッシュ的な顔の人を見たと言う声も上がってましたね。

 単語にも、日本語と英語には、偶然というには似ているものが多く見つかりますね。

ただ、文法だけが、どうしても壁になっていました。

でも、日本の古文、特に時代を遡った文章になればなるほど、文法の差が縮まって見えます。

例えば、古文における格助詞の使い方で、現代日本語と一番明らかに違う用法としては、格助詞の省略が指摘できます。

有名なところで、枕草子を例に挙げましょう。

 春はあけぼの。

 やうやう白くなりゆく山際(ぎは)、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。

 夏は夜。

 月の頃はさらなり。

 闇もなほ、蛍のおほく飛びちがひたる。

 また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。

 雨など降るもをかし。

 秋は夕暮れ。

 夕日のさして山の端(は)いと近うなりたるに、烏の、寝どころへ行くとて、三つ四つ、

 二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。

 まいて、雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。

 日入り果てて、風の音(おと)、虫の音(ね)など、はた言ふべきにあらず。

 冬はつとめて。

 雪の降りたるは言ふべきにもあらず、

 霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、

 火など急ぎおこして、炭持てわたるも、いとつきづきし。

 昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶(ひをけ)の火も、白い灰がちになりてわろし。

文法の差ももちろんだけれど、発音も差があります。

 平唇音より、丸唇音の方が、言い易いですね。

ア行母音よりワ行母音の方が言い易いでしょ。

 英語も丸唇を基本にした方が、イントネーションを表現し易かったですね。

英語にはシラブルがありますからね。

 古文も、シラブルとまではいわないけど、どこか似てますね。

「てにをは」は、日本語における格助詞4つです。

活用語尾とかは、関係ないです。

外国語には見られない日本語特有のもので、日本語の基礎です。

今では「が」も格助詞扱いされてはいます。

ところが、古文では、「てにをは」は時代を遡るほど省略されるのです。

 その理由の一つが、ワ行母音、つまり、丸唇音ですか。

言い換えれば、「てにをは」を省けるということは、日本語最大の特徴が古文、特に太古の古文にはないと言うことなのです。

 つまり、日本語と英語の間の決定的な壁が、消えてしまう。

そうなりますね。

英語の 来る は come でしょ。

日本でも古代は 来(こ)む ですよ。

また、英語の 行く は go でしょ。

日本でも古代は 行(い)かむ ですよ。

ただし、丸唇音だから実際の発音は 行(い)こむ に近かったはずで、さらに巻き舌音でK音は聞きようによってはG音にも思えたでしょうね。

 行(い)かむ は 行(い)がむ とか 行(い)ぐ 、もっと昔にはさらに go に近い発音だったかも知れない。

可能性はあり得るでしょ。

古代日本語では、私は わ、あなたは な、第三者は か、でしょ。

英語では、、私は I、あなたは you、第三者は he とか she、でしょ。

h音は容易にk音に、逆に、k音は容易にh音に、転訛しますよ。

 そうやって見ていくと、古代の日本語と英語の境はあいまいに成って行く。

 転訛の後を、実証的に辿れたら、面白いことになるでしょうね。

実は以前、日本語と英語は転訛で繋がるという説を展開した本が、出ていたことがあったのです。  

もう二十年か三十年も前のことです。

 国会図書館なら、あるかも知れない。

膨大だから、簡単に見つかるかどうか。

転訛の理論とか、そういう副題がついていた記憶はありますが。

 可能性を頭ごなしに否定しないで、誰か検証してくれないかしら。

私の手には、負いかねます。

 あなたにやって何て、言ってません。

言われてしまいました。

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改めてバブテスマについて想ってみた。

創世記3章1節から5節には、こうあります。

主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。

蛇は女に言った。

「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」

女は蛇に答えた。

「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」

蛇は女に言った。

「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」

この言葉で、蛇はイブを騙したとされるのです。

だが、狡猾な蛇は、嘘の中に真実を、そして、真実の中に嘘を、混ぜているのです。

 真実はここでしょ。

 「それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」

確かにそうでしょうね。

でも、嘘も入っているのですよ。

というより、触れないことで事実上の嘘になってしまっているのでしょうね。

目が開け、神のように善悪を知るものとなることは事実でしょうね。

だが、善悪を正しく判断するにはそれなりの知恵も知識も必要なのです。

 つまり、善悪を知る樹とは、善悪を判断する能力を手に入れられる樹ではあるが、それ以上でもそれ以下でもない。

そういうことでしょうね。

神の命令をちゃんと理解し判断して行動する能力は、始めから授かっているはずですから。

そしてまた、どこに何がどのような状態であるかも、判断して適切に対処する能力も授かっているはずでしょうね。

 当然、自分たちが裸であることも知っている。

知っていても、何をどうすれば怪我をしないで済むか、仮に怪我をしてもどうすれば治るか判断できれば、何の問題もないのでしょうね。

 わからないときは、神に聞けばいい。

そういうことでしょうね。

南方にほとんど裸で暮らす人たちが居るように、エデンの園のように快適な場所であれば、体を覆う衣服は基本的には要らないでしょうね。

 裸で暮らす彼らから、性的羞恥心が消えれば、一生何も着ないわけですね。

実際、性的羞恥心のない子どもたちは、アダムとイブのように裸ですからね。

 善悪を判断する必要がある知識や技術を身に着けて欲しい、ということでしょうか。

いちいち神に聞かないでも、善悪を自分で判断できるようになって欲しいということかも知れないですね。

 アダムとイブも、無邪気に遊んでいるうちに、自分たちの体の違いを使って快感が得られることを知ったらどうなるかですね。

気持ちは良いは、イブも産みの苦しみがないから、気楽に出産するはとなったら、どうなるかです。

 なるほど、いくら神のエデンの園でも、限度ってものがありますね。

つまり、どこまでが許容範囲か判断する必要もあるのでしょうね。

そこには、どうあるべきかという基準がないといけない。

 善悪を知るとは、判断基準を自分で持つということですね。

イチジクの葉で腰を覆ったのも、性差の理由に気づいたので自制心を働かせることの必要性を知ったからでしょうね。

「決して死ぬことはない。」

この言葉にも、嘘と本当があるのです。

 食べてもすぐに死ぬことはないのは本当だが、死ぬ運命になるから、決して死ぬことはないと言うのは嘘。

つまり、こう言えば、嘘にならないぎりぎりだったということでしょうね。

「決してすぐに死ぬことはない。」

でも、これで騙せるかです。

 すぐに死ぬことはないわけだから、いつかは死ぬと言ってることになりますね。

だから、すぐにとは、言わなかったわけでしょうね。

そして、実際にも、善悪を知る樹の実を食べて、すぐには死ななかったでしょうね。

 神も、善悪を知る樹の実を食べたら死ぬことになるとは言ったが、すぐに死ぬとは言ってないから、矛盾はしてない。

死の存在を知るとは、限度や限界を身を持って体験しろということかも知れないですね。

 そうなると、死は善悪を知る樹の実を食べたことの罰ではない。

労働の苦労や、出産の苦しみさえ、神が人に課した学習課題という見方さえできるかも知れないですよ。

 となると、アダムのイブの原罪とは、実は何もないとなってしまう。

 強いて言えば、言いつけに背いたことだけれど、反省したから神は許して皮の服まで与えたでしょ。

つまり、アダムとイブによって人は判断ミスを犯す存在になってしまったわけですよ。

 反省もするが、判断ミスで過ちも犯す。

これを教会では、堕落と言っているのです。

そこで、救いは必要となるわけですね。

 だから、預言者をよこして、教えを伝えようとする。

それだけでは、十分ではないとしたらどうです。

 過ちの清算が必要でしょうね。

では、その清算を誰がするかですよ。

 特別な人でないと、不可能。

だから、神を父に人は母に生まれた、イエスが必要だったわけでしょうね。

 死んで詫びる必要がある。

でも、自殺では十分ではないのでしょうね。

 冤罪で死ぬしかない。

そこで、十字架となるわけでしょうね。

 イエスの十字架の死を、人の過ちの清算として受け入れるならば、これまでの過ちは清算される。

イエスはその後復活しています。

 イエスの十字架と復活による、過ちの清算を事実として受け入れる必要がある。

これを教会では、贖いと言ってるのです。

契約が、バブテスマなわけですよ。

 いわゆる洗礼ですね。

儀礼的に、イエスの死と復活を追体験するわけですね。

 水を使うのは、清めでもあるが、一種の胎内潜りでもある。

教会では、墓からの復活の儀礼的な追体験と説明するが、生まれ直すと言う意味では本質は同じでしょうね。

 だから教会は、洗礼、つまり、バブテスマにこだわる。

そういうことかも知れないですね。

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古代日本語と古代英語の差は大きかったのか。英語VS日本語 その5

日本語と英語を比べていて、ふと思ったのです。

be動詞やdo動詞は、どうなのだろうとです。

am are is などと変化するけど、これらはみなbe動詞とよばれるのです。

 言い換えれば、be の変化形と言うことでしょうか。

もしそうなら、be が いる とか ある に転訛することはあり得るかと、考えることになるでしょうね。

be は意外と丸唇的発音で、平唇化すると いる に容易に転訛するのです。

そして ある も丸唇から平唇への中間の口の形で、 be から容易に転訛するのです。

「てにをは」は、日本語における格助詞4つです。

活用語尾とかは、関係ないです。

外国語には見られない日本語特有のもので、日本語の基礎です。

今では「が」も格助詞扱いされているのです。

ところが、古文では、「てにをは」は時代を遡るほど省略されるのです。

 古代の日本語は、英語との間の敷居が想像以上に低かった。

そうなると、気になるのはdo動詞ですよ。

 d は t の巻き舌音化によって濁音化したと、見て良いでしょうか。

t と s は容易に相互に転訛することは、良く知られているのです。

ここに巻き舌音が加われば、r音も簡単にくっつくのです。

 そうなると、do から する への転訛や、その反対も簡単に起きるのね。

古代日本語では、私は わ、あなたは な、第三者は か、です。

英語では、、私は I、あなたは you、第三者は he とか she、ですよ。

h音は容易にk音に、逆に、k音は容易にh音に、転訛するのですから。

わ は I に、な は you に、か は he とか sh に、容易にしてしまうとは、思えないかです。

過去の時代には、この反対の事が、おそらく起きていたことでしょうね。

 古代日本語は、今以上に丸唇音で発音していたから、大いにあり得ると…。

私の手元に、king James version の聖書があるのです。

綴りが今の英語とは多少違うので、読むのにいくらか難儀してるのです。

そこで感じるのは、king James version の時代の英語は、今以上に丸唇音化していたのではないかと、いうことです。

 古代、日本語も英語も、今以上に今以上に丸唇音化していた。

現代の私たちが思っているよりはるかに、日本語と英語の間の境目はあいまいだった時代があったことは、十分に想像できるのです。

ただし、その段階は日本人の祖先が大陸にいる間に、過ぎてしまったでしょうね。

 ここに、アメリカのケネウィックで見つかった、イギリス人を連想できるアイヌの親戚の骨を重ね合わせると、面白いね。

伴っていた矢じりは、フランスとスペインの様式ですけどね。

 幕末の日本を訪れた西洋人は、ブリティッシュ的な顔の日本人がいると証言していたし。

縄文人は、アジアよりむしろ、古代のアメリカや地中海周辺地域との繋がりを考えた方が良いように見えるのですからね。

日本人にも、西洋人と同じ遺伝子病が発症する事を思えば、もっと、日本人のルーツ探しの目を広く世界に向ける方が良いでしょうね。

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TPP危険につき取扱注意!?

ネット上に、こういう情報が現れました。

このリークとされる文章が本物だったら、えらいことです。

東日本大震災からの復興が、外資の食い物にされかねないのがTPPと言ってるように見えるものです。

米国市民団体がTPP秘密交渉を告発した驚愕の報道内容
http://www.amakiblog.com/archives/2013/03/02/#002515

TPP協定の秘密性と危険性をいち早く見抜いて告発したのが米国の市民団体であったということは何と言う皮肉だろうか。

 私は読者の一人からの情報提供で以下のようなサイトの存在を知った。

 まずこれを黙ってみていただきたい。

  http://www.youtube.com/watch?v=HLVKAalmD48

ここで流されている米国の報道録画は衝撃的だ。

そしてこれが、その市民団体のHPです。

PUBLIC CITIZEN
http://www.citizen.org/Page.aspx?pid=183

リークされた内容を伝えるページです。
TPP: Corporate Power Tool of the 1%
http://www.citizen.org/Page.aspx?pid=3129

これが事実としたら、いかにISD条項とラチェット規定を含むTPPが危険かということになります。

懸念される内容が、すべて裏付けされたようなものだからです。

追記

この記事には続報がありました。

米国市民団体がTPP秘密交渉を告発した驚愕の報道内容(続)
http://www.amakiblog.com/archives/2013/03/04/

そして、アメリカの恐ろしい実態が浮かび上がりました。

この映像はニューヨークの独立放送局Democracy Now!が昨年
6月に配信したものでありその日本語版
http://democracynow.jp/video/20120614-2)からの引用であることなどが分かった。

 私が驚いたのはこの放映が米国で昨年の6月に流されていたにも関わらずその米国で大手メディアが一切これを流さなかったという事だ。

 それどころかその映像が早々と削除されていたらしい。

 どうやらこの映像は米国政府にとって極めて都合の悪いものに違いない。

 そして米国は日本以上に情報統制が徹底している国ということだ。

 これでは日本で拡散しなかったのは当然である。

 実際のところ私に届いた反響のほとんどが驚いた、知らなかったというものだった。

 インターネットを駆使している読者でさえこの映像の存在を知らずにそれを驚いている。

 一般国民は誰も知らないのではないかと思った。

 この映像はTPPを取り進めようとする者たちにとってはよほど都合の悪いものに違いない。

そして、ブログはこう呼びかけます。

 ということはこの内容をどんどんと拡散すればいいということだ。

 デモクラシイ・ナウのような放送局は弾圧のターゲットになるかもしれない。

 しかし不特定多数のネットユーザーがユーチューブ上で流す事は誰も規制できない。削除しても削除してもよみがえってくる。

追記

こう言う情報も、ありました。

知っておいた方が良いでしょう。

きになるきになる: ウィキリークス TPP外交文書を全訳公開
http://gmx1020.blogspot.com/2011/06/journal-tpp-httpwikileaks.html?spref=tw

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三菱重工業もこれを研究している。

特開2007-322202 凝集系核反応の予測方法およびその予測装置、凝集系核反応を予測するプログラム、ならびに核種変換後の物質の検出方法

これ、どこが出願した特許だかわかりますか。

公開日
2007-12-13
出願人
三菱重工業株式会社
東京都港区港南二丁目16番5号 出願人代表名: 三菱重工業
現権利者-出願人
三菱重工業株式会社
MITSUBISHI HEAVY INDUSTRIES,LTD.
発明者
伊藤 岳彦 発明者評価表示
神奈川県横浜市金沢区幸浦一丁目8番地1 三菱重工業株式会社先進技術研究センター内
岩村 康弘 発明者評価表示
神奈川県横浜市金沢区幸浦一丁目8番地1 三菱重工業株式会社先進技術研究センター内
出願番号
特願2006-151335
出願日
2006-05-31
公開番号
特開2007-322202
国際特許分類 (IPC) G21B-003/00 G21B-001/00      FI G21B-001/00 Y   G21B-001/00 Z

凝集系核反応は、固体内核反応とも呼ばれる、常温核反応のことです。

常温とは、常に一定した温度や恒温つまり変化の無いまたは少ない温度、および特に冷やしたり、熱したりしない温度、平常の温度、一年中の平常の温度などを表す言葉です。

これらは常の字と温度の温の字の組み合わせからの一般的な解釈としての意味であり、人間の感覚的な捉え方において、標準的な温度と思えるものを指します。

室温が、同様な意味で使われる場合もあります。

そしてここでいう常温とは、室温とほぼ同じ意味で使われています。

要約

【課題】 高い確度で核反応を予測することができる凝集系核反応の予測方法を提供する。

【解決手段】 凝集系構造体に対して核種変換を施す物質を接触させ、凝集系構造体に対して重水素を流して、核種変換を施す物質に核反応を生じさせる凝集系核反応の予測方法であって、核種変換を施す物質の原子番号を2n(nは自然数)加えるとともに、質量数を2n加えた物質を、核種変換後の物質と予測する。

この後に、請求の範囲 詳細な説明 利用分野 従来の技術 発明の効果 課題 手段 図の説明 図面と続くけど、気になる方は特許検索サイトで見てください。

研究開発費、相当かかっているはずでしょ。

いくら資本金自体大きくても、経費も大きいわけだから、無駄使いはできないはず。

それを、了承しているわけです。

さらに、技術開発だって、着々とやってます。

Pd多層膜の重水素透過による元素変換の観測
http://www.mhi.co.jp/atrc/project/pdtamakuso/

技術の特徴(1) 世界に先駆け当社で発見  新しい元素変換 常温・常圧の重水素ガスを元素を添加した独自の反応膜に流すだけで元素変換可能。

技術の特徴(2) 独自のナノ構造反応膜

波及効果 学術的、社会的にパラダイムチェンジを引き起こす潜在力
(1)学術的波及効果
物性物理と核物理という異分野が融合した、フロンティア領域の学問分野を創成

(2)工学的/社会的波及効果
A:日本で産出しない戦略的貴重元素の生成
産業に不可欠だが輸入依存度の高い貴重元素(白金等)の創成
B:有害元素の変換処理
医療用・発電用放射性廃棄物処理による社会負担軽減
C:新エネルギー源
化石燃料の百万倍(原子炉相当)のエネルギー獲得

発表の反響 当社発見の注目度・信頼度上昇中
2002.7 当社論文が評価の高い学会誌(JJAP)に掲載
2002.9 米国NRLから共同研究の打診
2003.4 当社結果等の検証を目的とした原子力学会研究専門委員会「サブkeVエネルギー領域での凝集系核現象」設立
2003.8 ボストンの国際会議で発表 最も重要な発表と評価
2003.10 伊物理学会で当社発表内容の紹介が表彰受け
2004.3 イタリアINFN(核物理研)で招待講演
2004.3 国際凝集系核科学学会からGiuliano Preparata賞授与
2004.3 原子力学会総合講演で発表

再現実験 阪大・静岡大・伊INFN(核物理研) 再現実験成功

      理研・NRL               生成物Pr検出取り組み中  再現実験準備中

連携先は国内だけでなく、外国もあるので見てください。

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ヘリウム発生と発電と常温核融合と国際特許?

2012年暮れからヘリウム不足が報じられているけれど、なんと、こんな記事載せているブログ見つけました。

実は、常温核融合関連記事を探して偶然見つけたのです。

長いので、気になったところだけ紹介します。

特に気になったのはここです。

固体核融合(常温核融合)が存在することを立証したものとして世界的に有名である。

常温、つまり室温と思って良いです。

これで国際特許ですって。

確かめたい方は、特許検索サイトで出願人とか権利者の欄に荒田吉明と入れて検索してみてください。

その中の、特開2010-014629 ヘリウムガス発生装置およびヘリウムガス発生方法がこれです。

しかも、熱エネルギー発生装置と言ってるから発電まで視野に入れているようです。

2011年1月 3日 (月曜日)
【特許】ヘリウムガス発生装置およびヘリウムガス発生方法

http://solid-fusion.blog.ocn.ne.jp/blog/2011/01/post_9c66.html

荒田吉明先生が、平成20年7月4日に出願された特許が、平成22年1月21日に公開されたことが分かりました。

全項目
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2010-14629(P2010-14629A)
(43)【公開日】平成22年1月21日(2010.1.21)
(54)【発明の名称】ヘリウムガス発生装置およびヘリウムガス発生方法

(57)【要約】
【課題】大量のヘリウムガスを容易に発生させることが可能な実用的なヘリウムガス発生装置を提供すること。
【解決手段】ヘリウムガス発生装置1は、ヘリウム成分を含む重水素ガスを重水素透過性を有する壁を透過させることにより、高純度の重水素ガスを発生させる第1の装置10と、重水素超吸収性を有するPd含有合金の粉末に前記高純度の重水素ガスを供給することにより、前記粉末の内部でヘリウムを発生させる第2の装置20と、前記粉末を加熱することにより、前記粉末の中のヘリウムを前記第2の装置の外部に排出する加熱装置40と、前記第2の装置から排出されたヘリウムから高純度のヘリウムガスを発生させる第3の装置30とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大量のヘリウムガスを容易に発生させることが可能な実用的なヘリウムガス発生装置およびヘリウムガス発生方法に関する。

【背景技術】
【0002】
電気分解を利用して超高圧の重水素ガスを生成する方法が知られている(例えば、本願発明者による特許文献1を参照)。この方法は、「超高温核融合」と「固体核融合(常温核融合)」の開拓者として本願発明者を紹介した米国科学技術誌”21stCENTURY SCIENCE&TECHNOLOGY”(1995)においても紹介されている。この方法に用いる重水素ジェネレータの構造は、本願発明者によって後に”DS-カソード”(”Double Structure Cathod”)と命名される熱エネルギー発生装置の構造と実質的に同等であり、本願発明者の長年にわたる熱核反応に関する研究の源流となっている。
【0003】
本願発明者によって開発されたDS-カソードは、固体核融合(常温核融合)が存在することを立証したものとして世界的に有名である。現在では、固体核融合(常温核融合)の研究者でこれを知らない者はいないほどである。例えば、本願発明者による特許文献2には、DS-カソードを用いて固体核融合(常温核融合)を生じさせることにより、熱エネルギーを発生させる方法が開示されている。

【特許文献1】米国特許第5,647,970号
【特許文献2】国際公開第95/35574号

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清濁併せ呑むお手本はイエス?

清濁併せ呑む(せいだく あわせのむ)という言葉があります。

広辞苑ではこういう説明をします。

善・悪のわけへだてをせず、来るがままに受け容れること。

度量の大きいことをいう。

成語林ではこういう説明をします。

(大海は清流も濁流も区別することなく迎え入れることから)善人も悪人も、善も悪もわけへだてせず、来るものはすべてあるがままに受け入れる。

広く大きい度量があることのたとえ。 

度量とは、物差しと枡のことで、長さと容積という意味でも使われます。

ここからさらに、いろいろな意味が生まれてきます。

心のひろがり。

人の言動を受け入れる寛容な性質。

物の程度や内容をおしはかること。

清濁併せ呑むを解釈する上で気を付けないといけないのは、善も悪も併せ持つ人物という意味で使うのは誤り、ということです。

 清濁併せ呑む人は、基本的には人として守る必要のある倫理や道徳を、外れたことはしていない。

 むしろ、倫理や道徳から外れないという大原則を立てて、しっかり守っている。

そういうことです。

本当の意味で清濁併せ呑むことが出来ている人は、悪人に対しては寛容で寛大だが、悪に対しては厳しいし、犯罪に対しては容赦しない、ということでしょうね。

 罪を憎んで人を憎まず、という言葉と、清濁併せ呑む、という言葉は、似たようなことを言っている。

そうなるでしょうね。

悔い改めて歩むべき道に立ち返るなら、どんなに悪人であった人でも受け入れる、ということでしょうね。

悪いことをしない、悪いことを出来ない、これ自体は良いことだけれども、何が良いことかを知っていても、何故良いことかを知らない善人では、かえって危うい、という意味もあるかも知れないですよ。

 ちょっと見ると良いことに見えても、今やることが本当に良いのかということは、実は別問題だったりする。

それもあるけれど、どんなに良いことでも、やり方を間違えてはだめということも、あるでしょうね。

 加減や程度も含めて。

そう。

清濁併せ呑むという言葉の実践の手本は、実は聖書にあるのですよ。

イエスは、世間から見て虐げられ妨げられ嫌厭されている人たちと、しばしば食卓を共にしています。

そして、イエスは言います。

癒しが必要なのは、病人であると。

そして、自分は癒しに来たのだと。

清濁併せ呑むという言葉を実践している人のもとには、悪人だった人は居ても、今現在、悪に手を染めている人はいないのではないでしょうか。

 でも、蛇の道は蛇(じゃのみちはへび)というように、善人が知らない裏事情には詳しい人なら大勢いる。

同じように、イエスの元にも、悪人だった人は居ても、今現在、悪に手を染めている人はいないのではないでしょうか。

 ここでいう悪人とは、自分の至らなさ愚かさ未熟さを自覚し、道を見失いそうな人や、道を見失っていた人を指している。

旧約聖書でも、異教徒だからと言って無差別に攻撃も排除もしてないですよ。

神の道を妨げない限りは、攻撃も排除もしてません。

かといって、異教の信仰や神の意に沿わない風習は、自分たちの中には決して入れないようには、していました。

 それに、イスラエルの民もユダヤの民も、神の寛容さによって、何度でも悔い改めては許されていますね。

 これは、罪を憎んで人を憎まず、という言葉の実践の手本でもあるでしょうね。

清濁併せ呑むということを実践するための心として、罪を憎んで人を憎まず、という言葉があるのでしょうね。

 そうなると、水に流す、という言葉がありますね。

でも、水に流すには前提がありますよ。

 悔い改め、ですね。

そういうことでしょうね。

聖書、特に新約には、まさに水に流すの言葉通りの儀式が載っています。

 バブテスマですね。

 日本でも、禊といって清めの儀式があるけど、水は重要なポイントですね。

洗礼、つまり、洗い清めの儀礼、という意味が禊には込められているわけですね。

 バブテスマは、それまでのあらゆる罪や過ちを洗い流し清めてくれる。

日本人も、「ここは一つ、目をつぶって」などと言いますね。

見なかったことにする、なかったことにする、という意味だが、前提は心からの悔い改めであり、賄賂や買収で事実を曲げたり誤魔化したりすることではないですよ。

 目をつぶる、という言葉は、水に流す、とほぼ似た意味で使われる。

洗い流した後は、見なかったことにできるくらい清くなるということでしょうね。

 聖書にも、罪で汚れた衣も見違えるほど白くなるとありますね。

清濁併せ呑むことは、これらの実践でもあるということでしょうね。

 罪を憎んで人を憎まず、水に流す。

 これらの言葉をどう実践するべきかの手本は、聖書にある。

言い換えれば、聖書の教えの実践であるこれらの言葉を戒めの言葉として伝えてきた日本人は、どれだけ聖書の本質に近い心を伝えてきていたか、ですよ。

 まさに、聖書の、そして、イエスの、求める教えの実践のキーワードが日本にあった。

だから、私は、日本人に聖書を読んで欲しいわけですよ。

日本人が伝えてきた、多くの戒めの実践事例が、聖書には豊富にあるわけだから。

 日本人は、神道の理論化、体系化に、仏教を使ってきたけれど…。

膨大な仏典、しかも、一般人に読みやすい訳本がありますか。

あったとしても、どれを読んでいいかわからないですね。

でも、聖書には一般人に読みやすい訳本があるし、その気になれば読み切れる分量ですよ。

そして、実践例も豊富です。

 仏教と聖書は、言ってることの内容は基本的には変わらない。

特に日本に入ってきた大乗仏教は、キリスト教の影響を強く受けていることが知られています。

古代日本のキリスト教徒たち

ザビエルよりはるか以前の日本に、多くのキリスト教徒がいた。
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/100kodai.htm

『イエス・メシヤ経』など、景教の書物も、その慶州の石窟から、仏教の経典と一緒に発見されている。景教のものが仏寺で発見されたり、仏典と一緒に発見されたりというのは意外に思うかもしれないが、これは当時の仏教が景教と深く交流していたことを如実に示しているのである。

景教とはキリスト教ネストリウス派のことで、現在はイラク北部のアッシリア地域に点在する他、アメリカやオーストラリアに移民を中心とする信徒がいます。

景教については、聖徳太子の時代やその後の時代に教えが伝わり、日本の精神文化に想像以上の影響を与えてきたと指摘する声も出てきています。

もっといえば、日本に渡来人とか帰化人などという生易しいレベルではない人口を齎した秦氏にも、ユダヤ人キリスト教徒説は根強くあります。

凄いのになると、原始キリスト教だったとか、飛鳥昭雄と三神たけるに至ってはエルサレム教団だったとか、いってますから。

ただし、すぐにわからない言葉で書いてあるから、気が付かない。

言うだけ野暮なことは口にしないのが、日本の文化ですから。

 当時の事情を知らないと、資料を見ても見落とす恐れがある…。

だから、布教の先客がいたと感じたザビエルの先人探しは徒労に終わったのかもしれないですね。

 日本人の精神文化の底流に、聖書、特にキリスト教がある…。

日本に伝わってきた多くの戒めの言葉が、聖書、特に、キリスト教に近いのであれば、本当の意味を理解し、実践の手引きとする書として聖書を調べる方が良いと、薦めたいわけがここにあります。

 日本の精神文化の起源が、聖書。

 日本人にとって、キリスト教は信ずるかどうかではなく、自らの心の原点として自覚するかどうか…。

それを確かめるためにも、聖書を読んで欲しいのですよ。

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いまだに日本のメディアが報じない事実がある。

日本では、いまだに、こんな国際会議が行われていることが報じられていないです。

凝集系核科学に関する国際会議です。

しかしインドなどは有数なメディアが報道していたのです。

例えばこれは、THE TIMES OF INDIA。

 英字新聞としての発行数は世界最多であり、 2008年時点で世界の新聞発行数8位の314万部が発行されているのでしょ。

インドの著名な科学者も、参加したと伝えています。

cold fusionは、常温核融合のことです。

Nuclear conference begins today
Feb 6, 2011, 01.12am IST
CHENNAI: The 16th International Conference on Condensed Matter Nuclear Science ( cold fusion) begins in the city on Sunday.
The national steering committee for the five-day conference, which will kick off at the GRT Grand Convention Centre in T Nagar, includes a number of distinguished Indian Scientists.
Addressing a press conference on Saturday, chairman of the organising committee M Srinivasan said the conference was being organised by the International Society for Condensed Matter Nuclear Science (www.iscmns.org) in collaboration with the Indian Physics Association (IPA) and the Indian Nuclear Society (INS).
Dr S Banerjee, chairman, Atomic Energy Commission has agreed to inaugurate the conference.

こんなことでは、アメリカで商品化されて日本が何年も遅れた輸入するはめになりそうです。

 アメリカでも、常温核融合はトンデモ扱いという人がいるでしょ。

だが、Cold Fusion(常温核融合)を堂々と歌った日本からの申請が受理されていたのです。

Development of "DS-Reactor" as a practical
reactor of "Cold Fusion" based on
the "DS-cell" with "DS-Cathode"
United States Patent [19] [11]Patent Number:5,647,970
[45]Date of Patent:Jul..15,1997
http://lenr-canr.org/acrobat/ArataYdevelopmenb.pdf

もちろん日本でも、特許を取得しているです。

ところが、常温核融合の記載は見落としそうなくらい控えめで、アメリカとは対照的です。

常温核融合については、こんなビデオがネットで流されているのです。

Cold Fusion is Hot again http://www.cbsnews.com/video/watch/?id=4955212n 

日本がトンデモ扱いしているうちに、アメリカではニュースサイトで常温核融合のビデオを世界中に発信しているのです。

 日本でも、TBSが日本語版を放送したでしょ。

ところが日本では、自分のサイトでそのことを残していないです。

日本では、メディアは自分のサイトで流さないので動画投稿サイトで探すしかないです。
例えばここです。

http://www.dailymotion.com/video/x9r978_yyyyyyyyyyyyyyyyyyy_tech

ここだって、偶然気が付いたのです。

アメリカ化学会が、「低エネルギー核反応と新エネルギー技術」を出版しているようですね。

Low-Energy Nuclear Reactions and New Energy Technologies Sourcebook Volume 2
http://pubs.acs.org/isbn/9780841224544

世界最大の化学系学術団体アメリカ化学会は、最初にCF、つまり常温核融合を否定したところだったですけど。

 高橋亮人大阪大学名誉教授も執筆を担当しているそうね。

常温核融合の水野忠彦工学博士も、2009年に招待講演しているのです。

 水野忠彦は、超高圧の環境で起きる水素の核融合を、試験管の中で実現するという常温核融合に研究者人生を捧げ続けている科学者ですよね。

水野忠彦には、アメリカ物理学会からも論文の執筆依頼があるのですと。

 災害現場へのロボット投入も、受け入れ態勢がないので長期待機という事態が続きました。

アメリカの9.11では、ロボットが大活躍だったというのにですよ。

 軍事技術の平和への応用という側面はあるにしても…。

技術あって活用無しでは、日本はますます自力で宇宙開発さえしている中国にもおいて行かれるでしょうね。

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力士とケツアルコアトル?

相撲について話していたら、力士について、こういう感想が寄せられました。

相撲取りは羽毛のある空飛ぶ鳥であり、ケツアルコアトルの象徴に見えてきました。

相撲取り、とくに関取り衆の所作を見ていると、確かにお腹に蛇を巻いた鳥ですね。

私は、確かにこう言ってきました。

“蛇の目”と呼ばれる土俵の勝負俵だが、回しも蛇の目ですよ。

力士を相撲取りとも言いますよ。

競技者に「取り」を付けるのは、相撲だけ。

「取り(tori)」は、「鳥(tori)」に音が通じますよね。

ケツアルコアトルは古代ナワトル語でケツァルが鳥の名前コアトルが蛇を意味するので、「羽毛ある蛇」として表現され宗教画などでもしばしばその様な姿で描かれます。

白い顔の男性という言い伝えもあります。

神話では平和の神とされ、人々に人身供犠をやめさせたと言います。

再び来ると言い残して、去ったとされます。

再臨すると言い残した、鳥や蛇にまつわる話のある、生贄の儀式を廃した平和の神とされる、白い顔の男性ということで、イエスとの類似はしばしば指摘されます。

飛鳥昭雄と三神たけるなどは、ケツアルコトアルの伝承こそ、古代アメリカをイエスが訪れた証拠と断言しています。

 日本先住民である縄文人と古代アメリカの民との遺伝子的繋がりは、最新の研究で明らかですよね。

 それまでにも、アメリカと日本は先住民族が近縁であると言われてきたけれど、遺伝子や縄文土器などで裏付けされつつありますね。

日本にも、鳥に纏わる民俗芸能は数多く残っています。

日本とアメリカの間に横たわる島々の文化や遺物も、日本と古代アメリカの間で人の移動があったことを指すものが見つかると言う人もいます。

パラオ、ミクロネシア連邦、マーシャルには日本に統治されていた歴史的背景もあり、日本の言葉や文化が残っています。

しかし、それだけでは説明しきれない文化や遺物が、あるらしいのです。

東京都小笠原村の北硫黄島には、1世紀頃のものと推定される石野(いしの)遺跡があります。

北硫黄島は東京の南約1000キロに広がる小笠原諸島に属する、三島で構成される火山列島の一番北側にある島です。

北硫黄島は火山活動によって形成された火山島で、南北約3.5キロ、東西約2キロ、面積は5.57平方キロメートルの南北に長い楕円形をしています。

石野遺跡の見つかった場所は、北硫黄島東部の海岸付近にあった、かつての集落である石野村裏手の標高44-53メートルの比較的緩やかな傾斜地です。

西方には沖縄本島などから構成される南西諸島があり、南方にはマリアナ諸島などが属するミクロネシアがあります。

東側は、遠くハワイ諸島の北西にあるミッドウェー島まで島らしい島はありません。

小笠原諸島は他の陸地から離れた場所に位置しており、これまで大陸や大きな島と地続きとなったことがない海洋島に分類されます。

小笠原諸島の有史以前の文化は、北の日本列島、西の沖縄諸島、南のミクロネシアのいずれかから伝えられたものと考えられています。

1543年、スペイン船サン・ファン号によって3つの島から構成される火山列島が発見された時点で火山列島は無人島であったとされています。

そのため石野遺跡は、16世紀以前のものであると考えられています。

平成3年度の調査時、石野村周囲に調査範囲を広めていく中で、石野村裏手の斜面に巨石の周囲に磨石、素焼きの土器、貝片などが散乱した遺跡が発見され、石野遺跡と命名されました。

この時の調査では線刻画が描かれた巨石とその周囲に積石で造られた遺構、そして巨石から北西側数十メートルの場所に造られた祭壇状の遺構とその周囲にある積石で造られた遺構の存在などが明らかとなったのです。

巨石と祭壇状の遺構の周囲からは土器、貝製品、石器が採集されました。

北硫黄島から出土した磨製石斧は、マリアナ諸島の磨製石斧との関連性が指摘されてます。

マリアナ諸島はミクロネシア北西部の列島です。

東の北西太平洋と西のフィリピン海の境界に位置し、北には小笠原諸島、南にはカロリン諸島があります。

南北約800キロメートルに連なる約15の島から構成され、北緯13度から21度、東経144度から146度の間に弧状に広がっています。

父島の旧家で北硫黄島出土の磨製石斧と同様の石斧が敲石(たたきいし)として用いられていたことが1983年(昭和58年)に発見され、また八丈島からも同様の磨製石斧が発見されており、ともにマリアナ諸島との関連性が指摘されています。

敲石は、製粉・調理用に用いられた石器で、関連する石器としては、磨石(すりいし)や凹石(くぼみいし)、研磨用の砥石(といし)などがあります。

石野遺跡から採取された石器は、大小の打製石斧と棒状の石器、石皿などに大別されます。

打製石斧は木材の伐採用、舟の建造用、根菜の採掘用などに用いられたと考えられます。

棒状の石器の中には南太平洋でパウンダーと呼ばれる調理具と類似したものがあり、石皿、石臼とともに根菜類や木の実をすりつぶす際などに用いられたと考えられます。

石器の石の材料も土器と同じく、北硫黄島のものを用いたと考えられています。

もっとも、土器については、今のところ石野遺跡の土器は北硫黄島で採取された粘土で作られた、島独自の土器であると考えられています。

マリアナ諸島で紀元前1500年頃から見られるマリアナ赤色土器と、紀元後800年以降に見られる無紋土器とは形態が異なるというのです。

石野遺跡から採集された土器は、厚手の大型土器と薄手の小型土器の大きく2種類に分けられるが、いずれの土器も文様が刻まれていない無紋土器だそうです。

土器の多くは深鉢形の土器であったと考えられ、大きなものでは口径60センチになるものもあったと考えられています。

その他小型の深鉢形の土器、舟形の土器などが見られ、土器の底部は平底で、タコノキの葉を編んだものと見られる網目の跡が確認されるといいます。

巨石を用いた文化はマリアナ諸島を始め太平洋各地で見ることができる文化であり、シャコガイやサンゴが重要性を持つ事を物語る遺物が見つかることからは沖縄方面からの文化の流入が想定されるらしいです。

石野遺跡の全貌がまだ明らかになっておらず、遺跡を作った人々がどこからやってきたのかはっきりしない現状では、出土した土器や石器などから年代を推定することが出来ないため遺跡の年代は確定していないといいます。

1991年の調査時に採取されたシャコガイと、1993年の調査時に採取された土器に付着した炭化物を用いて年代測定が行なわれ、ともに紀元1世紀頃のものとの結果が出ているので、その数値が今のところ定説だそうです。

 そして、琉球人とアイヌは共にYAPプラスの遺伝子が見つかり、アメリカのケネウィックからアイヌの親戚としか思えない古代人骨が出ている。

 アイヌと琉球人は顔立ちが似ているから、ケネウィック古代人骨は琉球人の親戚の骨と見ることもできるでしょうね。

琉球人には古代アメリカと同様な紐を使った記録法の文化があります。

また、沖縄からは煙が立ち上る階段ピラミッドを連想できる古代の絵が見つかっているが、アメリカの階段ピラミッド遺跡の上でも火が焚かれていた痕跡が確認できたそうです。

YAP遺伝子は古代中東との繋がりが指摘され、ケネウィック古代人骨はスペインやフランスの様式の鏃を伴っていたことを合わせると、石野遺跡を残した人々はアメリカ大陸を経由して太平洋を渡ってきた人々が残した可能性があり得ますね。

 YAP遺伝子は、日ユ同祖論者が指摘したがりますよね。

そうですね。

 そして、回しを巻いた相撲取りにケツアルコトアルの印象が重なるとしたら…。

力士にケツアルコトアルを連想した人は、相撲取り、特に関取衆の土俵入りなどの所作に鳥の仕草が重なって見えてしまったと言ってます。

日本とアメリカを繋ぐ島々の文化の中には、鳥人もある事を思えば、そしてまた、モンゴル相撲にも鳥の仕草を取り入れた所作がある事を思えば、力士にケツアルコトアルの印象が重なって見えても仕方ないかも…。

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