出雲大社と出雲大神宮の謎を考えてみた。出雲童歌「ネコにゃんにゃん」とナニャドラヤ?その3
出雲大神宮は、丹波地方の京都府亀岡市にある神社で、旧称は出雲神社です。
亀岡盆地東部に立つ御陰山、御影山、千年山とも呼ばれる御蔭山の山麓に鎮座し、御蔭山を神体山として祀る神社です。
別称として「元出雲」・「千年宮」とも、また古くは「大八洲国国祖神社」と称されたともいうのです。
出雲大神宮は、式内社としては名神大社に位置付けられている丹波国一宮です。
旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁に属さない単立神社です。
出雲大神宮御祭神
http://www.izumo-d.org/history/gosaijin.htm
出雲大神宮は京都府亀岡市の北東部に位置し、大国主命(オオクニヌシノミコト)と后神である三穂津姫命(ミホツヒメノミコト)を奉斎し(明治の制による)、特にこの二柱を合わせて出雲大神、出雲大神宮(日本書紀)、出雲神社などと称へ奉ります。
古事記や日本書紀に見られるように、大国主命は因幡の素兎で知られる慈愛に満ちた神様で、当宮末社に祀られる少那毘古名命(スクナヒコナノミコト)と共に国土経営に尽力なされました。
その後、皇孫に国譲りの後、幽世(カクリヨ)を統治すべく、現在の島根県にある出雲大社に鎮座される事となります。
『丹波国風土記』によれば、「奈良朝のはじめ元明天皇和銅年中、大国主命御一柱のみを島根の杵築の地に遷す。すなわち今の出雲大社これなり。」と記します。
よって当宮に古来より元出雲の信仰があります。
なぜ、皇孫に国譲りの後、幽世(カクリヨ)を統治すべく、現在の島根県にある出雲大社に鎮座される事となるかです。
面白いことに、出雲国風土記の時代から、この地には赤秦神社が存在しているのです。
名前から分かるように、秦氏の神社です。
出雲って、けっこう昔から秦氏が居たのねえ…。
出雲国風土記は、異説もあるようだが、一般には元明天皇によって編纂が命じられたのは和銅6年(713年)5月、天平5年(733年)2月30日に完成し、聖武天皇に奏上されたといわれているのです。
当然、赤秦神社は713年5月より前にあったことになるから、秦氏はこれより昔から出雲にいたことになるかも知れないです。
でも、丹波っていえば、古くからの秦氏の拠点の一つでしょ。
そして、出雲童歌「ネコにゃんにゃん」と東北のナニャドラの関係を探ってきたでしょ。
だけれど、出雲地方からネコにゃんにゃんに関する情報は出てこない。
そこで、丹波の出雲大神宮に注目して、秦氏繋がりでナニャドラが「ネコにゃんにゃん」の元歌の可能性を考えたのでした。
「元出雲」の別称は、出雲大社が出雲大神宮からの分霊とする社伝に由来するのでしたね。
いわゆる出雲大社は明治時代に至るまで「杵築大社」を称していたため、江戸時代末までは「出雲神社」と言えば丹波の出雲大神宮を指していました。
そうなると気になるのは、出雲童歌「ネコにゃんにゃん」の歌い出しです。
出雲にゃんにゃんのん 出雲にゃんにゃんのん
出雲にネコがいーたそうな にゃんにゃんのん・・・
江戸時代末までは「出雲神社」と言えば丹波の出雲大神宮を指していたと、いうことは…。
この出雲にいたネコも、島根ではなく、丹波、つまり畿内にいたのでしょうね。
神武は東征のとき、饒速日(ニギハヤヒ)から国譲りをされるでしょ。
饒速日は、先にいた王とされますね。
ネコは神道では禰子であり、祭司を指します。
祭司中の祭司と言えば、天皇です。
言い換えれば禰子中の禰子なので、天皇は特に根子と呼ばれます。
ということは、饒速日も根子であった。
神武と印(しるし)を見せ合い、同族であると確認して即決出来た以上、饒速日も同格であったと見る方が自然でしょ。
島根の方の、国譲りの伝承は…。
国引きの伝承が、謎を解く鍵でしょうね。
繰り返すけど、いわゆる出雲大社は明治時代に至るまで「杵築大社」を称していたため、江戸時代末までは「出雲神社」と言えば丹波の出雲大神宮を指していました。
丹波の出雲大神宮は元出雲を名乗っているけれど、いわゆる出雲大社がこの件で何も言えないのは、そのためなのですね。
国引き伝承と、元出雲を名乗る丹波の出雲大神宮の存在、さらに、島根の出雲一帯は明らかに、東日本、それも関東の飛び地の可能性が高いですよ。
島根県出雲市大社町杵築東の出雲大社は、茨城県鹿嶋市宮中の鹿島神宮と、日本を貫く東西の線がもっとも長く取れる位置に営まれる一対の神社と指摘されます。
出雲大社の御神座のある御内殿の西向き、鹿島神宮の神座は東向き、それぞれ西と東を向いているのでしたね。
吉野裕子は、出雲大社は海を西に見るところに建てられ、鹿島神宮は海を東に見るところに建てられたともいっているのです。
地理的に見て、出雲大社と鹿島神宮の二つをあわせて、太陽信仰のひとつの神界が構成されている可能性はありえますね。
畿内は、出雲大社と鹿島神宮に、挟まれる位置にある。
明治まで杵築大社と呼ばれた出雲大社に祀られた大国主は、古代島根の王としては、名前が大き過ぎませんか。
島根は、大国主を祀る土地として、選ばれた。
畿内を守る結界をはるために、島根と関東に、要となる神社を祀る目的で杵築大社と鹿島神宮は築かれたとしたら、どうでしょう。
日本を守る西の要の神社の祭神として、饒速日を大国主として祀った。
つまり、饒速日を神としての大国主に祭り上げてしまえば、神武は人としての大国主に収まれるわけでしょ。
実際には、すめらみことなど、別の呼び名を使ったでしょうけどね。
これは、国津神の頂点として大国主つまり饒速日を、天津神の頂点として天照を、祀る構図にする。
杵築大社造営に伴い、饒速日の一族も、島根に移ったのかも知れないです。
国引き伝承とは、饒速日の一族の島根への引越しであった。
島根と周辺地域一帯が、東日本の飛び地となったのも、天孫一族が一大拠点を作ったからでしょうね。
畿内、関東、島根、ここをほぼ同時に天孫一族が、拠点として抑えたということ。
そうかも知れないですよ。
天孫一族のなかでも、一大勢力が秦氏であったとすれば、どうでしょう。
一方、古くからの神社は、物部系であるとされますね。
神武は、実在としたら弥生時代と言われますよ。
物部系とは、卑弥呼と臺與の鬼道であった。
その可能性はあり得ます。
そして卑弥呼と臺與の鬼道は、道士であった徐福一行の影響を受けた可能性も見ました。
でも、先住民は東のアイヌも、西の琉球も、古代アメリカと同祖ですよね。
神武と饒速日が、印で同族と確認し合ったとすればどうなりますか。
その印は、徐福の一行が持ち込んだとしか見えないです。
神武とあったとしたら、女性祭司は臺與であり実務を仕切った男王が饒速日だったかもしれないですよ。
そして、饒速日は徐福の持ち込んだ印を、管理していたのでしょう。
王権の象徴として。
真名の壺を伝えていたのは、物部系の籠(この)神社だったそうですね。
今は、伊勢の神宮にあるそうですけどね。
伊勢神宮に移された真名の壺を神社が伝えるくらいだから、真名の壺が王権の象徴だったのかしら。
巨大古墳は、祭祀に用いられた壺を模ってます。
饒速日から譲り受けた祭祀にとって重要な真名の壺を、我々は持っていると古墳を作った権力者たちは示したかったのでしょうね。
なにか、事情があったのでしょうね。
皇位継承に纏わる、何かが…。
じゃあ、神武は鏡でも持っていたとか。
神鏡を持っていたのでしょうね。
神武に、国をすんなり渡してしまったのは、古代アメリカと同じような、伝承が日本にもあったのかしら。
犠牲を捧げる儀式をやっていたのを天孫一族が止めさせたが、止めに来る神が来たら犠牲の儀式は廃止しなければならないとか。
古代アメリカと似た、言い伝えを持っていた可能性はあり得ますね。
縄文土器は、アメリカからも出ますから。
女性祭司臺與は、神武にとっては自らの正当性を主張するために協力してもらえないと困るでしょう。
臺與にとっても、実務を取り仕切る男王を神武に引き継いでもらえないと困るでしょうね。
出雲にネコがいーたそうなのネコとは、饒速日だったとなりそうですね。
出雲童歌「ネコにゃんにゃん」と東北のナニャドラの関係をたどったら、ユダヤが出てきたけれど…。
面白いことに、アイヌの生活文物に古代イスラエルと似てるという声があります。
そして、秦氏にはユダヤ人原始キリスト教徒説があります。
ユダヤで、繋がる…。
古代中東文化圏からの出身民族同士とみれば、どうでしょ。
日本は、YAP遺伝子で古代中東に繋がってます。
アイヌと琉球のYAPプラスとその他の本州人に多いYAPマイナスの違いがあっても、古代中東に繋がっていることに変わりはない。
十月の神無月、出雲は神有月だけど、これも国譲りをした饒速日の体面を保つためと見れば、どうでしょ。
十は十干のしめなので、しめの月である十月に出雲に神が集まり、饒速日を称えるのかも知れないですよ。
出雲童歌「ネコにゃんにゃん」は、丹波の出雲大神宮に伝わっていたとしたら…。
饒速日の故地を離れた無念を慰めるために行われた祭りの、名残なのでしょうかねえ。
まだまだ、謎が多いです。
出雲大神宮や出雲大社と 神社本庁との関係について誤解されると困るので、補足しておきます
出雲大社は式内社(名神大)出雲国一宮で、旧社格は官幣大社、現在は神社本庁包括に属する別表神社で、宗教法人出雲大社教の宗祠です。
別表神社とは、「別表に掲げる神社」の略です。
旧の官国幣社や一部の規模の大きな神社については、神職の進退等に関して一般神社と同じ扱いをすると不都合があることから、「役職員進退に関する規程」において特別な扱いをすることと定めていて、その対象となる神社が同規程の別表に記載されていることから、「別表に掲げる神社」(別表神社)と呼ばれます。
出雲大神宮は、式内社(名神大社)、丹波国一宮、旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁に属さない単立神社。
ただし、神社本庁に属さないということは、社家の移動の権限が神社本庁には無いという事です。
まったく神社本庁との繋がりがないと言うわけではありません。
追記
出雲童歌「ネコにゃんにゃん」の歌詞はここを見てください。
この歌についての情報募集中です
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_78ef.html
以下は関連記事です。
卑弥呼の鬼道を考える。
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-725a.html
邪馬台国と神武東征を考えてみた。
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-3cbc.html
出雲と関東
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-a70a.html
出雲童歌「ネコにゃんにゃん」とナニャドラヤ?
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-85c5.html
京都と東北と秦氏?出雲童歌「ネコにゃんにゃん」とナニャドラヤ?その2
http://cova-nekosuki.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-9b39.html
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コメント
いつも「ネコにゃんにゃん」を可愛がっていただいてありがとうございます。
私は、古代の出雲というのは、畿内、それも大和国にあったのではないかと思っております。
今回以下のアドレスに、この唄の音声を入れました。
よろしければ、一度聞いてみてください。
http://www.yasaka.org/kamigami/izmo.html
投稿: マルヤ | 2015年3月 9日 (月) 16時04分